最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)90号 判決 1988年1月21日
上告人
加藤千代子
上告人
加藤次郎
上告人
加藤隆一
右三名訴訟代理人弁護士
天野雅光
被上告人
国
右代表者法務大臣
林田悠紀夫
右指定代理人
菊池信男
横山匡輝
島田清次郎
馬場宣昭
宮﨑芳久
玉田勝也
小島浩
伏屋芳昌
角地徳久
黒田晃敏
木下洋司
大畑晋
福井秀夫
平岡眞
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
一上告代理人天野雅光の上告理由第一点について
1 原審の認定によると、本件堤防は盛土をし土砂を堆積させたうえ一部を玉石等で根固め(護岸)して築かれた土堤であつて、その構造、形態等からすれば、堤体は敷地の一部を構成するもので社会通念上別個独立に取引の客体となるものではないというべきであるから、本件堤防については、現状のまま堤体と敷地とを一体のものとしてその所有権相当額を評価、補償すべきであつて、これを二つに分離し堤体部分の工作物価値を云々することは相当ではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。
2 そして、原審の確定した事実に照らせば、本件堤防の所有権相当額を算定するに当たつては、輪中堤内西端部の用排水施設敷地(以下「基準地」という。)の取引価格を基準とするのが相当であるところ、本件堤防の場合は、治水施設としての機能ないし有用性という点で右基準地とは別な価値を有しているといえるが、その価値がどの程度本件堤防の客観的交換価値に反映されているかを的確に評価算定し得る資料はないし、一方、土地の利用という点では本件堤防は右基準地よりその形態等において劣ることなどの点を考えると、結局、右基準地の取引価格について増額修正をすることなく、右価格をもつて本件堤防の所有権相当額(時点修正前)とした原審の認定判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例の趣旨に抵触するところもない(なお、所論引用の最高裁昭和五三年三月三〇日判決は、事案を異にし、本件に適切でない。)。原審の右認定判断の違法を前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
二同第二点について
1 原判決は、経済的価値でない特殊な価値であつても広く客観性を有するものは、土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。)八八条(占用権を収用する場合は、同法五条三項、一三八条一項によつて準用される。)にいう「通常受ける損失」として、補償の対象となるとの見地に立つて、本件堤防の文化財的価値につき四八万円の補償を認めた。論旨は、要するに、原判決は本件堤防の文化財的価値の補償額を不当に低く算定したもので、採証法則違背、右土地収用法八八条の解釈の誤りなどの違法があり、憲法二九条に違背する、というのである。
2 しかし、右土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、客観的社会的にみて収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失をいうと解するのが相当であつて、経済的価値でない特殊な価値についてまで補償の対象とする趣旨ではないというべきである。もとより、由緒ある書画、刀剣、工芸品等のように、その美術性・歴史性などのいわゆる文化財的価値なるものが、当該物件の取引価格に反映し、その市場価格を形成する一要素となる場合があることは否定できず、この場合には、かかる文化財的価値を反映した市場価格がその物件の補償されるべき相当な価格となることはいうまでもないが、これに対し、例えば、貝塚、古戦場、関跡などにみられるような、主としてそれによつて国の歴史を理解し往時の生活・文化等を知り得るという意味での歴史的・学術的な価値は、特段の事情のない限り、当該土地の不動産としての経済的・財産的価値を何ら高めるものではなく、その市場価格の形成に影響を与えることはないというべきであつて、このような意味での文化財的価値なるものは、それ自体経済的評価になじまないものとして、右土地収用法上損失補償の対象とはなり得ないと解するのが相当である。
3 原審の認定によれば、本件輪中堤は江戸時代初期から水害より村落共同体を守つてきた輪中堤の典型の一つとして歴史的、社会的、学術的価値を内包しているが、それ以上に本件堤防の不動産として市場価格を形成する要素となり得るような価値を有するというわけでないことは明らかであるから、前示のとおり、かかる価値は本件補償の対象となり得ないというべきである。
4 そうすると、上告人らはもともと本件堤防の文化財的価値の補償を求めることはできないのであるから、原審が、本件堤防の文化財的価値について所論主張のようにその認容部分を超える補償を認めなかつたことは、結局において正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、本件堤防の文化財的価値が本件補償の対象となることを前提とする点において既に失当であり、採用することができない。
三同第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ(なお、本件輪中堤の文化財的価値なるものが損失補償の対象となり得ないことは、前示のとおりである。)、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
四同第四点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ(なお、本件輪中堤の文化財的価値なるものが損失補償の対象となり得ないことは、前示のとおりである。)、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触するところもない。右違法であることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官髙島益郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)
上告代理人天野雅光の上告理由<省略>