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最高裁判所第三小法廷 平成18年(し)339号 決定 2006年11月14日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は,判例違反をいうが,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

よって,同法434条,426条1項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・藤田宙靖,裁判官・上田豊三,裁判官・堀籠幸男,裁判官・那須弘平)

《参考・原原審決定》

主文

検察官に対し,別紙記載の各証拠の開示を命ずる。

理由

第1 申立ての趣旨及び理由

本件請求の趣旨及び理由は,主任弁護人らの作成の「証拠開示命令請求書」と題する書面及び主任弁護人作成の「補充書」と題する書面に記載されているとおりであるので,これを引用する。

第2 当裁判所の判断

1 本件で開示請求されている各証拠は,花﨑政之検察官が作成した被告人の取調べ状況等報告書42通中の,「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意思を表明した被疑者供述調書等(以下「不開示希望調書」という。)の有無及び通数」欄の各記載部分である(それ以外の部分は開示済みである。)。

本件各取調べ状況等報告書は,刑事訴訟法316条の15第1項8号に該当するところ,検察官は,本件不開示部分は,「特定の検察官請求証拠の証明力を判断するための重要性の程度その他被告人の防御のために当該開示をすることの必要性の程度」と「当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度」とを比較考量すると,開示が相当と到底認められない旨主張するので,この点について検討する。

2 まず,重要性・必要性の点について検討する。

本件において,弁護人は,被告人の供述調書の任意性を争い,これについて具体的な主張をしているが,このような場合には,任意性を疑わせる外部的事情の存在の有無を判断するために,不開示希望調書の有無及び通数欄の記載部分を含めた開示によって,作成調書の総数や不開示調書の作成時期を知り,被告人の取調べ状況を全体として把握することが有益であるし,同記載部分が,利益誘導等の任意性を疑わせる事情の有無についての有力な証拠となりうることもあるのであって,同記載部分も含めた取調べ状況等報告書の開示には,被告人の供述調書の証明力を判断する(任意性の有無も,ここでいう証明力の判断の要素になると解される。)上で,重要性が認められる(なお,弁護人は,開示を受けた6月28日付取調べ状況等報告書(不開示希望調書欄を除く。)上,不開示希望調書以外の調書が1通作成されているが,これに対応する日には調書が少なくとも2通作成されたとの事情も主張している。)。

なお,不開示希望調書の有無及び通数は,一般的には,被告人本人に確認すれば,弁護人はこれを把握することができるとも考えられる。しかし,本件のように,取調べ回数が,取調べ状況等報告書単位で42回にわたり,その期間も平成17年5月18日から同年6月28日と相当長期間に上っている場合,1年2か月以上経過した現在では,不開示希望表明の有無,その時期・回数などについて,被告人自身も正確に記憶しているとは断じ得ない。

したがって,本件各証拠について,開示の重要性は認められ,必要性についても肯定できる。

3 次に,開示によって生じる弊害の内容及び程度について,検討する。

不開示希望調書の有無及び通数欄が開示されれば,一般的な弊害としては,検察官の主張するとおり,供述者が不開示希望調書を作成した事実が開示を通じて明らかとなる結果,供述者が調書内容の詮索を受け,供述者の安全や関係者の名誉,プライバシーが損なわれ,ひいては供述者の協力が得られなくなって捜査に重大な支障をきたす可能性が想定できる。

しかしながら,刑事訴訟法316条の15第1項8号は,開示の対象を被告人に係る書面に限定しているところ,被告人や弁護人が,被告人自身の不開示希望調書の有無及び通数欄の開示を受けたとしても,前記弊害が生じる可能性は一般的には低いといわざるを得ない。

(この点について,例えば,組織的事犯等においては,上位者の余罪に言及した下位者の供述調書が不開示希望調書となっているが,上位者の圧力のもとに,被告人の真意によらず,不開示希望調書の有無及び通数欄の開示請求が行われることも想定され,このような場合には,検察官の主張する前記弊害が現実的危険性を有することもありうるから,被告人,弁護人が開示請求をした場合でも,開示による弊害が想定される場合もないではない。しかし,このような弊害は例外的なものであって,組織的犯罪等,特に弊害が具体的に想定される事案においては,当該証拠を開示する必要性と弊害を勘案して,開示の可否を決すれば足りるのであるし,また,供述内容を詮索されたとしても,供述調書自体の開示をしなければ,上位者等において供述内容を知ることはできず,供述調書自体の不開示で弊害を避けることもできる場合もあり得るから,一般的な弊害が直ちに本件における弊害に結び付くものではない。)

本件は,会社を舞台にした関係者多数の事件とはいえ,これまでの審理状況等にかんがみると,弁護人が,被告人の真意によらずに本件の開示請求をしているなどの事情は認め難い。したがって,本件においては,被告人についての取調べ状況等報告書は,不開示希望調書の有無及び通数欄を含め,開示によって生じる弊害があるとは認められない。

なお,そもそも,被告人の供述調書自体は,刑事訴訟法316条の15第1項7号に定める類型証拠開示請求の対象となるところ,不開示希望調書について,開示しないときには,刑事訴訟規則217条の24に基づき不開示の理由を告知しなければならないことにかんがみると,被告人が不開示希望調書を作成した事実が類型証拠開示によってある程度明らかとなることは法の許容するところであり,同事実の開示による弊害を強調する検察官の主張は,このような法の建前とも整合しない面があり,採用できない。

第3 結論

以上を総合すると,本件「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意思を表明した被疑者供述調書等の有無及び通数」欄の各記載部分を開示することが相当と認められる。

よって,本件請求は理由があるから,主文のとおり決定する。

別紙<省略>

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