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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)119号 判決 1981年5月14日

上告人

長崎県知事

久保勘一

右訴訟代理人

芳田勝己

被上告人

塩塚幸男

右訴訟代理人

横山茂樹

外四名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人芳田勝己の上告理由について

地方自治法(以下「法」という。)一二七条四項は、普通地方公共団体の議会の議員が法九二条の二の規定に該当するかどうかについて法一二七条一項に基づき議会のした決定に関し、法一一八条五項の規定を準用し、右決定に不服がある者は審査の申立及び出訴をすることができるものとしている。しかしながら、法一二七条四項が、右のように前記議会の決定に関する不服申立について法一一八条五項の規定を準用するという形をとつていることから直ちに、法はこの両者の不服申立を完全に同一視し、後者の争訟に適用される法規及び法理のすべてを前者にも適用すべきことを定めたものと解することは相当でない。元来法一一八条五項の規定は、普通地方公共団体の議会の行う選挙における投票の効力に関する異議について議会のする決定に不服がある場合にこれを争う方法及び手続を定めたものであるが、この場合における審査申立及び出訴による争訟の制度は、一般の公職選挙法に基づく選挙に関する争訟の制度と同様に、専ら議会における選挙の適正な執行を担保する趣旨に出たもので、個人の権利救済を目的とするものではなく、法の適正な執行の確保を目的とする民衆争訟の性格を有するものと考えられる。しかるに、前記法一二七条一項の決定は、特定の議員について右条項の掲げる失職事由が存在するかどうかを判定する行為で、積極的な判定がされた場合には当該議員につき議員の職の喪失という法律上の不利益を生ぜしめる点において一般に個人の権利を制限し又はこれに義務を課する行政処分と同視せられるべきものであつて、議会の選挙における投票の効力に関する決定とは著しくその性格を異にしており、違法な決定によつて右のような不利益を受けた当該議員に対し、同種の行政処分による被害者に対すると同様の権利救済手段としての不服申立を認める必要や理由はたやすく肯定することができても、後者の決定におけるように選挙の適正な執行の担保という公益上の目的からこれに対する民衆争訟的な不服手続を設けるべきものとされた趣旨がこの場合にも当然に妥当するということはできないのである。もつとも、議員につき客観的に失職事由が存在するのに消極的な決定がされた場合に、かかる議員をその職にとどまらしめるべきではないとする公益上の要請から民衆争訟的な不服手続を設けてその議員の排除を可能ならしめる必要も皆無とはいえないけれども、その必要性が格別大きいとはとうてい考えられず、法がそのような特段の意図を有していたと認めるべき根拠は薄弱であるといわなければならない(法一四三条は、普通地方公共団体の長につき議会の議員の場合における法一二七条の規定に相当する定めをしているが、右一四三条三項は、同条一項の規定による選挙管理委員会の決定に対する不服申立権者については、単に「第一項の規定による決定に不服がある者」と規定するにとどまつている。そして同条三項の規定は、普通地方公共団体の出納長、収入役及び法第三節第一款に掲げる各種委員会の委員につき同様の失職事由があるかどうかについて当該地方公共団体の長等がする決定に対する不服についても準用されている。一般に、法律が民衆争訟手続を設ける場合には、争訟提起権者の範囲を明確にするか、あるいは少なくともこれを識別しうるような規定を設けるのが通例であることに照らして考えると、前記法一四三条三項が不服申立権者につき右のような漠然とした抽象的な規定を設けるにとどめ、それ以上争訟提起権者の範囲を識別すべきなんらの基準をも示していないのは、法が右の場合に民衆争訟的な不服手続を設ける意図を有していないためであると推認せざるをえない。そうだとすると、議会の議員の場合に限つて特に、民衆争訟的な不服手続を設けるべき積極的な理由が見出せない以上、法一二七条の場合についても同様に解すべきものと思われる。)。

このように見てくると、法一二七条四項が同条一項の決定につき法一一八条五項の規定を準用しているのは、単に、右決定に対し不服申立が可能なこと、及びその方法、手続は右一一八条五項のそれと同様であることを定めたにとどまり、後者の不服と同様の民衆争訟的な不服手続をこの場合にも採用したわけのものではなく、不服申立をすることができる者の範囲は、一般の行政処分の場合と同様にその適否を争う個人的な法律上の利益を有する者に限定されることを当然に予定したもの、すなわち、この場合についていえば、専ら決定によつてその職を失うこととなつた当該議員に対して前記の方法による不服申立の権利を付与したものにすぎないと解するのが相当である。

そうすると、長崎県福江市議会が同議会議員である訴外白浜七勇は法九二条の二の規定に該当しないとした本件決定については、同議会の議員として右訴外人が右規定に該当するとの決定を求めたというにすぎない被上告人が、法一二七条四項、一一八条五項に基づく審査の申立権を有しないことは明らかであるから、同決定に対する被上告人の審査申立を申立権のないものとして却下した上告人の本件裁決は適法である。右と異なる見解に立つて本件裁決を違法であるとしこれを取り消すべきものとした原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決は破棄を免れず、更にこれと同旨の第一審判決は取消を免れない。そして、被上告人の請求はこれを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官藤﨑萬里の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官藤﨑萬里の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と異なり、本件議会の決定につき被上告人は地方自治法(以下「法」という。)一二七条四項、一一八条五項に基づき上告人に対し審査の申立をすることができるとの見解をとるものであるが、その理由は、これと同旨の見解に立つ本件の一、二審の判決及びその他の裁判例に示されているところと大体同様であるから、詳細はこれらに譲ることとし、ここでは多数意見がその論拠とするところを中心に特に重要と思われる諸点について私見を述べることとしたい。

(一) 多数意見は、失職事由が存在するのに議員をその職にとどまらせるような決定が行われた場合にこれを排除する途を開いておく必要も皆無とはいえないが、格別大きいとはとうてい考えられないとする。私は、それは公益上強く要請されるところであると思う。地方公共団体等と請負関係のある私企業から議員を隔離することは、地方行政の公正を期する上で肝要なことであると思われるが、この隔離が確実に行われるためには、右のように違法にその職にとどまつている議員を排除する途が開かれていることがどうしても必要であるはずである。なお、特定の議員に失職事由があつてこれを排除しようとする場合そのための議案には三分の二以上の多数の賛成が得られることが必要であるが、このことは他面三分の一の反対票を集めることができれば右の議案を否決することができることを意味するから、議会の決定によつて特定の議員が違法に排除される可能性よりも違法に職にとどめられる可能性の方が実際問題としてはるかに大きいことも、この関連で忘れてはならないことであろう。

(二) 多数意見は、法が民衆争訟的な手続により議員の排除を可能ならしめる特段の意図を有していたと認めるべき根拠は薄弱であるという。

これに対して、まず指摘したいのは、法一二七条一項の場合に準用される法一一八条五項の規定は民衆争訟的なものを含む不服手続を定めていると解するのが最も自然な解釈ではなかろうかということである。多数意見は、法一一八条五項が同条一項の場合に適用されるときは「第一項の規定による決定に不服がある者」という文言をそのとおり別段の限定なく解しながら、それが法一二七条一項の場合に準用される段になると、その決定によつて職を失うことになつた議員に限られると解するわけであるが、準用に際してこのようないわば解釈の差替をすることは、準用に伴い必要とされる読替その他の修正の範囲内であるということはできないであろう。こうして、右の「第一項の規定による決定に不服がある者」という文言を「準用」の場合も「適用」の場合と同じ意味に解することにすると、その当然の帰結として、法一一八条五項の規定は、それが法一二七条一項の場合に準用されるときは、民衆争訟的なものを含む意味合いをもつてくるわけである。

次に、多数意見のいわゆる法の意図についてであるが、私は、法の趣意は、その制定に携つた者の意図のいかんにかかわらず、第一次的には、法律の各条の規定そのものから汲み取られるべきものであろうと考える。そして、このように規定に即して解釈した結果がいかにも不合理であるというような場合にはじめて、法の趣意はそのようなところにはないはずであるということで、これとは違つた解釈の仕方をするように工夫することにもなるわけであろう。しかし、この場合は、そのような工夫をする必要性は認められない。民衆争訟的な不服手続を設けることに合理性、合目的性があるからである。

議員の場合に限つて特に民衆争訟的な不服手続を設けるべき積極的な理由がないことは多数意見のいうとおりであるが、問題は、それにもかかわらず、法が議員の場合に限つて他と違つた規定の仕方をしているところから来ているわけであつて、規定の仕方が違えばそのもつ意味合いも違つてくるのが通常であろう。私のように解すると普通地方公共団体の長その他との横並びがよくないことはたしかであるが、民衆争訟的な手続を設けることのメリットを重視する立場からすれば、議員の場合だけでも望ましい形になつている方がそれだけましであるということになるであろう。

(三) 最後に私の方から特に指摘したい点は、特定の議員について法九二条の二に該当する事実があるかどうかの判断は、本質的に法律的な判断であり、あるいはそうであるべきであるということである。それは、本来、議会における表決において賛成・反対のどちらが多数を得たかによつて政治的に決着をつけられることが適当なような問題でもなければ、まして、そうするほかないような政策問題でもない。事実を客観的に確定してそれが法律の禁止するところにあたるかどうかを判断するわけであるから、司法手続に最もよくなじむ問題である。一般に、このような問題については、司法手続への途が広く開かれていることが望ましいことは、いうまでもあるまい。それは、裁判所がこの種の問題の解決に最も適しているばかりではなく、そこへの途が開かれていることが前置されている諸手続の適正を担保するゆえんとなるからである。こういうことは、本件のように、法律の規定の解釈上、ある事項が司法審査の範囲内に取り入れられているかどうかについて疑義があるような場合には、当然考慮に入れられてよいことであろうと思う。

以上のような次第で、私は本件上告を棄却すべきであると考える。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人芳田勝己の上告理由

原判決は法令の解釈に誤りがある。

(一) 原判決は第一審判決を支持し、地方自治法(以下単に法という)第九二条の二の遵守を求めるために、当該決定に加わる権限を有した議員は、全員法第一一八条五項所定の不服申立権並びに出訴権を有するものと解釈し、結局上告人敗訴の判決を言渡した。

(二) しかし、右不服申立権並びに出訴権を有する者は法九二条の二に該当する旨の議会の決定を受け、議員資格を喪失することになる当該議員に限ると解すべきであり原判決の右解釈は誤りであると思料する。その理由は次のとおりである。

(1) 法の右条項は市制改正法律第三八条三項、及び町村制改正法令第三五条三項の規定に沿革を有し、その立法理由はいずれも地方公共団体の議会運営の公正を保障し、地方公共団体の事務執行の適正を確保する趣旨である。そして、旧規定のもとでは、市会、町村会で請負禁止規定に反する旨の決定を受け、議員資格を喪失することになる者に限つて限定的に訴願、出訴の途が認められていた。従つて、その決定に加わつた他の議員には、不服申立権や出訴権は認められなかつたのである。

法第一一八条五項は不服申立権及び出訴権を「決定に不服がある者」と規定するだけで、文言上は何らの制限を加えていないが、右の沿革に照らし、旧規定と同じく限定的に解することが、立法の趣旨に合致するものと解される。けだし、もし法制定に当り不服申立権及び出訴権を有する者を拡張する意図があつたとすれば、旧規定に比し重要な変更であるから立法の段階で趣旨説明や議論がなされたはずであるが、何らなされた形跡がないからである。

(2) 法第一一八条一項の議会の決定は、その対象が選挙の公正に係るものであるところから、同条五項は議会の行う選挙の手続、方法の公正を担保すべく、申立権者の範囲を広く認め、民衆争訟的性格を与えている。

しかし、法第一二七条一項の議会の決定は右と異なり、通常の議会の議決作用の一態様であると考えられる。そして、右議決に係る争訟も議員資格に関し議会が準司法的な判定権能を行使したことによつて資格を喪うことになる者が、右決定に不服がある場合に通常の争訟手続により救済措置を講ずるべく認められたものと解すべきである。選挙という民主的手続を経て選出された議員の資格を喪失させる場合には、その本人に司法救済の手続を認める必要があるからである。

議会において三分の二以上の多数による議員の解職の決定がなされない場合には、住民の異議は法第一二七条四項によることは許されず、法第八〇条所定の議員の解職請求の制度によるべきものとするのが法の趣旨である。解職問題の審議に加わることのできた議員といえども例外ではない。

(3) 法第一二七条一項では「第九二条の二の規定に該当するときはその職を失う」とされており、明らかに失職の規定であるから、右規定に対応してその救済規定として同条四項による法一一八条五項を準用する規定があると解されるのである。ちなみに普通地方公共団体の長、出納長、収入役、各種委員会の委員等についても解職の規定が設けられているが、その場合の不服申立権者は失職決定を受けた者に限られているのである。

(4) 議員の資格決定は、性質上議会の自主的決定に委ねられており、それは議会の自律権の一内容に属する。議会の決定は本来不服申立及び司法審査の対象に馴染まないのである。

議会でなされた決定に対し、知事が一々、これを審査することは議会の自律権を否定することになる。知事は議会に対して一般的に指揮監督権を有する上級機関ではないのである。従つて、議会が一旦決定した問題を知事が審査することのできる範囲は極めて限られたものでなければならない。

しかし、法九二条の二に該当するという議会の決定は、選挙という民主的手続によつて選出された議員について、その手続の効果を否定し、当該議員の個人的利益を奪い去るという重大な結果をもたらすものである。このような場合には当該議員に対し司法救済の途を認めなければならない。法第九二条の二に該当すると決議された場合につき、法第一二七条四項が同第一一八条五項を準用したのは右のような趣旨に出たものである。

(三) なるほど、法第一二七条四項は、法第一一八条五項を準用するに当つて何ら制限的文言を用いず、また読み替え規定等をおいていないが、これをもつてただちに不服申立権者の範囲を議会の決議に加わる権限を有した議員全員に認めることは前述の沿革や法の趣旨を無視した安易な解釈であるというべきである。不服申立権者の範囲を制限的に解することは旧規定以来の確定した行政解釈である。

(四) 以上のとおり、原判決及び原判決の支持した第一審判決には法令の解釈につき重大な誤りがあり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はすみやかに破棄されるべきである。

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