最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)296号 判決 1982年9月30日
上告人
萩倉智
右訴訟代理人
平野智嘉義
横山由紘
同訴訟復代理人
大森八十香
被上告人
飛州林業株式会社
右代表者
中村弘
被上告人
中村弘
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人平野智嘉義、同横山由紘の上告理由について
原審は、(1) 被上告会社及び被上告人中村弘は、訴外太陽木函株式会社(以下「太陽木函」という。)に対し共同して第一審判決添付約束手形目録(一)、(二)の約束手形(以下「本件(一)、(二)の各手形」という。)を振り出し、被上告会社は、太陽木函に対し第一審判決添付約束手形目録(三)の約束手形(以下「本件(三)の手形」という。)を振り出したこと、(2) その後、本件(一)、(二)、(三)の各手形は太陽木函から株式会社三井銀行に裏書譲渡され、さらに期限後同銀行から上告人に裏書譲渡されて上告人がこれを所持するに至つたこと、(3) ところが、昭和四九年九月被上告会社と太陽木函との間において、本件(一)、(二)、(三)の各手形振出の原因関係である太陽木函の被上告会社に対する売掛代金債権について代物弁済が成立し、被上告会社の太陽木函に対する右債務が消滅したこと、を認定したうえ、三井銀行から上告人に対する裏書は、期限後裏書であつて指名債権の譲渡の効力を有するにすぎないものであるから、被上告人らは、本件(一)、(二)、(三)の各手形の原因関係である太陽木函の被上告会社に対する売掛代金債権が全部代物弁済によつて消滅したことをもつて上告人に対抗することができると判断し、上告人の本訴請求を棄却した。
ところで、拒絶証書作成期間経過後の裏書(期限後裏書)は、指名債権の譲渡の効力のみを有することは手形法二〇条一項但書の規定するところであるが、その趣旨は、期限後裏書は裏書人の有する手形上の権利を被裏書人に移転して裏書人の地位を承継せしめる効力のみを生ずることを意味するものであるから、手形債務者は、期限後裏書の被裏書人に対しては、その裏書の裏書人に対する人的抗弁をもつて対抗することができるが、右期限後裏書が戻裏書と同一に評価しうるような特段の事情がない限り、右裏書人の前者に対する抗弁をもつて対抗することができないものと解するのが相当である。そうすると、これと異なる前記のような見解に立ち、前記の特段の事情についてなんら認定することなく(本件記録にあらわれた弁論の経過に徴すると、被上告人らは第一審でしていたこのような特段の事情の存在の主張を特に原審において撤回したものとは認められない。)、被上告人らは、被上告会社と太陽木函との間の代物弁済による原因関係の消滅をもつて上告人に対抗することができるとした原判決には、期限後裏書に関する法令の解釈適用を誤り、審理不尽の違法があるといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、叙上の点についてさらに審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(藤﨑萬里 団藤重光 中村治朗 谷口正孝)
上告代理人平野智嘉義、同横山由紘の上告理由
一、原判決は控訴人が本件各手形をいずれも株式会社三井銀行から期限後裏書によつて取得したものであると正当に認定しながら右期限後裏書であるから、被控訴人両名は本件各手形の原因関係である訴外太陽の被控訴人会社に対する売掛代金債権が全部本件代物弁済によつて消滅したことを控訴人に対抗しうると判旨する。
然しながら、右原判決は約束手形の期限後裏書に関する手形法第七〇条一項一号、二〇条一項の解釈につき、重大な誤りを犯しているばかりでなく、判例の主流にも反すると言わざるを得ない。
上告人は本件約束手形を株式会社三井銀行に対し、保証債務を負担していたため、その履行として本件約束手形を買戻さざるを得なかつた。
上告人が右三井銀行から本件約束手形を取得したのは、期限後裏書の方法によるものである。手形法第二〇条第一項によれば、期限後裏書には指名債権譲渡の効力しか認められないとされているので、被上告人らが右三井銀行に対し何らかの抗弁を有していれば、右抗弁を以て上告人も対抗を受けることとなるが(手形法第一七条参照)被上告人らには三井銀行に対抗しうる抗弁は何ら有していない。
上告人は期限後裏書により、三井銀行の被上告人に対する地位を取得したのであるから、右三井銀行が被上告人らに対し本件約束手形金の請求をした場合と同様、上告人の請求も当然認容されなければならない。
以上が手形法第二〇条第一項の解釈であり、最判昭和二九年三月一一日第一小法廷判決(民集第八巻第三号六八八頁)も、「……期限後裏書の被裏書人に対しては、その裏書の裏書人に対する人的抗弁を以て対抗することができるが、右裏書人の前者に対する人的抗弁を以て対抗することができない」と判旨し、正当に手形法第二〇条第一項を解釈している。
ところが原判決は冒頭摘示のとおり、手形法の解釈を誤つており、到底その破棄を免れない。