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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)64号 判決 1991年4月23日

上告人

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

川崎実

右訴訟代理人弁護士

鎌田久仁夫

右指定代理人

小井田雅哉

外一名

選定当事者

被上告人

山田秀夫

選定当事者

被上告人

山田妙子

選定当事者

被上告人

古澤隆司

選定当事者

被上告人

古澤壽美子

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鎌田久仁夫、同小井田雅哉、同並木朝雄の上告理由第一点について

地方公共団体の議会の議員の定数配分を定めた条例の規定(以下「議員定数配分規定」という。)そのものの違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟が公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇三条の規定による訴訟として許されることは、当裁判所大法廷判決(昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日判決・民集三七巻九号一二四三頁、昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日判決・民集三九巻五号一一〇〇頁)の趣旨に徴して明らかであり(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、同昭和六一年(行ツ)第一〇二号同六二年二月一七日第三小法廷判決・裁判集民事一五〇号一九九頁、同昭和六三年(行ツ)第一七六号平成元年一二月一八日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二一三九頁、同平成元年(行ツ)第一五号同年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二九七頁)、本訴を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論は、帰するところ、原審の判断の当否と関わりのない事項を主張するにすぎないものというべきであるから、論旨は採用することができない。

同第三点について

公選法一五条七項は「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」と規定しており、地方公共団体の議会は、議員定数配分規定を定めるに当たり、同項ただし書の規定により、人口比例により算出される数に地域間の均衡を考慮した修正を加えて選挙区別の定数を決定する裁量権を有することが明らかである。そして、どのような事情があるときに右の修正を加えるべきか、また、どの程度の修正を加えるべきかについて客観的基準が存在するわけではないから、議員定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、地方公共団体の議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。

しかしながら、地方公共団体の議会の議員の選挙に関し、当該地方公共団体の住民が選挙権行使の資格において平等に取り扱われるべきであるにとどまらず、その選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは、憲法の要求するところであると解すべきであり、このことは前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。そして、公選法一五条七項の規定は、憲法の右要請を受け、地方公共団体の議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。したがって、議員定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいは、その後の人口の変動により右不平等が生じ、それが地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや地方公共団体の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由がない限り、このような議員定数配分規定は、公選法一五条七項に違反するものと判断せざるを得ない。

もっとも、制定又は改正の当時適法であった議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの人口の較差が、その後の人口の変動によって拡大し、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合には、そのことによって直ちに当該議員定数配分規定が同項に違反するという結果をもたらすものと解すべきではなく、同項の規定により要求される定数の是正が、人口の変動の状態を考慮してもなお合理的期間内に行われなかったというときに初めて、当該議員定数配分規定が同項の規定に違反するものと断定すべきである。

以上は、当裁判所の判例(前掲各小法廷判決)とするところである。

そこで、平成元年七月二日施行の東京都議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)当時における東京都議会議員の定数並びに選挙区及び各選挙区における議員の数に関する条例(昭和四四年東京都条例第五五号。以下「本件条例」という。)の議員定数配分規定についてみるのに、原審の適法に確定するところによれば、(1) 前掲昭和六二年二月一七日第三小法廷判決が、本件条例の議員定数配分規定につき、昭和六〇年七月七日施行の東京都議会議員選挙当時において公選法一五条七項に違反していた旨を判示したことを踏まえて、東京都議会は、本件条例の改正につき種々の検討を重ねた結果、昭和六三年七月一三日、いわゆる三減四増案(総定数を一二八人とし、荒川区、港区、墨田区の各選挙区の定数を一人ずつ減らし、北多摩第五、南多摩、三鷹市、町田市の各選挙区の定数を一人ずつ増やすという案)を可決し、本件条例を改正した(昭和六三年東京都条例第一〇七号。以下、右改正後の議員定数配分規定を「本件定数配分規定」という。)、(2) 右改正により、従来に比べて一応の改善はされたものの、右改正後においても、昭和六〇年一〇月の国勢調査人口に基づき算出した配当基数(各選挙区の人口を議員一人当たりの人口で除して得た数値)に応じて議員定数を配分した人口比定数(公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)は、原判決添付別表第二のとおりであるところ、右人口比定数と本件定数配分規定による定数(以下「現定数」という。)とを比較すると、特別区の区域を区域とする各選挙区(以下「区部の選挙区」という。)全体では人口比定数は九〇人であるのに現定数は九六人に、島部選挙区を除く特別区の存する区域以外の区域を区域とする各選挙区(以下「市郡部の選挙区」という。)全体では人口比定数は三七人であるのに現定数は三一人に、それぞれなっており、また、区部の選挙区では二三選挙区中一六選挙区が、市郡部の選挙区では一七選挙区中五選挙区が人口比定数と現定数とが一致せず、人口比定数よりも現定数が二人不足する選挙区が三選挙区(足立区、練馬区及び八王子市の各選挙区)もあり、さらに、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は、全選挙区間で最大一対3.09(千代田区選挙区対日野市選挙区。なお、人口比定数による全選挙区間の最大較差は、千代田区選挙区対武蔵野市選挙区間の一対2.75である。右較差に関する数値は、概数であり、また、地理的に極めて特殊な状況にあって定数が一人の島部選挙区は、比較の対象から除外している。)に達し、人口の多い選挙区の定数が人口の少ない選挙区の定数より少ないといういわゆる逆転現象が依然として全選挙区間において五二通りも存在し、定数二人の差のある顕著な逆転現象も六通りあった、というのである。

本件定数配分規定の下における右の較差、逆転現象及び人口比定数と現定数とのかい離が示す選挙区間における投票価値の不平等は、選挙区の人口と配分された定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる地方公共団体の議会の議員の選挙制度の下で、地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものというべきであり、これを正当化する特別の理由がない限り、右投票価値の較差は、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものというべきである。そして、都心部における昼間人口の増加、行政需要の増大及び各選挙区における定数の沿革的な事情を考慮しても、右の較差を是認することはできず、他に、本件において、右投票価値の不平等を正当化すべき特別の理由を見いだすことはできない。

そして、本件条例の議員定数配分規定の下における選挙区間の投票価値の較差は、遅くとも昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点において既に公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものであり、右較差が将来更に拡大するであろうことは東京都における人口変動の経緯に照らし容易に推測することができたにもかかわらず、東京都議会はごく部分的な改正に終始し、右較差を長期間にわたり放置していたことは、前掲昭和五九年五月一七日第一小法廷判決の判示するとおりである。また、東京都議会は、右判決の言渡し後に、昭和五九年東京都条例第一三〇号をもって議員定数配分規定の一部改正を行い、三選挙区につき定数一人を各減員し、三選挙区につき定数一人を各増員したが、右改正は、部分的是正の域を出ず、投票価値の不平等を解消するには不十分なものであったことは、前掲昭和六二年二月一七日第三小法廷判決の判示するとおりである。さらに、右判決言渡し後の昭和六三年東京都条例第一〇七号による議員定数配分規定の改正も、投票価値の不平等を解消するには不十分なものであることは、前示のとおりである。以上の経緯に照らすと、東京都議会は、本件定数配分規定の下における投票価値の不平等につき、公選法一五条七項の規定により要求される定数の是正を合理的期間内に行わなかったものというべきであり、本件定数配分規定は、本件選挙当時、同項の規定に違反する違法なものであったと断定せざるを得ない。

以上と同旨に出て本件選挙の違法を宣言した原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の前掲平成元年一二月一八日第一小法廷判決は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、すべて採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

別紙選定者目録

山田秀夫

外二五名

上告代理人鎌田久仁夫、同小井田雅哉、同並木朝雄の上告理由

第一点、第二点<省略>

第三点 原判決は、公選法一五条七項の解釈適用を誤っており、右が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 都議会議員の定数、選挙区及び選挙区別定数配分については、現行法上次のとおり定められている。すなわち、都議会議員の定数の上限は、地方自治法九〇条一、二項に基づき、直近の国勢調査における人口に基づいて算出されることになっている(都議会は、本件選挙における議員の総定数を上限いっぱいの一二八人と定めた。)が、同三項によれば右による定数は、条例で特にこれを減少することができることとされている。又、公選法一五条一項は、都道府県議会の議員の選挙区は、郡市(特別区については、市の規定が適用される。同法二六六条一項)の区域によるとの原則を明らかにし、ただし、その区域の人口が議員一人当りの人口の半数に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合せて一選挙区を設けなければならないとしている(同条二項、強制合区)。もっとも、この強制合区については、例外が認められており、昭和四一年一月一日現在において設けられている選挙区については、当該地域の人口が議員一人当りの人口の半数に達しなくなった場合においても、当分の間、条例で当該区域をもって一選挙区を設けることができる(同法二七一条二項、特例選挙区)。又、当該区域の人口が、議員一人当たりの人口の半数以上であっても、議員一人当りの人口に達しない選挙区については、条例で隣接する他の郡市の区域と合区することが可能とされている(同法一五条三項、任意合区)。なお、東京都に限っては、次のような特別の規定が設けられている。すなわち、都議会議員選挙における選挙区及び各選挙区に配分する定数については、先ず、特別区の存する区域を一の選挙区と看做して他の郡市との間に定数配分を行い、次いで特別区の存する区域に配分された定数について各選挙区に配分することができる(同法二六六条二項)。このようにして定められた各選挙区において選挙すべき議員の数は、原則として人口に比例して条例でこれを定めなければならない(同法一五条七項本文)ことになっているが、これにも例外を設け、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとされている(同項但書)。したがって、右各規定からすれば、議員の法定数を減少するかどうか、特例選挙区を設けるかどうか、地域間の均衡も考慮し、議員定数をどう配分するか等については、すべて都道府県の議会にこれらを決定する裁量権が与えられているといわなければならない。

二 ところで、前記の法制度も公選法制定当初から整えられていたというものではなく、予想だにし得なかった社会の変革に応じ、逐次改正され、現行法となったものである。すなわち、当初は都道府県の議会の議員の選挙区は郡市の区域による(同法一五条一項)と規定し、地域性の基礎をなす選挙区の基準を確定した上、議員一人当り人口の半数以下の人口の郡市に対して隣接の他郡市との合区を命じた(同条二項)のみで、その余の議員一人当り人口に満たない郡市の合区の有無は、当該都道府県議会の裁量に一任したが、戦後間もない当時においては、右規定をもって十分に地域間の均衡を保ち得るとの立法府の認識に基づいたものと言い得る法制度であった。しかしながら、戦後復興に賭けた国民の努力がみのり、経済の高度成長と共に何人も予想し得なかった大都市への人口集中、郡市人口の減少、都市内部における都市中心部の昼間人口の増加、これに反比例する夜間常住人口の減少並びに周辺部に見られるこれと逆の現象の発生、更には社会活動の広域化に伴う人口流動性の高まり等から、常住人口と行政需要とが必ずしも対応しない状況となり、前記の人口数のみに依存する定数配分はかえって実情に反し、地域間の均衡を損なう結果となるとみられるようになった。そこで地域間の均衡を得ることこそ憲法の要請する公正かつ効果的代表制度確立の精神に合致するとの見地から、順次、次のような立法措置が採られるようになった。

1 昭和三七年法律一一二号による公選法二七一条二項の新設(島嶼部に限定した特例選挙区の存置)

2 昭和四一年法律七七号による右二七一条二項の改正(特例選挙区の島嶼部以外への拡大適用)

3 昭和四四年法律二号による公選法一五条七項但書及び自治法九〇条二項の新設(定数配分についての地域性考慮規定の導入及び都議会議員についての定数の特例)

4 昭和五二年法律四六号による右九〇条二項の改正(都議会議員についての定数の特例の再改正)

要するに、以上の規定の創設は、おおむね人口を基準としながら、地域代表の確保を図り、もって、地域間の均衡を図ろうとしたものであり、これが憲法の所期する公正でかつ効果的代表制度確立の精神に合致するとの立法趣旨に基づくものであるから、合憲合法であることは言うまでもないところである。そして、当該都道府県議会がこの法規を適用し、定数を決定したときは、それは地方議会における複雑かつ高度の政治的考慮と判断に基づく所産と評価し、仮にある程度の人口較差があるとしても、それが一般的に是認できない程の極端な較差を招来していない限り、当該都道府県議会がその有する裁量権を合理的に行使したものとして是認されるところと解するのが前記立法趣旨に沿う正当な解釈論といわねばならない。

ここにおおむね人口を基準とするとの意味合いは、千葉県議会議員の定数訴訟についての東京高等裁判所第八民事部判決(昭和五八年(行ケ)第七〇号の一、昭和五九年八月七日言渡)の次の判示で明らかなとおり、人口較差一対三前後までを許容範囲と解すべきものであり、この判決に対する上告審である最高裁判所第一小法廷判決(昭和五九年(行ツ)第三二四号、昭和六〇年一〇月三一日言渡)もこれを承認し、更に、右判決後改正された定数条例についての同小法廷判決(昭和六三年(行ツ)第一七六号、平成元年一二月一八日言渡)において、特例選挙区につき一対3.98の較差を是認したが、右特例選挙区についても一対三の較差内とすべしとの原判決を破棄した論旨から考えても、これは畢竟、一五条七項但書にいうおおむね人口を基準とするとの限界値を一対三前後として定数改正を図った当該議会の措置を承認した結果というべきである。

ところで、前記昭和五九年八月七日言渡の東京高等裁判所第八民事部判決の判示するところは、「郡市の区域をもって選挙区とするとの原則を採用し、強制合区及びその特例、任意合区に関する規定を置き、更に人口比例による定数配分の原則に対する例外を認める以上、各選挙区間で投票価値にある程度較差を生ずることは避け難い。殊に、公選法二七一条二項により強制合区規定の特例として認められた選挙区については、当初から、平均的な定数配分を受けている選挙区と比較してすら二倍以上の較差を生ずることが予定されており、かつ、前述のようにこれを認めた右規定を違憲とはいい難いのであるから、投票価値の較差が相当大きくても、これを違憲、違法と断ずるにはかなり慎重でなければならないであろう。これに対し、その余の選挙区の間では、人口比例の原則に従う限り、選挙区の区割りや総定数に関する法律上の制約から生ずる定数配分上の技術的な問題を考慮に入れても、定数配分は、投票価値の較差がおおむね一対二程度までの範囲にとどまるようになされることが要求されているものと考えられる。これに例外として認められる非人口的要素を加味した場合、どの程度までの較差が許容されるかは、非人口的要素の内容いかんにもよることで一概にいうことは困難であるが、一般的にいえば一対三前後までの較差にとどまるべきであって、これを大きく上回るような較差は原則として憲法及び公選法の許容するところではないと考えるのを相当とする。」と判示し、おおむね人口を基準としてという概念の数値的限界を明らかにしているものである。そうして、都議会議員の定数訴訟についての最高裁第一小法廷判決(昭和五八年(行ツ)第一一五号、昭和五九年五月一七日言渡)、及び最高裁第三小法廷判決(昭和六一年(行ツ)第一〇二号、昭和六二年二月一七日言渡)も同旨と解することができるのである。すなわち、定数配分規定が違法の状態になったのは、昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点としている点であり、それ以前には違法性がなかったとの判示と受け取れ、つまり、昭和四五年以前の較差「一対3.11」程度は許容される範囲であると解することができるのであって、判例上、都道府県議会議員の定数配分については特例区の場合を除き特別の事情があれば、一対三前後までの較差が生じても、なおその許容範囲内との解釈が確定されていると解し得られるものである。なお、公選法一五条七項但書の適用のない衆議院の場合について考察するに、衆議院議員選挙に係る定数訴訟の大法廷の判決の中では、較差の許容限度についての数値基準を明確に判示していないが、昭和六〇年七月一七日の判決(昭和六〇年(行ツ)第二七号他)で「昭和五〇年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるものというべきである」と述べている。これは、昭和五〇年の改正において、最大較差が一対4.83から一対2.92に縮小したことについての評価で、つまり、最大較差「一対2.92」については憲法の許容する範囲内の較差と認めている。他方、昭和五八年一一月七日の判決(昭和五六年(行ツ)第五七号他)では3.94倍について違憲状態との判断を示し、また、最大較差が2.99倍であった昭和六一年七月六日執行の衆議院議員選挙に関する判決(昭和六三年(行ツ)第二八号他・昭和六三年一〇月二一日言渡)では許容の範囲内との判断がうかがわれるところである。したがって、衆議院議員の定数の較差についての許容限度は、判例上三から四の間、少なくとも一対三前後と認められているといい得るのであって、この判例の動向も、都道府県議会議員の定数を考察する場合の有力な資料となることは多言を要しないところであろう。

以上を総合して考察すれば、公選法一五条七項にいうおおむね人口を基準とするとは、一対三前後の較差までを許容範囲とする一定の幅をもつ概念と定義付けることができるのである。それ故、特例区を除く選挙区間において最大一対三前後の較差をもつ定数条例は、一五条七項但書にいう今一つの構成要件である特別の事情の存在が明らかとなれば、当然、合憲合法として、当該都道府県議会の合理的裁量権の行使の結果として是認されるというところであり、裁判所においても斉しくかかる解釈が採られなければならない。

三 原判決の違法について述べる前に、本件選挙にあたっての定数条例の改正内容を明らかにしておく。

(一) 定数等検討五人委員会の設置と審議状況

前回、昭和五九年一二月の改正において、昭和六〇年国勢調査の結果をまって、更に是正を図るとの見解が示されていた。

昭和六〇年国勢調査の要計表による人口は、昭和六〇年一二月二四日官報に告示され、その結果、特例区を除き最小選挙区と最大選挙区との較差が、3.40から3.69に拡大していることが明らかとなった。都議会は、翌昭和六一年二月二六日、全会派各代表一名による「都議会議員定数等検討五人委員会」を発足させ、是正に向けて検討を開始した。

同五人委員会は、発足以来一年三か月にわたり計一六回の会議を開き、昭和六二年五月二七日に、都議会議長に対して是正の基本となるべき事項を報告した。

審議の対象とされた事項は、公選法関係規定の立法趣旨、同改正の経緯、昭和五六年及び六〇年各選挙に関する東京高裁、最高裁判決の趣旨等であり、種々論議が尽くされ、次の通りの報告がなされた。

(1) 是正にあたっては、東京高裁、最高裁判決を踏まえて、選挙区間の較差を三倍未満にすべきである。なお、具体的な是正に際しては、合区等選挙区の再編成が必要であるという意見もあったが結論には至らなかった。

(2) いわゆる逆転現象については、較差の是正と併せて考慮し、これをできる限り解消するように努めることが適当である。

(3) 北多摩第二選挙区の分区(略)

(4) 上記の趣旨に沿って、東京都の特性に適った選挙区別定数を検討するためには、別途、より多くの意見が反映されるべき検討組織を速やかに設置することが適当である。

(二) 定数等検討委員会の審議

都議会は、右五人委員会の報告を受け、そしてこの間に出された東京高裁第一二民事部判決(昭和六〇年(行ケ)第一一九号・昭和六一年二月二六日言渡)、及び最高裁第三小法廷判決(昭和六一年(行ツ)第一〇二号・昭和六二年二月一七日言渡)等の諸事情を踏まえ、昭和六二年七月一〇日「都議会議員定数等検討委員会」を設置した。

該委員会は、以後、昭和六三年七月一一日まで計一一回の審議を重ねるとともに、並行して小委員会を計二一回開催するなど、精力的に定数是正問題等の全面的検討を行った。

該委員会の審議の主課題は、五人委員会の結論を受けて定数、選挙区及び選挙区別定数配分の適正化に関する事項につき、より幅広い意見を反映した具体案を策定することにあった。このような要請から、審議、検討事項は、次のように広範にわたった。

(1) 昭和六〇年選挙に関する東京高裁と最高裁の各判決

(2) 他府県における定数問題の状況

(3) 今後の人口予測

(4) 東京の特殊性

(5) 学識経験者からの意見聴取

(6) 特別区長会、二六市長会各代表からの意見聴取

(7) 分区、合区、定数配分等に関する千代田区及び小金井市の議会、首長側の意見聴取

(8) 具体的な改正案策定の協議

該委員会は、第一〇回委員会において、小委員会から次のような改正案の骨子となる報告を受けた。

(1) 千代田区は、合区せず、特例区扱いとする。

(2) 前回改正(昭和五九年一二月)の定数増減選挙区は定数変更しない。

(3) 総定数は、法定数(一二八人)どおりとする。

(4) 定数減の順序は、配当基数と現行定数との差が大きい選挙区の順とする。

(5) 北多摩第二選挙区の分区以外は選挙区の変更はしない。

(6) 三多摩と特別区間の不均衡を是正する。

更に、具体的な改正案として、三減四増するもの三案、四減五増するもの二案、五減六増するもの一案の六案を提示し、その較差は3.09倍から3.29倍であった。

(三) 定数等検討委員会の結論

該委員会は、前記小委員会の報告を受け、次のような検討結果を都議会議長に報告した。

(1) 総定数について

現行議員定数は、地方自治法で定められた法定数よりも一名少ない一二七名となっているが、これを法定数まで引き上げることが適当であるという意見が多数を占めた。

なお、行政改革の重要性に鑑み、都議会議員についてもその定数の減員方針は維持すべきものであるとする少数意見もあった。

(2) 選挙区の分区・合区

公選法一五条一項の規定により分区する必要が生じている北多摩第二選挙区については、先の都議会定数等検討五人委員会の報告(昭和六二年五月二七日)のとおり、小金井市と国分寺市・国立市とに分区することが適当である。

その他の選挙区については、次の二つの意見があったが、その一致を見なかった。

① 公選法一五条一項の規制に基づき、選挙区の編成はできる限り「郡市の区域」によるべきであるという考え方から、多摩地域におけるその他の選挙区についても、これを分区すべきであるとする意見

② 較差是正効果の点から及び有権者の意思をできる限り的確に反映させるべきであるという考え方から、むしろ公選法一五条三項の規定に基づく任意合区を進めるべきであるとする意見

(3) 選挙区の定数配分

荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田の各選挙区の定数を各一人増員するという三減四増案を支持する意見が多く、その他少数意見として、次の三案が出された。

① 八減九増案

荒川、港、墨田、渋谷、品川、大田の各選挙区定数を各一人ずつ減員し、さらに千代田区と新宿区、中央区と台東区とを合区のうえ、それぞれ一名ずつ減員する。

また、練馬、八王子、町田、北多摩第五、南多摩、三鷹、日野、立川、武蔵野の各選挙区の定数を各一人ずつ増員する。

② 七減八増案

荒川、港、墨田、新宿、渋谷、文京、目黒の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田、練馬、足立、江戸川、日野の各選挙区の定数を各一人ずつ増員する。

③ 三減三増案

荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹の各選挙区の定数を一人ずつ増員する。

(4) 是正の目途

前記の諸事情について、速やかに是正を図るため、第二回定例会の会期内に所要の条例改正を行うべきである。

四 本会議における定数改正条例の議決

昭和六三年七月一二日の本会議において自民・公明両党共同提案による三減四増案及び共産党提案にかかる八減九増案がそれぞれ上程され、討論後採決の結果、自民・公明両党共同提案による三減四増案が賛成多数で可決された。

いうまでもないところであるが、今回の改正では、最高裁の定数に関する判決を踏まえて、昭和六〇年施行にかかる国勢調査の結果に基づく較差是正を目的としたものであり、その主眼とするところは、少なくとも、較差を三倍以内とすることと、議員一人当り平均人口に対する同選挙区の人口比率(以下「配当基数」という。)が0.546で、昭和六三年推定人口によれば、0.5を切っており、平成二年に実施される国勢調査においても同様のことが予想される千代田区選挙区をどう扱うべきであるかということであったが、結局高度の政治的判断に基づき、千代田区選挙区を今後とも独立選挙区とすべく、そのため今回も特例選挙区扱いとしてこれを存置するという結論であった。そうして、千代田区選挙区を独立選挙区とする根拠は、次項のとおりである。

都議会は、千代田区について次項に詳述するその特殊事情を考慮した上、前述したように総定数を一人増加し一二八人、選挙区については北多摩第二選挙区を小金井市選挙区(定数一人)、北多摩第二選挙区(国分寺市・国立市)(定数二人)とに分区するのみとし、選挙区の定数配分については、荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田の各選挙区の定数を各一人ずつ増員することを議決した。この結果、千代田区を除く選挙区間の較差は、2.65倍となり、特例区扱いとする千代田区を加えても較差は3.09倍と縮小されることとなった。また、逆転現象も四分の一程度減少し、一三選挙区、五二通りと改善され、これは、公選法二六六条二項の特例規定を従前から適用した結果によるものであって、もとよりかかる逆転現象が存在しないことが望ましいが、この程度の存在は違法というべきでなく、都議会の裁量権の範囲内のものというべきである。

五 千代田区選挙区を特例選挙区扱いとして存置させる事由

(一) 昭和六〇年一〇月実施の国勢調査における千代田区の人口は、五万九四三人で、同区選挙区の配当基数は、0.546であった。したがって、右選挙区は公選法一五条三項に規定する、いわゆる任意合区の適用を受ける選挙区であり、都議会における本件条例改正に当たっては、隣接選挙区との合区も検討されたが、都議会が本件条例改正時において、すでに同区の推計人口(昭和六三年七月一日現在)が四万四二二一人であり、平成二年実施予定の国勢調査においては、さらに人口の減少が十分見込まれるため、同国勢調査結果判明後は、同区選挙区が公選法二七一条二項の規定に該当することが確実であることを考慮し、同区選挙区を、そのような場合に立ち至ってもなお、独立の選挙区として存置することとしたが、これは、仮に本件条例改正に際し、同区選挙区を隣接の他選挙区と合区すれば、右国勢調査の結果、同選挙区の配当基数が、0.5を下回ることとなっても、もはや公選法二七一条二項の規定を適用する余地はなく、今後同選挙区を独立の選挙区とする途が閉ざされることとなり、特別区の存する区域内における各特別区相互間の均衡上及び都議会の有する右区域内にかかる市議会としての機能上、重大な支障を生ずることを考慮した結果にほかならない。

(二) 大都市である自治法二五二条の一九第一項の指定都市にあっては、その行政区の区域をもってその市の市議会議員の選挙区とするよう公選法一五条五項但書で定められ、都道府県の議会の議員の選挙区のように、合区は認められていない。これは、大都市にあっては、各行政区の区域が、それぞれ異なった地域特性を有し、市全体の均衡ある発展のためにはそれぞれの地域を代表する議員の選出が必要であり、それ故各行政区の区域をもって選挙区とし、合区を認めないこととしているのである。

この理は、後述(三)③のように、都議会が有する特別区の存する区域にかかる市議会としての機能に照らし、指定都市を超える大都市を形成している都の特別区の存する区域についても、全く同様に適合すべく、都議会が、本件条例改正にあたり、右の理に従い千代田区を独立の選挙区とし、合区しないことと決定したことは、正当かつ合理的なものであり、かえって同区選挙区の隣接選挙区との合区は、公選法一五条五項に但書を加え、大都市行政の均衡ある発展を期することとしている法の趣旨に反することになるものといわざるを得ない。

(三) 千代田区は次の述べるように、その歴史的沿革をはじめ同区における人口の減少と、これに反比例する都市機能の高度集積の進行、これに伴う膨大かつ複雑多様な行政需要の発生、同区における新たな自治の形態、都と特別区との間における他の道府県と市の間にみられない特別な関係、特別区の存する区域の一体的で均衡のとれた発展の維持等そのいずれをとってしても千代田区選挙区を単独の選挙区として存置すべき合理的理由が存するものである。

① 昭和二二年三月、麹町区と神田区とが統合されて千代田区が設置されるまでの間、明治一一年七月、府県会規則制定当時から府(県)議会議員の定数は、同区の前身である麹町区、神田区に配当されており、明治三二年の府県制、昭和一八年の東京都制を通じて増減はあったものの、それぞれ独立した選挙区として定数の配当がなされてきた。また、昭和二二年に千代田区が設置されてから後も同区を独立の選挙区として定数が配当されており、かくて明治以来、現在に至るまで同区には常に都(府)議会議員の定数が配当され、この間定数が配当されなかったことは皆無である。

都の各特別区は、それぞれの地域特性に即して、それぞれの沿革をもって発展を遂げてきており、住民組織、生活形態、産業、経済、住民感情、地域文化など、それぞれに独自のものを有し、それらが相互に関連しつつ一体となって東京という大都市を形成し、発展してきたのであって、それ故、右千代田区における都(府)議会議員の選挙区及び定数の配当の沿革もまた、右のような都の特別区の歴史的発展を反映する必然的所産として評価されなければならないのである。

② 千代田区には、わが国の立法、司法、行政の各最高機関及び主要官公庁の殆どが立地し、わが国の首都機能の大半が集中している。

このため、わが国の資本金五〇億円以上の大規模企業七九一社の約二一パーセントに当たる一六五社が同区に本社を置いていることに象徴されるように、産業、経済、情報機能が高度に集積し、さらにこれに付随して同区常住人口の約二〇倍に達する従業者を主体として一〇〇万人にも及ぶ昼間人口が同区に集中しているのである。また、これらの企業等によって産出される経済価値は巨額であり、その反映ともいうべき法人都民税、法人事業税、法人税などの租税負担をみると、千代田区の人口は都全体の僅か0.4パーセント、特別区全体の0.6パーセントにもかかわらず、同区内の租税負担は全都税の約一九パーセント、特別区全体の都税総額の約二一パーセント、国税の都内総額の約二九パーセント、特別区内の約三一パーセントを占めている。

右のような各種機能の高度集積と活発な人的活動は、当然の帰結としてこれを支援する都市的施設の集積をもたらし、都内に存する一三階以上の高層建築物九七三棟のうち同区内にはその約八パーセントに当たる七九棟が、また、三〇階以上の超高層建築物に限れば総数二〇棟の三〇パーセントに当たる六棟が同区内に存するほか、娯楽施設、飲食店、百貨店、病院、ホテル、運輸・通信施設、道路、公園などいずれをとっても住民一人当たりに換算して、同区におけるそれは特別区住民の平均的数値の数倍ないし十数倍に達し、かつ同区における行政需要もまた複雑多様、膨大なものとなっている。

③ 都は特別区の存する区域において、自治法二八一条及び二八一条の三の規定により、市の行う事務のうち特別区の事務とされる以外の事務を処理することとされ、また、同法二八二条により特別区の事務について特別区相互間の調整上必要な規定を設け、都と特別区及び特別区相互間の財源について調整上必要な措置を講じなければならないものとされている。これは、各特別区がそれぞれ歴史的沿革を持ち、自治体として発展しつつ、さらに渾然一体となって大都市を形成している右区域の特性に着目して、都のみに認められた特別な制度であり、他の道府県や指定都市には全く類を見ないものということができる。

ちなみに、市の処理する事務のうち、都が特別区の存する区域において処理している事務を例示すれば、一般廃棄物及び産業廃棄物等の収集・運搬・処分などの清掃業務、と畜場・へい獣処理・伝染病院・隔離病舎等の設置、狂犬病予防、有害家庭用品の製造などに対する措置命令、興行場・百貨店等の特定建築物の衛生的環境の確保に関する事務、地域地区・都市施設・市街地再開発事業などの都市計画決定に関する事務、特定建築物にかかる建築指導事務、上、下水道の設置・維持・管理、給水及び下水処理事業、消防及び救急業務その他極めて多岐にわたっており、加えて指定都市の処理する事務の多くもまた都が処理しているのである。

これらの事務の処理及び右自治法の規定による各特別区相互間の調整にかかわる事務は、すべて都議会の関与するところであり、これは他道府県議会の有しない都のみに認められる特有の機能というべく、都にかかる市としての機能が存する以上、公選法一五条五項但書の趣旨に即し、各特別区の区域をもって選挙区とするのは、むしろ当然のことといわねばならない。

加えて、各特別区は、明治以来それぞれ区(議)会を有し、独立の自治体として存続、発展しつつ、相互に緊密な連携を保ち、一体となって大都市を形成しており、特別区の存する区域の均衡ある発展を確保するためには、これら各特別区の区域を選挙区としてそれぞれの地域を代表する議員を選出せしめることは都政にとって欠くべからざる要請というべきである。

④ 千代田区は、昭和六〇年七月、同区政運営の大綱を定めた同区基本計画の見直しを行い、右計画に基づき同区の都市整備の基本方針として、昭和六二年一〇月、「千代田区街づくり方針」を策定した。この街づくり方針は、常住人口のおよそ二〇倍に相当する一〇〇万人に及ぶ昼間人口の集中と大規模事業所の高度集積に伴う膨大な行政需要に対応するため、「住民、企業、行政」が三位一体となって街づくりを推進することが必要であり、そのため昼間人口を昼間区民と位置づけ、町会組織をはじめ、地域における各種団体も地域に開かれた組織として、企業及び在勤者を含んだ自治組織へと発展し、その基盤が強められることを期待している。

右街づくり方針における住民・企業・行政が一体となった新たな自治の形態は、他に類例を見ない都心部千代田区特有の、したがって、既存の地方自治の概念をもってしては対応の困難な、新たな課題を解決するための必然的な帰結であり、また新たな形態の自治を模索しつつある千代田区を他の条件を異にする自治体と同一に論ずることは甚だ不適切というほかはなく、千代田区についての主張を、昼間人口論を基礎とするものとの裁判所の認識は、この主張の内容を正当に評価していないし、そのことは判決に重大な影響を及ぼす誤認である。

六 本件条例の合法性

以上、本件条例において、千代田区を独立の選挙区として存置することとした都議会の決定は、正当かつ合理的理由が存するものというべく、同区選挙区を独立の選挙区として存置する以上は、最少議員定数として一人を配当すべきことは明らかであるから、かかる考慮のもとに同区選挙区に配当された議員定数をもって算定された選挙区間の較差が三倍を超えることとなっても、それが三倍に近い較差にとどまっている間は、その程度の較差の存在は、憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するものといえず、都議会に認められた裁量の範囲内にとどまるものであるといわねばならない。

加えて、右較差は、最高裁第三小法廷判決(昭和六一年(行ツ)第一〇二号・昭和六二年二月一七日言渡)において「定数が一人で人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合、それぞれの議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生ずることがありうるが、それは右に述べた公選法の選挙区割りに関する規定に由来するものであって、当該議員定数配分規定をもって同法一五条七項の規定に反するものということはできない。」と判示されているところの公選法の選挙区割りに関する規定に由来する較差に極めて近い較差であり、しかも右較差を示す選挙区が、唯一、千代田区選挙区と日野市選挙区(いずれも定数一人の選挙区である。)との間にのみ存している本件条例による選挙区別議員定数の配分は、憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するものとは到底いうことができないものである。

いずれにしても、本件条例は、都区制度及び千代田区に特有の事情を正当に評価し、その人口数の如何にかかわらず独立選挙区とすべきものとの思想から特例区扱いの独立選挙区として存置したものであるから、議員一人当たりの人口較差を問題とする場合は島部選挙区の場合と同じく、むしろこれを除いた選挙区間の較差が第一次的に問題とされるべきところ、その較差は台東区選挙区を基準とする2.65倍程度に改善されたのであるから、本改正による定数条例を違法というべき筋合いはなく、千代田区を加えた場合の較差が3.09倍程度であっても、これは人口数にかかわらない前記の特別事由に基づく選挙区設定の結果によるものであるから合理的較差として許容されるところというべく、結局、本件条例により定数問題についての違法は解消されたものといわなければならない。

七 原判決の違法性

ところで原判決は、「議員定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、地方公共団体の議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決する外はないところ、具体的に決定された定数配分のもとにおける選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮することができる諸般の要素を斟酌してもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや地方公共団体の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるを得ないものというべきである。」と判示しているが、この部分についての抽象的解釈論には上告人もさしたる異論をもつものではない。しかし、問題は公選法一五条七項但書の具体的解釈論、換言すればこの規定における都道府県議会の具体的裁量権をどの範囲まで認めるのが正しい解釈かによって、その様相を全く異にすることとならざるを得ず、結局のところ、①「おおむね人口を基準として」の意味合いと、②「地域間の均衡を図る特別の事情」の解釈如何ということにつきよう。

①についての首題は投票の価値の平等と地域代表の確保という要請に基づく人口較差との兼合いの問題であり、現行法が同法二七一条二項を存置せしめ、同条と本条但書とをもって、人口を基準としながらも地域代表確保を図る途を開くことによって、地域間の均衡を保ち、もって憲法の要請する公正かつ効果的代表制度確立に寄与せしめんとしている以上、定数配分に際し特例選挙区を除く選挙区間において特別の事情から一対三程度までの較差を有する選挙区を存置せざるを得なくなったというような場合においては、その程度の較差はなお、おおむね人口を基準とするとの解釈の許容範囲内にあるとするのが正当な解釈論というべきであり、しかも、第二項で詳述したごとく判例上でもこの程度までの較差は許容範囲内として承認しているのであるから、当然、原判決も同旨の判決をすべき筈のものである。しかるに、原判決は、明示はしていないものの前回の東京高裁判決(昭和六〇年(行ケ)第一一九号・昭和六一年二月二六日言渡)と同様一対二前後程度をその許容範囲とするとの思想に立脚し、かつ、上告人が最高裁判所の判例が三倍から四倍の間程度の較差を許容していると主張していると誤解し、最高裁判所は当然には右程度を許容しているとは解されないとして、本件一対3.09倍を裁量権の合理的行使に反するとして、違法と判断した。しかしながら、上告人は、原審で衆議院議員の定数のそれにつき三倍から四倍までの間程度が許容されていると解されると主張したに過ぎず、都道府県議会議員の定数につき当然右と同じであると主張していたものではない。上告人は、都道府県議会議員については一対三前後程度までが許容されているところであると主張し、それが判例上も認められているところであると主張していたに過ぎない。国会が、衆・参両院の二院制であるのに対し、都道府県議会は一院制で、それだけに人口比だけでなく、地域性も十分反映できるように選挙区、定数を定めるべきであると考えるからである。いずれにしても、本件の一対3.09倍は、公選法一五条七項但書のおおむね人口を基準としての許容範囲内というべきであるから、これに反し、これを違法とした原判決の法解釈の誤りは明らかといわねばならない。

なお、原判決はいわゆる逆転現象を違法の要素として強調するが、第四項で明らかにしているごとく、今回の改正により四分の一程度これが減少され、一三選挙区、五二通りに改善され、しかも、それが主に特別区間に残存する状態となっているところ、かかる現象は、公選法二六六条二項の特別規定を従前から適用してきた結果によるものであって、もとよりかかる逆転現象が存在しないことが望ましいが、前記改善の結果を斟酌し、逆転現象がそもそも定数問題上は副次的要因であることを考慮した場合、これを過大評価し、3.09を許容範囲を超えると判断するのは妥当性に欠け、正しくはなお、合理的裁量権の範囲内にあると判断すべき筋合のものといわなければならない。なお、原判決は、二人も逆転している代表選挙区として練馬区対杉並区を挙示しているが、杉並区選挙区は配当基数どおりの定数配分を受けているのであるから、これをしも逆転という呼称の対象とすることに多大の疑義を持たざるを得ないものである。

次に、②「地域間の均衡を図る特別の事情」についての解釈であるが、定数配分がもともと複雑かつ高度な政治的考慮と判断に基づき決定される事柄である以上、特例区についての最高裁判所の判示にあるとおりその決定したところが極端に不合理と解し得られない限り、合理的裁量権行使の範囲内のものとして容認し、軽々しくこれを非難してはならないところのものであり、前記第五項(一)で明らかにしているごとく、本件条例改正時における千代田区選挙区の推計人口に基づく配当基数が既に0.5を割るに至り、平成二年一〇月実施の国勢調査においては、さらにその人口の減少が見込まれる状況を踏まえ、東京都議会はその場合においても、千代田区選挙区を特例選挙区として引き続き独立選挙区として存続させる必要があり、万一、一度、合区に踏み切ったときは、以後独立選挙区として存置させることが不可能であり、そうなっては、かえって、折角の地域代表を確保して都政の発展に寄与せしめんとする政策目的の実現に背馳する結果を招くという高度の政治的判断からあえて独立の選挙区として存続させることとしたものである。それ故、右は優に前記一五条七項但書にいう特別の事情に該当するものであり、これを「被告の主張は公選法二七一条二項の適用が問題となった際に考慮されるべき事項」との形式論によって排斥した上、「それは過度に都議会議員の地域代表的性格と強調するもの」と断定し、裁量権の合理的行使にあたらないとした原判決は、本件につき都道府県がもつ裁量権を正解しない独断的判断であり違法というほかない。

八 結論

結局、千代田区選挙区を前述のとおり特例区扱いとして存続させ、三減四増を内容とする本件定数配分規定改正は、その合理的裁量権の行使として当然是認されなければならないものである。

以上の次第につき、原判決は破棄され、上告の趣旨のとおりの判決を求めるものである。

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