大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)1261号 判決 1988年6月16日

上告人

是永太

右訴訟代理人弁護士

御宿和男

林範夫

右補助参加人

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

被上告人

本杉なみ

被上告人

本杉千里

右両名訴訟代理人弁護士

吉田米蔵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人御宿和男、同林範夫の上告理由第一及び上告補助参加人代理人溝呂木商太郎の上告理由について

一原審の確定した事実関係は、(一) 昭和五三年四月二四日午前八時三〇分ころ原判示静岡タイシン事務所前の道路上において、被上告人本杉なみ(以下「被上告人なみ」という。)運転の軽四輪貨物自動車(以下「被害車」という。)と静岡タイシンの従業員森文昭運転のフォークリフト(以下「本件フォークリフト」という。)のフォークとが衝突し、被上告人なみは脳挫傷、頭蓋骨骨折、顔面挫創、両眼球損傷の傷害を負って両眼が失明した(以下「本件事故」という。)、(二) 上告人は、大型貨物自動車(以下「本件車両」という。)を所有して運送業を営んでいたところ、同日午前八時前ころ、依頼された角材を本件車両に積載して静岡タイシン事務所前に到着し、これを静岡タイシン構内の作業所に搬入しようとしたが、本件車両を右作業所前の空地に駐車することができなかったので、森と打ち合わせて、これを静岡タイシンとは反対側の道路端に駐車させ、本件フォークリフトで角材を静岡タイシンの作業所内に搬入することとした、(三) このため、歩車道の区別のない幅員4.5メートルの道路の有効幅員は約2.5メートルに狭められた、(四) 同日午前八時ころ、上告人において本件車両の荷台上でその側方を通過する車両の有無を監視する態勢をとり、森において本件フォークリフトを運転して、荷降ろし作業を開始した、(五) 同日午前八時三〇分ころ、三回目の荷降ろしのため、森が、長さ約1.5メートルのフォークが路上に突き出る位置まで進めて本件フォークリフトを前記空地に一旦停止させ、本件車両の荷台の位置に合わせるために上告人の指示に従いフォークの高さを調整していたところ、本件車両に気をとられて前方注視をせずその左側を通過しようとした被上告人なみの運転する被害車と前記のとおり衝突した、(六) 本件車両は、木材運搬に使用する貨物自動車で、その荷台にはフォークリフトのフォークを挿入するため多くの枕木(角材)が装置されており、フォークリフトによる荷降ろし作業が当然予定されている車両である、というのである。

右の事実関係のもとにおいて、原審は、本件事故が本件車両の運行中に生じたものであることは明らかであり、また、本件フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分の関係にあり、本件車両の運行と本件事故との間の因果関係を否定することができないので、本件事故は本件車両の運行によって生じたものと解するのが相当である旨判示し、上告人に対し、人的損害について自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)三条に基づく責任を認めている。

二しかしながら、原審の右判断は是認することができない。法三条の損害賠償責任は、自動車の「運行によって」、すなわち、自動車を「当該装置の用い方に従い用いることによって」(法二条二項)他人の生命又は身体を害したときに生じるものであるところ、原審の確定した前記の事実関係によれば、本件事故は、被上告人なみが、被害車を運転中、道路上にフォーク部分を進入させた状態で進路前方左側の空地に停止中の本件フォークリフトのフォーク部分に被害車を衝突させて発生したのであるから、本件車両がフォークリフトによる荷降ろし作業のための枕木を荷台に装着した木材運搬用の貨物自動車であり、上告人が、荷降ろし作業終了後直ちに出発する予定で、一般車両の通行する道路に本件車両を駐車させ、本件フォークリフトの運転者森と共同して荷降ろし作業を開始したものであり、本件事故発生当時、本件フォークリフトが三回目の荷降ろしのため本件車両に向かう途中であったなどの前記の事情があっても、本件事故は、本件車両を当該装置の用い方に従い用いることによって発生したものとはいえないと解するのが相当である。したがって、上告人に対し、法三条に基づく責任を認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。

三しかし、被上告人らは、上告人に対し本件事故によって生じた人的損害の賠償請求についてその請求を理由あらしめる事実として、法三条に規定する要件事実のほか民法七〇九条に規定する要件事実をも主張しており、原審は本件事故が上告人の過失によって惹起されたものであることをも認定判断しているところ、後に説示するとおり右の認定判断は正当として是認することができるので、上告人は人的損害についても賠償責任を負うものであり、前記の違法は原判決の結論には影響を及ぼさないというべきであるから、結局、論旨は採用することができない。

上告代理人御宿和男、同林範夫の上告理由第二ないし第四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原審の裁量に属する過失相殺の割合について原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎)

上告代理人御宿和男、同林範夫の上告理由

第一 原判決は、自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

一 原判決は、本件事故は本件車両(是永車、以下同じ)の運行によって生じたものであるとして、第一審被告(以下「上告人」という)に対して、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)上の責任を認めたものである。

二 本件において、自賠法第三条の適用上問題となる点は、本件が本件車両の「運行」によって生じた事故であるか、本件が本件車両の「運行によって」生じた事故であるといえるか、の二点である。

1 「運行」概念について

(一) 原判決は、「本件事故は本件車両が一般車両等の通行する道路に駐車後直ちに開始した荷降ろし作業中発生したもので、本件車両は荷降ろし終了後直ちに出発する予定であったから、右荷降ろし作業と本件車両の駐停車前後の走行とは連続性があり、本件事故は本件車両の運行中の事故であることは明らかである。」としている。

(二) 自賠法第三条(同第二条二項)の「運行」概念について、最高裁判所は「固有装置説」を採用するところである(最判昭和四三年一〇月八日民集二二巻一〇号二一二五頁)。そして「自動車を当該装置の用いかたに従い用いること」には、自動車をエンジンその他の走行装置により位置の移動を伴う走行状態におく場合だけでなく、クレーン車を走行停止の状態におき、操縦者において、固有の装置であるクレーンをその目的に従って操作する場合をも含む(最判昭和五二年一一月二四日民集三一巻六号九一八頁)としている。

すなわち、ここにいう自動車とは、あくまでも人身事故発生の原因となる当該車両(是永車)を問題とすべきであって、それ以外の車両を問題とすることは、そもそも「固有装置説」と矛盾するものと言わなければならない。

(三) 本件は、是永車と別個の自動車である訴外森の運転するフォークリフトの運行によって発生した事故であって、原判決摘示のように「本件車両(是永車)が……荷降ろし作業中」に発生した事故であるということはできないものである。蓋し、具体的な荷降ろし作業それ自体は、本件車両(是永車)の固有装置の操作・使用によって行われるものであるとしても、フォークリフトの移動作業は、本件車両の「運行」と全く無関係だからである。

2 「運行によって」概念について

(一) 原判決は「本件車両はフォークリフトによる荷降ろし作業が必然的に予定されていたもの」であって、……「第一審被告(上告人)は」……「フォークリフトの運転者森と共同して本件車両の右側方道路上において他の通行車両の交通の妨害となる方法で事故発生の危険性の高い状況のもとで荷降ろし作業を行ったもの」であるから、「フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分の関係にあり、本件車両の運行と本件事故との間の因果関係を否定することはできない」としている。

(二) 自賠法第三条の「運行によって」の意義について、最高裁判所は相当因果関係説を採用するところである(最判昭和四三年一〇月八日民集二二巻一〇号二一二五頁、同昭和五四年七月二四日の交通民集一二巻四号九〇七頁)。

ここに相当因果関係とは、当該車両の運行と生命・身体の侵害との間に相当因果関係を必要とするものであって、本件におけるように当該車両(是永車)と接触していない事故にあっては、より厳密な相当性判断が求められなければならない。

この種の非接触事故について、最高裁判所は「運行が被害者の予測を裏切るような常軌を逸したものであって、被害者がこれによって危難を避けるべき方法を見失い転倒して受傷するなど、衝突にも比すべき事態によって傷害が生じた場合には」相当因果関係があるとしている(最判昭和四七年五月三〇日民集二六巻四号九三九頁)。

(三) この点、原判決は「フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とが密接不可分の関係にある」と判断しているものであるが、各々に運行可能な固有装置を独立に有し、また、それ故それぞれの運転者も他方の車両の運行と独立に固有装置の操作を行っている二台の車両について、本件程度の事情をもって、一体化したものとして判断することは許されないというべきである。また、原判決のいうように、本件車両が現場に駐車して行った荷降ろし作業が本件車両の「運行」であるといえるとしても、当該運行はそれ自体「被害者の予測を裏切るような常軌を逸したもの」ではないこと、被害者が本件車両の右運行によって「危難を避けるべき方法を見失い」運転操作に影響を生じたという事情にないことなどに鑑みて、本件事故は、本件車両との衝突にも比すべき事態によって発生したものということはできない。

三 以上のように、原判決は、本件車両の存在が、本件フォークリフトの運行に原因ないし動機を与えたにすぎない点を過大に評価して「運行」概念を違法に拡大した上で、本件車両の運行と本件事故の発生との間の因果関係を安易に肯定したものであって、自賠法第三条の解釈を誤り、また、荷降ろし作業中の人身事故について自賠法第三条の適用を否定した最判昭和五六年一一月一三日判例時報一〇二六号八七頁の判例にも違反したものであって、判決に影響を及ぼすこと明らかな違法が存在するものである。

第二、第三 <省略>

第四 原判決は、民法第四三七条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

一 原判決は、「フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分な関係にある」と判断して、本件において上告人と森とが共同不法行為者である旨認定しながら、被上告人と森との訴訟上の和解について、「これは森との関係でのみ一部免除の約定を結んだものにすぎず、共同不法行為者である第一審被告(上告人)に対する関係においては、なおそのまま請求を維持する意志であったことは明らかであるから、第一審被告(上告人)に免除の効力は及ばないと解すべき」であるとしている。

二 民法第四三七条が強行規定であるか否かはしばらくおくとしても、法律行為当事者以外の者に絶対効を及ぼす趣旨を定めている民法上の規定を排除する趣旨を明らかにするためには、その旨の明示の意志表示がなければならないと解すべきである。

にもかかわらず、この点につき明確な事実を認定することなく、被上告人が訴訟上の和解において森になした一部免除の約定に相対的効力のみしか認めなかった原判決は、民法第四三七条の解釈を誤り、また、保証連帯もある連帯保証人相互間の事件について当然に本条が適用されるとした大審院判決昭和一五年九月二一日民集一九巻一七〇一頁の判例にも違背するものであって、破棄を免れないというべきである。

上告補助参加人代理人溝呂木商太郎の上告理由

第一点(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一、原判決は、「本件事故は本件車両が一般車両等の通行する道路に駐車後直ちに開始した荷降ろし作業中発生したもので、本件車両は荷降ろし終了後直ちに出発する予定であったから、右荷降ろし作業と本件車両の駐停車前後の走行とは連続性があり、本件事故は本件車両の運行中の事故であることは明らかである。そして、本件事故は、前記のとおり被害車と森が運転操作するフォークリフトのフォーク(爪)とが衝突して発生したものであるが、本件車両は、フォークリフトによる荷降ろし作業が必然的に予定されていたもの、すなわち本件車両に付属された荷台から直接フォークリフトによる荷降ろしが出来るようになっており、更にフォーク挿入のため前出枕木を置いたものであって、この仕組みを利用し、三回目の荷降ろしのためフォークリフトを一旦停止し、道路上に突き出たフォークの高さを調整中に生じた事故であり、しかも、第一審被告は、本件車両を搬入場所とは反対側の道路左側端に駐車させたため、道路上運転することが許されていないフォークリフトが道路を横断して往復することとなり、フォークリフトの運転者森と共同して本件車両の右側方道路上において他の通行車両の交通の妨害となる方法で、事故発生の危険性の高い状況のもとで荷降ろし作業を行ったものである。してみれば、右のような態様のもとにおいて荷降ろし作業が行われる場合、フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分の関係にあり、本件車両の運行と本件事故との間の因果関係を否定することはできない。したがって、本件事故は本件車両の運行によって生じたものと解するのが相当である。」と判示している。

二、右原判決は、「本件事故は本件車両が一般車両等の通行する道路に駐車後直ちに開始した荷降ろし作業中発生した」、「右荷降ろし作業と本件車両の駐停車前後の走行とは連続性があり、本件事故は本件車両の運行中の事故である」、「本件車両は、フォークリフトによる荷降ろし作業が必然的に予定され」、本件事故は右の荷降ろしのため「フォークの高さを調整中に生じた事故」であるというが、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条の「運行によって」とは自動車の運行と人身事故発生との間に因果関係を要するということであり、これを「運行中」、「運行に際して」と同義に解することの許されざることは、いうまでもないところである。

三、右原判決は、「本件車両は、フォークリフトによる荷降ろし作業が必然的に予定されて」おり、「フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分の関係にあり」、「本件事故は本件車両の運行によって生じたものと解するのが相当である。」というが

(一) 自賠法第三条の「運行」概念については同法第二条第二項の定義規定を含め解釈上諸説があるが、最高裁判所は「固有装置説」によるものと思料される(最高裁第一小法廷昭和五二年一一月二四日判決民集三一巻六号九一八頁)。

したがって運行供用者の損害賠償責任は、自動車の固有装置の操作・使用が人身事故発生の原因力となっている場合に生ずると解すべきである。

(二) 本件車両の荷台上には、フォークリフトのフォークを挿入できるように枕木が設置されているが、本件事故は訴外森が本件車両の駐車側と反対側の木材搬入場所において操作していたフォークリフトのフォークに被害車が衝突して発生したもので、訴外森のフォークリフトの運転操作上の注意義務の慨怠がその原因である。

(三) 前記枕木を設置した本件車両の荷台が荷降ろしに際しフォークリフトの使用を予定した本件車両の固有装置であり、その操作・使用が本件車両の「運行」に該るとしても、右本件車両の「運行」と荷台上の積荷木材のフォークリフトによる荷降ろし作業とは別個の事柄であるから、フォークリフト使用による荷降ろし作業即「運行」に非ざることはいうまでもない。

(四) したがって前記装置(荷台)を操作・使用しての木材の荷降ろし作業中に生じた事故が、右装置の操作・使用に起因して生じたものであるならば、その事故は本件車両の「運行」によって生じた事故に該るが、本件事故の原因は前述のとおりであって、右装置の操作・使用は何ら事故の原因となっておらず、前記装置は単に右荷降ろし作業の目的物の存在する場所を提供している関係にすぎないのであるから、フォークリフトを使用した荷降ろし作業中の事故であるからといって、本件事故が本件車両の「運行」によって生じたものということはできない。

四、また原判決は、本件事故時の荷降ろし作業の態様、即ち「第一審被告は、本件車両を搬入場所とは反対側の道路左側端に駐車させたため、道路上運転することが許されていないフォークリフトが道路を横断して往復することとなり、フォークリフトの運転者森と共同して本件車両の右側道路上において他の通行車両の交通の妨害となる方法で、事故発生の危険性の高い状況のもとで荷降ろし作業を行った」ことを重視し、「右のような態様のもとにおいて荷降ろし作業が行われる場合、フォークリフトの運転操作と本件車両の運行とは密接不可分の関係にあり、本件車両の運行と本件事故との間の因果関係を否定することはできない。」というが、本件車両の荷降ろしのための駐車場所やフォークリフトが道路を横断して往復することなどは、荷受人側の事情によるものであって、荷降ろし自体は本件車両の「運行」には係りない事柄であり、フォークリフトの運転操作は、本件車両の積荷と荷降ろしと密接不可分の関係があるとしても、それをもって直ちに本件車両の「運行」と密接不可分の関係にあるとは云い難く、ましてや前述のとおりフォークリフトのフォークに被害車が衝突して発生した本件事故は、本件車両の「運行」によって生じたものではなく、本件車両の運行と本件事故との間の法的因果関係は否定されるべきが相当である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例