大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)190号 決定 1976年2月19日

本籍

福井県鯖江市下深江町一六〇番地

住居

同武生市北府本町三二号八五番地

洋装品販売業

倉内義賢

大正一四年一〇月二一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年九月一六日名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大橋茹の上告趣意及び追加上告趣意第一点のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、原判決の是認する第一審判決摘示の犯罪事実が被告人の自白のみによつて認定されたものでないことは同判決記載の証拠標目上明らかであるから、所論は前提を欠き、判例違反をいう点は、引用の判例は本件とは事案を異にし適切でなく、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第二点は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

○昭和五〇年(あ)第一九〇九号

被告人 倉内義賢

弁護人大橋茹の上告趣意(昭和五〇年一一月一〇日付)

第一点

一、原判決は左の如く判示した。即ち、

「原判決(第一審判決)書の弁護人の主張に対する判断の部二において説示する部分を捉えてかれこれ論難するけれども原判決文の所論摘示の部分を原判決挙示の被告人の昭和四五年一二月九日附供述調書収税官史の被告人に対する昭和四四年七月一二日付及び同四月一六日付各質問顛末書、小木岩男の検察官に対する供述調書、収税官史の小木岩男に対する質問顛末二通と対比しながら通読すれば原判決の説示する被告人が証券会社主催の株式取引に関する講演会に参加した時期は遅くとも昭和四二年度の所得税確定申告期限前を指称し、また被告人が所論の税理士から助言を受けた時期は右の確定申告期限以後を指称する趣旨であることが明かである、そして前掲の各証拠を綜合して勘案すると、原判決の説示する部分は十分首肯し得るところであつてこれによれば被告人に原判示各確定申告時において所得税逋脱の犯意のあつたことが十分推認され記録を精査検討してみても原判決に所論のような違法は認められない、なお論旨に附陳して原判決の事実認定をかれこれ論難する点についても十分検討を加えたがいづれも理由がなく当裁判所のたやすく左祖し得ないところである」

と判示して被告人並に弁護人の逋脱の意思がなかつた旨の主張を排斥し第一審判決を維持したのである。

二、本件において逋脱の故意については被告人の自白の有無は後に詳述するとして、少くとも被告人の自白だけでは足りず必ずこれを補強する証拠を必要とすることは憲法第三八条並に刑事訴訟法第三一九条に明定する処である。

そこで原判決の引用している補強証拠を調査するに左の通りである。

(イ) 小木岩男の検察官に対する供述調書

第二項

此の時昭和四五年領第一一五号符八八号申告書を示す とある。

問答の中段 同調書四枚目表終りの方から三行目以下

「ですから倉内さんの場合課税の対象になるような株式の売買をやつているのではないかと思い、確か昭和四四年三月一五日の申告期限より一週間位前に倉内さんが私の事務所へ来た際此の点について注意をして上げました。

私は倉内さんに

売買五〇回以上で二〇万株以上なら税がかゝる

と云つてやりました。

これに対し倉内さんは

そんな事を云うたつて誰も税金が掛つた事ないやないか

と云つて反揆して来ました。

中略

又倉内さんは福井で経済講演会があつた時講師に株式売買の利益に税金が掛かるかと質問したら、所得税法には課税になる規定があるが食管法の様なもので課税された事例がない、心配せずにどんどんなさいと云われたと云う事も云つてやりました。

中略

倉内さんは株式の売買差益に課税される場合がある事についての条文は知つていた様子です。

以下略

(ロ) 収税官吏の小木岩男に対する質問顛末書二通の内、昭和四四年七月十一日附の分に左記記載がある。

問六、配当所得は各年幾ら位あつたかご存じですか。

答 申告書をみて貰えば正確な金額が判りますが、昨年領置される前に一寸見たのでは四一年一二〇万円、四二年一三〇万円、四三年は三〇〇万円から四〇〇万円程度でなかつたかと思います。

問七、配当所得に対する株式銘柄、数量をご存じですか。

答 四一年か四二年は立石電気が拾何万株あつたと記憶しています、四三年はリコーの株式が九五万株で余り多いのでその銘柄をはつきり記憶しています。

問八、それ等の株式は何時取得されたものか貴方は倉内さんにきゝましたか。

答 それ等の株式はその当時の花形株式であつたから時価にしてどの位かと云う事は興味を持つていましたが、何時取得したかと云うような事は聞いておりません。

問九、四三年に持株が急増していますが貴方はなぜ関与税理士として株式の取得状況をきかなかつたのですか。

答 私は四三年の配当メモ書を見て当時の時価で換算すると前年末に比較して三億乃至四億も急増しているので株式の売買が相当あるのではないかと思いましたが特にその取得状況についてきゝませんでしたが、所得税法では株式の年間取引回数五〇回、取引数量二〇万株を越える場合は税金がかゝりますと云う話をしました。

問十、それは何時何処でしたのですか。

答 配当メモ書を持つて来た日に多分話をしていると思います、はつきりした日時は記憶ありませんが、今年の三月七、八日頃で私の部屋で三十分位洋装店の所得の状況等と併せ話しました。

(ハ) 前同昭和四四年七月二二日前同質問顛末書中、

問八、それではなぜその時倉内さんに年五十回以上且つ二十万株以上の株の商いをしてもうけた場合には所得税がかゝりますということをいわれたのですか。

答 私は株式の売買利益に関する課税条文のあることはずい分前から承知しており倉内さんの四十三年中の持株数額の持株額の増加の状況から推察すると、若しやそのもうけについて税金がかゝるんではないかと思つたものですからそのように倉内さんに対し注意したのです。

問九、四十一年分や四十二年分の確定の時はその様な注意をなされましたか。

答 四十一年分や四十二年分の申告のときは倉内さんの持株額にめだつた変化がなかつたものですからそのような事は倉内さんには云つておりません。

三、原判決は被告人の検察官に対する供述調書並に収税官吏小木岩男の質問顛末書中の内容を調査しても脱税の意思があつた旨の自白をした点は認められず、只各証券会社との取引内容を説明しているに止まる。

そこで仮に被告人が右供述調書並に質問顛末書において自白と認められるものがあるとしても補強証拠を必要とすることは前陳の通りである。

四、然るに原判決並に第一審判決の援用する小木岩男の検察官に対する供述調書並に収税官吏に対する質問顛末書二通の内容は前期第二項(イ)(ロ)(ハ)に詳記する通りで、昭和四四年三月七、八日、即ち昭和四三年分確定申告前に右小木税理士が被告人に注意したというのである、而も前記(ハ)の「問九、」の問答には明確に昭和四一年分、昭和四二年分の申告の時は持株に目立つた変化がなかつたので注意しなかつた旨を答えている。

そうすると、仮に昭和四三年分の申告について逋脱の意思があつたと推定されることができても昭和四二年分の逋脱の意思を推認する補強証拠は全然ないことになる、却つて昭和四二年分の申告の際はその株式取引に関する事業税の申告をしなければならないことに付き注意も受けず被告人も知らなかつたことが推認できる。

又、被告人が原判決は講演会に参加して質問した旨の事実を認定し、而もその時期は昭和四二年分の確定申告期限以前を指称し、と判示しているが、かゝる事実を確認する証拠のないことは右陳第二項に援用の小木税理士の供述、質問、問答の内からみて極めて明白である、従つてこの点に関する証拠も全然存在しないことに帰する。

五、従つて、原判決には証拠に基かないで事実を認定した違法あるのみならず、仮に被告人の検察官に対する供述、収税官吏の質問、問答中に自白とみられる部分があるとしてもこれを補強する証拠がない限り憲法第三八条に違背する違法があつて破毀を免れないものである。

加之、被告人は第一審並に原審において逋脱の意思を否認しているのであるから御庁昭和二三年(れ)第四五四号昭和二四年四月六日大法廷判決には違背するものである。

六、要之、原判決は少くとも被告人が昭和四二年分の所得税を逋脱する故意を有していた旨の事実を虚無の証拠によつて認定したか、若しくは仮にこの点につき被告人の自白があるとしてもこれを補強証拠がないので憲法第三八条第三項(刑事訴訟法第三一九条第二項)に違背するものであり、右違背は昭和四二年分所得税逋脱に関するもので判決の主文に影響することが明かであるから原判決は破毀を免れないものである。

以上

○昭和五〇年(あ)第一九〇九号

被告人 倉内義賢

弁護人大橋茹の上告趣意(追加)(昭和五〇年一一月一七日付)

第一点に対する補充追加申立

一、に提出した上告趣意書第一点は原審の証拠の取捨、或はその解釈判断に関するものでなく、原審の引用した証拠自体が原判決を維持するに足らないことを申立ているのである。

二、即ち原判決は昭和四二年分同昭和四三年分の内、昭和四二年分の所得税を申告するに付き被告人に逋脱する故意があつたことを認定するに付き、

税理士小木岩男に対する

(1) 検察官供述調書

(2) 収税官吏質問顛末書 二通

を引用している処、その内容はに提出した趣意書記載の通り昭和四三年分の申告をするに当り(昭和四四年三月七、八日頃)株式の配当所得が余り多額であるので、所得税法では株式の年間取引回数五〇回、取引数量二〇万株を越える場合には税金(事業税)がかゝることを説明したので「昭和四一年分や昭和四二年分の確定申告の時は、そのような注意をしなかつた」旨、(趣意書第二項(ロ)の問九、(趣意書本文四枚目裏終りから四行目)に「四二年確定の時」とあるは「四二年分の確定申告の時の誤りに付き訂正する」)記載されている、而も前記(1)(2)何れの調書書類をみても被告人の右事業税がかゝるのを知つてたのは昭和四三年分に関する申告の時で、昭和四二年分に関する申告時のものでない。即ち昭和四二年分の申告に付き逋税の故意があつた旨の自白の補強証拠となり得ないことを主張しているのである。(被告人並に弁護人は自白調書はないと主張し、且つ御庁の判例でも補強証拠のない自白については公判廷における自白のみを採用できるとなつている)

三、要は証拠の取捨判断を攻撃しているのではなく、原審の引用した証拠自体の記載内容から昭和四二年分の所得税申告の際株式の取引に付き課税されることを知つていたという事実については何等の補強証拠がなかつたことを主張していること、並に被告人はその所有する株式の配当金について少しも秘匿することなく申告していることを、右第二項の(1)(2)の書類によつて証明し、被告人において特に所得税を免れる方法を講じたものでないことを強調しているのである。

第二点

一、原判決には審理不尽の違法がある。

即ち第一審判決の主文は「被告人を懲役二年及び罰金二、五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する、右懲役刑については三年間刑の執行を猶予する」趣旨である。

二、これに対し弁護人は被告人が合計四二二、三三九、二三四円を納入し国税局も最早取立てる財産がないので徴収猶予をしているのである。田舎において四億二千万円余の現金を納入するためには全不動産並に株式を売却しなければならないのであるが、その売却については更に相当の所得税(譲渡税)を納入しなければならないので最早被告人の手許には厘毛の余裕もないのである、このことは国税局が最もよく調査し知悉しているのである。

三、そこで税金、罰金は共に国に納入すべきものである処、受領者は同じく国である、税金については取立てるものがない限り徴収を猶予して被告人に働かせながら取立てるという制度があり、現在左様な取扱を受けているのであるが、前陳第一審の判決によれば一日一〇万円で換算すれば被告人は二五〇日間労役場に留置されることになる。

四、かゝる事情を十分御審理の上罰金刑に対する相当の処分を求め度く金沢国税局徴収課の樋爪小源太を申請したのであるが、原審は右事情については一顧も与えず原審に提出の控訴趣意第一点(量刑不当)を排斥したのである。しかしかゝる場合少くとも被告人の身上、納税、更に納入する余裕が全然存しないかどうかは調査されるべきである。

五、被告人から取立て得る余力が被告人に存せず、被告人は若しこのまゝ第一審判決が確定すれば懲役刑に対し執行猶予を与えても二五〇日(約八カ月)も労役場に留置されれば、懲役刑に対し執行猶予を与えた親心が全く無視されることになるので、かゝる罰金二、五〇〇万円が取立て得るか、如何にせばどの程度取立得る可能性があるか、何故金沢国税局は懲役猶予を与えているのか等の事実は原審において審理さるべきであり、又かゝる審理がつくされて主文の妥当性を判断さるべきに拘らず、これを敢えて顧みなかつた原審には審理不尽な違法あるに帰し不親切な裁判と云うの外はないのである。

依つて原判決はこの点においても破毀さるべきである。

蓋し所得税法第二三八条の罰金は五〇〇万円以下とし、その余は裁量額であるからである。

以上

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