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最高裁判所第三小法廷 平成21年(受)1527号 判決 2010年4月27日

上告人

学校法人X塾

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

那須國宏

岩﨑友就

﨑田祥子

同訴訟復代理人弁護士

安田昂央

被上告人

同訴訟代理人弁護士

松井仁

山下幸夫

上記当事者間の福岡高等裁判所平成20年(ネ)第546号従業員の地位確認等請求事件について、同裁判所が平成21年5月19日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人那須國宏ほかの上告受理申立て理由について

1  本件は、上告人の経営する大学受験予備校の講師として講義を担当してきた被上告人が、平成18年度の出講契約締結をめぐって上告人との間で紛争になり、同契約が締結されなかったことが違法な雇止めに当たるなどとして、上告人に対し、雇用契約上の地位確認、賃金及び慰謝料の各支払等を求める事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1)  被上告人は、昭和56年に、上告人との間で、その経営する大学受験予備校で非常勤講師として講義を担当する旨の期間1年の出講契約を締結し、以後、平成17年に至るまで同旨の期間1年の契約を繰り返し締結してきた。被上告人が担当する正規の講義の週当たりのコマ数(以下にいうコマ数は、正規の講義についてのものである。)は、毎年の出講契約において定められ、講義料単価に担当コマ数を乗じて講義料が支払われることになっており、被上告人は、週7コマ前後のコマ数を担当するほか、上告人から個別に依頼された講習や模擬試験問題作成等を担当してきた。なお、非常勤講師は、出講契約上、専任講師と異なり、他の予備校の講師との兼業を禁止されていなかったが、被上告人は、一時期を除いて兼業せず、ほぼ上告人からの収入だけで生活してきた。

(2)  上告人は、毎年、予備校の受講生に対して講師や授業に関するアンケートを行っており、その結果に従って、A1からEまでのランクにより各講師の講義を評価し、出講契約を更新する際には、上記の評価が担当コマ数割当て等の参考とされることになっていた。

(3)  上記アンケート結果に基づく評価によれば、平成15年度から同17年度にかけての被上告人の講義はいずれもD評価とかなり低いのに対し、同じ科目を担当する他の講師らの講義の評価はA2やB2と高評価であった。被上告人は、同年度は週7コマの講義を担当していたが、上告人は、当該科目につき評価の高い講師の担当コマ数を増やし、被上告人のそれを減らすこととし、平成17年12月、被上告人に対し、いわゆる浪人生の減少に伴い受講生の大幅な減少が予想されることや、上記アンケート結果に基づく評価が低かったことを理由に、平成18年度の被上告人の担当講義を週4コマにしたい旨を告げた。

これに対し、被上告人は、担当コマ数が削減されると収入が大幅に減少するとして、平成18年度も従前どおりのコマ数での出講契約とするよう求めた。しかし、上告人は、これに応じず、平成18年2月24日付け文書で、次年度の出講契約を締結するのであれば、同封した週4コマを前提とする契約書を同年3月7日までに返送するよう通知した。

被上告人は、同月2日付け文書で、週4コマの講義は担当するが、合意に至らない部分は裁判所に労働審判を申し立てた上で解決を図る旨の返答をし、同契約書を返送しなかった。そこで、上告人は、業務内容及びこれに対する報酬額は出講契約の基本となるものであるから、被上告人がいうような便宜的な扱いはできないとして、同月10日までに同契約書を返送するよう再度求め、返送がない場合には、他の講師との間で出講契約の締結交渉をしなければならなくなるから、被上告人との契約関係は終了することになる旨通知した。しかし、被上告人は、これに返答せず、上告人の担当者からの確認に対しても、同契約書を提出する意思はない旨回答し、平成18年度の出講契約は締結されなかった。

3  原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、被上告人の請求のうち慰謝料請求を一部認容すべきものとした。

平成18年度の出講契約が締結されなかったのは被上告人の意思によるものであるが、被上告人が契約書を提出する意思はない旨を表明するに至ったのは、上告人が被上告人の提案した解決策を一顧だにしないなど強硬な態度に終始したからである。上告人のこの態度は、自己の立場を貫徹するに急で、コマ数削減が被上告人の生活に与える影響への配慮に欠けるとともに、出講契約が労働契約であることに対する無理解に基づくものであり、これが被上告人を追い込んで冷静な行動を採ることを困難にしたものである。そうすると、上告人の上記態度での対応は被上告人に対する不法行為に当たるというべきである。

4  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間の出講契約は、期間1年単位で、講義に対する評価を参考にして担当コマ数が定められるものであるところ、上告人が平成18年度における被上告人の担当講義を週4コマに削減することとした主な理由は、被上告人の講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったことにあり、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、被上告人の担当コマ数を削減するという上告人の判断はやむを得なかったものというべきである。上告人は、収入に与える影響を理由に従来どおりのコマ数の確保等を求める被上告人からの申入れに応じていないが、被上告人が兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業をしていた時期があったことなども併せ考慮すれば、被上告人が長期間ほぼ上告人からの収入により生活してきたことを勘案しても、上告人が上記申入れに応じなかったことが不当とはいい難い。また、合意に至らない部分につき労働審判を申し立てるとの条件で週4コマを担当するとの被上告人の申入れに上告人が応じなかったことも、上記事情に加え、そのような合意をすれば全体の講義編成に影響が生じ得ることからみて、特段非難されるべきものとはいえない。

そして、上告人は、平成17年中に平成18年度のコマ数削減を被上告人に伝え、2度にわたり被上告人の回答を待ったものであり、その過程で不適切な説明をしたり、不当な手段を用いたりした等の事情があるともうかがわれない。

以上のような事情の下では、平成18年度の出講契約の締結へ向けた被上告人との交渉における上告人の対応が不法行為に当たるとはいえない。

5  以上と異なる見解の下に被上告人の慰謝料請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、上記部分に係る被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は正当であるから、上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 近藤崇晴)

《上告受理申立理由書》

平成21年(受)第1527号

平成21年(ネ受)第59号 従業員の地位確認等請求上告受理申立事件

上告受理申立人 学校法人X塾

相手方 Y

上告受理申立理由書

平成21年7月28日

最高裁判所 御中

上告受理申立人訴訟代理人

弁護士 那須國宏

弁護士 岩﨑友就

弁護士 﨑田祥子

上告受理申立理由

頭書の事件についての、上告受理申立人の上告受理申立理由は次のとおりである。

第1 本件事案の概要

1 本件事案は、本件上告受理申立との関係でいえば、申立人と申立人の非常勤講師である相手方との平成18年度のレギュラー授業・各講習の授業への出講、教材の執筆・監修、試験問題の出題・監修、答案の採点、出版物等の原稿執筆、等に関する基本契約(以下「本件出講契約」という)の締結交渉に関し、申立人の相手方に対する不法行為があったか否かが争われている事案である。

2 そして、原判決が、一審判決の「1 争いのない事実等(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)」欄に摘示されている事実に一部補正を加えたうえで「前提事実」として摘示しているところ(以下「前提事実」という)によれば、本件出講契約締結交渉の経緯は以下のとおりである。なお、片仮名の横の括弧書の数字は、原判決の前提事実における項数を表す。

ア(8) 申立人は、平成17年11月26日、福岡校及び北九州校の講師を対象とする講師情報交換会を開催し、今後の全国における浪人発生数の推移についての資料等(書証省略)を示して、申立人の事業環境が今後厳しくなることについて説明した。なお、相手方は、仕事の都合により、上記講師情報交換会に参加しなかった。

イ(9) 申立人は、平成17年12月、相手方に対し、平成18年度の模試問題の作成及び模試原案検討会議への出席を依頼した(書証省略)。

ウ(10) 申立人のB西日本地区本部長(以下「B本部長」という。)、C西日本地区教務部部長(以下「C部長」という。)及びE福岡校校舎長は、平成17年12月15日、相手方と面談し、B本部長が、相手方に対し、福岡校の大学受験科の塾生数は現在1600人台であるが、次年度、次々年度には浪人生の減少が予想され、塾生数も平成18年度には300人程度減少し、平成19年度には更に300人程度減少することが予想されること、相手方の担当講義について申立人が実施した受講生からの授業アンケートの結果が悪いことを理由に、平成18年度は、レギュラー授業の1週当たりの出講コマ数(以下、各年度のレギュラー授業の週コマ数を、単に「コマ数」又は算用数字と合わせた「コマ」と表記することがある。)を7コマ(1コマ90分。以下、同じ。)から4コマに削減すること、平成19年度においてもこの程度の出講コマ数の契約になった場合には申立人が設けた私学共済組合への加入基準に該当しなくなるので私学共済組合から脱退してもらうことになる旨通告した。

これに対し、相手方は、申立人の提示は講師間のコマ数の入替えである旨発言し、申立人の提示では、相手方の収入が4割以上減少することになり、生活できなくなるとして再考を求めたが、B本部長は、相手方の授業アンケートの満足度がDランクであったことから、相手方の講義は期待する成果が出ていない、生徒のニーズを満足させていないことが出講コマ数削減の最大の理由であり、これを客観的に裏打ちするものが授業アンケートの評価であって、相手方についてはこのアンケート結果が悪いので出講コマ数を4コマに削減することはやむを得ない旨回答し、相手方の再考を求める質問に対しては、約束はできない旨回答した。

エ(11) 相手方は、平成18年1月15日、B本部長に対し、相手方の次年度のレギュラー授業のコマ数を7コマから4コマに削減することは、相手方の生活に重大な影響を与え、その根拠が申立人が実施した授業アンケートの評価であることに納得できないので、再考を求める旨の要望書を提出した(書証省略)。

オ(12) B本部長及びC部長は、平成18年2月12日、相手方と面談し、相手方からの要望書については検討したが、相手方の出講コマ数の削減は、すべての講師について同一条件で行っている授業アンケートの結果に基づくものであり、相手方が自己の講義について独自に行ったアンケート結果と他の講師のアンケート結果とを比較することはできず、検討の結果は変わらない旨述べた上、平成18年度の講師業務依頼予定表を示した。

その内容は、相手方の平成18年度における業務内容につき、平成17年度と比較すると、レギュラー授業が7コマから4コマに、夏期講習が20コマから15コマに、冬期講習が20コマから10コマに削減され、給与及び報酬の合計額も417万9600円から246万6150円へと約40%削減となるものであった(書証省略)。

これに対し、相手方は、B本部長に対し、このような内容では合意することはできない旨伝え、今後も雇用の継続を望むこと及び従前のコマ数の授業を継続する意思をもって争うことを伝えた。

カ(13) 相手方は、平成18年2月15日、福岡労働局長に対し、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(以下「個別労働関係紛争解決促進法」という。)に基づくあっせんの申請をしたが、福岡紛争調整委員会は、同月23日、申立人があっせんの手続に参加する意思がない旨の表明をしたことを理由に、あっせんを打ち切った(書証省略)。

キ(14) B本部長は、平成18年2月24日付け文書で、相手方に対し、相手方から平成18年度の出講契約について申立人の出講コマ数等の提案では締結できない旨回答があったので、最終的に相手方の意思を確認したい、出講契約を締結するのであれば同封した契約書(書証省略)に署名、押印の上、同年3月7日までに申立人に到着するよう返送されたい、上記期日までに返送されない場合には、相手方の意思は出講契約を締結しないものであると判断し、契約は不成立となり、相手方との本件出講契約は終了となる旨通知した(書証省略)。

ク(15) 相手方は、平成18年3月2日付け文書で、B本部長に対し、裁判所に労働審判を申し立てて司法の場で問題の解決を目指すこと、過去25年間契約が更新されてきたのと同様、次年度も雇用が継続されることを望む意思に変わりはないこと、仮に、司法の場での紛争解決が長引いたとしても、既に申立人から提示されている平成18年度のレギュラー授業週4コマの仕事、既に依頼されている平成18年度の模試問題作成の仕事等を、これまでどおり誠実に行う意思に変わりがない旨通知した(書証省略)。

ケ(16) 相手方は、平成18年3月7日までに、申立人に対し、上記キの契約書を返送しなかった。そこで、B本部長は、平成18年3月7日、相手方に対し、電子メール及び内容証明郵便で、業務内容及びこれに対する報酬額は、出講契約の基本となる重大な要素であり、これらについて全面的な合意が成立しなければ契約は不成立となること、申立人の申込みによる出講契約の内容は既に提示してあり、相手方の意思のうち、申立人の提示と合致する部分について契約が成立し、合致しない部分については今後の話合いによるなどという便宜的なものではないこと、出講契約を締結する意思がある場合には、平成18年3月10日までに、既に送付済みの契約書に署名、押印の上、申立人に提出すること、上記期日までに契約書が提出されない場合には、相手方には申立人の契約申込みに対する承諾の意思がないものとして取り扱うこと、その場合には、申立人の事業の必要上、他の人との出講契約の締結交渉を開始する必要があり、申立人の契約締結の申込みは撤回し、相手方との本件出講契約は終了となることなどを通知した(書証省略)。

コ(17) C部長は、平成18年3月10日、相手方に対し、電話で、同月7日付けの電子メールを読んだか、次年度の契約書を提出する意思があるかについて確認したところ、相手方は、電子メールは読んだが、次年度の契約書を提出する意思はない旨回答した。

サ(18) B本部長は、平成18年3月11日、相手方に対し、同月10日を経過しても相手方から契約書が提出されなかったため、相手方には平成18年度の出講契約締結の意思がないものとして取り扱い、申立人からの出講契約締結の申込みは撤回し、相手方との本件出講契約は現契約の期間満了をもって終了となること、それに伴い既に依頼済みである平成18年度の模試問題の作成については、この書面をもって依頼を撤回すること、相手方の私学共済組合の加入者資格は同年3月31日をもって喪失となることなどを通知した(書証省略)。

シ(19) B本部長は、平成18年3月15日、相手方に対し、電話で、平成18年度の出講契約が不成立となったため、本件出講契約は同月31日で終了する旨連絡した。

ス(20) 申立人は、平成18年3月25日頃、相手方に対し、私学共済組合脱退に関する手続の案内をしたが、相手方は任意継続の手続を取った(書証省略)。

(以上、一審判決4丁~8丁及び原判決3丁~6丁)

第2 原判決には、不法行為を判定するにあたり、以下の判決に影響を及ぼすことが明かな法令違反があり、民事訴訟法318条1項の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件である。

1 原判決の判示事項

原判決は、「本件出講契約が締結されなかったのは、最終的には控訴人自身の意思によるものである。しかしながら、他方で、被控訴人が、控訴人が申し立てた福岡労働局長に対するあっせんの申請について、同手続に参加する意思がない旨表明し、さらには、控訴人が膠着状態を打開するために建設的な打開策を提案した際にもこれを一顧だにしないなど、強硬な態度に終始したものであり、そのような被控訴人の態度が、控訴人をして上記のような消極的な抵抗に駆り立てたといっても過言ではない。被控訴人のこの様な態度は、自己の立場と主張を貫徹することのみ急で、コマ数減により被控訴人からの収入も大幅に減少し、ひいては生活が成り立たなくなるという控訴人の切実な反論とその境遇に対する配慮に欠けること甚だしいものであり、同時に前記1で見たところの本件出講契約が労働契約であることに対する無理解からくるものである。そうすると、被控訴人のいささか理不尽ともいうべきこの様な強硬一辺倒の態度が、折角建設的な提案をしている控訴人をして、自己の労働契約上の権利に依拠して冷静な対応をすることを断念させて、上記のような消極的な抵抗へと追い込んでいったという面があることを否定できないのであるから、その限りで被控訴人の上記のような対応は控訴人に対する不法行為を構成するものであり」と判示している(原判決20丁~21丁)。

2 処分権主義または弁論主義違反

ところで、本件訴訟において、相手方が不法行為として主張していたのは、原判決が「第2 事実の概要」の「2 争点」の(8)(原判決12丁)で摘示しているとおり「違法な雇止め」であるところ、原判決は、これについては「本件出講契約の終了を被控訴人による雇止めであると認めることはできない」と判示しながら(原判決20丁)、相手方の主張していない、本件出講契約の締結交渉過程における申立人の「態度」をもって不法行為としている。

これは、当事者(相手方)が申し立てていない事項について判決をしたものであって、民事訴訟法246条に違反するものである。

この点、訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求であって、不法行為の内容によって訴訟物が異なることはないとの考え方が存するかも知れないが、不法行為は千差万別であって、不意討ち裁判を避けるためにも、不法行為の内容によって、訴訟物は別個と考えるべきである。

また、仮に訴訟物が同一であって、原判決が当事者の申し立てない事項について判決をしたものでなくても、民事訴訟においては弁論主義が採られており(人事訴訟法20条、19条の反対解釈)、原判決はこの弁論主義に悖るものである。

以上、いずれにしても、原判決は、民事訴訟法246条の処分権主義または人事訴訟法20条、19条等の反対解釈から導き出される弁論主義に違反し、このため申立人の攻撃防禦の機会を奪ったものであり、この違反によって判決に影響を及ぼすことが明らかであって、民事訴訟法318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」に該当する。

3 契約自由の原則ないしは表現の自由違反

(1) 申立人と相手方との間の出講契約は、それが、申立人の主張しているとおり請負ないし準委任契約であろうと、原判決が判示したように労働契約であろうと、単年度毎の相手方との法律関係はあくまで当該年度毎に締結される出講契約により規律されるものであることは原判決も判示しているところである(原判決17丁7行~9行)。

然からば、申立人と相手方との間では、毎年単年度毎の新しい出講契約が締結されるのであり、ここには、当事者双方に契約自由の原則が妥当する。そして、この契約自由の原則は、我国私法における大原則の一つであり、強行法規、公共の福祉(民法1条1項)、信義誠実の原則(民法1条2項)、権利の濫用(民法1条3項)、公序良俗(民法90条)によって制約されるだけであって、最大限に尊重されなければならない。

そして、この契約自由の原則の中には、当事者の契約内容についての提案の自由を含んでいるというべきである。

また、契約当事者は、その契約締結交渉の中で、自由に意見を述べることを憲法21条1項の表現の自由の内容として保障されている。

(2) 原判決は、本件出講契約交渉における申立人の「態度」が「自己の立場と主張を貫徹することのみ急で、コマ数減により被控訴人からの収入も大幅に減少し、ひいては生活が成り立たなくなるという被控訴人の切実な反論とその境遇に対する配慮に欠けること甚だしいもの」で「いささか理不尽ともいうべき強硬一辺倒の態度」と判示している(原判決21丁6行~12行)。

原判決のこのような評価自体が誤りであることは後述するが、仮にこの評価を前提としても、そもそも、原判決のいう申立人の「態度」は、契約締結交渉の中で、契約当事者という利害が対立した者の間でとられたものである。そしてこのような利害対立当事者間では、各人の提案・意見は、当然に相手方の利益を損なうものであって、これが公共の福祉に反する等、した場合には、前記契約自由の原則ないしは言論の自由が制約され、その提案・意見が違法とされる場合があるに過ぎない。この点、原判決は申立人の有する営業の自由・表現の自由が相手方の法益(その内容は明確ではない)との関係でどのように制約を受けるかという基準を明確にしないまま、単に担当コマ数減により、相手方の申立人から受ける収入が大幅に減少し、ひいては生活が成り立たなくなるという相手方の切実な反論とその境遇(相手方は兼職が可能であって、その生活が成り立たなくなるなどということが無いことは後述のとおり)に対する配慮に欠けること甚だしいことのみをもって、申立人の「態度」に違法性を与えているのであり、このようなことが、前記契約自由の原則ないしは言論の自由の保障を制約して、申立人の「態度」に違法性を与えるものとは到底いえない。

(3) さらに進んで、原判決の申立人の「態度」に対する前記評価についてみるに、原判決は、本件出講契約交渉にあたり、申立人が行った、相手方の担当コマ数4コマ(前年度比3コマ減)の提案の合理性は認めている(原判決18丁6行)。

また、原判決は「控訴人としても、予備校の非常勤講師という特徴からすれば、必ず前年と同じ内容の契約が締結されるべきことを求める権利やそれを期待することができる地位にあるとまでいうことはできない」とも判示している(原判決17丁16行~18行)。

そして、一審判決も「本件出講契約の終了に至る経緯については、前記争いのない事実等(9)ないし(18)及び前記(5)で認定したとおりであって、その経緯に照らして判断すれば、被告において、平成18年度の被告九州地区公民科の総コマ数や原告への提示コマ数を決定した過程及び被告がその内容を原告へ提示した過程について、格別不合理又は不相当な点は認められない(この過程での被告の原告に対する出講コマ数4コマの提示が、原告の合理的期待を侵害するものでないことは前記認定のとおりである。)。

また、被告のコマ数4コマの提案に対して原告が受入れを拒絶し、被告に再考を求めた後の被告の対応についてみても、原告の意見や提案に対して、被告としては、必要な説明を行っているもので、不合理とはいえず、むしろ被告としては、原告との間で合意に至ることができるのであれば平成18年度の出講契約を締結しようとの考えのもと、原告との交渉を安易に一方的に打ち切ることはせず(被告が、原告に対し、平成18年3月10日までの回答を求めた点についても、本件出講契約が継続されない場合には、被告は、原告の代替となる講師を確保する必要があり、原告の担当予定コマ数が4コマで、少なくなかったことからすれば、平成18年度の開講に先立ち、相当の対応期間が必要であったとの判断は、相当である。)、原告に対して被告の見解を説明し、理解を求めようとしていた姿勢もうかがえるのである。

この点、原告が、平成18年度の出講契約に関する被告との交渉の過程で、前年度の7コマと同水準のコマ数を希望するが、少なくとも被告が提示した4コマの範囲の仕事及び被告が平成17年12月に既に原告に依頼していた模試問題の作成等の仕事については引き受ける意思があると話したのに対し、被告が、レギュラー講義の週コマ数について全面的に合意できない以上、平成18年度の出講契約を締結する余地はないとして、依頼済みの模試問題作成等の業務も含めて、原告との間の一切の契約を締結しないとの判断をした経緯についてみても、証拠(省略)により認められるように、被告としては、授業アンケート等を踏まえて講師間のコマ数割りの案を決定し、それを各講師に既に提示しており、その後に一部の講師が被告の提示を受け入れないからといって、安易に全体のコマ数割りを大幅に修正することは困難であること、原告と平成18年度の出講契約を締結できない場合には、4月中旬の新年度開講までに、代替の講師を手配する必要があったこと、仮に、平成18年度の出講契約に関する原告の上記のような暫定的提案に応じた場合には、被告は、平成18年4月以降も、原告との間で出講コマ数に関する紛争を残した形で、講義運営を計画・実施しなければならず、年度中に講師が交代となることによる生徒への影響や、原告の出講契約の内容が変更になることによる他の講師のコマ割りへの影響が懸念されたこと、被告としては、平成18年度の講義運営を安定的かつ確実に実施するという観点から、前年度末の時点で、翌年度のコマ数やコマ単価に関する基本的合意に達していない場合には、当該講師と出講契約を締結することなく、終了させる必要があったこと(前記争いのない事実等で認定した本件の経緯に照らせば、被告は、コマ数について合意できなければ本件出講契約は終了になるとの立場に立ちながら、原告に対しては、被告の提示を受け入れなかった場合の不利益についても説明した上、原告に十分な検討と再考の機会を与えたと評価し得る。)からすれば、被告が前記争いのない事実等の経過で本件出講契約を終了せざるを得なかったとの判断は、十分に肯認できる。

むしろ、本件出講契約の終了に至る経緯についてみれば、原告が、平成18年度についても、従前と同程度のコマ数を強く希望し、それに固執した結果、被告としては、平成18年度の講義運営の必要から来る時間的制約から、原告に対し、被告提示のコマ数に応じるか、本件出講契約を終了させるかいずれかの選択を求めざるを得ない状況になり、それでもなお原告が被告の提示に従った形での回答を示さなかったことから、被告は、原告を雇止めにして、本件出講契約を終了させたと評価できる。

したがって、本件出講契約の終了は、被告による雇止めの判断と手続のいずれについても、合理的なものと認められる。」(一審判決47丁~49丁)と判示している。一審判決は、本件出講契約の終了を「雇止め」と判断しているため、上記判示において、「雇止めの判断と手続」についての合理性を判断しているが、原判決のように、本件出講契約の終了は「雇止め」ではなく、「相手方の意思による契約の不締結」とした場合であっても、一審判決の上記判示は、本件出講契約の契約締結交渉における、手続と終了の判断に妥当するものであって、申立人の本件出講契約の締結交渉における申立人の「態度」は合理的なものであって、これが不法行為を構成することはないことは明かである。

(4) この点、原判決は、「労働契約である以上、新たな出講契約の締結に当たり、被控訴人としては、何ら合理的な必要もないのに、前年度よりも控訴人にとって不利益な内容の出講契約に変更することは許されない。さらに、その目的自体には合理性が肯定されたとしても、労働者の生活を脅かすほどの減収を来すような不利益な変更は、これまた相当なものということはできないのであって、その程度も自ずと合理的な範囲に限られるものというべきである。」と判示したうえで(原判決17丁)、「被控訴人がコマ数を減ずる理由として挙げた点(受講生数の減少が見込まれること及び控訴人の授業アンケートの結果が芳しくないこと)は、…(中略)…、相応の合理的な理由たり得ているものと評価することができる。」と判示しながら、他方「コマ数が7から4に減ると、その収入が4割以上減少することになり、生活できなくなるとの控訴人の反論はもっともであって、これだけ大幅なコマ数の減少であるだけに、控訴人としては被控訴人の提案をたやすく受け容れることができなかったというのも肯けるところである。そして、これにより控訴人の収入が実際に40%(約168万円)減になることは前提事実(12)のとおりであるが、予備校講師の特性を考慮したとしても、死活問題と惹起するような、これほど大幅な減少を来す変更は相当に問題であるといわなければならない。」と判示している(原判決17丁~18丁)。原判決のこの判示は、要するに、7コマから4コマのコマ数減の提案自体には合理性が認められるが、これにより収入が約40%(約168万円)減になることは、相手方の死活問題を惹起し、このような大幅な減収は相当でないというものである。

(5) 申立人は、後述するように、本件出講契約を労働契約とした原判決の判断は誤りであると確信するものであるが、仮にこれが労働契約であるとしても、労働条件の不利益変更問題(不利益変更に合理性があるか否か)が持ち込まれるのは、その労働契約が①期間の定めのない契約である場合、②期間の定めのある契約であっても、それが、あたかも期間の定めのない契約と異ならない状態で存在している場合の更新の場面、③期間の定めのある契約であり、上記②の様な状態で存在していると認められない場合であっても、労働者が期間満了後の同一労働条件での雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合の更新の場面、④期間の定めのある契約であっても、期間途中である場合、であると考えられる。

これを本件についてみるに、上記①及び④には該当しない。

一方、②及び③については、原判決は判断をしていないが、一審判決は、雇止めに対する解雇法理の適用の有無に関して、「本件出講契約は、期間の定めのある雇用契約で、更新継続が原則とされていた専任講師に関する契約とは明らかに異なり、その実質が期間の定めのない雇用契約と異ならないものということはできない。」と判示しており(一審判決32丁~33丁)、これによれば上記①には該当しない。

また、同じく一審判決は「原告が本件出講契約の継続に関して期待することに合理性が認められる範囲は、前年度と同程度の出講コマ数が確保された契約内容での雇用継続までとは認められず、前記のとおり、本件出講契約が長期間継続していたとしても、本件出講契約については大幅なコマ数の変動が予定されていなかったとはいえない以上、原告としては、出講契約におけるコマ数の保障にまで合理的期待が及んでいたとはいえず、本件出講契約が被告の提示するコマ数により継続されることについて期待することの限度で、その期待が保護されるにとどまるというべきである。」と判示しており(一審判決33丁~46丁)、これによれば上記②にも該当しない。

以上により、本件出講契約締結交渉において、原判決のいうような契約内容の不利益変更問題は妥当しないことは明かであるが、附言すれば、コマ数減の提案自体の合理性は上記のとおり原判決も認めるところであり、一方、相手方の減収にしても、相手方は申立人の制度上、兼職が認められており、また相手方の平成17年度の出講状況は別紙①、平成18年度想定の出講状況は別紙②のとおりであって、相手方には兼職の時間的余裕は十分に存するのであって、原判決のいうように相手方の死活問題を惹起するようなことはない。

(6) 以上に明らかなように、原判決は、申立人の有する、私法の大原則たる契約自由の原則に基づき自由に提案し、交渉する権利、憲法21条1項の表現の自由の基づき自由に意見を述べる権利を、民法1条1項ないし3項、民法90条等に違反して、不当に制約し、申立人の態度を違法としたものであって、この点に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反が存し、民事訴訟法318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」に該当する。

4 被侵害利益の不確定

(1) 原判決は前記のとおり、「控訴人をして、自己の労働契約上の権利に依拠して冷静な対応をすることを断念させて、上記のような消極的な抵抗へと追い込んでいったという面があることを否定できないから、その限りで被控訴人の上記のような対応は控訴人に対する不法行為を構成するものであり」と判示している(原判決21丁)。

(2) 民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定している。

この民法709条の規定によれば、不法行為の成立には、「権利又は法律上保護される利益」が侵害されることが必要である。

しかしながら原判決は、この被侵害利益が何であるかを明確に判示していない。また「消極的な抵抗」というのも何を指すのかが定かではない。

(3) 以上のとおり、原判決は民法709条の解釈・適用を誤り、被侵害利益を明確にしないまま不法行為を認め、これは判決に影響を及ぼすことが明白であるから、民事訴訟法318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」に該当する。

5 違法性の判断における問題点

(1) 原判決は、「控訴人が申し立てた福岡労働局長に対するあっせんの申請について、同手続に参加する意思がない旨表明し、さらには、控訴人が膠着状態を打開するために建設的な打開策を提案した際にもこれを一顧だにしないなど、強硬な態度に終始した」という申立人の態度をもって加害行為としている。

そして相手方の「建設的な打開策」とは「当事者間で合意している限度、すなわち、週4コマの仕事と模試問題作成の仕事等について、出講契約を締結し、合意に至らない点は司法の場で解決する」という提案である(原判決18丁)。

なお、前記のとおり、原判決は被侵害利益を明らかにしていないが、原判決が「控訴人をして、自己の労働契約上の権利に依拠して冷静な対応をすることを断念させて、上記のような消極的な抵抗へと追い込んでいったという面があることを否定できないから、その限りで被控訴人の上記のような対応は控訴人に対する不法行為を構成するものであり」と判示していることから、「被侵害利益」は相手方の「意思決定権」ともいうべきものとも推察される。

そこで、以下被侵害利益をこのように解して論述する。

(2) 民法709条「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」という要件については、これを違法性の要件と把えて相関関係説で説明するのが通説であり、この見解は、被侵害利益と侵害行為の態様との相関関係により判断するという考え方に結びつくとされている(青林書院「民事要件事実講座」4民法Ⅱ 総括編集著 伊藤滋夫191頁)。

そして、この相関関係説を論拠とするか不法行為の成否に関する総合的判断という考え方を論拠とするかは別として、社会生活上受忍すべきであると思われる範囲にあるかどうかを、種々の要素を検討し総合判断し、その範囲を超えた場合には違法性があるとし、その範囲を超えない場合には、違法性がないという「受忍限度論」が通説となっている。

(3) そして、最高裁判所の判例も以下のとおり、通説と概ね同様の判断をしている。

① 最高裁大法廷昭和56年12月16日判決(民集35巻10号1369頁)

空港の供用が不法行為に該当するか否かが争われた事案について、「本件空港の供用のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するにあたっては、上告人の主張するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものであることは、異論のないところであり」と判示し、「原審がこれらの被上告人の被害についてもなお受忍限度を超えるものがあるとして侵害行為の違法性を認めた判断は、これを違法、不当とするにはあたらないものというべきである」と判示している。

② 最高裁第三小法廷昭和47年6月27日判決(民集26巻5号1067頁)

隣接居宅の日照通風を妨害する建物建築につき不法行為の成立が争われた事案について「しかし、すべて権利の行使は、その態様ないし結果において、社会観念上妥当と認められる範囲内でのみこれをなすことを要するのであって、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによって生じた損害が、社会生活上一般的に被害者において忍容するを相当とする程度を越えたと認められるときは、その権利の行使は、社会観念上妥当な範囲を逸脱したものというべく、いわゆる権利の濫用にわたるものであって、違法性を帯び、不法行為の責任を生ぜしめるものといわなければならない」と判示している。

③ 最高裁第二小法廷昭和63年2月5日判決(労判512号12頁)

会社が職員に対して、共産党員か否かを問い質し、共産党員ではない旨を書面にして提出するよう求めたことが精神的自由を侵害した不法行為か否かが争われた事案について、本件質問及び本件書面の交付要求は、「社会的に許容し得る限界を超えて上告人(引用者注:社員)の精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえない」と判示している。

④ 最高裁第二小法廷平成3年4月26日判決(民集45巻4号653頁)

水俣病患者認定申請をした者が応答処分の遅延が不法行為として争った事案について「ところで、一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきもとのいうべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。」と判示している。

⑤ 最高裁第一小法廷平成18年3月30日判決(民集60巻3号948頁)

良好な景観侵害が不法行為か否かが争われた事案について「被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考慮して判断すべきである」としたうえで「ある行為が景観利益に対する違法な侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。」と判示している。

(4) 原判決が被侵害利益としているのは、前記のとおり、不明確ではあるが「意思決定権」という、前記判例の事案において被侵害利益とされた、人格権的なものと考えられるから、本件における申立人の「態度」の違法性についても、前記通説及び判例の基準が妥当するというべきであり、不法行為の成否を判断するためには、申立人の「態度」という加害行為(そもそも「態度」なるものが加害行為になり得るかに疑問が存するが)が受忍限度を超えるものであるか否かを判断する必要があるといわざるを得ない。

そして、この場合、問題とされている申立人の「態度」と相手方の「意思決定権」の「侵害」が、本件出講契約の締結交渉の中で発生したものであることが十分留意されなければならない。

蓋し、契約締結交渉においては前記のとおり契約自由の原則が妥当し、当事者双方は原則として自由に提案や意見を述べることができるうえに、もともと当事者は契約締結にあたって、自己に少しでも有利な条件を獲ち取るという面で利害が対立しており、加えて表現の自由もあることから、裁判所を含め第三者がこれに介入することは極めて最小限に止めるべきであるからである。

また、原判決が加害行為とするものは「態度」という極めて曖昧なものであり、この点も加害行為の態様に関して十分留意されなければならない。

(5) これを本件について見るに、原判決は、不法行為の成否について、ただ前記のように判示するだけで、判例や学説の挙げられるような分析と判断をしておらず、そこには判示の欠落ないしは不備が存する。

(6) さらに、進んで、原判決が強硬な態度として批判している、申立人が①相手方が申し立てた福岡労働局長に対するあっせん申請について、同手続に参加する意思がない旨表明したこと、②相手方の建設的な打開策にもこれを一顧だにしなかったことが、受忍限度を超えた行為ないしは権利濫用行為かを考えるに、以下のとおりである。

①については、あっせん申請に応ずるか否かは任意であり、これに応じなかったことをもって受忍限度を超えたものということは到底できない。

また、②についても、一審判決が「被告としては、授業アンケート等を踏まえて講師間のコマ数割りの案を決定し、それを各講師に既に提示しており、その後に一部の講師が被告の提示を受け入れないからといって、安易に全体のコマ数割りを大幅に修正するのは困難であること、原告と平成18年度の出講契約を締結できない場合には、4月中旬の新年度開講までに、代替の講師を手配する必要があったこと、仮に、平成18年度の出講契約に関する原告の上記のような暫定的提案に応じた場合には、被告は、平成18年度4月以降も、原告との間で出講コマ数に関する紛争を残した形で、講義運営を計画・実施しなければならず、年度中に講師が交代となることによる生徒への影響や、原告の出講契約の内容が変更になることによる他の講師のコマ割りへの影響が懸念されたこと、被告としては、平成18年度の講義運営を安定的かつ確実に実施するという観点から、前年度末の時点で、翌年度のコマ数やコマ単価に関する基本的合意に達していない場合には、当該講師と出講契約を締結することはなく、終了させる必要があったこと(前記争いのない事実等で認定した本件の経緯の照らせば、被告は、コマ数について合意できなければ本件出講契約は終了になるとの立場に立ちながら、原告に対しては、被告の提示を受け入れなかった場合の不利益についても説明した上、原告に充分な検討と再考の機会を与えたと評価し得る。)からすれば、被告が前記争いのない事実等の経過で本件出講契約を終了せざるを得なかったとの判断は、十分に肯定できる。」と判示している(一審判決48丁)とおり、何ら受忍限度を越えた対応ではなく、合理的な対応である。

そして、本件出講契約の契約締結交渉において申立人がとった判断及び手続の合理性については、その他の申立人の対応を含めて、一審判決も認めるところであることは前記(第2、3(3))のとおりである。

(7) また、原判決は、申立人の「態度」が、「コマ数減により被控訴人からの収入も大幅に減少し、ひいては生活が成り立たなくなるという控訴人の切実な反論とその境遇に対する配慮に欠けること甚だしいものであ(る)」と判示するが(原判決21丁7行~9行)、これが誤りであることは前記(第2、3(5))のとおりである。

(8) 以上のとおり、原判決の判示する申立人の「態度」は公序良俗や権利濫用にも該当せず、社会的に許容しうる限度を超えたものではなく、違法性がないことは明白であって、原判決の本件不法行為の成否に関する違法性の判断には、最高裁判所の判例に相反する判断があり、民法709条の解釈・適用にも誤りがあるのであり、これは判決に影響を及ぼすことが明白であって、民事訴訟法第318条1項に規定する事件に該当する。

第3 原判決は、不法行為の判定にあたり、申立人の態度を批判して、これは本件出講契約が労働契約であることに対する無理解からくるものであると判示している(原判決21丁9行~10行)ところ、原判決が本件出講契約が労働契約であると判定するにあたっては、以下のとおり、法令の解釈・適用の誤りがあり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、民事訴訟法318条1項の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件である。

1 原判決の判示事項

(1) 原判決は「第3 争点に対する判断」の「1争点(1)について」中、(1)アにおいて「非常勤講師は、被控訴人から交付される「講師ガイドブック」に規定されているとおり、本来的な業務である講義について、被控訴人から指定された教材によりカリキュラムに則って行い、補充プリントを用いることすらも原則として禁じられるなどの制約を受けているのであり、講義等を行うために必要な機材を自ら調達するようなことはなく、すべて被控訴人の施設、設備を利用して業務を行うものとされている。もとより、講師としての業務遂行に当たり、他の者に労務を提供させたり、補助者を使うことは許されていないなど、講師の業務に代替性は認められていない。

そして、非常勤講師に対しては、レギュラー授業の講義料が1コマ(90分)当たりの講義料単価に出講コマ数を乗じて計算されているところ、これは講義料が時間当たりの労務に対する対価を基準として計算されていることを意味するものであるから、これを賃金と見ることも不可能ではない。また、「講師ガイドブック」には、個人情報保護やセクシュアルハラスメント防止に関する規定など、講師が遵守すべき服務規律に関する定めも一定程度含まれている。」と判示し、(1)イにおいて「被控訴人と非常勤講師との間には、使用者と労働者の雇用関係と見ても矛盾することのない関係が形成されているものということができる。しかしながら、上記の諸点は、出講契約に基づく非常勤講師の業務がレギュラー授業を中心とするものであるという同契約の特性に鑑みれば、被控訴人の主張するとおり、これを請負又は準委任契約と見ても必ずしも相容れないわけではない。むしろ、出講契約締結時に被控訴人と非常勤講師との間で形成される「出講にあたっての契約書」の内容が前提事実(4)のとおりであり、かつ、それが1年単位のものであること(この点は専任講師の場合も同様であるが、専任講師については、後記(2)アのとおり、非常勤講師の契約関係とは根本的に異なる取り扱いがされている。)、他の予備校等の講師を兼任することができることとされていることなどに照らせば、被控訴人が採用している非常勤講師制度は、塾生を獲得するために最も重要な意義を有する講師陣の陣容を整備するに当たり、労働法制に縛られることを回避しつつ、融通性のある人材活用を企図したものであることは疑いを容れない。また、他方で、非常勤講師の側からしても、他の予備校等の講師を兼任することができるという点において、被控訴人からの束縛が比較的緩いということに大いに魅力を感じる向きもあるものと推測される。すなわち、塾講師としての自己能力に自信がある者であればあるほど、より高い報酬を得るべく他の予備校等の講師を掛け持ちし、さらに、次年度からは、より待遇のよい別の予備校へと自由に渡り歩くなどということも可能であるからである。そして、出講契約の法的性格を判断するに当たっては、このような非常勤講師制度についての当事者の意向も無視することはできないから、単年度毎の出講契約をもって労働契約であると見るのはなお躊躇されるものがあるといわなければならない。」と判示し、結局、その(1)ウにおいて「以上のとおりであるから、被控訴人が非常勤講師との間で締結する単年度毎の出講契約を一律に労働契約であると認めることはできない。」と判示している(原判決12丁~14丁)。

(2) 原判決は、このように申立人と非常勤講師との間の契約につき、正しく判断しながら、「第3 争点に対する判断」の「1 争点(1)について」(2)において、「しかしながら、控訴人の場合には、本件出講契約が継続的に繰り返し締結されることにより、それ自体でも上記(1)アのような側面を有する被控訴人との契約関係が、長期間にわたって継続して形成されているかのような観を呈しているのであって、そのこと(長期間に積み重ねられた総体としての本件出講契約に基づく控訴人と被控訴人との間の法律関係)をどう評価すべきかというところになると、さらに慎重な検討が必要である。

ア ところで、X塾の講師には、控訴人のような非常勤講師のほかに専任講師がいる。そして、専任講師は、被控訴人との間で1年間の期間の定めのある雇用契約を締結するが、特段の事情のない限り60歳の定年まで契約を更新するものとされており、専任手当、家族手当、退職金等が支給される。その反面、他の予備校の講師を兼任することはできないものとされている(前提事実(5))。

これらの諸点において、専任講師は非常勤講師と異なるが、非常勤講師についても、1年毎の出講契約が毎年締結され、他の予備校の講師を兼任するだけの時間的余裕もその経済的な必要もないほどの出勤コマ数を担当しているとすれば、その実体は専任講師に著しく近似することになるものといわなければならない。

イ この点を控訴人について見るに、控訴人は、昭和62年からはコマ数7程度(少なくても6コマ、多いときは8コマ)を担当してきたものであり、その間ほぼ被控訴人からのみの収入で生計を維持し、平成10年度から平成17年度までの8年間は、他の予備校の講師を兼任することなく、完全に被控訴人からの収入だけで生活してきた(前提事実(3))というのであるから、専任講師の場合と殆ど変わらない外観を呈していたものということができる。なお、控訴人が、平成15年度から平成17年度の間に、本件出講契約にもとづき被控訴人から受け取った年額は666万円余から570万円余の間である(前提事実(3))から、収入の面においても平均的な労働者のそれに類するものといってよい。

ウ 加えて、被控訴人においては、専任講師の員数が非常勤講師に比べて極めて少なく、しかも専任講師の採用は長らく行われていないというのであるから(新たな前提事実(5)イ)、被控訴人の講師陣の主体は明らかに非常勤講師であるといってもよい。このような多数の非常勤講師、就中、控訴人のように長期間継続して被控訴人の非常勤講師としての業務を果たしている者について、一律に労働法上の保護が与えられないなどということはおよそ相当なことではない。」と判示し、これを受けて(3)において、「以上を総合すれば、本件出講契約は、請負あるいは準委任の法形式を採るものではあるが、被控訴人とその非常勤講師としての控訴人との法律関係は、被控訴人と専任講師とのそれと著しく近似する実情にあるというべく、控訴人が受ける報酬も控訴人の役務の提供に対する対価と見て何ら矛盾しないものである。したがって、このような実体を直視するならば、被控訴人と控訴人との間には使用従属関係が認められるものというべきであるから、両者間の法律関係は労働契約に基づくものと認めるのが相当である。」と判示している(原判決13丁~16丁)。

しかしながら、この判示には、以下のとおり判例違反、経験則違反、法令の解釈・適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明白である。

2 労働基準法の定めと「労働者」性

労働基準法9条は「この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定し、同法11条は「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定されている。したがって、「労働者」であるか否か、即ち雇用契約であるか否かは、「使用される=指揮監督下の労働」という労務提供の形態及び報酬が提供された労務に対するものか否かという2つの基準、即ち使用従属性の有無によって判断されることとなる。

3 労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭和60・12・19)(以下「研究会報告」という。書証(省略))と最高裁判例。

研究会報告は、従来の裁判例及び解釈例規に現れた事例をもとに、労働者性の前記判断基準を整理している。

そして最高裁第一小法廷平成8年11月28日判決(労判714号14頁)は、傭車運転手が労働者に当たるか否かが争われた事案について、業務の遂行に関する指示、勤務時間、報酬の支払方法、トラックの購入代金・ガソリン代・修理費・高速道路料金等の負担関係、時間的・場所的拘束の程度、専属性、運送係の指示を拒否する自由の有無を基に労働者性を判断しており、その他多くの裁判例・判例も、研究会報告にあるような基準により、労働者性の有無を判断している。

4 原判決の誤り

(1) 原判決は、研究会報告の挙げる基準のうちの、1(1)ロ「業務遂行上の指揮監督の有無」、2(1)イ「機械、器具の負担関係」、1(1)ニ「代替性の有無」、1(2)「報酬の労務対償性」、2(3)「その他」のうちの正規従業員(申立人では専任講師)との比較、2(2)「専属性の程度」(=兼職の可否)に照らして判断したうえで、前記のとおり、申立人と非常勤講師との間で締結する単年度毎の出講契約を一律に労働契約であると認めることはできないと判示した(原判決13丁~14丁)。

(2) ところが、原判決は、「控訴人の場合には、本件出講契約が継続的に繰り返し締結されることにより、それ自体でも上記(1)アのような側面を有する被控訴人との契約関係が、長期間に亘って継続して形成されているかのような観を呈しているのであって、そのこと(長期間に積み重ねられた総体としての本件出講契約に基づく控訴人と被控訴人との間の法律関係)をどう評価すべきかということになると、さらに慎重な検討が必要である。」と判示している。

しかしながら、原判決は、申立人と非常勤講師との間の本件出講契約の法律関係を、(1)アのような側面を有することを前提に、単年度毎の契約についてではあるが、一律に労働契約と認めることはできないとしているのであって、これが長期間に積み重ねられたからといって、何故、その法律関係の評価を別異にしなければならないかを明確にしていない。

経験則上、契約の法律的性質は、契約が複数回に亘り、長年反覆更新されたからといって、変化するものではなく、この点において原判決には法令違反が存する。

(3) 原判決は、専任講師については、①申立人との間で1年間の期間の定めのある雇用契約を締結するが、特段の事情のない限り60歳の定年まで契約を更新されていること、②専任手当、家族手当、退職金等が支給されること、③その反面、他の予備校の講師を兼任することはできないものとされていることにおいて、非常勤講師の契約とは根本的に異なる取り扱いがされている旨判示し(原判決13丁26行~14丁1行。14丁26行~15丁4行)、これも一つの理由として、申立人と非常勤講師との間で締結する単年度毎の出講契約を一律に労働契約であると認めることはできない旨判示している(原判決13丁20行~14丁18行)。

ところが、原判決はfile_5.jpg非常勤講師についても、1年毎の出講契約が毎年締結され、file_6.jpg他の予備校の講師を兼任するだけの時間的余裕もその経済的な必要もないほどの出講コマ数を担当しているとすれば、その実体は専任講師に著しく近似することになる旨判示している(原判決15丁5行~9行)。

しかしながら、この原判決の判示には、次のとおり、矛盾ないしは理由不備が存する。

まず、file_7.jpgについていえば、file_8.jpg自体が、研究会報告や判例によっても、労働者性判定の基準ではないうえに、file_9.jpgが満たされたとしても、それだけで、上記①の専任講師と非常勤講師の根本的差異が解消されることはない。

次に、file_10.jpgについていえば、これは研究会報告の判断基準2(2)「専属性の程度」(=兼職の可否)に関するものであるが、このうち他の予備校の講師を兼任するだけの時間的余裕がないほどの出講コマ数を担当している場合は、事実上兼任が制約されることになり、専任講師の根本的差異である兼任禁止に近付くが、経済的な必要もないほどの出講コマ数を担当している場合は、「経済的な必要もない」か否かは個々人の主観により千差万別であって、これをもって、専任講師の根本的差異である兼任禁止に近付くとは到底言い得ない。法研究会報告も、兼職の可否について「他社の業務に従事することが事実上制約され、また時間的余裕がなく事実上困難である場合」としている(第2・2・(2)イ)。そして、原判決の、この点に関する判示は、「控訴人は、昭和62年からはコマ数7程度(少なくても6コマ、多いときは8コマ)を担当してきたものであり、その間ほぼ被控訴人からのみの収入で生計を維持し、平成10年度から平成17年度までの8年間は、他の予備校の兼任をすることなく、完全に被控訴人からの収入だけで生活してきた(前提事実(3))」というだけであって、兼職の時間的余裕がないほどの出講コマ数を担当していたか否かについては判断していない。一方、相手方の平成17年度の出講状況は別紙①のとおりであり、平成18年度の申立人提案による出講予定は別紙②のとおりであって、これを見れば、相手方には、兼職の時間的余裕が十分に存することは明白である。そして、原判決の前提事実(3)によれば、現に相手方は平成6年には熊本市にあるa塾で、同年から平成9年までは福岡市にあったb学園で兼職していたことがあるのである。したがって、file_11.jpg点についても、専任講師の根本的差異は解消されていないし、「兼職の有無」という判断基準に照らした労働者性の判断に影響を及ぼさない。

更に、file_12.jpgfile_13.jpgによっても、専任講師には専任手当、家族手当、退職金等が支給されるという根本的差異は全く解消されない。

以上のとおりであって、原判決の判示する上記file_14.jpgfile_15.jpgによっては、原判決の判示する上記①②③の専任講師と非常勤講師との根本的差異は全く解消されず、かつ、研究会報告の判断基準による労働者性の判断(これにより原判決は単年度毎の契約は労働契約とは認められないとしている)に影響を及ぼすものではない。それにも拘わらず、原判決がfile_16.jpgfile_17.jpgが満たされた場合には、非常勤講師の実体は専任講師に著しく近似することになるとし、況やこれを本件出講契約が労働契約であることの根拠とするのは、その論理に矛盾があり、このような原判決の判示は、労働基準法9条及び11条の解釈・適用を誤り、かつ上記判例にも反するものである。

(4) 原判決は、「控訴人が、平成15年度から平成17年度の間に、本件出講契約にもとづき被控訴人から受け取った年額は666万円余から570万円余の間である(前提事実(3))から、収入の面においても平均的な労働者のそれに類するものといってよい」と判示している。(原判決15丁16行~19行)。

しかしながら、これは相手方の業務量を無視して、単に収入額のみを捉えたものである。原判決によれば、相手方は週7コマ程度のコマ数を担当してきたものであるところ、仮にこれを時間数に換算すれば、週10時間30分程度ということになる。経験則によれば、平均的な労働者の1週の労働時間は法定内労働時間で40時間であるから、相手方の業務時間は、この4分の1程度ということになる。

そして、相手方が出講契約により申立人より受ける前記収入を、平均的な労働者の労働時間と同様の業務時間に引き直して計算すると、年収2664万円から2280万円となり、平均的な労働者の収入に比して、かけ離れて高額なものとなる。

したがって、原判決の上記判示は明らかに経験則に反するものであり、法令の適用を誤るものである。

(5) 原判決は「被控訴人においては、専任講師の員数が非常勤講師に比べて極めて少なく、しかも専任講師の採用は長らく行われていないというのであるから(新たな前提事実(5)イ)、被控訴人の講師陣の主体は明らかに非常勤講師であるといってもよい。このような多数の非常勤講師、就中、控訴人のように長期間継続して被控訴人の非常勤講師としての業務を果たしている者について、一律に労働法上の保護が与えられないなどということはおよそ相当なことではない。」と判示している(原判決15丁20行~26行)。

しかしながら、労働法上の保護が与えられるのは労働契約だからであり、労働契約か否かは、研究会報告にあるように、第1に「使用される=指揮監督下の労働」という労務提供の形態及び第2に「賃金支払」という報酬の労務に対する対償性、すなわち報酬が提供された労務に対するものであるかどうかという、二つを合わせた「使用従属性」の有無によって判断されることであって(第1、1)、「労働法上の保護が与えられないのは相当でない」から労働契約と判断するという原判決の論理は、本末転倒の論理であって、原判決の上記判示は、経験則に反したものである。

(6) 原判決は前記(2)ないし(5)記載の判示事項を総合すれば「被控訴人とその非常勤講師としての控訴人との法律関係は、被控訴人と専任講師とのそれと著しく近似する実情にあるものというべく」と判示している(原判決16丁1行~3行)。

しかしながら、前記(2)ないし(5)で述べたように、相手方の非常勤講師の実体が専任講師に著しく近似していることはなく、かつ、原判決が労働契約であると認めることはできないとした非常勤講師の単年度の出講契約の実体が専任講師の出講契約の実体に近似することについての原判決の述べる理由は前記(2)ないし(5)記載の判示事項以外には存しない。

そして、兼職禁止の有無という点を含め、研究会報告のいう、使用従属性の有無の判断基準を該てはめるべき契約の実体は、非常勤講師の単年度の出講契約と相手方の非常勤講師としての出講契約とで何ら変わりはなく、原判決もこれについては何の判断もなしていない。

さらに、実体が近似すれば、法律関係が近似するということについて原判決は何ら理由を付していない。

以上を総合すれば、原判決の上記判示には、理由不備と経験則違反の誤りが存する。

(7) 以上、原判決の本件出講契約が労働契約であるとすることに関する判示は、労働基準法9条及び11条の解釈・適用を誤り、判例に違反し、経験則に違反しており、これにより判決に影響を及ぼすことが明白であるので民事訴訟法318条1項の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件である。

第4 原判決は、慰謝料額の認定にあたり、著しく経験則に反した高額を認定しており、これは、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、民事訴訟法318条1項の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件である。

1 原判決は慰謝料額を350万円と認定した。

2 原判決も判示しているとおり、上告人と被上告人との契約関係が終了したのは、被上告人が自らの意思で契約を締結しなかったことによるものであり、解雇又は雇止めではない。

したがって、直接本件事案において参考になるものではないが、違法な解雇又は雇止めに対し、これを不法行為として慰謝料支払を命じた裁判例として次のものがある。

① 大阪高等裁判所平成20年4月25日判決(判夕1268号94頁)

解雇又は雇止めの意思表示を不法行為として、慰謝料45万円の支払を命じた。

② 名古屋高等裁判所平成14年12月19日判決(裁判所ウェブサイト)

違法な解雇を不法行為として慰謝料60万円の支払を命じた。

3 上記裁判例に照らしても、違法な解雇又は雇止めでもない本件事案について、原判決の認定した慰謝料額350万円は、経験則に著しく違反している。

第5 結語

以上、原判決には、最高裁判所の判例と相反する判断があり、また法令の解釈・適用に関する誤りが存するため、民事訴訟法318条1項に該当する事件であり、本件上告を受理されたい。

なお、申立人には非常勤講師が全国で1024名(平成21年5月末日現在)存し、また他予備校においても、その殆どが非常勤講師との契約を請負ないし準委任契約とし、その契約締結にあたっては、概ね申立人と同様の仕方を行っている。

このような状況下で、本件出講契約を労働契約とし、就中、その契約締結交渉における申立人の態度を不法行為と断ずることは、予備校の経営・運営を著しく困難にするものであり、加えて、これらの点についての最高裁の判断はこれまでになかったことを考えると、御庁において、是非とも慎重な審理と適正な判断をお願いする次第である。

以上

<別紙①>

平成17年(2005年)時点 時間割

Y先生

1限

2限

3限

北九州校

13:40~

15:10

4限

北九州校

15:30~

18:50

(休憩20分

含む)

福岡校

15:30~

18:50

(休憩20分

含む)

北九州校

15:30~

17:00

5限

福岡校

17:20~

18:50

6限

<別紙②>

平成18年度(2006年)Y氏への依頼予定科目

平成18年度にY氏に依頼を想定していた科目は以下の通りです。

・総合政経 講義・演習(90分×2コマ連続)・・・・福岡校設置

・総合政経 講義・演習(90分×2コマ連続)・・・北九州校設置

* 曜日・時限については未定

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