大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)1116号 決定 1991年4月22日

被告人 J・N(昭39.6.21生)

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人○○外10名の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

よって、同法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大内恒夫 橋元四郎 平味村治)

被告人 J・N

弁護人○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○の上告趣意(昭和62年1月31日付)

第一、憲法31条に違反する違法な公訴受理-逆送、再送致、再逆送の違法原判決は、本件公訴について違法な手続によって受理されたものであるのに、それは適法であったとして弁護人の主張を排斥した。その理由は主に少年法の解釈を巡るものであったが、これを誤ったため右結論になったものである。

しかし、本件公訴に至る各手続(家庭裁判所の第一次逆送、検察官の再送致、家庭裁判所の再逆送に基く公訴提起)は少年法に違反するものであり、適正な手続によるものではないから憲法31条の違反がある。よって原判決としては本件公訴を棄却しなければならないのにこれを棄却しなかったのもので、これは判決に重大な影響を及ぼす法令違反があり、被棄しなければ著しく正義に反する。又、この違法な手続は憲法31条に違反する。

一、第一次逆送について

1、原判決の判断

「家庭裁判所は、犯罪事実について蓋然的心証を有し、かつ、罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であると認めたときは、少年法20条によって事件を検察官に送致することができるものであると解すべきであるところ、記録に徴し、東京家庭裁判所裁判官は本件逆送にかかる各犯罪事実について蓋然的心証を優に得ており、かつ、その罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であると認めていたことが明らかであるから、本件逆送決定は適法、有効であるというべきである」

2、原判決批判

この問題は少年法20条の解釈の問題である。又、仮に原判決のような解釈(蓋然性説)をとりえたとしても本件逆送決定に「蓋然的な心証がある」と認定できるのかという問題がある。

少年法20条は「家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮にあたる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもって、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」と規定している。

原判決はこの場合、非行事実について「蓋然的心証でよい」と判断した。しかし、同条は「刑事処分を相当とするとき」としており、これは非行事実を認定のうえその要保護性を検討のうえ「刑事処分を相当とするとき」逆送できると解すべきである。保護処分における非行事実の認定については「合理的疑いを容れない程度の心証が必要」とするのが通説であり、それと異にして解する必要性もないからパラレルに考えると、同様に「合理的疑いを容れない程度の心証が必要」であると解するのが正当である。特に近年は非行事実について慎重な判断が必要と解されており(最裁決昭58.9.5判時1091.3いわゆる「柏少女殺人事件決定」)、一定の場合は家庭裁判所に証拠調べ義務が課せられる(最裁決昭58.10.26判時1094.16いわゆる「流山中央高校事件決定」)。これらの最高裁判所の判例からみても、逆送決定(特に審判を開いて決定したものについて)における非行事実認定には合理的疑いを容れない程度の心証が必要であるといえる。

これに対し逆送決定後は起訴されるので「犯罪事実を争うことができるから非行事実の認定は蓋然的心証でよい」との解釈がある。しかし、この解釈は誤りである。なぜなら、少年法20条は「刑事裁判が相当の場合」と規定しているのではなく、「刑事処分相当の場合」と規定しているからである。したがって、まずその前提としては保護処分決定の場合と同様非行事実について「合理的疑いを容れない程度の心証が必要」である。保護処分と別に解する必要は全くない。又、少年にとって「刑事処分相当」として逆送されるのは例外であり(本件のような一般保護事件では0.4パーセントにすぎない。家月37.2.59)、保護処分より重い処分として刑事処分が存在するものである。したがって、その決定には慎重な判断が必要とされるものであるが、判断の対象は法20条の規定からみても、「非行事実」と「要保護性」の2つであって、なんら保護処分と異ならない。それ故、この点からみても保護処分の非行事実認定の心証の程度(合理的疑いを容れない程度)とは異ならないことになる。

このように「合理的疑いを容れない程度の心証」を必要とする説(例えば沼邉愛一「少年審判手続の諸問題」司法研究報告書七1号213頁。菊田幸一「少年法概説」等)は、次のようにいって我々の主張を根拠付けている。少年の保護処分を必要とするかどうかは第一次的に少年が少年法の規定する非行事実をなしたかどうかで決定される。非行事実の存在が確定された後、補充的に要保護性の判断を行ない、刑事処分にゆだねるかを決定するものであり、保護処分に付すか刑事処分にゆだねるかはまず犯罪事実の存在が確定されてからの問題であるとする。非行事実と処遇決定を二分化し、少年にデュープロセスを保障しようとするものでかつ家庭裁判所の司法的機能の重視をいうものてある。この主張は現実の実務をリードしてき、今日の審判の対象は「非行事実」と「要保護性」という二分説を定着させたのである。したがって、この「犯罪存在確定後」に「保護処分か刑事処分かを判断する」という二分説(現在の家庭裁判所の実務の体勢であるし、又通説でもある)によれば、逆送決定における非行事実の認定の心証程度についても保護処分と異なることはありえない。

それ故、合理的疑いを容れない程度の心証のない本件第一次逆送決定は違法無効であり、これによる公訴提起受理及びそれを有効とした原判決は少年法20条憲法31条に違反する違法がある。

第二に、本件第一次逆送は犯罪事実について蓋然的心証すらない。

原判決は本件第一次逆送決定には蓋然的心証は優にあるとする。しかしながら本件第一次逆送は「共犯者Aが具体的かつ詳細に供述しており、その供述を裏付ける証拠も存在しており、その事実は一応認められる。しかし、これら各証拠も附添人提出の証拠と対比すると、なお解明すべき疑点が生じており、特に証拠上重要視すべき被害品の一部とされているものが、はたして被害者のものと一致するかどうかについては疑わしいものがあり、審理の経緯に徴すると、これらは対審手続による刑事裁判によって事案の真相を明らかにして罪責の有無を明確にすることが相当である。」として逆送決定をしていることからして蓋然的心証はない。

これによれば、まず一応の(蓋然的な)心証を得ていると認定しているが、この蓋然的な心証も他の証拠により疑いが生じているとしているのであり、ここでは蓋然的心証は否定されているのである。

原判決は本件第一次逆送決定理由の前半部分をもって「蓋然的心証有り」と軽率に判断しているのである。しかし、後半ではその心証も揺らいでいることが明らかである。よって、この点からみても、第一次逆送は違法であり、違法な決定に基いた本件公訴提起は無効である。しかるに原判決はこれを認めないので結局原判決には少年法20条に違反し、憲法31条の適正な手続に違反した違法がある。

二、検察官の家庭裁判所への再送致

1、原判決の判断

本件の検察官の家庭裁判所に対する再送致は違法であるとする弁護人の主張に対し、次のように説明してこれを排斥した。

即ち「検察官は、本来、家庭裁判所から少年法20条により逆送されたすべての犯罪事実について、公訴を維持するに十分な証拠があるかどうかを検討し、必要な場合には補充捜査を尽くして公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があるかどうかの結論を出したうえで事件について起訴、不起訴あるいは再送致の措置をとるべきものであると解すべきであるが、検察官の捜査に時間の制約のあることを考慮に入れると、検察官が許された時間内の捜査によって逆送された事件中のある事実についてまだ公訴を提起し維持するに足りる程度の証拠がそなわっているとはいえないと判断した場合は、少年法45条5号但書の規定を設けた趣旨に照らすと、検察官は同号本文の起訴強制を受けるものではなく、当該事実について捜査を続行するために手元に留保するとともに、その余の公訴を維持するに足りる程度の証拠がそなわっていると判断した事実を直ちに起訴することなく、これらの事実のみで刑事処分を相当とするか否かについての家庭裁判所の判断を受けるために少年法45条5号但書、42条によってこれを家庭裁判所に再送致することができるというべきであるところ、(中略)検察官の右措置は、少年法45条5号但書のうちの「送致後の情況により訴追を相当でないと思料するとき」にあたるとした点の当否については議論の余地があるとしても、前記説示のとおり再送致ができる場合に再送致をしたものである以上、無効であるということはできず事件を家庭裁判所に移転する効力を有するものであるというべきである。」

2、原判決批判

これは驚くほど検察官の「都合」「事情」を考慮した説明であり、少年の人権は無視されている無謀を省みない「大胆」な判断である。これまでこのような場合少年法45条5号但書に該当するという見解はなかった(後記引用の文献参照)。むしろ本件のような再送致は少年法45条5号但書に該当しない違法なものであると一致していたものである。それ故、本件の第二次逆送(再逆送)でもこれを少年法45条5号但書に該当せず「違法」と判断していたものである。

原判決がいうようにもし一部を検察官の手元に残して残りを家裁に再送致したとすると、検察官の手元の事件はその後どのように処理されるのであろうか。少年法45条5号但書で再送致の可能な「送致を受けた事件の一部につき公訴を提起するに足りる嫌疑がないとき」の場合は、その一部の事件はその時点で事件が「嫌疑なし」あるいは「嫌疑不十分」として終了される。したがって、後日問題にされることはない。しかし、原判決のいう留保であれば後日問題にされるのであるから、少年にとって全部一緒に事件が処理される利益(特に少年の場合は全事件で処遇を判断される必要性がある)を奪われることになる。一体、留保された事件はその後起訴されるのか家裁に再送致されるのか極めて不安定であり、少年の人権上そのような不安定をもたらす処理は少年法上許されないはずである。よって、到底原判決の理論はとりえない。

また、原判決は本件のような場合、少年法45条5号但書、42条によって再送致できるとしているが一体45条5号但書のどれに該当するというのであろうか。「送致後の情況により訴追を相当でないと思料するとき」にあたるとした点については議論の余地があるとしているので、これに該当すると考えていないことは明らかである。この場合は、「本人および被害者などの態度がいちじるしく緩和されたような場合」(ポケット註釈全書新版少年法〔第二版〕385頁)であるから、原判決が言うような事情の場合が該当しないのは当然である。それでは<1>送致を受けた事件の一部につき公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がないときか<2>犯罪の情状等に影響を及ぼすべきあらたな事情を発見したときであろうか。

<1>に該当しないことは明らかである。この場合は当該一部事件は「嫌疑なし」あるいは「嫌疑不十分」として終了する場合であるから(前ポケット註釈全書384頁参照)この事件が後日問題にされることはありえない。しかし、原判決は一部について「公訴を提起するに足りる嫌疑がない」場合とはいっておらず、前記のように「検察官が許された時間内の捜査によって逆送された事件中のある事件についていまだ公訴を提起し維持するに足りる程度の証拠がそなわっているとはいえない」場合即ち、当該一部事件は「嫌疑あるか、嫌疑なしか今だ検討中」「留保中」で後日問題にできるものについて可能であるとしているからである。

それでは<2>の場合に該当するであろうか。これは「犯罪の情状等に影響をおよぼすべき新たな事情を発見した場合」であるが、<1>との関係から、これは「情状」に関わるものと解されている。具体的には「犯罪の動機・原因・態様等の条件」「罪名に影響を及ぼすような事情が発見された場合」をいう(前ポケット註釈全書384頁)。

結局本件のような場合、少年法45条5号但書に該当しない。右条項は起訴強制の例外であるから緩やかに解すべきでない。それ故、同条項に違反した本件検察官の再送致は違法である。それを適法有効とした原判決は少年法の解釈を誤りその結果憲法31条の適正手続に反するものがある。

三、家庭裁判所の再逆送の違法

1、原判決の判断

この違法な検察官の再送致に対してこれを受けた東京家庭裁判所は違法無効なものとして審判不開始にすべきであった、仮に有効だとしても、これを再度逆送できないのに、調査もせず、審判も開かずになし、二重な違法手続で再逆送した違法があり、これに基いてなされた公訴提起及び受理は違法であるので公訴棄却すべきだとした弁護人の主張に対し、原判決は、次のようにして適法有効と判断した。

即ち「再送致された場合においても、少年に対する処分として適正なものは何であるかの点の判断において検察官に対して優越する地位を保っているのであるから、検察官のこの点についての判断に拘束されるものではなく、ただ、自らのとるべき措置を検討するにあたっては検察官の意見を考慮に入れ、更に身柄拘束の長期化、手続の遅延などの少年に与える不利益についても配慮するべきことは当然であるが、そのうえでなお事件の罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは少年法20条によりこれを再度検察官に送致することができ、この場合必ずしも審判手続を経ることは要しないと解すべきもので(中略)本件再逆送は適法、有効であるというべきである。」

2、原判決批判

(一) まず、本件再送致が違法であることは前述した通りである。違法であれば無効となるのは法律の解釈上当然である。そうでなく「違法」でも「有効」とすれば、法のチエックはなされなくなるからである。「違法」でも「有効」と解釈することがあるが詭弁も甚だしい。家庭裁判所の先議権を認めた少年法45条の起訴強制は少年法の基本原理の一つであり、その例外を認めた同条5号但書は厳格に解すべきであるから、これに違反した手続の違法性は重大である。それ故、違法な再送致は無効であり、手続違反として審判不開始すべきである(同判例多数。水戸家下妻支決昭39.1.23家月14.6.19。浦和家決昭43.4.16家月20.10.100。長崎家佐世保支昭44.9.24家月22.3.146。岡山家笠岡支決昭49.2.28家月26.9.135)。従って、これを受け、少年法45条5号但書に該当しないと判断した東京家庭裁判所は本件を審判不開始にすべきであった。

(二) 仮に違法な再送致も有効として実体審理が可能とする説をとったとしても、本件は家裁で終了させるべきであって、再度逆送は不可能であったものである。

本件はいろいろ理屈をつけているが、要は検察官が再送致する時点では一部(B事件)について嫌疑があるとまでは判断できなかった、逆の言いかたをすれば嫌疑が不十分であったということであり、実質的には少年法45条5号但書中「事件の一部について公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がない」場合に該当するとして再送致されたものである。特に検察官の論告によれば、B事件については当時嫌疑がなかったので残りにつき再送致したというのであるから、正にこれに該当する。このような場合に該当するとして再送致してきたが、家裁では「嫌疑がない」とは認められないとした場合、家裁は再び逆送できないのである(通説)。なぜなら、家裁の先にした起訴強制の効力は、犯罪の嫌疑の有無までは及ばないし、実際問題として、公訴維持の責任者である検察官の公訴を提起するに相当でないという意向を無視してまでも起訴を強制することは相当でないから、検察官の判断を尊重すべきだからである(改訂「少年執務資料集(2)の上557頁)。従って、この場合に該当する本件は再逆送はできず、それをあえてした本件再逆送は違法である。

(三) 以上のように、公訴を提起するに足る犯罪の嫌疑がないことを理由に再送致がなされた場合は、検察官の判断が優先し、再検送はできないが(本件は再逆送できない場合に該当する)、他の理由による再送致のときは可能というのが通説である。この点に関し、前記ポケット註釈全書は次のようにいう。

「法的にそれに拘束されるものではない。したがって、検察官の判断が妥当でないとして再び検察官送致することも可能であると解される。実務上からいえば、家庭裁判所としては特別な条件の変化のない限り検察官の判断を尊重して、あえて再び刑事処分相当として検察官に送致することもないであろう。」「45条5号但書の要件を満たさない再送致の効力及びその取扱(註、本件はそれに該当する。少なくとも再逆送した決定では本件は45条5号但書の要件を満たさないものと判定している)という問題に関して、注目すべき家裁の決定がある(京都家裁昭56.10.21家裁月報34.3.90)。これは、『送致後の情況により訴追を相当でないと思料する』として再送致がなされたのに対し、再送致の理由はいずれも45条5号但書に該当しない上、色々の事情を考慮すると刑事処分相当の判断を変更する必要性は認め難いが、家裁と検察官の判断のちがいのため更に手続が遅延することは好ましくないこと、反省の情も認められることから、あえて再度の検察官送致はしないとして、不処分にした事例である。」「このような見地から最近はなるべく再度の検送を避け、保護手続の中で終局させる運用が一般的になっているようである。」

実際、近年、再度逆送された例は寡聞にして知らない。昭和47年に広島家裁(家月24.10.134頁)で再逆送された以来、本件以外ないのではないか。したがって、仮に法的には可能という説を取ったとしても、その裁量は著しく不当であり違法となる。

(四) 再逆送手続の違法

(1) 審判を開始した上でなければならないのに審判を開始しなかった違法

前記のとおり原判決は再逆送について審判を開始せずともできるとしている。しかし、この点は憲法31条の適正手続の何たるかを省みないもので、仮に再逆送するのであれば、調査の上審判を開始してなされるべきであり、審判もしないで再逆送するのは憲法31条に違反するものである。

その理由は以下のとおりである。

まず、刑事訴訟法400条但書に関して、最高裁は「第一審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が何ら事実の取調をすることなく第一審判決を破棄し、訴訟記録並びに第一審裁判所において取調べた証拠のみによって、直ちに被告事件について犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは、刑訴法400条但書の許さないところである」とした(最高大判昭31.7.18集10.7.1147)。この判例は、犯罪事実につき、被告人に不利に判断する場合は事実の取調を要するとするものである。直接審理主義を貫くためにこのように判断されたものである。このように、事後審である控訴審でも右のように解されているのであるから、事後審ではない家裁では、このような場合は当然審判を開いて少年の供述等事実の取調を要すると解すべきである。したがって、本件において家裁は審判を開くべきであって、それをしなかった本件再逆送手続は違法であった。しかるに原判決は、この場合審判を開かなくてもよいと判断し、本件再逆送は適法であるとしたが、これは前記最高裁判例に反し、少なくとも前記最高裁判例の趣旨に反するものである。よって、この点で原判決は破棄を免れない。

次に、再逆送でも通常は審判を開始してなされるべきであるとされており(前掲ポケット註釈参照)、まして本件は否認事件であって、附添人が付いて争っていた事件であり、且つ第一次逆送致決定に比べ非行事実について被告人に不利益な方向で異なる認定をし、刑事処分の理由についても異なった判断をしていることからして審判するか否かの裁量権はなく、審判を開始する義務があったというべきである。ことに逆送する理由が「頑強に否認する」ということにあるのであれば、非行事実の認定につき、真実被告人の言うように非行事実がないのかを審判を開始して判定したうえでなければならない。審判を開始し被告人の言い分を十分に聞いた上で非行事実が認定できる、それ故「頑強に否認すること」を刑事処分の理由とすることはよい。しかし、審判も関始せず、頭から被告人の言い分を信用せず、書面記録のみで非行事実を認定しその上での処分理由が「頑強に否認していること」というのは、あまりに公平を欠く裁判所(憲法37条1項違反)というべきである。

近年は少年審判でも非行事実の認定について厳格を期すべきであるといわれており、一定の場合は家庭裁判所に証拠調べ義務が生じるとした(最高決昭58.10.26判時1094.16いわゆる「流山高校事件決定」)。この最高裁判所の判例からすれば、非行事実を争っており、非行事実の存在が否定される可能性のある事件については少なくとも審判を開始すべき義務が家庭裁判所にあるというべきである。本件は家裁の第一次逆送決定からみてその可能性のある事件であり、原判決はこの点で前記最高裁判所の判例に反する解釈をなしたものであり、この点で破棄を免れない。また憲法31条に違反するものである。

前掲ポケット註釈全書でも、再度逆送が法律上可能な場合でも、「必要な調査審判をした上でなすべき」としている(386頁)。同書は特別な条件の変化のない限り検察官の判断を尊重して再逆送する必要はないとしている(385頁)ので、「特別な条件の変化」を検討するためには調査審判が必要とされる。この点からみても審判を開始すべきことになる。本件のように先の逆送致決定と非行事実の認定及び処分理由について異なる判断をした再逆送決定で、審判を開始しないで再逆送した例はない。この点からみても、本件再逆送決定には裁量権を逸脱したものがあり違法なものがある。これを適法とした原判決もまた違法であり、結局原判決は憲法31条違反がある。

(2) 調査をするべき義務があるのにしないでなした違法手続

少年法20条では逆送決定をするには調査をした上でなければならないとされている。再逆送でも同じである。前掲ポケット註釈全書でも、再度逆送が法律上可能な場合でも、「必要な調査審判をした上でなすべき」としている(386頁)のは前述した通りである。本件は、前述したように先行した逆送決定と非行事実の認定及び処分理由について異なるものであったが、調査しなければ本来そのように判断できないはずである。

しかしながら、本件では再逆送にあたって調査は一切されていない。実質的な調査どころか形式的にも調査命令さえ出ていない(被告人の社会記録経過一覧)。

従って、本件再逆送はこの点で少年法20条に違反し、違法な決定に基く公訴提起になるから本件公訴提起受理は無効となるはずである。これを有効として受理することは憲法31条に違反するものである。

原判決は弁護人のこの点の主張について一切判断しなかったが、これは刑事訴訟法392条2項に違反し憲法31条に違反する。又仮りにこの点について調査を要しないというのであればそれは少年法20条の解釈を誤ったものであり、そのため違法な公訴を受理し判断しているのであるから、ひいて憲法31条に違反するものがある。

原判決は逆送、再送致、再逆送を一つ一つ分断してその適法を論じているが、そのように解すれば家裁と検察庁の「キャッチボール」は限なく可能となってしまう。もしそうであれば少年の不安定性には著しいものがあり全体として違法は免れない。このように手続を全体的にみて判断する必要もある。

四、小括

以上のように、本件公訴は違法な逆送決定、再送致、再逆送決定に基くものであるから違法無効である。したがって、本件は公訴棄却されなければならない。しかるに原判決はこれを有効とし、公訴棄却しなかったが、これは憲法31条に違反するものである。

(以下編略)

〔参考1〕原審(東京高 昭59(う)214号 昭61.5.30判決)<省略>

〔参考2〕原々審(東京地 昭57刑(わ)2769号 昭58.11.18判決)<省略>

〔参考3〕検察官送致(東京家 昭57(少)10582号 昭57.7.29決定)<省略>

〔参考4〕検察官送致(東京家 昭57(少)13024号 昭57.9.16決定)<省略>

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