大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和50(あ)1122 判決

主 文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

弁論人尾崎陞、同鍜治利秀、同横田俊雄、同藤谷正志、同野村和造連名の上告趣

意のうち、違憲(憲法一四条、三一条違反)をいう点は、原判決の認定にそわない

事実関係を前提とするものであり、判例違反をいう点は、原判決が判断しない事項

について判例違反を主張するものであり、その余は、単なる法令違反、事実誤認の

主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、以下に述べる理由により

破棄を免れない。

第一審判決は、罪となるべき事実第一、二において「被告人は、Aから、昭和四

七年五月二九日ころ、千葉県船橋市ab丁目c番d号B方駐車場において、普通乗

用自動車(昭和四七年型トヨタカローラ、時価約五四万九〇〇〇円相当)一台の供

与を受けて、自己の事務に関し賄賂を収受した」との事実を認定し、原判決は、右

普通乗用自動車(以下単に「本件自動車」という。)は被告人がAから供与を受け

たものではなく、その代金を同人に一時立て替えてもらつたものであるとの弁護人

の事実誤認の控訴趣意に対し、およそ次のとおり判示して第一審判決の右事実認定

を是認した。すなわち、Aは昭和四七年五月初旬頃、被告人及びその妻Cとともに

D株式会社E営業所(以下単に「販売会社」という。)におもむき、被告人らと相

談のうえ新車である本件自動車を購入することになり、Aにおいて係員と交渉の結

果、車両価格および保険料その他の合件額を七三万四二一七円とし、そのうち頭金

として一〇万円をその場で支払つたこと、同月二九日頃Aは被告人及びその妻と再

び販売会社にいたり、諸経費七万四〇〇〇円を支払つたうえ、販売会社との間に、

- 1 -

残金五六万一九七円は二四回の割賦支払いとし、右割賦支払いは、支払人(振出人)

Aの取引先信用金庫の統一手形二四枚によることを内容とする買主C、連帯保証人

A名義の自動車割賦販売契約を締結し、即時本件自動車とそのキー二個を受け取り、

これを被告人に引き渡したこと、その後Aは前記割賦払い金を同四八年三月まで支

払い、同人が販売会社に支払つた金員は前記頭金、諸経費等を含め合計四〇万八〇

一七円に達すること、その間、被告人又はその妻からAに対し、同人が支払つた頭

金、諸経費、同人の支払うべき前記割賦払い金の返済方法についてなんらの話もな

く、また、Aから被告人に対しその返済を請求したことはなく、結局被告人からそ

の返済が全くされていないこと、被告人は妻に対しては自分が毎月Aに右代金等を

返済しているもののように装つていたことなどの事実が認められ、結局本件自動車

はAが被告人に供与したものであり、被告人においてもこれを認識しながらその供

与を受けたものであると認めるのが相当である、というのである。原判決の判旨は、

要するに、前記割賦販売契約の実質上の買主は贈賄者Aであつて、同人が販売会社

から本件自動車を購入したうえ、これを被告人に引き渡して供与し、被告人はこれ

を収受したというに帰する。

しかし、記録によれば、被告人及び妻Cは、Cが子供を託児所に送るため自動車

の入手を希望していたことから、自動車を購入するためAともども販売会社に行き、

車種の選定、購入条件などについて互に相談のうえ本件自動車を購入することを決

め、前記割賦販売契約を締結するに至つたのであるが、右契約に際して、買主をC

とし被告人が契約書に同女の記名押印をしたうえ、印鑑証明書とともに販売会社に

差し出しており、販売会社はCを買主として、またAを連帯保証人で、かつ代金等

の直接の支払人として契約し、CはAが販売会社に支払つた代金等については被告

人が毎月家計の中から返済していると思つていた事実がみられるほか、前記割賦販

売契約には、本件自動車の所有権は買主が債務を完済したとき販売会社から買主に

- 2 -

移転するとの所有権留保特約が付されており、しかも買主は販売会社に対し残代金

等の支払債務を負担することはもちろんのこと、割賦金の支払を怠つた場合、販売

会社は契約を解除し買主に対して自動車の返還を求めるとともに、損害金の請求を

することができるものとされている。従つて、Cが前記割賦販売契約の一方の当事

者であり、単なる名義上の買主でないことは明らかである。また、Aが被告人のた

め本件自動車の代金等全額を負担する意図のもとに頭金及び諸経費等を支払い、割

賦金について約束手形を振出し、その一部を支払つているのに、被告人らがAとの

間にその返済方法を取り決めていないし、返済もしていないのであるが、この間の

事情については、被告人及びその妻Cが本件自動車を買うにあたり、被告人は夫と

してその代金等を負担するはずのところを、Aからの申出に応じ、同人に前記頭金

及び諸経費の支払い並びに割賦金について手形債務の負担をさせ、これにより合計

四〇万八〇一七円を販売会社に支払わせたと認めるのが自然であつて、代金等をA

に支払わせたとしても、本件自動車の買主を同人としなければならないというもの

ではない。

してみると、Cは前記割賦販売契約に基づいて買主として販売会社から本件自動

車の引渡しを受けることができるのであつて、Aが販売会社から本件自動車の引渡

しを受ける契約上の根拠は見出しがたい。また、Aが販売会社から本件自動車を受

け取り被告人に引き渡したことは原判示のとおりであるが、記録によれば、右の受

領及び引渡し自体は、Aが主として本件自動車の購入について交渉を進めていたこ

とや、Cが自動車の運転資格をもつていなかつたことから、便宜上AがCに代わつ

て本件自動車を販売会社から受領し、試運転をしたうえ第一審判決判示の駐車場に

おいて被告人らに引き渡したというにすぎないのであつて、これをもつて本件自動

車を賄賂として交付したものとは認めがたい。

以上の事実関係を前提とすれば、本件収賄の客体は本件自動車ではなく、その購

- 3 -

入代金の支払等による利益であると認めるに相当な理由が窺えるのに、原判決は、

前記割賦販売契約の実質上の買主はAで、Cは単なる名義上の買主にすぎないもの

と認定したうえ、被告人は、Aから、同人が販売会社から受け取つた本件自動車の

供与を受けて、賄賂を収受したものであるとして、第一審判決の事実認定を是認し

たのであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすべき審理不尽ないし重大な事実

誤認の疑いがあり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

なお、原判決の維持する第一審判決中被告人に関する部分は、被告人に対する本

件収賄罪のほか、別に同判示第一、一、三ないし五の各収賄罪を認め、右数罪は刑

法四五条前段の併合罪の関係にあるというのであるから、本件のみを分離すること

はできないので、原判決を全部破棄する。

よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に

従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意

見で、主文のとおり判決する。

検察官小嶌信勝 公判出席

昭和五一年六月一七日

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官 団 藤 重 光

裁判官 下 田 武 三

裁判官 岸 盛 一

裁判官 岸 上 康 夫

- 4 -

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!