大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(あ)1264号 決定 1993年3月12日

本店所在地

東京都中野区中野四丁目七番七号

鹿島商事株式会社

右代表者代表取締役

鹿島成浩

本籍

東京都杉並区西荻北三丁目一番地

住居

同三鷹市井の頭五丁目八番三一号

会社役員

鹿島成浩

昭和一一年一月二七日生

右の者らに対する各法人税法違反、物品税法違反、関税法違反被告事件について、平成元年一〇月二五日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護萬場友章の上告趣意のうち、憲法三七条違反をいう点は、本件の審理が著しく遅延したとは認められず、関税法一一三条の二に関して憲法三一条違反をいう点は、右関税法の規定が所論のように不明確とはいえないから、所論はいずれも前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 司部恒雄)

平成元年(あ)第一二六四号

○ 上告趣意書

被告人 鹿島商事株式会社

被告人 鹿島成浩

右両名に対する法人税法違反等被告事件について、弁護人の上告の趣意は左記のとおりである。

平成二年九月二七日

弁護人 萬場友章

最高裁判所 第三小法廷 御中

第一 原審判決は憲法三一条、三七条に違反し破棄されなければならない

一 本件第一審判決及びそれを是認した原審判決は適正手続を保障した憲法三一条および、迅速な裁判を受ける権利を保障した憲法三七条一項に違反するものであり、破棄されなければならないものである。

二1 本件法人税法違反等被告事件においては、公訴事実が訴因の特定を欠いたまま起訴され、それが治癒されないまま判決に至っており、これを看過して被告人を有罪とした第一審判決並びにそれを是認した原審判決は、公訴提起の方式を定めた刑訴法第二五六条第三項及び、公訴提起がその規定に違反したため無効であるときには判決で公訴を棄却すべきである旨を定めた同法第三三八条四号に違反するのみならず、適正手続を保障した憲法第三一条に違反するものである。

2 憲法第三一条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定している。この規定が実体的適正及び手続適正を定めたものであることは、凡例、学説の認めるところである。

この適正手続主義は、人権尊重の基本原理(憲法一一条、一三条)に基づいて、被告人の権利、自由の侵害を必要最小限にすることを刑事手続に義務づけたものである。

国家から刑事訴追を受けた被告人といえども、否、むしろかかる立場にある被告人にこそ、訴追側と対等の立場に立って自己の権利を防衛する機会が保障されなければならない。

したがって、刑事訴追を受けた被告人は、どういう事実について追及を受けているのか、またその事実が認定されるとどういう法律効果が生ずるかを十分に知らされ、それについての防衛の機会が与えられなければならない。

そして右のような被告人の権利を保障するために設けられた制度の一つが訴因制度なのである。

すなわち公訴提起の方式を定めた刑訴法第二五六条第三項は、「公訴事実は、訴因を明示してこれに記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罰となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定し、被告人の防衛権を保障するために、被告人が追及を受けている事実を、日時、場所及び方法等により具体的に明らかにすることにより、防衛の対象を明確にするものとしたのである。

従って、「訴因は事実である以上、犯罪構成要件を法文通り抽象的に記載するだけでは足りない」(名古屋高裁昭二八・一一・一二判決、高等裁判所刑事判例集六巻一八二一頁)のであって、訴因を特定するためには、日時、場所、方法、数量等を具体的に明記しなければならないものとされるのである。

3 しかるに本件被告事件における起訴状の公訴事実は、その記載がきわめて抽象的であり、被告人の「逋脱行為」としては単に「期末商品たな卸高の圧縮、二重仕入を計上する」という記載があるだけである。

本件公訴事実は訴因の特定性を欠いており、刑訴法第二五六条第三項に違反し、違法であり、訴因の特定性を欠いている公訴事実が、検察官の釈明や冒頭陳述によって、その公訴の方式違反は治癒できるものではないのである。

4 しかるに検察官は昭和五一年八月一六日付冒頭陳述書や同年一二月八日付け補充冒頭陳述書によっても、本件公訴事実は何ら明確なものになし得なかったのである。検察官が公訴事実あるいは、冒頭陳述、補充冒頭陳述によっても、いまだ訴因が特定出来なかったのは、とりもなおさず本件起訴そのものに無理があったからにほかならなず、かつ、法人税法違反被告事件といえども、刑法上の一般原則や刑事訴訟法の諸規定がそのまま適用される刑事裁判そのものなのだというあまりに自明なことを検察官が失念していたことにもよっている。

5 更に、検察官は、税務訴訟とまったく同じ観念で作成され、訴因として何も記載されていないに等しい公訴事実を補完する意味で、前記のような特異な冒頭陳述書(昭和五一年八月一六日付)を提出したものの裁判所の勧告を受けて検察官は多くの個所を全面的に削除、撤回せざるを得なくなったのである。

右検察官釈明の冒頭陳述の撤回は起訴当時及び証拠調べ手続き開始当時において検察官が訴因を特定出来なかった事実及び被告人の防御の対象が不明確でその防御権が侵害されていた事実を如実に示すものである。

6 昭和五一年六月二八日に本件公訴が提起され、同年七月一六日第一回公判が開かれて以来、実に四年の間に一一回にのぼる公判と四回にわたる準備手続が開かれたのは、この杜撰な公訴事実と冒頭陳述の不明確さと自己矛盾をめぐってであり、それらはすべてのこれを何とか明確なものにできないかということに費やされた。

7 ところが、検察官は昭和五五年五月二三日の第五回の準備手続において、起訴状記載の実際所得金額を大巾に増額変更-公訴事実第一については実際所得金額「七七、六八三、〇五一円」とあるのを「一六七、〇一五、九九〇円」に増額-する訴因の変更を請求し、これについて、従来の冒頭陳述を全面的に撤回し、まったく新たに冒頭陳述書(昭和五五年五月二三日付)を提出するに至った。

検察官が本件で行った「訴因変更」と「冒頭陳述の変更」はまさしくこのように恣意的なものであった。

刑訴法第二五六条第三項が「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と定めているのは訴因の記載は抽象的でもよいとした場合、裁判所の途中でその内容をどのようにでも変更できる余地を残すからであり、そのため被告人の防禦権の行使を困難にするからである。

本件訴因の変更について、それが違法であることは、第一審において弁護人が提出した昭和五五年一二月一〇日付意見書において指摘したとおりであるが、このように恣意的な変更を生じせしめる本件公訴の提起は、訴因としての特定性を欠いており、違法であって公訴が棄却されるべきであったのである。

8 仮に、本件のような公訴事実の記載が抽象的すぎるとして直ちに公訴棄却すべきであるとまでいえないとしても、裁判書が第二回公判期日で「内容が抽象的過ぎるという点については、裁判所としても同様に考えているので、検察官は事実を具体的に摘示して詳細に明らかにされたい。」と指摘したように、検察官は冒頭陳述で公訴事実の訴因としての不特定性を補完しなければならないはずである。その場合、検察官の冒頭陳述は訴因として構成された具体的な事実の摘示でなければならない。

しかしながら、右冒頭陳述書(昭和五五年五月二三日付)は、「計算書」のなかの勘定科目の増減に関する単なる説明にすぎないものであって、訴因として構成されたものではまったくない。そうすると、本件は訴因が最後まで不明確なまま終わったというべきである。被告人と弁護人は、本件訴因が何であるか不明確なまま、闇夜に鉄砲を撃つような思いで防禦権を行使することを強いられたということである。

9 検察官のように香港の二法人について、「被告会社のダミー的存在にすぎない」とか「売上」と「仕入」、「輸出」と「輸入」が架空であるという言葉をいくら連ねても、それが被告会社の所得に変動を生ぜしめ、「法人税の免れた」という結果を招来せしめたとする具体的な訴因として構成されない以上、本件の無罪は明白であるが、それ以前の問題として、そもそも最後まで訴因が特定されなかったのである。いかなる行為が審判の対象となっているかが、第一審、第二審を通じて、ついにわからないまま終わってしまったのである。

したがって、被告人の防御権は全く保障されなかったに等しいのである。

それにもかかわらず、被告人を有罪とした本件一審判決、及び、それを是認した原判決は適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。

三1 本件法人税法違反等被告事件においては、全く被告会社ならびに被告人(以下両者を総称するときは特に留保しない限り被告会社とする)に帰責事由がないにもかかわらず、自身においてすら訴因の特定が全くできない検察官の違法、不当な公訴提起により、訴因の特定のためだけにいたずらに年月を費し、さらには従前の冒頭陳述を撤回して全く新たな冒頭陳述を提出せざるをえない事態を招いたものであり、それにもかかわらず漫然と訴訟手続を進行せしめ、被告会社を有罪とした第一審判決及びそれを是認した原判決は、迅速な裁判を受ける権利を保障した憲法三七条に違反するものである。

2 憲法三七条一項は、「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定している。

裁判の遅延は、いたずらに長期間にわたり被告人という不安定な地位にとどめることよって被告人は有形無形の不利益を累積し、かつその防御権の行使を必然的に困難にして(たとえば、証人、被告人の記憶の減退、喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失等)無罪の立証の機会を奪い、結果とし、適正手続主義の要請に反することになるのである。

もとより、事案の性質・内容によっては、実体的真実を研究するという要請のうえから、ある程度審理が長期化するのはやむをえないところである。

しかしながら、適正手続主義のもとにおいては、人権尊重の観点から確実な証拠に基づき、かつ被告人に防御権が十分に保障されるような起訴が要求されているのである。ずさんな捜査に由来する検察官側立証の困難のための遅延、検察官においてすら「その詳細は不明である」といわざるをえないような訴因が不特定のままでの起訴に由来する遅延等、被告人に何ら帰責事由がないにもかかわらず無罪の機会を奪われたままいたずらに年月が経ていくような事態は絶対に避けなければならないのである。

3 しかるに、本件被告事件においては、前記二において審理経過を明らかにしたとおり、検察官において訴因を特定しないまま手続が進められ、四年間に、訴因特定のために一一回の公判と四回の準備手続を経、そのあげくに実質的所得金額を総額する訴因変更を請求し、全く新たな冒頭陳述書を提出し、従前の審理を反古にしてきたのである。

四年間の審理が反古になるということは、単に被告人が無駄な防御活動を強いられたという消極的な弊害が存するだけでなく、新たな提示された訴因に対する防御活動をしようとしても、年月の経過に伴いそれを困難にしてしまうという積極的な弊害が存するのである。すなわち、当初の起訴段階であれば、検察官が訴因を特定して起訴すれば、被告人としては比較的容易に防御・反論する資料を有していた場合であっても、訴因が不特定であれば、どの資料(本人や関係者の記憶も含む)が防御・反論に有効適切なものであるかがわからないまま、年月を経過してしまうのである。このような場合にまで、いつになるかわからない将来、訴因が特定される日に備えて、被告人はおよそ関連資料全てを保存し続けなければならない、とするのは被告人に余りに過大な負担を強いるものであるのみならず、本人や関係者の記憶の正確な維持ということはおよそ不可能なのであり、実体的真実の発見は年月の経過とともに困難になっていくのである。

まさにこのような事態を避けるために、憲法三七条は迅速な裁判を受ける権利を保障したのである。

4 もとより検察官が前記のような意図のもとに訴因不特定のまま四年もの開放置していたと主張するものではないが、被告会社にとっては右のような重大な不利益が存在する以上、そのような審理経過をたどりながら有罪を認定した本件第一審判決及びそれを是認した原審判決は憲法三七条に違反したといわざるをえない。

第二 憲法第三〇条、八四条ならびに三一条違反-租税法律主義に違反する

――たな卸資産の評価方法について審理不尽・判断脱漏――

一 検察官の主張するたな卸資産の評価方法について

1 検察官の冒頭陳述での主張

検察官は、昭和五四年七月一三日付冒頭陳述書(追加)において「被告人鹿島成浩は、毎期末に被告会社の商品管理部の者らをして個別原価法を基本としたたな卸を実施させ、商品番号・金額等を記載した実際たな卸表作成させたうえ、被告会社の利益調整のために、右実際たな卸表に基づき、たな卸商品そのものの一部を除外し、或いは、たな卸商品の金額を圧縮させることより期末たな卸高を除外した。

その際、四七年四月期末及び四八年四月期末については、政田左衛子等の従業員に命じて、右のたな卸高による公表たな卸表を作成させた」(傍線著者記す)と主張している。

2 検察官の論告での主張

検察官は、論告において「被告会社の取扱商品は、ダイヤモンド、サファイヤ、ルビー等いわゆる貴石類及び絵画・陶器等の美術品であるが、それら商品個々の個別性が強く、かつ個々の単価の差も大きいところに特徴がある商品のたな卸の評価に当たっては、個別法、すなわちたな卸資産たる商品個々の帳簿上の取得価額(仕入価額)をもって評価額とする方法によるのが会計上の原則である。」としたうえ、「法人税法第二九条、同施行令第二九条によるたな卸資産の評価方法の選定の届出をしていない場合の法定評価方法たる最終仕入原価法に従ったとしても、そもそも、貴石あるいは美術品々、品質的にも価額的にも個々の商品の個性が著しく強い商品については、「同種商品の最終仕入」という概念が成立する余地がなく、強いて言えば各一品ごとの仕入が当該商品についての最終仕入そのものであると解せざるを得ないこととなるので結論的には個別法と同様、取得時に個々の商品につき記帳された取得価額によって評価すべきこととなる。しかも、後記のとおり、被告会社において、長年にわたり、基本的には個別法によってたな卸資産の価額を評価する方法をとってきたものであるので(もっとも、公表計上に当たってはその金額を圧縮しているが。)、これに従って評価するのが法の趣旨に最も良く合致する処理というべきである(法人税法施行令第三一条第二項参照)」(傍線著者記す)としているのである。

3 検察官の主張は、棚卸資産の評価方法とした一貫して個別法による評価をもって正当であるとし、しかもその評価は仕入れ時に仕入台帳に記載された取得価額であるとするものである。

検察官の右主張の根拠は、貴石等は個性が強く、最終仕入原価法が採りえず、かりに最後仕入原価法を採ったとしても結局は個別法における評価と一致するというのである。

4 後に詳細に論ずるように被告会社において最後仕入原価法を採用した場合には、著しい不相当な結論が出ることは明らかであるが、しかしながら検察官が主張するような帳簿に記載された右取得価額が、たな卸資産の評価を行ううえで妥当な棚卸金額であるとする合理的な理由は何一つないのである。

むしろ、たな卸資産の評価方法として定められている個別法に合致するような適正な評価を行ったうえ帳簿に記載することが適切であったのであるが、すでに再三にわたり指摘してきたとおり、被告会社の業務遂行上の理由により右個別法にふさわしい評価付けをたな卸時に行ったため、検察官は、意図的な「ふみ分け」であるとしているものであるが、それは本来仕入時に仕入台帳に適正な評価額を記載するのを棚卸時に適正な評価を行ったにすぎないものであって「ふみ分け」自体が批判されるべきものではないのである。

したがって、右のような事情を勘案すれば、「ふみ分け」が不相当でないことは明らかなのである。

二 第一審判決の判示について

1 第一審判決は、被告会社のたな卸資産の評価方法につき「被告会社では、貴石の期末たな卸作業は、商品管理部の従業員が行っていたが、具体的には、前年度期末のたな卸表の写し等を作業表とし、前期の期末在庫商品で当期中に販売された商品を右作業表から抹消していくなどの方法により、前期以前の仕入に係る在庫商品確認するとともに、当期に仕入れた商品についても、そのリストを作成した上で、当期中に販売された商品をリストから抹消していくなどの方法で在庫商品を確認していた。そして、右作業の結果に基づき、当期の期末の在庫商品一覧表を作成し、個々の商品ごとに仕入台帳に記載されている仕入価額(取得価額)を付記することによって、いわゆる実際たな卸表を作成した」と被告会社の棚卸作業について認定したうえ「この後、被告人の個別的な指示に基づき、個々の商品ごとに仕入台帳記載の仕入価額よりも減額した金額を現在評価額として決定し、この現在評価額を個々の商品(貴石)の期末たな卸評価額としたいわゆる公表たな卸表を作成してこの集計全額をもって貴石のたな卸金額としていた。このように仕入台帳の仕入価額よりも減額した金額をもって貴石のたな卸金額とすることを、被告会社では「ふみ分け」と称していた」と「ふみ分け」について認定し、「検察官の主張する貴石の期末たな卸除外額の大部分は、右のふみ分けと称するたな卸評価方法から生じている」と認定したうえ、棚卸資産の評価方法については「貴石の期末たな卸金額は、特段の事情のない限り、原則として、仕入台帳に記載されている貴石等の取得価額(仕入台帳価額)によるべきである」(傍線著者記す)と判示しているものである。

2 第一審判決は、逋脱の原因が「ふみ分け」にあると認定するとともに検察官の主張と同様にたな卸資産の評価方法として原価法のうち原則として仕入台帳価額による個別法によるべきであることを明らかに認定しているものである。

しかも、後述するとおり、第一審決は、検察官の主張する各期の期末たな卸資産の評価より、すでに売上げられている若干の商品を棚卸資産より除外しているものであるが、その他の棚卸資産については棚卸商品の特定、評価方法、評価額のいずれも検察官の主張する評価をそのまま援用しているのである。

したがって、第一審判決が検察官の主張する個別法によっていることは明らかなところである。

三 原審判決について

1 原審判決は最終仕入原価法をもって棚卸資産の評価方法としている。

(1) 原審判決は、「法人のたな卸資産の売上原価等の計算及びその評価方法に関する法人税法上の各規定について通覧してみるに、法人が各事業年度の所得金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入する金額を算定する場合、その算定の基礎となる当該事業年度終了の時において有するたな卸資産の価額は、その法人がたな卸資産について選定した評価の方法により評価した金額とし、評価の方法を選定しなかった場合に又は選定した評価の方法により評価しなかった場合には、評価の方法のうち政令で定める方法により評価した金額とするとされ(法人税法二九条一項)、その選定することができる評価の方法の種類として、原価法(個別法等八種類)と低価法とが定められており(同法施行令二八条)、そのいずれの方法によるかはたな卸資産の区分ごとに選定し、かつ、その選定した方法を書面で納税地の所轄税務署長に届け出なければならず(同施行令二九条)、この評価方法に代え、当該評価の方法以外の評価の方法により計算する場合には納税地の所轄国税局長の承認を受けることを要し(同施行令(昭和五三年政令第七八号による改正前のもの)二八条の二第一項)、選定した評価方法を変更しようとするときは、納税地の所轄税務署長の承認を受けなければならない(同施行令三〇条)こと、更に、たな卸資産の評価額の計算の基礎となるたな卸資産の取得価額は、別段の定めがあるものを除き、本件貴石等のように、購入したたな卸資産については、当該資産の購入の代価(当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)と当該資産を消費し又は販売の用に供するために直接要した費用の額の合計額とされている(同施行令三二条一項一号)こと、法人がその有する資産の評価換をしてその帳簿価額を減額した場合には、その減額した部分の金額は、所得金額の計算上、損金の額に算入されず、その資産につき災害による著しい損傷その他政令で定める事実(右事実のほか、当該資産が著しく陳腐化したこと、法人について会社更生法の規定により厚生手続の開始決定又は商法の規定により整理開始の命令のあったことにより当該資産につき評価換えをする必要が生じたこと及びこれらに準ずる特別の事実)が生じたことにより、当該資産の価額がその帳簿価額を下ることとなった場合にのみ損金の額に算入することができる(法人税法三三条一、二項、同法施行令六八条一号)ことがそれぞれ定められている。」とし、法人税における棚卸資産の評価方法について詳細に条文を引用しながら検討したうえ「そこで、被告会社としては、本件各事業年度の所得を計算するに当たり右各規定の適用を排除すべき特段の事情が存しない以上、これらの規定に従いたな卸資産の評価を行うべきであるところ、被告会社では、法人税法施行令二八条一項に規定する評価の方法に代え他の評価方法により計算することにつき所轄国税局長の承認を受けておらず、また、評価方法を選定してその方法によるべき旨を所轄税務署長に届け出ていないので、本来ならば同法施行令三一条一項に定めるところにより、同法施行令二八条一項一号トに規定する最終仕入原価法によってたな卸資産の評価を行うべきである。」(傍線著者記す)と判示し、最後仕入原価法によって棚卸資産 の評価を行うべきであるとしているのである。

(2) なお、原審判決は、第一審判決が判示する個別法につき、最終仕入原価法と矛盾しないかごとく判示しているが、右判示が妥当でないことは云までもない。

すなわち、原審判決は、弁護人が公訴趣意書において指摘した「原判決は、ロットで仕入れた貴石のたな卸評価方法につき、カラット数だけを基準とする方法を被告会社のみでなく業界において相当広く用いられているものと認め、一般的合理性を有する旨判示するが、右の方法が法人税法施行令二八条に規定する個別法のみならず、最終仕入原価法そのたの方法にも当たらない特別の方法であり、原判決のように、仕入れ時のカラット数を基準にして算出した仕入価格をそのまま維持するのではなく、むしろ期末たな卸時点において仲間卸の再調達価格等をもとに何らかの方法で実際価格に近い価格を算出し、それをもって期末たな卸価格とすることが貴石を販売する業界において相当広く用いられており、右業界内で通用する程度の一般的合理性を有するものというべきであり、そして、右のような業界の慣行は法定評価方法である最終仕入原価法や低価法の考え方にも合致し、企業会計の継続性のみでなく、保守・安全のため必要な方法というべきである」(傍線著者記す)との主張について「原判決は、所論が指摘するように判示しているけれども、しかし、法人税法施行令二八条一項一号に規定する原価法は、当該事業年度終了の時において有するたな卸資産につき、同号に掲げるいずれかの方法によってその取得価額を算出し、その算出した取得価額をもって当該期末たな卸資産の評価額とする方法をいい、そのうちの個別法は、期末たな卸資産の全部について、その個々の取得価額をその取得価額とする方法をいうものであるところ、ロットで仕入れた貴石のたな卸方法につき、原判決が「ロット仕入をした場合に、個々の貴石の仕入価額の決定に当たって、カラット数だけを基準とする方法を採っているのは、被告会社ばかりでなく、右方法は貴石を販売する業界において相当広く用いられているものと認められ、右業界内で通用する程度の一般的な合理性を有しているものと認められる。」と判示しているのは、右にいう個別法そのものではないけれども、その一種に当たるとする趣旨と解され(この点につき、所論は、個別法については、法人税基本通達(昭和五四年一〇月改正前のもの。以下同じ。)五-二-一により商品が取得から販売に至るまでの過程を通じて具体的個品管理が行われる必要があるが、ロットで仕入れる場合は右要件を通じて具体的個品管理が行われる必要があるが、ロットで仕入れる場合は右要件を充足していないことが明らかであるという。しかし、貴石をロットで仕入れた場合、その取得についてこそ個品管理がなされているとはいえないが、被告会社では取得後直ちに個々の貴石の取得価額を決めてこれを仕入台帳に記載し以後販売に至るまで個別的に管理されているのであるから、右要件を充足しているものということが出来る。)、これが特別の評価方法に当たることを判示したものではないというべく、したがって、所論はその前提を欠くものといわなければならない。」(傍線著者記す)と判示する。

このように、原審判決は、あたかも第一審判決が認定する個別法による棚卸資産の評価方法を支持するかのように判示しているが、第一審判決が認定する個別法は原審判決が認定する最終仕入原価法とは全く異質なものであることは明らかであり、原審判決は著しく明確性に欠けるものといわなければならない。

すなわち、原審判決が指摘するとおり法人税施行令第二八条において棚卸資産の評方法としては原価法と低価法が定められており、被告会社のように評価方法について所轄国税局長の承認を受けていない場合には原則として原価法が採用されること、また原価法について定められている(イ)個別法(ロ)先入先出法(ハ)後入先出法(ニ)総平均法(ホ)移動平均法(ヘ)単純平均法(ト)最終仕入原価法(チ)売価還元法の八種類の方法のうち同施行令第三一条一項により最終仕入原価法によらなければならないものとされているのである。

そして、個別法とは法人税施行令第二八条一項(イ)によれば「期末たな卸資産の全部について、その個々の取得価額をその取得価額とする方法をいう」であり、最終仕入原価法とは同条同項(ト)によれば「期末たな卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて、当該事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得額とする方法をいう」と規定しているのであるから、両者は個別の概念であり、最終仕入れ原価法が原価法と一致することなど概念矛盾であり得ないものである。

したがって、原審判決は最終仕入原価法をもって被告会社の棚卸資産の評価方法として適正であると判示しているのであるから、判示部分においてあたかも原価法とも思われる部分は不相当であると云わなければばならないものである。

なお個別法にいう「個々の取得価額」とは、便宜的に帳簿に記載された価額そのものである必要はなく、適正に評価された価額であるのは云うまでもないのである。

2 原審判決は最終仕入原価法に基づく評価を全くしていない

(1) 原審判決は、法人税並びに法人税施行令を引用して、被告会社のとるべき棚卸資産の評価方法として最終仕入れ原価法が正しい評価方法であると結論づけている。

しかしながら、第一審判決がとる個別法との関係が必ずしも明確でないが、前述したとおり、個別法と最終仕入原価法とでは評価が全く異なることになるのは明らかである。

(2) 後述するとおり、最終仕入原価法においては、評価の前提として「その種類等の同じものについて当該事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額」を決定し、その基準となる取得価額により、棚卸資産の評価を算定するものであるにもかかわらず、原審判決は基準となる「一単位あたりの取得価額」を全く算出していないのである。

(3) 更に、原審判決は、「一単位あたりの取得価額」を算出していないことから当然に最終仕入原価法による棚卸資産の評価を全く行っていないのである。

そのため、原審判決は、第一審判決が棚卸資産の評価とした個別法に基づく評価をそのまま是認しているのであって、棚卸資産の評価について最終仕入原価法に基づき検討した痕跡が全く見当たらないところである。

(4) すなわち、原審判決は、最終仕入原価法による棚卸資産の評価方法を適正な評価方法としたにもかかわらず、依然として個別法による棚卸資産の評価をしたにすぎないのであるから、適正手続を求めた憲法三一条に違反し、租税法律主義を定めた憲法第三〇条、第八四条に違反することは明らかであり、かつ後述するとおり、事実誤認であり、これで覆されなければ著しく社会主義に反することが明らかであり、原審判決は破棄されなければならない。

第三 憲法三一条違反-適正手続違反

――たな卸資産の評価をしていない審理不尽と事実誤認――

一 検察官のたな卸資産の評価に関する主張

1 冒頭陳述での検察官の主張

検察官は昭和五四年七月一三日付冒頭陳述書(追加)と題する書面に添付されている別表1「たな卸除外額品種別明細表」によって、被告会社の「公表額」(なお「申告額」としている場合もある)に対する検察官の主張となる「実際額」を指摘しているものである。

なお検察官が指摘する除外額の内訳は、その大部分が棚卸資産の評価に関するいわゆる「ふみ分け」と称する評価についてであり、貴石に関する単純除外は金三一四八万三二一四円にすぎないのである。

右の主張によれば左の表のとおりである。

<省略>

2 変更後の冒頭陳述での主張

しかるに検察官は昭和五五年五月二三日付冒頭陳述書(変更)によると、左の表のとおり昭和四八年四月末期のたな卸資産額が変わってきているのである。

しかしながら、いかなる理由で変わったか明記されていない。

<省略>

3 論告における主張

検察官は、論告において「昭和四七年四月期、同四八年四月期、同四九年四月期の各期末において、被告会社に在庫として存在したたな卸資産を、仕入台帳等に記載された個々の取得価額で評価した金額は、昭和四七年四月期末が三九二、三〇九、七八一円、同四八年四月期末が五八七、八〇〇、五七九円、同四九年四月期末が八七一、二八一、一八五円となり、これが被告会社の実際のたな卸金額である。ところが、右各期の法人税確定申告書に記載された被告会社の期末たな卸金額、すなわち公表たな卸額は、昭和四七年四月期末が一八八、四二九、六一三円、昭和四八年四月期末が三一五、一九一、六九四円、同四九年四月期末が二五一、九七三、九一一円であり、いずれも前記実際たな卸金額を大きく下回っているもので、右実際たな卸金額と公表たな卸金額との差額は、被告会社の期末たな卸金額の過少計上額、すなわち期末たな卸圧縮(除外)の金額である」と主張している。右主張を別表にすると左の表のとおりであるが、右2で述べた金額(実際額)が再び変更され右1で述べた金額(実際額)に戻っているのである。

<省略>

4 検察官の主張の杜撰さ

検察官の主張は、棚卸資産の評価だけに限らず、本件については数次にわたり、いわば主張する毎にその主張を変更しているものであって、右主張の変遷からしても検察官の主張自体が極めて杜撰であることの証明であるというほかない。

しかも、検察官の主張が変化しても、検察官は棚卸資産の評価に関していえば前述の昭和五四年七月一三日付冒頭陳述(追加)における「たな卸除外額品種別明細表」「たな卸商品個別明細表」については終始維持しているものであって全く変更させていなかったのである。

このように基礎的事実が全く同一であるにもかかわらず、主張だけが変更するというのは極めて奇異であると言わなければならないところであり、検察官の主張がいかに空々しいものであったかこれだけで明らかになるものである。

二 第一審判決の認定した棚卸資産の評価額

1 第一審判決は棚卸資産の評価について前述したとおり、「特段の事情のない限り原則として仕入台帳に記載されてる貴石の取得価格(仕入台帳価格)によるべきである」とし、検察官の主張する前記昭和五四年七月一四日付冒頭陳述書(追加)における「棚卸除外品種別明細表」「棚卸商品個別明細表」に基づき事実認定をしている。

但し、第一審判決は判決書添付の別表六「棚卸除外額修正一覧表」に記載されているとおり、公表額ならにび実際額よりそれぞれ棚卸に計上すべきであるにもかかわらず計上しなかったものと、あるいはすでに棚卸時において売り上げられているため棚卸資産から除外されるべきであるにもかかわらず除外されなかったものとして修正を加えているものである。右修正に基づき第一審判決は昭和四八年四月期に関しては別表<1>修正損益計算書において、期首棚卸、期首商品棚卸額、期末商品棚卸額をそれぞれ変更し、又昭和四九年四月期においては別表<2>修正損益計算書において同様に期首商品棚卸額並びに期末商品棚卸額を修正しているものである。

第一審判決の認定した各期における棚卸評価額についての評価は前記表と対比するため作成すると左のとおりである。

<省略>

三 原審判決の認定した棚卸資産評価額

原審判決は、前述のとおり棚卸資産の評価につき最終仕入原価法に基づく棚卸資産評価額が適正であるとしているにもかかわらず、個々の商品の棚卸資産の評価については全く行われず単に第一審判決の認定した棚卸資産の評価を追認している。

しかしながら、最終原価仕入法にもとづく棚卸資産の評価を行えば、第一審判決が認定した個別法に基づく棚卸資産の評価と全く異なる結論がでることは容易に推測しうることであり、現に次に述べるとおり最終仕入原価法による棚卸資産の評価は第一審判決の認定した個別法に基づく棚卸資産の評価と全く異なることが明らかなものである。

従って原審判決は、自らの認定と異なる棚卸評価方法でもって棚卸資産を評価することとなり、著しい事実誤認を行うものであり、これを破棄しなければ著しく社会性に違反することは明らかであるから、棄却すべきである。

四 最終仕入原価法に基づくたな卸資産の評価

1 最終仕入原価法は前述のとおり「期末棚卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて当該事業年度終了の時から最も近い時期において取得したもの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得価額とする」方法をいうものであるから、まず第一に棚卸資産を種類の同じものごとに区分しなければならない。そして区分された同じ種類の棚卸資産について最も当該事業年度終了の時から最も近い時期において取得金額の基準となるべき価額を取り出し、それを取得価格としてその取得価格に基づいて種類ごとの棚卸資産の評価を行うというものである。

したがってまず、その種類ごとに分類する作業を行う必要があり、また基準となるべき取得価格を算定することが前提となる。そのため仕入原価法に定める棚卸資産の評価を行うための別表「最終仕入原価法試算表」を作成した。

2(1) 右「最終仕入原価法試算」のうち昭和四七年四月期末に関する一枚目の表はダイヤ・サファイヤ・ルビー・オパール・アレキサンドライト・キャッツアイ・エメラルドについて最終仕入原価法で行うと、四七年四月期の期末たな卸金額がどうなるかを算定したものである。「調査たな卸額」というのは、検察官が昭和五四年七月一四日付冒頭陳述(追加)において「実際額」として実際たな卸金額であるとして公訴事実としている金額である。「最終仕入原価法試算」というのが、最終仕入原価法に基づき今回試算した金額である。一番右の「公表たな卸金額」というのが被告会社のたな卸金額で検察官が同陳述書において「公表額」としているものである。

(2) なお、ヒスイ・パール・雑石は最終仕入金額の算定が現在となっては不可能であるため検察官が主張する実際たな卸金額をもって最終仕入原価法に基づく棚卸資産の評価額とせざるを得なかったのである。

(3) 次に二枚目の表は、最終仕入原価法が棚卸資産のうちその種類を同じくするものについての基準価額をもって棚卸資産を産出しようとするものであるから、各貴石に、しかも製品として仕入れているものと裸石(ルース)として仕入れているものに二分類し、更に、製品ならびに裸石(ルース)についての単品で仕入れている場合とロットで仕入れている場合に分類したうえ最終仕入金額を算定した表である。例えば昭和四七年四月末棚卸資産を評価するとき、サファイヤについて、それを製品化されているものと裸石(ルース)のものとに分けて、それぞれ単品で仕入れる場合とロットで仕入れる場合を算定する。サファイヤの製品を単品で仕入れているもののうち昭和四七年四月末期に最も近いところで仕入れているのは四月一日であり、タカラから仕入れた三・七キャラットの一〇〇万円の石が最終の仕入れである。したがって、これを基準と、一単位当たりのキャラット価額を算定にすると一キャラット当たり二六万三八五二円となる。この金額を基本単位として、以下計算するということになる。

またロット仕入の場合には、四月二日、同じくタカラから仕入れた六・三四キャラットの二三九万円の品物が最後の仕入値段で、これを基本単位とし、キャラット当たり三七万六九七一円としている。

裸石(ルース)で仕入れている場合の単品については、期末に最も近い時期である四月一二日クローバーから六〇・六キャラットを七九八万〇九四四円を仕入れているもので、基本単位として一キャラット一三万一九六九八円とする。また同じく裸石(ルース)をロットで仕入れた場合には、四月一二日、同じくグローバーから一一・六五キャラットで三一六万〇五四二円で仕入れているもので、一キャラット当たりの基本単位は二七万一二九一円として、以下計算するということになる。

なお最終仕入日において、ルースの単品を複数の同時に仕入れを行っている場合には、最終仕入日の平均の金額を基準に算定することにする。

(4) 以下全ての製品、宝石について同様とする。なお別表に付された符号ABCDは、全ての貴石について同様であって、かつ製品を単品で仕入れた場合をA、製品でかつロットで仕入れた場合をB、ルースを単品で仕入れた場合をC、ルースのロット仕入の場合をDとする。

それぞれの宝石の最終仕入原価については、先程の説明のように、ABCDにそれぞれを分けることで、それに該当する一キャラット当たりの値段で計算されているが、キャラットの無いもの、あるいは裸石か製品か、現在の資料でははっきりしないものについては、調査たな卸金額をもって最終仕入原価法としている。破損しているものについては、最終仕入原価法でも同じ破損の処理で、検察官と同じ一〇〇円の金額を入れている。

(5) このように最終仕入原価法の基準価額が算定されたため、棚卸資産に基準価額をあてはめて評価額を算出することになるが、昭和五四年七月一三日付検察官の冒頭陳述書(追加)と題する書面に添付されている「たな卸商品個別明細表」に添付されている各個別棚卸資産の表をそのまま引用したものである。なお、右表においては、キャラットと品名が記載されていないため、それをさらに追加したものである。

何故このような作業をするかと言えば、原審判決が最終仕入原価法に基づくたな卸が正当であると評価しながら、第一審判決が行った個別法に基づくたな卸の評価をそのまま無条件で採用しているため、原審判決が認定する最終仕入原価法によれば棚卸資産の評価が著しく異なることは明らかであり、原審判決が破棄されることは明白になるためである。

3(1) 四七年四月の期末棚卸資産の評価を最終仕入原価法により算定した金額は、今回計算したダイヤ・サファイヤ・ルビー・オパール・アレキサンドライト・キャッツアイ・エメラルドまでの合計金額は七億四九二二万〇四八円であり、前述した算定の不可能なヒスイ・パール・雑石との合計が七億六四三二万二六七八円、その他絵画が五〇〇万九七二二円であり、よってこの期の最終仕入原価法に基づくたな卸金額は八億一四三九万二四五〇円となっている。

(2) 次に昭和四八年四月の末期のたな卸金額を同様の方法で行った場合、現在算定の可能な宝石のたな卸金額小計が三億五二九七万〇三九〇円、それ以外の宝石が三億七八三八万五九〇二円、その他絵画を含めた合計が五億二七八七万五八四〇円である。

(3) また四九年四月の期末の棚卸金額を同様の方法で行った場合に、算定可能な宝石の小計が八億七一一八万二〇四九円であり、その他の算定不可能な宝石を含めた小計が九億〇八九九万五〇一〇円、その他絵画を含めた総合計が一一億一七七八万三七六一円である。

(4) 以上のとおり、最終仕入原価法で求められた各期末棚卸資産の評価額を前記同様の表にすると左のとおりである。

<省略>

4 これに基づいて、第一審判決の昭和四八年四月期の修正損益計算書(別表<1>)に期首商品たな卸額ならびに期末商品たな卸額を修正を加えた場合の結論は四億六九七七万二〇八一円の赤字になることが判明する。

従って、この期の所得は一億四九四五万九一一七円とする原審の認定する所得金額から、たな卸評価の赤字分四億六九七七万二〇八一円を通算すると、約三億二〇〇〇万円の赤字になることが判明する。従って昭和四八年四月期において被告会社が法人税を逋脱したということは全くありえないということが判明する。

但し、右算定は原審判決ならびに第一審判決のうち棚卸資産の評価のみを変更したものであって、その余の事項について額を加えていないものであり、後述する事項を加えるともっと多額の修正が生ずることは論を持たないところである。

なお同様の計算を昭和四九年四月期に行った場合、たな卸金額は、三億〇五六四万一四八一円か計上されることになるので、第一審判決の修正損益計算書よりの所得金額にこの金額がプラスされ、所得金額は約六億になることが、前記昭和四八年四月期の赤字三億二〇〇〇万円が加算され結局所得金額は二億八〇〇〇万円ということになる。

5 このように最終仕入原価法を採用した場合、被告会社のように大量の商品を扱い、しかも大量の商品自体に個別性、特殊性を帯びるような場合、最終仕入原価法をそのまま採用すると、今回指摘したようにたな卸評価において、著しい事実を相反する結果が生じかねないということがはっきりしたわけである。

このような観点からすると、最終仕入原価法に基づいてたな卸評価を行うということは、企業の存立を否定することになりかねず、適当でないということがはっきりする。従って、そのたな卸評価については、各事業主体が例年採用している方法に基づき、恣意的でない公正な評価が行われれば、それはそれでよしとする判断を行わない限り、企業の存立がくずされるということになる。従って「ふみ分け」と称する個別的な評価を行った被告会社のやり方は是認され、かつ故意は否定されるべきだといわなければならない。

第四 著しい事実誤認があり原審判決を破棄しなければ社会正義に反する

――棚卸資産を適正に除外していない――

一 検察官の主張について

検察官は昭和五四年七月一三日付冒頭陳述書添付の別表三、「たな卸商品個別明細表」に記載されている期末たな卸品について、実施棚卸をしていることをもって、当然に存在することを前提としている。

二 売上台帳等により棚卸資産により除外すべきである。

1 被告会社は、売上台帳等により、検察官が指摘する各期末の棚卸資産について現実に昭和四七年四月期、昭和四八年四月期、昭和四九年四月期の各期末に具体的に存在したか否かについて検討したところ、そのうちの四八年四月末期において別表「昭和四八年四月末期の棚卸資産の除外表」記載のとおり四二点一五三四万九七六六円、昭和四九年四月期において別表「昭和四九年四月末期棚卸資産の除外表」記載のとおり四七点一四六一万二五四五円の商品が各別表「売上先」欄記載の売上先に売れていることが判明した。記載されている商品は実施たな卸として行われ、現実に確認をした上、たな卸されたとしているが、これを会社の帳簿等に当たって、一点一点検討したところ、かなりの点数にわたって、既に四八年四月末あるいは四九年四月末までには売れており、たな卸されるべきでないことが判明した。その調査方法は以下の通りである。

2 調査方法については、経理の売上帳をもとに搬入伝票の裏番及びキャラット数のあるものは搬入伝票によって品番を確定し、さらに不明な点は、被告会社の各営業社員が毎日売上報告を行うものに基づき被告会社の社員が毎日作成する売上報告があり、それによって各デパートごとに売上が報告されておりそれを照合することによって確定した。

これらの作業によって、被告会社において売上げられた商品が特定され、これに基づき検察官作成の前記「棚卸商品個別明細表」に記載されている商品を一点一点照合したのである。

すると各別表のとおり、すでに売上げられているにもかかわらず、棚卸資産として計上されていることが判明したのである。

3(1) 更に、検察官は、前記昭和五四年七月一三日付冒頭陳述書(追加)別表2「棚卸商品除外種別」(個数、金額)明細表」において、昭和四八年四月期末の貴石の棚卸資産の除外が合計一七五点金三一四八万三二一四円ある旨を主張し、第一審判決ならびに原審判決も同様の認定をしている(但し、第一審判決は、貴石の棚卸資産について修正を加えており、合計二五万七二〇〇円を除外している)。

(2) そこで、更に同様の方法により検討を加えたところ、別表「昭和四八年四月末期の単純除外に関する調査表」のとおり検察官の指摘するような単純除外でないものが昭和四八年四月期において二五点金一〇二〇万九二八二円であることが判明したのである。

4(1) 昭和四九年四月期においては、別表「昭和四九年四月期における売上げ先の売上帳に基づく棚卸資産の除外に関する調査表」記載のとおり、岡島、池袋三越、新宿三越、仙台三越、山形屋、丸井、八木橋の各売上げ先の売掛金のうち「A」欄記載の各金員に該当する商品の売上げがなされている。右売上げに該当する各商品については、各営業社員の作成する売上帳に明確に記載されているものであり、右「調査表」の二頁目以下記載のとおり品番を確定しうるものである。

(2) そして、右売上帳に基づき売上げされたもののうち右品番の確定される品物について、昭和四九年四月期の期末棚卸を検討すると棚卸資産より除外されていないことが判明し、その合計額は「C」欄記載のとおり合計四九三〇万二三五〇円である。

(3) 更に売上台帳に記載されている金額より、前項の期末棚卸より除外される当該商品の下代を控除してもいまだ七七〇六万一〇八二円に該当する商品が昭和四九年四月期の期末棚卸資産に計上されていることが明らかである。しかしながら、右売上金に該当する商品の品番を現在となっては確定することは困難である(なお、現在においても調査を継続しており上告趣意補充書において補充する予定である)。

(4) したがって、品番が特定されないため棚卸資産に計上されているものの、それを除外しない限り棚卸資産として適正でない(あるいは売上げ除外されなければならない)のであるから、「D」欄記載のとおり昭和四八年度に関する第一審判決の利益率による原価割合より推定せざるを得ず、その場合金五五五六万一〇四一円が除外されることになる。また「E」欄記載のとおり昭和四九年度に関する第一審判決の利益率による原価割合より推定すると四四四九万五〇六七円が棚卸資産より除外されなければならないこととなる。

(5) そうすると確定的に棚卸資産より除外されることになる四九三〇万二三五〇円に、推定的に除外されることになる五五五六万一〇四一円ないし四四四九万五〇六七円があるから、昭和四九年四月末の期末棚卸資産より少なくとも九三七九万七四一七円が除外されなければならないことになる。

5 したがって、右指摘の棚卸資産の除外を検討することなく事実認定した第一審判決ならびに原審判決は、重大な事実の誤認があり、破棄を免れないものである。

第五 著しい事実の誤認があり原審判決を破棄しなければ社会正義に反する

――売上げについての事実誤認――

一 売上げについての事実の誤認

1 第一審判決は、別表<1>修正損益計算書中<1>純売上額を、公表金額である金一三億〇四一七万〇四四五円をそのまま最終的な売上額と認定しているものである。

2 被告会社では、被告会社の売掛帳に基づいて振替伝票を起こし、その振替伝票を集計したものを公表売上高として計上していたものである。

しかし今般、売掛帳、振替伝票ならびに双方の関係を一つ一つ検討したところ、種々の疑問点があり、売上に関する事実誤認が明らかになったものである。

なお、原審判決は、第一審判決の売上に関する認定を変更していないものであるから、とりたてて指摘しない限り、第一審判決の事実認定についての論及をもって原審判決の事実誤認に関する批判とする。

3 事実誤認に直接関する第一の問題点は、売掛帳の記載に不明な点が出てきたということである。そして次に売掛帳に基づく振替伝票の作成が適切でなかったというものも出てきた。それを検討してゆくと昭和四八年四月期においては真正な売上金は一二億四二五七万八四七六円であり、真正な売上高が公表売上高に比べ金六一五九万一九六九円減額していることが判明した。その金六一五九万一九六九円が減額した理由は、別紙「昭和四八年四月期の売上げ調査表」のとおりであるが、それについて以下述べる。

4(1) 公表売上額を被告会社の売掛帳に基づいて昭和四八年四月期について検討していくと、売掛金が増える側面(プラス)と売掛金が減少する側面(マイナス)と両方見られる。

(2) 売掛金として計上され売上金が増額すべきところは、単純な記帳ミスによって売掛金が増えているのは五二〇万九三一五円であり、単純ミスによって売掛金が増えているのは八八八七万八五九八円、その他昭和四七年四月期に計上されている一四七万一〇〇〇円が昭和四八年四月期に計上されるべきであり、売掛金の増額をきたすものである。この売掛金を増額させる側面のうち最も大きい売掛金である売掛先「やまとやしき」に関する単純ミスが五四九五万五〇三二円であるが、「やまとやしき」から支払明細書が送られてきているうち、「やまとやしき」の支払明細書に基づいて被告会社の売掛帳に記載されるところに同額の記載がなされず五四九五万五〇三二円が総計として欠落しているということが判明したために、それは売上金として認めるべきである。

(3) 次に売掛金に計上されているうち売掛金として計上すべきでなく、したがって売上金として減額すべき場合においても記帳ミスによる減額されなければならないものとして一五八二万五七五四円、単純ミスとして減額されなければならないものとして一億四四七四万六五八四円、それから四七年四月期、あるいは四九年四月期の売上として計上すべきものであり、四八年四月期の売上として計上すべきでない金額が一〇二二万二〇七五円であることが判明した。

このうち最も大きな売掛先の「岡島」の昭和四八年四月の売上げについて検討するに公表売上が九三四〇万一九九三円であるところ、実際売上は一六九二万六六六七円しかなくここだけで七六四八万五三二六円減額されるのである。右減額の原因は、「岡島」から出されている支払明細書(差押第二六七号昭和五一年地検二〇三〇号、二四七番「品名支払案内書等綴」)によれば四八年四月期の売上が一六九一万六六六七円である。

これに対し、振替伝票(差押第一一~二昭和五一年地検領二〇三〇号一一~一二「品名会計伝票四八年四月」(東京地方裁判所昭和五六年押第一六八七号の内第八四号)によれば、岡島の売上金が九五四六万七三二五円となっている。この振替伝票の上部に、「これは伝票はあがってませんが、売上報告があた分を集算したものです」という記載がなされている。これはさきほどの支払明細書との関係からすると、明らかに売上があったものとは思われないものである。

したがって、右振替伝票には真実性がなく、岡島の支払い明細書にこそ真実性があり、前記のとおり売上減算されるべきである。

4 このほか別表記載のとおり、各売掛先別に、売上として減額すべき事由と増額されるべき事由があり、これを見過ごした第一審判決ならびに原審判決は著しい事実誤認があり、破棄されなければ著しく社会正義に反するものである。

なお、右事実関係についての詳細な主張ならびに別表の説明は上告趣意補充書をもって行うところである。

5 次に昭和四九年四月期の売上額について検討するに、別表<2>修正損益計算書記載のとおり公表売上高は金一七億二三一三万四八六四円であるのに対し、売掛帳に基づく売掛金は一七億一五四九万〇六三〇円にすぎず、結局六六四万四二三四円が減額されているのである。

以下昭和四九年四月期の売上額の減少の原因について検討する。

6(1) 昭和四九年四月期においても、別表「昭和四九年四月期の売上げ調査表」記載のとおり、売掛金が増える側面と減少する側面の両方が見られる。

(2) そして、両側面においても変更の事由が発生する原因は記帳ミス、単純ミスならびに売上時期の繰り越し等の事由である。

(3) 右変更が生じた事由は、別表「昭和四九年四月期の売上げ調査表」のとおり各売掛先に記載したとおりであり、右事実関係についての詳細な主張ならびに別表の説明は上告趣意書補充書をもって行うところである。

二 絵画等の売上げないしは棚卸金額はあり得ない

1 検察官の昭和四八年四月期についての主張

(1) 昭和五四年七月一三日付冒頭陳述書(追加)添付の「たな卸除外額品種別明細表」に基づく検察官の主張する絵画等のたな卸額は明らかに矛盾しているものである。

(2) すなわち検察官の主張する昭和四七年四月末現在の期末たな卸金額は五〇〇六万九七七二円である。昭和四八年四月期の仕入金額が別表「昭和四八年四月期における美術品仕入明細表」記載のとおり九七二九万九四〇〇円であるから、その合計した金額は一億七三六〇万九一七二円である。

しかるに昭和四八年四月末の期末残高は、検察官の主張する実際額によれば、一億四九四八万九九三八円ということになり、仕入金額と繰越たな卸額の合計額よりも二一二万〇七六六円も多いという明らかに矛盾する結果が生ずるものである。

すなわち、この期においては売上金額は〇(ゼロ)であるばかりでなく、むしろ期末棚卸金額が自然発生的に二〇〇万円余も増えているということが起こり、誰の目から見ても矛盾がある。

(3) 検察官の主張においてこのような矛盾が生じたのは、公表額が四一八八万八四一八円であるのに対し、検察官は棚卸資産を除外しているとして一億〇七六〇万一五二九円があると主張しているためである。

このように検察官が除外があるとして計数上たしていったために先に指摘した矛盾が生じたのであって、検察官の主張が何ら実体に即していないことを如実に証明したものと言わなければならない。なお四八年四月期の絵画の売上は、別表「昭和四八年四月期の美術品売上表」より明らかなとおり七三〇七万五九〇〇円である。右売上額は被告会社の売上台帳から明確であり、売上に関する検察官の主張においては右金額を除外していないのであるから、真実売上げられたことは明らかである。

(4) このように検察官の主張は明らかに矛盾するものであるから、売上除外を行うか、あるいはたな卸の減額をしなければならないことは明らかである。

2 検察官の昭和四九年四月期についての主張

(1) 検察官の主張する昭和四八年四月期の期末棚卸金額は、前述のとおり一億四九四八万九九三八円である。昭和四九年四月期の仕入金額が「昭和四九年四月期における美術品仕入明細表」記載のとおり七七九一万五九〇〇円であるから、その合計した金額は二億二七四〇万五八三八円である。

しかるに昭和四九年四月期の期末残額は、検察官の主張する実際額によれば二億〇八七八万八七五一円あり、昭和四九年四月期の美術品の売上げは一八六一万七〇八七円にすぎないのである。

(2) 他方検察官は、昭和四九年四月期の売上げにおいて、被告会社の公表売上げ九七四五万六二二一円を認めているのであるから、右売上げと明らかに矛盾するものである。

(3) したがって、昭和四九年四月末においては金八〇八三万九一三四円の売上除外を行うべきであるか、あるいは棚卸の減算をしなければならないことは明らかである。

三 昭和四八年四月期の決算においては逋脱は全くない

1 第一審判決の認定

第一審判決は、昭和四八年四月期の決算について、別表<1>修正損益計算書において、所得金額として、公表所得金額が金三四八〇万九一六三円であるのに対し、金一億一四六四万九九五四円を逋脱したと認定し適正な所得金額は一億四九四五万九一七七円であるとしているものである。

2 しかるに、前述したとおり、昭和四八年四月期の売上は、金六一五九万一九六九円減額されなければならず、また美術品の売上においても少なくとも金七三〇七万五九〇〇円の減額がなされなければならない(あるいは棚卸除外がなされなければならないのであるが、いずれにしても所得で減額させるものとしては共通であるので同一に論ずることとする)のであるから、合計一億三四六六万七八六九円が減額されることとなる。

なお、これ以外においても第四 二項において論述したように棚卸除外を行うべきである。

3 してみると、仮に第一審判決のその余の認定が適正であったとしても、適正な所得金額と認定した一億四九四五万九一七七円より少なくとも前記売上除外すべき合計一億三四六六万七八六九円を控除すると真正な所得金額は一四七九万一三〇八円にすぎず、被告会社が公表所得金額としている所得以内であるから、何ら逋脱していないことは明らかであり、原審判決は破棄されなければならないものである。

四 昭和四九年四月期の決算においても逋脱は全くない

1 第一審判決の認定

第一審判決は、昭和四九年四月期の決算について、別表<2>修正損益計算書において所得金額として、公表所得金額が金八〇〇五万五三四八円であるのに対し、金二億一四一八万〇六〇七円を逋脱したと認定し、適正な所得金額は二億九四二三万五九五五円であるとしているものである。

2 しかるに、前述したとおり、昭和四九年四月期の売上げの金六六四万四二三四円が減額されなければならず、また美術品の売上げにおいても少なくとも金八〇八三万九一三四円の減額がされなければならず(あるいは棚卸除外がなされなければならないのであるが、いずれにしても所得で減額されるものとしては共通であるので同一に論ずることとする)、更に前述したとおり昭和四九年四月末の期末棚卸資産に対して計上されているがすでに売上げされているいるため棚卸資産よりなければならない金一四八二万〇六〇一円ならびに売上台帳との対比より棚卸資産より少なくとも九三七九万七四一七円が除外されなければならないのであるから合計金一億九六一〇万一三八六円が減額されなければならず、そのほか少なくとも三〇〇〇万円の売上げ除外がなされなければならない(後述する貴石への売上げの転化を全面的に否定することに伴うものである)ことが明らかである。

結局昭和四九年四月期においても第一審判決および原審判決の指摘する所得より少なくとも金二億二六一〇万一三八六円が減額されることとなるから、第一審判決および原審判決が逋脱しているとしている所得金額二億一四一八万〇六〇七円を上回る除外事由があり、被告会社が公表所得金額としている所得以内の所得しかなく、何ら逋脱していないことは明らかであり、第一審判決ならびにこれを見過ごし同様の認定をした原審判決は破棄されなければならないものである。

3 なお原審判決は、第一審判決が画廊売上(絵画等美術品の架空売上及び貴石等の売上除外)について、金一億一九四二万六〇〇〇円は架空売上げであることを認定し、一方において同額の貴石等の売上げがあると認定していること、また山本義雄に対する売上げ金一二一〇万六〇〇〇円についても架空売上げであることを認定し、一方において同額の貴石の売上げがあったことを認定しているものをそのまま見過ごしているものであるが、すでに詳細に論じたとおり、被告会社の売上げは極めて正確なものであり、美術品の架空売上げを貴石の売上げに転化することなど出来るものではないのであり、右画廊売上げならびに山本義雄に対する売上げに対応する貴石の売上げがないことは明らかである。

これについては現在更に調査し明確な数字を提出する予定であり、上告趣意補充書によって明らかにする。

したがって昭和四九年四月期においても被告会社の真正な所得金額は公表所得金額以内の所得があるにすぎず何ら逋脱しておらず原審判決が破棄されなければならないことは明確である。

第六 著しい事実誤認により破棄しなければ社会正義に違反する

――「ふみ分け」は逋脱目的はなく故意について誤認している――

一 原審判決について

原審判決は、「被告会社では、期中に仕入れた商品については、その仕入台帳を基にし、これに記載されている貴石のみならず、絵画や美術品についても実地にたな卸をして、当該商品が存在するか否かを確認する一方、期中に売り上げた商品については仕入台帳から抹消し、各期末に在庫する全商品を集計して当期末のたな卸表を作成していること、前期から繰り越されたたな卸商品については、これを期中に売り上げた場合、その商品を前期の期末たな卸表から抹消した上、当期末において在庫する商品を確認し、それのみを集計して当期末のたな卸表を作成していること、右たな卸表を作成するに当たり、社員が持ち出している貴石については搬入伝票により、加工や委託販売に出している貴石についてはいずれも社員や相手先に問い合わせて、その存在を確認していること、このようにしてたな卸表を作成したが、その取得価額については仕入台帳に記載されている仕入価額をそのまま記入したこと、貴石をロットで仕入れた場合、その取得価額をカラット数で除して貴石一個当たりの取得価額を決め、これを右の仕入台帳に記載している」と、被告会社の棚卸作業について第一審判決と同様の認定をしたうえ、「右たな卸表を作成した後、被告人の個別的な指示に基づき、被告会社ではふみ分けと称する独特の評価を行い、右たな卸表に記載されている価格を大幅に減額して期末たな卸資産の評価額とし、これを集計して各期末における公表たな卸価額に計上していることが認められる」と「ふみ分け」について認定し、更に、「被告会社の採用しているふみ分けと称するたな卸資産の評価方法は、前記各法条に照らし、法人税法上到底許容されるものではなく、また、評価損の計上できるような事実も存在せず、右ふみ分けは評価損の計上とも全く異なるものであるから、法人税法が右ふみ分けと称する独自の評価方法を是認しているものとは考えられない。結局、被告会社の行ったふみ分けは、期末たな卸額を減額することにより売上原価を増額させるものであって、期末たな卸額を除外したと同様の効果をもたらしている上、そのふみ分けが恣意的に行われていることに鑑み、被告会社の利益を調整し脱税を図る目的で行われたものと認めざるを得ない。」(傍線著者記す)と判示しているものである。

二 「ふみ分け」について

1 原審判決も認定しているとおり、被告会社においては実地棚卸の後、「ふみ分け」と称する棚卸資産の評価を行いこれをもって棚卸資産評価価額としているが、これは被告会社の利益を調整し脱税を図るために行われているものではない。

2 すでに論じたとおり、法人税法で定められた原価法のうち個別法を採用した場合には、仕入台帳に取得価額を記載する際に棚卸資産評価価額としての取得価額を決定する時点において、個々の商品について適正な取得価額を算定したうえ取得価額を決めると同時に棚卸資産評価価額も決めるものを、被告会社はすでに再三にわたり論述している事情によって期末棚卸時において適正な取得価額を決定しているにすぎないのであって、何ら利益調整のために行っているものではない。

三 「ふみ分け」において逋脱の意図はない

1 原審判決は、棚卸資産の評価方法について最終仕入原価法によるものを正当であるとしているが、前述したとおり、昭和四八年四月期においては、むしろ棚卸資産を最終仕入原価法によって行うと圧倒的に利益が圧縮されることが明らかである。

2 この場合、被告会社は、「ふみ分け」と称する評価方法をとるより原審判決が正当であるとする最終仕入原価法をとった方が有利であることは明らかである。

しかしながら、被告会社は、最終仕入原価法を採用しなかったのである。それはとりもなおさず被告会社が、棚卸資産の評価によって逋脱する意図をもっていなかったからであり、故意がないことは明らかである。

3 被告会社の棚卸資産の評価方法は、期末において仲間卸の再調達価格等をもとに実際価格を算出し、これを期末たな卸価格とすることが業界で広く採用されており、そして、その方法が同施行令二八条にいう最終仕入原価法や低価法そのものではないけれども、それに合致し一般的合理性を有するものである。現に前述したとおり最終仕入原価法を採用した場合、仕入額を単純にカラット数のみに応じて割り振り、それをそのまま期末たな卸評価額とすることは、実際よりも著しく高い評価を出すおそれがあり、「企業の財政に不当な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」(企業会計原則第一-六-保守主義の原則)とする規定に違反する方式を強要するものといわなければならず、著しく社会正義に反するところである。

よって被告人ならびに被告会社には、「ふみ分け」によって逋脱する故意は全くなかったものであり、原審判決は事実を著しく誤認しているものであって破棄されなければ社会正義に反するものである。

四 原審判決は法人税法を全く理解していない

そもそも、原審判決は、被告会社が行っていたふみ分けをもって、「期末棚卸額を減額することにより売上原価を増額させるものであ」るとして、故意に利益圧縮を行っていたものと認定しているが、右認定は、ある期の期末残高は必ず翌期の期首残高になるという当然のことを念頭におかず、単年度だけをとらえた極めて単純な発想である。

すなわち、ある期(以下「A期」という)において「ふみ分け」を行った結果、たまたまA期の期末残高が減少したとすれば、翌期(以下「B期」という)の期首残高も、「ふみ分け」を行わない場合に比べて、同額だけ減少することになる。そしてB期の売上原価は、B期の期首残高にB期間中の仕入高を加算し、これからB期の期末残高を控除することにより算出されるのであるから、B期の期首残高が減少していれば同額だけB期の売上原価が減少するのである。すなわち、A期の期末残高減額→B期の期首残高減額→B期の売上原価残額→B期の利益増額ということに必然的になるのである。

したがって、ある期に「ふみ分け」によりたまたまその期の利益が減少する結果となっても、その分は当然に翌期の利益増大という結果をもたらすことは自明の理であり、被告会社もこのことを理解しているものである。

右の理は、仮に「ふみ分けが恣意的に行われてい」たとしても同様である。

すなわち、累進課税制度を採っている所得税であればともかく、法人税においては所得に対し一律の割合で課税されるのであるから、仮に利益の多い期の利益の一部を他の期に移す操作が行われたとしても、全体としてみれば、課税対象となる所得金額も、税率も同じなのであるから、結局脱税を図ることは不可能なのである。

もとより、被告人は業界で広く採用されている評価法によったのであり、何ら咨意的に行ったものではないが、仮にこの点を措くとしても、原審判決が、「ふみ分けが咨意的に行われていることに鑑み」脱税目的であったと認定したことは明らかに誤りである。

よって、そもそも「ふみ分け」によって逋脱することが不可能であることが明らかであるにもかかわらず、「ふみ分け」をもって被告会社に逋脱する故意を認定した原審判決は事実を著しく誤認しているものであって破棄をされなければ社会正義に反する。

五 所得の逋脱もなく故意もない

1 第一審判決ならびにこれを是認した原審判決が認定する逋脱所得は、昭和四八年四月期において一億一四六四万九九五四円、昭和四九年四月期においては二億一四一八万〇六〇七円であるとするものである。

2 しかしながら、すでに事実誤認論において詳細に論じたように、被告会社の仕入金額、売上金額、期首棚卸高、期末棚卸高等を詳細に検討するなら、第一審判決ならびに原審判決が認定する所得金額が著しく減額されなければならない事実が判明し、結局被告会社の公表所得金額以内の所得しかなかったことが判明したのである。

3 このように、被告会社の公表所得金額は、一〇年余の審理を通じてもなおかつ正当であったことが証明されたのであって、かかる正当な所得金額をした被告会社が逋脱の故意を有しないことは余りに当然と云わなければならないものである。したがって、被告会社の所得に関する事実関係からしても、被告会社の故意がなったことが明らかである。

第七 物品税法違反の事実はなく判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある

詳細は追って上告趣意補充書において主張するが、以下の一ないし五については、原審判決が被告会社の売上を認定したこと、六については物品税納付義務が昭和四九年三月中に成立したと認定したこと、七については被告が物品税を免れる目的でしたものと認定したことは重大な事実誤認であって、原審判決を棄却しなければ社会正義に反することは明らかである。

一 小泉明への売上除外

いずれも小田切英明が、個人所有商品を販売したものであり、被告会社の商品の販売ではない。この点に関する右小田切の供述は全くの虚偽である。

二 平山義夫への売上除外

売上帳の記載からして、被告会社は八木橋デパートに売却したものであることは明らかであり、平山義夫は右八木橋デパートから購入したものである。

三 上野忠及び小澤みさをへの売上除外

被告人所有商品の販売であり、被告会社の小売ではない。

四 広瀬徳子への売上除外

右二と同じく、三越デパートの小売であり、被告会社の小売ではない。

五 氏名不詳者への売上除外

小田切英明が、個人所有商品を販売したものである。

六 山田裕保への売上の繰り延べ

本来代金全額が納入された昭和四九年一二月に売上計上すべきものであり、被告会社はそのとおり実行している。

七 佐川藤太への売上の過少申告

担当した被告会社従業員のミスである。

したがって、裁判に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

第八 関税法違反について

原審判決は、被告会社は、「当該貨物の品名」、「価格」につき、虚偽の事実を申告したとして、関税法一一三条の二の虚偽申告罪の構成要件に該当する旨判示するが、右判断は犯罪構成要件の明確性を要求する憲法三一条に違反するものである。

憲法三一条は「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定している。

この規定が、犯罪構成要件の明確性も要求していることは、判例・学説の認めているところである。

すなわち、御庁昭和五〇・九・一〇大法廷判決(刑集二九・八・四八九)は、「およそ、刑罰法規の定める犯罪構成要件があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反し無効であるとされるのは、その規定が通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を示すところがなく、そのため、その適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たさず、また、その運用がこれを適用する国又は地方公共団体の機関の主観的判断にゆだねられて恣意に流れる等、重大な弊害を生ずるからであると考えられる。」旨判示し、刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反するか否かの判断基準として、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきである。」とした。

ところで、関税法一一三条の二は「偽った申告」という抽象的な規定があるだけである。したがって被告人は「当該貨物の品名」及び「価格」につき正確な記載をしたものである以上、同条に該当するいわれはない。

ところが、原審判決は、関税法一一三条の二の規定の文言を解釈するにあたり、「関税法一一三条の立法趣旨、同法六七条の改正経過、同法施行令五八条及び五九条の規定された趣旨等」(この「等」には「『輸出統計品目表及び輸入統計品目表を定める件』と題する昭和五〇年大蔵省告示一一七号においても、出来るだけ輸出統計品目表の分類による品名により申告することが望ましいとされている。」との適示も含んでいるものと思われる)に徴した結果、「当該貨物の品名として、単に「オイルペインティング」などと記載しただけで十分とはいえず、また、価格も、輸出貨物中、貨物代金が有償で輸出される貨物については、原則として、当該貨物の現実の決済金額を基にして計算した価格とし、貨物代金が無償で輸出される貨物については、原則として、当該貨物が有償で取引されるものとした場合の本邦の輸出港における本船甲板渡し価格とし、輸入貨物については、税額決定の標準となる課税物件の価格、すなわち、当該貨物について輸入申告等の時に相互に独立した売手と買手との間で完全な競争条件の下において輸入取引がされるとした場合の輸入港における価格(関税定率法四条一項)を記載すべきである」という結論をようやく導いているのである。

右のような作業を経なければその規定の内容が明らかにならない関税法一一三条の二は通商の判断能力を有する一般人にとって到底明確な規定とはいえず、前記判断基準を適用するときは、違憲無効であるといわなければならない。

仮に、同法条の規定自体が不明確故違憲無効とは直ちに判断できないとしても、同法条の文言から、通常の判断能力を有する一般人の理解において要求されていると判断される記載をした被告会社の行為をもって、同法条の構成要件に該当すると判断した原審判決は、本件に同法条を適用したという点において憲法三一条に違反しているといわなければならない。

いずれの場合においても被告会社の行為を関税法一一三条の二により有罪であるとした原審判決は憲法三一条に違反するものである。

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