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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(あ)526号 判決 1977年12月22日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人孫山由雄の弁護人長谷川泰造、同内野経一郎の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であり、被告人孫山秀雄の弁護人萬谷亀吉、同山下義則の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(被告人孫山由雄の弁護人長谷川泰造の昭和四八年七月一三日付上告趣意補充書は、期限後提出にかかるものであるから、判断を加えない。)。

しかしながら、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決は、刑訴法四一一条一号、二号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。

一原判決の確定した事実によると、本件は、被告人両名が野口伊次(第一審共同被告人)と共謀のうえ、昭和四二年七月一日、かねて宅地造成用地の買収方あつ旋の依頼を受けていた中町良吉外一名に対し、真実は同人の指定する条件を充たす土地をあつ旋できる見込みがないのにこれがあるように装い、こもごも嘘言を弄し、同人らをして間違いなく指定した八五〇〇坪の土地を被告人らがまとめて買収してくれるものであり、そのうち三〇〇〇坪についてはすぐ買付けができる状態にあつて、直ちに一〇〇〇万円を支払わなければ買収が不可能になるものと誤信させ、よつて、同月三日中町良吉から土地購入資金名下に小切手六通(額面合計一〇〇〇万円)の交付を受けてこれを騙取した、という事案である。第一審判決は、被告人両名を各懲役一年六月に、野口伊次を懲役一年、執行猶予三年間に処したところ、被告人両名から控訴の申立があり、原判決は、第一審判決言渡当時までに一五五万円程度の被害弁償のあつた事実を含めて、犯情を考慮しても、第一審の量刑は、その言渡当時においては相当と認められるが、前記中町良吉から本件被害弁償に関連して提起された約束手形金請求事件において、昭和四六年一二月二〇日、被告人両名が残金九〇〇万円と利息金の請求全部を認諾し、その履行として、昭和四七年九月六日金三〇〇万円の内入弁済をしたという第一審判決後の情状を考慮すると、刑の執行を猶予すべき特段の事情が備わつたものとまでは認めえないが、その刑期をやや減ずるのを相当とするにいたつたとし、刑訴法三九七条二項、三九三条二項により、第一審判決中被告人両名に関する部分を破棄し、被告人らを各懲役一年二月に処した。

二たしかに、原判決が適切に指摘するように、被告人らの本件犯行は、むしろ犯情悪質と評価すべき面があるから、原判決言渡当時までに金四五五万円程度の弁償しかできていないうえ、弁護人から前記認諾にかかる債務完済の確実な見込みについて特に上申された形跡が記録上認められない以上、原審が刑の執行を猶予すべき特段の事情が備わつたものとまで認めえないとしたのは、無理からぬものがあると思われる。しかし、ひるがえつて考えてみると、本件のような詐欺罪にあつては、詐欺により生じた被害が犯人の弁償によつて回復され、被害者が犯人を宥恕するにいたつた場合には、これが犯人に有利な情状として量刑上大きく影響することは否定できないところであり、ことに前科のない被告人は、被害弁償の成否いかんによつて、刑の執行が猶予されるか否かの岐路に立つことが多く、このような場合における情状立証の重要性は多言を要しないところである。かかる情状に関する事実は、もとより弁護人の主張立証にまつべきものであつて、裁判所が率先して被害弁償を勧告し、その成行きを見極めなければならないものではないが、審理の過程において、被告人が被害弁償の意思あることを表明し、具体的にもその誠実性が認められるにもかかわらず、その点に関する弁護活動が不十分な場合には、補充的に裁判所が職権を発動し、弁済の成否ないしはその経過に関する立証を促し、その点についての審理を尽くすべきである。ことに、控訴審に関する刑訴法三九三条二項、三九七条二項の各規定は、上告審に準用がないと解するのが相当であるから、右のような被告人に有利な情状が控訴審判決言渡後に生じ、これを参酌すれば原審の量刑が重きに失するにいたつたと考えられる場合であつても、上告審としては、右事情を取り調べることも、また、これを理由に原判決を破棄することもできないのである。したがつて、弁護人としては、控訴審に係属中に情状に関する立証活動を、十分にすべきであり、控訴裁判所としても、このことに思いをいたし事案に応じて適切な審理をすべきものである。

本件は、土地ブローカーと宅地造成を計画する不動産業者との間で起きた詐欺事犯であつて、被害について金銭的補償がなされるならば被害者の満足と宥恕を得ることがむしろ容易と思われる事案であるところ、被告人らは、弁償のために約束手形を差し入れ、また、右手形金請求訴訟において請求の認諾をまでしながら、第一審においては金一五五万円を、原審においては金三〇〇万円を内入弁済したに過ぎず、当審にいたつてようやく、共犯者野口伊次所有の農地を代物弁済すること等によつて被害のほぼ全額を完済し被害者と示談を遂げた旨の上申をするにいたつているのである。本件の被害弁償が右のように散発的になされ、かつ遅延したその理由は記録上必ずしも明白ではないが、第一審及び原審において、弁護人が詐欺罪の成否、各被告人の関与の程度及び利得の金額を争うことに重点をおき、被害弁償の経過その他の情状に関する弁護側の立証が不徹底であつたことがその一因をなしていることが窺われるのである。そこで、右の経過にかんがみ、原判決言渡の時点に立つて弁償に関する立証内容をみると、弁護人らの控訴趣意書には、「被害金の弁償については、民事訴訟で解決がつき、近く弁済できる予定で目下努力中であり、その結果については当審で立証する予定である」旨の記載がある。そして、実際にも、右債務の履行として上記のとおり金三〇〇万円の内入弁済がなされたほか、原審証人野口伊次は、本件被害弁償のため、同人所有の田一筆(約一三〇坪)を被害者に譲渡する意向があり、被害者と折衝中である旨証言しており、右農地の時価は当時坪三万円を下らないとされていたのである。すなわち、これによれば、被告人ら自らによる弁償の可能性はともかくとして、原審においてあらたに、本件被害弁償の方法として、共犯者である右野口所有農地をもつて代物弁済することが具体化していたのであつて、地価騰勢の傾向の顕著であつた当時の情況上、右農地による代物弁済の成否いかんによつては、多額の金銭的補償がなされ、示談成立の見込みがないわけではなかつたと思われる。被告人両名には、執行猶予言渡の障害となる前科はなく、しかも、原判文によると、原審は、被告人らにおいて一層多額の被害弁償をするなどの条件が備わつた場合には、さらに量刑上考慮に値する余地があるとしたものと解されるうえ、被告人孫山由雄が原審でした金三〇〇万円の弁済の事実を、共犯者である被告人孫山秀雄についても同様に有利な情状として斟酌している原審の立場としては、上記野口所有農地の代物弁済による示談の成否は、同人と共犯関係に立つ被告人両名についても、重要な情状に関する事実であつたというべきである。そうとすれば、すくなくとも、前記野口と被害者との間における示談交渉の経緯、内容、被告人らの示談についての誠意の有無等について立証を促し、さらに審理を尽くしたうえで判決すベきであつたにもかかわらず、記録上これを行つた証跡が認められないのであるから、原判決には、審理不尽の違法があり、ひいては甚しい量刑不当の疑いがあり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるをえない。

よつて、刑訴法四一一条一号、二号により原判決を破棄し、本件につきさらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である名古屋高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

弁護人長谷川泰造、同内野経一郎の上告趣旨<省略>

弁護人萬谷亀吉、同山下義則の上告趣旨<省略>

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