最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)178号 判決 1987年7月02日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人上田誠吉、同宮本康昭、同佐々木恭三、同西村昭、同田岡浩之、同藤本斉、同平岩敬一、同関一郎、同脇山淑子、輔佐人岩佐恵美の上告理由第一について
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)二五条の規定による損害賠償に係る訴訟については、法八〇条一項のような規定を欠いており、また、いわゆる勧告審決にあつては、公正取引委員会による違反行為の認定はその要件ではないから、本件審決の存在が違反行為の存在を推認するについて一つの資料となり得るということはできても、それ以上に右審決が違反行為の存在につき裁判所を拘束すると解することはできない(最高裁昭和五〇年行(行ツ)第一一二号同五三年四月四日第三小法廷判決・民集三二巻三号五一五頁)。右と同旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。
同第二ないし第四について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
同第五について
一 原審が確定した事実関係のもとにおいて、本件値上げ協定が上告人らの購入した灯油の購入価格の形成に影響を及ぼしたとすれば、それは本件第三の協定のうち民生用灯油に係る部分の実施による民生用灯油の元売仕切価格の変動を通じてのみであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
二 元売業者の違法な価格協定の実施により当該商品の購入者が被る損害は、当該価格協定のため余儀なくされた余計な支出であるから、本件のような最終の消費者が右損害を被つたことを理由に元売業者に対してその賠償を求め得るためには、当該価格協定に基づく元売仕切価格の引上げが、その卸売価格への転嫁を経て、最終の消費段階における現実の小売価格の上昇をもたらしたという関係が存在していることのほかに、かかる価格協定が実施されなかつたとすれば、右現実の小売価格よりも安い小売価格が形成されていたといえることが必要であり、このことはいずれも被害者たる消費者において主張立証すべき責任があるというべきである。
もつとも、この価格協定が実施されなかつたとすれば形成されていたであろう小売価格(以下「想定購入価格」という。)は、現実には存在しなかつた価格であり、一般的には、価格協定の実施前後において当該商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他の経済的要因等に変動がない限り、協定の実施直前の小売価格をもつて想定購入価格と推認するのが相当であるといえるが、協定の実施以後消費者が商品を購入する時点までの間に小売価格の形成に影響を及ぼす顕著な経済的要因の変動があるときは、協定の実施直前の小売価格のみから想定購入価格を推認することは許されず、右小売価格のほか、当該商品の価格形成上の特性及び経済的変動の内容、程度その他の価格形成要因を検討してこれを推計しなければならない。
原審の確定したところによれば、本件第三の協定の実施当時、民生用灯油について、元売仕切価格形成要因の変動としてとらえ得る事実及び価格上昇の要因があれば現実の上昇と結び付きやすい事情として、(1) 通商産業省(以下「通産省」という。)は、昭和四六年四月、民生用灯油の元売仕切価格について同年二、三月の価格に据え置くよう元売会社を指導し、以後この指導を継続していたが、昭和四八年六、七月ころ、各社それぞれの元売仕切価格を一キロリットル当たり一〇〇〇円値上げすることを了承しており(その後、昭和四八年一〇月からは、同年九月末の価格で凍結するよう指導した。)、このような場合、石油製品の元売仕切価格は右行政指導に極めて誘導されやすい、(2) 昭和四五年以降いわゆるOPEC(石油輸出国機構)攻勢による原油の値上がりがあつたが、民生用灯油の価格抑制に特に腐心していた通産省が右元売仕切価格の値上げを了承したことは、当時少なくとも右値上げを必要やむを得ないとする程度のコスト上昇があつたことを推認させるものであり、現に原油の輸入価格は上昇の一途をたどつていた、(3) 当時、公害規制強化に伴う産業用燃料油の油種転換により灯油の需要が増加し、業界は通産省の指導で灯油の増産備蓄を行つたが、灯油の増産は、連産品である他の石油製品の在庫量の増大等によるコストの上昇につながる、(4) 当時、灯油価格は他の家庭用熱源に比較して低廉であつたから、価格上昇要因があるときは現実の値上げと結び付きやすい、(5) 灯油は、他の石油製品に比較してその精製に余分なコストを要するだけでなく、季節性の強い商品であり他の製品に比し備蓄等に余分なコストを要する、との事実があつたというのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。
右事実関係によれば、本件第三の協定の実施当時は、民生用灯油の元売段階における経済条件、市場構造等にかなりの変動があつたものであり、右協定の実施の前後を通じ、その小売価格の形成に影響を及ぼすべき経済的要因に顕著な変動があつたというべきであるから、前示のとおり、本件においては協定の実施直前の小売価格をもつてそのまま想定購入価格と推認することは相当でないといわざるを得ない。したがつて、原審が、上告人らの損害の有無を判断するに当たり、協定の実施直前の小売価格をもつて想定購入価格と推認する方法をとらなかつたことに所論の違法はない。
三 そして、原審は、本件第三の協定の実施後に上告人らが購入した灯油の想定購入価格について、次のとおり認定判断した。すなわち、前記各事実からすれば、当時灯油について顕著な値上がり要因があつたというべきで、通産省の前記一〇〇〇円値上げの了承及び昭和四八年九月末の価格での凍結指導は、右要因をふまえた上で、元売各社の値上げ要望に一部こたえるとともに、民生用灯油の元売仕切価格を自由に形成される価格よりも低く押さえることを意図してされたものであり、昭和四八年一〇月以降昭和四九年三月までは、仮に本件第三の協定の実施がなかつたとしても、その元売仕切価格は右凍結価格と径庭のない状態に至つたであろうと推認でき、ひいてはその小売段階における想定購入価格も現実の小売価格を下回つたと断定することはできず、また昭和四八年八月及び九月における想定購入価格が現実の小売価格を下回つたか否かも不明である、というのである。
原審の右認定判断は、前記値上がり要因等の事実を含め原審の確定した本件事実関係のもとにおいて是認し得ないものではなく、原判決に所論の違法があるということはできない。
四 そうすると、本件においては、本件第三の協定に基づく元売仕切価格の引上げが、卸売段階での価格転嫁を経て現実の小売価格の上昇をもたらしたという関係が存するかどうかはともかく、右協定が実施されなかつたならば、現実の小売価格よりも安い小売価格が形成されていたといえないのであるから、結局、上告人らは本件第三の協定の実施によつて損害を被つたということができないことに帰するのであつて、上告人らの本件請求を理由がないとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない点についてその不当をいい、あるいは原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第六について
法八四条一項に基づく公正取引委員会の意見は、裁判所が損害の存否、額を判断するに当たつての一つの参考資料にすぎず、裁判所の判断を何ら拘束するものでないことはいうまでもなく、また、裁判所が右意見と異なる判断をするに際し所論のような手続を必要とするものでないことも明らかである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に基づき原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。
同第七について
原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷厳)