最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)867号 判決 1978年1月23日
上告人
郡上繊維工業株式会社
右代表者
曾我庸三
上告人
曾我隆司
右両名訴訟代理人
東浦菊夫
古田友三
被上告人
ダンデイ被服株式会社
右代表者
松野繁之
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人東浦菊夫、同古田友三の上告理由について
手形授受の当事者間においては、手形債務者は原因関係上の抗弁を主張して手形債務の履行を拒絶することができるけれども、仮執行宣言付支払命令により手形債権が確定した場合に、右支払命令の送達前に完成した原因債権の消滅時効を手形債務者が送達後に援用し、これを右支払命令に対する請求異議の理由として主張することは、民訴法五六一条二項にいう仮執行宣言付支払命令の送達後に異議の原因を生じた場合にあたらず、したがつて、このような主張は許されないものと解するのが相当である。また、原因債権の消滅時効が右送達前に完成していない場合においては、手形はその授受の当事者間では原因関係に対する手段であり、手形債権者が右手段を行使して支払命令を申し立て、その確定を得て手形債権の時効を中断し、更に、民法一七四条ノ二によつてその時効期間が延長されたのに、原因債権の消滅時効完成によつて債務名義の執行力が排除されることがあり、もし手形債権者がその結果を避けようとすれば、更に、原因債権について訴を提起するなどの方法を講じてその時効を中断しなければならないというのでは、手形債権者の通常の期待に著しく反する結果となることに照らすと、同条の規定によつて手形債権の消滅時効期間が支払命令の確定の時から一〇年に延長せられるときは、これに応じて原因債権の消滅時効期間も同じくその時から一〇年に変ずるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、上告人らが本件請求異議の理由として主張するところは、本件仮執行宣言付支払命令の送達前に完成した原因債権の消滅時効を送達後に援用するとし、又は右支払命令の送達後に完成した原因債権の消滅時効を援用するというのであるが、前者が本件支払命令に対する請求異議の理由となりえないこと、後者についても原審口頭弁論終結時までに原因債権の消滅時効が完成したとはいえないことは、いずれも前記説示に照らして明らかであり、その主張自体において上告人らの請求異議は理由がなく棄却を免れない。これと結論において同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里)
上告代理人東浦菊夫、同古田友三の上告理由
一、理由齟齬について
控訴審判決理由によれば、「控訴人が本件異議の対象とする請求権は手形金債権であり、その理由は右原因債権が時効により消滅したというにあることは、控訴人らの主張より明らかである。」ところ、「手形金債権と原因債権とは訴訟法上別個独立の請求権」であり、「原因関係上の抗弁なるものは直接手形金債権に関する請求異議の原因となり得ない」ので、控訴人らの主張は理由がないとある。
二、しかしながら、
(一) 上告人らが、本件請求異議の理由として第一審及び控訴審で一貫して主張しているのは、原因債権の時効消滅ではなく、あくまでも手形金債権自体の消滅であり、原因債権の時効消滅なる事由は右手形債権消滅の原因として主張されているにすぎない。
(二) 従つて、右のとおり上告人の主張事実を誤つて把握した控訴審が、控訴棄却の理由として述べる前記一、後段記載の事由は、上告人の主張を排除する理由たり得ず、結局控訴審判決は法令の適用の誤り並びに理由に齟齬がある。
三、ちなみに、控訴審判決が上告人の請求を棄却する理由として述べる手形金債権と原因債権との間の無因性及び両債権の独立性は、むしろ手形金債権につき確定判決があつても原因債権の時効消滅を妨げるものではないことの理由として控訴人が主張してきたところである。
四、本件は、手形の第三者取得者との争いではなくて、直接の当事者間における争いであり、手形の無因性なるものは手形流通保護に奉仕するもので、直接の当事者間においては手形の実質関係も併せてその権利義務関係を判断すべきことは幾多の判例の示すところであり、控訴審の判断はこれに違反している。
控訴審の判断に従うとすれば、手形金の権利義務関係において直接の当事者においてすら、実質関係又は原因関係の抗弁を主張することができないことになるが、これでは法が悪意の抗弁を認めている趣旨を斥けることとなり、法令に違反すること明らかである。
五、本件手形金は、その手形振出の原因債権の時効消滅によつてその原因がなくなり、従つて手形金債権も消滅したものである。
六、手形訴訟において、原因関係の時効消滅までも送達前に主張すべきである、そうでなければその後では、これが主張が許されないと一審判決はとくが、本件においては時効の援用は本件支払命令確定後であることは記録上明らかであり、時効制度においてはその援用は、援用権者がそれによつて利益を受けようとするか否かは、自由にまかされており(時効を援用せず、当時においては義務履行をしようとする意思がある場合もあつて、裁判所が職権でもつて時効を判断することはできない)、従つて時効の援用の時期が確定後であればそれは判決確定後の事由となるべきものである。
このとことは、相殺の意思表示が判決確定後であれば、仮りに確定前において相殺適状にあつても請求異議が許されるとする判例の趣旨からしても許容されるべきである。
七、又一審判決は、民法第一七四条―二の趣旨に反すると判断しているが、これが如何なる意味を有するのか不明であつてその理由がない。
八、その他、一・二審を通ずる全部の主張・立証をここに援用する。