最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)899号 判決 1977年2月17日
上告人
島津急送株式会社
右代表者
友重重信
右訴訟代理人
高芝利徳
被上告人
室伏徳兵衛
右訴訟代理人
佐藤英一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高芝利徳の上告理由第一について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人が第一審判決末尾添付目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)について上告人名義に仮装の所有権移転登記手続を経由したことは、民法九〇条にいう公序良俗に反するものというに足りず、同法七〇八条にいう不法原因給付にもあたらないと解するのが相当である(最高裁昭和三二年(オ)第六五一号同三七年三月八日第一小法廷判決・民集一六巻三号五〇〇頁、昭和四〇年(オ)第七四〇号同四一年七月二八日第一小法廷判決・民集二〇巻六号一二六五頁参照)。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二について
原審の適法に確定した事実によれば、被上告人は、昭和三六年二月ころ、当時田であつた本件土地をその所有者である訴外市川泰作から、当時被上告人が株式の大部分を所有し経営を事実上支配していた上告会社の名義で買い受け、農地法五条の許可もそのころ上告会社名義で申請し、所有権移転登記も同年八月一五日上告会社名義で経由した、登記簿上の地目もすでに宅地に変更されている、被上告人は、その地上に昭和三八年中に前記目録(3)記載の建物を建築し、その後これを上告会社の営業所として使用している、右建物についても同年九月二七日上告会社名義で保存登記を経由した、というのであり、また、右農地法五条の許可申請に対してその許可があつたこと及び本件土地がすでに恒久的に宅地化されていることは、原審認定の趣旨とするところから明らかである。
ところで、譲受人を上告会社名義とする農地法五条の許可が、右のような事実関係のもとにおいても、被上告人に対してその効力を生ずるものではなく、右許可があつてもなお被上告人は本件土地の所有権を取得することができないものと解すべきことは、所論のとおりであるが、上告会社が前記市川から本件土地の所有権を取得すべき実体上の事由があることは原審の認定しないところであるから、上告会社もまた右許可により本件土地の所有権を取得するものではない。そして、被上告人がみずから株式の大部分を所有し経営を事実上支配していた上告会社の名義で同法五条の許可を受け、本件土地上に建物を建築してこれを右許可を受けた名義人である上告会社の営業所に使用し、本件土地がすでに恒久的に宅地化されている等、前示のような事実関係のもとにおいては、右宅地化により、本件売買は、知事の許可を経ることなしに、完全にその効力を生ずるに至つたものと解するのが相当である。それゆえ、被上告人が本件売買により本件土地の所有権を取得した旨の原審の判断は、結論において正当であり、是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の認定しない事実を前提とするか、又は原判決に影響を及ぼさない部分について原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)
上告代理人高芝利徳の上告理由
第一、<省略>
第二、原判決は被上告人の主張が農地法第五条に違背するとの主張に対する判断を遺脱し、敢て同法に違背しているので、破棄を免れない。
(1) 原判決はその理由において「被上告人は昭和三六年二月頃、姻戚関係にある訴外二見康雄と共同して訴外市川泰作から同人所有の三島市玉川学園反り田六一番の三田六畝を金三百六万円で買受け、右代金は上記二見と折半して負担したが、租税特別措置法による免税措置を受けるため、前記玉川反り田六一番の三、田六畝は被上告人が事実上の経営者である上告人会社名義でこれを取得することとし、市川泰作との間に売買契約においても買受人を上告人会社として表示し、同土地の所有権譲渡及び宅地転用についての農地法による許可も上告人会社で申請し、所有権取得登記も昭和三十六年八月一五日上告人会社名義で経由し、 ママの事実を認めることができ、右認定の事実によれば、本件係争の土地及建物は上告人会社所有名義で登記がされているけれども真実の所有者は被上告人であつて第三者に対する関係は別として被上告人は上告人会社に対し、右土地及び建物に対する自己の所有権を主張することができるものと解するのが相当である。」と結論している。
右認定によると王川学園反り田六一番の三の田は、転用許可名義及び所有権移転登記名義人は上告人であるが、上告人会社の事実上の支配者たる被上告人の意思により、実質の所有者は被告人であると認定するものの如くである。
一般の土地建物の所有権取得の場合は法律上何等の制約がないので、他人名義を利用して所有権することが可能であるが、農地法の制約を受ける土地につき、右の如く認定することが可能であるか甚だ疑問で、上告人はかかる認定は農地法に違反し到底許されないものと原審以来主張して来た。然るに原審判決は、事実摘示に記載せず、その理由に於ても判断を遺脱した。
(2) 農地については、その所有の移転につき土地の農業上の利用増進のため農地法第三条及び、第五条の制約を設けている。
前者は土地の農業上の利用を害することなしに権利の設定又は移転が行われる場合についての許可で、第五条はその権利の設定又は移転がその土地の農業上の利用を害する結果となる場合、すなわち農地をつぶして農地でなくしたりする場合の許可である。しかしてその双方とも許可を受けないでした行為は効力を生じないとの厳しい制約が付されている。(農地法第三条第四項及び同法第五条第二項)
しかして農地法第三条に定める農地の権利移動に関する県知事の許可の性質は当事者の法律行為(たとえば売買)を補充してその法律上の効力(たとえば売買による所有権移転)を完成さすものにすぎず、講学上いわゆる補充行為の性質を有するものと解されるところ、(最高裁判所昭和38年11月12日三小昭和36年(オ)七七五号、民集17巻11号)この解釈は同法第五条にあてはまるものであり、私人間に農地につき、売買契約が成立した丈では所有権移転の効力を生ぜず県知事の許可という補充行為によつて始めて許可された者に対し所有権が移転するものと解すべきである。
果して、然らば、本件の玉川反り田六一番の三、田六畝が、農地であることは当事者間に争がなく、乙第二二号証、記載の如く、昭和三六年六月五日上告人の営業用地として農地転用が申請され、同申請に対し、県知事から転用許可されたから、上告人が名実共に所有者になつたことは、疑問の余地がない。
原審は、買受人として上告人が転用許可を受けた事実を認定しつつも農地法第五条違背の主張につき判断を遺脱し、上告人は単なる名義人に過ぎず、真の買受人及び所有権取得者は被上告人であると認定しているが、これは仮に被上告人等の真意がそうであつたとしても農地法上転用許可を受けない者が買受人として農地を取得することを容認することとなり、到底許されないことで、原審の認定は明らかに農地法第五条に違背するものとして、破棄を免れない。
もしかかる解釈が許されることとなるならば、農地の買受許可を得られない者が、買取適格を有する者の名義を利用して所有権を取得する脱法行為が横行し、許可制度は空文に帰し、農地利用を図らんとする同法の趣旨は全く失われることとなるであろう。
(3) 前述の如く転用許可を受けた上で買受け名実共に上告人の所有となつた第一審判決添付目録(2)の土地はその後、被上告人に売却された形跡はなく(甲第八号証念書については後述)その代金授受の事実もないから上告人の所有であり、この点原判決は農地法第五条違背の主張に対する判断を遺脱しているばかりでなく、同法解釈を誤るものとして破棄を免れない。
第三、<省略>