最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)1735号 判決 1991年9月17日
上告人
土井宗治
右訴訟代理人弁護士
鬼頭忠明
被上告人
西川美代子
被上告人
黒田素子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鬼頭忠明の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。右事実関係によれば、上告人は、本件土地の賃貸人である被上告人らと面識のなかった訴外高木金吾郎に本件建物を賃貸して本件土地の地代の支払を委ね、その旨を被上告人らに通知することもなく本件建物から退去し、自ら本件土地の管理をすることなく、所在を明らかにしないまま原審の口頭弁論終結当時すでに八年を経過するというのであって、この間、上告人から被上告人らに対して、高木を管理者に指定したことについての通知あるいは本件土地の管理方法についての連絡をしたこともなく、被上告人らは、上告人に対して本件土地の管理又は管理者の権原に関する連絡ないし確認をする方途もない状態に置かれ、上告人と地代の増額等の賃貸借関係に関する協議をすることもできず、地代の増額も訴えによらざるを得なかったものであり、また、本件土地の地代は高木の負担において支払われているというのであるから、上告人には本件土地の賃借人としての義務違反があったというべきであり、その所為は、土地賃借権の無断譲渡又は転貸におけると同様の不利益を被上告人らに与えており、賃貸借当事者間の信頼関係を著しく破壊するものといわなければならない。したがって、右と同様の見解に立って被上告人らの本件土地賃貸借契約の解除を是認した原審の判断は首肯することができ、その過程にも所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄)
上告代理人鬼頭忠明の上告理由
原判決には法令違背があり破棄されるべきである。
一 原判決は、第一審判決を変更して被上告人の控訴審で予備的に主張された本件土地保管義務を怠ることにより信頼関係を破綻させたとの主張を容れて、本件土地上の上告人所有の本件建物収去を命じておる。
その理由とするところは、原判決理由欄一五丁において「被控訴人土井は、既に八年以上の長きにわたり自らの所在を控訴人らに明らかにしないままの状態で、自ら本件土地及び建物の管理をしておらず、今後もそうしょうとの姿勢を全くみせず、かつ、賃料の支払方法などを通じて控訴人らに不安を与えている、控訴人らの知らない被控訴人高木金吾郎が本件土地及び建物の管理のすべてを行っているのであって、被控訴人土井は、本件土地の賃借人として、善良な管理者の注意義務をもって本件土地を保管する義務を履行しているとは到底いうことが出来ない。」というにある。
二 原判決の本件土地建物に対する管理有無の右判示は、明らかに法令違背の誤りがある。
1 建物所有を目的とする土地賃貸借にあって、賃借土地上の所有建物を第三者に賃貸して、その借地を賃借人に使用させることは反対の特約がない限り、借地を転貸したことに当たらないこと学説判例(大判昭和八年一二月一一日裁判例七民二七七、最高裁昭和三八年二月二一日判決)の認めるところであり、かかる場合、借地人は建物賃借人をして借地及び土地を使用させることにより、自らも土地建物を占有管理しているものである。この理は、民法第一八一条代理占有の規定から明らかであり、建物賃借人は土地賃貸人との関係で、土地建物管理につき土地賃借人の履行補助者である。学説判例もこれを肯定している(最高裁判決昭和三五年六月二一日民集一四、八、一四八七)。
2 原判決は、その理由欄二、1、二段及び三段目(判決書一〇丁、一一丁)において被控訴人(相上告人)高木が、上告人土井から本件建物を賃借しておる事実を認めているのであるから、上告人土井は相上告人高木を履行補助者として自らも本件土地建物を管理しておること明らかである。
してみれば、原判決も認めているとおり上告人土井の履行補助者である相上告人高木において、本件土地及び建物の管理の全てを行っていると言うのであるから、原判決の言う上告人土井が「自ら本件土地及び建物の管理をしておらず、今後もそうしょうとの姿勢を全くみせず」ために、上告人土井は、「本件土地の賃借人として、善良な管理者の注意義務をもって本件土地を保管する義務を履行しているとは到底いうことができない。」との判断は、明らかに上告人土井の相上告人高木を履行補助者として、本件土地及び建物を管理していることに対する法解釈を誤り法令に違背したものである。
三 原判決は、本件土地保管義務不履行並びに本件賃貸借を継続することに著しく不安を与え、信頼関係を破壊する事由として「賃料支払方法」を挙げているが、これは信頼関係破壊事由の法解釈を誤ったものである。
1 賃料支払い方法が、信頼関係破壊につながるには、先ずその基本的前提として支払い方法が約定に反するすなわち債務不履行となる場合でなければならないと解する。そうでないとすると、賃貸人が法律上保護に値する利益の侵害がないのに拘わらず、賃借人が、自分の意に従わないことによる悪感情をもって、それが不信であり信頼関係が破壊されたとなり継続的な契約関係を維持出来ないものとされるならば、社会的要請に基づき不動産賃借権強化するための特別法である借地法規定はあっても無きがごときものとなる。
2 本件土地賃料支払いは、持参債務であり、上告人はその支払いとして原判決も認めるとおり、本件土地上の上告人土井所有本件建物の賃借人である上告人高木を介して、被上告人方に現金書留で郵送したが、受領を拒絶されたため同高木が調べてきた被上告人取引銀行口座に振り込み送金したが(原判決理由欄二、2、判決書一二丁)、いずれも被上告人は「持参して支払う」約定であるから、留守勝ちでも自分の勤め休みの日に家に足を運んで貰わなければ受取れないと受領を拒絶したのである。
3 持参債務における債務の履行の仕方として、その履行場所において債権者が給付の目的物を受領し得べき状態に置けば、履行の提供があったとすること学説判例で確定している。
先に述べたとおり、上告人土井は、履行補助者である相上告人高木を介して本件土地賃料を被上告人方に現金書留で郵送或はその取引銀行口座に振り込み送金して、被上告人が本件土地賃料を受領できる状態にしたのであるから、債務の履行をなしたことは明らかであり、被上告人の受領遅滞である。
上告人土井の本件土地賃料支払い方法は、債務の本旨に反しない履行提供であって、被上告人の意に沿はない支払い方法であるからと言って、これが信頼関係を破壊したことになるものでないこと明らかである。ましてや原判決も認めるとおり、右支払い当時には、既に被上告人から土地明け渡し賃料増額調停申立がなされたり、賃料増額訴訟が提起されておる状況下であってみれば、自ら持参しても受領拒絶されることは火を見るより明らかな状況で、送金自体を責めることは出来ないものである。原判決の支払い方法などを通じて不安を与え信頼関係を破壊したとの判断は、土地賃貸借契約解除にいたる信頼関係破壊の法解釈を誤ったものである。
四 原判決は、上告人土井がその転居先を明らかにしないことをもって、被上告人らに本件賃貸借関係を継続することに著しい不安を与えたとしているが、原判決も認めているとおり、上告人土井は他の債権者の追及厳しいところから、本件建物賃借人である相上告人高木をして本件建物玄関に「土井宗治管理人高木金吾郎連絡先昭和区滝子町二八の二三電話番号八八一−六七六五」と記した張紙をして、連絡先を明確にして昭和五七年四月頃本件建物から転居し、その後、相上告人高木との連絡を欠かさず、被上告人らから昭和五七年六月提起された賃料増額訴訟に応訴し確定した増額賃料を前条のとおり相上告人高木を介して支払いをなしてきており(被上告人の度重なる受領拒絶で弁済供託)、又、同六二年一月提起された本件訴訟に応訴し、翌六三年八月二九日の上告人土井の本人尋問期日に出廷して、裁判所の人定尋問に当たって、現住所である千葉市櫻本街四七〇の九と現住所を明らかにし(現住民票住所地)、第一審判決及び第二審判決の住所表示にも明確に右住所地が表示されておる。
以上のとおり、上告人土井にあって、他の債権者の厳しい追及を避ける必要から、本件土地建物管理の履行補助者である相上告人高木方を連絡先にして、その連絡先を明らかにしつつ、公の席においてはその住所地を明確にして(この間の転居後間もなく、被上告人が相上告人高木が留守の時に来訪して、同人の妻と何時帰ってくるかとのやり取りで、女性同士の感情の行き違いから、要領を得なかった様であるが、高木との接觸はなかった。)、右履行補助者をして本件土地建物を管理し、本件土地賃料支払いも滞りなく履行しておる本件にあっては、何らの債務不履行、不法行為もなく、被上告人の単なる個人的感情から発する不信不安感といわざるを得ず、これを容認した原判決は明らかに契約解除原因となる信頼関係破壊事由の解釈を誤ったものである。
原判決の右各法令の解釈の誤りは、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、破棄されるべきと思慮します。