大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)169号 判決 1980年7月10日

上告人

グローバル開発株式会社

右代表者

小出耀星

右訴訟代理人

岡邦俊

被上告人

東戸塚品濃中央土地区画整理組合

右代表者理事長

長谷川昭一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡邦俊の上告理由第一点について

土地区画整理にあたつては、従前地の実測地積を基準として爾後の計画、処分を実施するのが合理的であることはいうまでもないが、土地区画整理事業が緊急を要する場合、施行区域が広範囲である場合などにおいて実測地積を基準とすることは、莫大な費用と労力を必要とし、また計画の実施を著しく渋滞せしめるから、原則として公簿地積により基準地積を定める方法もやむをえない措置であり、特に希望する者に限り、実測地積により得る途が開いてあれば、かかる方法による仮換地指定も憲法二九条に違反するものではないと解される(昭和二九年(オ)第七五二号同三二年一二月二五日大法廷判決・民集一一巻一四号二四二三頁、昭和三八年(オ)第一〇〇〇号同四〇年三月二日第三小法廷判決・民集一九巻二号一七七頁参照)。

ところで、土地区画整理事業が土地区画整理組合によつて施行される場合には、地積の決定の方法に関する事項は定款に記載しなければならないが(土地区画整理法一五条一一号、同法施行令一条一項二号)、土地区画整理組合が上述したような理由から原則として公簿地積を基準地積とし、例外的に実測地積によることができるとする方法を選ぶ場合においても、右のすべてを定款に記載する必要はなく、定款には単に原則的な基準のみを記載し、例外的な措置の詳細については、別に定款の委任により執行機関の制定する執行細則等における定めにこれを委ねることも許されると解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、原審は、本件土地区画整理事業において、被上告人組合は、原判示のような理由から従前地の地積につき公簿地積を基準地積として事業を実施するほかはないとし、定款四二条に従前地の地積を被上告人組合の設立認可の公告があつた日の土地登記簿地積による旨を記載したが、被上告人組合が右のように公簿地積を基準地積としたことにはこれを是認すべき正当な理由があり、また、定款四二条の規定の上記趣旨及び定款五四条が別に被上告人組合の理事に対し事業の執行に必要な細則を定める権限を付与しているところからすれば、右定款四二条は原則的な基準を定めたものであつて、具体的に実測地積による必要がある場合にこれを可能とする方法については、前記定款の授権に基づき理事が制定する執行細則における定めにこれを委ねたものと解すべく、被上告人組合理事は、右委任に基づき執行細則として制定した本件換地設計基準二条但書において例外的に実測地積による場合及びその方法を定め、かつ、これを上記定款五四条の規定に従い、被上告人組合の総会に報告したものであるから、被上告人組合が本件仮換地指定につき公簿地積を基準地積とした点に上告人の主張するような違法はない旨認定判断したものであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びさきに説示したところに照らし、正当として是認することができる。論旨は、憲法違反をいう部分を含め独自の見解に立つて原判決の右判断の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができ、右判断に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人岡邦俊の上告理由

第一点 原判決は、最高裁判所昭和四〇年三月二目小法廷判決(民集一九・二・一七七)に違反し、かつ憲法二九条一項、三項に違反する。

一 右の最高裁判所判決は、特別都市計画法施行令一一条によつて制定された徳山市特別都市計画事業徳山土地区画整理施行規程と憲法二九条との関係について判断したものであり、その要旨は次のとおりである。

1 土地区画整理にあたつては、従前地の実測地積を基準として爾後の計画、処分を実施することが本来合理的である。

2 しかし、実測のために莫大な費用を必要とし、計画の実施を著しく渋滞させる危険があること等を考慮すれば、特に希望する者に限りその者の費用において実測した地積により得る途を開いていれば、従前地の地積を原則として台帳地積によるものとしても敢えて違法とはいえない。

3 徳山市特別都市計画事業徳山土地区画整理施行規程には、希望者については実測地積による旨の規定があるから、同規程による換地予定地指定処分は憲法二九条に違反しない。

右判例の事案は、第二次大戦による戦災都市の土地復興事業の一環として行なわれた徳山市長施行の土地区画整理事業に関するものであるが、この種の事業は、昭和三〇年四月一日から現行土地区画整理法が施行されるに際し、すべて同法の行政施行事業(六六条ないし七一条)として引き継がれている。故に、右判例中の「施行規程は……実測地積により得る途を開いている。」との判断の実質的な根拠は、現行土地区画整理法(以下単に法という)における行政庁施行事業の関連条項を検討することによつて、より明確になると思われる。

二 法は、土地区画整理事業の施行者として個人施行者、土地区画整理組合、地方公共団体、行政庁、日本住宅公団の五者を定め、各施行者ごとに厳格な手続を定めている。これによれば、行政庁である市町村長が土地区画整理事業を行なうにあたつては、まず施行規程および事業計画を定める(六六条一項)。事業計画では「減歩率」が必要的記載事項であり(六八条、六条、同法施行規則六条二項三号)、これについて都道府県知事の認可を受けなければならない(六六条一項)。施行規程は市町村の規則(地方自治法一五条)で定め、その中に「地積の決定の方法に関する事項」が記載されなければならない(法六七条、五三条二項、同法施行令一条二項)。

施行規程および事業計画の決定については、公衆の縦覧、利害関係者の意見書提出、都市計画地方審議会への付議等の手続を経ることが必要である(六九条)。市町村長は、施行規程および事業計画について一定の「軽微な修正又は変更」を行なうことができるが、右に挙げた「地積の決定の方法に関する事項」、「減歩率」の修正、変更はその権限の範囲外であつて、これらについては再度右に述べた厳密な手続をとり直すことが要求されている(六九条一三項、同法施行令四条)。

三 このように、法が市町村長施行の土地区画整理事業について「地積の決定の方法に関する事項」と「減歩率」の制定に関し右の厳密な手続を要求するのは、両者が土地区画整理事業の根幹をなす基本的事項だからであり、それが市町村規則たる施行規程および都道府県知事の認可を経た事業計画に明記されたうえで公衆の縦覧に供されることにより、施行地区の住民は、はじめてその財産権の公権力による変更の具体的内容を予知することができるからである。

故に、前記最高裁判例の「本件においても、前示施行規程に希望者については実測地積による旨の規定がある」から“途が開かれている”との判断の実質的根拠は、その“途”が厳格な制定手続を経、かつ恣意的な修正、変更を許さない施行規程上明示されている点にあることが明らかである。すなわち、もし右の事案において、市町村規則たる施行規程上は“公簿上地積による一律減歩”のみが記載され、「特に希望する者に限りその者の費用において実測した地積による」との重要な例外規定は何らかの隠微な内規として存在していたとすれば、それは住民に対し“途を開いて”いることには断じてならなかつた筈である。(なお、徳山市特別都市計画事業徳山土地区画整理施行規程の具体的内容については現在同市長宛照会中であり、追つて主張を補充する予定である。)

四 右最高裁判例の趣旨に照らせば、施行者が土地区画整理組合である本件において、「実測した地積による途」は被上告人の定款上明記されていなければならないことは明白である。

法によれば、土地区画整理組合を設立しようとする者は、まず定款および事業計画を定め、組合員となるべき者の三分の二以上の同意を得た上でこれらを認可申請時に都道府県知事に提出しなければならず(一四条、同法施行規則一条三項)、定款には「地積の決定の方法に関する事項」が、事業計画には「減歩率」がそれぞれ定められていなければならない(一五条、同法施行令一条一項二号、法一六条、六条一項、同法施行規則六条二項三号)。

右の条項の趣旨は、行政庁施行の場合について前述したことと全く同様であり、市町村長が市町村規則以外で「地積の決定の方法に関する事項」を恣意的に定めあるいは変更してはならないように、組合が定款外で右事項を定めたりこれに修正や変更を加えることは許されないのである。

五 本件定款(乙第三号証)四二条は、「地積の決定の方法に関する事項」として、

換地計画において、換地を定めるために必要な従前の宅地各筆の地積は、この組合の設立の認可の公告があつた日現在の土地登記簿地積によるものとする。

と規定し、本件事業計画とあいまつて、被上告人の土地区画整理事業が公簿地積を基準とする一律19.96%減歩の方式によるものであることを明示している。

他方、定款五四条(規則への委任)は、この定款に規定するもののほか、事業の施行に必要な事項は、細則をもつて理事が定め、総会に報告するものとする。

と規定する。そして、被上告人の理事は、右条項にいう細則としての「換地規程」(乙第一号証)を定めたという。しかし、同規程一条の「換地計画および仮換地指定に関して必要な事項を定めるものとする」との文言にもかかわらず、同規程二条ないし四条は法八九条の、七条は法九五条の、八条は定款四三条一項のひき写しにすぎず、結局同規程で実質的な意味をもつのは、九条の、

照応換地及び評価については細部にわたり価値判断を算定するため理事は別に換地設計基準等を定めるものとする。

との規定だけという著しく奇妙な内容に終つている。

この換地規程九条に基づく「換地設計基準」(乙第二号証)の内容も、換地規程と同様の不必要な規定ばかりである。すなわち、換地設計基準一条の「……細部に亘り適正なる換地を定めることを目的とする」との文言とはうらはらに、同基準三条は規程五条の、四条は規程八条の、七条は規程五、六条のむしかえしにすぎず、その他あまりに当然な規定を除くと、結局意味を有するのは、二条の、

換地を定めるための基準となる従前の宅地各筆及び各権利の地積は、所有権においては定款に定める認可時の土地登記簿地積を原則とし、借地権においては申告による地積とする。但し土地登記簿と実際地積に大きな差異がある時は、権利者の申出により、理事が査定して定めるものとする。

との条項のみなのである。「定款に定める」原則の例外規定を隠蔽するためあえて右の迷路のような方法が採用されたことは想像に難くないが(この点が憲法三一条に違反することについては後述する)、ここで「実測地積により得る途」を右のような方法で記載することの可否について、さらに検討する必要がある。

六 第一審原告準備書面(二)および原審控訴人準備書面(一)で詳しく述べたように、本件換地設計基準二条但書は無効である。

定款五四条(規則への委任)によつて理事が定めることの出来る細則は、組合の執行機関(法二八条一項)である理事の業務執行上必要な内部的準則にすぎない。これに反し、定款の右条項が、理事に対し本来定款の記載事項であるべき事業の基本的内容や組合員の権利義務、とくに「地積の決定の方法に関する事項」や「減歩率」についてまで規則を制定する権限を付与したものとすれば、右の規則への白地委任は、何ら法律上の根拠に基づかないばかりでなく、総会の議決権を侵害し、定款および事業計画の制定ならびに変更(法三一条)の手続を脱法するものとなり違法である。

このように、右に引用した本件換地設計基準第二条但書が定款四二条に定める「地積の決定の方法に関する事項」の重要な例外規定であり、本来定款の同条項に明記されなければならないものであることはあまりにも明白である。故に、理事が右但書を定款外で定めたことは、理事の職務権限の範囲を越え、法一五条および三一条の手続を脱法するものであり、この意味で換地設計基準二条但書は無効なのである。

七 しかるに原判決は、右の点に関する第一審判決の次の判断を何の理由も示さず肯認している。

……右規定(注・換地設計基準二条但書)は、「一定の場合には実測地積を基準地積とする。」旨を定めたものであり、原則として公簿地積を基準地積とすることを規定した定款四二条の例外規定にあたるものであつて、定款四二条とは別個独立の新たな換地基準を設定したものではなく、右定款の規定を変更したものでもなく、かえつて、前記のように憲法二九条三項、法八九条一項の精神から当然要求せられることをいわば注意的に明らかにしたものと解すべき性質の規定であるということができる。(中略)さらに右規定は、事業の施行にあたり定款の解釈上或いは具体的適用上問題となるべき事柄について、より詳細にその基準を明示したものということができるから、定款五四条の委任の範囲内の事項であるというべきであり、かつ組合がその定款において右のような事項に関し、組合の業務を執行すべき権限と責務とを有する理事に細則の制定を委任することが許されないとする理由はないというべきである(傍点上告人代理人)。

判決の右部分に関する批判については、原審控訴人準備書面(一)・二項に記載したとおりであり、ここに援用する。前記最高裁判例との相異点を補足すれば、右判例が示す「開かれた途」は市町村長施行の場合には市町村規則たる施行規程に、組合施行の場合には定款にそれぞれ明示されていなければならないことが明白であるのに、原判決および第一審判決は、“例外規定”であつても、“当然要求せられること”であるから定款に明示しないでよいとの独自の解釈を行なつている点をここで強調しなければならない。

以上から、原判決は、前記最高裁判例に違反するばかりでなく、憲法二九条一項、三項に違反することが明らかであつて、取り消しを免れない。

第二点 <省略>

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