最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)70号 判決 1988年3月17日
奈良市秋篠町一二四九番地の一
八-三〇一
上告人
紙谷輝雄
右訴訟代理人弁護士
吉田恒俊
佐藤真理
相良博美
奈良市登大路町八一番地
被上告人
奈良税務署長
大西昭男
右指定代理人
高村一之
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(行コ)第四九号、第五七号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人吉田恒俊の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず若しくは独自の見解を前提として原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を避難するものであつて、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)
(昭和六一年(行ツ)第七〇号 上告人 紙谷輝雄)
上告代理人吉田恒俊の上告理由
第一点 原判決には次のとおり、民事訴訟法三九五条五号の理由不備ないし理由齟齬がある。
1 原判決は、税務職員による質問・検査の場合、納税者として「第三者の立会を求めうる法的根拠はない」とし、さらに職員が「第三者の立会を許すべき根拠もない」と述べる。
2 しかし、右は論理が逆である。すなわち、本件で納税者たる上告人は税務調査の際、当該職員に対し、第三者たる民商事務局員の立会を求めたことはない。単に調査の際、第三者たる民商事務局員の立会を「許す」「許さぬ」の問題でもない。許してもらう必要はない。逆に税務職員がかかる立会を拒否する権限もないのである。
3 しかも、民商事務局員がそばにいたからといつて、税務調査には何らの支障もない。支障を及ぼす危険性もない。本件でも調査に現実の支障があつたのではない。税務職員は民商事務局員が上告人のそばにいるだけで調査に着手しなかつた。これが事実である。
4 税務職員が調査にあたつて、そばにいた民商事務局員の言動によつて何らかの調査の妨害を受けたというのなら話は分かる。本件で東信治民商事務局員は最初の調査において、税務職員中前と小暮の二人の職員は東に対し、立会を拒否していない。二回目の調査では、税務職員は東が上告人のそばにいるだけで「調査ができない」といつて帰つてしまつた。上告人も東も当該職員に対し「立会を認めよ」とは一言も言つていない。東は黙つて上告人のそばにいただけである。(証人東信治調書一五~二二番)。
5 以上のとおり、原判決は本件税務職員の税務調査の際、上告人が第三者の立会を求めたことを前提に判示するが、本件において上告人は第三者の立会を求めたことはない。さらに、税務職員は第三者の立会を許すか否かの権限を有しない(つまり立会人を許す権限もないし、これを排除する権限も有しない)。従つて、原判決はこの点の理由が欠落しており、理由不備ないし理由齟齬の違法がある。
第二点 原判決は次のとおり釈明権の不行使ひいては審理不尽の違法ないし第一点と同様の違法がある。
1 会社や大きな企業においては、税務調査を受ける者として、その代表取締役や代表者のほか、記帳担当者ないし経理担当者が含まれることはいうまでもなかろう。経理担当者はともかく、記帳担当者はその企業の従業員であることもあれば、時には第三者(税理士あるいは記帳補助者)であることもまれではない。そのような部外の記帳担当者ないし記帳補助者は純然たる第三者ではなく、当然税務調査に立会う権利と義務を有するといえるであろう。
2 本件において東信治は上告人の記帳につき助言を与え、その補助を行つたものであつて、純然たる第三者ではない。しかるに、原判決は東信治が純然た第三者であると独断し、上告人との密接な関係(ことに経理上、記帳上)を無視ないし欠落させている。
3 原判決にはこの点についての釈明権の不行使ひいては審理不尽の違法ないし理由不備の違法があることは明らかである。
第三点 原判決には、次のとおり第一点と同様の違法がある。
1 原判決は納税者が税務職員の質問・検査を受忍すべき義務のあることから、直ちに第三者の立会を求める法的な根拠がないと述べる。しかし質問・検査を受忍することと第三者の立会とは両立しうる。納税者が第三者(あるいは記帳助言者、補助者)の立会を求めうる法的な根拠としては、税理士法の準用あるいは条理にもとづくものである。
2 この点、「法的な根拠」はない、とした原判決には、理由不備ないし理由齟齬のあるこことは明らかである。
第四点 原判決には次のとおり経験則違反および採証法則違反並びに判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備がある。
1 本件は上告人には氏名も場所も秘匿された「奈良市中西部」のインテリア小売業者一軒のみが比準同業者とされている。このような場合、上告人との類似性を肯定するためには厳密な検討がなされねばならない。
2 しかるに原判決は「奈良市中西部」という広大な地域について、単に「大阪のベッドタウン化した新興住宅地域」であるとの理由のみで、地域的類似性を肯定した。しかし「奈良市中西部」は人口的には奈良市の人口の大部分を含む地域であり、地理的には奈良市東部の山間部以外の中心市街地を全て含む広い面積を有する一帯であり、このことは経験則上明らかである。
おそらく「奈良市中西部」には奈良市内の大部分のインテリア用品小売業社が存在するものと考えられる。
3 しかも当該比準同業者はベッドを扱つていないのであつて、他に適切な同業者は多数奈良市内に存在している。被上告人は自己に都合の悪い同業者は秘匿したまま、都合のよい同業者一軒のみをしかも氏名不詳のまま証拠として提出した。かかるやり方はあまりにも不平等かつ不公正であり、裁判所による適切な証拠の取捨選択がなされねばならない(採証法則違反)。
4 以上の理由により原判決には経験則違反および採証法則違反があり、理由不備の違法がある。
第五点 原判決には、次のとおり経験則違反並びに判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備がある。
1 経験則上、どんな小売業者でもよほど立地条件に恵まれない限り、はじめから黒字ということは難しいものである。上告人は昭和四三年六月に開業したものであり、昭和四六年分の課税は開業後わずか三年半をすぎたところである。
2 比準同業者の選択に当たつては、かかる営業年数の類似性も考慮すべきであるところ、原判決はこの点についての判断を欠落させている。
3 この点でも被上告人主張の比準同業者と上告人との類似性は疑問とされる余地があるにもかかわらず、安易に類似性を肯定した原判決には、第四点の主張と合わせ考慮して、経験則違反、理由不備が存在する。
第六点 原判決には次のとおり経験則違反および採証則違反並びに判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備が存在する。
1 原判決は売れ残り品を否定する。しかし、上告人が仕入はすべて買い取りで行つていたことは明らかである。
2 一般にどんな小売業でも、現品を取り扱う限り売れ残りが発生することは避け難い。これが経験則(つまり常識、コモンセンス)というものである。原審裁判官らはかすみでも食べて生きているのであろう。世の中のことが分かつていない。
3 売れ残りがあつたがどうか、どれだけあつたか、ということは、正確な記帳をしていない上告人としては、自分の記憶によつて立証する以外に立証の手段はない。上告人の供述こそ重要な証拠であり、他に客観的資料は必要がない(なぜなら前述のとおり売れ残りがあることとは一般に肯定しうるから)。上告人の供述以外にさらに売れ残りの証拠を求める原判決は採証法則にも反している。
4 よつて、原判決には経験則違反、採証法則違反、理由不備の違反がある。