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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(行ツ)8号 判決 1975年8月06日

上告人 杉本巌

被上告人 広島県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

土地区画整理事業に関して都道府県知事のした都市計画の決定は抗告訴訟の対象とならないものと解すべきであり(当裁判所昭和三七年(オ)第一二二号同四一年二月二三日大法廷判決・民集二〇巻二号二七一頁参照)、また、このように解しても憲法三二条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判例(昭和三二年(オ)第一九五号同三五年一二月七日判決・民集一四巻一三号二九六四頁)に徴して明らかである。原判決は正当であつて、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

上告理由

第一点原判決は、その判示において、最高裁判所昭和四一年二月二三日大法廷判決昭和三七年(オ)第一二二号(以下Y件と仮称する)を引用した。

処が、本件は、Y件とはその内容、性格を異にした別件であつて、之をその尽本件に引用したことは、

1 判例の引用を誤つた違法

2 不当に原告適格を認めない違法(行政事件訴訟法第九条違反)

3 裁判を受ける権利を奪つた違法(憲法第三二条)がある。

即ち、

一 本件は、区域決定処分(以下A処分と仮称)に始り建築制限処分(以下B処分と仮称)に了る行政処分であるから、A、B両処分時点に於て争訟の成熟時期を定め、即決を以て解決し得る短期戦的性格を有するに対し、Y件は、土地区画整理事業(以下事業と称する)の事業計画決定処分(以下C処分と仮称)を先行処分とし仮換地指定処分(以下X処分と仮称)を最終処分とする一連の手続の間、争訟の成熟時期を見計らつて出訴を許すべき長期戦的性格を有するが、之を不必要に本件と結びつけて一連一個の行政処分と見做し、その最終段階まで敢て出訴を侍たせるとしたら、AX両時点一〇年乃至二〇年に亘る間人の生死、物価の変動、制度の改廃等によつて法解釈も一定せず、遂には一生に亘り出訴時期を失う破目に陥るの慮なしとせず、多くの場合訴権が奪はるる結果となるからである。

又、一旦事業計画が決定すると、その後の処分は何等の障害もなく機械的に運ばれ、その間住民の権利は擅に侵害され、X処分段階に於て仮令訴の利益が生じても、土地区画整理法第一〇九条の便宜解釈(区画整理前の土地の価額の総額と区画整理後の土地の価額の総額とをその尽比較して減価しないことを口実とする御都合主義的、一方的法解釈)によつて訴の利益なきに解され、又仮令既存の瑕疵が認められても当該瑕疵は価格補償によつて完全治癒されたことになる等、憲法第二九条第三項の規定は、土地区画整理法第一〇九条の規定によつて完全に骨抜きされているからである。

因に憲法第二九条第三項の規定による正当な補償がなされた事は区画整理事業に関する限り未だ曾てその例を見ない処である。

二 本件は、事業に着手前の単なる事業区域の決定であり市街化区域と市街化調整区域とを区分する場合にも似て単なる「線引き」の段階に過ぎないから、当該線引きの段階では、仮令地価の値下りによる損害が生じても訴の利益を認めず、之に続く建築制限によつて、土地の有効利用が制限され、よつて生ずる損害はあつても尚訴の利益を認めず、公告に伴う附随的効果に過ぎないとY件判例に於て判示しているのである。

処が上告人は昭和四六年五月一日以降現実に一ケ月四〇万円の割合による家賃収入の犠牲を余儀なくされ、その損害が年を逐うて拡大していることは昭和四六年一一月一八日附上告人提出の準備書面に添附の別紙第二の理由書に掲載主張したのに尚訴の利益を認めず、本件判決に及んだものである。

三 一定の法律効果が連続した数ケの行為によつて初めて完成する場合、手続の中途で出訴を許すと行政過程えの司法権の容喙を必要以上に許す結果となるから最終段階の行為により、その効力が出尽した状態に於て始めて出訴を許せばよいというアメリカ的見解(exhaustion of administrative remedies の法理)は口に民主主義を唱えて実行の伴はない日本の行政の専横に益々拍車をかけ憲法第二三条を骨抜き化しているのが実情で本件はその顕著な一例である。即ち、

1 本件処分の結果本件は少く共今後尚一〇年以上ペンデイング状態に放置され土地利用の制限等によつて無倖の住民を不必要に苦しめるであろう。

2 上告人所有の土地は今後長期間仮処分同様の状態に末置かれるであろう。

3 裁判を受ける権利は一生回復し得ないであろう。

第二点上告人は、その予備的請求に於て、被上告人の犯した都市計画法第一七条違反の事実を指摘(第一審に於て甲第一〇号証を以て之を立証した処、被上告人が之を認めた旨調書に記載された)して行政事件訴訟法第三六条に基き本件行政処分の無効確認を原審に於て求めた。

即ち、本件区域決定処分に続く建築制限によつて多大の損害を受ける慮があつたことは勿論、更に後続するであろうC処分に続く数ケの処分により、恢復し難い大損害を蒙ることが必至と考えたからである。

それなのに原審は、同条で認められた原告適格も憲法第三二条の訴える権利をも共に認めず頑迷にも前記最高裁判決を引用して本件予備的請求を却下したものである。

第三点本件土地区画整理事業は、日本列島改造計画の一端を荷う一事業である処、この事業は公共の福祉に名を籍りた、事実上の土地無償取り上げに外ならず、その主要目的は、公共の福祉に無関係の、全国的交通網の整備改善、輸送力の強化と市営高層ビルの建築であつて、その費用を無力な住民負担によつて賄おうとするものである。

即ち、本事業が土地収用法によらず、土地無償取上げを規定している(区整法第一〇九条)土地区画整理法によつておる点(憲法第二九条第三項違反)が特に注目され、併も行政事件訴訟法第九条による厳しい出訴制限が加えられ、憲法第三二条第三項の裁判を受ける権利迄が擅に侵害されているのである。

惟うに列島改造計画は一部大手業者(例えば田中角栄)等をして徒に地価上昇気運に乗ぜしめ、無制限土地買占めによる暴利の限りを尽さしめた以外何等の効果もなく、併も土地大量買い占めに伴う全国的農地面積と農業人口の激減を齎した一種の農業破壊であつて人口食糧問題の前途に暗い影を投げかけているのである。

列島改造の無謀にして有害無益を悟つた政府は本年度予算に於て公共事業費の大幅削減を実行し、不急不要の事業の中止を指示したものの、本件土地区画整理区域決定を取消さない限り、今後一〇年乃至二〇年場合によつては一生ペンデイング状態に漂され、土地有効利用制限による被害は年を逐うて増大し、憲法第二九条第三項による正当な補償は望み得べくもない破目陥ることの必至であることは上告人の断言して憚らない処である。

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