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最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)51号 判決 1991年4月23日

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上告人

ゲブリユーダー・ズルツアー・アクチエンゲゼルシヤフト

右代表者

バルター・ゲベル

マンフレツド・ステラー

右訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

金子憲司

岩井秀生

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行ケ)第三八号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一〇月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浅村皓、同小池恒明、同金子憲司、同岩井秀生の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成元年(行ツ)第五一号 上告人 ゲブリユーダー・ズルツアー・アクチエンゲゼルシヤフト)

上告代理人浅村皓、同小池恒明、同金子憲司、同岩井秀生の上告理由

第一、原判決には、判断遺脱、理由不備、の違法がある。

一、判断遺脱について

原判決は、本願の優先権主張日前の周知技術の一つとして明細書で開示した「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」(甲第四号証、第二ページ第一〇行目)の技術を、殊更に周知技術の対象から除外して判断した違法がある。

1、周知技術に関する「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」について、原判決はその四、1(一)項(七丁裏乃至一二丁表)において右明細書にそつた原告の主張を左の通り摘示している。

(イ) 第七丁裏第三乃至第五行目

「(一) 従来の充填要素は、毛管引力が作用して「一様な液体分布」が得られる「自己湿潤するワイヤ織物」で作られていた」

(ロ) 第八丁表第六乃至第一〇行目

「 すなわち、毛管引力が作用しない金属板のような箔状材料で作られた薄板充填要素においても、自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素と同等若しくはそれ以上の「一様な液体分布」を得ることを目的としたものである。」

(ハ) 同表第一〇乃至同裏第三行目

「 そして、右にいう「一様な液体分布」とは、本願発明が従来技術であるワイヤ織物の充填要素との対比において説明されていることや「毛管引力」作用の記載からみて、「液体の側方への広がり」を意味するものであり、」

(ニ) 第一一丁表第九乃至同裏第一行目

「(a)、(b)の構成を組み合わせて、従来の「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」と同様に十分な毛管引力を作用させて「非常に一様な液体分布」を提供し得たものである。」

2、右摘示に対し、原判決はその二、1項(第二六丁表)においてその判断を遺脱している。

(一) 本願発明についての(一)項(第二六丁表)に於いて、右(イ)(ロ)(ハ)に関する判断は全くなされていない。

原判決が「本願明細書には、本願発明の前提とされた本願優先権主張日前の周知技術」として摘示したものは左の二つのみであり、その「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」は左の二つと共に本願発明の前提とされるべき最も重要な周知技術であるのにその周知技術の対象より除外されている。

第二六丁裏第五乃至最終行目

(a) 「薄板に孔を形成し、流下する液体を孔の頂縁において両側へそらせることが提案されている。」(第三頁第一行ないし第二行)

(b) 「また、孔のない折り曲げられた薄板の場合には、毛管作用と流路形成により薄板表面上の液体分布を改良するあらい折り目の他に薄板上に微細なひだを形成することが知られている。」(第三頁第五行ないし第八行)

(二) 両構成要件の組合せの困難性についての(二)(三)項(第二七丁裏乃至第三三丁表)に於いても同様にその判断が遺脱されている。

この点については、原審に於いて陳述された昭和六一年一二月一一日付第三回準備書面、及び、昭和六三年三月八日付第五回準備書面に左の通り述べられている主張が本書面の右1項の事実認定より全く欠落している。

第三回準備書面第一一、一二ページ

「 (ロ) 事実、本発明の「金属板のような箔状材料で作られた充填要素」の先行技術である「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」にあつては、「孔」の存在が「微細な溝」に相当する「ワイヤ織物」の「毛管引力」の作用を妨げるという事実が本出願人の実験により確認されていた。(添付参考図(一)A、B参照)

即ち、「孔」のない「ワイヤ織物で作られた充填要素」Aの液体分布は「一四〇cm2」であるのに対し、「孔」を設けたものBは「九七cm2」であつた。」

第五回準備書面第九ページ

「 <3>まして、両構成の組合せにあたり、「微細な溝付けの機能は液体を側方へ流路により流すこと」にあるのであるから、そこに孔が設けられるとその流路が「中断」されてしまうという問題点も十分考えられるところである。(第四ページ第八-一一行目)

<4>そして、事実、「ワイヤ織物」のものに於いてはその流れが「中断」された。(甲第九号証)

(三) 本願発明の奏する顕著な作用効果についての(四)項(第三三丁表)に於いても、右(二)の判断が遺脱されている。

以上の判断遺脱に基づき、原判決には左の理由不備の違法がある。

二、理由不備について

原判決理由には左の四点に於いて理由不備の違法がある。

1、その第一点、二1(二)項に於いて、「総体的には液体の分布効果を上げることができることが理解できる。」(第三〇丁表第二、三行目)としたことである。

その理由は以下にある。

(一) 従来の充填要素である「自己湿潤するワイヤ織物」に於ける「一様な液体分布」について

この点について、原判決が認定した事実は本書面右一、1に於ける(イ)乃至(ニ)である。

これら(イ)乃至(ニ)の事実を総合すると、その「自己湿潤するワイヤ織物」に於ける「一様な液体分布」とは、「自己湿潤するワイヤ」の「毛管引力」の作用による「液体の側方への広がり」を意味することができる。

そして、本願発明の目的は、右(ロ)で認定された通り、その「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素と同等若しくはそれ以上の「一様な液体分布」を得ること」にある。

(二) 本願発明の「微細な溝」の構成要件の機能と甲第五号証(第一引用例)の「細溝」の機能について

(イ) 原判決は、本願発明の「微細な溝」の機能について、原告の主張を左の通り認定している。

第九丁表第九乃至第一一行目

「この構成により毛管作用の結果として、液体を側方へ流路により流して波形の谷による側方への液体分布をもたらし、」

してみると、従来の充填要素である「自己湿潤するワイヤ織物」に於いては「一様な液体分布」、つまり「液体の側方への広がり」を得るのに「自己湿潤するワイヤ」の「毛管引力」の作用を利用しているのに対し、本願発明に於いてはその目的を達成するのに「微細な溝」の「毛管作用」を利用していることが理解できる。

したがつて、両充填要素は共に「毛管引力」、「毛管作用」を利用している点で共通するが、一方ではその作用を得るのに「自己湿潤するワイヤ」を採用しているのに対し、本願発明にあつては「微細な溝」を採用している点に違いがあるに過ぎないものである。

そして、「微細なひだ」「単独では折り曲げられ薄板の表面に満足すべき一様な液体分布が得られない」という事実が知られていたのである(第二〇丁表第一-七行目参照)から、本願発明の「微細な溝」の構成要件のみでは、「自己湿潤するワイヤ」と同等の「毛管作用」を得ることができないことも理解できる。

それ故、この「微細なひだ」の毛管作用だけによる場合の不十分な液体分布」(第一一丁裏第三、四行目)を補うために、本願発明は更に「多数の孔」の構成要件を採用し、もつて「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素と同等若しくはそれ以上の「一様な液体分布」を得る」(第八丁第八-一〇行目)という目的を達成したものである。

即ち、本願発明は「微細な溝」と「多数の孔」との両構成要件を組み合せることによつて、「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」と同等若しくはそれ以上の「一様な液体分布」、つまり「液体の側方への広がり」を得ることができるという認識に基づくものであり、従つて、その「孔」の機能も、「微細な溝」の機能と同様に「液体の側方への広がり」にある(第一一丁裏参照)。

(ロ) 原判決は、甲第五号証(第一引用例)の「細溝」の機能について、「細溝5を形成したので単位有効気液接触面積aが大となり、」(第二九丁表第八、九行目)と認定している。

右の「a」は「接触面積」であるから、それは本願発明でいう「液体分布」、つまり「液体の側方への広がり」に相当し、従つて、第一引用例も、本願発明と同様、「細溝5」を採用することによつて「液体の側方への広がり」が得られるという認識に基づくものである。

そして、右に述べた通り、「微細なひだ」「単独では折り曲げられた薄板の表面に満足すべき一様な液体分布が得られない」という事実が知られていたので、第一引用例はその「不十分な液体分布」を補うために、本願発明のように「多数の孔」を採用することなく、「細溝のほか凹所」(第三一丁裏第一〇、一一行目)を設けたのである。

なお、「液体を薄板の表面上に広範囲にわたつて分布」、つまり第一引用例でいう「接触面積a」が増大する以上、「液体とガス相との物質移動」、つまり第一引用例でいう「気液の接触機会」「即ち総括瓦斯膜支配の物質移動係数KOG」も増大することは当然である(第二六丁裏第一、二行目参照)。

(三) 本願発明の「孔」の機能と乙第一号証の「孔」の機能について

(イ) 本願発明の「孔」の機能は、右に述べた通り、「微細な溝」の機能と同様に「液体分布」、つまり第一引用例でいう」「接触面積a」を増大させることにある。

(ロ) これに対し、乙第一号証は、本願発明のように、その「孔」が「接触面積a」を増大させるものとして採用しているのではない。

なぜならば、その「孔」を設けると「接触面積aは小となる」としているからである。

乙第一号証は、その「孔」が「気液の接触機会は多くなる、即ち総括瓦斯膜支配の物質移動系数KOGは大きくなる。」という機能を有する点に着眼してそれを採用したのである(第二八丁表第七-一一行目)。

(四) してみると、原判決の「気液の単位有効接触面積は小さくなるが、接触機会は多くなり、総体的には液体の分布効果を上げることができる」(第三〇丁表)は、理由不備の違法があることになる。

(イ) なぜならば、「接触機会」、つまり「物質移動」が多くなるとその液体の「分布」、つまり「接触面積」までも大きくなるなどという事実はその判決理由中のどこにも摘示されていないからである。

「接触面積」と「接触機会」とは異なるものである。前者は「液体分布」を意味するものであり、後者は「物質移動」を意味するものである。

「接触面積」が大きくなること、即、「接触機会]が増すことの事実は、右に述べた通り、原判決理由第二六丁裏第一乃至第三行目、及び第二九丁表第八乃至第一一行目に摘示されている。

しかし、その反対、即ち「接触機会」が増すことは「接触面積」が大きくなることであるという事実は判決理由のどこにも摘示されていない。

結局、原判決でいう「液体の分布効果」の『分布』が「接触面積」を指しているのだとすると、「接触機会」が多くなることを理由に「接触面積」までも大きくなると結論することはできない。

(ロ) この点、原判決でいう『液体分布の効果』とは、その「接触面積」が大きくならなくても、「接触機会」が増すことによつてその「接触面積」が大きくなつたと

同様の効果があるとも解しうる。そして、それを示す事実として「然してaの小さくなる影響よりもKOGが大なる影響の方が大である故当然KOGaは大となる。」(第二八丁表最終行-同裏第一行目)を摘示しているようである。

しかしながら、右記載は、「之を具備していない所謂平滑面である場合に比し、」(第二八丁第八行目)とある通り、「細溝」などの構成が設けられていない「所謂平滑面」に「孔」を設けた場合に、その「a」が小さくなつても「KOG」がより大きくなるので「当然KOGaは大となる。」旨を開示しているに過ぎない。それは、「細溝」を有する薄板に於いてそこに「孔」を設けた場合についてまでの記載ではない。

即ち、「平滑面」の場合に於いて、そこに「孔」を設けると、「aの小さくなる影響よりもKOGが大なる影響の方が大である故当然KOGaは大となる。」という事実は、「細溝」のある場合にも、そこに「孔」を設けると、「当然KOGaは大となる。」という事実までも開示していることにはならないものである。

なぜならば、「平滑面」に於ける「孔」の場合に於いてはその「孔」を設けた分だけ「接触面積a」が「小さくなる」のに過ぎないのに対し、「細溝」のある場合に於いてはその「孔」の分だけ「a」が「小」となるのみならず、さらに「細溝」の機能、つまり「接触面積aが大とな」ることでも阻害してより一層その「a」を「小」としてしまう可能性が十分考えられるからである。

してみると、原判決でいうその『液体の分布効果』は「接触機会」が多くなることを意味しているとみても、「細溝」のある場合にもなお「当然KOGaは大となる。」という事実はその判決理由中のどこにも摘示されていないのであるから、「総対的には液体の分布効果を上げることができる」とした原判決には理由不備の違法がある。

却つて、第一引用例は原判決が理解したところとは反対の事実、即ち第一引用例に於いてその周知「孔」を採用することに代えて「凹所」を採用しているということは、

「細溝」のある場合に於いてはその周知の「孔」を設けても「当然KOGa」が「大」にならないという事実を示しているとみうるものである。

(五) このように、「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」は本願発明の前提となつている基本的な技術であり、これを基礎とすると左の事実が十分理解できることになる。

(a) まず、「一様な液体分布」の意味が「液体の側方へ広がり」にあり、「自己湿潤するワイヤ織物」に於てはその「自己湿潤するワイヤ」の「毛管引力」の作用だけで満足すべき「一様な液体分布」が得られていたこと。

(b) そして、「微細な溝」及び「細溝」は「自己湿潤するワイヤ」の代替的機能を果し得るものであるとして採用されていること。従つて、「液体分布」は「接触面積a」に相当するものであること。

しかし、「微細な溝」及び「細溝」だけでは、「自己湿潤するワイヤ」と同等の「液体分布」「接触面積a」が得られなかつたこと。

(c) その「液体分布」「接触面積a」が「大」となることは、当然に「物質移動」「接触機会」「KOG」が増大することであること(二六丁裏第一-三行目、第二八丁表第九-一一行目、第二九丁表第九-一一行目)。

したがつて、「液体分布」「接触面積a」は「物質移動」「接触機会」「KOG」の必須の前提となつているものであり、両概念は一応区別されるべき別個の概念であること。

2、その第二点は、二1(三)に於いて、左の通りの判断をしたことである。

第三〇丁表第八乃至同丁裏第四行目

「(三) 原告が指摘するように、本願明細書には、「一見したところでは、微細な溝付けの機能は液体を側方へ流路により流すことであり、孔の機能はこのような流路による流れを中断するという理由で前記二つの構成は相互に妨げると考えられるから、」(本願明細書第四頁第八行ないし第一二行)との記載があるが、この点が原告主張のように本願優先権主張日以前における当業者の一般的認識であつたことを裏付ける記載はない。」

この点も、従来の「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」の技術に於ける事実を基礎とすると、「当業者の一般的認識」は次の通りである。

即ち、「自己湿潤するワイヤ」の機能は、本書面二、1(一)(二)項で述べた通り、その「ワイヤ」の「毛管引力」を利用して「一様な液体分布」、即ち「液体の側方への広がり」を得ることであり、この事実は本当業者にとつて周知のものである。

この周知事実を前提に、本当業者の一般的な経験則よりすれば、そこに「孔」が設けられるということはその部分に於いて「ワイヤ」が切断されることであり、従つて、その「自己湿潤するワイヤ織物」の「毛管引力」による「液体の側方への広がり」もその「孔」が設けられた部分に於いて液体の側方への「流れが中断」されてしまうであろうことは容易に認識しうるところである。

そして、事実、「中断」されていたのである。従つて、「ワイヤ織物」の場合に於いてはその「孔」が設けられると却つて「一様な液体分布」が得られなかつたのである。

この当然の事理を検認したのが甲第九号証のAとBの各シートを比較した実験結果である。

してみると、「本当業者」は、「自己湿潤するワイヤ」の代替的機能を有する「微細な溝」の場合に於いても、右と同様にその「孔」の存在する部分で液体の側方への「流れが中断」されてしまうのではないかと「一般的」に認識し得るものである。

3、その第三点は、二1(三)に於いて、左の通りの判断をしたことである。

第三一丁裏第五乃至第一〇行目

「 しかし、前叙のとおり、細溝は単位有効気液接触面積を大きくし、孔は、これを小さくするものの、細溝と孔は共に気液の接触機会を多くする点で軌を一にし性能向上に寄与することになることが周知の技術として当業者に認識されていたのである」

「当業者に認識されていた」ところは、右に尽きるものではない。本当業者は左の事実をも認識していたのである。

<1>「一様な液体分布」、「接触面積aが大とな」ることは、「物質移動」、「接触機会」「KOG」の増大にとつて必須の前提であること。

<2> 「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」に於いては、「自己湿潤するワイヤ」の「毛管引力」の作用だけで「一様な液体分布」、「接触面積aが大とな」ること、従つてまた、「物質移動」、「接触機会」も増大すること。

<3> 「微細な溝」、「細溝」の構成単独では、右の「ワイヤ織物」と同等の「一様な液体分布」、「接触面積a」が得られないこと。

<4> そこで、この<3>の不十分さを補うために、周知の「孔」を組み合せることが考えられるが、

(a) 「平滑面」にその「孔」を設けた場合でも、「液体の雑な分布」(第二〇丁裏第四行目)、「接触面積aが小」となること、つまり、「孔」が設けられたその「孔」自体の面積及びその「孔」の下方部分の面積の双方に於いて十分な分布が得られないこと。

(b) 更に、右2で述べた通り、「微細な溝」「細溝」を有する場合には、液体の側方への「流れが中断」されてしまい、やはり十分な分布が得られないのではないかということ。

<5> その「凹所4」の機能について、その開示するところは「気液の通路がより複雑となる」(第一四丁裏第三行目)である。

以上の<1>乃至<4>の本当業者の認識を前提にその<5>をみるならば、そこに「気液の通路」とある『通路』は「液体分布」「接触面積a」を意図していると理解できる。

してみると、当業者は、<1>乃至<3>の事実を前提に、<4>の方向性に於ける問題点(a)(b)を認識して、その「細溝」の機能を補うことになりこそすれ決してそれを阻害することはない「凹所4」を選択したものをみるのが「一般的」である。

即ち、「多数の孔を形成する構成」の採択を排斥したのである。

4、その第四点は、二1(四)に於いて、左の通りの判断をしたことである。

第三三丁裏第二乃至第八行目

「 本願発明の奏する作用効果として「非常に一様な液体分布」などというのも、微細な溝付け単独の構成による液体分布状態及び多数の孔だけを設ける構成による液体分布状態とを比較してのことであると解さざるを得ないのであるが、本願明細書からは、その具体的内容を知ることはできず、たかだかその総和の域内にあるものと推認せざるを得ない。」

この点も、本願発明の目的が「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」と少なくとも同等の「一様な液体分布」を得ことにあることを看過してなされたものである。

即ち、右3項の<1>乃至<4>の事実によれば、その両構成要件を組み合せてみても、その「ワイヤ織物」と同等の効果どころか、「微細な溝」単独の効果と同等であるかも疑しい。然るに、本願発明の目的が右の通りである以上、「本願明細書からは、その具体的内容を知ること」ができなくても、「たかだかその総和の域内にあるものと推認せざるを得ない。」とすることはできない。

以上の四点に於いて、原判決は「自己湿潤するワイヤ織物で作られた充填要素」の技術に於ける事実を考慮していない。

第二、原判決には、二、1の取消事由1において、特許法第二九条第二項の解釈を誤つた違法がある。

同条同項「容易に発明をすることができたときは、」のその『発明』と、「その発明については、」のその『発明』とは、共に同じ「発明」として理解されなければならないところ、原判決はこれらを異なつた概念で理解して判断をしている誤りがある。

(一) 本願発明について

本願発明は、第二、二「本願発明の要旨」(第三丁表)で認定された通り、「内部において相互に接触する物質移動および熱交換の塔用の充填要素」である。

そして、「特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採用することによつて、液体を薄板の表面上に広範囲にわたつて分布させ、液体とガス相との物質移動又は熱交換を促進しようとするもの」(第二六丁表第一〇-同丁裏第三行目)である。

従つて、本願発明は「物質移動および熱交換」の双方にとつて、「液体を薄板の表面上に広範囲にわたつて分布」させることが必須であるという知見に基づいてる。

(二) 原判決が判断した「発明」について

「これらの周知技術に第一引用例の記載の内容を総合すると、波形板に細溝を形成すると、それを形成しない場合に比し気液の単位有効接触面積及び接触機会がいずれも大きくなること、また、孔を形成するとそれを形成しない場合に比し、気液の単位有効接触面積は小さくなるが、接触機会は多くなり、」(第二九裏第八-第三〇丁表第二行目)

および「しかし、前叙のとおり、細溝は単位有効気液接触面積を大きくし、孔は、これを小さくするものの、細溝と孔は共に気液の接触機会を多くする点で軌を一にし性能向上に寄与することになることが周知の技術として当業者に認識されていたのである」(第三一丁裏第五-一〇行目)からすると、原判決が判断した「発明」は「接触機会」、即ち「物質移動」塔用の充填要素だけであるといわざるをえない。

なぜならば、原判決の右理由は、「液体を薄板の表面上に広範囲にわたつて分布」、つまり「一様な液体分布」、「接触面積a」が大になることを必須の前提とする「熱交換」塔用の充填要素にはあてはまらなからである。「接触機会」、「物質移動」が増大することは、当然に「広範囲わたつて分布」、「一様な液体分布」が得られることにはならないからである。

(三) してみると、原判決が判断した「発明」は「物質移動」塔用の充填要素だけであつて、本願の「発明」の「物質移動および熱交換」塔用の充填要素の一部に過ぎないということになる。

したがつて、特許法第二九条第二項の右両『発明』を同一に理解していない。

以上

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