最高裁判所第三小法廷 平成2年(あ)791号 決定 1991年4月05日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人遠藤雄司の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余の点は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権により判断する。
一 刑法一六二条及び一六三条にそれぞれ規定する有価証券(以下「有価証券」という。)とは、財産上の権利が証券に表示され、その表示された財産上の権利の行使につきその証券の占有を必要とするものをいうと解される(最高裁昭和三一年(あ)第四七二六号同三二年七月二五日第一小法廷判決・刑集一一巻七号二〇三七頁参照)。ところで、いわゆるテレホンカードについては、その発行時の通話可能度数及び残通話可能度数を示す度数情報並びに当該テレホンカードが発行者により真正に発行されたものであることを示す発行情報は、磁気情報として電磁的方法により記録されており、券面上に記載されている発行時の通話可能度数及び発行者以外の右情報は、券面上の記載からは知り得ないが、残通話可能度数については、カード式公衆電話機にテレホンカードを挿入すれば、度数カウンターに赤色で表示され、右の発行情報もカード式公衆電話機に内蔵されたカードリーダーにより読み取ることができるシステムとなっている。そうすると、テレホンカードの右の磁気情報部分並びにその券面上の記載及び外観を一体としてみれば、電話の役務の提供を受ける財産上の権利がその証券上に表示されていると認められ、かつ、これをカード式公衆電話機に挿入することにより使用するものであるから、テレホンカードは、有価証券に当たると解するのが相当である。
所論は、有価証券偽造罪は、文書偽造罪の特別規定であるから、文書に当たらないものを有価証券に当たると解するのは不当であり、テレホンカードの磁気情報は、カード式公衆電話機を作動させる道具としての機能を果たすにすぎないものであって、電話の役務の提供を受ける財産上の権利を表示したものとはいえない旨主張する。
そこで、検討するのに、従来、有価証券が文書であると考えられてきたのは、一般に文書の形態のものしか存在しなかったからであるにとどまり、文書でないものは有価証券に当たらないと解することはできない。もっとも、昭和六二年法律第五二号による刑法の一部改正により、新たに同法七条ノ二に電磁的記録についての定義規定が置かれ、一五七条一項に電磁的公正証書原本不実記録罪が、一五八条一項に同供用罪が、一六一条ノ二に電磁的記録不正作出罪、同供用罪がそれぞれ新設されたが、有価証券偽造罪については、何らの改正もされなかった。しかし、この改正の経過から、電磁的記録を含むテレホンカードのようなものは有価証券ではないことが確認されたと解することはできない。すなわち、右改正の趣旨は、電磁的記録が通常の文書と異なり、その物自体としての可読性がない上、文書と同様の意味で作成名義人をとらえることが困難であることなどによるものと考えられる。これに対し、有価証券については、右改正前から、本件で問題となっているテレホンカードのように、携帯することのできるカード型で、その券面上の記載及び外観から、作成名義人に当たる発行者及び提供を受ける役務の種類・数量を容易に知り得るものが存在していたが、この種のカードの場合、前記のように、磁気情報部分のみが有価証券に当たるのではなく、これと券面上の記載及び外観が一体不可分のものとして、有価証券としての実態を形成していたのであるから、右改正により文書に関してのみ電磁的記録についての規定が新設されたからといって、このような形態のカードが有価証券でないことが確認されたということはできないのである。
次に、テレホンカードは、その可読性のない磁気情報部分こそが電話の役務の提供を受ける財産上の権利の行使にとって不可欠の部分であって、それを欠くときは、単にカード式公衆電話機を作動させる道具としての役割を果たすことができないばかりでなく、権利の行使自体が不可能となるものである。テレホンカードは、券面上の記載及び外観と電磁的記録部分に記録された磁気情報とが一体となって、電話の役務の提供を受ける財産上の権利をカードに化体させたものにほかならない。したがって、所論は理由がなく、採用することができない。
二 有価証券の変造とは、真正に作成された有価証券に権限なく変更を加えることをいうと解されるところ、テレホンカードを有価証券に当たると解する以上、その磁気情報部分に記録された通話可能度数を権限なく改ざんする行為がこれに当たることは、明らかである。また、偽造等をした有価証券の行使とは、その用法に従って真正なものとして使用することをいうと解されるから(大審院明治四三年(れ)第二九一二号同四四年三月三一日第一刑事部判決・刑録一七輯七巻四八二頁参照)、変造されたテレホンカードをカード式公衆電話機に挿入して使用する行為は、変造された有価証券の行使に当たるというべきである。
三 そうすると、行使の目的をもって、被告人が日本電信電話株式会社作成に係るテレホンカードの通話可能度数である五〇度を一九九八度に改ざんした上、Aに対し、その旨を告げてこれを売り渡した行為は、有価証券変造及び変造有価証券交付の各罪に当たるから、これと同旨の原判決の判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官園部逸夫、同佐藤庄市郎の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
テレホンカードの社会的機能及びそれに対する公共の信頼を保護する必要があることは、多言を要しないところであり、法廷意見の説示する理由により、テレホンカードは、一部に電磁的記録を含んでいても、その磁気情報部分並びにその券面上の記載及び外観を一体としてみれば、有価証券に当たると解することが可能であるから、本件に刑法一六二条及び一六三条を適用することが罪刑法定主義に反するものということはできない。
しかしながら、テレホンカードは、可読性のない磁気情報部分を含み、券面上の記載のみでは、権利の内容のすべてを知ることができないという点において、これまで有価証券とされていたものとは著しく異なる面があることも否定できない。また、法廷意見の見解によっても、券面上の記載及び外観からテレホンカードであることが全く分からないようないわゆるホワイトカードについては、これを刑法上の有価証券に含めることは到底できないといわざるを得ないから、カード式公衆電話機に挿入して使用できる点では、その実質において通常のテレホンカードと何ら変わりがないのに、有価証券変造罪等としての処罰ができないことになり、処罰上の均衡が失われる結果となる。
したがって、通常のテレホンカードについて有価証券と同様の保護を与えるためには、それが刑法上の有価証券に含まれる旨の明確な規定を設けることが望ましく、また、これに関連して、昭和六二年法律第五二号による刑法の一部改正により電磁的記録の不正作出罪等を新設したのと同じ趣旨により、電磁的記録を含むカードについて、関係規定の総合的な整備を図ることが望ましいと考えるのである。
裁判官佐藤庄市郎の補足意見は、次のとおりである。
テレホンカードには、従来有価証券とされてきたものとは著しく異なる面があり、この点に着目して、その有価証券性を否定する見解が有力に主張されているのも、それなりに理解できるところである。したがって、罪刑法定主義の精神からすれば、立法により右のような疑義を払拭することが望ましいというべきである。しかも、いわゆるホワイトカードについては有価証券変造罪等による処罰ができないことになると考えられるので、電磁的記録を含むカードについて、総合的な見地からの立法的な見直しが必要であるといわざるを得ない。
(裁判長裁判官貞家克己 裁判官坂上壽夫 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)