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最高裁判所第三小法廷 平成20年(受)12号 判決 2008年10月07日

主文

原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人古田兼裕,同山本大助,同藤本一郎の上告受理申立て理由について

1  本件は,上告人運転の自転車と,被上告人Y1運転の普通貨物自動車(以下「被上告人車」という。)とが交差点において衝突し,上告人が重傷を負った交通事故(以下「本件事故」という。)について,上告人が,被上告人Y1に対し,自動車損害賠償保障法3条又は民法709条に基づき,上告人が被った人的損害の賠償を求め,被上告人Y1との間で自動車保険契約を締結していた保険会社である被上告人Y2(以下「被上告人会社」という。)に対し,同保険契約に基づき,上告人と被上告人Y1との間の判決の確定を条件に,同額の保険金の支払を求める事案である。

2  原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)  本件事故は,平成14年7月7日午前7時50分ころ,兵庫県姫路市内の国道250号線の交差点において,同交差点東側の横断歩道を北から南に向かって進行していた上告人(当時12歳)運転の自転車と,上記国道を西から東に向かって進行していた被上告人車とが衝突したというものである。本件事故における上告人と被上告人Y1の過失割合は,いずれも5割である。

(2)  本件事故により,上告人は,脳挫傷,頭部打撲等の傷害を負い,入通院による治療を受けたが,平成15年5月27日,高次脳機能障害等の後遺障害を残して症状固定し,同後遺障害により労働能力を100%失った。

(3)  本件事故により上告人に発生した人的損害(弁護士費用に係る損害を除く。)は1億7382万8332円(治療費,将来の介護費,住宅改造費,逸失利益,慰謝料等の合計)である。

(4)  被上告人Y1は,本件事故当時,被上告人会社との間で,被上告人Y1が被上告人車によって第三者に加害を及ぼし損害を生じさせた場合に当該第三者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について,被上告人Y1と当該第三者との間で判決が確定し又は裁判上の和解若しくは書面による合意が成立したときに,当該第三者が直接被上告人会社に上記金額の支払を請求することができる旨の約定を含む自動車保険契約を締結していた。

(5)  上告人の父であるAは,本件事故当時,B(以下「訴外保険会社」という。)との間で,上告人も補償の対象者に含む人身傷害補償条項(以下「本件傷害補償条項」という。)のある自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を受領した者が他人に損害賠償を請求することができる場合には,訴外保険会社は,その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,上記の損害賠償に係る権利を取得する旨の約定がある。

(6)  上告人は,本件傷害補償条項に基づき,訴外保険会社から,本件事故による上告人の人的損害について,567万5693円の保険金(以下「本件傷害保険金」という。)の支払を受けた。

(7)  上告人は,平成16年2月23日,自動車損害賠償責任保険から,本件事故の損害賠償として,3000万円の支払を受けた(以下,これを「本件自賠責保険金」という。)。

3  原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,6368万2222円及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人Y1に対する請求を認容し,上告人と被上告人Y1との間の判決の確定を条件に上記と同額及び遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の被上告人会社に対する請求を認容した。

(1)  上記2(3)の損害額1億7382万8332円に上告人の過失割合5割による過失相殺をした後の8691万4166円から本件傷害保険金の額である567万5693円を控除すると,残額は8123万8473円となる。そして,同金額に対する本件事故の日である平成14年7月7日から本件自賠責保険金が支払われた平成16年2月23日までの年5分の割合による遅延損害金は664万3749円であるから,本件自賠責保険金3000万円については,まず上記遅延損害金に充当され,残額(2335万6251円)が元本に充当される結果,未てん補の損害額(弁護士費用に係る損害を除く。)は5788万2222円となる。

上告人は,本件傷害保険金567万5693円のうち被上告人Y1に対する損害賠償請求に当たって控除することができるのは,同金額に被上告人Y1の過失割合を乗じた額に限られる旨主張するが,採用することができない。

(2)  本件事故と相当因果関係がある弁護士費用に係る損害の額は580万円とするのが相当である。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,本件傷害保険金は,上告人の父が訴外保険会社との間で締結していた本件保険契約の本件傷害補償条項に基づいて上告人に支払われたものであるというのであるから,これをもって被上告人Y1の上告人に対する損害賠償債務の履行と同視することはできない。また,前記事実関係によれば,本件保険契約においては,本件保険契約に基づく保険金を支払った訴外保険会社は同保険金を受領した者が他人に対して有する損害賠償請求権を取得する旨のいわゆる代位に関する約定があるというのであるから,訴外保険会社は,本件傷害保険金の支払によって,上告人の被上告人Y1に対する損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)の一部を代位取得する可能性があり,訴外保険会社が代位取得する限度で上告人は上記損害賠償請求権を失うことになるのであって,本件傷害保険金の支払によって直ちに本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権が消滅するということにはならない。そして,原審が確定した前記事実関係からは,本件傷害補償条項を含めて本件保険契約の具体的内容等が明らかではないので,上記の代位の成否及びその範囲について確定することができず,訴外保険会社が本件傷害保険金の金額に相当する本件損害賠償請求権を当然に代位取得するものと認めることもできない。

ところが,原審は,本件傷害補償条項を含む本件保険契約の具体的内容等について審理判断することなく,本件損害賠償請求権の額を算定するに当たり,上告人の損害額から上告人の過失割合による減額をし,その残額から本件傷害保険金の金額を控除したものである。しかも,上告人は,原審において,本件傷害保険金のうち被上告人Y1の過失割合に対応した金額に相当する本件損害賠償請求権を訴外保険会社が代位取得する旨の合意が上告人と訴外保険会社との間で成立している旨主張していることが記録上明らかであるが,原審は,この合意の有無及び効力についても何ら審理判断していない。そうすると,原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,上記の点等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

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