最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)204号 判決 1981年6月04日
上告人
大倉喜八郎
右訴訟代理人
荻矢頼雄
外二名
被上告人
小出ミツ
右訴訟代理人
矢代勝
主文
原判決中、被上告人の本訴請求を認容した部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
上告人のその余の上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告代理人荻矢頼雄、同西川道夫、同山本恵一の上告理由第一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実を非難するものにすぎず、採用することができない。
二同第二について
本件記録によれば、被上告人が本訴の請求原因として主張するところは、(1) 大阪市天王寺区上本町七丁目六六番地、六七番地、同町八丁目四六番地、同区東平野町四丁目六番地、一〇番地の五筆の土地(以下、これらをあわせて「六七番地等の土地」という。)は被上告人の所有であるところ、昭和二三年一二月二五日、大阪市復興特別都市計画事業の施行者たる大阪市長は、六七番地等の土地に対する換地予定地として大阪市復興特別都市計画土地区画整理上汐町工区一〇ブロック符号四、宅地3827.10平方メートルを指定し、これにより被上告人は右換地予定地の使用収益権を取得した(なお、行政庁が特別都市計画事業として施行していた土地区画整理における換地予定地は、昭和三〇年四月一日の土地区画整理法施行後は同法施行法五条一項、六条により土地区画整理法による土地区画整理事業上の仮換地とみなされることになつたので、以下においてはこれを「仮換地」という。)、(2) 右一〇ブロック符号四の仮換地内になる原判決別紙第一目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)は、同市天王寺区上本町七丁目六五番地の土地(以下「六五番地の土地」という。)の一部に該当する場所に位置するが、上告人は、昭和三七年末ごろより本件土地上に原判決別紙第一目録(二)記載の建物を所有し、本件土地を占有している、(3) よつて、被上告人は上告人に対し、前記使用収益権に基づき、前記建物を収去して本件土地を明け渡すよう請求し、あわせて昭和四〇年七月二日以降本件土地の明渡完了までの賃料相当損害金の支払を求める、というのであり、これに対し上告人は、前記上汐町工区一〇ブロック符号四の仮換地に対応する従前の土地のうちには本件土地の位置する場所も六五番地の土地の一部として含まれているとの見解のもとに、抗弁として、本件土地の位置する場所に該当する六五番地の一部はもと被上告人の所有であつたが、訴外石原三郎は昭和二〇年一二月中に善意無過失で所有の意思をもつて右土地の占有を開始し、昭和二三年一二月二五日に前記の仮換地の指定があつたのち、昭和二七年三月一五日からは訴外西原肇が、昭和二八年五月四日からは上告人がいずれも所有の意思をもつて同じ場所すなわち本件土地の占有を承継したから、石原が占有を開始した時から一〇年を経過した昭和三〇年一二月ごろ上告人は本件土地の位置する場所に該当する六五番地の土地の一部の所有権を時効取得した、仮に右取得時効が成立しないとしても、上告人は、前記占有開始にあたり善意無過失であつたから、以後一〇年の経過によつて右六五番地の土地の一部の所有権を時効取得した、したがつて、上告人は仮換地である本件土地につき使用収益権を有する、と主張していることが明らかである。もつとも、訴訟の途中で上告人は仮換地と従前の土地との対応関係に関する前記のような主張を改め、本件土地は六五番地の土地に対応する仮換地に含まれておらず、六五番地の土地に対する仮換地は前記上汐町工区九ブロック符号五として本件土地以外の場所に指定されているものであることを認めたが、右主張変更にもかかわらず、前記取得時効の抗弁の主張内容についてはなんらの訂正もされなかつた。
以上のような当事者双方の主張を前提として、原判決は、上告人らが仮換地指定後の本件土地の占有を継続しても、これによつて右土地に対応する従前の土地でない六五番地の土地の一部につき所有権を時効取得できるいわれはない、との理由により、上告人の前記抗弁を排斥した。
上告人の上記時効取得の抗弁は、要するに、上告人が仮換地である本件土地の占有継続によりこれに対応する従前の土地の所有権を時効取得し、その結果その仮換地である本土地に対する使用収益の権能をも取得した、という趣旨のものと解される。ところで、土地区画整理の過程で仮換地が指定された場合において、右指定後所有の意思をもつて一定期間継続してその仮換地を占有した者は、時効によりこれに対応する従前の土地の所有権を取得するとともに、ひいて仮換地につき所有権に基づく使用収益権と同様の使用収益権能を取得するものと解されるところ(最高裁昭和四三年(オ)第九二五号同四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一一八頁)、右占有にかかる土地が一筆の土地又は一括された数筆の土地に対して指定された一区画の仮換地の一部である場合には、従前の土地中これに対応する部分が特定されていないときでも、時効制度の趣旨に照らし、右占有者は、従前の土地につき仮換地に対する当該占有にかかる土地部分の割合に応じた共有持分権を時効取得するとともに、これに伴い、当該仮換地の占有部分につき、共有持分権者の一人が右持分権に基づいて現に右占有部分につき排他的な使用収益の権能を取得している場合と同様の使用収益権能をも取得するに至るものと解するのが相当である(前掲判決及び最高裁昭和四三年(オ)第三八一号同年九月二四日第三小法廷判決・民集二二巻九号一九五九頁参照)。そしてこの場合、占有者が時効取得する所有権ないし共有持分権は、占有にかかる仮換地に実際に対応する従前の土地に対するそれであつて、右仮換地に対する従前の土地が甲土地であるのに占有者においてこれを乙土地と誤信していたとしても、時効取得するのは甲土地に対する所有権ないし共有持分権で、乙土地に対するそれでないとともに、その反面、占有者における右のような誤信の存在は、占有の開始についての過失の有無に関連することがありうるのは格別、甲土地についての時効による権利取得の成否自体にはなんら影響を及ぼすものでないというべきである。してみると、本件土地が上告人の主張するように六五番地の土地に対応する仮換地の一部ではなく、六七番地等の土地の仮換地の一部であり、結局上告人は誤つてこれを六五番地の土地の仮換地の一部であると信じて占有していたこととなるものであるとしても、単にそのことだけで直ちに上告人の前記時効取得の抗弁を理由がないとして排斥することはできないものといわなければならない(原審の確定したところによれば、本件土地は六五番地の土地の一部に該当する場所に仮換地として指定されたものであるところ、これに対応する従前の土地は六七番地等の土地であつて六五番地の土地ではないというのであるから、仮換地たる本件土地の占有による従前の土地に対する所有権の時効取得の成否を論ずるにあたつては、仮換地指定前における右六五番地の土地の一部の占有を考慮に入れることはできないが、本件においては仮換地指定後の本件土地の占有のみによりこれに対応する従前の土地の時効取得が成立する可能性がないとはいえないのである。)。右と趣旨を異にする原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、論旨は理由がある。
三以上の次第であるから、原判決中被告人の本訴に関する部分は破棄を免れず、右破棄部分につき、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、その余の部分に関する上告は理由がないから、これを棄却することとする。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)
上告代理人荻矢頼雄、同西川道夫、同山本恵一の上告理由
第一、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反および法令解釈の誤り。
一、原判決は、反訴請求について第一審判決をほぼ全部引用し、「八号地についての契約内容(中略)から直ちに本件契約が売買であり、あるいは山口に八号地の売却処分を委ねていたと断ずることはできない。」として被上告人と訴外石原間の法律関係を売買ではなく使用貸借にすぎないと説示する。
しかし右認定は、経験則に違背し民法の解釈を誤まるものである。即ち本件の真相は、訴外石原において被上告人代理人である訴外山口を介し八号地を代金一万五〇〇〇円で被上告人より買受け、以後、訴外西原、上告人への順次本件土地所有権が売買され、上告人において仮換地後の本件土地所有権を有効に取得しその使用収益権を有するものである。
以下、証拠に基づいて右法律関係が売買なることを論証する。
二、(1) 山口の社会的地位と被上告人並びに地元住民の信頼。
本件の認定にあたつて山口の社会的地位および被上告人並びに地元住民が山口に寄めていた信頼の大なることを忘れてはならない。山口は地元出身の府会議員(大倉眞一証言)として、いわゆる地元の有力者であつた。その為、被上告人自身山口に対し本件土地を含む附近一帯の所有土地の管理運営を委託した(甲第一三号証)。その際どの範囲の事項を委託したかが問題となるが、右甲第一三号証中には「被上告人は転貸を承認した。被上告人は坪三〇〇円以上で売りたい意向であつた。金はほしいし、高い地代をとると統制令にかかるので形式的には使用貸借とし保証金一万五〇〇円(坪三〇〇円)をとつた。」旨の記載がある。更に甲第一七号証(山口、被上告人間の契約書)中には「山口において被上告人から本件附近の土地を買受け、他方被上告人には近々中右土地の隣地を売却希望の意があること。隣地売却につき山口が協力する。」旨の記載がある。右甲第一三号並びに第一七号証によると、被上告人は、本件土地を含む附近一帯の土地を坪三〇〇円の単位で売却する意図を有し、その代理権を山口に授与したものと認定するのが相当であろう。だからこそ山口は五〇区画に分割した一区画(五〇坪)を坪当り三〇〇円の割合による代金にて売買の手続をとつたのである。ただ、この場合税金を免れる為、形式的に使用貸借という法律構成をとつたにすぎない。時価相当額以上の高額に及ぶ一万五〇〇〇円を支払う者としては、法的保護の極めて弱い使用貸借契約締結の意思はないと解するのが自然であろう。売買契約であるからこそ右金員を交付したものである。現に本件と同種事案(大阪地方裁判所昭和四〇年(ワ)第五七〇八号、同四二年(ワ)第三〇八九号)においては、上告人主張のとおり売買契約が成立している旨認定され被上告人が敗訴しているのである。
尚、甲第九号証および第一〇号証によると昭和二一年ないし二二年当時の大阪市内の更地価格について五万円から一〇万円とあるが、右は大阪市内有数の繁華街たる南区難波新地のものである。これに反し本件土地はこれから遠く隔つた場所であり、右書証を以つて本件土地代金が不当に低額ということはできない。
(2) 被上告人代理人山口の具体的行為(代理行為の存在)。
右(1)において被上告人が山口に対し本件土地を含む附近一帯の土地売却の代理権を授与した事実を論じたが、以下、山口が右代理権の範囲内で代理行為をなした事実を明らかにしたい。
被上告人が山口を信頼し右代理権を授与するに至つたことは叙上のとおりであるが、地元住民も亦山口を信頼していた。昭和二〇年代にあつては、府会議員に対する信頼感は絶大であつた。石原は、右山口から「五〇区画に細分し希望者に売つている。この土地は発展するから是非買わないか。」と買受方を勧められた。山口は、その際「登記手続は五〇区画全部売れた時点で行なう。」とさえ説明しているのである。当時附近住民としては山口が被上告人の代理人として被上告人所有にかかる附近一帯の土地を管理し且つ売却手続をなしていると理解されていた。仮に山口において右代理権を有せず、石原に対する売却行為が越権行為であつたならばご当然被告人から石原に対し「買受方中止」の要請がなされたであろう。しかるに被上告人は石原に対し何の申出もなしていない。
かかる事情があつたからこそ石原は代理人山口を通じ被上告人と八号地の売買契約を締結(代金一万五〇〇〇円)しその地上に建物を建てるに至つたのである。しかも右代金は、被上告人の息子正己の面前で交付している。
(3) 右のとおり被上告人が山口に対し本件土地を含む附近一帯の土地売却代理権を授与し山口がこれに基づいて正当に代理行為をなし、山口と石原との間に売主を被上告人、代金一万五〇〇〇円とする八号地の売買契約が有効に締結されたのである。この一連の行為には何の不自然さも認められない。これに反し石原には使用貸借上の権利しか認められないとする原判決は、明らかに経験則に違背したものであり、売買についての民法の解釈を誤つたというべきである。右経験則違背、民法解釈の誤は判決に影響を及ぼすこと明白である。
三、次に西原、上告人へと順次売買契約が締結されている事実およびその後の事情について述べ、別の角度から山口の代理権の範囲のうちには本件土地売却権限が含まれていることを明らかにし、上告人が仮換地後の本件土地所有権並びに使用収益権を有していることを論証したい。
(1) 先ず石原が本件土地を西原に代金八〇万円で売却した点についてである。右売買にあつては宅地建物取引業者である橋長光雄が仲介の労をとつている。橋長は、本件土地の登記簿上の名義人が被上告人になつていることから、石原並びに西原を同道のうえ被上告人代理人山口に面接し、登記手続の可否を問い質した。これに対し山口は「他の土地についての登記手続もあるので、もう暫く待つてほしい。」旨答え、買主たる西原への移転登記が可能であることを明確に認めている。石原、西原間に本件土地を含む八号地の売買契約が締結されたことは真実である。しかもこれに際し山口は、被上告人より石原への売却行為の存在を前提にして右回答をなしている。
(2) 次に西原、上告人間の売買契約について検討する。
上告人は、森本なる者の仲介で昭和二八年五月四日代金二〇〇万円で本件土地および建物を買受けた。右売買契約を端的に証する書類は作成されていないが、昭和二八年当時二〇〇万円の大金を西原に交付し買取つたからこそ、以後本件土地を使用していたものである。右売買の際本件北隣接地の稲葉は「この辺は地主の都合で登記は遅れているが、後で一括して登記がなされる。」旨申し述べ、被上告人代理人山口も「登記ができる。」と上告人に伝えている。西原、上告人間に本件土地の売買契約が締結されたこと明らかである。
(3) 更に上告人が本件土地買受後の事情についてみるに、昭和三六年頃上告人は、大阪市当局から都市計画を理由として本件建物の表側一部取りこわしを求められた。しかしその際市当局から本件土地が換地の対象になつている旨一言も告げられたことがない。加えて上告人は、本件訴状を受理してはじめて換地の件を知るに至つたもので、西原から買受けた昭和二八年五月以来唯の一度も被上告人より請求を受けたことがなく、当然有効に所有権を取得し使用収益権を有すると信じて疑わなかつたのである。しかも換地を知るに至つたものの、いわゆる飛び換地なることは思いも寄らなかつたことを強く訴えるものである。
(4) 以上のとおり被上告人、石原間の売買契約以後西原、上告人が順次売買にて本件土地を買受け、この際にいずれも山口が「登記できる。」と言つている。このことは山口が被上告人代理人として石原に売却したことを物語つている。
また上告人としては仮換地後の本件土地所有権を取得し、使用収益権を有する。
第二、釈明義務違反、審理不尽
原判決は、理由第一項の二の2(原判決三行目ないし一二行目)において「第二の土地の占有を継続することにより、これに対応する従前の土地(元地)でない六五番地の土地の一部につき所有権を時効取得できるいわれはない。」旨説示する。
しかし本件土地が六五番地の土地の換地予定地に属するか又は六七番地等の土地の換地予定地に属するかは、専ら行政庁の決するところであつて上告人の関知しないところである。上告人が西原から買受けた昭和二八年五月以前に仮換地の指定がなされているのであるから、上告人としては、所有の意思を以つて平穏、公然、善意、無過失にて本件土地部分を占有し、一〇年経過して仮換地後の本件土地部分の所有権を時効取得した。それが六五番地か六七番地等かは時効完成時点で判断すれば足りることである、何故ならば占有している土地の地番が重要なのではなく、どの範囲の部分を占有しているかが要件となるべきであるからである。仮換地後から占有を開始し、これを継続した上告人は、その占有部分の所有権を時効取得したことになる。
したがつて原審としては、右の点について上告人に釈明を求めてこれを主張させ、審原すべきである。しかるに原審は、唯々、前記説示のみでこれに対する釈明義務を尽くさずに判決した。右釈明義務違反は、これに伴なう審理不尽と相俟つて民訴法第三九四条にいう「判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背」に該当する。
第三、結語
よつて上告人は、「判決に影響を及ぼすこと明らかなる経験則違反、法令解釈の誤りおよび釈明義務違反・審理不尽」を理由とし民訴法第三九四条に該当するものとして本件上告理由書を提出する次第である。