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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1213号 判決 1983年3月24日

上告人

富永物産株式会社

右代表者

大西桓彦

右訴訟代理人

川合五郎

川合孝郎

被上告人

株式会社名村造船所

右代表者

菱田一郎

右訴訟代理人

阪口繁

櫛田寛一

三山峻司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人川合五郎、同川合孝郎の上告理由第二点について

商法八四二条八号所定の先取特権は、船舶の発航によつて消滅するものとされているのであるから(同法八四七条二項)、右先取特権を有する者は船舶の発航前にこれを行使すべきものであつて、その自由な選択によつて権利の実行をしないでいる間に船舶所有者が船舶を発航させ、もつて右先取特権が消滅するに至つた場合において、たとえ船舶所有者が右先取物権の存在を知つていたとしても、特に船舶の発航前に、船舶所有者が先取特権を有する者の権利行使を妨げる行為をしたなどの特段の事情のない限り、単に船舶所有者が船舶を発航させた行為をもつて、先取特権を有する者の権利を違法に侵害したということはできないものと解するのが相当である。それゆえ、前記特段の事情の存在を認めるに足りない本件において船舶所有者である被上告人が本件船舶を発航させた行為が不法行為にあたるものではないとした原審の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同代理人らのその余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するか、又は原審の専権事項である事実認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 団藤重光 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人川合五郎、同川合孝郎の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原判決は商法第八四七条第二項の解釈を誤つたか、理由不備の違法がある。

一、上告人は被上告人が訴外会社から本件船舶の引渡を受けた後に本人ならびに代理人弁護士を通じて交渉したが、その効がなかつたので本訴を提起した。然るに、被上告人は右訴訟係属中上告人不知の間に本件船舶を発航させたので、上告人の先取特権は消滅した。それで、上告人は被上告人の発航行為は不法行為若くは信義則に違背する行為であるとして損害賠償請求を追加したが原判決はこの請求を棄却した。しかしながら、原判決の判示は以下の通り法解釈を誤つたか、理由不備の違法がある。

二、上告人は商法第八四七条第二項により船舶が発航すれば先取特権が消滅する点については何らの異論がない。

しかしながら、先取特権消滅の直接原因はあくまでも発航であつて先取特権者の権利不行使が原因ではない。

このことは同条第一項に特別規定が定められていることからも推認できる。この点について上告人は原審において詳細に記述した。凡そ、権利が消滅するか否かは当事者にとつて極めて重大な問題であるから、若し、先取特権の不行使が全ての権利の消滅原因とするならば、そのことを法文上に明記すべきである。その点につき、何ら明記されていないことからして全ての権利が消滅するとの理論は認められないことを証していると云うべきである。さらに、原判決が同条を根拠として全ての権利が消滅したとするならば、その理由を一層明確に判示すべきである。上告人は被上告人の発航によつて先取特権が消滅したのであり、その結果、先取特権相当の損害を蒙つたとして、損害賠償を請求しているのである。然るに、本条を根拠として賠償請求権が存しないとするが如きは極めて不合理な判断である。

原判決は同末段において先取特権が消滅するに至つても、それを「甘受」する外はないと判示しているが右は余りにも飛躍した所論である。上告人は発航によつて先取特権が消滅することを否定していないからである。

要するに、同条は先取特権消滅に関するものであり、その他の権利も全て消滅するとの規定でないと解すべきである。

三、原判決は「船舶の発航前にその権利を実行すべきものであり、……」と判示しているだけで実行とは何を指すのか必ずしも明確ではない。原判決はその実例として「陸産」に対し執行することを挙げているが、若しそうであれば前記第一点の一、に記した通り極めて不可解な結論となるのである。この点については上告人は原審において権利行使とは何か、本訴提起も権利行使でないかと詳細に主張しているに拘わらず、原判決は何の説明もされていない。その上で、前記のような不可解の一例を挙げているのであつて、上告人としては余りのことに驚かざるを得ないのである。

四、上告人は本件の場合においては、本訴提起を以て充分と考えたので其他の手段に及ばなかつた。その理由は原審で詳述しているように被上告人との特別関係、国際貿易への悪影響などを考慮したからである。而も上告人は本件エンジンの合格証明を自ら所持して居り被上告人はこれらの合格証明を所持していないから、被上告人がまさか船舶を発航させることはあるまいと考えていた。然るに、突如として発航した。上告人は被上告人が如何なる手段によつてアメリカ船舶協会(A・B・S)の許可を受けたのか今に疑問を持つている。

被上告人はこの点につき何ら真相を明らかにせず、原判決も上告人の右主張に対しては全く言及されていない。上告人はこの問題は極めて重要と考えているのであるが、このように不明朗な状態で終結することは甚だ遺憾である。

五、上告人は被上告人が本訴係属中に突如として船舶を発航させたことは、信義則に違背する行為であると主張した。この点については原審で主張しているのででは繰返さない。

その要点は本項一、乃至四、の通りであり、殊に四、は最も重要視されるべきである。

六、なお、原判決は理由三、の2末段で発航行為は船航所有者の正当な権利行使であると強調されているようであるが、権利行使であつても第三者に損害を与えたときはその責任を追求されることは勿論である。況んや、不法行為若くは信義則に違背する行為であれば尚更である。

第三点 <省略>

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