大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和22(れ)63 判決

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人今西貞夫、同竹内虎治郎上告趣意第一点は「原判決は理由不備並に擬律錯

誤の違法がある、(イ)本件の犯行状況を記録全体を通して精密に検討して見ると

被告人に何等の犯罪の認識なく最初から相手方に危害を加へる意思等毛頭無かつた

もので幼児二人を捨てゝ家出した妻Aを探し当て連戻す為に本件現場であるB方へ

出向いたものであることは被告人の終始一貫して予審及公判で陳述するところであ

り原審へ差出した上申書に徴しても明かである。即ち本件の動機は全く被害者側に

非違がある。被告人の妻女を誘惑し頑是ない二人の幼児を捨てゝ家出させ而かもそ

の所在を韜晦させて不明にし他人の家庭を打こはし一家離散の憂目に逢はされ乍ら

も被告人は涙をのんで忍ひ幼児のため妻の所在を突止め連戻らうと焦り日頃其の所

在を探索している矢先妻はCが連出して何処かへ隠しているらしいとの噂を耳にし

た。妻の所在を知つているものはCより他にないと思ひ込み偶々同人がBの誕生祝

に招かれて同家へ行つて居るなら訪ねて成から妻の所在を聞き質して見る心算で同

家へ出かけた処却つてC及び其一味から逆襲的に殴打暴行されたので可成重大な傷

害を受けて出血するに及び一時にカツトと成り自宅から持出して居つた刺身庖丁を

無意識に取出した其瞬間に相対していた被害者Cも立ち上つて被告人に迫る気配が

あつたので此の危害の急迫を避けるため右刺身庖丁を突嗟に投げつけた処意外にも

丁度真向に立ち上つたばかりの被害者Cの内股に突きささつたというが事件の実相

縮図である。而して本件は結果に於て貴い人命を奪つてはいるが非違はかへつて被

害者側にあつて被告人の所為は無意識の間に行はれた喧嘩最中身体に急迫している

危害を避くるべく不用意に懐中の庖丁を投げたことによつて惹生したもので固より

殺意は勿論何人に対して傷害するの意思はないのであつて過失犯としての御認定を

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得べき事案と確信するものである。然るに原審はこの事実に対して傷害致死として

事実を認定し刑法第二百五条を適用処断されたのは擬律錯誤の違法があると思考す

る。(ロ)更に原審判決理由に於て「前略処がAは同年十二月二十日又も家出した

ので被告人は種々行方を探索したが判らず其内右はCがAを誘惑して連出しかくし

てゐるのだといふ噂をきくに及んで自分や子供達の将来を考へ深くCを恨む内昭和

二十二年一月三十一日同郡a村D事Bで同人の誕生祝があると聞き同人と知合ひの

Cは右B方へ行つているのではないかと考へCに会ひ妻の行方をたづねてみやうと

いふ気になり同日午後一時頃B方をたづねたのであるが自宅を出る際B方で又Cと

争になりCの一味の者から暴行されるやうになつた用意に刺身庖丁(証第一号)を

懐中して出掛けた処CはB方に来ていたので話があるから外へ出てくれと言ふたが

Cは仲々応ぜずB方の座敷で出てくれ、出る用はないと押問答している内居合せた

Cの弟Eが被告人の懐中の刺身庖丁に気付きこれを取上げやうとし且同座の者の内

誰か被告人の頭をなぐつたものがありCも立上つたので争闘を察した被告人は矢庭

に右刺身庖丁でCの右大腿部を突刺しこれを貫通して股動静脈を切断する傷害を負

はせ……下略」の趣旨を判示しこれに刑法第二百五条を適用されたのであるが前記

(イ)に於て詳述した通り前記判示の事実理由を以てしては直に傷害致死なりとの

判断理由にはならんと思ふ、判示するが如く「出てくれ」「出る用はない」押問答

して居る内被害者Cの弟Eが被告人の懐中せる刺身庖丁に気付き之を取上げようと

した点又同室の被害者側の何人かが被告人に暴行を加へた点被告人が被害者側の暴

行によつて相当重い傷害を受けている点(記録添付の医師診断書)Cも立上り居れ

る点を綜合して見ても当時現場の雰囲気なり状勢が被告人に於て危害の急迫せるを

察知せしむる事情ありし瞬間に於て行はれ而もこれ迄数回に亘りC及其の一味より

無法の暴行を受けて同人等の狂悪非道に心中私に恐れを抱いていた被告人がFの不

法侵害を排除すべく予め機先を制して本件の所為に出でたとしても此の度は当に正

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当防衛としての権利行為であつて致死の結果を見た事は遺憾ではあるがそれにして

も防衛の程度を超えた行為として情状の酌量を受くべきものだと信ずる。しかるに

傷害致死として懲役三年の断罪は余りに過酷の判決であり結局理由不備の違法があ

ると信ずるものである。」というにある。

記録を調べてみると、被告人が本件犯罪を犯すに至つた事情については、まこと

に同情憫察すべきものがある。しかし、原判決は、挙示の証拠に基ずき争闘の意思

その他の判示事実を認定したものであつて、その証拠によればかかる事実認定は、

肯定し得るところである。所論のように、殺意も傷害の意思もなく、無意識の問に

行われたと認定すべきものとは、いうことができない。論旨は結局、原審の専権に

属する事実の認定を非難するに過ぎず、従つて原判決が、過失犯として処断せず傷

害致死として処断したことは、何等擬律錯誤の違法はない。次に原判決は本件の犯

行は、喧嘩闘争を予測し兇器を用意して出掛けた傷害致死で所論のように正当防衛

としたものでないこと、その事実理由に照らし明かである。従つて、原判決には所

論のような理由不備の違法はない。本論旨も結局、原審の専権に属する事実の認定

及び刑の量定を非難するに過ぎず、採用に値いしない。

同上告趣意第二点は「虚無の証拠を断罪の資料に供した違法がある。証拠の取捨

判断は事実承審官たる原審裁判所の専権に属するもので彼是言うべきではないので

あるが原審判決に於て引用したCに対する医師G作成の昭和二十二年二月二日付検

案書中傷害の部位程度及死因に関し判示と符合する記載ある書類に依り事実認定の

資料に供されているが記録中同日付の同医師の検案書に見当らぬ、尤も同医師は同

月二十四日付の検案書が提出され記録に綴つてあるから或は該検案書の日附誤記か

とも考へられるのであるが同検案書に依ると昭和二十二年一月三十一日境警察署殿

の依頼に依りCの身体を診査を求められ診療を為したる記録書に依ると同日の時刻

は判らぬが未だ患者は生存して居ただらうと思はれる事情がある。それは同医師に

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対して怒声をあげて診察を求めている事実が記載されている。果してそうだとすれ

ば右生前の診断であつて死後の検案ではない、そうだとすれば死因は断定し得られ

ぬ訳であるので此の検案書に基く死因断定は何等証拠資料に基かずして判断された

こととなり虚無の証拠を以て本件を断定したといふ違法があると思ふ。」というに

ある。

しかし、記録を調べると、原判決に「医師G作成の昭和二十二年二月二日附検案

書」とあるのは、同月二十四日附検察書の誤記であることは、明白であつて、問題

とするに足らぬ。しかも前記医師は、本件傷害直後より死亡に至るまで診療をした

関係上、警察署から死因につき検案書を求められた際、死因の検案と共に生前の傷

害診断をも記載したに過ぎないこと同検案書により明かである。依つて、所論のよ

うに検案書全部を死後の検案でないと独断し、虚無の証拠をもつて断罪の資料とし

た違法があるというは、理由がない。

よつて、刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文の通り判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

検察官松岡佐一関与

昭和二十二年十二月十八日

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官 真 野 毅

裁判官 沢 田 竹 治 郎

裁判官 斎 藤 悠 輔

裁判官 岩 松 三 郎

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