大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(行ツ)94号 判決 1978年7月10日

上告人

横田真吾

外一五名

右一六名訴訟代理人

国府敏男

外二名

被上告人

福岡県選挙管理委員会

右代表者

宮崎時春

右訴訟代理人

植田夏樹

右指定代理人

三坂一生

元村真教

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人国府敏男、同中山茂宣、同国武格の上告理由について

所論のうちには、本件選挙にあたり福岡県遠賀郡芦屋町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)が公職選挙法(以下「公選法」という。)二二条二項に基づいて行つた選挙人名簿の登録(以下「本件追加登録」という。)の際の被登録資格の調査及び登録手続は少くとも船頭町一番六号、七号に関する限り選挙の管理執行の規定に違反するとした原審の判断は違法である旨の主張を含むものと解されるので、まず、この点について判断する。

市町村の選挙管理委員会が公選法二二条二項に基づき選挙を行う場合にする選挙人名簿の登録は、当該選挙だけを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから、その手続は、当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、したがつて、右登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が公選法に違反するとしても、直ちに同法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。もつとも、選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙人名簿によつて選挙を行つたときには、右選挙は選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものとして無効とされることもありうるが、少なくとも選挙人名簿の個々の登録内容の誤り、すなわち選挙人名簿の脱漏、誤載に帰する瑕疵は、公選法二四条、二五条所定の手続によつてのみ争われるべきものであり、たといそれが多数にのぼる場合であつてもそれだけでは個々の登録の違法をきたすことがあるにとどまり選挙人名簿自体を無効とするものではないから、右のような登録の瑕疵があることをもつて選挙の効力を争うことは許されないものといわなければならない。

本件についてこれをみると、原審が管理執行の規定に違反するとした本件追加登録の際の町選管の被登録資格の調査及び登録手続に関する瑕疵は、選挙人名簿の調製手続における瑕疵であつて、本件選挙そのものの管理執行の手続における瑕疵とはいえないばかりでなく、特定地域における転入者に対する被登録資格の調査の疎漏により追加登録者の一部につき被登録資格の確認が得られない者があるにもかかわらずこれを選挙人名簿に登録したというものであつて、結局、登録すべきでない者を誤つて登録したことに帰するものである。したがつて、このような瑕疵は、登録に関する不服として専ら公選法二四条、二五条所定の手続によつて争われるべきものであることは明らかであつて、選挙人名簿自体の無効をきたすものでないことはもちろん、公選法二二条二項に基づく新たな登録全部を無効にするものでもないから、右瑕疵があることをもつて選挙無効の原因である選挙の規定に違反するものということはできない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、公選法二〇五条一項、二二条二項同法施行令一〇条の解釈適用を誤つたものであり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。ところで、本件裁決においては前述の選挙人名簿の登録に関する違法のほか本件選挙の際の投票所における選挙人の確認の疎漏についても選挙の管理執行の規定に違反するものと判断されていたことは明らかである(この点の判断を単なる事情を述べたものにすぎないと解するのは相当ではない。)が、投票所において選挙事務従事者が選挙人名簿の対照を怠り又はその対照に明白な過誤を犯しあるいは替玉と知つて制止せずこれを幇助する等格別の事情がある場合には、投票手続の管理に違法があるものとして選挙無効の原因ともなりうると解されるのであるから(最高裁昭和四一年(行ツ)第四七号第四八号同年一一月二五日第二小法廷判決・民集二〇巻九号一九五六頁参照)、右の点につき更に審理判断をさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 岸盛一 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人国府敏男、同中山茂宜、同国武格の上告理由

第一、二、三点<省略>

第四点 原判決は、公職選挙法第二二条第二項同法施行令第一〇条の解釈を誤り、町選管の調査義務の範囲を不当に拡大したものであるから破棄させるべきである。

一、原判決は、町選管の組織及び事務量からして右が行なつた調査は一応公職選挙法第二二条第二項同法施行令第一〇条の規定に合致するものとしながら、船頭町一番六、七号(以下転入地という)に転入した選挙人の調査についてはこれを不十分として、転入地において転入者全員につき戸別訪問等の調査を行なうべきであつたとしている。しかし、原判決の右解釈は単に右規定を右規定のみの立場から解釈したものであり、職権濫用による選挙の自由防害罪(同法第二二五条第一項)、選挙人名簿の縦覧制度(同法二三条、二四条)との関連を無視しているものである。

二、今回の町議会選挙は多数の乱立による激戦が予想され、そのことから立候補予定者は事前の選挙運動に懸命であり、各立候補間の競争は熾烈であつて巷では選挙はすでに終盤戦に突入しているとみられていたものである。勿論、草野徳雄も前回落選したこともあつて特に事前運動には力を入れている様子であつた。

このような場合、特定の立候補予定者のみに対する調査を行なえば、右調査は不正転入がなされている疑いが強いという前提で行なわれるため、仮に不正がなくとも不正があつたかの如くみられ、右調査を行なつた事実が他の立候補予定者にとつては競争相手を蹴落す絶好の宣伝材料となり、右宣伝により調査をなされた立候補予定者が回復出来ない致命的打撃を蒙むることは選挙に関与している者にとつては、経験則上明らかな事実である。

捜査機関が強大な組織と多数の人員をもつて捜査し、選挙に関し同法の規定に違反する行為がなされたことを確信しても、立候補者及びその支持者に対する直接的捜査は、投票後になすことを通例としているのは、まさしくこの点を配慮しているのである。

三、第一次、第二次調査の当時、町選管が転入地に対する転入につき、察知していたのは次のような事実である。

(一) そのうち、転入が正当なものであることを裏付けるものは次のとおりである。

(イ) 転入届が受理されている。

(ロ) 国民年金保険、国民健康保険の手続がなされている。

(ハ) し尿料金の納付がなされている。

(ニ) 町民税の申告、納付がなされている。

(ホ) 転入の理由となつている護建設株式会社の防衛庁の仕事がなされており、その他水巻町の仕事も行なわれている。

(ヘ) 右住所は、いわゆる飯場であり、六〇名以上の居住は可能である。

(ト) 町には再三多数の者が一時に転入し、そのいずれもが正当な転入であつた。

(チ) 町は転入届に代理を認めており、多数の者が一時に転入する場合は、これまで殆んど代理人が届出をなしていた。

(リ) 選挙人名簿の縦覧期間中に異議の申立がなされていない。

(二) これに対し、転入が不正ではないかとの疑いを生じせしめるのは次のとおりである。

(イ) 昭和四九年の定時登録時には一〇名の選挙人が居住していたにすぎない右所に、昭和五〇年二月頃には最高八〇数名の転入がなされている。

(ロ) 右所は船頭町一番六、七号という限定された場所である。

(ハ) 第一次調査の回答中には、同一筆跡らしきものが存在していた。

(三) そしてこれらの事実による疑いは、前記(イ)及至(リ)によつて、十分な説明が出来るのであるから、仮に不正転入の疑いがあるとしても、それら不正転入ではないかとの軽い疑いがあるというにとどまり、捜査機関が投票後に行う捜査の前提となる確信とはほど遠いものである。このような場合、町選管が立候補予定者である草野徳雄の選挙における当選につき、回復出来ない致命的打撃を与えることが明らかな行為をなすことは避けるのは当然のことであり、転入地のみの調査をすべきであるとする原判決の解釈は、選挙の実体を全く知らない机上の空論である。

従つて、町選管が調査を行なう際に転入地のみを取上げずに転入地を全地域の一部として処理し、全地域の調査を行なつたことは選挙の実体に照し賢明であり、且つ正当であつたことは明らかである。町選管が調査につき採用した田川方式による調査を県選管が推賞していたこともこのことを裏付けるものである。

尚、附言すれば、町選管より本件調査の方法を具体的に事実を述べて尋ねられている県選管が何らの指示も与えていないことは指揮監督をなすべき委員会としての職務を怠つたというべきであり、自らの失態に目をつぶり町選管の選挙の執行に瑕疵ありとしたのはクリーンハンドの原則から許されるべきではない。この点からも原判決は破棄されるべきであろう。(原判決は故意に町選管と県選管とのやりとりにつき判定を避けているが、町選管は選挙の執行につき、疑問が生じた場合は常々県選管に電話、又出張して指示をあおいでいたのであり、且つ本件の調査をいかなる方法で行なうかにつき、苦慮していたのであるからこの件については町選管の主張が正しいこと明らかである)。

四、公職選挙法は、被登録資格者の調査に関し右規定以外に選挙人名簿の縦覧の制度を設けている。右制度は、選挙人からの異議申立があれば、右申立が正当であるか否かを決するため町選管が立候補予定者の選挙の自由妨害となる可能性があつても、徹底的に調査出来ることを前提としているものである。その理由は、右調査は異議の申立に伴う調査という外形があり、異議の申立は必ずしも正当であるとは限らないので、調査の対象者にとつては不正をなしているとの疑念は生じにくいのである。従つて、選挙の自由妨害に対する配慮は少なくて済むからである。そして、選挙人名簿の縦覧は選挙人全員がその機会があり、名簿の記載と事実が異つていることを発見出来る可能性が高いのは少数の町選管の者ではなく、それらの選挙人である。本件に即して云えば、転入地附近の選挙人が一番不正転入の事実を知ることが出来るのである。従つて、一番事実を知つているであろう選挙人からの異議の申立がない場合は、選挙人名簿の記載は一応正当であるとの事実上の推定があるとみるべきである。選挙人が無関心で選挙人名簿を縦覧しないことも考えられるが、本件に於ては町選管は立候補予定者全員に選挙人名簿を送付しているのであるから、右のように考えても何ら差しつかえはないのである。仮に原判決が判断している如く、前記三の(二)の(ロ)の事実があることが、不正転入の強い疑いを生じせしめているのであれば少なくとも立候補予定者からの異議の申立がなされる筈である。(今回県選管に審査の申立をした立候補予定者については、特にそのことがいえるであろう)これらの異議の申立がなかつたことは、原判決の判断とは逆に立候補予定者も町選管と同様に強い疑いはいだいていなかつたとみるのであるのが正当であろう。

五、以上のことを前提として、同法施行令第一〇条の解釈を考えるに選挙人名簿の登録は異議の申立がない場合一応正当であるとみられるので、それをくつがえすほどの事実が新たに生じない以上、選挙の自由妨害を行なうことを避けて立候補予定者のみを直接的対象とする調査をしてはならないとすべきであろう。

けだし、不正な登録の防止と町選管による自由妨害とは、それぞれ選挙の執行を無効にするものであるから、いずれか一方のみを重視すべきではないからである。

このように考えれば、施行令第一〇条の規定は転入地のみの調査をすべきであるとしている原判決の解釈は、明らかに誤つているのである。

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