最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)243号 判決 1986年7月10日
大阪府枚方市長尾家具町一―一
上告人
奥田泰郎
同
大字藤阪二五三六番地六
上告人
奥田純子
同
和泉市鶴山台二丁目一番地 二号棟九〇六号室
上告人
管江浩子
同
豊中市岡町北一丁目五番六号
上告人
小山悦子
山口県下関市長府町中土居一五一二番地六
上告人
三宅妙子
右五名訴訟代理人弁護士
仲田晋
鈴木堯博
大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号
被上告人
枚方税務署長
浅井正二
同
池田市城南二丁目一番八号
被上告人
豊能税務署長
佐藤輝雄
山口県下関市山の口町一―一八
被上告人
下関税務署長
吉賀正
右三名指定代理人
菅谷久男
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(行コ)第二五号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年三月三〇日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告を申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人仲田晋、同鈴木堯博の上告理由について
上告人らに対する本件各課税処分を適法とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論の国有農地等の売払いに関する特別措置法五条一項の規定が憲法一四条及び二九条の規定に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日判決・民集九巻三号三三六頁、昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日判決・民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に微して明らかであり、その余の所論違憲の主張はその実質において法令違反の主張にすぎないところ、原判決に法令違反がないことは、右に述べたとおりである。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。
よつて行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、注文のおとり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)
(昭和五九年(行ウ)第二四三号 上告人 奥田泰郎 外四名)
上告代理人仲田晋、同鈴木堯博の上告理由
第一、買収令書受領拒否に関する法令の違法
一、原判決は、この点についても、一審判決の理由のとおりであるとして、「奥田春男は、買収令書の受領を拒んだ」とする一審判決の事実認定(同判決二四枚目裏一一・一二行目)を引用する。
そして、右事実認定の証拠は、一審判決と同様、甲第二五号証、成立に争いがない同第二三・二四号証、同第三一号証の一ないし五、(一審)証人斎木暉亮の証言であるとし、(一審)証人福場佼、(二審)証人奥田昇、次の各証言、一審における上告人奥田泰郎、同奥田純子の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は右各証拠に照らして採用し難く、ほかに右認定の妨げとなる証拠はないという。
二、ところで原判決は「右各証拠に照らし」というが、甲第二五号証は別件(東京地方裁判所昭和五三年(ワ)第二二七〇号不当利得返還請求事件)における斎木暉亮の証人証書、同第二三号証は買収令書の写(但し、後述のとおり、本件買収令書そのものの写しではない)、同第二四号証は大阪府公報、同第三一号証の一ないし三は買収令書の作成交付に関する伺書、同第三一号証の四・五は右甲第二三号証同様のものとその添付であつてみれば、買収令書の受領拒否という事実に関する「右各証拠」というのは、結局は、(一審)証人斎木暉亮の証言と別件(前同)における斎木暉亮の証人調書にほかならない。
しかも、重視されなければならないことは右斎木証言は、いずれも全くの伝聞証言ないしは推測に及ぶ証言にすぎないということである。具体的に指摘しよう。
(一) 同証人は、昭和五五年七月一七日、前記別件の証人尋問において、
(右事件被告代理人福島の主尋問に対して)
(問)買収令書の交付と買収対価の供託について伺いますが当時未墾地の買収令書の交付は、どういうふうにしていたか一般的な手続はおぼえていらつしやいますか。証人は直接は関与されなかつたようですね。
(答)私は直接は関接は関係しませんでしたが、在村地主については農地委員会の職員に交付方をお願いしたように思います。不在村地主については郵送しておつたと思います。
(問)奥田春男さんは買収令書を受領しましたか。
(答)受領されなかつたように聞いております。
(以上、甲第二五号証二六枚目表八行目から裏九行目まで)
(右事件原告代理人仲田の反対訊問に対し)
(問)奥田春男さんが受領拒絶したということは誰から聞いたのですか。
(答)当時、津田町の農地委員会の書記長をしていた生島さんという人より聞きました。
(問)津田第一地区の買収は、奥田さん以外の人もいるわけですが、買収令書を拒否したのは奥田さんのほかにいたのですか。
(答)はつきりしたことはわかりませんが訴訟をやつた人全部拒否したと思います。
(中略)
(問)このことは手続上重要なことですが聞いた程度なのですか。
(答)はいそうです。
(以上、甲第二五号証八三枚目表一〇行目から裏一三行目まで)
(二) さらに、同証証人は、昭和五六年一二月三日、一審の証人尋問において、原告代理人仲田の主尋問に対し
(問)次に買収令書の交付についてお尋ねしたすが、交付の事務を所轄するのは証人が所属していたところだと、こう言いたしたね。
(答)はい。
(問)しかし、現実の交付の事務というこは枚方の農地委員会のほうへお願いしたというんでしたかね。
(答)はい。
(問)それで交付を試みたけれど、奥田さんのほうで受領を拒んだと聞いているということでしたね。
(答)はい。
(以上、同証人尋問調書一九枚目一〇裏行目から二〇枚目九行目まで)
三、これに対し、原判決が、「右各証拠に照らして採用し難く」とはねのけた証拠は、いずれもきわめて確信に充ちた証言・供述であることを注目しなければならない。具体的に見よう。
(一) まづ一審証人福場佼(同人は奥田春男と同様、被買収者である)は、昭和五五年一月二五日、一審の証人尋問において、原告代理人仲田の尋問に対し
(問)その後、あるいはその頃買収令書というものが送られていたという事実はございませんか。
(答)ございません。
(問)全くありませんか。
(答)はい。
(問)送られてきたんではなしに、誰かが届けに持つてたということもございませんでしたか。
(答)私自身も受け取つておりませんし、母親も女房も受け取つておりません。
(問)持つてきたけれども、あるいは郵送されてきたけど、受領を断つと、拒絶した、その結果受け取つていないというようなことはありませんでしたか。
(答)そういう記憶はありません。
(以上、同証人尋問調書問答四〇ないし四三)
右福場証言は、奥田春男の買収令書受領拒否そのものに関するものではないが、同証人は奥田春男同様に、津田第一地区の未墾地買収と当事者であるだけでなく、甲第三五号証の四に明らかのごとく納税者同様に買収令書の交付対象者とされていたものであり、かつ奥田春男同様、買収令書を交付することができないとして甲第二四号証をもつて大阪府公報に公示された者であつてみれば、奥田春男に準ずる者として、同証人の石証言は、奥田春男の買収令書受領拒否なる事実の有無を認定するうえで、直接証拠に準ずると評してよいほどに重要な間接証拠といわなければならない。
(二) また、二審証人奥田昇次は、昭和五八年一〇月二五日の二審における証人尋問において、控訴人代理人仲田の尋問に対し、
(問)国の方では、昭和二三年七月二日に買収をしたんだけど、それについて春男さんに渡そうとしたけれど春男さんのほうで受け取りを拒否したんだと言つているのですが、そのような事実はありましたか。
(答)ありません。
当事、買収令書を受け取つてくれと言つて持つて来られたことはありません。
郵便か何かで送られて来たという話を聞いたこともありません。
ましてや、それが届けられて、兄が受領を拒んだという事実もありません。
(中略)
(証人に甲第三五号証の四を示した後)
(問)この七月三〇日以降に、春男さんのとこほなどに遅れてですが、買収令書が届けられたことはありませんでしたか。
(答)ありません。手元に入りませんでした。
(問)買収令書を農地委員会の方から取りに来いと言われたり、手渡されようとしたのを拒否したということはありませんでしたか。
(答)ありません。
(以上、同証人調書問答三六から四一まで)
右証人は、実兄奥田春男とともに父徳蔵の経営する塗料製造販売業に従事してきたが、第二次世界大戦が激化してきた昭和一八年、父母や兄春男の家族とともに西淀川から津田町の地に疎開し、この地において生活をしてきたものである。同人は当時すでに結婚していたが、父母および実兄春男の家族ともども合計一三名に及ぶ奥田一族の当地における新生活は苦しい共同生活を余儀なくされた(甲第一二号証参照)。裁判所に顕著なごとく、昭和二三年当時といえども日本国民の生活が敗戦により極度の困窮の状態にあり、したがつて当時における奥田一族の日常生活は、たとえ同一敷地内の別棟に居住していたとはいえ、相互に協力扶助の関係になり、とくに奥田一族のの生活の同通にして重要な基盤であつた本件土地が未墾地買収計画地に組み入れられ、まさに買収されんとしていることは、一人奥田春男だけでなく奥田一族全員、なかんづく農事を中心になつて担つてきた奥田昇次にとつて、最大の関心事であつたと考えられる。
してみれば、奥田昇次はまさに、本件墾地買収の当事者である奥田春男に準ずる者、いわば準当事者というべく、同証人の確信に満ちた右証言は重視されるべきである。
(三) さらに、上告人奥田純子は、昭和五五年九月一日、一審における本人尋問において、原告代理人仲田の尋問に対して
(問)その買収についてですね、買収令書が交付されたかどうか。あるいは買収の対価が交付されたかどうか。あるいはそれに先立つて測量がなされたかどうかということについて、あなたは群しくご存じでしようか。
(答)はい。群しくは、そのときはまだ中学二年でしたんで群しくはわかりませんけれども、父からは常に買収に先立つて測量もなされていなかつたし、もちろん対価の支払いもないし、買収の令書もこなかつたというふうに聞いております。
(問)そういうふうにあなたが聞いていたのは当時そのようなことが家族の中で話題になつていたんでしようか。
(答)そうです。
(以上、同本人証書一三枚目表一〇行目から裏一〇行目まで)
右上告人の供述は、奥田春男に対する買収令書不交付の事実に関しては、なるほど伝聞供述ではある。しかし、同供述の重要性は、少くとも、当時奥田一族の日常会話のなかで、父春男が買収令書を貰つていないことを話題にしていたことに関する重要な直接証拠であることであり、同時に、春男において買収令書の受領を拒否した事実がないことの重要なる間接証拠であるというところにある。
(四) また、上告人奥田泰郎は、昭和五五年五月九日、一審における本人尋問において、後に農政当局と本件土地の返還について折衝をした経過に関する供述のなかで、原告代理人仲田の尋問に対して
(問)そもそもお父さんが買収処分について不服だといつたそのことは買収の手続が例えば買収令書が送られてこない、買収の代金をもらつていない、知らないうちにこうなつたとかいつて、皆さんと一緒に訴訟をおこされたみたいですが、もちろんあなたも参加されて折衝の過程で、それらの手続のずさんさといいましようか、ミスといいましようか、これらについて、当局の方々はどのように説明されていたんでしようか。
(答)私共の認識としましては、要するに買収令書が交付されない。これは絶対的な要素で行政ミスといいますか私共はそれをタテにとつていつもいうわけですけれども、その問題で、順序といたしまして、枚方市の農地委員会に行きましても、さつぱり要領を得ませんし、農政局なんか行きますと、それは当然送つているはずやといいますし、府の方に行きましてもときには、送つたといわれますし、いや送つても受け取らないから送らなかつたとか、曖昧なことばかりでした。ですから、私共はいつもそれをタテにとつて……。
(答)送つても受け取らないとか。
(問)送つても受け取らないから送らないとか、一貫していなかつたということです。
(以上、同本人調書二四枚目表の行目から裏末行目まで)
右上告人の供述は、とくに、買収令書受領拒絶なる事実について、原判決が金料玉条とする前記斎木証人の各証言を評価するうえで、極めて重要な証拠である。
いずれにせよ、原判決は前記のとおり、斎木暉亮の別件証人調書(甲第二五号証)および一審証言の内容(それは前述のとおり全く伝聞証言および推測に及ぶ証言にほかならない)を真実なりとして採用し、逆に前示(一)ないし(四)の各証拠を信用できないとして採用しなかつたのである。
四、そればかりでなく、原判決は、「ほかに右認定の妨げとなる証拠にない」と断定する。
本当にそうであろうか。
(一) この点に関して、甲第三五号証の四は極めて重要な証拠であつて、上告人は、この証拠こそは原判決を根底から覆えすに足る決定的証拠であると確信するものである。
この証拠の評価を誤り、「ほかに右認定の妨げとなる証拠にない」とした原判決は、この点において決定的な誤りをおかしている。
まず、原判決は「控訴人らは、甲第三五号証の四……(中略)……を提出して、本件買収令書そのものが証拠として提出されないとともに、奥田春男が当時買収令書の受領を拒んだ事実の存在しないことの根拠とするのであるが」として甲第三五号証の四の立証趣旨をきめつけるのである。
しかし、原判決の同号証の立証趣旨について理解ないしは同号証の位置づけは誤つている。
上告人は、二審の終盤において、ようやく同号証を入手し(その入手経緯については二審における上告人奥田泰郎の本人尋問の結果のとおりである)、これを証拠として提出したのであるが、その立証趣旨は、
第一に、自創法三〇条による未墾地買収は、知事が当該未墾地の所有者に対し、買収令書を交付してなすべきものとされており、(自創法三四条で準用する同法九条一項本文)、かつ本件買収の時期は昭和二三年七月二日とされていること(甲第二二号証、同二三号証、同二四号証)から、本件買収令書は右七月二日までに交付がなされなければならないところ、同号証は奥田春男に対する買収令書の交付を、ようやく七月三〇日文書をもつて依頼したもので、買収令書については買収の日である七月二日までに買収令書の交付が試みられていないこと、
第二に、したがつて論理必然的に右同日までにおいて、奥田春男において買収令書の受領を拒否した事実のあり得ないこと
第三に、七月三〇日以降において、津田町農地委員会長が奥田春男に対し買収令書の交付を試み(かかる交付が適当ではないことは別論のとおりであるが、これが受領を拒絶されたとするならば、大阪府農地部長宛に確実な方法で買収令書が返送された筈であること
であつた。
原判決が同号証につき、立証趣旨を正しく把え、その内容を正しく理解し、経験方則にしたがつたならば、斎木証言のいうところの農地委員会への買収令書交付依頼が七月三〇日ころになされたことを認定するだけではなく、斎木証人がいうところの奥田春男において買収令書の受領を拒絶した旨聞いたとする伝聞供述部分の評価において、少くとも、受領拒絶された買収令書自体が証拠として提出されていないことに疑問を抱いた筈であり、「受領拒否された買収令書自体が証拠として提出されないことをもつて奥田春男が買収令書の受領を拒んだことが疑わしいものとすることもできない」などと独断的判断はなさなかつたであろう。
(二) 前記別件の一審(東京地方裁判所昭和五三年(ワ)第二二七〇号不当利得返還請求事件)において、同事件被告(国)は、同事件原告(本件上告人)の求めに応じて、本件にかかわる一連の資料の一部を呈示し、その一部資料を乙号証として提出したので、上告人は本訴訟一審において、これら乙号証を甲号証として提出した。すなわち甲二〇号証(乙一号)、同二一号証の一・二)、同二九号証(乙四号証)、同三〇号証(乙五号証、同二二号証(乙六号証)、同三一号証の一ないし五(乙七号証の一ないし五)、同二四号証(乙七号証の六・七)、同二七号証(乙二七号証)などがそれである。
また、右別件訴訟において乙号証として提出されなかつた右呈示資料については上告人は本訴訟一審において甲号証として提出した。甲九号証ないし一四号証がそれである。
しかして、上告人は一審において、所得者である大阪府農地部および大阪府農業委員会に対して、昭和五六年九月三〇日付で、奥田春男に対する買収令書の交付と、これが受領拒絶に関する関係文書の送付依頼をなした甲三五号証の四(その控)など一切の関連文章は存在しない旨回答した。
しかるに、その後上告人は前述のとおり、甲三五号証の四存在が明らかとなつた時点においては、従前所持者をしてこれを提出させるか、自ら提出しなかつた被上告人には、民事訴訟法三一六条の精神が類推適用されるべきものと主張するものであるが、かりにこれが認められないとしても、以上の経過に明らかなごとく、本件買収手続についての大部分の資料が証拠として顕出されながら、肝心な受領拒絶された結果大阪府農地部に返還された筈の買収令書そのものはもちろん、甲三五号証の四などその交付依頼関係資料が所持者から送付されない事態は、弁論の全趣旨として重々しき証拠とされなければならない。
(三) 甲第二四号証に明らかにごとく、多数の者につき公告がかされて、全く異常であること。
いずれにせよ、原判決はとおり、右(一)ないし(三)の各記述の証拠を無視して、「ほかに右認定の妨げとなる証拠はない」としたのである。
五、結局原判決は、前記三および四で論証した各証拠の評価を誤りあるいはこれを無視し、前記二で分析した斎木証言および同証人調書(甲二五号証)を採用したために、奥田春男の買収令書受領拒絶なる重大な事実誤認をなしたが、このことは、経験法則に違反するものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反といわなければならない。
第二、自創法九条一項についての解釈と適用の誤り
一、原判決、買収の時期を昭和二三年七月二日とする本件未墾地買収について、自創法三四条で準用する同法九条一項本文が「……買収……当該農地の所有者に対し買収令書を交付して、これをしなければならない」と規定しているにかかわらず、「……右事実関係の下で考えると、その過程において昭和二三年七月三〇日ころ奥田春男に対する買収令書交付依頼がなされたとしても何ら不合理な点を見出すことはできず」として、論理必然的に右七月三〇日以降になされる買収令書の交付も、同法条に違反しないとするようである。
(一) ただし、原判決は「右事実関係の下で考えると」とわざわざ断つているところからすると、木件のごとく被買収地の所有者が、買収計画の段階から買収計画取消訴訟を提起するなどして反対の意思を表明しているような特段の事情の場合に限定しているのか否かは必しも明確ではない。
(二) しかし、原判決がいう本件のごとく土地所有者の反対の意思が表明されている場合と否とにかかわらず、自創法九条一項本文にいうところの買収令書の交付は、買収令書に記載された買収の時期(本件においては昭和二三年七月二日)当日以前になさなければならない。
このことは、自創法一二条が買収令書に記載された買収の時期に該土地の所有権は政府がこれを取得し、該地に関する権利が消減すると規定していることからも、そして何よりも、日本国法の要請する法治主義の原理・適正手続の原則からも、また財産権不可侵の原則から当然自明のことである。
(三) しかるに、原判決が前述のごとく、たとえ特殊の事情のものという限定をなしにせよ、買収の時期より後の時点における買収令書の交付をもつて、適法たる交付であるとするのは、明らかに自創法九条一項本文の解釈適用を誤つたものである。
二、原判決は、「奥田春男は、買収令書を受領を拒んだため、大阪府公報(甲第二四号証)に公告しその対価を供託した」と認定する。
(一) もともと、買収令書の交付に代えて公告をすることができるのは、自創法九条一項但し書にいう「令書の交付をすることができないとき」に限られ、右但し書の要件に該当しない場合の公告が無効とされることは判例上確定している。被買収者の住所または居所が調査すれば容易に判明する場合はもより、被買収者が農地委員会に出頭のうえ買収令書を受領すべき旨の通知を受けながらこれに応じなかつたという場合も、右但し書の要件に該当せず、令書の交付に代えてなされた公告が無効とされている。
(二) しかるに、本件の場合は、奥田春男が買収令書の受領を拒んだという前提で令書の交付に代えて大阪府公報により公告がなされたものであるが、前述のとおり、奥田春男が買収令書の受領を拒ばんだという事実については何ら証拠もない。ただ公告がなされたという結果から令書の受領拒絶を推定しているにすぎない。
(三) ところで、自創法九条一項担書は、特段の事由によつて買収令書を交付することができない場合に、買収令書の交付を義務を義務づけられている知事らに、その交付義務を免除して公告をもつてこれに代えるという便法を定めたものであるから、特段の事由、すなわち同法条但書の要件に該当する事実の存否についての誉証責任は当然に交付義務を免除される者の負担している。
そして、これを本訴訟においてみるならば、被上告人がその誉証責任を負担していることは明らかである。
しかも、甲第三五号証の四、「未墾地買収令書交付方依頼に関する件」においては、
「標記の件に関し、貴市町村内に居住する至記の分について未墾地買収令書交付方宜しく御依頼する。
若し、名宛人の住所不明又は受領の拒否等の為に交付不能の場合は確実な方法で御返送下さい」
と記載されている。これによれば、もしも「受領の拒否」があつたとすれば、令書は「確実な方法で」返送されていたはずであるから、当然、津田町農地委員長から大阪農地部長あてのその旨の送付文書が存在しているはずであり、受領拒否された買収令書の原本も存在していなければならない。
すなわち、原判決は自創法九条一項但書にいう要件について被上告人をして、受領拒否された買収令書を提出させることはもちろん、何時、誰が、何処で、どのようにして買収令書を交付しようと試みたのに奥田春男がどのようにして受領を拒否したかについて、具体的に立証を果たさなければならない。
(四) しかるに、原判決が前述のごとく、斎木証人の伝聞証言や、単に公報(甲第二四号証)の存在するというだけで、適法なる公告としたのは、明らかに自創法九条一項但書の解釈適用を誤つたものである。
第三、原判決が自創法九条一項についてなした解釈と適用は憲法の要請する法治主義の原理・適正手続の原則さらには財産権不可侵性の原則に違反する。
一、すでに指適したごとく、原判決は、自創法九条一項本文に定める買収令書の交付を、買収の時期以前になすことを必要としないと解釈したうえ、かかる解釈のもとに右法条を本件に適用した。
二、また、すでに指適したごとく、原判決は、自創法九条一項但書に定める公告の原因事実に関する誉証責任分配の原則についての解釈を誤り、かかる解釈のもとに右法条を本件に適用した。
三、その結果、原判決は、上告人らが本件買収の時期である昭和二三年七月二日の時点において、少くとも買収令書の交付を受けることなく、また公告の原因たる「令書の交付をすることができないとき」についての立証が果たされていないまま、結局は本件買収を有効なものとする。
四、しかし、原判決のかかる法解釈とその適用は、日本憲法の要請する法治主義の原理や行政手続適正化の要請を無視しさらには財産権不可侵の原則の違反といわなければならない。
第四、買収対価供託に関する法令の解釈適用の誤り
一、原判決は、「大阪府知事は、大阪府公報(甲第二四号証)に公告し、その対価を供託した」と認定したうえ、右供託については、「本件土地買収収分前後の前記事実関係から判断すれば、当時奥田春男が買収対価の受領を拒絶したか拒絶することが明らかであつたことがうかがえるから、対価の供託は有効であつた認められる」と判断する。
そして、右供託の証拠は、甲第二五号証、同第二三号証、同第三一号証の一ないし五のほか証人斎木暉亮の証言である。この点については、さきに、買収令書の受領拒否なる事実に関して分析したと同様に、結局は斎木証言および同証人調書(甲第二五号証)のみを信用し、福場証言(一審)、奥田昇次証言(二審)、上告人奥田泰郎および奥田純子の各本人尋問の結果(いずれも一審)を信用できないとし、さらには「ほかに右認定の妨げとなる証拠はない」とするのである。
二、しかし、原判決の右事実認定は、さきに買収令書の受領拒絶なる事実について論証したとい同じ理由により、供託なる事実誤認をなし、このことは経験法則に違反し、ひいては判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反といわなければならない。
三、そればかりでなく、買収者に課された対価支払の義務を免れしめる供託は、供託原因についての誉証責任を負うものと解さねばならず、これを本訴訟においてみるならば被上告人において右挙証責任を負担するものである。
しかるに、原判決は、供託原因に関する立証が果たされたとして安易に供託の事実を認定し、さらには供託は有効であつたと判断するのである。
まさしく、供託に関する法案の解釈と適用を誤つたものである。
第五、自創法三〇条一項一号についての解釈と適用の誤りと津田二五三六番三の農地性に関する法令の違反
一、原判決が「明らかに農地であるものを未墾地と誤認して未墾地買収をした場合、その買収は無効であると解するのが相当である」と正しい判断を示しながら、「津田二五三六番三の土地が、全地域にわたつて、明らかに農地として耕地が、全地域にわたつて、明らかに農地として耕作されていたことが認められる証拠はない」とか、「却つて、前掲甲第二五号証や斎木証言によると奥田春男の使用人である脇川好市が、約半分位よいところ好みの格好で開墾して耕作していた程度であり、いわゆる家庭菜園の域を出ないものであつて、脇川好市自身この土地を未墾地買収された後、売渡しを受けることを希望していたことが認められる」と事実を誤認したうえ、この認定事実をもとに、「津田二五三六番三の土地を全体として見て農地であることが誰の目から見ても明白であつたとまで断定するのは無利である」と誤つた判断をしている。
二、しかし、原判決の右判断は、まづ第一に、買収目的地が全域にわたつて農地として耕作されていない限り、結局、該地を農地を認めないとする点において自創法三〇条一項一号の解釈を誤つたものである。右法条の文理解釈からみても未墾地買収の目的ないしは制度的意味からみても、全域にわたつて耕作している土地のみを農地とすることの誤りであることは明らかである。
だとするならば、第二に原判決は少くとも右土地の半分程度がたとえ誰によつて耕作されていようとも、また耕作者がいかなる意図をもつて耕作に当つていようとも、耕作されていたと認定する以上、自創法二条に定義する農地に該当することは明らかであり、農地たる右土地を自創法三〇条一項一号による判断買収したことを、違法と判断すべきであつたのに、これをしなかつた点において、自創法の右法条の適用を誤つたものである。
三、しかも、原判決は右のごとき耕作の事実について、「使用人である脇川好市が」とか、「よいとこ好みの格好で」とか、いわゆる家庭菜園の域を出ないもので」とか、「脇川好市自身………売渡しを受けることを希望していた」とか、認定しているが、これは、奥田春男が脇川を雇傭して耕作に従事させ、そので収穫される農作物をもつて食糧難の時代における一家の食生活を支えていた事実(以上は上告人奥田純子の一審における供述により充分に認められる)を無視するもので、事実誤認も甚だしい。
これは、上告人奥田純子の前記供述の評価を誤り、加うるに裁判所に顕著な食糧難の時代における耕作の実態を無視し、予断と偏見に満ちた事実認定をなしたもので、経験法則に違反し、結局判決に彰響を及ぼすことが明らかな法令違反といわなければならない。
第六、本件各処分の手続的違法事由に対する判断の誤りについて
一、国税通則法二四条違反の主張に対する判断について
(一) 原判決は、第一審判決と同じく、国税通則法二四条に定める調査は課税庁の広い裁量にゆだねられているので、全く調査を怠つた場合に当該更正処分は違法となるが、調査自体の不十分であることは、直ちに取り消すべき違法があることはできないとの法律解釈に立つうえ、上告人奥田泰郎に対する本件処分について調査をなしているので、結局その他の上告人四名に対する本件各処分についても調査をなしたところであると判断する。
そして、右のような判断をするにあたり、「本件では、本件土地を日本機械に譲渡した事実が、原告らに全く共通であることを重視しなくてはならない」として、右共通事実なるものの存在をもつて、右の判断の論拠としているのである。
しかし、原判決の右判断は、日本国憲法の法治主義の原理や行政手続適正化の要請を無視してなされた全くの独断であつて、国税通則法二四条の解釈・適用を誤つたものである。
(二) 原判決は、課税のきつかけとなつた日本機械への本件土地の譲渡が各人につき共通であるという一事を論拠に、上告人奥田泰郎についての調査をもつて、他の四名の上告人らに対する本件各更正処分についての調査とみなすというのであるが、これは、上告人に対する更正処分が異なる課税庁(但し、上告人原純子および同菅江浩子は課税庁を同じとする。)によつてなされた各別の更正処分であるということを忘れたか、あるいは国税通則法二四条の調査の裁量行為性を強調するのあまり、日本国憲法の要請する法治主義の原理・適正手続の原則を無視したかのいずれかであろう。
国税通則法二四条の調査の裁量行為だというのは、あくまで調査することを前提として、ただその具体的方法、すなわちその範囲、程度および手続などは課税庁の裁量にゆだねるというのであつて、調査をするしかないまでも裁量にゆだねるというものでないことはいうまでもないことである。
(三)1 上告人らが、国税通則法二四条に定められる調査の欠缺(上告人全員につき)および不充分(上告人奥田泰郎につき調査があつとしても)を主張するのは、もし調査が各人につき適確になされていたならば、本件審理において別に争点となつている奥田昇次に対する二、〇〇〇万円および日本耐アルカリに対する二五〇万円の各支払につき、上告人各人の各負担部分がただ本件土地の譲渡費用には当らないとすることだけでなく、各人が現実に負担したこれら全員が、本件各更正処分にあたり税法上どのように取扱われるべきかについて、適確な処理がなされたであろうと期するからである。
2 奥田昇次に対する支払金を退職金とみる限り、その税法上の取扱いにつき、少くとも被上告人枚方税務署長が上告人奥田泰郎に対する本件各更正処分をなすに際して行つたとする調査なるものは、杜撰きわまりなく、不充分というよりも、むしろ調査に値しないというべきである。
被上告人枚方税務署長は、課税の任に当るものとして、当然に退職金の取扱いや繰越損失に関する税法の規定を熟知しており、かつ上告人泰郎が青色申告書の提出を承認されていることも充分に知つていたはずであるから、課税庁として調査を怠らなかつたならば、本件のような更正処分を行うようなことはなかつたであろうし、さらに、その余の被上告人枚方税務署長が上告人泰郎についてなした「調査」や本件更正処分を前提としたうえ、これを鵜みにして、その余の上告人らに対する本件各更正処分をするようなこともなかつたであろう。
被上告人らは、本件各更正処分をするに際し、国税通則法二四条の調査を欠き、少くとも裁量権を著しく濫用して、調査を充分に行わなかつたものである。それにもかかわらず、これを容認した原判決は、同条の解釈、適用を誤つた違法があるといわざるをえない。
3 上告人らは、昭和四九年所得税申告にあたり、日本耐アルカリに支払済の立退補償金二五〇万円のうち、その五九パーセントにあたる金一四九万五、〇〇〇円について、上告人泰郎において、うち一〇分の六に相当する金八八万五、〇〇〇円を、その余の上告人らにおいて、いずれも、うち一〇分の一に相当する金一四万七、五〇〇円を、それぞれ本件土地の譲渡費用として算入した(乙第九号証の一ないし四)。
被上告人らは、右の各譲渡費用につき、いずれも「建物譲渡の経費」であつて「土地の譲渡の経費」に該らないとして(甲第五ないし八号証)、本件各更正処分をなしているが、被上告人らとしては、上告人がいずれも立退補償金二五〇万円にはるか及ばない金額を本件土地の譲渡費用として算入した点からみて、何故にかかる金額を本件土地の譲渡費用として算入したかについて課税庁として疑問を抱いたはずであり、調査の必要を感じたはずである。
このことは、被上告人らにおいて、ひとしくこの点に関する調査を怠つたことを物語るものであり、全く調査を欠いたか、少くとも裁量権を蓄しく濫用した杜撰きわまりな調査であつたと言わざるをえない。
4 結局、上告人はに対する本件各更正処分は、調査を欠いたことにより、あるいは調査が不充分であつたことにより、前記の各支払いについての各負担部分に対し、何等税法上の処理がなされないままに終つたことになり、課税庁の調査の欠缺ないしは不充分さが上告人らの権利を侵害したものであること否定することはできない。その本件各更正処分を原判決が容認したのは、国税通則法二四条の解釈・適用を誤つたからほかならない。
二、所得税法一五五条二項違反の主張に対する判断について
(一) 原判決は、最高裁判所昭和四二年九月一二日判決を引用し、「本件は、青色申告の承認を受けることのできない本件土地の譲渡所得に対する更正であるから、原告奥田泰郎が青色申告者であつても、その更正についての理由の附記は、法律上要求されていないことは、いうまでもない」として上告人の主張を排けた。
(二) しかし、右判決は青色申告の承認を受けていない所得に対する更正処分をなす際の資料に関するものであつて、所得程法一五五条二項にいう理由附記に関するものではない。
上告人奥田泰郎のこの点に関する主張は、本件更正処分には、右法条に定める更正の理由を附記しない違法があるか、少くとも理由の附記があるとしても著しく不備の違法があるというものである。
原判決は、以上のとおり前記最高裁判所判決の趣旨を飛躍的に拡張解釈した結果、所得税法一五五条二項の解釈を誤つて、本件更正処分についての理由の附記は、法律上要求されていないと判断したところに、重大な違法がある。
(三) 上告人泰郎に対する本件更正処分の通知書(甲第五号証)には、「この処分の理由」欄に、奥田昇次に対する支払金に関して、「土地の譲渡にかかる経費として算入された奥田昇次に対する『覚書』による一、二〇〇万円の支払いは、土地の譲渡にかかる経費とは認められません」とだけ記載されているが、この記載されているが、この記載だけでは右支払金は一体何の経費とされるのか、あるいは何年度分に帰属するものかなどは全くわからない。
上告人泰郎のように、青色申告書の提出が承認されている者について、総所得金額等の更正をする場合に、法が更正通知書に更正の理由の附記を命じているのは、青色申告の制度が、納税義務者に対し、一定の帳簿書類の備付・記帳を義務付けているところ、その帳簿を無視して更正されることがないことを納税者に保障したものであり、単に相手方納税義務者に更正の理由を示すために止らず、漫然たる更正のないよう更正の妥当公正を担保する趣旨を含むものと解すべきである(最高裁昭和三八年一二月二七日判決)。
そうだとすれば、前記のよな理由記載にとどまつている限り、更正処分の具体的理由が納税者に理解できず、備付けの帳簿書類を無視して更正されたものか否かもわからず、更正されたものか否かもわからず、更正の妥当公正を著しく欠く結果となる。
(四) まして、奥田昇次に対する支払金が退職金であるとする限り、金二、〇〇〇万円全額につき上告人泰郎の昭和四八年度の事業所得の経費として算入されなければならず、その結果同年度における申告所得額が赤字となる情況のもとにおいて、本件更正処分をなすに当つて、所得税法七〇条一項にしたがつて同年度所得から繰越損失として控除されなければならなかつたのであるから、単に前記のような理由附記は著しい不備というよりも、むしろ法の要求する理由附記の要件を欠いているといわなければならない。
(五) 原判決は、更正処分の具体的理由を納税者に知悉させ、もつと救済申立の権利を全うとさせようとする「理由附記」の制度的意味を正しく認識していなかつたものであり、所得税法一五五条二項及び同法七〇条一項の解釈・適用を誤つた違法がある。
三、奥田昇次と日本耐アルカリに対する支払金に関する本件更正処分の手続的違法に対する判断の誤りについて
(一) 奥田昇次に対する支払金
原判決は、「(奥田昇次に対する支払金)二、〇〇〇万円金額が退職金の性質を有し、それが昭和四八年度の奥田昇次に対する収入金額となることを前提とする」上告人奥田泰郎の主張は理由がないとして、これを排斥した。
しかし、同上告人は、譲渡所得の申告にあたり、もともと右支払金を退職金として扱わず、本件譲渡にともなう費用として申告したところ、不服申立の段階にいたつて、被上告人枚方税務署長が退職金であるとの見解を示したのである。
したがつて、同上告人の主張は、右見解を前提としたうえで、そうであるならば、右支払金は、同上告人の事業所得算定上の必要経費に当るので、原処分庁である右被上告人は、更正または再更正すべきであつたのにこれをしなかつた点において、同上告人に対する本件更正処分は違法であるとしているものである。
ところが、原判決は、二、〇〇〇万円全額が退職金の性質を有するか否かについて判断しているが、これは明らかに前提を誤つており、単に同上告人の主張は理由がないという結論を述べているだけのことに終つている。
これは、判決に彰響を及ぼすこと明らかな理由不備があるといわざるをえない。
(二) 日本耐アルカリへの支払金
原判決は、「日本耐アルカリに対する支払金を上告人奥田泰郎の昭和四九年度における不動産譲渡所得以外の何らかの所得経費であるとし、そのことを前提として同上告人に対する本件更正処分が違法であるとする主張は理由のないもの」と判示する。
しかし、そもそも上告人らは二五〇万円全額を本件土地譲渡の経費として計算しているのではない。本件土地の譲渡経費として計上しているのは二五〇万円の五%すなわち一四七五、〇〇〇円であり、残高は建物の譲渡経費になつている(昭和五八年五月一〇日付準備書面)。ところが、原判決は、この点についての理解を示さず、「当時同控訴人は日本機械から売買代金のほかに立退移転補償金として総額一億二、四一三万六、〇〇〇円の支払を受けた」ことを理由に、日本耐アルカリに対する支払金に土地譲渡経費部分のあることを否定しているが、これは、税法の何たるかを解しないものと言わざるをえず、経験則違背、理由不備の違法を犯したものである。
原判決がこのような誤つた判断をしたのは、「右立退補償金は、控訴人奥田泰郎の所得の関係で、租税特別措置法三七条一項に定める事業用資産の買換えの特例の適用を受けた結果、直ちに分離長期譲渡所得として課税されることはなかつたことが認められるから」という認定に基づいているが、この認定自体、きわめて杜撰・不当なものであり、理由不備の違法を免れない。上告人らは、譲渡経費を土地とに区分して計上しているのであり、その点は、不動産所得(青色申告)の計算にもかかわつてくるのであるから、これを否定するというのであれば、厳密な理由を示さなければならないのは当然である。租税特別措置法の買換特例の適用で課税の繰延べを受けたのだから、土地の譲渡費用の分についての判断も棚上げしておこうというのでは、日本国憲法の要請する法治主義の原理を否定し、租税法律主義に基づくべき課税庁の違法な処分をことごとく容認することなりかねない。原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。
第七、農地売払法五条が合憲だとする判断の誤りについて
一、憲法一四条違反
(一) 原判決は、国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下、農地売払法という)五条一項の規定が、売払いを受けた農地等の転売目的の違いによつて課税内容に差異を設けたことは、租税政策上合理的理由のあることであつて、公共の福祉に適合するものであり、憲法一四条に違反しないと判示する。
しかし、これは憲法一四条の解釈を誤り、同条に違背する判断である。
(二) 農地売払法は、昭和四六年一月二〇日の最高裁判決により当時の農地法施行令一六条四号を無効とされたことを発端として緊急に議員立法されたものである。
農地売払制定前においては、農地法八〇条二項により売払いを売払いを受けた土地の譲渡所得は、国税庁長官の通達(昭和四〇年二月二日)で「当該旧所有者が引続き有していたものと取扱う」として、「長期」の扱いになつていた。
もともと、農地法八〇条二項による旧所有者への売り払いは、その実態において買受請求権の譲渡である場合が大部分であつた。形式的には、国から旧所有者へ所有権移転手続がされるのと、旧所有者から第三者へのそれがされるのとが、同時または直近の時期というのが普通であり、とりわけ、売り払い土地の譲渡目的を限定していた農地法施行令一六条四号の規定が存在していた時期においては、右のような形式以外のものはほとんど無かつたのではないかと考えられる。従つて、買戻しと他への譲渡を形式的にとらえる限り、農地法八〇条二項により買戻した土地の譲渡所得については「短期」該当というになるが、これらの土地の譲渡所得を「短期」とするのは実態に即されない。
すなわち、これら土地に強制買収された時期は概ね昭和二二年~五年頃であり、買収目的に沿つた使用がされなくなつたのは同三〇年ないし三五年頃と推定されるところ、農地法八〇条二項により不用買収土地は旧所有者に買受請求権が生じることから、当該買受請求権発生時期と第三者への譲渡時期の長さにより、昭和四四年に租税特別措置法三一条及び三二条が制定される前の時期においては長・短期の判定がなされ、同法の規定制定後においては買受請求権発生時期が昭和四四年一月一日以後かその前日以前かによりそれが判定されるが、何れにしても、これらの土地の譲渡所得については本質的に「長期」以外にないと考える。
従つて先の国税長官通達は正当な法解釈にもとづく取扱いを第一線の税務職員に示していたのである。
前述の昭和四六年一月二〇日の最高裁判決も旧所有者の買受請求権発生時期を右のように判定しており、このこと自体は売払い価額をいかほどにすべきかということにはかかわりがない。これは農地売払法制定後も同様である。となれば、買収価額相当額による売払いで“旧所有者優遇”と世論の批判を浴びたのであるから、農地売払法において「適正な価額」により売払う旨が規定されれば、旧所有者が買戻した土地を譲渡した場合の所得についても、租税特別措置法の趣旨通り、買受請求権成立時期の差異によつて長・短期の適用をすれば足り、そこに制限的な規定を設けることは前記最高裁判決が違憲としたところを、再度立法によつて挑戦することを意味する。それを嫌つた大蔵省が、農地売払法の政府提案に同意しなかつた経過もある。
(三) 原判決は、上告人らの主張を理解せず、「右差異は、人の地位、身分による差別ではなく、いやしくも農地法八〇条二項の規定により土地等の売り払いを受けた個人である以上、その譲渡をした場合に要件を充たせば等しく軽減税率の適用を受けうる」と判示するが、そもそも売り払いを受けた個人なるものは農地法八〇条二項所定の買受請求権を有する特定階層(旧所有者)に属するものであるから、これらの者に限り特に公共用目的への譲渡を強要する結果となる農地売払法五条は、時間を尺度として万人等しく譲渡所得の特例を適用するという租税特別措置法の趣旨を歪めるものであり、憲法一四条に違反するといわなければならない。
農地売払法五条が、税法の体裁をとり、本来の目的である売払価額の決定等の範囲を逸脱し、農地法八〇条二項に規定する土地の旧所有者という特定階層に属する者に対し公共用目的への譲渡を間接的に強要しその他の譲渡に対して租税特別措置法の趣旨である取得時期による差異(現行租税特別措置法は十年を基準とする所有期間差異)を否定して苛酷な取扱いを強制することが、憲法一四条の許容する合理的差別であるとはとうていいえない。
(四) したがつて、同法五条一項が売り払いを受けた長期区分につき、所有の時期的差異ではなく譲渡の目的による差別を規定していることは憲法一四条に違反するものといわざるをえない。
二、憲法二一九条違反
(一) 原判決は、農地法八〇条二項の規定により土地等の売り払いを受けた旧所有者等が、これを他に譲渡した場合の所得に対する課税について、その税率をどのように定めるかは、農地買収制度の趣旨・目的のほか、これの制度の基礎をなす社会・経済全般の事情等を考慮して決定されるべき立法政策上の問題であつて、農地売払法五条一項の規定には合理的な理由があり、公共の福祉に適合するものであるから、右規定は憲法二九条一項に違反しないと判示する。
しかし、これは憲法二九条一項の解釈、適用を誤り同条項に違背する判断である。
(二) 農地売払法五条は、前述のとおり、時間的な尺度による長・短期の区分を譲渡の目的別の区分にすり替え、公共用等への譲渡以外の譲渡所得に対し、本来それが「長期」の性質のものであるのに、これを「短期」として、租税特別措置法三二条の短期譲渡重課を行なつたものであり、「土地ころがし」による異常な利得に対するペナルティー的な意味をもつものである。したがつて、農地法八〇条二項所定の旧所有者に対し懲罰課金を負担させることのみを目的としたものといわざるをえず、財政調達の手段である税法の本来の目的――納税者に対しては課税の領域において財産権を保護すべき目的――を著しく逸脱している。これは、課税の形式をもつて旧所有者の有する財産上の権利を著しく低下させ、これを侵害するものであり、憲法二九条一項に違反するといわなければならない。原判決は、公共の福祉に名を借り、公共の福祉の要求する限り財産権にいかなる制約をもなし得るとの立場に立つものであり、憲法二九条の一項の正しい解釈に基づくものとはいえない。同項において所有権の不可侵を宣言して私有財産制度を認め、同条三項において財産権の収用には必ず正当な補償を要求している趣旨をあわせ考えれば、補償なくして行われる同条二項によつては権利を剥奪するような制約を加えることは許されないといわざるをえない。
(三) なお、原判決は、上告人らが原審の昭和五八年五月一〇日付準備書面において過酷な税負担だとして示した金額に対し、名譲渡所得額を申告額で表示し、所得税額を更正による金額で表示してあるため、その数値は不正確であり、過酷な税負担の例示とはいい難いと判示する。しかし、これは申告額が、奥田昇次分と日本耐アルカリ分を譲渡費用として各譲渡所得額から控除したものであることを指摘しているのであるが、奥田昇次分と日本耐アルカリ分の合計は、上告人奥田泰郎については一二、八八五、)))円、その余の上告人については二、一四七、五〇〇円にすぎないから、これを各譲渡所得額に加算して、それから所得税額を控除した残額は譲渡所得と対比すれば依然として著しく低いものであり、過酷な税負担の例示となつていることは明らかである。
第八、その他の判断の誤りについて
一、本件土地の譲渡費用に対する判断について
(一) 奥田昇次分二、〇〇〇万円
原判決は、奥田昇次に支払われる二、〇〇〇万円の性格は、退職功労金、立退料、遺産をめぐる確執に対する示談金など諸々の解決金であつたと認定し、本件土地の譲渡に必要な費用に該当しないと判断している。
しかし、原判決は、上告人奥田泰郎の第一審の本人尋問の結果において明示されている、本件土地の売買仲介料という供述を採用しなかつた。上告人奥田泰郎の供述では、本件二、〇〇〇万円は、仲介手数料と退職功労金との二つの性格をもつているとされているのであるから、少なくとも、その半分については、譲渡に必要な費用に該当するというべきであつたのに、原判決は、その点を無視して、前記の認定を行なつてしまつたのであるが、これは、経験則に違背し、理由不備の違法がある。
(二) 日本耐アルカリ分二五〇万円
原判決によると、日本耐アルカリ分に対して支払われた二五〇円は、本件土地とは別の土地にあつた建物からの立退料であり、本件土地の譲渡に要した費用ではないとする。たしかに、乙第一一号証等では、「枚方市大字津田四七七四番」という土地の表示があるので、日本耐アルカリの借りていた建物は本件土地の隣接地にしかなかつたようにみえたのかもしれない。
しかし、上告人奥田泰郎の本人尋問の結果によれば、津田四七七四番という地番という地番の前記表示は、もともと正確なものではなく、実際に日本耐アルカリが借りていた建物は、右地番の土地付近にまたがつて存在しており、本件土地上にもあつたことは確かなことである。原判決は、書面上にあらわれた地番の記載のみを証拠として採用してしまつたものであり、証拠評価を誤るという経験則違背を犯している。
二、時効取得の主張に対する判断の誤りについて
(一) 原判決は、上告人らが本件土地を時効取得したとの主張に対し、奥田春男が提起した農地買収対価増額訴訟の訴状には自創法一四条の訴である旨明記されているところ、同条一項には、「買収した農地の対価の額に不服ある者は、訴を以てその増額を請求することができる」とあるから、本件土地の占有に所有の意思がなかつたとして時効取得の主張を排斥している。
(二) しかし、原判決のいうように、奥田春男が右訴訟を提起したということだけで、所有の意思がなくなつたとすることはできない。もともと、本件土地の買収令書の交付もなく、対価の支払もなかつたのであるから、まず、未墾地買収計画取消訴訟をもつて、本件買収計画が杜撰であるから取消されるべきであるとして、その違法無効を主張し、さらに、農地買収対価増額訴訟を提起して、その請求の趣旨および請求原因(甲第一四号証)に記載されているとおり、本件買収計画における買収対価が正当な補償となつていないことを前提にして、買収計画における正当な対価を主張したのであつた。それは、買収対価の増額分の支払いを求める給付の訴えではなく、訴状に自創法一四条の訴である旨明記されていても、訴訟形式上、その条項に依拠したものにすぎない。要するに、本件買収処分が有効をであることを前提とするものではなく、前訴の未墾地買収計画取消訴訟と同じく、基本的には、本件買収処分の無効を前提としたものである。
(三) したがつて、奥田春男は、右各訴訟を提起したからといつて、本件土地の所有権が国に移転したことを知つたとするいわれはなく、所有の意思がなくなつたとする原判決の判断は、経験則違背の違法を犯している。
三、売払請求権の譲渡ではないとする判断の誤りについて
(一) 原判決は、上告人らの日本機械に対する本件土地の譲渡は実質的には、売払請求権という権利の譲渡(農地法八〇条二項)であるとの上告人らの主張に対し、上告人らとの間の売買の目的物は、本件土地の売払請求権であるとする証拠はなくやかえつて、形式的にも実質的にも本件土地の所有権であることが認められると判断している。
この点につき原判決は、上告人らが本件土地の売り払いを受けた日より後であるから、上告人らがその前に本件土地の売払請求権を日本機械に譲渡したことはないはずであるとの論拠づけをしている。
しかし、これは、上告人らと日本機械との間との間に本件土地の売買契約書が存在していることを根拠とする形式的な判断である。原判決は、証人玉田善彦の証言、上告人奥田泰郎の第一審における本人尋問の結果についての証拠判断を誤り、経験則に違背し、理由不備の違法を犯している。
(二) 第一審の証人玉田善彦の証言にあるとおり、自作農の創設等の目的に供しないことを相当する事実が生ずるにいたつた買収地についての権利関係は、<1>入植はしたが自作農に従事するのではなくそこに居住する入植者の権利、<2>売払請求権者である旧所有者の権利、<3>現所有者である国の権利というように、三者の権利(三枚地権と呼ばれる)から構成されているが、日本機械のような開発業者としては、右買収地の開発を企画した場合は、いわゆる三枚地権をすべて買取るという方法をとつた。その場合、売り払い手続きは、形式的には旧地主の名義でなされていたにすぎず、実質的には、旧所有者の売り払いに関するすべての手続(売り払いについての農政当局との交渉、売り払いの申込み手続、入植者との離農交渉と離農補償金の決定と支払い、売り払い代金の支払い、登記手続その他関連する手続一切)が、すべて日本機械の責任と負担において行われたのである。形式的には、売り払いを受けた後に日本機械に売り渡すことになるのは、むしろ当然のことであり、それ自体、売払請求権の譲渡ではないとする論拠とすることはできない。
(三) 本件土地の権利利関係の移転についての契約の成立過程を実質的にみれば、上告人らと日本機械との売買の日的物は売払請求権という権利にほかならないものであることが明らかとなるはずであるにもかかわらず、原判決はこれをあえて無視したといわざるをえない。
以上