最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)88号 判決 1974年7月22日
上告人
東京国税局長
守屋九二夫
右指定代理人
貞家克己
外四名
更生会社三協食品工業株式会社
管財人渡辺葆訴訟承継人
被上告人
三協食品工業株式会社
右代表者
泉清二郎
右訴訟代理人
渡辺葆
外二名
主文
原判決を破棄する。
被上告人の本件控訴を棄却する。
原審及び当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。
理由
上告指定代理人香川保一、同山田二郎、同河奈祐正の上告理由について。
会社更生法(以下、「法」という。)は、更生会社に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権を更生債権とし(一〇二条)、租税債権についても原則として同様の取扱をしているが、法一一九条前段は、更生債権のうち、源泉徴収に係る所得税、通行税、有価証券取引税、酒税、物品税、砂糖消費税、揮発油税、地方道路税、石油ガス税、入場税、トランプ類税及び特別徴収義務者が徴収して納入すべき地方税で、更生手続開始当時まだ納期限の到来していないものについては、共益債権として請求することができるものと定めている。所論は、右にいう納期限の意義につき、徴収のために納税の告知(国税通則法三六条、地方税法一三条)を必要とする租税に関しては、各税法の規定により当該租税を納付すべき本来の期限すなわち法定納期限(国税通則法二条八号、国税徴収法二条一〇号)を指すものではなく、右納税の告知において指定された納付の期限すなわち指定納期限を意味するものと解すべきである旨主張する。
思うに、法一一九条前段に掲げる租税は、もともと、更生会社が徴収義務者等として国又は地方公共団体に代わつて本来の納税義務者ないし担税者から徴収、保管し、これを国又は地方公共団体に納付するものであつて、右徴収に係る税金は一種の預り金的性質を有するものであるから、更生手続上においても、実質的には更生会社に属しない財産として、取戻権(法六二条)に類する取扱をするのが相当である。しかし、これを徹底して更生会社に対する右租税債権のすべてにつき右のような取扱をすることは、他の更生関係人の利害に影響するところが大きく、会社更生手続の目的(法一条参照)からみて必ずしも適当でないので、法は、その間の調整をはかるという政策的見地から、右のような取扱をする租税債権の範囲を制限し、更生手続開始当時まだ納期限の到来していないものについてだけ共益債権として更生手続によらないで随時請求することができるものとし(法一一九条前段、二〇九条)、その限度で取戻権的取扱をすることとしているのである。法一一九条前段の立法趣旨をこのように理解するときは、同条の租税のうち徴収のために納税の告知を必要とする源泉徴収に係る所得税等に関しては、同条にいう納期限は、上告人の主張するように指定納期限を意味し、更生手続開始当時既に指定納期限を経過し徴税当局においていつでも強制徴収の手続をとることができたものについては、取戻権的取扱の対象から除外してこれを更生債権として取扱うこととするが、そのような強制徴収手続をとることができなかつたものについては、その税金本来の預り金的性質に鑑み、これを共益債権として取戻権的取扱をすることとしたものと解するのが相当である。
しかるに、原判決は、右と異なり、同条にいう納期限とは法定納期限を意味するものと解し、その理由として、同条の租税は、それが更生手続開始前の原因に基づいて生じたものであるかどうかを区別することが実際上極めて困難若しくは煩瑣であるので、これを避けるための技術的見地から、客観的に明白な法定納期限を区別の基準としたものである旨説示している。しかし、同条前段の規定が右のような技術的理由に基づくものではなく、本来ならば更生債権とされるべきもののうちで、特に取戻権的に取り扱うのを相当とする債権について特則を定めたものであることは、同条後段の規定との対比からも明らかなばかりでなく、同条の租税債権が更生手続開始前の原因に基づいて生じたものであるかどうかを区別することが、他の租税債権と比較して特別に困難若しくは煩瑣であるとは、とうてい認めることができない。また、徴税当局が任意に定めることのできる指定納期限を基準として共益債権かどうかを決するときは、徴税当局において納税の告知を怠ればかえつて共益債権として請求しうる範囲が広くなるという不都合な結果を生じかねないけれども、右納税告知の遅延が徴税当局の恣意によるような場合には、信義則等により共益債権としての請求を制限することも考慮できないわけではなく、いまだ前記解釈を左右するには足りないというべきである。
これを本件についてみるに、原審の確定した事実に徴すれば、第一審判決添付の滞納金目録番号一ないし一三記載の各源泉徴収に係る所得税及び不納付加算税については、本件更生手続開始当時まだその指定納期限が到来していなかつたことが明らかであるから、上記の理により、これらの租税債権はすべて共益債権として取り扱うべきものである(なお、不納付加算税は、国税通則法六九条の規定により本税と同じ税目に属するものとされるので、本税と同様、指定納期限が到来しないかぎり共益債権となるものと解すべきである。)。
してみると、以上と異なる見解を前提として、上告人の本件差押処分を違法とした原審の判断には、法一一九条の解釈を誤つた違法があるものというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の説示によれば、右差押処分には被上告人主張の違法はないから、同処分の取消を求める被上告人の本件請求を棄却した第一審判決は正当であつて、これに対する被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸上康夫 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)
上告指定代理人香川保一、同山田二郎、同河奈祐正の上告理由
原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな、会社更生法(以下「法」という。)一一九条の「納期限」の解釈を誤つた違法がある。
一、一般的に、国税の納期限としては、法文上、いわゆる「法定納期限」(国税通則法二条八号参照)とされるものと、「指定納期限」と呼称されているもの、すなわち国税の法定納期限後に徴収の前提としての納税の告知によつて指定される当該国税の具体的納期限(同法三六条二項、国税通則法施行令八条参照)(その期限までに納付されないときは、滞納処分がなされる当該期限)とがあるが、本件事案において問題となるのは、法一一九条所定の「納期限」が右の「法定納期限」又は「指定納期限」のいずれであるかである。
二、右の問題点に関し、原判決は、「法一一九条前段は、各種の租税について論理的には更生手続開始決定前の原因に基づいて生じたものを更生債権としつつも、技術的な見地から各税目ごとにこれらを客観的に明確な『納期限』で区切つて、更生手続開始決定当時まだ納期限の到来していないものについては、その限度において共益債権として請求することができるものとしたのである。右のような趣旨から同条の『納期限』が定められているとするならば、これが税務当局において租税の徴収手続のうえで任意に定めることのできる『指定納期限』を指すものではなく、法定の『納期限』をいうものであることは当然としなければならない。」(原判決一三丁裏)と判示し、同条の「いわゆる「法定納期限」(本件事案についていえば、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法三八条一項の「その徴収の日の属する翌月の十日まで」。以下、右所得税法を単に旧所得税法という。)を意味するものとしているが、かかる解釈は、つぎのとおり誤りである。
三、現行の国税(地方税を含む)に関する法令上の用語としては、単に「納期限」と規定している場合は、前記の「指定納期限」を意味するのが通例であり(国税通則法三七条、三八条、三五条、三六条二項、国税徴収法四七条、地方税法一三条、一三条の二)、法一一九条の「納期限」についても、これを「指定納期限」と解するのが合理的であることから、実務(会社更生手続における裁判所の取扱いおよび税務当局の実務)においては、従来すべて「指定納期限」を意味するものと解してきたのである。
そもそも、法一一九条は、同法が、租税債権を含めて、更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権を更生債権として取り扱うのに対して(同法一〇二条)、その例外として、源泉徴収にかかる所得税等について、更生手続開始当時まだ「納期限」の到来していないものはこれを共益債権とするものとしているのであるが、その趣旨について、原判決は、源泉徴収にかかる所得税も、本来論理的には、更生手続開始前の原因に基づいて生じたものは、更生債権にほかならないのであり、更生手続開始後の原因に基づいて生じたものは、共益債権となるのであるが、開始前の原因に基づいて生じたものであるかどうかを区別することが手続上煩瑣であるので、技術的な見地から、「納期限」で区切り、その到来していないものを共益債権として取り扱うことにしたものである(原判決一二丁以下)と判示している。
しかし、右規定の趣旨は、判示のように、単なる技術的配慮によるものではない(源泉徴収にかかる所得税を取り上げてみても、他の種類の所得と比較して、右判示のような区別が困難であるとはいえない。ましてや、源泉徴収にかかる通行税、源泉徴収にかかる有価証券取引税、入場税等の間接税の場合は、区別がかえつて容易であるといえる)。同条前段の各税債権にあつては、他の一般の税債権とその本質を異にし、本来の納税義務者から既に源泉徴収等の形により実質的に税を徴収し、国又は地方公共団体に納付すべき税金を一定時期(「法定納期限」)まで国等に代わつて保管しているものにほかならないのである。従つて、かかる税債権については、その税金を保管している株式会社について会社更生手続が開始された場合、本来その「法定納期限」までに納付すべき保管金(税金)が未だ納付されないで、更生会社に保管されているべき税金については、実質的には国等に帰属すべき性質のものであることから、会社更生手続上、取戻権(法六二条)に類する取扱いをするのが合理的であるとしたことによるのである(位野木益雄「会社更生法及び破産法等の一部を改正する法律について」(民事裁判資料三〇号五五頁)、同「会社更生法要説」一三六頁、山本嘉盛・庄司隆治「会社更生法の解説」三七七頁、松田二郎「会社更生法」(法律学全集)八〇頁、九六頁、兼子一・三ケ月章「条解会社更生法」二六六頁、伊藤修「会社更生法解説と審議録」一八六頁、荒木政之亟他「例解国税徴収関係法」四九五頁)。
右のような趣旨からいえば、源泉徴収にかかる所得税その他法一一九条の各税については、本来、国等に納付されていないものは、すべて、無条件に、取戻権に類する取扱いをすべきであるが、法一一九条は、関係人の利害の調整をはかり、また、会社の円滑な更生を配慮して、取戻権的な取扱いをするために共益債権とすべきものを立法政策的に一定範囲に制限することとし、その範囲として更生手続開始当時まだ「納期限」の到来しないものだけを共益債権と定めているのである。
すなわち、源泉徴収にかかる所得税についていえば、税務官庁において当該源泉徴収すべき給与の支払があり、従つてその支払の際源泉徴収により保管されているべき所得税金の存することを了知し、それが本来の「法定納期限」までに納付されていないため、すでに納税の告知により個別具体的に「納期限」を指定している場合は、当該「指定納期限」の経過によりいつでも強制徴収手続をなし得るものであるということから、かかるものについては、更生手続が開始された場合、取戻権的な取扱いをするために共益債権とすることを政策的に制限し、所定の届出をまつて更生債権として取り扱うこととするが、未だ「指定納期限」の到来していないため、法律上、国税の強制徴収手続をなし得ないものについては、その本来の性質どおり、取戻権的な取扱いをするため共益債権としたのである。因に、このことは、法一一九条後段において、更生会社の預り金を共益債権としているのと同様の趣旨である(ただ、預り金については、立法政策として一定の範囲に限縮していないだけである。)。
以上のことは、同条前段の他の税債権についてもすべていい得るところである。
四 原判決は、法一一九条前段の租税債権が取戻権的性格を有するものであるという主張に対し、「その前提自体が問題であり、源泉所得税についていえば、徴収義務者が給与等の支払いをする際に源泉所得税の徴収をしていなかつた場合においても、支払者は政府に対し当該源泉所得税を納付する義務があるし、その他の諸税について検討してみても、同条前段所定の租税債権のすべてが取戻権的性格を有するといえないことは明らかである。」(原判決一四丁以下)旨判示している。
しかしながら、まず、源泉徴収にかかる所得税についていえば、支給者は給料等の支払いの際に源泉徴収をすべき義務を負担しているのであるが(旧所得税法三七条以下、所得税法第八三条)、徴収義務者が源泉徴収等をしなかつた場合にも、徴収義務者は受給者等に源泉徴収税額の支払請求をすることができるのである(旧所得税法四三条二項、所得税法二二二条)。また、法一一九条前段にいう特別徴収義務者が徴収して納入すべき地方税についていえば、納税者が支払わなかつた税金に相当する部分については、特別徴収義務者が当該納税者に対し求償権を有するものである(地方税法八七条五項、一一九条三項等)。さらに、右地方税と同じく特別徴収方式を採つている通行税、有価証券取引税および法一一九条前段所定の酒税以外の消費税については、前記のような求償権に関する定めはないが、理論的には担税者に対し求償しうるものと解すべきである。右のような点から考えても、同条前段の各租税債権は、他の租税債権と性格を異にし、更生会社が国または地方公共団体に代わつて保管するものというべきであるから、同条が同条の租税債権につき法六二条の取戻権に類する取扱いをしたことの合理性が肯認できるのである。
次に、法一一九条の「納期限」をいわゆる「指定納期限」と解すると、税務官庁の恣意によつて共益債権となり得るものを左右し得る余地があるとの批判があるが、税務官庁は源泉徴収にかかる所得税が存在していること、また、それが「法定納期限」までに納付されていないことを知つたときには、すみやかに納税の告知を行ない、具体的納期限を指定すべきものと定められているのであるから(国税通則法三六条、同法施行令八条)、右批判は、税務行政の法律に従わない恣意的な運用を前提とするものであり、右実定法の規制を無視した不当な解釈というべく、とうてい、正当な法解釈とはいえないであろう。
五、なお、仮に会社更生法一一九条の納期限を「法定納期限」と解するならば、源泉徴収にかかる所得税については、その源泉所得税の存否ないし税額は、給料等の支払の時になんらの手続も必要としないで、自働的に確定することになつており(国税通則法一五条)、また、「法定納期限」がその翌月の一〇日に到来することになつているので(旧所得税法三七条、三八条。)、税務官庁が実際に当該租税債権の存否および税額を把握していない間に、当該租税債権が共益債権から除外されるだけでなく、更生債権としての届出の機会を失し、更生手続において失権してしまうおそれが極めて大であるが、税務官庁が実際に関知しない「法定納期限」を基準として、会社更生手続上その法的保護の取扱いに差異の生ずることは、合理的とはいえない。また、税務官庁が源泉徴収にかかる所得税の存在を了知できず、更生債権として届出でないことにより、更生会社に免責が生じ、不当に利得を得させる結果となることは、極めて不合理である。
以上のとおり、法一一九条の「納期限」は、「法定納期限」ではなく、納税の告知によつて定まる具体的な「指定納期限」をいうのであるから、本件租税債権はいずれも共益債権に該当するものであり、本件差押は適法であるから、原判決の判断は失当であり、破棄されるべきである。