最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)904号 判決 1975年2月20日
上告人
村田一郎
右訴訟代理人
高橋敬
被上告人
大洋不動産株式会社
右代表者
神行信義
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高橋敬の上告理由について。
一 原審の適法に確定した事実は次のとおりである。
1 被上告人は、その所有の本件建物を区分して青物、果物等の店舗に賃貸し、魚神ショツピングセンターとしていたが、昭和四四年一二月、その一区画である本件建物部分を上告人に同人の青物商営業のため賃貸した。右賃貸借契約にはその締結にあたり、次のような特約が付された。
すなわち、上告人に次の(1)ないし(3)のいずれかにあたる行為があるときは、被上告人は無催告で賃貸借契約を解除することができる。
(1) 粗暴な言動を用い、又は濫りに他人と抗争したとき。
(2) 策略を用い、または他人を煽動して、本ショッピングセンターの秩序を紊し、あるいは運営を阻害しようとする等不穏の言動をしたと認められたとき。
(3) 多数共謀して賃貸人に対して強談威迫をしたとき。
2 上告人は、昭和四五年二月一〇日頃から本件建物部分で青物商を営んでいたが、同人には次の(1)ないし(4)の行為があつた。
(1) 右ショツピングセンター内で当初ショッピングセンターの奥の場所に店舗を構えていた青物商を営む山田青物店が上告人の店舗と並ぶ表側に場所を変えたので、上告人は、被上告人代表者神行信義に対し、山田青物店を奥の場所に移すことを求め、その要求が容れられないとなると、神行に対し、「若い者を来させる。どんな目にあうかわからん。」等と述べ、また、上告人が山田青物店の前にはみ出して自己の商品を並べたため、同店より神行に苦情があつたので同人において上告人に注意をしたが、改めなかつた。
(2) 上告人の店は青物商であり、その販売品目もおのずから限定されているのに、同人は隣の池田果物商と同じく果物の販売を始めたため、池田果物店から前記神行に苦情があり、同人が上告人に果物の販売をやめるよう申し入れたが、これに応じなかつた。
(3) 昭和四五年七月二七日上告人が山田青物店の前にはみ出して自己の商品を並べたので神行が上告人にこれを注意したところ、上告人はその従業員らとともに、神行に殴るなどの暴行を加え、頭部顔面項部挫傷、左顔部左膝関節部打撲傷、歯破損、口内裂傷、眼球結膜下出血等約三週間の治療を要する傷害を被らせ、上告人は罰金刑に処せられた。
(4) 上告人は、ごみ処理が悪かつたり、ショツピングセンターの定休日にルールを無視して自己の店舗だけ営業したりしてショツピングセンターの正常な運営を阻害していた。
二 1 ところで、前述の特約は、賃借人の前記一、1、(1)ないし(3)の行為を禁止することを趣旨とするものであると解されるところ、本件賃貸借は、ショツピングセンターを構成する商店の一つを営業するため、同センター用の一棟の建物の一区分についてされるものであるから、その賃貸借契約に関して、賃貸人が賃借人の右のような行為を禁止することは、多数の店舗賃借人によつて共同してショツピングセンターを運営、維持して行くために必要不可欠なことであり、その禁止事項も通常の賃借人であれば容易にこれを遵守できるものであつて、賃借人に不当に重い負担を課したり、その賃借権の行使を制限するものでもない。したがつて右のような賃貸借契約の締結にあたつて、賃貸人と賃借人との間の特約によつて賃借人に前記のような行為を禁止することには合理的な理由があり、これを借家法六条により無効とすることはできない。
2 ただ、賃借人の右特約違反が解除理由となるのは、それが賃料債務のような賃借人固有の債務不履行となるからではなく、特約に違反することによつて賃貸借契約の基礎となる賃貸人、賃借人間の信頼関係が破壊されるからであると考えられる。そうすると、賃貸人が右特約違反を理由に賃貸借契約を解除できるのは、賃借人が特約に違反し、そのため、右信頼関係が破壊されるにいたつたときに限ると解すべきであり、その解除にあたつてはすでに信頼関係が破壊されているので、催告を要しないというべきである(当法廷昭和三九年(オ)第一四五〇号、同四一年四月二一日判決・民集二〇巻四号七二〇頁、同四五年(オ)第九四二号、同四七年一一月一六日判決民集二六巻九号一六〇三頁参照)。
3 これを本件についてみるに、前述のとおり、上告人はショツピングセンター内で、他の賃借人に迷惑をかける商売方法をとつて他の賃借人と争い、そのため、賃貸人である被上告人が他の賃借人から苦情を言われて困却し、被上告人代表者がそのことにつき上告人に注意しても、上告人はかえつて右代表者に対して、暴言を吐き、あるいは他の者とともに暴行を加える有様であつて、それは、共同店舗賃借人に要請される最少限度のルールや商業道徳を無視するものであり、ショツピングセンターの正常な運営を阻害し、賃貸人に著しい損害を加えるにいたるものである。したがつて、上告人の右のような行為は単に前記特約に違反するのみではなく、そのため本件賃貸借契約についての被上告人と上告人との間の信頼関係は破壊されるにいたつたといわなければならない。
4 そうすると、上告人の前記のような行為を理由に本件賃貸借契約の無催告解除を認めた原審の認定判断は正当として是認すべきであり、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)
上告代理人高橋敬の上告理由
一、原判決は、建物賃貸借関係を支配する信義則に関する評価・判断を誤つている。
被上告人から魚神ショツピングセンター(尼崎市七松町一丁目一四〇番地、家屋番号一四〇番、鉄骨造陸屋根二階建店舗一階218.40平方米、二階188.71平方米)のうち一階の13.16平方メートルを賃借している上告人が、同ショツピングセンター内で隣接している山田青物店の品物と紛らわしく品物を並べたり、青物商なのに果物を販売したりして、被上告人代表者代表取締役神行信義のところへ右山田青物店や、付近の果物商から苦情があつたので、神行が上告人に注意したが上告人はそれに応じず、昭和四五年七月二七日上告人が山田青物店の店前にはみだして品物を並べていたところ、神行が制止したところ、上告人とその従業員および森村藤一の店の従業員らが神行に殴るなどの暴行を加え、頭部顔面項部挫傷その他約三週間の治療を要する傷害を負わせた。このように右の一連の上告人の行為は、本件ショツピングングセンター内の店舗賃借人に最小限要請される商業道徳やルールを無視するのみならず、賃貸人からの必要かつ適切な賃貸借関係正常化の折衝すら事実上不可能に導くもので、賃借人の義務違反とみるべきであり、ひいては同ショツピングセンターの正常な運営を阻害し、賃貸人に著しい損害を与えるにいたるのであるから、もはや上告人・被上告人の当事者間の信頼関係は破壊されたものであり、前記認定の事由によつて被上告人は上告人に対して本件賃貸借を解除しうるものであるという第一審判決を原判決はそのまま認容している。
これようするに上告人の(一)商売の方法とそれに対する苦情により被上告人が困惑させられたこと(二)被上告人代表者の注意に対し暴力をふるつたことの二点をもつて、賃借人の義務違反であり、被上告人は解除権を行使できるとしているわけであるが、賃貸借関係など継続的契約関係においての当事者間の信頼関係は、両当事者が各自の義務を履行したときに、はじめて云々できるものであり、自ら義務違反を犯したものが信頼関係の破壊を理由に賃貸借の解除をすることはできず、賃貸人の債務不履行の場合は、賃借人が契約解除をできるのは当然の理である。(昭和四六年三月三一日東京地方裁判所判決、昭和四一年(ワ)一一三九号事件)
第一審判決では、上告人が本件シヨッピングセンターの入口の部分を賃借すると、同センターの奥にいた同業種の山田青物店が入口に出てきていたので、上告人が神行に抗議をすると、神行は山田青物店と奥へ入る旨の交渉をしている事実を認めている。このことから上告人と被上告人の間には、賃貸借契約締結に際し、上告人がショツピングセンターの入口で、山田青物店はショピングセンターの奥で商売をすることという特約があつたことがうかがわれるのに、被上告人はその特約にもとづく義務の履行を上告人の再三の懇請にかかわらず怠つてきたのである。そのような被上告人の不信行為に対処するため、上告人がある程度の処置を取つたとしても、それをもつて上告人による信頼関係の一方的な破壊行為と断ずるのは明白な誤りである。さすれば、前記(二)の事情が仮にあつたとしても、(二)の事情だけをもつて解除できることはどうかは、第一審判決からはうかがうことができないので、それをうのみにして、解除を認めた原判決には法律解釈上明白な誤りがあると断せざるを得ない。
二、原判決には、賃貸借に関する信義則の解釈を誤り、昭和四七年一一月一六日第一小法廷の判決に違背している。
右判決によれば、仮に賃借人が刑事上の処罰を受け社会的に非難されても、それによりただちに賃貸人が法律的社会的責任を負うことはない場合は、賃貸借の使用目的に違反しないとしている。
本件の場合神行に対し、上告人と森村藤一の店の従業員らが暴行をふるつたというのが第一審原審の認定であるが、その唯一の証拠たる神行の本人代表者尋問結果からも上告人が具体的に暴行を加えた態様など明らかでなく、上告人の本人尋問結果からすれば、むしろ森村の従業員の暴行の制止に入つたということであり、上告人の神行に対する暴行自体はなはだ疑問であるし、森村と上告人には何らの共謀があきらかでなく、かつ実際手をふれたのは森村の従業員であるというのであるから、たとえ上告人が刑法上は二〇七条により、処罰されたとしても、それをもつて賃貸借の使用目的に違反するものとはとうてい断じえず、本件第一審原審判決は、前記第一小法廷判決に違背するものといわねばならない。 以上