最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)67号 判決 1973年6月28日
名古屋市東区主税町二丁目六番地
上告人
内藤三郎
同市東区新出来町五丁目八二番地
上告人
佐地栄子
右両名訴訟代理人弁護士
天野一武
同市東区主税町三丁目一一番地
被上告人
名古屋東税務署長
新美猛
右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四五年(行コ)第一〇号課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四六年五月二六日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人天野一武の上告理由について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その認定判断の過程にも所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実をも合わせ主張して、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)
(昭和四六年(行ツ)第六七号 上告人 内藤三郎 外一名)
上告代理人天野一武の上告理由
原審の判決は、重大なる影響を及ぼす事実に対して、審理を尽さず、不備且齟齬する理由を附する等の違法を犯して居るから民事訴訟法第三九五条第一項第六号及び同第四〇七条第一項に基き、之を破棄して原審裁判所に差戻すとの判決を求めたい。
第一点 原審判決は、その理由第一項に於て、
「控訴人ら(上告人両名)は、本件土地を公社に譲渡したのは、控訴人(上告人)内藤である旨主張するけれども右主張事実を肯認するに足る証拠は存しない」
と判示して居るが、これは結論である。結論に至るには、上告人の主張を、よく審理し、よく検討し、そして結論に至る経過を合理的に判示しなければならない。原判決は、之を欠いて居る。
一、第一審及び第二審に於て、その成立につき少しも争のない
土地売買契約書(乙第一号証)
の記載に付、
1 上告人佐地も、上告人内藤も、共に記載内容が真実である旨主張し証言して居る。
2 本件土地が、上告人佐地から上告人内藤に売却されたことが記載されて居る。
3 第三条第一項の分筆に関する特約に基き、上告人内藤の請求に依り、上告人佐地は、二筆に分筆して居る。
4 第三条第二項の中間省略登記の特約に基き、上告人内藤の指図に従つて、上告人佐地は、公社と売買契約書を作成し直接移転登記をして居る。
5 両上告人は、共に、第六条の解除権は行使したとは主張していない。又、一般の解除権も行使したとは主張してない。将又、取消したとも主張してない。
以上の厳然たる事実を原審はどう判断したか不明である。
二、法上では売買契約の当事者となり売主となつて居るが、その売買に依つて生ずる売買代金は、之を取得しない者がある。之を、形式上の売主という。法上では売買契約の当事者ではなく、又、売主にもなつてないが、その売買に依つて生ずる売買代金を取得する者がある。之を、実質上の売主という。中間省略登記が行われて居る不動産売買に於ては、登記名義者と最終の不動産買受人との間に売買契約書が作成され、移転登記が行われて居る。登記名義者は、既に他の者に売却して、代金を取得して居るのであるから、最終の不動産買受人からその売買契約書記載の代金を受取ることは出来ない。この場合の登記名義者は、形式的な売主である。本件に於ける公社との関係は、上告人内藤は実質上の売主であり、上告人佐地は形式上の売主であると主張し立証した。原審は、この点について、「本件土地を公社に譲渡した」という表現でしか判示してない。これは、審理不尽の違法を犯すものである。
三、われわれが一般に使つて居る不動産の譲渡の意味と、税法上に使われて居る不動産の譲渡の意味とは、相当の違いがある。既述の其き実質上の不動産の譲渡は、課税の対象となるが、形式的な不動産の譲渡は、課税の対象にならない。上告人内藤と公社との交渉経過について、第一、第二審での主張及取調済の点を整序すると、以下の如くである。
1 財団法人名古屋関発公社は、その理事長は名古屋市長が当然就任し、一般理事監事には、名古屋市の局長等が当然就任することになつて居る。目的業務は、公知の通りである。
2 名古屋市には都市計画法が適用されて居り、この適用に依り、本件土地附近は、計画区域に指定された。その結果、本件土地の北側に接する電車道は、南側に於て五間余、北側に於て二間余が広げられることになつた。それに依つて電車道に沿つて居る土地は、或は狭められ或は全部軌道敷地になつたものもあつた。こうした場合、工事施行者は減歩の比率が市の定める適正な比率になるように、仮換地手続に依つて、之を調整した。ところが、与うべき仮換地が不足なときは、他に土地を買つて之を与えなければならない。ところが、本件土地の附近は、電車道に沿う店舗街であり、自分の土地を手放す者が居なかつたので、名古屋市としては、与うべき仮換地を物色していた(名古屋市職員の証言)。
3 上告人等と同聯区に住む名古屋市市会議員、社会党所属、貴田肇が、本件土地が空地になり板囲をしてあるのを見て名古屋市の計画局に、本件土地は空地になつて居る、仮換地用として、買入れてはどうだと申入れた。それで、局員が早速調査したところ、名古屋市の衛生課長佐地悌道の妻が所有名簿を持つて居ることが分つた。局員は、佐地悌道氏について、空地であるかどうか、又空地であるならば売るかどうかを確めたところ、空地であり、売る意思があることが分つた。
4 名古屋市は、一般官庁と同じ様に、土地購入には、種々の手続を経なければならないし、又それには、相当の期間を要した。それで、名古屋市はこの売買の話を、公社に回した。
5 本件土地の買手が、どうも財団法人名古屋市開発公社であるらしいことを知つた佐地悌道は、事の次第を上告人内藤に報告した。上告人内藤は、佐地悌道の報告に基いて公社を訪れ、売買の具体的な話をした。上告人内藤と公社とは熟知の間柄であつたので、交渉は進んだ。単価は、既に、名古屋市の査定委員会の査定で、坪二三万円と内定して居るとのことであつた。上告人としては、坪の原価は一五万円であるから、これについては、接渉する必要がなかつた。売買契約書(公社側の印刷したもの)の用紙を受取つたので契約内容に目を通したが、訂正附加すべき点はなかつた。契約者の氏名印の箇所を見たので、上告人内藤は、公社に向つて、
「所有名義は、佐地栄子になつて居るが、真実の所有者は私である。だから、契約の当事者である売主を私にして呉れ、本登記をするときは、中間を省略して、上告人佐地から公社への譲渡証と名義書換の必要書類を渡すから」と申出た。これに対し、公社は、
「公社の土地買入計画の禀議書は、名古屋市の場合と全く同じで、形式を重んじ、売買契約書には、売主の氏名住所を記入しなければならないが、その氏名住所は添附の土地登記簿謄本の所有者の氏名住所と一致するものでなければならない。公社は、登記簿上所有者となつて居ない者とは、売買契約を締結しないことになつて居る。
あなたが、この契約で売主となるためには、登記名義を取得すればよい、然し、それには、手間日間がかかるし、年末も近ずいて居ることだし、ぐずぐずして居ると、年内に契約が成り立たないかもしれない、又、それに登録税まで払わねばならない。そんなことをしなくとも、この契約を全部あなたの手で行い、代金もあなたの手で受取れば、実質上、あなたが売つたと同一になるではないか」
との好意を示して呉れたので、それに従つた。(この好意は、公社職員としては、職務を逸脱する虞ありとしてか、否認の証言をして居る。)
6 尚、公社は、上告人内藤に向つて、
「この土地を全部今年度の売買にすると、来年三月にははや納税しなければならない。これを二筆に分けて、一筆を今年度、他の一筆を来年度の売買にすれば、他の一筆についての納税は、再来年でよい。そうすれば再来年納める税金は、一年間利用出来る。そうすることの一番利益は、所得税は累進課税だから、二分した方が節税になる。又、分筆は、市の計画局に専問家が居るからわたしの方でやつてあげましよう。」
と言つてくれた。上告人内藤は、これは願つたり、叶つたりであるので、この好意を受け容れた。
7 その後、公社は、さきの申出の好意の通り、
(イ) 無償で、然かも、僅か数日間に、二筆に分筆して呉れた。
(ロ) 公社作成の契約用紙を呉れた。
(ハ) 代金受領権限を証する書類(委任状)も呉れた。
(ニ) 公社作成の名義書換用の委任状(受任者は公社)も呉れた。
こうした書類は、上告人内藤が、上告人佐地の署名捺印を求めたうえ、公社に提出した。代金受領の権限を証する委任状には、上告人内藤が、支払当日受領に用いる印をもおして提出した。
(ホ) 代金の支払日は、前以つて、上告人内藤は、その通知を受けた。支払当日は、さきに、委任状に捺印した印を使用して代金を受領した。代金は、小切手である。この小切手は、勿論、上告人内藤の預金になつた。
8(イ) 上告人内藤は、上告人佐地から第一物件を、坪一五万円也の単価で、
昭和三七年六月三〇日
買つた。これは、上告人佐地から上告人内藤への第一物件の譲渡である(乙第一号証)。
(ロ) 第一物件は、特約(乙第一号証第三条第一項)に依り、第二物件と第三物件の二筆に分筆された。
(ハ) 第一物件に対する売買は、特約(乙第一号証第三条第一項)に依り、二つの売買に修正され、その一は、
第二物件
に対するものであり、之は、
昭和三七年一二月一八日
に成立し、譲渡が行われ、他の一は、
第三物件
に対するものであり、之は、
昭和三八年四月二四日
に成立し、譲渡が行われた。
(ニ) 第二物件は、特約(乙第一号証第三条第二項)に依り、上告人内藤の指図に従い、上告人佐地は公社との間に、売買契約書を作成し、公社へ登記名義を移転する手続を執つた。
(ホ) 第三物件も、特約(前示同様)に依り、前示と同様の手続を執つた。
(ヘ) 上告人内藤は、特約(乙第一号証第三条第三項)に依り移転登記が完了すると同時に、移転登記が完了した坪数の割合に応じ坪一五万円也の単価で、その代金を上告人佐地に支払つた。
以上の如く、公社には、上告人内藤所有のものなら買わないとか、上告人佐地所有のものだから買つたという様な事情は存在してない。仮換地として出すのに必要であつたので買つたのである。御客が、デパートで自分が欲しかつたので或商品を買つた、買つた商品は、第三者からの委託品であつた。公社は、この場合の御客である。譲渡代金を実質的に享受する者は、委託者である。税制上の譲渡人は委託者である。原審は、公社と上告人佐地との売買契約書のみに目を奪われ、実質関係に目を向けなかつたのは、審理不尽であり理由齟齬の違法を犯すものである。
第二点 原審判決は、判決理由第二項に於て、
控訴人(上告人)佐地は、控訴人(上告人)内藤が本件売買に関し控訴人(上告人)佐地の相談相手として口添えをし相談に乗つたことに対する謝礼の趣旨で、前記二二〇六万二、四〇〇円を、控訴人(上告人)内藤が取得することを許容したものと推認することが出来る」
と判示している。この判示の巨額の謝礼は、社会一般の経験律を逸脱するものであり、又弁護士法の報酬規定にも違反する。全く、理由が理由にならない。従つて、この判決は、「判決ニ理由ヲ附セス又ハ理由ニ齟齬アル」ものと判断せざるを得ない。
一、上告人佐地は無職である。その夫佐地悌道は、佐地家に来た養子であり、名古屋市の上級職員ではあるが一介のサラリーマンである。立退かねばならないので、転居先の土地を購入したいが、その財源がないので、本件土地を上告人内藤に売却して、その財源としたのである。巨万の財産家では決してない。
二、公社は、名古屋市庁舎にある。佐地悌道の勤務場所も同一市庁舎にある関係上、又公社は、佐地悌道に本件土地につき売買する意思があるかどうかを問い合わせして居るので、直接的にも知つて居る。上告人内藤と、公社との交渉は、昭和三六年一〇月、一一月の約二カ月間に於ける僅か数回の交渉で纒つたが、このことは、公社からは佐地悌道に報告せられて居る筈である。けだし、上告人佐地は、実体上はともかく、登記簿上は所有者となつており、書類等は、上告人佐地と公社との間に作成せられ、代金さえ上告人内藤が受取ることになつて居るのに、佐地悌道は、この交渉に一度も同道してなければ、又立会つても居ないからである。この様な単期間且数回の交渉で纒つた売買に、二、二〇〇万円余の謝礼を払つたということを誰が一体信用するか。佐地家には本家もある。上告人佐地には姉妹もある。本件土地は、佐地家所有の土地であるから、これ等の者との相談の上での売買である。このことを考慮して土地売買契約書(乙第一号証)が作成され、これ等の親戚の者が、佐地悌道に、上告人内藤との売買に関し何等かの苦情を持込んだとき、非常に容易に解除出来る旨が第五条に於いて決めてある。若し、二、二〇〇万円余が、判示して居る様な謝礼の趣旨のものならば、親戚は黙つてはいまい。必ずや、そんな巨額の謝礼があるものかと、佐地悌道に毒つくことは、当然である。本件に於ぞ、上告人内藤と上告人佐地との売買につき、こうした紛争が生じていないのは謝礼の趣旨の金員ではないことを裏付けて居るのである。
三、原審は、上述の其き本件土地売買に関する謝礼と、
「控訴人(上告人)内藤は、その主張のような縁故から控訴人(上告人)佐地やその夫である佐地悌道の厚い信頼を受け、弁護士とても、法律問題の処理につきその依頼を受けた。」
ことに対する謝礼の意味も含むと判示して居る。これも社会常識を弁えない空理空想である。又、弁護士の本質を弁えない暴論と断ぜざるを得ない。
1 弁護士は、縁故筋から、法律上の問題を尋ねられ、その相談に乗つても、相談料とか鑑定料は原則としてとらない。これが常識である。少しでもとつて呉れと言つても、断るのが常識である。実費等の理由で貰う場合があつても、それは、最少限であるのも常識である。
2 上告人内藤は、本件の第一物件である宅地三三八坪一合五勺上にある五戸の借家につき建物明渡を、上告人佐地から業まれた。之は、名古屋地方裁判所に訴を提起(昭和三二年(ワ)第一五〇〇号、昭和三五年(ハ)第四八八号)したが、調停と和解で一応解決した。このときの着手料は、金二万五、〇〇〇円(甲第三号証の一)であつた。この家屋は、バラツクであり、家賃が一戸当り約五〇〇円也であつたので、着手料としては、常識的な額である。家屋は、約定期日に次々と明渡され、その明渡が全部完了したのは、昭和三六年の六月頃であつた。この明渡事件に対する全謝礼として昭和三六年六月一八日に、全一五万円也を受領した。この事実は、上告人佐地から被上告人宛に申告され、それは受理され、これに対して更正決定も為されていないから、争のない事実である。従つて、上告人佐地としては、この第一物件に対しては、最早謝礼すべき筋合がない。
3 本件に於て、公社の支払つた土地代金は、金六、三四三万円余である。これを、仮りに上告人内藤が訴訟に依り、上告人佐地をして得せしめた金員として、日本弁護士連合会及名古屋弁護士会の報酬規定に照らし合わせて算定すると、その謝礼の
最高は、金六、九二万円也
であり、
最低は、金三〇八万円也
となる。前示金六、三四三万円也の金員は、訴訟の結果得た金員でないから、弁護士会の報酬規定は適用されない。然し、事柄の性質上、謝金を払うべきだとしても、その金員は、前示最低金員を可成り下廻るものと解さなければならない。この事柄と類似する事柄である宅地売買の周旋料と比較すると、宅地周旋料は三歩であるから、
金一八九号余
となる。宅地建物取引業法を準用しても、
金二、二〇〇円余
と謂う額は出てこない。この金員が、原審が判示するような事実に対する謝礼とすれば、当然、日本弁護士連合会の報酬規定に違反することになり、ひいては、名古屋弁護士会の規定にも違反することになる。
原審は、斯くの如く、謝礼と判示したものの謝礼性を立証する合理的判断を欠いている。従つて、この判決は「判決ニ理由ヲ附セス又ハ理由ニ齟齬アル」ものとなり、破棄を免れない。
以上