最高裁判所第一小法廷 昭和59年(あ)1399号 決定 1985年11月20日
本籍
大阪府守口市豊秀町一丁目三八番地
住居
同 八雲東町二丁目一五四番地の三
守口ビユーハイツ一一一〇番
飲食店営業及び娯楽機械製造販売業
城畑元信
昭和九年二月三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年九月二八日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人梅垣栄蔵、同梶谷哲夫の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎)
○ 上告趣意書
被告人 城畑元信
右の者に対する所得税法違反被告事件についての上告の趣意は左のとおりである。
昭和五九年一二月七日
右弁護人 梅垣栄蔵
同 梶谷哲夫
最高裁判所 第一小法廷 御中
記
第一 原判決には、判決に影響を及ぼす重大な事実誤認が存するので、刑訴法第四一一条第三号によりその破棄を求める。
一 現金保有高について
1 原判決は、弁護人の主張を排斥する理由について、まず城畑こず江(以下「城畑」という)の第一審における法廷供述を検討し、<1>城畑が、昭和五二年末当時手許に保管していたという一五〇〇万円の出所について右法廷供述は二転三転していること、<2>売上金、自己蓄積分の各五〇〇万円を手許に保有していた理由についても納得し難いこと、<3>インベーダーゲーム機購入予定についても弁護人の誘導尋問により初めて具体化していること、<4>インベーダーブームは昭和五四年春から生じているから昭和五二年末に城畑の供述する多額の金員を準備する必要があったとは考えられないこと、<5>昭和五三年末の現金保有高に比し、同五二年末の現金保有高が多すぎることについて合理的説明がなされていないこと等を挙げ、城畑の証言は全般的に不自然で、到底信用できないと結論している。
2 以上の点については、昭和五八年一月二四日付弁論要旨、昭和五八年七月一八日付控訴趣意書に述べたところであるが、以下、検討する。
まず<1>については、城畑のこの点についての供述には全く変遷が見られない。原判決が何をもって「二転三転」と評されるのか理解に苦しむ。
城畑は、一、五〇〇万円の保有現金について、これを当時の自宅金庫に保管していた一、〇〇〇万円と、子供のおもちゃ箱等に入れていた五〇〇万円に分け、右一、〇〇〇万円のうち五〇〇万円は城畑が被告人と結婚する前「新地」で働いていたときから持っていたお金で、残りの五〇〇万円に、「三九とか、うどんとか、リースのお金とかも含めて貯めて・・・・」いた分であり、前記おもちゃ箱に入れていたお金は、子供ゲーム機のリース料であるとはっきり供述している。城畑の第一審法廷供述に全く変遷がないと云わざるを得ない。
原審認定は、昭和五九年七月六日付検察官答弁書記載第一、一、1(一)の供述を何ら証拠関係を検討することなく鵜呑みにしたもので到底容認できるものではない。
右答弁書は、以下の様に述べている。つまり、「同証人の供述する一、五〇〇万円の出所が曖昧である。同人は、約一、五〇〇万円のうち五〇〇万円については、当初子供ゲーム機など娯楽機のリース代の集金分を貯めてきた金であると供述していた(一四六丁の三三裏、三四表)のに、途中からお好焼店「三九」の売上金などにかわっており(同丁の四九裏)、又、一、〇〇〇万円についても、同様当初は、店をはじめた当時から貯めてきたものであると供述していた(同丁の四〇)のに、途中からうち約五〇〇万円は結婚前の昭和四一年ころから個人で蓄積してきたものと供述を変更している(同丁の四一裏、四七)など二転三転している。真実同証人が一、五〇〇万円もの現金を保管していたのであれば、その出所を記憶しているのが当然であると考えられるのに、これが極めて曖昧である。」右検察官の主張は、前述した金庫の内に保管していた内「三九とか、うどんとか、リースの金とかも含めて貯め・・・・」た五〇〇万円のお金と、おもちゃ箱の中に含めていた五〇〇万円のお金を明確に区別することなく、「一、五〇〇万円のうち五〇〇万円については」と議論を始めたために、金庫内に保管されていた五〇〇万円と、おもちゃ箱に保管されていた五〇〇万円の各出所が異なっていることが、「一、五〇〇万円のうち五〇〇万円について・・・・」の出所の変遷と写ったものと云わざるを得ない。
また、右後段についても、金庫内の一、〇〇〇万円を城畑が当初から五〇〇万円ずつに明確に分けてその出所を供述していることをことさら無視し、尋問の前後の脈絡を一切捨象せんとするもので、弁護人の主張を排斥するため、ことさらあげ足を把らんとするものと評せざるを得ないものである。
<2>について、城畑は、「・・・・大概店の売上げとか、私の所有しておりましたお金に関しましては、銀行が遠いのもありましたし、子供が小さかったものですから、夜中まで仕事をしてまして、朝起きて仕入れに行きまして、あと子供と遊んでやったりする時間の方が多かったもんですから、銀行に行く時間がなかったといいますか、自分で所有しておりました」(一審、第五回公判二丁表)、あるいは、その使用目的にいて「・・・・絶えず、すぐお金を出せというのが主人のくせなんです。あわてて出すのがいやだし、機械の購入という、新しい機械が出ましたんで、それをどうしても欲しいと、ほんとうならば銀行に入れておくのがあたりまえですが、いつ何時というのがありましたので、絶えず持っておりました」と供述している。原審が何をもって納得し難いといっているのか、まさに納得し難いところである。
<3>については、城畑のゲーム機リース、購入への関与の程度、法廷での証言が初めての経験であることから、弁護人のヒントにより、事実を思い出して供述に至ったということも十分理解できるところであり、この点をもって城畑の法廷供述の信用性を云々することは誤りである。
<4>については、原審の全くの誤解、完全なる事実誤認である。まさに超ブームといえるインベーダーブームが荒れ狂ったのは、昭和五三年であり、昭和五四年には既に下火になっていたのである。これは、公知の事実とも云えるものである。原審は如何なる証拠をもって昭和五四年春からインベーダーブームが始まったと認定しているのか理解に苦しむ。
更に、生産市場における需要過多、品不足の状態は、消費市場における超ブームの前兆を先き取りし、昭和五二年末ころには、頂点にあったのである。まさに、機械があると、現金を掴んで飛び出さなければ購入し得ない状態にあったのである。<4>が理由にならないこと、従って<5>についても城畑の法廷供述の信用性を否定する根拠にならないことは明らかである。蓋し、前述の如く、昭和五三年末ころには、インベーダーブームは既に下火になっていたからである。
以上、原審の城畑の法廷供述の信用性判断の理由に、いずれも合理性のないことが、明らかとなった。その法廷供述こそ真実を語るものであることは弁論要旨等に既に述べたとおりである。
3 次に、原審は、被告人が昭和五二年末当時現金七五〇万円を手許に保管していたとの主張を被告人の法廷供述を検討することにより、排斥している。その理由について、原審は、<1>被告人が右七五〇万円を現金で所持していたとの供述は、一審被告人質問の段階で初めて供述されたものであること。<2>昭和五二年当時は未だインベーダーブームは到来しておらず、四、五〇〇万円の現金を手許に置く必要が考えられないこと<3>うどん店「三九」の売上金二五〇万円については、弁護人の再三にわたる誘導の結果特定されたもので極めて曖昧なものであること<4>被告人は、取調べ段階において現金保有高について取調べを受けていること、あるいはその前歴に徴し、昭和五二年末当時、真実現金を保有していたのであれば、これを供述している筈であり、税法、刑訴法についての無知は取調段階において、被告人が右七五〇万円について供述しなかった理由にならない等を挙げている。
しかし、<1><4>については、被告人の収税官吏に対する供述調書のいずれをとってみても、釣銭等右供述調書に記載されている費目に限定した取調べの行なわれたことが明らかである。また、被告人が税法についての無知の故に、現金保有高についても出来るだけ少ない方が脱税額の点で有利であると考えたことも、社会一般の税法知識のレベルから見て、肯認し得るところである。税法上の「財産法」「損益法」等についての正確な知識がなければ、初年度の財産額が多い方が自己に脱税額の点で有利なのかどうか、あるいは少ない方が有利なのかどうか、正当な判断をなし得ないと云わざるを得ない。
次に<2>については、既に述べたところであり、<3>については、尋問調書より明らかなとおり、弁護人は一切誘導尋問を行っていない。弁護人は、被告人の供述内容をもとに金額の特定を求めただけである。確かに原審の指摘する様に被告人が特定したうどん店「三九」の売上保管金二五〇万円は、額的には曖昧なものであることは認めざるを得ない。しかし、弁護人は、この曖昧性こそ、被告人の供述の信用性を如実に物語るものと考える。蓋し、被告人の右二五〇万円の保管態様から考え、明確な金額が直ちに割り出せるものではないと云わざるを得ないからである。被告人は、供述した当時の状況をもとに考え得る最低限度のものとして出した保管現金額がこの二五〇万円なのである。この<4>も被告人の法廷供述を否定する理由となり得ないことは明らかである。
4 以上述べた如く、原審の理由として挙げるところは、いずれも、合理的なものとは到底いえず、逆に弁護人がこれまで主張してきたところこそ真実であると云わざるを得ない。
二 貸付金について
1 原審は、<1>「原審証人牧野征彦は、従前の貸借と異なり、昭和五三年一一月九日の一〇〇万円を初めとする本件各貸付金について借用証を作成したのは、その頃から自社の資金需要が増大して借受金が高額化するとともに、旧債を返済する前に追加貸付を受けるようになったため、被告人の要求によって作成したからであると具体的に説明」していること、<2>「その返済状況についても記憶している限りは答え、他の明細については会社の帳簿を見れば明らかにできる旨を証明している」こと<3>「同人の原審証言は関係証拠とも合致し」ていること等を理由に右牧野の証言を十分信用できると判断している。
2 しかし、<1>については、牧野は、被告人に要求されるまま借用書を交付しておきながら、以降の右返済にあたりこの借用書の返還を受けることなく、また領収書の交付も受けていない。真実借り入れた金員であるのであれば、当然借用書の返還、あるいは領収書の交付を受けて然るべきものである。更に、原審証言時点において、領収書の有無を鋭く追及されたにも拘わらず、牧野は、右証言以降も返済をしていると証明しておりながら、右返済にあたっても借用書の返還、領収書の交付を受けていないのである。この<1>が、ためにする理由づけであることは明らかである。この一点を把えても本件三、〇〇〇万円の貸借が、牧野の税務対策上、架空された虚偽のものであることは説明を要しないところである。
次に<2>についてであるが、前段の「・・・その返済状況についても記憶している限りは答え」との部分は、正に原審の判断を結論として、述べているに過ぎない。我々が求めているのは、まさに、牧野の右に関する証言が「記憶」に基づくものであるのかどうか、記憶に基づくと判断する理由はどこにあるかである。以上、この部分が判断の理由としては機能し得ないことは明らかである。次に後段についても同様である。帳簿を見れば分かるのかどうか、帳簿に真実が記載されているのかどうかが確定されなければ、単に結論や、理由を述べるかの如く装い述べているに過ぎないからである。
<3>については、関係証拠に合致するよう作成されたものである以上、当然のことを述べているに過ぎず無意味である。
以上のとおり、原審の理由が理由としての意味を持ち得ない明らかと言わざるを得ない。
3 更に、原審は被告人の一審及び原審における供述について「・・本件各貸付金に関する借用書、帳簿等の記載が、虚偽架空のものであるならば、牧野の会社に対する税務調査が終了した後にそれらを返還または廃棄して然るべきであるのに、その後に本件各貸付が記載されている昭和五四年用の手帳を尾崎商店に対する貸付関係書類などとともに義弟藤澤榮治郎宅に預けたり、右税務調査から少なくとも五年経過した現在において、借用書原本を所持しているのは、牧野が原審及び当審で証言するように、真実本件各貸付金が存在していたためであると認められ、所論のようにそれが虚偽、架空のものとは認められない。」と論じている。
しかし、右原審の理由は、本件借用書原本を被告人が所持していたことを当然の前提としており、誤った前提に基づく誤った結論と言わざるを得ない。
被告人に対する国税の査察の段階で押収された借用書は、原本ではなく「写し」すなわちコピーでしかなかったのである。
被告人が、真実牧野に対し、三、〇〇〇万円を貸付けていたのであれば、何故被告人のところから借用書原本が押収されなかったのか。そもそも借用書原本を被告人が所持していたのであれば、被告人がわざわざコピーを取り、それを手昨に置いていたということ自身不可解と言わざるを得ない。
被告人は、この点の事情について、牧野から税務対策として三、〇〇〇万円の貸付け虚構を依頼され、自らの預金の流れに合わせ、被告人が牧野に対し、三、〇〇〇万円を貸付けたことにすることを同意したのであるが、被告人は、借用書それ自体の作成には全く関与しておらず、借用書の存在は、牧野からコピーを送られることにより初めて知った旨を、そして、被告人は、本件査察の段階においても本借用書のコピーしか所持しておらず、借用書原本は、右査察後、牧野から被告人のところに届けられたものであり、従って、本件査察時に押収されたのはコピーであり、借用書原本は、未だ被告人の手許に存在している旨一審及び原審において供述している。この供述の信用性は、現に押収された借用書がコピーであった事実により裏付けられ、揺るぎないものとなっている。
4 以上、述べたとおり、被告人の牧野に対する三、〇〇〇万円の貸付けに、牧野の税務対策として虚構されたものであり、原審の認定は誤っていると言わざるを得ない。
三 喫茶「コスモ」守口店の所得の帰属について
1 喫茶「コスモ」守口店は、藤澤ハナヨの所有にかかるもので、被告人と同店の経営者と認定した原判決には事実誤認が存する。
2 この点について原判決は「しかしながら、被告人は昭和五六年九月二九日付質問てん末書で所論にそう供述をしているけれども、藤澤榮治郎の質問てん末書及び検察官調書、城畑こず江、明圓和良の各質問てん末書大蔵事務官作成の昭和五七年一月一六日付、同年二月一日付各査察官調査書等関係証拠によれば、調査の進展につれ、本件喫茶店の実質的な賃借人、営業設備の譲受人、造作費の負担者、従業員の雇主、売上金の取得者等が被告人であることが明らかになってきたため、昭和五六年一二月一七日付質問てん末書及び検察官調書等において、自らが同店の経営者であると供述するに至ったものと認められ、その供述は十分信用できるから、被告人を同店の所得の帰属主体と認定した原判決に誤りはない。」と論じている。
3 しかし、原判決の論理は、被告人こそが同店の経営者であることを当然の結論として前提しているから初めて成り立ち得ぬもので、逆に同店の経営者が被告人ではないとの前提に立つとき、原判決の論理は、被告人が取調官の誘導により関係者の供述に迎合した結果であるとの結論を導くもので、いずれにしても被告人が同店の経営者であるとの理由付けとしては根拠薄弱である。
弁護人が従前から主張してきたとおり、喫茶「コスモ」守口店は、藤澤ハナヨの所有にかかるもので、被告人の経営にかかるものではない。
第二 被告人に対する量刑は甚だしく不当であるから、刑訴法第四一一条二号により原判決の破棄を求める。
一 被告人は、本件を深く反省し、国民の納税義務に対する自覚から大同信用組合守口支店からの借り入れにより更正決定による三年度の本税、付帯税、加算税の総額一億七、五四五万九、四七三円を既に納付しており、右借り入れの返済として月々約三〇〇万円を同信組に支払っている。このため、被告人は妻とともに寝食を忘れ事業に専念している。
二 また、本件は、決して計画的なものではなく、手段も稚拙なもので、むしろ被告人の税法上の知識の欠如に原因を見出だせる一明もあり、被告人は、この点の反省も含めて、ガラス張り会計を目指し、税理士も導入し、努力している。
三 以上諸点を考慮するとき、原判決の量刑は不当であると判断せざるを得ない。この点からも原判決の破棄を求めるものである。