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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)801号 判決 1980年11月27日

上告人

株式会社 日設

右代表者

児玉秀雄

右訴訟代理人

秋山英夫

被上告人

阪急住宅株式会社

右代表者

赤堀幹夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人秋山英夫の上告理由第一について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて上告人の被上告人に対する手形上の請求権の消滅時効は、変造前の満期である昭和五〇年一月三一日から進行し昭和五三年一月三一日の経過をもつてその時効期間が満了したとした原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

上告人が本件手形を金融機関に取立委任裏書をしたとしても、その時に時効中断事由である裁判外の請求があつたとはいえないとした原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人秋山英夫の上告理由

第一 法律の解釈適用の誤り

一、本件手形の支払時日は「昭和五〇年一月三一日であつたものを「昭和五三年一月三一日」に変造されたものである。そこで被告人は第一審以来「右手形の振出人に対する請求権は三年の経過により昭和五三年一月三一日をもつて時効消滅すべきところ、本件手形はその翌日二月一日に支払呈示されたのであるから既に時効により消滅している」旨を主張し、原審もまたこれを支持された。

二、然しながら手形法第六九条が手形につき変造がなされた場合には、義務者は原文言に従つて責任を負うと規定しているのは、変造されたために義務者に対して不利益に加重された責任を負わすことになつてはならないというだけのことであつて、当該手形についての法律関係をすべて原文言に従つて律するという趣旨のものではない。このことは同条が「変造後の署名者は変造された文言に従つて責任を負う」と規定していることによつても、その趣旨の一端を窺い知ることができるであろう。何故なら「変造された文言に従つて責任を負う」ということは、その限りにおいて原文言は殺されていることになり、すべての法律関係を原文言によつて律する趣旨のものでないことが明らかだからである。

三、手形法第六九条の趣旨が以上のようなものであるとすると、本件手形の如くに支払期日について変造がなされている場合にはその期日が早められているか遅らせられているかによつて結論を異にするものというべきである。すなわち期日を早めて変造された場合には明らかに義務者にとつて不利益であるから、原文言の期日に従つて法律関係を律すべきであり、反対に期日を遅らせて変造がなされている場合には、それは義務者にとつて不利益なものではないから、手形の外観主義形式主義の原則に立戻つて変造された期日を基準として法律関係を律すべきこととなるであろう。

四、前記の如く本件手形の期日は「昭和五〇年一月三一日」とされていたものを「昭和五三年一月三一日」に遅らせて変造されたのであるが、それは振出人たる被上告人にとつて不利益な改ざん(責任の加重)とはいえないのであり、他方において所持人たる上告人は、改ざんの事実を露知らずに、早くに手形を入手しながらわざわざ期日の到来をまつてその支払呈示をしたのであるから、時効期間の算定に当つては変造された期日を基準とすべきものである。

五、原判決は「手形法第六七条は手形の変造によつて義務者の責任を不当に加重せしめないという趣旨だけのものでなく、変造によつて義務者の責任を加重もしなければ軽減もしないことを定めたものである。従つて手形の期日が本来のものより遅らせて改ざんされた場合には、それが義務者の責任を軽減せしめるものであつても加重せしめるものでないとの理由でその改ざんされた期日を基準とすることは許されない」との趣旨の説示をされている(原判決五枚目表四行目以下)。

然しながらこのような論法は、手形法を支配している外観主義・形式主義の原則――手形取引の安全の確保――を遺却したものといわざるを得ない。これらの原則が厳然として存在しているかぎり、そしてその原則の適用が義務者の責任を不当に加重せしめるものでないかぎりそれが及んでくるのは当然であつて、手形の記載を信頼した第三者は能うかぎり保護されなければならないのである。

六、なお原判決は「支払期日を遅らせるということは、それだけ消滅時効の完成を遅らせることになるから、必ずしも義務者にとつて利益であるとはいえない」と説示されているのであるが(原判決五枚目表一〇行目以下)、それは本件の特異事情に密着した立論であつて、解釈上の一般論ではない。時効が完成するのかどうか全く未知である状態――仮に時効が完成するとしてもそれが当事者によつて援用されるのかどうか全く未知である状態――要するに平均的一般的状況のもとにおいて「支払期日の延期」が義務者にとつて利益であることは多言を要せずして明らかなことである。

七、以上の次第であるから、上告人が支払期日の変造を知らずにわざわざその期日の到来をまつて支払呈示をした本件において、原文言の支払期日を基準として消滅時効の完成を認めた原判決は、法律の解釈適用を誤つたものとして取消を免れないものと信ぜられる。

第二 法律の解釈適用の誤り

一、原判決は上告人が本件手形を消滅時効完成の当日である昭和五三年一月三一日金融機関に対して取立委任をしたが、それが手形交換所を通じて現実に支払場所に呈示されたのは翌二月一日であるから、既に消滅時効は完成したものとして被上告人の抗弁を容認された。

ところで金融機関に手形の取立を委任するということは、もとより権利の行使としての「請求」にほかならないのであるが、請求は「意思表示」ではなく「意思通知」であつて効果意思を必要とするものではないから、「意思表示」の場合のように「到達によつて始めて効果が発生する」ということを考える必要がない。

ましてや時効中断事由としての請求や催告は、権利の行使という外形のみを捉えた観念であつて、それが相手方に到達したかどうかは第二次的な意味しか有しておらない。何故なら時効の制度はいうまでもなく、「権利の上に眠るものは保護に値せず」という考え方を基調とするものであるから、「権利を行使した」という事実がある以上、権利者が権利の上に眠つていなかつたことは明らかなのであり、その事実を相手方が了知したか否かには関係なく、時効の成立を認める理由が存在しなくなるからである。

従つて時効の中断事由としての請求は、時効期間の満了以前にそれがなされていれば足りるのであつて、時効期間内にその意思通知が相手方に到達することは必要でなく、たゞ終局的にそれが相手方に到達しなければ、遡つて中断の効力を失うと解すべきものであろう。

二、民訴法第二三五条が「訴の提起は訴状を裁判所に提出したときに時効中断の効力を生ずる――相手方に送達されたときではない」と規定しているのは、まさに以上の趣旨を闡明したものであり従つてそれは決して第一審判決のいうように例外規定ではなくして例示規定と解すべきものであろう。

訴状を裁判所に提出しただけでは、相手方は「訴求された」事実を知る由もないのであるが、訴状の提出という行為が請求の最たるものとして、権利の行使であることには違いないのであるから、それを相手方が了知したと否とに拘らず、これを中断事由として認めようというのである。

これを「訴状の提出」以外の事例について考えてみても、例えば権利者が相手方に対して時効完成以前に催告しようとしたが、相手方の所在が不明であるために「公示方法による意思表示」(民法第九七条の二)をしたところ、公示の手続中に時効期間が満了してしまつたというような場合はどうであろうか。この場合権利者としては時効期間内に権利の行使としてなすべきことをなし終つているに拘らず、たまたま手続的な理由でその催告が時効期間内に相手方に到達しなかつたというだけのために時効中断の効力を認めないというのでは、甚だしく条理に反し時効制度の趣旨に反する結果を招くことになるであろう。

三、本件において上告人は手形の満期に金融機関に対してその取立を依頼した(甲第一号証の手形裏面参照)。上告人としてはその日が(原文言によれば)時効期間満了の当日になつていることは知る由もなく、手形は満期にならなければ支払呈示をすることができないものであるから、わざわざ期日の到来をまつた上でこれを取立にまわしたのである。従つて上告人としては時効期間の満了以前に権利の行使としてなすべきことをなし終つているのであるから、その手形が支払場所に現実に廻付されたのがたまたま時効期間の満了後であつたとしても、それは手形交換所における手続という全く偶然的外部的事由によるものであり、上告人が権利を行使したという事実に対しては些かも消長を及ぼすものではないのである。

四、原審は上告人が時効完成以前に請求したことを認めながら、その請求が相手方に到達したのが時効期間満了後であることを理由に時効の中断を認めず、上告人の主張を排斥しているのであるが、それは明らかに法律の解釈適用を誤つたものであつて、この点において原判決は取消を免れないものと信ぜられる。

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