最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)2号 判決 1981年10月01日
神戸市灘区日尾町二丁目二番二〇号
上告人
志水三二
右訴訟代理人弁護士
川上忠徳
川上博子
神戸市灘区泉通二丁目一番地
被上告人
灘税務署長
菱田恵三
右指定代理人
小林孝雄
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五四年(行コ)第七六号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一〇月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人川上忠徳、同川上博子の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山享 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)
(昭和五六年(行ツ)第二号 上告人 志水三二)
上告代理人川上忠徳、同川上博子の上告理由
第一、原判決は憲法第二九条に違背するものである。
一、本件訴訟の主要な争点は、芦屋市奥山一二番、一三番、一四番、一五番、一六番一の各土地の賃料が上告人の不動産所得となるか否かということである。右判断の前提として、右各土地の所有権が問題となるのであるが、右各土地のうち、一四番の土地(以下本件土地という)については、その所有権は訴外志水芳恵であるにも拘らず原判決はこれを上告人の所有であると認定している。
二、すなわち、原判決はその理由一において「次に付加訂正するほかは原判決理由説示と同一であるから、これを引用する」として第一審の判決理由を引用踏襲しているが、その第一審の判決理由2(四)によれば、「右土地(=本件土地)はその所有名義にかかわらず、原告(=上告人)の所有であったと認めるのが相当である」としている(括弧内は訴訟代理人)。
しかし、右認定は後述のとおり、法令に違背し、かつ事実誤認に基づくものであり、訴外志水芳恵が競売手続という公的方法により適正に取得し、かつ登記も経由していた本件土地の所有権を不当に否定するものであって、憲法第二九条所定の財産権を侵すものである。
第二、原判決は法令に違背するものであり、かつ理由不備ないしは理由に齟齬がある。
一、原判決が引用する第一審判決理由によれば、本件土地が、上告人の所有であったと認定した根拠として概ね次の六項目を掲げている。
<1> 「申第七号証中の芳恵の供述によれば、芳恵は昭和三四年六月一二日原告と結婚して以来、昭和三九年まで収入を伴う職業に就いたことがない」
<2> 「甲第三号証の一、三によれば前記認定の原告と長谷ビル間で、昭和四二年三月一五日本件準消費貸借契約及び『不動産の売却処分に関する契約』を締結するに際しては、一四番の土地も原告の所有とされている」
<3> 「原告の債務のため、芳恵名義の一四番の土地とともに一括して担保目的をもって長谷ビルの所有名義に移されている」
<4> 「乙第九号証によれば、原告は昭和四七年一月七日長谷ビルを債務者として不動産仮処分の申請をしているが、その申請書においても一四番の土地が原告の所有であると主張している。
<5> 「本件訴訟は昭和四九年六月二五日に提起されたことが記録上明らかなところ、一四番の土地が芳恵の所有である旨の主張は昭和五〇年一〇月三日の第七回口頭弁論において原告から初めてなされた」
<6> 「芳恵が原告の妻である」
二、しかしながら、右六項目の事実をもってしても不動産登記簿が有する事実上の推定を覆えすに足るものではないのである。すなわち、本件土地は昭和三六年五月二〇日競落を原因として同三九年一二月九日志水芳恵名義に所有権移転登記が経由されていることは原判決も認めるところである。したがって反証のないかぎり、登記簿上の所有名義人である志水芳恵が本件土地を所有するものと推定すべきである(最判昭和三四年一月八日民集第一三巻一号一頁)。
ところが原判決は登記簿が有する右推定力を覆えし、本件土地は上告人所有のものであると認定しているが、右認定に至るまでの証拠判断は著しく経験法則に反し、事実を誤認したものであり、結果において前記引用の最高裁判所判例に示された民法第一七七条の法意に違背しているものである。
三、まず原判決が右認定の根拠として掲げている六項目について検討してみる。
1 前記<1>について
原判決は、本件土地を取得するための金員の出所に関する問題として<1>の項目を掲げているものと思料される。しかし本件土地は裁判所という公的機関の行う競売において芳恵が適正に競落取得したものであるという現実を直視すべきであって、その競落代金の出所というものは重要なのではない。すなわち、芳恵の供述によれば右競落代金は芳恵が結婚前に貯めていた金員から出損したということであるが(甲第七号証)、仮りに右金員が芳恵自身のものでなく、他から借用してきたものであったり、あるいは他から贈与を受けたものであったとしても、すなわち、競落代金の工面の仕方如何によって、適法な競落人が競落物件の所有者にならず、金員を貸借もしくは贈与した者が、その所有者となるというようなことは常識では考えられないことである。したがって原判決が掲げる<1>の金員の出所如何ということは本件土地の所有権を判断する根拠とはなり得ないことである。
2 前記<2>について
甲第三号証の一、三は、いずれも上告人が昭和四二年三月一五日に長谷ビルとの間で締結した契約書である。前者は私文書で後者は公正証書であり、その条項中において本件土地も上告人が所有者であるか如き記載がある。しかしこれらの契約書はいずれも長谷ビルが上告人のために代位弁済してくれるとのことで上告人の債権者らが多数、公証役場まで押しかけていたなかで作成されたものであり、これらの契約書が作成されたならば長谷ビルは金を出すが、さもなければ代位弁済はしないといった緊迫した状況のもとに十分な検討をする余裕もなく、長谷ビルが用意してきた書面に上告人が署名し、それに基づいて公正証書が作成されたものである。
また、その内容についてみると、甲第三号証の一の契約書第一条に上告人所有の土地と一諸に本件土地も記載されているが、続いて、「右不動産の登記簿上の名義は甲の名義なるも第三者に売却する便宜上のものにして真実の所有権者は乙であることを昭和四拾弐年弐月弐拾四日京都地方法務局所属公証人黒田俊一役場作成第拾万六拾六号公正証書を以て之れが所有権を確認する」と明記されている。そして同公正証書は甲第八号証として提出されているが、同号証においては本件土地を除外して他の土地が上告人のものであることが確認されているにすぎない。さらに上告人と長谷ビルとの間で作成された甲第三号証の二の公正証書においては第一一条抵当物件の表示中に、本件土地が芳恵所有のものであることが明記されているのである。したがって<2>についても判旨のような根拠とはなりえないのである。
3 前記<3><6>について
上告人と芳恵とは夫婦ではあるが、上告人は明治生れで、芳恵は大正生れである。その生育した年代からして上告人らは男女同権の薫風に同化されることもなく、多分に夫唱婦随的なところがあって、対外的な折衝事は上告人がなし、家庭内のことは芳恵がするのが通例であった。さらに夫の債務のために妻がその所有する物件を提供するということは夫婦である以上当然であるとする気風があり、このようなことは世上年配の夫婦間においてはよくあることであって何ら奇異に感ずるものではない。したがって芳恵所有の本件土地に関しても、上告人が芳恵を代理して長谷ビルと交渉したこと、上告人の債務のため担保として長谷ビルの所有名義に移されたことをもって本件土地が上告人の所有に係るものであるとは認定しえないことは明らかである。
4 前記<4>について
乙第九号証の仮処分申請書中、本件土地が上告人の所有に係るものであるかの如き記載がある。しかし一般に仮処分申請は本案の執行を保全するためになすものであり、急を要する場合がほとんどである。そのため、場合によっては記載事実において齟齬をきたすこともありうることである。右仮処分申請も、長公ビルが上告人らに無断で本件土地を含む担保の土地を他に処分しようとしたため、急拠、右処分を禁ずるためになされたものであり、上告人らと申請代理人との打合わせが充分でなかったため申請理由中で「真実の所有者は債権者にあることを債権者、債務者は互に確認した」という文言になったものと思料されるのである。しかし、ここで確認した書面というのは甲第八号証の公正証書であり、ここでは上告人と芳恵を甲とし、長谷ビルを乙として、本件土地以外の土地について、その所有権の確認がおこなわれたのである。したがって仮処分申請中の前記部分は単なる誤記であり、これをもって本件土地が上告人の所有に係るものである根拠とはなしえないのである。
なお、右仮処分申請事件につき、上告人と長谷ビルから所有権を取得した佐伯建設株式会社との間に和解が成立して、本件土地を除く他の各土地については執行解放により仮処分の登記は抹消された。しかし本件土地についてはその所有者が芳恵であることから、芳恵が代表者になっている天理教津城分教会に贈与し、移転登記をなす旨の和解が右社会との間に成立し、仮処分の登記はそのままになっていたのである。
しかし、右会社が移転登記をしないので、津城分教会から右会社に対し、本件土地に関し、所有権移転登記請求の裁判が提起され、右請求が認容されたのが甲第一〇号証の判決である。
右のような経緯は、本件土地が芳恵のものであったからこそなされたものであって本件土地が名実ともに芳恵のものであることを認定すべき有力な証左である。
5 前記<5>について
原判決は、本件土地が芳恵の所有である旨の主張が昭和五〇年一〇月三日の口頭弁論において初めてなされたことを根拠の一つとして掲げている。
しかし、攻撃防禦方法は口頭弁論終結時までに随時提出すれば足りるのであり、特に時機に遅れたものであると認められるような事情がない以上、不利なとりあつかいをすべきものではない。原審の口頭弁論が終結したのは同五四年一〇月一七日であり、上告人が右主張をなしたのは前記のとおり同五〇年一〇月三日であり、決して時機に遅れた攻撃防禦方法には該当しないのである。
上告人が提訴に当り、最初から右主張を提出しなかったのは、当初上告人としては、賃料収入が長谷ビルの収入であるとの主張が当然認められるものと確信していたからである。ところが同種事案である別件においても予備的に右のような主張を展開したものである。
したがって<5>についても原判決の判旨の根拠とはなりえないのである。
四、以上のとおり、原判決の掲げる六項目は組験則に照らしてみて、いずれも本件土地が上告人所有に係るものであることを認定しうるに足るものではない。
これに反し、本件土地が芳恵所有のものであることを認定しうる証拠としては甲第三号証の二公正証書、甲第四号証の三登記簿騰本、甲第七号証証人調書、甲第八号証公正証書、甲第一〇号証判決正本、甲第一一ないし一三号証登記簿騰本および原審における上告人本人尋問の結果等が存在するものである。ところが、原判決はこれらの証拠を採用せず、判旨に副うような項目を一応掲げているが、前記三において検討したようにそれらは、いずれも判旨のように本件土地が上告人の所有であることを認定する根拠とはなりえないのである。
したがって、原判決は合理的な反証がないにも拘らず、不動産登記簿の有する事実上の推定機能を無視し、これに反する事実を認定したことになり、右認定は著しく経験則に勃るものであって民法第一七七条の法意に違反し、かつ前記最高裁判所判例に違背したものである。
しかも右のように法令に違背してなされた認定が、判決に影響を及ぼすことが明らかであるだけでなく、第一において述べた如く、結果において憲法第二九条に違背することになるから原判決は破棄されるべきである。
以上