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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(あ)690号 決定 1982年9月21日

本籍

神戸市東灘区御影本町六丁目五七四番地

住居

兵庫県西宮市田代町一四番三号

会社役員

増谷晧

昭和四年九月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五七年四月一三日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人北元正勝の上告趣意第一は、判例違反をいうが、判例の具体的摘示を欠き(言渡裁判所及び言渡日のみを指摘するにとどまる判例違反の主張は、判例の具体的な摘示があるとはいえない。)、同第二は、憲法三七条一項違反をいうが、実質は、事実誤認ないし単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝)

○ 昭和五七年(あ)第六九〇号

上告趣意書

所得税法違反 増谷晧

右の者に対する頭書被告事件について、上告趣意を次のとおり述べる。

第一 原判決は判例違背がある。

最高裁判所昭和三二年一〇月二二日第三小法廷判決は、

所得税法に所謂事業とは、一般社会通念上事業と認められるもの一切を総称している。………事業とは利益を得るためにする組織的な所為の総合である。

としている。

原判決は被告人に宅地造成売却の目的はなく、宅地建物取引業法上の資格を持たず、他にも自己名義の土地を所有するが、宅地造成のため奔走していない等の諸点を挙げて、被告人の行為は所得税法上の事業に該当しないと判示しているのである。

しかしながら、被告人は事業として自己所有の神戸市兵庫区鳥原町所在の山林約六、五三一坪の宅地造成とこれの売却によって利益を挙げようと目論み、昭和三八年八月頃より共同事業者と共に保安林解除申請をなす等着々事業を推進したのであるが、協力者の背反などがあって思うように運ばなかったのである。この事業がうまく行けば被告人がその宅地造成のため取得した宝塚市小林字西山の山林、香川県小豆郡内海町坂手在の山林合計約一二町歩、兵庫県印南郡志方町在の約二九町歩の山林を次々造成する準備を進めていたのである。

被告人としては宅地建物取引業の資格を取る積りであったが、資金の調達に追われていて間に合わずに終ったのであるが、全体から総合的にみれば、営利の目的をもって事業を営んでいたものと謂うべきであり、これを容認しなかった原判決は前記判例に違背したものであり、破棄を免れないものと思料する。

果して然らば、被告人が昭和四四年中に支出した保安林解除申請費及び土地管理費二四〇万円、共同出資者に対する民事訴訟のための弁護士着手金九〇万円、昭和四五年中に支出した土地の境界明示費及び管理費一四六万円はそれぞれの年度の事業所得に対する必要経費として控除さるべきである。

第二 原判決は採証の法則を誤って証拠の証明力を判断し、延いては憲法第三七条第一項に違反している。

被告人は最終陳述書で述べているように、差押を免れた約束手形領収証によって菊屋興産株式会社に対する、

貸付元本 金六二八三万〇〇〇〇円

出資区分

義雄分 金四六三〇万〇〇〇〇円

晧分 金一六五三万〇〇〇〇円

回収元本 金一七〇〇万〇〇〇〇円

(義雄に帰属)

貸倒損金 金四五八三万〇〇〇〇円

義雄分 金二九三〇万〇〇〇〇円

晧分 金一六五三万〇〇〇〇円

受取利息 金 五二九万〇〇〇〇円

となるのである。

被告人は右受取利息は一銭も受取っていないと主張しているのであるが、仮に原審認定どおり、被告人が金三八五万円取得していたとしても、昭和五五年末に右会社は倒産し、合計金四五八三万円の貸倒れ金ができたので、被告人の貸倒金一六五三万円は損金として税法上処理せらるべきで、義雄から右会社に対する債権の贈与を受けたかどうかを問題にすることなくしても、右会社より昭和五六年度中に帰属した受取利息は課税所得より控除さるべきである。国税局の更正決定の貸付元金、出資区分、貸倒損金等の明細は、これと異り、被告人にとっては利益ではあるが、これと検察官の認定とも異なっているのである。

本件捜査当時右会社には正確な帳簿記載もなく、右会社代表者土田健三郎の曖昧な供述と被告人の定かでない記憶に基づく供述によって起訴事実が組立てられたものである。

被告人の最終陳述書記載のとおりの陳述は第一審公判中、捜査当時押収を免れた証拠を基礎にしているものであって、その正確度において優れているものと謂うべきである。

証拠の価値判断は、裁判官の自由心証に委ねられていることではあるが、書証等信用さるべき証拠に基かず、不正確な供述にのみ依存して事実の判断をすることは、経理上採証の法則に背き、ひいては憲法の要請する公正な裁判を受ける国民の権利を侵犯したもので到底破棄を免れないものと思料する次第である。

昭和五七年六月二一日

右弁護人弁護士 北元正勝

最高裁判所第一小法廷 御中

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