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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)49号 判決 1998年6月16日

千葉県松戸市松飛台二八八番地

上告人

マルマンゴルフ株式会社

右代表者代表取締役

片山龍太郎

右訴訟代理人弁護士

島田康男

同弁理士

西岡邦昭

東京都東久留米市前沢三丁目一四番一六号

被上告人

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

森秀太郎

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一五二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一〇月一六日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人島田康男、同西岡邦昭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第四九号 上告人 マルマンゴルフ株式会社)

上告代理人島田康男、同西岡邦昭の上告理由

一、実用新案法は、特許法と同様に、新規性のある考案に対して実用新案権を付与することを前提としつつ(二九条一項)、出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が出願前の公知の考案に基づいてきわめて容易にその考案をすることができたときは、その考案に対しては実用新案権を付与しないこととしている。

本件考案は「シャフト1を、母材にウイスカー2を混入したウイスカー強化複合材料3にて形成したゴルフクラブ」である。

原判決は、当業者であれば、甲第四号証に記載されたカーボングラファイトファイバーシャフトの炭素繊維に換えてウイスカーを補強材として用いることは容易に想到し得るものと認められる(原判決書三一頁三行~六行)として、本件考案は容易に想到しうるとは認められないとして無効審判の請求を成り立たないとした本件審決を取り消した。

1、本件においては、本件実用新案登録出願前、(イ)ゴルフクラブのシャフトに要求される特性は当業者に知られており、(ロ)複合プラスチツク、その代表的なものがガラス繊維で強化されたものであり、沿革及び現状から一般的には繊維強化プラスチック(FRP)といえばガラス繊維強化プラスチックをいうこと、繊維強化プラスチックには炭素繊維を強化材とするものもあり、ゴルフクラブのシャフト、テニスのラケット、釣り竿に利用されることが知られており、更に、(ハ)ウイスカーの特性が知られている。

そして、(ニ)ウイスカーを強化材とするウイスカー強化プラスチック、つまり、ウイスカー強化複合材料が利用されたゴルフクラブのシャフトは全く知られていなかった。

これらのことは、審決も認めているとおり甲第四号証、甲第五号証、甲第六号証等に記載されているところであり、審決が容易に想到しうるとは認められないと認定したように、これらの事実から当然に本件考案の進歩性を否定することはできない。

ゴルフクラブのシャフトの要求特性の一部を満たすと考えられる材料があるからといって、当然にその材料を用いてゴルフクラブのシャフトが作成されるとは限らないからである。

2、このことは、既に、東京高等裁判所昭和四六年九月二九日判決(「携帯時計の側」事件)において明らかにされているところである。

右事件は、「金属炭化物を基礎とする金属により構成されることを特徴とする携帯時計の側」を発明とするものであるが、(イ)傷の生じない時計側を製造することは解決すべき課題として周知であった、つまり、時計側に要求される特性が知られていた。(ロ)時計側として、金、銀、プラチナ、真鍮等が用いられてきたが、近来、硬度の高いステンレススチールが使用されるようになってきたことが知られていた。(ハ)タングステン炭化物等の金属炭化物の高い硬度、高温における安定性、耐摩耗性、高い弾性係数、高い抗圧力及び耐蝕性等の特性が知られていた。そして、(ニ)出願前には、金属炭化物を時計の側として使用した事例はなかった。

審決は、前記(イ)、(ロ)、及び、(ハ)から、「このような物品には、前述した諸条件や価格等を勘案し、製品に応じていずれかの条件を強調し、これに適合するような材料を使用すること、また、その使用材料の種類も逐次拡大して来たことは明らかに認められるところである。一方、タングステン炭化物は、焼結のような適宜の手段で比較的小型の線、管、板体に加工されていることもまた従来きわめて普通に知られているところである。以上のような、周知の技術を前提とすれば、硬度の高い時計側を得るために、タングステン炭化物を用いることは、前記周知技術から当業者が容易に想到しうるものと認められる。」と認定した。

これに対して、右判決は、前記(イ)、(ロ)、及び、(ハ)の下において、(ニ)を重視し、「タングステン炭化物の金属炭化物は、もっぱら、切削工具、耐摩・耐蝕工具、鉱山工具及び耐摩・耐熱等の性質を要する部品に使用されてきたが、本件特許出願前には、金属炭化物を時計側として使用した事例のなかったこと、金属炭化物は時計側のような装飾的効果を要するものに使われた事例がなかったことに加え、金属炭化物に用いられる粉末冶金法によって時計側のような高い精度を要する複雑な形状を有するものを製造することは困難であり、また、同方法による成形物をさらに加工して精度の高い製品に仕上げることもその硬度及び脆弱性のため困難であると予想されていたこと等により、当業者の間では、前記のような課題があったにも係わらず、金属炭化物を携帯用時計の側の材料とすることは全く考えられていなかった。」と認定して、「傷の生じない時計側に関する業界の課題ならびに金属炭化物の存在及びその製品の製造法は周知であったにも係わらず、携帯用時計の側の材料として金属炭化物を用いることは、当業者が容易に想到しうる程度のものであったとみることはできない。」と判断して、前記審決はこの点において認定を誤ったとして審決を取り消している。

さらに、右判決は、「本願発明の耐久性、外観等の作用効果は材料であるタングステン炭化物等自体の属性によるもので、当然予想される程度のものである」という被告の主張に対して、「硬度及び外観の点が周知であっても、そのため金属炭化物を時計側の材料として使用することが容易に想到されうるものとは言い得ない」と判断を示している。

そして、「本願発明は、時計側製造業界における前記課題解決のため、前記のように加工上の困難があると予想されていた金属炭化物をあえて取り上げ、これにより、前記予想に反し、公知の粉末冶金法による金属炭化物の成型品を使用して必要な精度を有する携帯用時計の側を得ることが可能であることが判明し、従来品に比し著しい作用効果を有する時計側を得ることができた」と認定している。

3、右判決は、製品に要求される特性がいくつかある場合に、ある材料が製品の要求特性の一部を満たす特性を有しているからといって、当然にその材料が用いられるものではないこと、従って、それだけから当業者がその材料を用いることを容易に想到すると認定することはできないことを明らかにするものである。

製品の要求特性が周知であり、材料の特性が周知であるにも係わらず、その材料を用いた製品が製造されていない場合は、それを困難にする何らかの事由があると考えるのが常識であり、新規性が認められる発明には特許権を付与し、例外的に進歩性がない場合には権利を付与しないこととする特許法の思考パターンにも合致する。

まして、当該材料を当該製品に用いるについて、物性上の阻害要因があれば(それが当業者に周知であれば)、当該製品に当該材料を用いる発明には進歩性が認められるべきである。

阻害要因がある以上、当業者が容易に想到し得たとは言い得ないからである。

4、右時計の側事件においては、文献等に「時計の側に金属炭化物を用いることは困難である(阻害要因がある)」との記載があったわけではない。

金属炭化物の特性及び製品の要求特性を検討することによって、阻害要因が明らかにされたのである。

これに対して、本件においては、甲第五号証に、ウイスカーあるいは炭素繊維を補強材(強化材)として用いるFRP(繊維強化プラスチック)(複合プラスチック)(ウイスカーを強化材として用いたものがウイスカー強化プラスチック、炭素繊維を強化材として用いたものが炭素繊維強化プラスチックといわれる。)について、「なにぶんにも高価な材料であり、その特性を相当に熟知しないとなかなか使いきれない」と記載されており、ウイスカーの特性、炭素繊維の特性に照らして、製品の要求特性との関係から製品の要求特性の一部に適合するからといって、当該製品にウイスカー強化プラスチックあるいは炭素繊維強化プラスチックを用いることができるとは言えないということが周知であり、また、ある製品に炭素繊維強化プラスチックが材料として用いられているからといって、それに換えて、ウイスカー強化プラスチックを材料として用いることができるとは言えないということが周知であることが明らかにされている。

然るに、原判決は、ウイスカーの特性は甲第四号証及び甲第六号証の記載から周知であると認められると認定し(原判決書二九頁一五~一六行)、ウイスカーの特性のうち比強度、比弾性値において優れているという特性に着目して、炭素繊維強化プラスチックの応用例としてゴルフクラブのシャフトが記載されているからウイスカー強化プラスチックをゴルフクラブのシャフトに用いることは容易に想到しうるとしている(原判決書二九頁一~一二行)。

原判決は、材料が高価であることは阻害要因となるものとは認め難い(原判決書二九頁一七~一九行)としているが、これは特許法上を当然と解されているところであり何の意味もない。原判決の犯した誤りは、ウイスカーの特性、炭素繊維の特性が製品への適用において阻害要因となることを看過した点にある。

ウイスカーの特性のうち比強度、比弾性値において優れているという特性がゴルフクラブのシャフトの要求特性のうちのいくつかに合致するからといって、それだけで当業者がウイスカー強化プラスチックをゴルフクラブのシャフトに用いることを容易に想到しうるとは言えないし、ウイスカーの特性と炭素繊維の特性に照らして、炭素繊維が用いられているからウイスカーを用いることを当業者が容易に想到するということもできないことは、「時計の側事件」判決の導くところである。

原判決は右先例に反するものであり、実用新案法三条の解釈適用を誤ったものであり、先例違背、法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、原判決は、「ウイスカーは比強度、比弾性率が大きいという特性を有するものであることは周知であり、このウイスカーの特性を利用して補強材とすることにより、ゴルフクラブの重要な特性である「<2>軽量であること」が達成できることは明らかであり、また、ウイスカーを補強材とすることによって、他の要求特性が満たされないという技術的理由は存在しないのであるから、当業者であれば、甲第四号証に記載されたカーボングラファイトファイバーシャフトの炭素繊維に換えてウイスカーを補強材として用いることは容易に想到し得るものと認められる。」と認定する(原判決書三〇頁一七行~三一頁六行)。

この認定は、周知の阻害要因の存在を看過して行われたものであって、経験則に違背する認定、又は、理由不備の認定である。

1、ゴルフクラブのシャフトの要求特性が、<1>適当な径を有すること、<2>軽量であること、<3>適度な曲げ剛性を有すること、<4>捩れが小さいこと、<5>曲げ強度が大きいこと、にあることは甲第四号証に記載されているところであり、ゴルフクラブのシャフトの当業者には周知である。

また、甲第五号証には、FRP(繊維強化プラスチック)でゴルフクラブを作ることについて、シャフトの径と重量の制約が大きく、比強度だけでなく、比弾性率の大きいことが要求されることと、局部的な衝撃が加わることのため、FRP(繊維強化プラスチック)は必ずしも有利でないことが記載されている(甲第五号証一三八頁左欄二六行~末行)。

原判決は、ウイスカーの特性のうち比強度、比弾性値において優れているという特性から、ゴルフクラブのシャフトの軽量化を念頭に置く当業者はウイスカーを用いることを容易に想到すると判断する。

しかし、ウイスカーを強化材(補強材)とする複合プラスチックをゴルフクラブのシャフトに用いるには、いくつかの阻害要因(ウイスカーを補強材とすることによって、他の要求特性が満たされないという技術的理由が存在する。)があり、このことは当業者に周知であった。

2、ゴルフクラブのシャフトの要求特性として「<5>曲げ強度が大きいこと」が挙げられているが、ゴルフクラブのシャフトにおいて「曲げ強度」とは、静的荷重に対する強度ではなく、ゴルフボールの打撃時における衝撃荷重(瞬間的に荷重される)に対する強度、つまり、衝撃強度のことをいい、従って、「曲げ強度が大きい」ということは、大きな衝撃に耐え得ること、つまり、衝撃強度が大きいということである。

ちなみに、ゴルフクラブのスイングにおいて、ヘッド(クラブ)とボールの接触する時間は一万分の五秒程度であり、打撃時にクラブに加わる力は五〇〇~一〇〇〇kgfである。

ゴルフクラブのシャフトの基本性能ともいうべき衝撃強度を低下させる原因は、シャフトに用いられた複合プラスチックの内部におけるボイド(隙間)にある。

シャフト製造時にボイドが発生すると、インパクトにおける衝撃荷重が繰り返されるに伴って、シャツトに用いられている複合プラスチックの内部から破損が進み、シャフトの破損に至ることが広く認識されていた。

従って、シャフト製造時のボイドの発生防止が当業者にとって重要課題であり、ゴルフクラブのシャフトに繊維強化プラスチックを用いるにあたっては、補強(強化)繊維と母材たる樹脂等との密着性を確保すること不可欠であり、このことは当業者にとって周知であった。

然るに、ウイスカーは短繊維であり、短繊維はその体積に比べ表面積が大きいこと、表面積が大きくなると母材たる樹脂等とウイスカーの接する面積が増大し補強材であるウイスカーと母材との密着性の確保が困難となること、さらに、短繊維を母材に混入する際重なり合った状態になりやすく、繊維が重なりあった部分に母材の樹脂が行き渡らずボイドが発生することが認識されていた。

従って、当時は、ウイスカーの特性は認識されており、比強度、比弾性値において優れているという特性も知られていたが、ウイスカーを用いた場合、前述の技術的理由から、シャフトの基本性能たる衝撃強度を満たすことは困難であると認識されており、ウイスカーを補強材とする複合プラスチックをゴルフクラブのシャフトに用いることは不適当であると認識されていた。

3、ウイスカー(短繊維)を補強材として用いた複合プラスチックについては、前述の通り、十分な衝撃強度を確保することが困難であることから、衝撃荷重の加わる製品、部材にウイスカー(短繊維)を補強材とする複合プラスチックが用いられた事例はなかった。

近年、釣り竿に短繊維を補強材とする複合プラスチックを用いることが伝えられているが、釣り竿における「曲げ強度」については、ゴルフクラブのシャフトに比べて、荷重は低いし、荷重時間は桁違いに長いから衝撃とは言えず、衝撃強度の問題として同列に論ずることはできない。

4、シャフトに用いられた繊維強化プラスチック内部のボイドは、衝撃強度を低下させるという問題だけではなく、強化材(補強材)の弾性特性を引き出すことを阻害するものであるということも当業者に知られていた。

つまり、繊維強化プラスチック(複合材)においては、強化材の弾性特性を引き出すには、強化材相互が母材によって強固に固着されていることが必要であると認識されており、ボイドはこの強化材相互の固着力を弱め、強化材の弾性特性を引き出すのを阻害すると考えられていた。

短繊維であるウイスカーを強化材として混入する場合、前述の通り、ボイドが発生しやすいため、当業者においては、本来ウイスカーが高比弾性をその特性として有していても、ウイスカーを強化材(補強材)として用いた場合にその複合材料において高比弾性を引き出すことは困難であると考えられていた。

従って、ウイスカーが高比弾性という特性を有していても、シャフトにウイスカー強化プラスチックを用いて、高比弾性を利用してシャフトを軽量化することも困難と考えられていた。

この点も、「その特性を相当に熟知しないとなかなか使い切れない」と認識されていた事由の一つであり、ウイスカーが高比弾性という特性を有していることが周知であれば、ゴルフクラブのシャフトの要求特性が周知であるから、当業者は容易にゴルフクラブのシャフトにウイスカーを強化材とする複合材料を用いることを想到するという原判決の判断が誤りである理由の一つである。

ウイスカーが高比弾性という特性を有していることが周知であり、ゴルフクラブのシャフトの要求特性が周知であっても、ゴルフクラブのシャフトにウイスカーを強化材とする複合材料が用いられた事例は存在しなかったのである。

5、原判決は、炭素繊維強化プラスチックの応用例としてゴルフクラブのシャフトが記載されていることから、ウイスカー強化プラスチックをゴルフクラブのシャフトに用いることは容易に想到しうるとしている(原判決書二九頁一~一二行)。

しかし、当時の炭素繊維は長繊維であり、長繊維を補強材とした場合は繊維の重なり合いは少なく、短繊維程には体積に比べて表面積が大きくなることもないのであるから、長繊維である炭素繊維についてゴルフクラブのシャフトヘの応用が示唆されているからといって、短繊維であるウイスカーについて衝撃強度の要求されるゴルフクラブのシャフトに用いることが示唆されているということはできない。

原判決には長繊維の特性と短繊維の特性を考慮することなく、短繊維を長繊維に換えて適用することができると認定したものであり、経験則に違背する認定といわざるを得ない。

三、本件考案は、前記の通り、ゴルフクラブのシャフトに用いることは不適当であると認識されていた短繊維であるウイスカーを敢えてゴルフクラブのシャフトに複合プラスチックの補強材として用いることを検討し、これにより、ウイスカーの好ましい特性たる高比強度、高比弾性を引き出しつつ、衝撃強度を保てるということが判明し、軽量化とともに衝撃強度を確保し、捻れの低減という作用効果を有するゴルフクラブを得たものである。

四、以上の次第であるから、原判決は、先例に反し、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用を誤った違法、経験則違背、又は、理由不備の違法があり、破棄されるべきである。

以上

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