大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(あ)1997号 判決 1974年9月26日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中二七〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人中村浩紹の上告趣意第一点について。

所論は、刑法二〇五条二項は憲法一四条に違反して無効であるから、被告人の本件所為に対し刑法二〇五条二項を適用した原判決は、憲法の解釈を誤つたものであるというのであるが、右の規定が憲法の右の法条に違反するものでないことは、既に当裁判所の判例(昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁)とするところであり、その結論自体については、今日でもこれを変更する必要を認めない。その理由を述べると、次のとおりである。

憲法一四条一項は、国民に対し法の下における平等を保障した規定であつて、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨と解すべきところ(最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁、同四五年(あ)第一三一〇号同四八年四月五日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五頁)、尊属傷害致死罪を規定した刑法二〇五条二項は、被害者と加害者との間に存する特別な身分関係に基づき、同じ類型の行為に対する普通傷害致死罪を規定した同条一項よりも刑が加重されていることからみて、刑法二〇五条一項のほかに同条二項をおくことは、右の意味における差別的取扱いにあたるものといわなければならない。

しかしながら、尊属に対する尊重報恩は、社会生活上の基本的道義であつて、このような普遍的倫理の維持は、刑法上の保護に値するから、尊属に対する傷害致死を通常の傷害致死よりも重く処罰する規定を設けたとしても、かかる差別的取扱いをもつて、直ちに合理的根拠を欠くものと断ずることはできず、したがつてまた、憲法一四条一項に違反するということもできないことは当裁判所の判例(昭和四五年(あ)第一三一〇号同四八年四月四日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五頁)の趣旨に徴し明らかである。もつとも、尊属傷害致死罪に対する刑罰加重の程度によつては、その差別的取扱いの合理性を欠き、憲法一四条一項に違反するものといわなければならないことも、前記判例の趣旨とするところであるが、尊属傷害致死罪の法定刑は、無期又は三年以上の懲役であるから、量刑に際して相当幅広い裁量の余地が認められるとともに、犯罪の具体的情状の如何によつては、減軽規定の適用をまたなくとも、刑の執行を猶予することも可能であつて、それ自体過酷なものとはいえないのみならず、普通傷害致死罪につき定められている二年以上の有期懲役の法定刑と比較しても、最高刑として無期懲役刑が加えられていることと有期懲役刑の下限が三年であつて一年重い点に差異が存するにとどまり、その加重程度は尊属殺人罪(法定刑は死刑又は無期懲役)と普通殺人罪(法定刑は死刑又は無期若しくは三年以上の懲役)との間における差異のような著しいものではない。

してみると、尊属傷害致死罪の法定刑は、前記の立法目的のため必要な限度を逸脱しているとは考えられないから、尊属傷害致死に関する刑法二〇五条二項の定める法定刑は、合理的根拠に基づく差別的取扱いの域を出ないものであつて、憲法一四条一項に違反するものとはいえない。結局、論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

被告人本人の上告趣意について。

所論のうち、憲法一四条一項違反をいう点は、弁護人中村浩紹の上告趣意第一点について説示したとおりであつて、論旨は理由がない。

所論のうち、憲法三一条、三七条一項違反をいう点は、その実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、憲法三八条二項、三項違反をいう点は、記録を調べても、所論供述調書の任意性を疑うべき証跡は認められず、また、被告人の自白は第一審判決の掲げる自白以外の証拠により補強されていることが明らかであるから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四〇八条、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官下田武三の意見及び裁判官大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官下田武三の意見は、次のとおりである。

私は、尊属傷害致死に関する刑法二〇五条二項の規定が憲法一四条一項に違反しないとする本判決の結論には賛成であるが、その理由には同調することができない。この点についての私の意見は、最高裁昭和四五年(あ)第一三一〇号同四八年四月四日大法廷判決で述べた反対意見と趣旨において同一であるから、これをここに引用する。

裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、尊属傷害致死に関する刑法二〇五条二項の規定は憲法一四条一項に違反し無効であつて、本件被告人の所為に対しては刑法二〇五条一項を適用すべきものと解するが、その理由は、最高裁昭和四五年(あ)第一三一〇号同四八年四月四日大法廷判決で述べた意見と趣旨において同一であるから、これをここに引用する。

(岸盛一 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸上康夫)

弁護人中村浩紹の上告趣意

第一点

(一) 原判決が本件に対し刑法第二〇五条第二項を適用したのは、以下述べる如く憲法の解釈を誤つたものであり、刑法第二〇五条第二項は憲法第一四に牴触する無効な規定であるから、仮に被告人の行為が傷害致死に該るとしても、刑法第二〇五条第一項を適用すべきものと思料するので原判決は破棄されるべきものである。

(二) 尊属に対する殺傷罪に関する刑法の各規定と憲法との関係についての御庁の見解は昭和二五年一〇月一一日大法廷判決(昭和二五年(あ)第二九二号)及び昭和四八年四月四日大法廷判決(昭和四五年(あ)第一三一〇号)によつて示されているところであるが、右判旨については基本的立場において同一であると考えられるので、弁護人としては承服し得ぬところで、尊属殺傷に関する刑法の規定に対する違憲性の判断を求めるものである。

(三) 通常の傷害致死と区別して尊属に対する傷害致死に関する規定を設け、尊属致死傷なるが故に差別的取扱いを認めること自体が、法の下の平等を定めた憲法第一四条一項に違反するものと解すべきである。

憲法第一四条一項は、個人の尊厳、個人の人格的価値の平等という民主々義の基本理念を宣言した同第一三条をうけてこれと同じ基本的考え方、同一の趣旨を重ねて明らかにしたものというべく、同条項に明示された差別事由は例示的なものにすぎず、その趣旨は個人の尊厳と人格価値の平等という民主々義の基本理念に照らして不合理とみられる差別的取扱いを禁止することにあると解すべきである。このことは、日本国憲法が歴史的に明治憲法を否定したうえに成立していることからも明らかというべきであろう。

(四) では、「合理的差別」と「合理的にあらざる差別」とは、如何なる基準を以て区別すべきものであろうか。この点の区別については、憲法の根本原理たる個人の尊厳と人格価値の平等を基準とし、これと矛盾牴触しない限度において差別的取扱が許されるというべきである。しからば、尊属関係を重視し、尊属殺傷に関する特別の規定を設けることはかかる意味で合理的差別といえるであろうか。

(五) 親が子を思い、子が親を思うことは、自然情愛と親密の情の現われであり人間として捨て去ることのできぬ基本的な道徳である。この道徳原理を保護するために特に尊属たるの故を以て刑法上に特別の規定をおくことは、憲法の認めるところであろうか。道徳は、個人の内において遵守されるべきものであり、個人の道徳のあり方を国家が決定してはならないというべく(憲法第一九条)、国家は法を以て道徳を強制してはならないといわなければならない。もとより、民主々義社会においても道徳を基盤として成立し、道徳を法的に強制している法の規定は存在する(殺人の罪、傷害の罪等)。

しかし、これらはその根底をなす道徳が社会の全ての人に適用され、全ての人の承認するところのものであり、その規制の方法も事後的且つ個別的である点で容認し得るものである。

しかし、尊属殺傷に関する規定の根底をなす道徳は、「親」という特殊な地位の人のみを保護の対象とするものであり、又、「子」という特殊な地位にあるという一事を以てより重き刑罰を課することを強要するものであつて、所謂、通常の殺人罪や、傷害罪を規定するのと同様の理由では、その存在を是定できないものである。

(六) そもそも、尊属殺傷に関する規定の立法の背景には、「中国古法制に渕源し、わが国の律令制度や徳川幕府の法制に見られる尊属殺重罰の思想」があり加えてこれらの規定が「配偶者の尊属に対する罪をも、包含している点は、日本国憲法により廃止された家の制度と深い関係を有しているものと認められる」(四八年前記判決)。

家の制度にあつては、親は同時に戸主であり、それが故に、子から親に対する服従の関係は何らの疑いもなく子によつて絶対に守らるべき道徳とされていた。この戸主中心の旧家族制度的道徳観念を背景とし身分制道徳の見地に立つて家族間の倫理秩序を維持することを目的として設けられたこれら尊属殺傷に関する規定は、民主々義の大原則を宣言し、家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定め(憲法第二四条)、家の制度を廃止した日本国憲法の下では、到底存続することの許されない差別的取扱いを規定したものといわなければならない。

(七) 加えて、親子関係を支配する道徳が「人倫の大本、古今東西を問わず承認せられているところの人類普遍の道徳原理」(二五年前記判決)であるとしても、かかる原理は決して親子関係のみに限られることではなく、親子関係と並び夫婦関係及び兄弟姉妹関係についても等しく認められるべきものであり、これらのうちから特に親子関係のみをとり出ししかも、親に対する子の道徳義務だけを特に刑罰をもつて保護しなければならないのであろうか。そこには、何ら合理的理由を見出すことはできない。

右差別を認めた根底には、家族生活において夫婦関係よりも、親子関係が優先するものとし、しかもその親子関係にあつては、親に対する子の絶対服従を旨とする旧家族制度的思想に立脚するものと考えられるが、この思想が日本国憲法の下に存在を否定されるべきものであることは、憲法第一三条、一四条、二四条等の各条項上からも明らかなことであり、人間相互の関係の中から親に対する子の道徳義務をのみとり出し、これを法を以て強制せんとする尊属殺傷に関する規定は、合理的根拠を欠く憲法によつて否定された規定とみなければならない。

刑法第二〇五条第二項の規定は従つてその刑の規定の仕方如何に関係なく憲法第一四条に違反するものであるといわなければならない。

(八) 比較法的にみても、かつて尊属重罰規定を有した諸国においても、近時次第にこれを廃止し又は緩和しつつあるのが現状であり、わが国においても「改正刑法草案」には、尊属殺傷重罰の規定を削除していることに鑑みれば、最早かかる種の規定は古き時代の不合理な規定として捨て去らるべき運命にあることは自明である。

しかも前記四八年四月判決以後下級審において刑法第二〇五条二項の規定につき違憲である旨判示した判決があり(京都地裁昭和四八年六月七日判決、同四七年(わ)第四五号)、過去においても同旨の下級審判決(宇都宮地裁昭和四四年五月二九日判決、昭和四三年(わ)第二〇五号、同年(わ)第二七八号)があつたことを考慮するならば今や被害者が尊属なるが故に特に加重規定を設け差別的取扱いを認めている刑法の各規定はいづれも違憲無効の規定といわなければならない。

第二点

(一) 原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、著しく正義に反するものとして破棄されるべきものである。

即ち、原判決は刑法第四二条第一項(自首)の規定の適用を求めた被告人の主張を排斥した第一審判決を是認しているが、これは同条項の解釈を誤つたものである。

(二) 第一審判決も述べているとおり、敦賀征彦作成の電話聴取書及び同人の司法警察員に対する供述調書中には、被告人から電話で「酒を飲んで親父が向かつて来たので持つていたかみそりの刃が開き親父にささつて倒れたので自首する」との届出があつた旨が記載されている。しかして、この被告人の届出は、刑法第四二条第一項の自首に該当するというべきである。自首とは「自発的に犯罪事実を申告してその処分を司直に委ねるもの」をいうが、ここに云う犯罪事実とは決して第一審判決の述べるが如く「明瞭に自己の犯罪の成立要件たる事実」の全部をいうものではないと解すべきである。

自首に関する規定は、犯罪の検挙を容易にし又、犯罪を未然に防止せんとする政策的理由に依拠するものであつて、かかる見地からすれば、自首の要件として申告すべき犯罪事実とは、犯人が犯行当時に認識した自己の行為の客観的事実をいい、その行為を刑法各本条に該る具体的構成要件の成立要件にあてはめて申告する必要はないというべきである。

かかる見地から本件被告人の前記届出の内容をみれば、本件犯行当時の興奮状態にあつた被告人の申告としては十分であると考えられ、しかもそれにて犯罪内容は官憲において十分に了知し得るものといわなければならない。被告人に前記以上の正確詳細な申告を要求することは無理を強いるものである。加えて自首の申告には犯人が自己の行為が犯罪であるということを認識していることは不要(福岡高裁昭和三四年九月一二日判決高刑集一二―七―七二四)というべきであるから、構成要件該当の具体的事実全てを申告する必要はないであろう。

従つて本件の被告人の官憲に対する電話での届出は自首としての要件を具備しており、被告人に刑法第四二条第一項を適用すべきであつて、これを否定した原判決は、重大な法令の違反があり、著しく正義に反するものであつてこれを破棄するのが相当であると思料する。

以上

被告人の上告趣意<省略>

被告人の上告趣意<省略>

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