大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和50年(行ツ)90号 判決 1976年2月12日

福岡市博多区住吉上宮崎町九二〇番地

(送達場所)

同博多区住吉三丁目一四の一

上告人

有限会社筑紫雅廊

右代表者代表取締役

花田勇

福岡市博多区住吉三丁目一四の一

上告人

花田勇

右両名訴訟代理人弁護士

奥野健一

萩原剛

早瀬川武

萩原克虎

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

中央合同庁舎第四号館

国税不服審判所長

海部安昌

福岡市東区馬出一丁目八番一号

被上告人

博多税務署長

石橋敏雄

右両名指定代理人

枝松宏

右当事者間の福岡高等裁判所昭和四九年(行コ)第一二号裁決取消等請求事件について、同裁判所が昭和五〇年七月一六日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人奥野健一、同萩原剛、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由について原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件公示送達を適法とした原審の判断は正当であって、その判断に所論の違法はない。また、本件課税処分に所論主張のような内容上の瑕疵があったとしても、それだけで右処分に対する不服申立の期間につき特例を認めるべき理由はない。論旨は、ひっきよう、原審の認定にそわない事実又は独自の見解を前提として原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

(昭和五〇年(行ツ)第九〇号 上告人 有限会社筑紫雅廊 外一名)

上告代理人奥野健一、同萩原剛、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由

原審の確定した事実の要旨は

昭和四四年一一月一〇日原告は博多税務署に出頭して、以来数日に亘り同署調査官と面接の上調査を受けた。右調査のはじめ原告は住所として市内博多区堅粕三丁目一〇の一〇白水荘二号室と申告した。

昭和四五年九月ごろ、被告博多税務署長は、原告会社ならびに原告に対する各課税額を決定したので、右決定通知書の送達事務に取りかかり、同月七日馬場上席調査官が原告会社への、荒木調査官が原告個人への、各決定通知書を持参し、増田税理士を同道させて前記白水荘二号室に赴いたところ、同室には表札もなく施錠したままであったので……、同室を住所と認め差置送達をすることに躊躇した。

また、右調査官らは、原告が昭和四四年度の所得申告書に住所として記載していた博多区住吉三丁目一四の一で、原告の二男花田禎人、同四男花田潤也がヨージ商店を経営していたので、同所に行き右潤也と面接したところ、原告が居住している確証は得られず、また、右潤也も通知書の受領を拒んだが、右のような経緯で、また原告自ら所得申告書に記載していた住所地でもあったので、一応同所を原告の住居所と判定し、原告個人の所得税関係書類のみ送達した。しかし調査官らは上司とも相談した結果、右ヨージ商店を原告の住居所と判定するには疑問があり、潤也の前記態度から考えても右送達は適当でないとの結論に達したので翌八日ヨージ商店から同所に送達した書類を取り戻し、再び白水荘二号室宛郵送したが、同月二四日、郵送局から「九月一〇日配達の際、不在のため、さらに出局通知をしたが期限までに出局がないので還付する」との付箋つきで返戻されてきたので、調査官らは再度白水荘に原告が居住していないことを確認して、同月二五日各決定通知書を公示送達に付した。

というのである。

しかし本件事案の経緯の詳細は、次のとおりである。

すなわち、原告花田勇は昭和四四年五月頃突然多量の吐血をし家庭にて療養していたが快癒しなかったので、同年七月福岡市立第一病院に入院し、加療を受け、九月初旬に退院して転地療養していた。その頃福岡市祇園町において古物商を経営している原告勇の妻の所に、博多税務署の馬場、高口の両調査官が来て原告に出頭するようにと伝言があったというので、原告は同年一一月一〇日右税務署に出頭し、馬場、高口調査官に面接して調査を受けた。その際、原告は、原告会社はその営業を廃止し、残務整理のため福岡市堅粕町三丁目一〇の一〇白水荘二号室を事務所として借り受けていたので、これを原告の住所として申告した。原告はその後数回被告税務署に出頭して調査官に面接調査を受けたが、同年一二月上旬頃にも増田税理士と共に出頭し、前記両調査官に面接したが、その際原告は自分が病弱のため転地療養することが多いので、若し前記白水荘で連絡ができなかったときは、増田税理士に連絡してもらいたい旨申入れ、両調査官の承諾を得た。現にその後被告税務署からの連絡は同税理士を通じてなされたことが多く、また、同税理士に通知すれば、必ず原告に連絡することができたのである。

昭和四五年一月末日頃原告が、原告会社の損益決算書を作成して増田税理士と出頭した際、前記両調査官は原告らに対し税金を一方的に決定するようなことはしない。その場合には必ず事前に連絡する旨約したので、原告はこれを信じ、賦課決定等がなされる場合には、事前に必ずなんらかの連絡がなされるものと信頼していた。また増田税理士もその後高口調査官に対し調査の結論が出たときに、期限後申告をする旨申入れ、同調査官よりその了解を得ていた。

しかるに、被告税務署は両調査官の原告らに対する前記約言に反し、原告らに事前に連絡することなく本件賦課決定等の処分をなし、これを原告に秘し、更に右決定書を原告らに、国税通則法一二条による送達を故意に回避して、公示送達を敢てしたものである。そして原告は昭和四六年四月頃福岡市役所に市民税の納税証明書を貰いに行ったところ係員から法人市民税及び市民税が滞納になっていることを知らされて、その時はじめて博多税務署の法人税及び所得税の税額の決定がされていたことを知り、やむなく同年八月一四日、被告税務署に異議申立をなしたものである。

第一点 本件公示送達は、違法であり、無効である。

右に述べたとおり、原告は昭和四一年一一月一〇日被告税務署に出頭し、それ以来数回に亘り馬場、高口の両調査官と面接し、調査を受けたのであるが、その際原告は市内博多区堅粕三丁目一〇の一〇、白水荘二号室を原告の住所として申告した。昭和四五年九月七日馬場、荒木両調査官は原告及び原告会社に対する課税額決定通知書を送達するため、右白水荘二号室に赴いたが、原告不在のため、差置送達することに躊躇して、送達をしなかったというのであるが、原告は月に数回右事務所に行って事務の整理を行っており、当日は偶々不在であったが、既に右調査官らに原告が右事務所に不在であるときは、増田税理士に連絡して貰うよう了解を得ており、また祇園町の原告の妻文子に伝言又は交付を依頼すれば、原告に届くことは同署係官にも判っていた(現に昭和四四年九月馬場、高口両調査官は原告の妻文子方に来て、原告に出頭するよう伝言したのである)。然るに、右調査官らは増田税理士にも妻文子にも何ら連絡していないのである。また、その際右調査官らは送達書類を差置送達をすることも可能であったのである。現に被告国税不服審判所長の裁決書が昭和四七年六月一四日右白水荘二号室宛に差置送達され、原告がこれを後に受領しているのである。

また、右調査官らは原告の昭和四四年度の所得申告書に住所として記載されていた博多区住吉三丁目一四の場所を原告の住所と認めて、同所に赴き原告の四男花田潤也と面接し、一旦は右書類の差置送達をしたが翌日その送達書類を取り戻し、再び前記白水荘二号室宛に郵送したが、不在のため返戻されたというのであるが、右花田潤也の証言によれば「その時父原告は旅行中で不在であったが、一〇日もすれば祇園町に帰ると思うから、帰ってきてから手渡そうと思っていた」というのであって右書類が原告の手に届く可能性は十分あったのである。然るに被告税務署は右書類の送達を撤回したのである。

以上の如き事情によれば、原告の住居所が不明であるとは言えず、送達書類が原告に届く可能性も十分あったのである。従って国税通則法一二条による交付送達、差置送達または、妻子に対する補充送達が可能である以上同条一四条の公示送達によることは許されず、これに反して為された本件公示送達は違法であり、無効であると言うべきである。

第二点 本件公示送達は、信義則に違反し、権利濫用である。

昭和四五年一月末日頃原告は、原告会社の損益決算書を作成して増田税理士と被告税務署に出頭した際、馬場、高口の両調査官は原告らに対し税金を一方的に決定するようなことはしない。その場合には必ず事前に連絡する旨約したので、原告はこれを信じ、賦課決定等がなされる場合には事前に必ず、何らかの連絡がなされるものと信頼していた。また、増田税理士もその後高口調査官に対し、調査の結論が出たときに、期限後申告をする旨申入れ、同調査官よりその了解を得ていた。

然るに、被告税務署は両調査官の原告らに対する前記約言に反し、原告らに事前に何ら連絡することなく、本件賦課決定等の処分を為し、これを原告に秘し、更に本件公示送達を為したものである。

原告は昭和四六年四月頃福岡市役所に市民税の納税証明書を貰いに行ったところ係員から、法人市民税及び市民税が滞納になっていることを知らされ、その時はじめて博多税務署の法人税及び所得税の税額の決定がなされていたことを知り、同年八月一四日被告税務署に異議申立をなしたものである。

然るところ、第一審及び原審裁判所は、原告が各賦課決定に対し異議申立をしたのは国税通則法第七七条第一項の法定期間を経過したものであるから、右申立期間の経過により原処分はいずれも確定したものというべきであって、原告らは本件原処分ならびに裁決の取消を求むる法律上の利益を有しないと認めるべきであるとして、原告らの各訴を却下したのである。

しかし、前述の如く原告らは、被告税務署の調査官の約言を信頼し、賦課決定がなされる場合には必ず事前に連絡があるものと信じて疑わなかったに拘らず、被告税務署は法にも右約言に違反して原告らに何ら事前に連絡せず一方的に本件賦課決定の処分をなし、剰さえ公示送達を敢て強行したものであって原告らは全く過失なくして右賦課決定処分は勿論公示送達をも全く知らなかったものである。

右の如き経緯に基づき被告税務署のなした本件公示送達は原告らに対しては、著しく信義誠実の原則に違反するものであり行政機関としては権利の濫用であるというべきである。従って本件公示送達は違法であり、無効である。

然らば、第一審及び原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背を犯したものであり、破棄を免れない。

第三点 課税処分に、課税要件の根幹に関する内容上の過誤が存する本件に於て、国税通則法七七条一項の不服申立期間の徒過を理由として訴を却下したことは違法である。

また損失補償は本来発生した損失の填補を目的とするものであるから、これを課税の対象とし過大の課税を為すことは正当な補償なくして財産を奪う結果に他ならず、憲法第二九条第三項に違反するものである。

原告会社は、昭和四二年一月から四三年一〇月まで福岡市博多区住吉三丁目一四の一において、書画骨董等の売買を為す古物商を営んでいたが、右所在地は博多地区土地区画整理地域内にあったので、かねてから立退を求められていたが、昭和四三年一〇月一八日損失輔償金六〇、八五五、五二五円の交付を受け、同年一〇月末立退を完了した。原告は昭和四四年一一月一〇日以降数回に亘り被告税務署に出頭して同署係官と法人税及び所得税について面接、折衝を重ねたのであるが、その際同係官は原告に対し税金を一方的に決定するようなことはしない、その場合には必ず事前に連絡する旨約したのに、被告税務署は原告に事前に何ら連絡することなく賦課決定の処分をなし、しかもその結果を原告に秘し国税通則法一二条の送達を為さずして、不法に同条一四条の公示送達をしたのである。原告は昭和四六年四月頃右事実を知り同年八月一四日異議申立を為したのであるが、第一、二審裁判所は右異議申立は国税通則法七七条の法定期間経過後であるとして、原告らの訴を却下したのである。

被告税務署の一方的に決定した税額は、原告会社の法人税、無申告加算税、重加算税、計金二四、四一一、九〇〇円であり原告の所得税再差引所得額、無申告加算税、計金二四、一六二、九五〇円であって、実に損失補償金約六千万余円に対し、所得税額合計約五千万円であり殆ど同額に近いのである。

思うに、損失補償金は、本来損害の填補を目的とするものであって、利益又は所得を生じ得ないものである。従って、損失補償金を所得とみて、税金を賦課すること自体問題であると考えられるが、本件の如く、補償金額とほぼ同額に近い所得税(加算税を加えるとしても)を賦課することは、正当な補償がなければ私有財産を公共の為に使用することはできないという憲法第二九条第三項の規定に違反し、明らかに違法であり、その違法は課税処分に、課税要件の根幹に関する内容上の過誤があると言うべきである。

昭和四八年四月二六日最高裁判所は「課税処分に課税要件の根幹に関する内容上の過誤が存し、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に、右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合には、当該処分は、当然無効と解するのが相当である。」との判決をした(判例集第二七巻第三号六二九頁)。そして右判決の趣旨は、課税処分に関しての不服申立については、法定期間の遵守が要求され、その所定期間を徒過した後においては、もはや当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争うことはできないとされているが、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれである場合には、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由に、何ら責むべき事情のない被課税者に右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような場合は、例外として不服申立の期間の遵守に強制されないとの趣旨と解せられる。

従って、右判決の趣旨に従えば、本件の如き課税処分の内容に重大なる過誤の存する場合には課税処分を受けたる、しかも何ら責むべき事情のない被課税者である原告らについては、国税通則法第七七条第一項の法定期間の遵守は強制されないものと解すべく、右不服申立期間の徒過を理由に原告らの異議申立を無効とし、従って、原処分は確定したものであるから原告らに本件処分ならびに裁決の取消を求むる法律上の利益なしとして、原告らの被告らに対する本件各訴を却下した第一審及び原審判決は違法であって、破棄を免れない。

以上の次第であるから、第一審及び原審判決は判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背を犯したものであり、破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例