最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)130号 判決 1979年12月20日
上告人
染野義信
右訴訟代理人
畔柳達雄
被上告人
麻布税務署長
信定聰男
右指定代理人
三井憲一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人畔柳達雄の上告理由第一について
上告人が日本大学から支給を受けた入学増収研究費、見学研究費、附属高校一斉テスト手当等所論の収入を給与所得とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二の一について
所論違憲の主張は、所得税法二八条三項所定の給与所得控除額を超える必要経費の支出があつたのに同条同項の適用上右超過額の控除が認められないとされた場合においてのみ問題となりうるものであるところ、本件においては、上告人は、単に研究費の名目で支給された分についてはすべて実際に研究のための費用として支出したから実質的に所得がなかつたことに帰する旨主張したにとどまり、右研究のために支出したものを含め上告人の支出した費用が所得税法二八条三項所定の給与所得控除額を超えるものであつたとしてその超過部分を必要経費として控除すべきことを主張したものではないから、所論はその前提を欠く。論旨は、採用することができない。
同第二の二について
所論は、違憲をいうが、その実質は、上告人が日本大学から支給を受けた中元、歳暮等を給与所得とした原審の判断に所得税法の解釈を誤つた違法があることをいうものにすぎず、原審の判断に右違法のないことは、既に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)
上告代理人畔柳達雄の上告理由
第一、<省略>
第二、原判決には憲法の違背がある。
一、(「必要経費」について)
原判決は上告人が「仮に本件入学増収研究費及び見学研究費がいずれも給付所得に当るとしても、右各研究費は、すべて研究者である控訴人が、その職務上必要なものとして、研究のため支出したものであるから、その職務に伴う必要経費であることは明らかである。そうだとすれば結局、控訴人には実質的に所得がなかつたことに帰する」との仮定的主張をしたのに対して「所得税法(昭和四〇年法律第三三号)によれば、給与所得については、実額による必要経費の控除が認められておらず、概算経費控除の意味で一定額の給与所得控除が認められているにとどまるのである。すなわち、同法第二八条二項三項及び同法付則第四条によれば、給与所得の金額はその年中の給与等の収入金額から法定の給与所得控除額を控除した残額とされるのである。」とし、「給与として支給された本件入学増収研究費及び見学研究費が仮に控訴人主張のとおり研究のため費消され実質上必要経費に該当するものであり、かつ、右必要経費の実額が法定の給与所得控除額を超えていたとしても、同控除額を超えて必要経費の実額を給与等の収入金額から控除することはできないものというべきである。」と判断している。
しかし、同法のこのような限定的解釈は誤りである。もし同条に関する原審の見解が正しいとすれば、給与所得者だけが、必要経費の控除について不利益を受けるものであつて、法の下の平等を定める憲法第一四条に反し、同法条は無効である。蓋し、給与所得以外の各種所得については、「必要経費」とされるものであるかぎり、すべてその控除が認められており、(所得税法第二六条第二項、同三二条第三項、第三四条第二項、第三五条第二項参照)、それらに比し、給与所得者だけが明らかに不利益を受けることになるからである。給与所得者についても、必要経費の実額が明確にされた以上、これを収入金額から控除すべきことは、むしろ当然の事理というべきである。<以下、省略>>