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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)276号 判決 1988年7月14日

上告人

東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

坂井利夫

金岡昭

小林紀歳

百瀬保夫

被上告人

足立江北医師会

右代表者会長

岸多摩夫

右訴訟代理人弁護士

永見和久

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人樋口嘉男、同友澤秀孝、同中村次良、同北岡康典の上告理由について

一民法三四条が公益法人の設立を主務官庁の許可にかからしめているのは、営利を目的としない社団又は財団については、当該事業を管轄する行政官庁が、当該社団又は財団が積極的に公益を目的とするものであって、社会活動を行ううえで法人格を付与するに値すると判断したものに限って法人設立を許す趣旨によるものである。そして、その具体的な許可基準は、法令上何ら定められていない。したがって、現行法令上は、公益法人の設立を許可するかどうかは、主務官庁の広汎な裁量に任されているものとみざるをえず、主務官庁の右許可に関する判断は、事実の基礎を欠くとか社会観念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法となるものといわなければならない。それゆえ、裁判所が公益法人設立の不許可処分の適否を審査するに当たり、当該不許可処分において主務官庁が一定の事実を基礎として不許可を相当とするとの結論に至った判断過程に、その立場における判断のあり方として一応の合理性があることを否定できないのであれば、他に特段の事情がない限り、右不許可処分には裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法はないものとしなければならない。

二原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  足立区は荒川放水路を境としていわゆる堤北地区と堤南地区とに分けられ、本件不許可処分当時、人口六十余万人の大部分は堤北地区に居住し、区内の約四〇〇名の医師のおよそ七割が堤北地区に就業場所又は住所を有していたが、足立区医師会の事務所は堤南地区に設けられていた。

2  足立区医師会の内部では、昭和四六年ころから、その運営等をめぐって堤北地区の医師の一部と執行部との間に激しい対立関係が生じ、昭和五〇年七月二五日に、執行部の方針に不満をもって同医師会を脱退した医師と医師会未加入の医師の合計七二名(いずれも堤北地区に就業場所又は住所を有する。)が、新医師会の設立を目指して被上告人の設立総会を開催し、医道を昂揚し医学医術の発展普及と公衆衛生の向上を図るとともに正しい医療の遂行によって地域社会に貢献することを目的とする等の内容の定款を定め、同月三〇日上告人に対し、被上告人を社団法人とするための設立許可申請をした。

3  足立区においては、東京都及び他の区と同様、老人健康保険診査、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、トラホーム予防事業、予防接種法に基づく予防接種、妊婦健康診査等の事業について、足立区医師会に委託するか同医師会から医師の派遣を求めて実施してきており、公衆衛生行政を行ううえで地区医師会の協力を得ることが不可欠のものとなっている。

4  被上告人と足立区医師会とは対立反目し合っていて、両者の話合いによる事態の収拾は困難な状態にあり、足立区は、昭和五〇年の日本脳炎予防接種を実施するに際し、足立区医師会と対等の立場を主張する被上告人と右主張に同調しない足立区医師会との間にあって、その調整に苦慮した。

5  上告人が被上告人の社団法人設立の許可の当否についての見解を照会したところ、公衆衛生活動に関し支障が生ずることを理由に、東京都医師会長、足立区医師会長は反対の回答をし、足立区長は好ましくない旨の回答をした。

6  上告人は、昭和五〇年九月二五日被上告人に対し、「被上告人の設立許可申請は、地区医師会の存在する地域において、会員が混在する状態のままで同一目的の新法人を設立しようとするものであり、医師会相互の協調ならびに関係機関との間の調整が不十分な状況のもとでは、地域医療に混乱と障害を生ずるおそれがあるので、認めがたい」との理由を付したうえ、社団法人足立江北医師会の設立を許可しないとの本件不許可処分をした。

三右事実関係によれば、東京都及び各区においては、地区医師会が公衆衛生行政に関する各種事業の実施に広く関与していて、公衆衛生行政を行ううえで地区医師会の協力を得ることが不可欠のものとなっているところ、本件不許可処分当時、堤北地区では二百数十名の医師の中に既存の足立区医師会の会員と被上告人の会員とが混在し、両者は対立反目し合っていて、話合いによる事態の収拾は困難な状況にあり、現に足立区は、公衆衛生事業の実施に際し、両者との関係調整に苦慮したことがあり、そして、東京都医師会、足立区医師会は公衆衛生活動に関する支障を理由に被上告人の社団法人設立の許可に反対の意向を表明していたのであるから、このような状況においては、公衆衛生行政の遂行に責任を有する上告人が、被上告人の社団法人設立を許可することは地域医療に混乱と障害を生ずるおそれがあるので相当でないと判断したことに、主務官庁の立場における判断のあり方として一応の合理性があることを否定することはできないものといわなければならない。また、他に、上告人の右判断にその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとすべき特段の事情は認められない。

そうすると、本件不許可処分は、地域医療の混乱と障害のおそれ等に関する事実上の根拠に基づかないでされたものであって、裁量権の行使を誤ったものであるとした原審の判断には、公益法人の設立許可に当たっての主務官庁の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した事実関係及び右に説示したところによれば、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却すべきことが明らかであるから、これと同旨の第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は、これを棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)

上告代理人樋口嘉男、同友澤秀孝、同中村次良、同北岡康典の上告理由

右当事者間の昭和五九年(行ツ)第二七六号(上告受理番号昭和五九年(行サ)第一九三号)足立江北医師会設立不許可処分取消請求上告事件について、上告人は次のとおり上告理由を開陳する。

原判決は、以下に述べるとおり判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令違背、理由不備、理由そご、法の適用の誤り、採証法則違反等の違法があるので、破棄をまぬがれない。

第一 新法人設立の必要性について

一 公益法人設立の判断基準と民法三四条の解釈

1(一) 民法三四条は「祭祀、宗教、慈善、学術、技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定しているが、同条は公益法人の許可、不許可の基準を全く設けず、許可の要件を全く白紙のままとし、公益法人の設立許可をなすか否かの判断については、当該法人の目的とする事業分野を管轄し、行政責任を有する主務官庁の合理的裁量に委ねている。すなわち、同条は、法律の具体的執行をあげて行政庁の事案に適した裁量判断に委ねているのである。これは、専門技術的な行政の分野においては、法の機械的、一律的な適用によるよりも行政庁の専門的判断によって、個別的事態に適切に対応した弾力的な解釈を求める方が妥当であると法が判断したからである。

そして、同条に基く主務官庁の法人設立の許可・不許可処分は、裁量処分に属するものであるが、行政庁が裁量権の行使を誤り、不適切な判断に基いて行政処分を行った場合、裁判所がこの行政庁の不適切な裁量権の行使を違法と判断しうるのは、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三〇条によれば、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限るとされている。

(二) ところで、民法三四条は、前述した理由により公益法人設立許可要件を全く白紙のままとしているのであるから、ある団体に公益性が認められ、当該団体に法人格を付与することが妥当であるかどうかの判断にあたっては、主務官庁は、当該団体の構成員数、財政力、設立目的のほか、当該団体が法人設立申請をなすに至った動機、当該団体が設立されることによって社会に及ぼす影響、公益活動能力の有無等、諸般の事情を綜合的に考慮して当該団体の公益性の有無を検討して設立許可をするかどうかを決定することができるものである。そして、その判断は、右に述べたような広範な事情を綜合的に考慮してなされるものである以上、法人の設立許可権限をもち、かつ当該団体の法人設立後には当該法人の指導、監督に当り、法人の事情に通暁している主務官庁の裁量に委ねるのでなければ到底、適切な結果を期待できないものである。主務官庁が裁量権の行使としてなした法人設立不許可処分が社会観念上著しく妥当を欠いて当該主務官庁に裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものと認められる場合でない限り、当該処分はその裁量権の範囲にあるものとして違法とならないものというべきである。したがって、裁判所が主務官庁のした法人設立不許可処分の適否を審査するに当っては、主務官庁と同一の立場に立って法人格の付与を申請する団体に対し、法人を許可すべきか、あるいは、不許可にすべきかを判断すべきでなく、主務官庁の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著るしく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。

したがって、裁判所が裁量処分の適否を審査するに当って裁判所がとるべき右に述べた審査方法を誤り、裁量処分をなした行政庁と同一の立場に立って裁量処分の適否を審査して判決をなした場合には、かかる判決は行訴法三〇条の解釈を誤った違法があるというべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日判決、判例時報八七四号三頁参照)。

(三) 以上の見解に立って以下原判決を検討すると、原判決は、後記五で述べるとおり、裁量処分の適否を審査するに当って裁判所がとるべき右の審査方法を誤り、原裁判所が主務官庁たる上告人と同一の立場に立って、被上告人の法人設立を許可すべきか否かを判断した違法があり、かかる違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。

2(一) 民法三四条に基づき、当該団体に法人格を付与することが妥当であるかどうかについては主務官庁が、前記(二)で述べた諸般の事情を綜合的に考慮して判断するものであるが、右諸般の事情は、主務官庁がその権限に基づき収集した資料等により認定した個々の具体的事実の集積に基づくものである。

したがって、主務官庁がある団体について、民法三四条にいう公益性を認めず、法人設立不許可処分をなすに当って、その判断の前提となった、主務官庁の認定した個々具体的な事実につき、裁判所がこれの有無を検討したうえ、主務官庁の右認定事実自体誤りがあると判断することは、前記1(一)で述べたとおり、民法三四条自体が許可の要件を全く白紙のままとして公益性の判断をあげて主務官庁の裁量判断に委ねている以上、裁判所が公益法人設立における公益性について判断を示したものというべきであり、かかる裁判所の判断は、とりもなおさず民法三四条についての解釈をなしたものであるから、右判断の誤りは右法令解釈の誤りとなるものである。

(二) 以上の見解に立って以下、原判決を検討すると、原判決には後記二乃至四で述べるとおり、民法三四条の解釈を誤った違法があり、かかる違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。

二 地区医師会の地域医療の増進に関する判断基準の違法

1 原判決は「地域医療の増進は、一個の社団法人たる地区医師会が独占的、排他的に行うべき性質のものではなく、数個の地区医師会がそれぞれ固有の手段によりこれを達成し寄与しうる余地があるといわなければならない。」と判示するが(一七丁表)、右判示は以下に述べるとおり失当である。

2(一) 原判決のいう地域医療の増進を担う主体について検討するにその主体は、主に ① 当該地域において個人たる医師(いわゆる開業医)が開設する医療機関 ② 公法人、私法人等の開設する医療機関(大学病院・公立病院等) ③ 当該地域の個人たる開業医と当該地域において開設されている医療機関に勤務する医師(いわゆる勤務医)をもって構成する地区医師会、及び ④ 国・地方公共団体等の行政主体が考えられるが、このうち、団体たる地区医師会の行う地域医療の増進は、現在のところ、その大宗が行政主体の行う地域医療行政に係る事業について、地区医師会が行政主体から委託を受けて実施するものであり、地区医師会が地域医療行政を行う行政主体から委託を受けて実施する事業の他に、地区医師会自体が行う地域医療の増進に係わる事業は殆んどないのである。そして、このことは、原判決が控訴人(被上告人)は「設立以来本件処分時までの間に」(二三丁表一〇行目)、「足立区に対し、同区の行う公衆衛生事業の委託契約締結の申込みをした」こと(二四丁表一行目から三行目)、被上告人(控訴人)が上告人(被控訴人)に対し、法人設立許可申請をなすに至った主たる動機が足立区から公衆衛生事業を受けたい意向があったこと(中田本人調書「第一回」八)、及び本件処分後も毎年同区に対し、右の申込みを繰り返していることからも明らかである(甲九九号証、同一〇九号証)。

地区医師会自体が地域医療の増進についての独自の事業活動が殆どないのは地区医師会が地区(本件に即していえば足立区)において、開業又は勤務する医師をもって構成され、会員たる医師すべてがその本来の業務たる医療に日中のみならず夜間においても従事していることに起因するものである。

(二) ところで、地区医師会の行う地域医療の増進に係わる事業の大勢が行政主体から委託を受けて行う地域医療行政に係る事業であり、その事業の種類及び内容は原判決が認定するとおり(二五丁表五行目から二七丁裏四行目まで)結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、伝染病予防法に基づく防疫事業、予防接種法に基づく予防接種事業、優生保護法に基づく優生保護事業、性病予防法に基づく性病予防事業、老人福祉法に基づく老人健康審査等があり、これらの事業は原判決が認定するとおり、

「東京都における昭和三〇年代までの地域医療行政においては、結核予防事業が中心的地位を占めていたが、その後これに代わり老人、心身障害者などのいわゆる弱者防衛施策が拡充され、成人病対策事業が重要なものとなり、このようにその間地域医療行政に関する事業は、その種類も内容も著しく変容してき」ており(二五丁裏四行目から二六丁表五行目まで)。

「他方、東京都及び特別区は、現実には、所属の医療専門職員の絶対数が不足するため、独力でこれらの事業を実施することが不可能であったから、その保健所や都立病院等の医療機構が存在するにもかかわらず、東京都医師会、各区の地区医師会等の協力を求め、これらの地区医師会に委託し又は医師の派遣を求めるなどして前記各種事業を実施している。」のである(二六丁表五行目から同一一行目まで)。

更に、原判決が、認定するとおり、

「これらのことは足立区においても変りはなく、足立区においては、前記事業のうち母子衛生保健指導及び防疫事業については自ら実施しているが、老人健康保健診査については足立区医師会へ委託して実施し、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、トラホーム予防事業については足立区医師会から医師の派遣を得て実施し、予防接種法に基づく予防接種については東京都へ委託し、東京都はこれを足立区医師会へ再委託して実施するに至っており、保健所に関する妊婦健康診査等の各種の地域医療行政の事務事業についても、これらを足立区医師会に委託し又は同医師会から医師の派遣を得るなどして実施するに至っている。」のである(二七丁表四行目から同丁裏四行目まで)。

そして、これら地域医療に係る事業は、いずれも国の医療行政に係るものであって、法律に基づき厚生大臣が所管し、全国的に実施するものであり、具体的実施にあたっては厚生大臣が国の機関たる知事や市町村長に委任して行うものであるから、その実施に当っては、全国一律に同一基準、同一内容、同一方法でなされているものである。

(三) 地区医師会が地域医療の増進に寄与するために行う事業の大勢は、前述のとおり行政主体から委託を受けて実施する地域医療行政に係る事業であり、かかる事業がいずれも全国一律に同一基準、同一内容、同一方法で実施されるものである以上、同一地区において二つ以上の地区医師会があっても、それら二つ以上の地区医師会が地域医療の増進に係る事業をそれぞれ固有の手段により実施し、地域医療の増進を達成しうる余地はないのである。

これを本件に即していえば、地域医療の増進は、一特別区に地区医師会が数個あっても、これらの地区医師会がそれぞれ固有の手段によりこれを達成しうるものではないのである。そして、このことは、「医療行政に関する各種事業の都から区への移管に伴い、ことに区とその地区医師会との円満な協力関係の維持の必要性はますます増大している。上記のような事態の推移に鑑み、地区医師会が自治体側からの協力要請に対し全都統一的に応ずることのできる態勢を常に確立しておく必要があることから、東京都、特別区及び東京都医師会は昭和四九年その三者を構成員とする三者協議会を結成し、以来これを通じて公衆衛生行政の統一的一体的運営を図っている。」との原判決認定事実(二六丁裏六行目から二七丁表三行目まで)からも明らかであり、右認定事実があるにも拘らず、原判決が地域医療の増進は、一個の社団法人たる地区医師会が独占的、排他的に行うべき性質のものではなく、数個の地区医師会がそれぞれ固有の手段によりこれを達成し寄与しうる余地があるといわなければならないと判断したことは、右認定事実と矛盾した結論であるといわねばならない。

(四) 右判示は、民法三四条に基づき主務官庁が地区医師会に対し公益法人設立の許可、ないし不許可の処分をなす場合における判断基準を示したものにほかならないから、この判示事項は原審が民法三四条の解釈をなしたものであるが、この解釈は、誤っており違法である。

三 新法人設立の必要性に関する判断基準の違法

1 原判決は「ことに当該地区において、地理的条件、人口動態の点で互に異る生活圏が形成されている事情があるときは、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在する場合においても、右生活圏を対象とする地域医療の増進に寄与する社会活動を行う余地が別個にあるということができるから、既に法人たる地区医師会の存在する地域において、会員が混在する状態にあっても、なお目的を同じくする別個の法人たる地区医師会の存在することの必要性を否定することはできないと考えられる。」と判示するが(一七丁表・裏)、右判示は、以下に述べるとおり失当である。

2(一) 一般的に地域医療の供給体制を考慮する場合には、地域における人口の年齢別職業別構成、人口密度、地理的条件などの要素が重要である。しかるに、原判決は異なる生活圏ごとに地区医師会の存在が必要であるとし、当該地区において互に異なる生活圏形成の有無の判断要素として、地理的条件と人口動態をあげている。ところで、人口動態は人口静態に対応する語であり、いずれも統計学上の用語であるが、人口動態とは、一定期間内における人の出生、死亡(自然的移動)、及び婚姻、転職等(社会的移動)に基づく人口の変動をいうのである(有斐閣編社会学辞典四六四・四六八頁、東洋経済新報社・経済学事典六七九頁参照)。

そうすると、当該地区において、互に異なる生活圏が形成されている事情の有無の判断基準として、地理的条件をその基準の一つに求めることは正しいとしても、人口動態に求めることは誤りである。すなわち、当該地区における一定期間内の人の出生、死亡及び婚姻、転職等による人口の変動自体は生活圏の形成とは何ら関係のない事項であるから、他の地区におけるそれと比較して互に異る生活圏が形成されているかどうかの判断要素とはなりえないものである。したがって、右判示はまずこの点において誤っている。

(二) 次に、当該地区において互に異なる生活圏が形成されている事情があっても、互に異なる生活圏全体を対象とする、地域医療の増進に寄与する既存の法人たる地区医師会が存在していれば、地域医療の増進に寄与する社会活動は、右既存の医師会に委ねておくことが最も適切、妥当であって、互に異る生活圏だけを対象とする、地域医療の増進に寄与する活動を行う余地はないのであり、そこに、敢えて互に異なる生活圏だけを対象とする地区医師会を設立する公益上の必要性は何ら認められないのである。

のみならず、当該地区において、互に異なる生活圏が形成されている事情があっても、これら互に異なる生活圏全体を対象として、地域医療の増進に寄与する既存の地区医師会が存するのに、同じ目的を有し、しかも異なる生活圏だけを対象とする別個の法人たる地区医師会が存在することとなると、反って、地域医療は混乱するおそれがあるので、当該地区においては別個の法人設立の公益性は否定されるべきである。けだし、地区医師会が地域医療の増進に係わる事業の一つに既述のとおり、行政主体(本件に即していえば足立区)から委託を受けて行う地域医療行政に係る事業があるが、この事業は、地区医師会の行う地域医療の増進に寄与する事業の大宗を占めるものであり、かつ、この事業は、地域医療行政に係わるものであるから、行政主体は常に当該地区全体(本件に即していえば足立区全域)を対象として実施されるものであって、異なる生活圏なるものを対象として実施されるものではないからである。

(三) ましてや既に当該地区において、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在し、かつこれが当該地区全体を対象として地域医療の増進に寄与する活動を行っている状況において異なる生活圏だけを対象とする、目的を同じくする別個の法人たる地区医師会が設立され、しかも当該生活圏内において、既存の地区医師会の会員と、新たな法人たる地区医師会の会員とが混在する状態を生ずる場合には、敢えて、異なる生活圏だけを対象とする別個の地区医師会の法人設立の公益性は認められないのである。

(四) 原判決は、地理的条件、人口動態の点で異る生活圏が形成されている事情があれば、たとえ当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在する場合でもなお右生活圏を対象とする地域医療の増進活動を行う余地が別個にあるというが、何故にそのような活動を行う余地があるのかその理由を何ら説示していない。

(五) また、原判決は、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在する場合において、しかも、既に法人たる地区医師会の存在する地区において右既存の医師会の会員と、新たに設立される法人たる地区医師会の会員とが当該地区全体において混在する状態であってもなお別個の法人たる地区医師会の存在することの必要性を否定することができない、と独断するのみで、その理由について説示することを全く回避しており、理由不備の謗り免れない。

(六) 原判決の判示とするところは、民法三四条に基づき主務官庁が地区医師会の法人設立許可ないし不許可の処分をなすに当っての基準を明示したものであり、結局のところ、それは同条の解釈をなしたものであるが、上叙のとおり、右解釈は誤っており、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。

四 地区医師会の対立反目と地域医療の増進に関する判断基準の違法

1 原判決は、「一個の地区において一個の地区医師会が存在することが望ましいとし、互に対立反目する数個の地区医師会が存在することになれば地域医療行政の運営上その調整に困難を生ずることを理由に新たな地区医師会の存在を否定することは、当面は地域医療行政の運営の便宜に添うものとしても、右地区医師会が地域医療の増進に寄与しうるか否かとは別個の問題であるといわなければならないから、右数個の地区医師会の対立反目を理由として、直ちに新たな地区医師会の社団法人設立を許可しない処分をすることは裁量権の行使を誤るものというべきである。」と判示する(一七丁裏一八丁表)。

しかしながら右判示は以下に述べる理由により失当である。

2(一) 地域医療行政は、当該地域の住民全体を対象として、その生命、健康の保持を全うすることを目的とし、もって公共の福祉の実現を図ることにある。そして地域医療行政は、地域の全住民の生命、健康の保持に係わる事業を迅速、適確、かつ安全に実施することによって、その目的を達成させるものである以上、それは瞬時の停滞も許されないものであるから、その運営は常に円滑に行われることが必要である。しかも、地域医療行政に係る事業は、原判決摘示のとおり(二六丁表)具体的には「その種類も内容も著しく変容して」おり、「東京都及び特別区は、現実には所属の医療専門職員の絶対数が不足するため、独力でこれらの事業を実施することが不可能であったから、……東京都医師会、各区の地区医師会等の協力を求め、これらの地区医師会に委託し又は医師の派遣を求めるなどして前記各種事業を実施している」のである。地区医師会が地域医療行政に果たす役割の大きさを考えれば「地区医師会が自治体側からの協力要請に対し全都統一的に応ずることのできる態勢を常に確立ておく必要がある」(原判決二六丁裏)のである。一個の地区(本件に即していえば足立区)において、互に対立反目する数個の地区医師会が存在し、そのうち当該地区全体を対象とする既存の法人たる地区医師会が行政主体(本件に即していえば足立区)から当該地域全体を対象とする地域医療行政に係る事業の委託を受けてこれを実施している状況において、右医師会と互に対立反目する新たな法人たる地区医師会が更に存在することになり、これが独自の活動を行うことになれば、地域医療行政の運営上、支障をきたし、瞬時も停滞が許されない地域医療行政に重大な障害をもたらすことになるのである(松本証言一一六)。このため、行政側が右二つの地区医師会の間に立ってその調整を果たさなければならない必要が生ずることは、とりもなおさず、当該地区に新たに地区医師会の法人設立を認めなければらない公益上の必要性が認められないことの証左にほかならないのである。特に、本件においては両医師会の末端会員まで鋭く反目し合っているような状態にあっては、行政側が両医師会の間に入って調整を行っても容易に解決できないものであって、その調整すら困難なのである(松本証言一四一・一八八〜一九〇)。

(二) 原判決はこの点に関し、互に対立反目する数個の地区医師会が存在することになれば地域医療行政の運営上その調整に困難を生ずることを理由に新たな地区医師会の存在を否定することと、右地区医師会が地域医療の増進に寄与しうるか否かとは別個の問題であるというが、既述したとおり地域医療行政は瞬時たりともその停滞が許されないものである以上、互に対立反目する数個の法人たる地区医師会が存在するため、地域医療行政の運営上、その調整に困難を生ずることになるならば、右新たな地区医師会の法人設立自体が地域医療の増進に寄与しないこととなるのであって、別個の問題であるとはいえないものである。

(三) 当該地区(本件に即していえば足立区)全体を対象とする既存の法人たる地区医師会が存在し、かつ右医師会が当該地区全体を対象として地域医療の増進に寄与する活動を行っている状況において、当該地区内における異なる生活圏だけを対象とする、目的を同じくする別個の地区医師会が設立され、しかも既存の法人たる地区医師会の会員と新たな地区医師会の会員とが当該地区に混在する状態を生じ、かつ右二つの地区医師会が区に対立反目している状態のまま、新たな地区医師会の法人設立が認められることになれば、地域医療行政の運営上その調整に困難を生ずることを理由に、新たな地区医師会の社団法人設立を許可しない処分をすることは何ら裁量権の行使を誤るものではない。

五 行訴法三〇条適用に関する違法

1 原判決は、「足立区は地理的条件として、同区内を流れる荒川放水路を境として堤北地区と堤南地区とに分けられ、両地区はそれぞれ異った生活圏を形成していること、本件処分当時、足立区においては人口六〇余万人中の大部分と区内医師約四〇〇名のうちおよそ七割は堤北地区に集中し、その余が堤南地区に所在する状況であったこと、また本件処分当時控訴人の会員七二名はすべて堤北地区にその就業場所又は住所を有していた状況であったことに加え、前示控訴人の定款に定められた目的が地域社会の医療に関する利益の増進に寄与することを内容としているものであること」の各事実が認められるから「控訴人は足立区内の堤北地区において、更に独自にその地域社会の利益に寄与する社会活動を行う利益とその必要性があるというのが相当である」と判示する(三四丁裏一一行目から三五丁表三行目まで)。しかしながら右判示は以下の理由により失当である。

2(一) まず、足立区は、堤北地区と堤南地区とに分けられ、両地区はそれぞれ異った生活圏を形成しているとの認定は、後記六、2で述べるとおり両区がそれぞれ異った生活圏を形成していないのであるから誤りである。

仮に右両区が異った生活圏を形成していたとしても、地区医師会が当該地区において独自に地域の利益に寄与する社会的活動を行う利益と必要があるか否かの判断の客観的要素は、当該地区における人口の年令別、職業別構成、人口密度、地理的条件であって、地区医師会会員の地区における分布状況、勤務先住所は、右判断の要素とはなりえないものである。

(二) しかるに原判決は、「ことに当該地区において、地理的条件、人口動態の点で互に異なる生活圏が形成されている事情があるときは、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在する場合においても、右生活圏を対象とする地域医療の増進に寄与する社会活動を行う余地が別個にあるということができるから、既に法人たる地区医師会の存在する地域において、会員が混在する状態にあっても、なお目的を同じくする別個の法人たる地区医師会の存在することの必要性を否定することはできないと考えられる。」と判示したうえ、冒頭に掲げる事実をもって「控訴人は足立区内の堤北地区において、更に独自にその地域社会の利益に寄与する社会活動を行う利益とその必要性があるというのが相当である。」と判断したうえ、原審は、その結果として本件処分を取消したのであるが、原判決のこの誤りは原審が上告人のした本件処分の適否を審査するに当って、主務官庁たる上告人と同一の主場に立って、本件処分の適否を判断したことに起因するものであって、この点で、原判決は行訴法三〇条の解釈を誤った違法がある。

六 採証法則違反の違法

1 原判決は、「足立区は同区内を流れる荒川放水路を境として堤北地区と堤南地区に分かれ、両地区はそれぞれ異った生活圏を形成しており、」と認定しているが(二〇丁表・三四丁裏)、右事実の認定は以下に述べるとおり何らの証拠に基づかないものであり、違法である。

2(一) 右事実は、第一審で被上告人(控訴人・原告)が主張したものであるが、右事実については上告人(被控訴人・被告)は認めておらず(第一審判決、請求の原因に対する認否第二項6、同判決一二丁裏)、また右事実は第一審判決では認定されていないものである。すなわち、足立区の堤北地区と堤南地区はそれぞれ異った生活圏を形成していないのである。

(二) ところで、原判決によれば、「ことに、当該地区において、地理的条件、人口動態の点で互に異る生活圏が形成されている事情があるときは、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在する場合においても右生活圏を対象とする地域医療の増進に寄与する社会活動を行う余地が別個にあるということができるから既に法人たる地区医師会の存在する地域において、会員が混在する状態にあっても、なお目的を同じくする別個の法人たる地区医師会の存在することの必要性を否定することはできないと考えられる」と説示する(一七丁表七行目から同丁裏五行目まで)。

すなわち、地理的条件、人口動態の点で互に異なる生活圏が形成されている事情があるときは、当該地区全体を対象とする既存の地区医師会が存在し、かつ会員が混在する状態にあっても、右生活圏を対象とする別個の法人たる地区医師会の存在することの必要性があるというのである。したがって足立区においては、区内を流れる荒川放水路を境として堤北地区と、堤南地区に分かれ、両地区はそれぞれ異った生活圏を形成しているかどうかの事実は、右判示することろによれば重要な事実であり、かつ判決の結論に影響を及ぼすものである。もっとも、異なる生活圏形成の判断要素に人口動態を入れるのは誤りであることは既に前記三、2(一)で述べたとおりである。

(三) しかるに、原判決は、足立区内の堤北地区と堤南地区における人口動態、すなわち右両地区の一定期間内における出生、死亡、婚姻等に基づく人口の変動について何らの認定のないまま、足立区の堤北地区と堤南地区はそれぞれ異った生活圏を形成していると認定しているが、右事実は何らの証拠に基づかないものであるから、原判決はこの点で採証法則違反がある。

そして、原判決は右認定事実を基にして、「控訴人は足立区内の堤北地区において、更に独自にその地域社会の利益に寄与する社会活動を行う利益とその必要性があるというのが相当である。」と結論づけ結果として本件処分を取消しているのであるから、右違反は判決に影響を及ぼす重大な採証法則違反である。

七 むすび

以上述べたとおり、原判決は民法三四条及び行訴法三〇条の解釈、適用を誤った違法がありこの違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背であるから破棄されるべきである。

第二 会員の争奪について

一 原判決の認定

1 原判決は、新法人の設立が許可されたことによって、互に激烈な会員の争奪が行われるおそれが存する状況があるため公益上無視できない場合の判断基準について、

「……既に法人たる地区医師会の存在する地域において、会員が混在するままで同一目的の新法人を設立する必要性が認められる場合であっても、新法人の設立が許可された場合に、互に激烈な会員の争奪が行われ、入会や勧誘やその阻止などのために、地域住民に対する医療業務に著しい停滞を生ずるおそれがある場合には、それによって地域住民の医療生活に不安を与えるおそれを生ずるため、公益上これを無視することはできない。」(原判決一八丁表五行目から同丁裏一行目まで。)とし、このことから、「地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当り……既存法人たる地区医師会との間で激烈な会員の争奪が行われるおそれが存する状況がないのに、たやすくそのおそれがあるとし……てした主務官庁の処分は、事実上の根拠に基づかないものとして裁量権の行使を誤るものといわなければならない。」(原判決一八丁裏八行目から一九丁表八行目まで。)旨判示している。

2 そして、右に関する事実につき、

(一) 「東京都足立区内の医師の団体として足立区医師会があり……足立区医師会に所属し、いわゆる堤北地区に就業場所又は住所を有する医師の一部(以下、江北側医師会という。)が昭和四九年に一二月六日新しい医師会の設立総会を開催して定款を作成し、その名称を足立江北医師会とすること」(原判決一四丁裏九行目から一五丁表四行目まで)。

(二) 「……足立区医師会執行部に対し不信と不満をつのらせた江北側医師中田三郎ら二九名は昭和四九年一一月発起人となり控訴人の設立準備を進めたうえ、同人らを含めた江北側医師五〇名は同年一二月二六日足立区医師会長に対し、同月一八日付の書面による退会届を提出し、堤北地区に住所を有しながら足立区医師会に加入していなかった医師をも加えた合計八四名が昭和四九年一二月二六日控訴人の設立総会を開催した。江北側医師中田三郎ら二九名は、昭和四九年一一月ごろ控訴人の会員を増加するため堤北地区に住所を有する医師に対する入会の説得をすることを申し合せて、これを行い、また控訴人は昭和五〇年一月三〇日『足立江北医師会報』なる月刊機関紙を発行し、その紙上で堤北地区に住所を有する医師を対象として入会を期待する旨の記事を掲載するなどの方法で新会員の獲得に努め、かつ昭和五〇年七月三〇日被控訴人に対し社団法人設立許可申請書に添付して提出した収支予算書には、初年度の会員七二名を次年度には一三〇名に増加させることを予定している旨を記載していた。しかし、現実には控訴人の会員は右設立総会開催から右法人設立許可申請の時までの間に八四名から七二名に減少した。」(原判決二二丁表一一行目から二三丁表九行目まで。)

(三) 「被控訴人は本件基本方針に従い、控訴人、足立区医師会及び東京都医師会に対し、本件を話合いにより円満に解決することを働きかけたが、東京都医師会及び足立区医師会は、行政区画と地区医師会の地域とは一致することが原則であることを理由として、控訴人の社団法人設立許可に反対の意向を表明し、更に足立区医師会はその機関紙足立区医師会特報(昭和五〇年二月一日発行)において、控訴人の会員となるならば、予防接種事業等における医師の医療活動のうえで不利益を蒙る旨記載するなどし、他方、控訴人は昭和五〇年一月三〇日以来前記機関紙「足立江北医師会報」において、あくまで足立区医師会とは別個独立に社団法人を設立する意向を表明し、前記足立区医師会特報の記事に反論する記事を掲載するなどし、控訴人と足立区医師会とは互に対立反目する状況にあり、事態の円満な収拾は足立区医師会と控訴人との間の話合いによっては困難な状態にあった。」(原判決二八丁裏四行目から二九丁表八行目まで。)

(四) 「足立区は昭和五〇年五月、同年度の小、中学校生徒等に対する日本脳炎の予防接種実施につき、従前からこの種の事業に関して協力を得てきた足立区医師会に対し委託契約を締結したところ、控訴人は同年六月足立区長に対し、自己との直接の委託契約の締結を求め、足立区医師会から再委託を受けることには応じられないと主張したため、足立区はその取扱いに苦慮したが、足立区医師会と協議のうえ、最終的には足立区医師会が双方の会員を含む学校医会に予防接種の実施を再委託し、報酬も足立区からいったん全額を足立区医師会へ支払い、足立区医師会はその全額を学校医会へ支払い、学校医会が右予防接種の実施に参加した足立区医師会の会員及び控訴人の会員に支払うという処理をして、ようやく解決するに至った。しかし、足立区医師会の会員の中には、控訴人が足立区医師会と同等の立場を主張するという態度に反感を強め、控訴人の会員と同席する場所での予防接種等をするのであれば、参加しないとの意向を表明する者も出て、事態は一向に改善されなかった。」(原判決二九丁表九行目から三〇丁表四行目まで。)と事実認定(但し、前記(一)記載の事実については当事者間に争いがない。)している。

3 さらに、右認定事実に基づき右に関する判断について、

「中田三郎ら二九名は昭和四九年一一月ごろ発起人となり控訴人の設立の準備を進め、同人らを含めた江北側医師五〇名と堤北地区に住所を有しながら足立区医師会に加入していなかった医師を加えた合計八四名が昭和四九年一二月二六日控訴人の設立総会を開催したこと、控訴人は昭和五〇年一月三〇日以降その機関紙上で堤北地区に住所を有する医師を対象として入会を期待する旨の記事を掲載し、これを配布するなどの方法で新会員の獲得に努めたこと、控訴人が昭和五〇年七月三〇日被控訴人に対し法人設立申請を行った当時においては控訴人の会員は七二名であったことの経緯を考えると、その間控訴人と足立区医師会との間で地域住民に対する医療業務に停滞を生ずるような激烈な会員争奪が行われたものということはできないし、控訴人が被控訴人に対し前記社団法人設立許可申請書に添付して提出した収支予算書には、初年度の会員七二名を次年度には一三〇名に増加させることを予想していたことも、右経緯及び控訴人の新会員獲得の方法が前記機関紙の発行、配布をもってするにとどまっていたことからすれば、直ちに地域住民に対する医療業務に停滞を生じさせるおそれがあるものと断ずることはできない。したがって、控訴人に対し社団法人の設立が許可された場合には、足立区医師会との間で互に激しい会員の争奪が行われるために地域住民に対する医療業務に停滞を生ずるおそれのある状況にあったということは、合理的根拠を欠くといわざるをえない。」(原判決三五丁裏六行目から三六丁裏八行目まで。)と判示している。

二 判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな原判決の法令違背等の違法

しかしながら、原判決の前記一の判断基準等について、以下に述べるとおり判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令違背等の違法がある。

1 判断基準の違法

(一) 民法三四条は「公益ニ関スル社団……ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定し、公益法人の設立を主務官庁の許可にかからせており、そして、当該法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当っては、法人設立の必要性、当該社団の目的とする事業の内容、その実行性のみならず法人設立許可によって生ずる社会的影響など諸般の事情を総合的に考慮して決定されるべきであると解されている。これを本件に即していうならば、地区医療に関する法人の設立の許可を与えるか、どうかの判断に当っては、当該地区医療に関する法人設立の必要性、当該社団の目的とする事業内容、その実行性のみならず当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響等を総合的に考慮して決定されるべきものと解するのが相当である。地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかを判断するに当って、当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響をその考慮要素とする理由は、当該法人の設立許可によって公益すなわち不特定多数者の利益を害することとなれば、かえって当該社団をして独立の法人格を与え不特定多数者の利益の増進をはかるという民法三四条の趣旨・目的に反する結果となるからである。

(二) ところで、およそ地域医療が不特定多数の地域住民の生命、健康及び衛生の維持、向上に直接かかわるものであることは周知の事実である。このことは、例えば地域住民が予想外の地点で突然に事故や災害で身体の傷害を受け、あるいは突発的な疾病によって緊急に医療を必要とする場合、これに即応する適切な医療サービスが行われなければ当該地域住民の生命、健康等に重大な影響を及ぼす結果となることからも明らかである。

このような理解に立てばたとえ一時的にせよ、不特定多数の地域住民の医療生活に不安を与えるおそれなどを生ぜしめるという事態は、主務官庁としては可及的に避ける途をとるべきことは当然である。けだし、たとえ不特定多数の地域住民に対する医療の欠陥が一時的なものであったにせよ、それによって失う当該地域住民の生命、健康の維持・増進という法益は重大でかつそれを回復することが困難なものであるからである。

したがって、地区医療に関する法人の設立の許可によって、既存の地区医師会たる法人と新しい地区医師会たる法人との間で互に激烈な会員の争奪が行われるおそれがあり、それによって不特定多数の地域住民の医療生活に一時的にせよ不安を与えるおそれなどを生ぜしめるという事態はそれが仮に一時的、過渡的なもので、ある程度の期間の経過により沈静することが考えられる場合であっても、それは公益上たやすく無視し得るものではないというべきである。

(三) 以上のような理解に立てば、会員の激烈な争奪に関する民法三四条の解釈も、「地区医療に関する新法人の設立許可された場合に、既存の地区医師会たる法人と新しい地区医師会たる法人との間で一時的にせよ互に激烈な会員の争奪が行われるおそれがあり、それによって不特定多数の地域住民の医療生活に一時的にせよ不安を与えるおそれなどを生ぜしめるという事態は、公益上たやすく無視することができない。」と解するのが相当である。

(四) この点について、原判決は、前記一1で指摘したとおり、「地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当り……既存法人たる地区医師会との間で激烈な会員の争奪が行われるおそれが存する状況がないのに、たやすくそのおそれがあるとし」と判示し、これによれば、右判断基準について、一時的に互に激烈な会員の争奪が行われるおそれがある場合を含めていないのであるから、この限りにおいて民法三四条の解釈を誤っているというべきである。

2 判断過程の違法

(一) 新法人の設立が許可されたことによって、互に激烈な会員の争奪の行われるおそれが存する状況があるため公益上無視できないと判断するにあたって、本件処分当時、足立区の堤北地区において被上告人の会員と足立区医師会の会員とが混在状態にあったという事実は右争奪の行われるおそれを推認するための重要な事実の一つである。

けだし、一般の経験則に照らせば同地区に法人格の取得をめざす社団の会員と既存の法人の会員とが混在せず区域割りがきちんとできている場合は新法人の設立許可によって互に激烈な会員の争奪の行われるおそれが少ないが、これに対し、同地区に法人格の取得をめざす社団の会員と既存の法人の会員とが混在状態にあればきちんと区域割りができていないため新法人の設立許可を機に互に激烈な会員の争奪が行われる可能性が大きいといえるからである。

このような見地に立って、前記一2記載の事実及び同3記載の判断過程についてみると、原判決は、前記一2(一)において、足立区の堤北地区において被上告人の会員と足立区医師会の会員とが混在状態にあったと判断するに足る事実を摘示しながら、同3の判断過程において右事実の存在を全く看過しているのである(なお、右事実については別の事項の判断過程で引用されている。――原判決三丁表三行目から四行目)。

したがって、原判決は右の点において、民法三四条の適用を誤り、及び「事実についての同条の適用→推論」にいたる判断過程が不明確であるという理由不備の違法をおかしているのである。

(二) また同様にして、本件処分当時、被上告人と足立区医師会とが互に反目し合っていたという事実も、その争奪の行われるおそれがあると推認するための重要な事実の一つである。けだし、一般の経験則に照らせば、法人格の取得をめざす社団と既存の法人とが互に反目し合っている方が、そうでない場合に比べ、新法人の設立許可を機に一層互に激烈な会員の争奪が行われる可能性が高いということができるからである。

このような見地に立って、前記一2記載の事実及び同3記載の判断過程についてみると、原判決は前記一2(三)及び同(四)記載の事実から明らかなとおり、本件処分当時、被上告人と足立区医師会とが互に反目し合っていたと判断するに足る事実を認定しながら同3の判断過程において右事実の存在を全く看過しているのである。

したがって、原判決は、右の点においても、民法三四条の適用を誤り、及び「認定事実についての同条の適用→推論」にいたる判断過程が不明確であるという理由不備の違法をおかしているのである。

(三)(1) さらに同様にして、本件処分当時、被上告人と足立区医師会とが互に会員の争奪を行っていたという事実も、新法人の設立が許可されたことによって、互に激烈な会員の争奪の行われるおそれがあると推認するための重要な事実の一つである。

けだし、一般の経験則に照らせば、法人格の取得をめざす社団と既存の法人とが互に会員の争奪を行っている場合は、そうでない場合に比べ、新法人の設立許可を機に一層互に激烈な会員の争奪が行われる可能性が高いといえるからである。

(2) 以上の見地に立って、この点に関する原判決の認定事実についてみると、前記一2(二)及び同(三)のとおりであり、右認定事実から、本件処分当時被上告人と足立区医師会とが互に会員の争奪を行っていたということが容易に認定できるというべきである。

(3) しかるに、原判決は、この点に関する判断において「本件処分当時、地域住民に対する医療業務に停滞を生ずるような激烈な会員の争奪が行われたものということができない(前記一3参照)」旨判示し、このことから、原判決は、本件処分時において右のような激烈な会員の争奪が行われたという事実が認定できなければ、新法人の設立が許可された場合に、互に激烈な会員の争奪の行われるおそれがあるということを推認することができない旨判示するもののようである。

しかしながら、新法人の設立が許可された場合に、互に激烈な会員の争奪の行われるおそれがあるということを推認するための事実は、原判決摘示の右事実に限定する必要はなく、前記(1)で述べたとおり、右の程度に至らない処分時における互の会員の争奪が行われたという事実も、十分、将来における(新法人の設立が許可された場合の)互の激烈な会員の争奪の行われるおそれを推認するための資料の一つとなりうるものなのである。

したがって原判決は、右の点において、認定事実についての民法三四条の適用を誤り、その推論の過程における矛盾すなわち理由そごの違法をおかしているというべきである。

(四) 以上の次第で、原判決は、前記一2から同3に至る判断過程において法の適用の誤り、理由不備、理由そごの違法をおかしているのである。

3 採証法則違反の違法

(一) 原判決は、新法人の設立が許可されたことによって、互に激烈な会員の争奪の行われるおそれがあると推認するための重要な事実の一つである「本件処分当時、被上告人と足立区医師会とが互に会員の争奪を行っていたかどうか」について、前記一2(二)及び同(三)のとおり事実認定している。

しかしながら、原判決が挙示した証拠に照らせば、次のような事実が認められるのである。

すなわち、原判決挙示の成立に争いのない乙第一号証、第四号証の二、及び第一審証人松本繁、第一審証人城後昭彦(第一回)の各証言によれば、

(1) 被上告人の「執拗な勧誘を受けて、不愉快な思いをしている足立区医師会員が続出してい」たのである(乙第四号証の二、松本証人調書一四八)、

(2) 一方、足立区医師会は、その会報に「足立江北医師会のデメリット」を掲載して、これに対抗し(乙第一号証(1)、但し、この事実については原判決も前記一2(三)で述べたとおり事実認定している。)、また、城後証人によれば、「向こうの医師会から電話戦術その他で、いろんなことを言われて、現に退会した先生もいますし、とても考え込んだという情報は、たくさん、はいってまいります。」(城後証人調書一二一)、

との各事実が認められるのである。

右各事実は、本件処分当時、被上告人と足立区医師会とが互いに激烈な会員の争奪を行ったということを判断するに足る重要な事実であるところ、原判決は、何らの根拠もなく右各事実の認定を行っていないのである。

したがって、原判決は、右の点において、採証の法則に違反する違法をおかしているというべきである。

4 原判決の判断基準等の各違法がない場合における判決の結果と行政事件訴訟法三〇条の適用等の違法

(一) 新法人の設立が許可されたことによって、互に激烈な会員の争奪が行われるおそれが存する状況があるため公益上無視できない場合に関して、原判決が認定した事実は前記一2のとおりである(但し、同一2(一)記載の事実は当事者間に争いがない。)。

右事実関係のもとで、原判決において前記二1の法律違反、同2の法の適用の誤り、理由不備、理由そごの違法がなければ、本件処分当時、堤北地区において被上告人の会員と足立区医師会の会員とが混在状態にあり、かつその所属は流動的であったのであり、しかも両者が互に反目し合って会員争奪を行っていたというべきであり、このような状況の下で被上告人の法人設立が許可された場合には、足立区医師会と被上告人との間の会員争奪が一時的にせよこれまで以上のものとなり、それによって不特定多数の地域住民の医療生活に一時的にせよ不安を与えるおそれがあったということは容易に判断できたというべきである。

右に加え、前記二3の採証法則の違法がなければ、右結論をより以上に強固にするものである。

以上の次第で、原判決には判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令違背等の違法があるというべきである。

(二) ところで、行政事件訴訟法三〇条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」旨規定している。この意味するところは、裁判所が主務官庁の合理的裁量に委ねられているものと解されている処分の適否を審査するにあたっては、当該主務官庁と同一の立場に立って許可・不許可の処分をすべきであったかどうか判断し、その結果と当該処分とを比較してその是非を論ずべきでなく、当該主務官庁の裁量権の行使に基づく処分が、全く事実上の根拠に基づかない場合や、考慮すべき事項を考慮せず又は考慮すべきでない事項を考慮した場合、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の行使を誤った場合に限り違法であると判断すべきものと理解すべきである。この点については、原判決も右と見解を異にするものでないのである(原判決一六丁裏六行目から一七丁表三行目まで)。

そして、公益法人を許可するかどうかの判断が、当該社団の目的とする事業分野を管轄し、行政責任を有する主務官庁の合理的裁量に委ねられているものと解されており、原判決もこのことについて右と同一の見解をとるものである(原判決一六丁裏三行目から同六行目まで)。

以上の見地に立ってこれを本件についてみると、原判決が認定した前記一2記載の事実関係のもとで、原判決の前記二1の法律違反、同2の法の適用の誤り、理由不備、理由そごの違法がなければ、前記二4(一)で指摘したところから、上告人の裁量権の行使に基づく本件処分が、全く事実上の根拠に基づかないとか、考慮すべき事項を考慮せず又は考慮すべきでない事項を考慮したとか、社会観念上著しく妥当性を欠いたとか、等の裁量権の行使を誤ったという違法事由は全く見あたらないのである。

右に加え、前記二3の採証法則の違法がなければ、上告人に裁量権の行使の違法がないことは明らかである。

(三) 以上のとおり、会員激烈な争奪に関して上告人の本件処分が事実上の根拠に基づかないでされたものであるとの原判決は、何ら理由がなく、右判決は前記摘示の各違法の結果、行政事件訴訟法三〇条の解釈・適用を誤る違法をおかしているのである。

三 むすび

以上の次第で、前記二記載の各違法がなければ、本件においては、被上告人の公益法人の設立が許可されたことによって、被上告人と足立区医師会との間で一時的にせよ互に激烈な会員の争奪の行われるおそれが存する状況があったということが明らかであるから、この点だけからしても、公益上無視できないとして、公益法人の設立許可申請について不許可処分をするに足る事由があるというべきである。したがって、前記二記載の各違法がなければ、判決の結果が異なることは明白であるから、原判決は破棄をまぬがれないものである。

第三 既存の地区医師会の協力及び新法人と既存の地区医師会の協調態勢について

一 原判決の認定

1 原判決は、新法人の設立が許可された場合、地区医療行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなり、又は新法人と既存の法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠き、公益上無視できない場合の判断基準について、「……既に法人たる地区医師会の存在する地域において、新法人の設立が許可された場合に、両者の反目対立のために地域医療行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなり、又は新法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠き、混乱や障害を生ずるおそれがある場合にも、同様にこれを公益上無視することはできない。」(原判決一八丁裏一行目から同七行目まで。)とし、このことから、「地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当り……既存の法人たる地区医師会の協力が得られなくなる合理的根拠が存する状況ではなく、しかも新法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠く合理的根拠が存する状況ではないのに、たやすく地域医療に混乱と障害のおそれがあるとしてした主務官庁の処分は、事実上の根拠に基づかないものとして裁量権の行使を誤るものといわなければならない。ことに、単に既存の法人たる地区医師会が反目対立する新法人の設立許可に反対の態度を示していることから直ちにその反対する合理的根拠の有無を考慮することなく、地域医療に混乱と障害を生ずるおそれがあるとして新法人の設立許可をしない処分をすることは、主務官庁において裁量権を放棄するに等しく、行政運営上の便宜のみを考えたにとどまり、地域住民の医療の増進を考慮しないものとして、結局裁量権の行使を誤るものといわなければならない。」(原判決一八丁裏八行目から一九丁裏五行目まで。)と判示している。

2 そして、右に関する事実につき、

(一) 「……控訴人は……足立区に対し、同区の行う公衆衛生事業の委託契約締結の申込みをしたが、法人格のないことを理由に拒否され、また被控訴人に右診療所の保険医療機関指定申請書を提出したが、名称が不適切であることを理由に指定を受けられなかった。」(原判決二三丁裏七行目から同二四丁表六行目まで。)

(二) 昭和三九年頃から本件処分時までにおける東京都及び特別区の公衆衛生行政の実情は、大要、次のとおりであった。すなわち、東京都は昭和三九年当時においては、保健所の所轄事項として、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、伝染病予防法に基づく防疫事業、予防接種法に基づく予防接種事業、優生保護法に基づく優生保護事業、性病予防法に基づく性病予防事業、成人病予防事業、母子衛生保健指導、寄生虫、らい、トラホーム予防事業等を実施していたが、昭和四〇年四月一日地方自治法中の特別区に関する改正規定(昭和三九年法律一六九号)の施行の結果、右事業のうち老人福祉法による老人健康診査、母子衛生保健指導、伝染病予防法に基づく防疫事業、予防接種法に基づく予防接種事業、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、トラホーム予防事業が都から区に移管され、次いで昭和五〇年四月一日地方自治法中特別区に関する規定の改正(昭和四九年法律七一号)に伴い追加された同法附則一九条の規定の施行の結果、保健所にかかる妊婦健康診査等の各種の医療行政事務事業が東京都又は東京都知事(被控訴人)から特別区又は特別区長に移管された。そして、東京都における昭和三〇年代までの地域医療行政においては、結核予防事業が中心的地位を占めていたが、その後これに代わり老人、心身障害者などのいわゆる弱者防衛施策が拡充され、成人病対策事業が重要なものとなり、このようにその間地域医療行政に関する事業は、その種類も内容も著しく変容してきた。他方、東京都及び特別区は、現実には、所属の医療専門職員の絶対数が不足するため、独力でこれらの事業を実施することが不可能であったから、その保健所や都立病院等の医療機構が存在するにもかかわらず、東京都医師会、各区の地区医師会等の協力を求め、これらの地区医師会に委託し又は医師の派遣を求めるなどして前記各種事業を実施している。したがって、東京都及び区の公衆衛生行政においては、地区医師会の協力を得ることがその重要かつ不可欠なものとなっており、しかもこのような都及び区の地区医師会に対する依存関係は、前記公衆衛生行政に対する需要が増加するに伴い、一層その度合いを強めているとともに、前記医療行政に関する各種事業の都から区への移管に伴い、ことに区とその地区医師会との円満な協力関係の維持の必要性はますます増大している。上記のような事態の推移に鑑み、地区医師会が自治体側からの協力要請に対し全都統一的に応ずることのできる態勢を常に確立しておく必要があることから、東京都、特別区及び東京都医師会は昭和四九年その三者を構成員とする三者協議会を結成し、以来これを通じて公衆衛生行政の統一的一体的運営を図っている。

これらのことは足立区においても変りはなく、足立区においては、前記事業のうち母子衛生保健指導及び防疫事業については自ら実施しているが、老人健康保健診査については足立区医師会へ委託して実施し、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、トラホーム予防事業については足立区医師会から医師の派遣を得て実施し、予防接種法に基づく予防接種については東京都へ委託し、東京都はこれを足立区医師会へ再委託して実施するに至っており、保健所に関する妊婦健康診査等の各種の地域医療行政の事務事業についても、これらを足立区医師会に委託し又は同医師会から医師の派遣を得るなどして実施するに至っている。」(原判決二五丁表二行目から二七丁裏四行目まで。)、

(三) 「被控訴人は本件基本方針に従い、控訴人、足立区医師会及び東京都医師会に対し、本件を話合いにより円満に解決することを働きかけたが、東京都医師会及び足立区医師会は、行政区画と地区医師会の地域とは一致することが原則であることを理由として、控訴人の社団法人設立許可に反対の意向を表明し、更に足立区医師会はその機関紙足立区医師会特報(昭和五〇年二月一日発行)において、控訴人の会員となるならば、予防接種事業等における医師の医療活動のうえで不利益を蒙る旨記載するなどし、他方、控訴人は昭和五〇年一月三〇日以来前記機関紙「足立江北医師会報」において、あくまで足立区医師会とは別個独立に社団法人を設立する意向を表明し、前記足立区医師会特報の記事に反論する記事を掲載するなどし、控訴人と足立区医師会とは互に対立反目する状況にあり、事態の円満な収拾は足立区医師会と控訴人との間の話合いによっては困難な状態にあった。」(原判決二八丁裏四行目から二九丁表八行目まで。)、

(四) 「足立区は昭和五〇年五月、同年度の小、中学校生徒等に対する日本脳炎の予防接種実施につき、従前からこの種の事業に関して協力を得てきた足立区医師会に対し委託契約を締結したところ、控訴人は同年六月足立区長に対し、自己との直接の委託契約の締結を求め、足立区医師会から再委託を受けることには応じられないと主張したため、足立区はその取扱いに苦慮したが、足立区医師会と協議のうえ、最終的には足立区医師会が双方の会員を含む学校医会に予防接種の実施を再委託し、報酬も足立区からいったん全額を足立区医師会へ支払い、足立区医師会はその全額を学校医会へ支払い、学校医会が右予防接種の実施に参加した足立区医師会の会員及び控訴人の会員に支払うという処理をして、ようやく解決するに至った。しかし、足立区医師会の会員の中には、控訴人が足立区医師会と同等の立場を主張するという態度に反感を強め、控訴人の会員と同席する場所での予防接種等をするのであれば、参加しないとの意向を表明する者も出て、事態は一向に改善されなかった。」(原判決二九丁表九行目から三〇丁表四行目まで。)

(五) 「被控訴人はまた、同年八月一二日……東京都医師会長及び足立区医師会長……に対し、控訴人の社団法人設立許可の当否に関する見解を照会したところ、大要、次のような回答が寄せられた……

東京都医師会長の回答

行政区画と医師会の地域とは一致することが望ましく、意見を異にする少数者が分離独立することを是認すれば、医師会が細分されて無数に発生し、行政上支障が生ずることから、控訴人の法人化には反対である。

足立区医師会長の回答

足立区医師会と控訴人とは全く協調性を欠き、互いに反目さえする状態にあり、もし控訴人に法人格が与えられて両者が同等の権限を主張し合うことになれば、公衆衛生活動における協調体制をとることは困難になり弊害の方が多い。よって、設立許可のないことを希望する……」(原判決三〇丁裏一行目から三二丁表五行目まで。)と事実認定している。

3 さらに、右認定事実に基づき右に関する判断について、

(一) 「……本件処分当時、東京都及び各特別区はその公衆衛生行政の実施において、現実には、東京都医師会及び各特別区の地区医師会の協力を得てしており、このような東京都及び各特別区の地区医師会に対する依存関係がその度合いを強めており、足立区においても老人健康保健診査については足立区医師会へ委託して実施し、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業等においては足立区医師会から医師の派遣を得て実施しているなどしているところ、東京都医師会と足立区医師会とは被控訴人に対し、控訴人の社団法人設立許可に反対の意向を表明しており、かつ、足立区医師会と控訴人とは互に反目対立する状況にあるのであるが、しかし、控訴人につき社団法人設立の許可をすることが直ちに地域住民の医療生活に混乱と障害を惹起するとする根拠となるものではない。」(原判決三六丁裏九行目から三七丁裏一行目まで。)、

(二) 「また控訴人に対する社団法人設立許可があったからといって、必然的に東京都及び足立区においてその公衆衛生行政の実施につき控訴人との間で委託契約を結び又は控訴人から医師の派遣を求めなければならない関係が生ずるわけのものではないし、東京都及び足立区と東京都医師会及び足立区医師会との間の従来の委託契約及び協力依存関係に直接的な変更を及ぼすわけのものでもない。東京都及び足立区がその公衆衛生行政の実施において控訴人との間で右委託契約を結び又は医師の派遣を求めるか否かは東京都及び足立区において自らの判断において選択し決定すべき事柄である。このことは、控訴人が法人格のない社団として存在している場合においても同様なことである。」(原判決三七丁裏一行目から三八丁表二行目まで。)、

(三) 「東京都医師会及び足立区医師会が控訴人の法人設立許可につき反対の意向を有しているのは、その資格、能力、地域社会に対する影響に関していうものではなく、むしろ江北側医師が足立区医師会執行部とその運営上の事項について意見を異にし脱会したという従来の経緯から、控訴人が足立区医師会と同じような社団法人格を取得することへの反感に基づいているにすぎないと推認するのが相当であり、したがってその反対の態度には合理的根拠があるものとはいえないし、東京都及び足立区に対する協力を拒否すべき正当な理由があるともいえない。」(原判決三八丁表二行目から同丁裏一行目まで。)

(四) 「東京都及び足立区における公衆衛生行政の実施において足立区医師会の会員と控訴人の会員とが同席することからその実施に混乱と障害が生ずるおそれがあるというのは、その前提において合理的根拠はないから、これを採用することができない。」(原判決三八丁裏一行目から同五行目まで。)、

(五) 「してみれば、本件処分当時において、控訴人に対し社団法人設立許可をすれば、既存の法人たる足区医師会の協力が得られなくなり、かつ、地域医療に混乱と障害が生ずるおそれがある状況が存在したということは合理的根拠はないものといわなければないない。」(原判決三八丁裏五行目から同一〇行目まで。)と判示している。

二 判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな原判決の法令違背等の違法

しかしながら、右原判決には、以下に述べるとおり判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令違背等の違法がある。

1 既存の地区医師会の協力が得られなくなるため公益上無視できない場合に関する判断基準の違法

(一) 原判決は、新法人の設立が許可されたことによって、既存の地区医師会の協力が得られなくなるため公益上無視できない場合の判断基準について、前記一1で指摘したとおり、地区医療に関する法人の設立が許可された場合に既存の法人たる地区医師会の協力が、得られなくなる合理的根拠が存する状況ではないのに、たやすくそのおそれがあるとしてした主務官庁の処分は、事実上の根拠に基づかないものとして裁量権の行使を誤るものといわなければならない旨判示し、既存の法人たる地区医師会の協力が得られなくなることによる地域医療の停滞や混乱が具体的にはっきりしなければ公益上無視できない場合にあたらない、とするものである。

(二) しかしながら、原判決の右判断基準は、以下に述べるとおり民法三四条の解釈を誤っているのである。

(1) 民法三四条が公益法人の設立を主務官庁の許可にかからせており、そして本件に即していうならば、地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当たって、当該地区医療に関する法人設立の必要性、当該社団の目的とする事業内容、その実行性のみならず当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響等を総合的に考慮して決定されるべきものと解され、さらに、地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかを判断するに当たって、当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響をその考慮要素とする理由が、当該法人の設立許可によって公益すなわち不特定多数者の利益を害することとなれば、かえって当該社団をして独立の法人格を与え不特定多数者の利益の増進をはかるという民法三四条の趣旨・目的に反する結果となるからである、ということは、前記第二・二・1・(一)で既に述べたとおりである。

(2) ところで、およそ公衆衛生行政が、不特定多数の地域住民の生命の維持、健康と衛生の維持、向上に直接かかわるものであることは周知の事実である。このことは、例えば結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、伝染病予防法に基づく防疫事業、予防接種法に基づく予防接種事業、優生保護法、性病予防法に基づく性病予防事業、成人病予防事業等の円滑、適切な遂行に支障をきたすような事態が生じた場合、当該地域住民の生命、健康等に重大な影響を及ぼし、また社会的、政治的混乱を招来することからも明らかである。

このような理解に立てば、公衆衛生行政の停滞や混乱は、いかなる理由によるものであっても、主務官庁として可及的にこれを避ける途をとるべきことは当然であり、また、その停滞や混乱の程度等が具体的にはっきりしないからといって、確たる見通しもなく、そのおそれのあることをあえてすべきであるということはできないというべきである。けだし、公衆衛生行政の欠陥によって失う地域住民の生命の維持、健康の維持・増進、社会の平穏等の法益は極めて重大であり、かつそれは後に回復することが困難なものであるからである。

ところで、公衆衛生行政の実施において、既存の地区医師会の協力を得ることが重要かつ不可欠のものとなっている状況のもとにおいては、その既存の地区医師会の協力が得られなくなった場合、即公衆衛生行政の停滞や混乱が生ずるものである。

(3) そうすると、既存の地区医師会の協力を得られなくなる場合に関する民法三四条の解釈も、「公衆衛生行政の実施につき、既存の地区医師会の協力を得ることが重要かつ不可欠のものとなっている状況の下において地区医療に関する新法人の設立許可された場合に、地域医療行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなるおそれがあり、また、その程度等が具体的にはっきりしないからといって、確たる見通しもなく、そのおそれのあることをあえてすべきであるということはできない。」と解するのが相当である。

(4) 以上の次第で、原判決は、この点について、新法人の設立が許可された場合に、既存の法人たる地区医師会の協力が得られなくなることによる地域医療の具体的停滞や混乱を要求する点において、民法三四条の解釈を誤る違法をおかしているのである(前記(3)摘示の解釈における「公衆衛生行政の実施につき、既存の地区医師会の協力を得ることが重要かつ不可欠のものとなっている状況の下において」との点については、前記一2(二)、同3(一)から判断して、原判決も同じ考え方に立っているものと思われる。)。

2 新法人と既存の地区医師会が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠くため公益上無視できない場合に関する判断基準等の違法

(一)(1) 新法人の設立が許可されたことによって、新法人と既存の法人たる地区医師会が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠くため公益上無視できない場合に関する民法三四条の解釈は次のように解するのが相当である。

すなわち、「①新法人の設立が許可され、それに伴って従来既存の医師会のみに委託されてきた公衆衛生行政につき、何らかの形で新法人を除外することが実際問題として容易にできない状況にあって、かつ②新法人と既存の医師会との関係が険悪化しており、新法人の法人化を機に両者の右関係が緩和、解消されると予測すべき客観的保障がない場合、これを公益上無視できない」と解すべきである。

そして、右のような解釈が正当である理由を述べると次のとおりである。

右の場合において、①の状況をその基準に取り入れた理由は、①の状況になければ、新法人の設立が許可された場合に、新法人と既存の医師会との関係が険悪化していたとしても、公衆衛生行政に関して障害、混乱が生じるおそれが少ないからである。

また、②をその基準にとり入れた理由は以下のとおりである。

民法三四条が公益法人の設立を主務官庁の許可にかからせており、そして、本件に即していうならば、地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当たって、当該地区医療に関する法人設立の必要性、当該社団の目的とする事業内容、その実行性のみならず当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響等を総合的に考慮して決定されるべきものと解され、さらに地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかを判断するに当たって、当該法人の設立許可によって生ずる公益上の影響をその考慮要素とする理由が、当該法人の設立許可によって公益すなわち不特定多数者の利益を害することとなれば、かえって当該社団をして独立の法人格を与え不特定多数者の利益の増進をはかるという民法三四条の趣旨・目的に反する結果となるからである、ということは、前記第二・二・1・(一)で既に述べたとおりである。

ところで、およそ公衆衛生行政が、不特定多数の地域住民の生命の維持、健康と衛生の維持、向上に直接かかわるものであることは周知の事実である。このことは、例えば、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業、伝染病予防法に基づく防疫事業、予防接種法に基づく予防接種事業、優生保護法、性病予防法に基づく性病予防事業、成人病予防事業等の円滑、適切な遂行に支障をきたすような事態が生じた場合、当該地域住民の生命、健康等に重大な影響を及ぼし、また、社会的、政治的混乱を招来することからも明らかである。

このような理解に立てば、公衆衛生行政の停滞や混乱は、いかなる理由によるものであっても、主務官庁として可及的にこれを避ける途をとるべきことは当然であり、また、その停滞や混乱の程度等が具体的にはっきりしないからといって、確たる見通しもなく、そのおそれのあることをあえてすべきであるということはできないというべきである。けだし、公衆衛生行政の欠缺によって失う不特定多数の地域住民の生命の維持、健康の維持・増進、社会の平穏等の法益は極めて重大であり、かつそれは後に回復することが困難なものであるからである。

ところで、地域医療に関する新法人の設立が許可され、それに伴って、従来既存の法人たる地区医師会のみに委託されてきた公衆衛生行政に関する事業の実施に何らかの形で新法人も共同関与するようになった場合を考えると、新法人と既存の法人との関係が険悪化している状況にある限り、公衆衛生事業の実施に関する具体的計画の策定やその施行及び事後処理等に関して両者の調整、合意を得ることが難しくなり、右事業の円滑、適時な遂行に重大な支障をきたすおそれが極めて大きいといわなければならない。そのおそれを生ぜしめている両者の対立関係が、新法人の法人化を機に緩和、解消されると予測すべき客観的保障は全くないのである。

このような理解に立てばこの点についての民法三四条の解釈も「①新法人の設立が許可され、それに伴って、従来既存の医師会のみに委託されてきた公衆衛生行政につき、何らかの形で新法人を除外することが実際問題として容易にできない状況にあって、②新法人と既存の医師会の関係が険悪化しており、新法人の法人化を機に両者の右関係が緩和、解消されると予測すべき客観的保障がない場合、これを公益上無視できない」と解すべきなのである。

上告人のこの点に関する原審における主張も、右の①について明言していないが、それが当然の前提となっているのである。

(2) 以上の見地に立って、原判決を検討すると、次のような違法が認められる。

ア 右基準のうち①について

ところで、原判決は、右の基準のうち①について、前記一1で指摘したとおり「……既に法人たる地区医師会の存在する地域において、新法人の設立が許可された場合に……新法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠き、混乱や障害を生ずるおそれがある場合にも、同様にこれを公益上無視することはできない。」旨判示しているところから、当然①がその前提となっているようにうかがえる。けだし①が前提となっていなければ、当該立論は成り立ち得ないからである。

しかし、一方、原判決は、前記一3(二)で指摘したとおり、「また控訴人に対する社団法人設立許可があったからといって、必然的に東京都及び足立区においてその公衆衛生行政の実施につき控訴人との間で委託契約を結び又は控訴人から医師の派遣を求めなければならない関係が生ずるわけのものではないし、東京都及び足立区と東京都医師会及び足立区医師会との間の従来の委託契約及び協力依存関係に直接的な変更を及ぼすわけのものでもない。東京都及び足立区がその公衆衛生行政の実施において控訴人との間で右委託契約を結び又は医師の派遣を求めるか否かは東京都及び足立区において自らの判断において選択し決定すべき事柄である。このことは、控訴人が法人格のない社団として存在している場合においても同様なことである。」旨判示しているところから判断すると、契約理論上の問題で終始し、右前提に立っていないようにうかがえるのである。

したがって、原判決の右判断基準において①がその前提となっているとすれば、その判断過程において、前記一3(二)の如く判示すること自体矛盾であり、法の適用の誤り、理由そごの違法をおかしているといわなければならない。また、原判決が右と同様の前提に立つならば、次のような違法も指摘することができる。すなわち原判決は、右に関し、「控訴人は……足立区に対し、同区の行う公衆衛生事業の委託契約締結の申込みをしたが、法人格のないことを理由に拒否され」た(前記一2(一))と事実認定しているのであるから、このことから被上告人が公益法人についての法人格を取得すれば、足立区の公衆衛生行政の委託につき被上告人を除外することが実際問題として容易にできない状況になることは明らかである。しかしながら、原判決は、その判断過程においてこの点について、前記一3(二)のとおり判示し、右事実の存在を全く看過しているのである。そうすると、原判決は、その判断をするにあたって必要な認定事実を、判断過程に用いなかったという、理由不備の違法、法の適用を誤るという違法をおかしているのである。

さらに、上告人の原審における新法人と既存の法人が公衆衛生行政の実施につき協調態勢を欠くことに関する主張が、右①を当然の前提としていたことは既に述べたとおりである。しかるに原判決は、前記一1の判断基準において①をその前提として認めながら、その判断過程において前記一3(二)のとおり判示し、前記一2(一)記載の事実の存在を全く看過しているのである。そうすると、原判決は、上告人主張の事実を「法の解釈→事実認定→法の適用・推論」の判断過程で遺脱するという、判断遺脱の違法をおかしているというべきである。

次に、仮に、原判断がこの判断基準において①をその前提としていないとすれば、この点に関する民法三四条の解釈を誤っていることは前記(一)(1)から明らかである。したがって、原判決が右のような見解に立っているとすれば、それは民法三四条の解釈を誤った違法をおかしているというべきである。

イ 右基準のうち②について

ところで、原判決は、右の基準のうち②について、前記一1で摘示したとおり、「地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかの判断に当たり……新法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠く合理的根拠が存する状況ではないのに、たやすく地域医療に混乱と障害のおそれがあるとしてした。」と判示している。

しかしながら、原判決は、file_6.jpg「新法人」のみについてその地域医療行政の実施についての協調態勢の欠缺を問題にし、新法人と「既存の法人たる医師会」との関係の険悪化を問題にしてない点において、file_7.jpgまた、地域医療の混乱や障害の具体的危険の存在を要件としている点において、民法三四条の解釈を誤る違法をおかしているのである。

すなわち、右file_8.jpgの点については、公衆衛生行政の欠缺によって失う法益が、不特定多数の地域住民の生命の維持、健康の維持・増進、社会の平穏等という極めて重大でかつ後に回復することが困難なものであるという、その性格に照らせば、前一(1)の上告人主張の要件で足りるというべきであり、また右file_9.jpgの点については、新法人の設立が許可され、それに伴って従来既存の法人たる医師会のみに委託されてきた公衆衛生行政につき、何らかの形で新法人の共同関与を除外することが実際上容易にできない状況の下においては、新法人と「既存の法人たる医師会」との関係が険悪化している状態にあれば、公衆衛生事業の実施に関する具体的計画の策定やその施行等に関して両者の調整、合意を得ることが難しくなり、右事業の円滑、適時な遂行に重大な支障をきたすおそれが極めて大きいのであるから、右file_10.jpg及びfile_11.jpgの点については、前記(一)(1)の上告人主張の②のように解するのが相当である。したがって、右原判決には前記上告人指摘の点において民法三四条の解釈を誤った違法があるのである。

3 判断過程の違法

(一)(1) 原判決は、前記一3(二)で指摘したとおり、「控訴人に対する社団法人設立許可があったからといって、必然的に東京都及び足立区においてその公衆衛生行政の実施につき控訴人との間で委託契約を結び又は控訴人から医師の派遣を求めなければならない関係が生ずるわけのものではないし、東京都及び足立区と東京都医師会及び足立区医師会との間の従来の委託契約及び協力依存関係に直接的な変更を及ぼすわけのものでもない。東京都及び足立区がその公衆衛生行政の実施において控訴人との間で右委託契約を結び又は医師の派遣を求めるか否かは東京都及び足立区において自らの判断において選択し決定すべき事柄である。このことは、控訴人が法人格のない社団として存在している場合においても同様なことである。」旨判示している。

ところで、右は、専ら契約等の理論上の事柄を述べているものと解せられ、そうすると当該判断に種々の違法があることは、前記2(2)で既に指摘したとおりである。

しかし、右判断は、実際上のことも判示しているようにもうかがえないではない。すなわち、右判断中の「控訴人に対する社団法人設立許可があったからといって、必然的に東京都及び足立区においてその公衆衛生行政の実施につき控訴人との間で委託契約を結び又は控訴人から医師の派遣を求めなければならない関係が生ずるわけのものではないし、東京都及び足立区と東京都医師会及び足立区医師会との間の従来の委託契約及び協力依存関係に直接的な変更を及ぼすわけのものでもない。」との部分が、それにあたるもののようである。

(2) しかしながら、当該部分につき右のように解しえたとしても、以下に述べるとおり違法がある。

この点については、原判決は、前記2(一)及び同(五)で指摘したとおり「……控訴人は……足立区に対し、同区の行う公衆衛生事業の委託契約締結の申込みをしたが、法人格のないことを理由に拒否され」た、「被控訴人はまた、同年八月一二日……東京都医師会長及び足立区医師会長……に対し、控訴人の社団法人設立許可の当否に関する見解を照会したところ、大要、次のような回答が寄せられた。……

東京都医師会長の回答

行政区画と医師会の地域とは一致することが望ましく、意見を異にする少数者が分離独立することを是認すれば、医師会が細分されて無数に発生し、行政上支障が生ずることから、控訴人の法人化には反対である。

足立区医師会長の回答

足立区医師会と控訴人とは全く協調性を欠き、互いに反目さえする状態にあり、もし控訴人に法人格が与えられて両者が同等の権限を主張し合うことになれば、公衆衛生活動における協調態勢をとることは困難になり弊害の方が多い。よって、設立許可のないことを希望する……」と、各事実認定しており、このことから、公衆衛生行政に関する事業の委託等について、被上告人を除外することが実際問題として困難な状況にあり、また、東京都及び足立区と東京都医師会及び足立区医師会との間のこれまでの協力依存関係に悪影響を及ぼすおそれがあったことは明らかというべきである。

(3) しかるに、原判決は、その判断において前記(1)のとおり判示しているのであるから、認定事実についての法の適用・推論の過程において矛盾があるというべきであり、したがって理由そご、法の適用の誤りの違法をおかしているというべきである。

(二)(1) 原判決は、前記一3(三)で指摘したとおり、「東京都医師会及び足立区医師会が控訴人の法人設立許可につき反対の意向を有しているのは、その資格、能力、地域社会に対する影響に関していうものではなく、むしろ江北側医師が足立区医師会執行部とその運営上の事項について意見を異にし脱会したという従来の経緯から、控訴人が足立区医師会と同じような社団法人格を取得することへの反感に基づいているにすぎないと推認することが相当であり、したがってその反対の態度には合理的根拠があるものとはいえないし、東京都及び足立区に対する協力を拒否すべき正当な理由があるともいえない。」旨判示している。

ところで、原判決の右判断は、要するに、「東京都医師会及び足立区医師会の被上告人の法人設立許可に対する反対の態度には合理的根拠があるとはいえないから、東京都及び足立区に対する協力を拒否すべき正当な理由があるともいえない。よって、東京都及び足立区における公衆衛生行政の実施において足立区医師会の会員は被上告人の会員とは同席できないとの主張も正当な理由がない。したがって、このことによる医療生活の混乱や障害が生じてもそれはやむえない。よって、東京都医師会及び足立区医師会が東京都及び足立区の公衆衛生行政の実施に協力を拒否すべき正当な理由がない場合には、被上告人の法人の設立許可申請については許可を与えるべきである。」というにある。

換言すれば、新法人の設立が許可された場合、公衆衛生行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなる、等により、地域住民の医療生活に混乱や障害を生ずるおそれがある状況にあっても、東京都医師会及び足立区医師会が右協力を拒否すべき正当な理由がない場合には、被上告人の法人の設立を許可すべきであるというにある。

(2) しかしながら、原判決の右見解が、民法三四条の解釈を誤っていることは明らかである。けだし、原判決の右見解は、被上告人の法人格の取得という小益を、不特定多数の利益すなわち地域住民の生命の維持、健康の維持・増進という大益より重視するものであるところ、一方民法三四条は、右大益の存在を、地区医療に関する法人の設立の許可を与えるかどうかを判断するに当たって考慮要素とする(前記二1参照)のであるから、これと正反対の原判決の見解を同条の解釈上採り入れる余地は全くないからである。

以上の次第で、原判決の右見解は、民法三四条の解釈を誤る違法をおかしているのである。

(3) また、原判決の右判断は、次の点においても違法がある。すなわち、原判決は、「東京都医師会及び足立区医師会が控訴人の法人設立許可につき反対の意向を有しているのは、その資格、能力、地域社会に対する影響に関していうものではなく、むしろ江北側医師が足立区医師会執行部とその運営上の事項について意見を異にし脱会したという従来の経緯から、控訴人が足立区医師会と同じような社団法人格を取得することへの反感に基づいているにすぎないと推認するのが相当であり」と判示し、右に関する事実が存在しないとの前提に立っているが、原判決認定事実についてみると、前記一2(三)及び(五)で指摘したとおり、「被控訴人は本件基本方針に従い、控訴人、足立区医師会及び東京都医師会に対し、本件を話合いにより円満に解決することを働きかけたが、東京都医師会及び足立区医師会は、行政区画と地区医師会の地域とは一致することが原則であることを理由として、控訴人の社団法人設立許可に反対の意向を表明し……」、「被控訴人はまた、同年八月一二日……東京都医師会長及び足立区医師会長……に対し、控訴人の社団法人設立許可の当否に関する見解を照会したところ、大要、次のような回答が寄せられた。

東京都医師会長の回答

行政区画と医師会の地域とは一致することが望ましく、意見を異にする少数者が分離独立することを是認すれば、医師会が細分されて無数に発生し、行政上支障が生ずることから、控訴人の法人化には反対である。

足立区医師会長の回答

足立区医師会と控訴人とは全く協調性を欠き、互いに反目さえする状態にあり、もし控訴人に法人格が与えられて両者が同等の権限を主張し合うことになれば、公衆衛生活動における協調体制をとることは困難になり弊害の方が多い。よって、設立許可のないことを希望する……」と各判示しているのである。

したがって、原判決は、右の点について、自ら認定した事実を全く無視し、何らの根拠もないのに前記のとおり推認しているのである。よって、原判決には、「認定事実→その推論」の判断過程において理由そごの違法があるというべきである。

(三)(1) 原判決は、前記一3(四)で指摘したとおり、「東京都及び足立区における公衆衛生行政の実施において足立区医師会の会員と控訴人の会員とが同席することからその実施に混乱と障害が生ずるおそれがあるというのは、その前提において合理的根拠はないから、これを採用することができない。」旨判示している。

ところで、右における「その前提において合理的根拠はない」ことの意味は、必ずしも明らかでないが、前記一3(二)又は同(三)のいずれかを指すものと思われる。

(2) そうすると、前記一3(二)又は同(三)の各違法については既に述べたとおりであるから、右判断もまた違法をおかしていることは明らかである。

4 弁論主義違反ないし採証法則違反の違法

(一) 被上告人において法人化を望む主たる目的が公衆衛生行政に関する事業の委託契約を締結することにあった、という事実は、地域住民の医療生活の混乱や障害の生ずるおそれを認定するにあたって、極めて重要な事実である。

けだし、被上告人の法人設立が正式に許可されたからには、公衆衛生行政に関する事業の委託について被上告人のみを除外することは実際上困難であることと相まって、右事実があった場合は、被上告人が法人格を取得すれば、右委託契約の締結を求めて種々の手段を尽くすことが明らかで、そうなれば、足立区医師会の協力の下で公衆衛生行政に関する事業を実施するについて停滞や支障を生ずることが前記一2(四)の実例からも考えられるのであるからである。

(二) ところで、右事実については、上告人は、原審において「原告は、現在東京都及び足立区から公衆衛生行政に関する事業の委託を受けられないのは、法人格を欠くためであると理解しているようであり、法人格が取得できれば委託契約が締結されるものと一方的に信じ込み、右契約締結を要求する一つの手段として法人格獲得に精力を注いでいるのである。」(原判決表九行目から同裏三行目まで――第一審判決二五丁裏七行目から二六丁表一行目まで)旨主張し、これに対し、被上告人は、原審において「足立区が公衆衛生行政に関する事業につき原告との間に委託契約を締結できないでいるのは、原告が社団法人として設立を許可されていないからであると、足立区は原告に対し今日まで繰り返し述べているところである。」(原判決表九行目から同裏三行目まで――第一審判決裏三五丁裏七行目から同一一行目まで)旨反論しており、右によれば、被上告人において法人化を望む主たる目的が公衆衛生行政に関する事業の委託締結することにあったとの事実については被上告人側も積極的に争っていないようにうかがえる。

したがって、右事実については自白が成立しているとみるのが正当である。

(三) 仮に、右事実についての自白が裁判所を拘束しないとしても、原判決挙示の証拠に照らせば、右事実が容易に認定できるのである。

すなわち、原判決挙示の第一審における被上告人代表者尋問(第一回)の結果によれば、「被上告人代理人の『なぜその団体を作っても世の中には法人でない団体もかなりあるわけですが、社団法人の許可が必要だったわけですか。』との発問に対し、被上告人代表者は『それは、例えば、医療行政をするにしても足立区では医療法人でないがためにいろいろな医療行政を区として依頼することは出来ない。これは足立区医師会も反対しているので足立区医師会はもしそれを承知するならば我々はいわゆる行政から手を引くからと言われるので区長の言葉では早く法人を作って下さい。そうしないというと、そうすればあなた方の会員の多い少ないにかかわらず、足立区医師会と同じように医療行政を担当してもらいましょうというようなことを言われましたので、それで社団法人というものを意欲を燃やしていろいろ折衝したわけであります。』」(中田本人調書「第一回」八)と供述しており、そして、右に相反する証拠は全く見当たらない。

(四) しかるに、原判決は、右事実につき、争いのない事実あるいは認定事実として摘示していないのである。

したがって、右事実について争いのない事実として判決理由中に摘示することを怠っている点において弁論主義に違反し、又は、認定事実として判決理由中に摘示していない点において、採証法則に違反する違法をおかしているというべきである。

5 原判決の判断基準等の各違法がない場合における判決の結果と行政事件訴訟法三〇条の適用等の違法

(一) 原判決には、前記1ないし4記載の各違法があることは既に述べたとおりである。

そこで、検討するに、原判決に前記1ないし4記載の各違法がなければ、判決の結果は次のとおりである。すなわち、本件処分当時、東京都及び各特別区はその公衆衛生行政の実施において、現実には、東京都医師会及び各特別区の地区医師会の協力を得てしており、このような東京都及び各特別区の地区医師会に対する依存関係がその度合を強めており、足立区においても老人健康保健診査については足立区医師会へ委託して実施し、結核予防法に基づく健康診断及び予防接種事業等においては足立区医師会から医師の派遣を得て実施しているなどしているところ東京都医師会及び足立区医師会が被上告人の法人化に強く反対し、特に足立区医師会と被上告人との関係は険悪化しており、両者が協力して公衆衛生行政に関する事業の実施に当たるのを期待することはできない状態にあったのであり、また、被上告人の法人設立が正式に許可されたからには、右公衆衛生行政に関する事業の委託について被上告人のみを除外することは実際問題として容易にできることではないし、何よりも、被上告人において法人化を望む主たる目的が右委託契約を締結することにあったのであり、さらに、足立区は昭和五〇年五月、同年度の小、中学校生徒等に対する日本脳炎の予防接種実施につき停滞や支障を生じ、その際、足立区医師会の会員の中には、被上告人が足立区医師会と同等の立場を主張するという態度に反感を強め、被上告人の会員と同席する場所での予防接種等をするのであれば、参加しないとの意向を表明する者も出たのであり、以上によれば、被上告人の法人の設立許可がされた場合、公衆衛生行政の実施につき足立区医師会の協力が得られなくなるおそれがなかったわけでないことは既に認定した足立区医師会側の態度によってうかがわれるところである。およそ公衆衛生行政は、多かれ少かれ、地域住民の健康と衛生の維持、向上に直接かかわるものであるから、その停滞や混乱は、それがいかなる理由によるものであっても、行政当局として可及的にこれを避ける途をとるべきことは当然であり、また、その停滞や混乱の程度等が具体的にはっきりしないからといって、確たる見通しもなく、そのおそれのあることをあえてすべきであるということはできないというべきである。また、被上告人の法人設立が正式に許可されたからには、右公衆衛生行政に関する事業の委託について被上告人のみを除外することは実際問題として容易にできることではないし、何よりも、被上告人において法人化を望む主たる目的が右委託契約を締結することにあることからすれば、被上告人が法人格を取得した場合には、右委託契約の締結を求めて種々の手段を尽くすことが明らかで、そうなれば、足立区医師会の協力の下で公衆衛生行政に関する事業を実施するについて停滞や支障を生ずることが前記一2(四)記載実例からも考えられるのである。

さらに、右のような状況にあって、新法人と既存の法人たる医師会との関係が険悪化しており、新法人の法人化を機に両者の右関係が緩和、解消される確たる見通しもなかったのである。

右によれば、原判決に前記1ないし4記載の各違法がなければ、判決の結果が逆になることは明らかである。第一審判決は右の点を全く正しく判断し結論しているものというべきである。

以上の次第で、原判決には判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令違背等の違法が存するのである。

(二) 民法三四条は「公益ニ関スル社団……ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定し、公益法人の設立を主務官庁の許可にかからせているが、これは公益法人の設立許可をするためには、当該社団が積極的に社会全般の利益すなわち不特定多数者の利益に寄与する社会的活動を行う目的を有することを要するとともに、当該社団をして独立の法人格を有するものとしての社会的活動を行わせることが右社会の利益の増進に寄与するかどうかという観点のもとに、法人設立の必要性、当該社団の目的とする事業の内容、その実行性、法人設立許可によって生ずる社会的影響など諸般の事情を総合的に考慮して決定されるべきであり、その判断は、その性質上、当該社団の目的とする事業分野を管轄し、行政責任を有する主務官庁の合理的裁量に委ねられているものと解すべきである。

ところで、行政事件訴訟法三〇条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」旨規定している。この意味するところは、裁判所が主務官庁の合理的裁量に委ねられているものと解されている処分の適否を審査するにあたっては、当該主務官庁と同一の立場に立って許可・不許可の処分をすべきであったかどうか判断し、その結果と当該処分とを比較してその是非を論ずべきでなく、当該主務官庁の裁量権の行使に基づく処分が、全く事実上の根拠に基づかない場合や、考慮すべき事項を考慮せず又は考慮すべきでない事項を考慮した場合、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の行使を誤った場合に限り違法であると判断すべきものと理解すべきである。民法三四条の許可の性質及び行政事件訴訟法三〇条の右解釈については、原判決も右とその見解を異にするものではないのである(原判決一六丁表三行目から一七丁表三行目まで)。

以上の見地に立ってこれを本件についてみると、前記1ないし4記載の各違法がなければ、前記5(一)で指摘したところから、上告人の裁量権の行使に基づく本件処分が、全く事実上の根拠に基づかないとか、考慮すべき事項を考慮せず又は考慮すべきでない事項を考慮したとか、社会観念上著しく妥当性を欠いたとか、等の裁量権の行使を誤ったという違法事由は全く見あたらないのである。

(三) したがって、地域医療行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなる、又は新法人と既存の法人が地域医療行政の実施につき協調態勢を欠くことに関して、上告人の本件処分が事実上の根拠に基づかないでされたものであるとの原判決は、何ら理由がなく、原判決は前記1ないし4記載の各違法の結果、行政事件訴訟法三〇条の解釈、適用を誤る違法をおかしているのである。

三 むすび

以上の次第で、前記二記載の各違法がなければ、本件においては、被上告人の公益法人の設立が許可されたことによって、地域医療行政の実施につき既存の地区医師会の協力が得られなくなるおそれがあり、また、被上告人の設立が許可され、それに伴って従来、足立区医師会のみに委託されてきた公衆衛生行政につき、何らかの形で被上告人を除外することが実際問題として容易にできない状況にあったのであり、しかもこのような状況の下で被上告人と足立区医師会との関係が険悪化しており、被上告人の法人化を機に両者の右関係が緩和、解消されると予測すべき客観的保障がなかったことは明らかであるから、この点だけからしても、公益上無視できないとして、公益法人の設立許可申請について不許可処分をするに足りる事由があるというべきである。したがって、前記二記載の各違法がなければ、判決の結果が異なることは明白であるから、原判決は破棄をまぬがれないのである。

第四 結語

以上により明らかなとおり、原判決は、地域医療行政の実施において、地区医師会の十分な協力が必要不可欠であるという実情に深く思いを至すことなく、被上告人の法人設立が許可されることによる地域医療行政の混乱と障害のおそれを認めず、本件不許可処分を違法と断じる誤りを犯している。

地域医療行政の混乱と障害のおそれがもし現実化したときの責任は誰が負うのであろうか。それは、ほかでもない設立許可処分をする上告人なのである。

従って、地域医療行政について責任を負う上告人の地域医療行政に対する悪影響についての判断はまず尊重されるべきものであり、その判断もすでに詳述したとおり正当なものである。

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