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最高裁判所第三小法廷 平成18年(あ)2057号 決定 2009年11月09日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人Aの弁護人和田丈夫ほか及び被告人Bの弁護人祖母井里重子ほかの各上告趣意のうち,原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は,原審は無罪判決を破棄して有罪判決をするのに必要な事実の取調べをしていると認められるから,前提を欠き,その余の各上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人Cの弁護人高橋智の上告趣意のうち,原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は,上記と同様の理由により前提を欠き,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

所論にかんがみ,銀行が取引先に対し不適切な融資をする際に問題となる特別背任罪における取締役の任務違背について,職権により判断する。

1  原判決の認定及び記録によれば,本件事実関係は次のとおりである。

(1)  被告人Aは平成元年4月1日から平成6年6月28日までの間,被告人Bは同月29日から平成9年11月20日までの間,それぞれ株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の代表取締役頭取であったもの,被告人Cは,札幌市等で理美容業,不動産賃貸業等を営むD株式会社(以下「D」という。)及び同社から借り受けた土地上に総合健康レジャー施設を建設してこれを経営する株式会社E(以下「E」という。)の各代表取締役で,かつ,Dからホテル施設を借り受けて都市型高級リゾートホテルを経営する株式会社F(以下「F」という。)の実質的経営者であったものである(以下,D,E及びFの3社を併せて,「Dグループ」ということがある。)。拓銀は,昭和58年ころから,Dに対する本格的融資を開始し,拓銀の新興企業育成路線の対象企業として積極的に支援したが,拓銀と他行等との協調融資107億円により建設した上記レジャー施設(昭和63年4月開業)は当初見込みと違ってその売上げが減少し,また,建設費等266億円余のうち,その大半を拓銀1行からの融資により建設した上記ホテル(平成5年4月開業)は採算性が見込まれないものであり,売上高は当初見込みの半分程度にとどまっていた。さらに,Dは,上記レジャー施設の東側に位置する一帯の土地であるG地区約24万坪の総合開発を図るため,平成5年5月までに拓銀の系列ノンバンクである株式会社たくぎんファイナンスサービスから144億円余の融資を受けて土地の取得を進めていたが,未買収部分が点在し,開発計画の内容が定まらず,採算性にも疑問がある等,深刻な問題を抱えていた。このような状況の下,Dグループの資産状態,経営状況は悪化し,遅くとも平成5年5月ころまでには,同グループは,拓銀が赤字補てん等のための追加融資を打ち切れば直ちに倒産する実質倒産状態に陥っていた。平成6年3月期には,債務超過額は128億8600万円となり,借入金残高が696億3800万円で,そのうち拓銀グループからの借入金は629億2800万円を占めており,拓銀グループの借入金に対する保全不足額は358億8300万円に達し,Dグループ全体の事業の償却前営業利益は41億7100万円余の,償却前経常利益は75億8200万円余の赤字であった。その後,償却前営業利益,償却前経常利益の赤字幅は減少したものの,債務超過額,借入金残高は年々増加し,保全不足の状態が解消することはなかった。

(2)  被告人A及び同Bは,それぞれの頭取在任中に,Dグループがこのような資産状態,経営状況にあることを熟知しながら,赤字補てん資金等の本件各融資を決定し,実質無担保でこれを実行した。すなわち,被告人Aは,平成5年7月の経営会議でDグループが実質倒産状態に陥っていることを知ったが,経営改善や債権回収のための抜本的な方策を講じることもないまま,平成6年4月8日から同年6月30日までの間,前後10回にわたり,D及びFに対し,合計8億4000万円を貸し付け,また,被告人Bは,その路線を継承し,平成6年7月8日から平成9年10月13日までの間,前後88回にわたり,D,E及びFに対し,合計77億3150万円を貸し付けた。Dグループについては,本件各融資当時,営業改善努力によって既存の貸付金を含めその返済が期待できるような経営状況ではなかった上,貸付金の返済のために残されていたほとんど唯一の方途であったG地区の開発事業(融資額は,平成6年3月期までに162億円余に達していた。)も,同地区が市街化調整区域内にあり,その大半が農地であり,しかも,一部は農業振興地域の整備に関する法律の農用地区域に指定されていて,開発そのものが法的に厳しく制限された地域であって,許認可取得が容易でなかったこと,開発事業は対象地を地権者から漏れなく取得し,又はその同意を得ておく必要があるところ,平成5年時で約20%の,平成10年時でも約15%の未買収部分が残っていたこと,開発計画の内容が変転し,その詳細が決まらなかったことなどからその実現可能性に乏しく,仮に実現したとしてもその採算性に大きな疑問があるものであった。被告人A及び同Bは,拓銀のDグループ担当部から説明を受け,そのような状況も十分に認識していた。

2  所論は,本件融資の際の被告人A及び同Bの行為につき,両被告人が既存の貸付金の回収額をより多くして拓銀の損失を極小化し,拓銀自体に対する信用不安の発生を防止し,さらに,融資打切りによる地域社会の混乱を回避する等の様々な事情を考慮して総合的に判断することを求められていたこと,同判断が極めて高度な政策的,予測的,専門的な経営判断事項に属し,広い裁量を認めるべきものであること等を挙げて,それが著しく不当な判断でない限り尊重されるべきであるとして,任務違背がなかった旨主張する。

(1)  そこで検討すると,銀行の取締役が負うべき注意義務については,一般の株式会社取締役と同様に,受任者の善管注意義務(民法644条)及び忠実義務(平成17年法律第87号による改正前の商法254条の3,会社法355条)を基本としつつも,いわゆる経営判断の原則が適用される余地がある。しかし,銀行業が広く預金者から資金を集め,これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること,銀行の取締役は金融取引の専門家であり,その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること,万一銀行経営が破たんし,あるいは危機にひんした場合には預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせること等を考慮すれば,融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され,所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまるといわざるを得ない。

したがって,銀行の取締役は,融資業務の実施に当たっては,元利金の回収不能という事態が生じないよう,債権保全のため,融資先の経営状況,資産状態等を調査し,その安全性を確認して貸付を決定し,原則として確実な担保を徴求する等,相当の措置をとるべき義務を有する。例外的に,実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても,これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど,その融資判断が合理性のあるものでなければならず,手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない。

(2)  これを本件についてみると,Dグループは,本件各融資に先立つ平成6年3月期において実質倒産状態にあり,グループ各社の経営状況が改善する見込みはなく,既存の貸付金の回収のほとんど唯一の方途と考えられていたG地区の開発事業もその実現可能性に乏しく,仮に実現したとしてもその採算性にも多大の疑問があったことから,既存の貸付金の返済は期待できないばかりか,追加融資は新たな損害を発生させる危険性のある状況にあった。被告人A及び同Bは,そのような状況を認識しつつ,抜本的な方策を講じないまま,実質無担保の本件各追加融資を決定,実行したのであって,上記のような客観性を持った再建・整理計画があったものでもなく,所論の損失極小化目的が明確な形で存在したともいえず,総体としてその融資判断は著しく合理性を欠いたものであり,銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反したことは明らかである。そして,両被告人には,同義務違反の認識もあったと認められるから,特別背任罪における取締役としての任務違背があったというべきである。これと同旨の原判断は正当である。

よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件事案の特徴に鑑み,若干の補足意見を述べる。

1  はじめに

本件は,銀行の取引先企業に対する不良貸付けにつき融資当時の銀行の頭取の任務違背と,融資先企業の代表取締役の共犯としての責任を問うという,一般に銀行の不良貸付けに伴う特別背任が問題となる事件と同様の構図の事件であるが,通常は,かかる事件では,企業に対する大口の融資それ自体について頭取の任務違背の有無が問われるのに対し,本件では,既に巨額の融資をしている企業に対して,1回当たりの融資額としては既存の融資額に比して極めて小さな比率の金額を,長期間に亘り継続して融資したことの責任が問われている点に大きな特徴がある。

本件で,被告人らの責任が問われている各融資は,原判決の認定するとおり,実質破綻企業の運転資金不足を補填するためになされたものであるところ,被告人らの弁護人は,本件各融資は,実質破綻企業に対する既存の貸付金の回収額をより多くして損失の極小化をし,また拓銀自体に対する信用不安の発生を防止し,さらに融資打切りによる地域社会の混乱を回避する等の事情の下で行われたものであって,銀行の取締役の職務遂行に関して認められる経営判断の原則の適用の下に評価されるべきものであると主張しているところから,その点についての私の意見を述べる。

2  銀行の取締役の善管注意義務と経営判断の原則

銀行の取締役は,善管注意義務・忠実義務を尽くしてその職務を遂行すべき義務を負うが,その場合の経営判断の原則の適用については,一般企業の取締役に比してより限定されると一般に解されている。それは,一般企業の場合,取締役は企業収益の向上を図るべき義務を有しているところ,その過程では一定のリスク取引は不可欠であるのに対し,銀行の場合,その業務の性質上,一般企業と同様のリスク取引を行うことは許容されないという趣旨を意味するものと解される。

銀行業務におけるリスク取引の典型例は,無担保融資であるが,以下に述べるように,相手方が正常企業の場合と実質破綻企業の場合とがあり,それに応じて経営判断の内容は異なる。

(1)  正常企業の場合

融資先が正常企業で将来の事業の伸展が見込まれ,そのためには,一定の設備投資資金等が必要とされるが,その融資に見合う適切な担保を有しない場合などである。

かかる事例では,その資金需要の必要性,合理性を厳しく検討するのはもちろんのこと,相手方企業の事業内容,過去の業績,将来の業績見込み,企業の物的・人的施設の状況,経営者の資質,将来の資金需要,そのうち自己資金と外部資金の調達割合等を厳しく点検し,それらが全て合理的であると判断できて初めて最低限度必要とされる資金の融資が許容されるものであり,その合理性判断の過程において経営判断の原則が適用されるのである。また,一旦融資が実行されても,その後の相手方企業の業務の状況,資金使途,業績等にかかる情報を継続的に入手したうえで分析し,その回収に不安を生じるおそれが認められるに至ったときは,相手方企業にその原因を糺し,不安を生じさせた事態を解消させる方策の如何を問い,その上で,その不安が現実化する危険が生じる場合には須くその回収を図る必要がある。

(2)  実質破綻企業の場合

相手方が実質破綻している場合であっても,次項で検討するような既存の融資の回収の最大化と損失の極小化を図るうえで,相手方に一定の資金が必要とされ,その資金の融資の可否が問われることがある。融資取引を主要な取引内容とする銀行と企業との関係においては,回収の最大化と損失の極小化は,ほぼ同義であり,相手方企業の存続の如何は,原則としてかかる観点から捉えることができるものである(その点で,例えばメーカーの主要仕入先が実質破綻状態に陥ったが,当該企業が特殊な部品の仕入先であり,その供給が途絶えるとメーカーの製造に支障を来すような場合には状況が異なる。このような場合には,その供給体制を整えるために仕入先への支援を必要とすることがあり,回収の最大化と損失の極小化は必ずしも比例しない。)。

かかる場合の融資に際し,一般にそれに見合う適切な担保を取得することは困難であるが,それにもかかわらず,かかる融資が肯認されるのは,それが既存の融資の回収の増大に必要な費用としての性質を有しているからである。そうすると,その融資(実質は費用)の実行に当たっては,それに伴う回収の増加が見込めるか,その投入費用(実質破綻企業に対する赤字補填を含む。)と回収増加額の関係,回収見込額の増減の変動要因の有無,その変動の生じるリスク率,そのリスクを勘案した上で,どの時点まで費用を投じるか,あるいは,どの時点で新たに生じた損失を負担してでも新規の貸付けを打ち切るのか等が詳細に検討されなければならない。そして,一旦融資(費用の投入)を決定した後においても,相手方企業の動静を常に注視し,その企業の状況,企業グループを取り巻く外部の状況変化による回収見込額の増減,予測される投入費用見込額(新規融資額)を点検するとともに,見込まれる投入費用が回収見込増加額を超える危険が生じた場合には,須くその後の費用の投入(追加融資の実行)を停止することが求められるものと言うべきである。

そして,取締役が上記の判断をなすに当たっては,常に時機に応じて適確な情報を入手し,合理的な分析をなしたうえで新たな判断をなすことが求められるのであり,その判断過程には,経営判断の原則が適用されるものと言えるのである。

3  破綻企業または実質破綻企業に対する銀行の新規融資

破綻企業または実質破綻企業に対する銀行の新規融資の可否が問われるのは,以下のような場合である。

(1)  清算手続に伴う必要資金を融資する場合

清算手続に入った企業が,例えば,退職金債権等の労働債権の処理がネックになって清算手続が進捗しない場合に,その解決に要する資金を融資してでも早期解決を図ることが,既存の融資の回収の極大化に繋がると見込まれる場合等である。

(2)  再建手続に必要な資金を融資する場合

法的再建手続に入った相手方企業に対し,新規の事業資金や事業再編に必要な資金を融資する場合である。再生会社や更生管財人がかかる借入れをなすには,監督委員の同意や裁判所の許可を要するが,それらの企業が新規借入れに伴う担保を提供することは事実上困難であり,それらの融資は,実質上は無担保融資とならざるを得ない。ただし,民事再生手続や会社更生手続に基づく再建が失敗して破産手続に移行した場合には,財団債権としての保護を受けることができる(民事再生法252条6項,会社更生法254条6項)。既に裁判所の管理下における再建手続に入っているという点において,破綻企業そのものに対する融資ではないが,しかし,正常企業とは言えない状態にあるから,かかる状況を踏まえたうえで,新規の融資を行うか否かは,銀行の取締役としての善管注意義務・忠実義務の問題であり,経営判断の原則に基づく判断が求められる。

(3)  再建,再編計画の検討期間中に必要な資金を融資する場合

相手方企業が実質破綻状態に陥った場合,当該相手方企業の再建の可否及び再建を図る場合の手法等を検討するには一定の時間を要する。殊に,相手方企業の規模が大きかったり,企業グループを形成している場合などでは,相当の人的資源の投入が必要とされ,その調査,検討作業に必要な資金を確保する必要があるとともに,その検討期間中の運転資金を確保する必要がある。それらの資金を実質破綻企業が調達できなければ,主力銀行としてその運転資金の不足分や,調査・検討作業に必要な費用相当額を追加融資せざるを得ないが,実質破綻企業がその追加融資に見合う担保を提供することなど凡そ不可能であって,実質無担保融資とならざるを得ない。かかる融資を大口融資先の再建,再編による既存の融資の回収の極大化を図るための必要資金として位置づけるか否かは,正に経営判断の原則の適用場面である。

(4)  再編,再生計画実行中に必要な資金を融資する場合

再編,再建計画が企画,立案されても,その実行には一定の資金が必要であるとともに,その実行に至るまでに相手方企業グループが維持存続できるための資金が不可欠であるが,その資金を相手方企業グループが新規に調達することは期待できないところから,結局,赤字補填資金としての融資の継続が必要とされる。その場合,如何なる期間,どの程度の金額まで赤字補填をするか,何時の時点で打ち切るかは,その再建,再編計画の遂行状況を見ながら流動的に対応すべき事項であって,正に経営判断の原則が適用されるべき場面である。

4  本件融資時点における相手方企業の概要と本件融資の概要

法廷意見からは,本件各融資先企業の概要等が明らかではないところから,本補足意見の関係上,以下に本件融資相手方企業の平成6年3月期決算時の概要を記載する(なお,計数は同期の公表決算書に基づいており,法廷意見及びその引用する原判決は,公表決算数字を実態に合わせるべく補正した計数によっているので,以下の計数の合計と法廷意見の計数とは一致しない。)。

(1)  D株式会社

ア D株式会社の概要

Dグループの中核企業であり,理美容業等を経営するほか,G開発の実質的な開発主体であり,また,Fホテルの土地,建物を所有し,同土地,建物を株式会社F(以下「株式会社F」という。)に賃貸していた。

イ 平成6年3月期決算(ただし,決算期変更で平成5年6月1日から10か月)

売上高 45億4300万円

営業損失 △20億8800万円    経常損失 △34億6000万円

借入金総額 548億4600万円(うち拓銀分283億2300万円)

資本合計 △63億7900万円(債務超過)

ウ 本件融資

a 被告人A及び同C関係

平成6年4月26日から同年6月30日まで,4回に亘り合計4億5000万円(1回当たり5000万円から2億円,運転資金)

b 被告人B及び同C関係

平成6年8月1日から平成7年8月31日まで,19回に亘り合計22億1000万円(1回当たり5000万円から2億円,運転資金)

(2)  株式会社F

ア 株式会社Fの概要

Fホテル(地上11階地下1階,客室数304室,大宴会場2箇所,レストラン,結婚式場)の運営会社であり,平成5年4月に開業した。

イ 平成6年3月期決算

売上高 30億4400万円

営業損失 △21億3500万円    経常損失 △24億3000万円

借入金総額 31億8900万円(全額拓銀からの借入れ)

資本合計 △19億2000万円(債務超過)

ウ 本件融資

a 被告人A関係

平成6年4月8日から同年6月20日まで,6回に亘り合計3億9000万円(1回当たり2000万円から1億7000万円,運転資金)

b 被告人B関係

平成6年7月8日から平成9年10月13日まで,47回に亘り合計34億8900万円(1回当たり2000万円から1億5000万円,運転資金)

(3)  株式会社E

ア 株式会社Eの概要

総合健康レジャー施設「E施設」の運営を目的とする会社である。

イ 平成6年3月期決算

売上高 4億0250万円

営業損失 △2億1000万円    経常損失 △4億円

借入金総額 116億8900万円(うち拓銀分37億0800万円,たくぎん抵当証券分50億円)

資本合計 △14億8900万円(債務超過)

ウ 本件融資(被告人B及び同C関係)

平成6年10月31日から平成9年6月20日まで,22回に亘り合計20億3250万円(1回当たり2000万円から2億9000万円,運転資金)

5  本件各融資と経営判断の原則の適用

(1)  はじめに

法廷意見で指摘する平成6年3月期末現在のDグループの債務超過額,営業損失及び経常損失の実態,並びに前項で見たとおりの各融資先企業の平成6年3月期現在の売上高,営業損失,借入総額,債務超過等の状況からすれば,本件で実行された各融資を回収することは,その融資時点においても実際上不可能に近いことが見てとれる。

ところで,被告人らは,本件各融資は,損失の極小化を図ること等を目的として行ったもので,結果的に回収不能に陥ったとしても経営判断の原則の適用により,被告人らはその責任を負わない旨主張している。

実質破綻状態にある企業に対しても,その清算や再建あるいは再編のために必要があるときは,実質的には既存の債権回収に必要な経費の趣旨を込めた無担保融資がなされ得ること,及びその融資の可否の判断には経営判断の原則の適用があり得ることは,上記2,3にて検討したとおりである。

そこで,被告人らの主張に鑑み,上記3で検討したところを踏まえた上で,本件融資が経営判断の原則が適用される状況の下でなされたと言えるか否かについて,本件における融資中,最も早期のものであり,かつ,約2か月間半の間に実行された融資について被告人Aの責任が問われている株式会社Fに対する融資につき検討する。

(2)  本件融資がなされた当時の株式会社Fの経営状況

株式会社Fは,その営業能力に対比して過大な設備,過剰な従業員で営業を開始したところから,平成6年3月期は上記4(2)に記載したとおり大幅な赤字を計上した。

拓銀では,同社に社長と専務を出向させ,過剰人員の削減を含む経営の合理化を図る一方,平成6年4月からは行員2名を営業社員として出向させて営業力の強化を図ることとしていたが,平成6年3月期末に作成された平成7年3月期の事業計画では,平成6年3月期に比すれば大幅に業績の改善が見込まれるものの,営業損失12億8500万円,期末借入金残高は44億3400万円で平成6年3月期より12億4500万円増加するというものであった。

また,株式会社Fは,毎月の売上高では当月の必要経費を賄うことができず,その不足資金を拓銀からの融資に頼らざるを得ない状況にあり,本件各融資は,株式会社Fの経常の運転資金の不足分を補填するものであった。

(3)  Dグループ全体の再編,再建計画の進捗状況

ア 平成5年7月5日の経営会議

同日の経営会議では,原判決の認定するとおり,審査第一部よりDグループはどの事業も収支大幅マイナスであり,実質倒産状態にあることが計数を含めて指摘され,被告人A,同Bらの経営陣は,Dグループの実態を認識した。同会議で配布された資料によれば,向後1年間の本件融資対象会社3社に対する赤字補填資金が58億円であり,ホテル設備最終支払い資金59億円,G地区総合開発土地取得費50億円等を加えた新規資金需要が178億円に達するとされていた。

同会議では,Dグループの再編案が付議されたが,同日は審議時間がないので緊急事項についてのみ承認し,再編方針については,更に詰めて再度経営会議に諮ることとされた。

なお,原判決は,同日付議されたDグループ再編案は,被告人Aの発言により不承認となった旨認定しているが,同日の会議記録及び次に検討する同年8月23日の経営会議の記録からして,同日の会議で再編案が不承認とされたものではなく,単に審議が先送りされたにすぎないものと認められる。

もっとも,同日の経営会議に付議された再編案は,本件記録による限り,再編後の各組織の概要やその再編後の事業の見通し等についての具体的な計数の記載はなく,また,その再編によりどの程度回収が見込めるか,その間に要する見込み経費等の記載もなく,言わば「方向稟議」程度のものにすぎないのであって,到底「再編案」などと言えるものではない。

イ 平成5年8月23日の経営会議

同日の経営会議の議事録には,Dグループの再編案については,骨子,次の記載がある(原判決は,拓銀におけるDを巡る会議の状況を詳細に認定しているが,この部分は何故か認定されていない。)。

① 7月5日の経営会議でDグループの再編案を策定し,打ち合わせる旨述べたが今暫く猶予されたい。

② D,Eの抜本的収支改善計画の策定を急がせ,(A)G事業の展望が開かれること,(B)ホテル事業をやっていけることを第一義としたグループ再編案を検討し,別途,経伺する。

なお,同日の会議議事録には,被告人Bの「我々もようやくDグループの実態が分かりかけてきたところだ。もう少し時間がほしい」との発言が記録されている。

ウ 平成6年1月17日の経営会議

上記平成5年8月23日以降,初の経営会議である。その間5か月に亘って経営会議が開催されていないが,本件記録上,その理由は詳かではない。

同日の経営会議は,専らG開発の問題が論議され,Dグループ再編の問題は論議されていない。

なお,同日の次の経営会議の開催は,平成6年5月16日で,同日もG開発の問題が論議され,Dグループ全体の問題は論議されていない。

Dグループ全体の再編問題が本格的に経営会議で採り上げられたのは,漸く平成7年1月27日からであり,それまでの間,本件各社の経常的な赤字体質につき抜本的な対策を施すことなく,本件各融資を継続していたのである。

(4)  小括

以上,拓銀におけるDグループ全体についての取組状況を見たが,本件融資時点では,Dグループの再編計画は未だ具体的な検討がなされておらず,問題の先送り状態の下で株式会社Fの月々の赤字を補填するべく本件融資がなされていたものにすぎず,株式会社Fに対する本件融資が,Dグループ全体の再編計画の下での損失の極小化を図る過程でなされたものとは到底認められないものであることは明らかである。

6  おわりに

上記5(3)にて通覧したように,被告人A,同Bを含む拓銀の経営陣は,平成5年7月の時点で,Dグループが債務超過状態にあり,赤字を垂れ流している状態にあることを認識しながら,本件の各融資がなされる平成6年4月までの間,Dグループの経営改善,再建に向けての抜本的な対策には何ら着手することなく,法廷意見にて指摘するようにその実現可能性の極めて薄いG開発に意を払うのみで,Dグループに恒常的に発生する赤字の補填資金としての本件犯罪事実に係る各融資を漫然と継続していたものであって,自行の融資金の管理に意を払い不良債権の発生を抑止するという,銀行の取締役として当然の責務を果たしていなかったと言わざるを得ないのである。

そうすると,本件各企業に対する各融資は,経営判断の原則の適用の可否を論じるまでもなく,銀行の頭取としての任務に違背していたものであることは明白である。

(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

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