大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成22年(行ツ)19号 判決 2011年10月25日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

第1事案の概要

本件は,健康保険の被保険者である上告人が,腎臓がんの治療のため,保険医療機関から,単独であれば健康保険法上の療養の給付に当たる診療(いわゆる保険診療)となるインターフェロン療法と,療養の給付に当たらない診療(いわゆる自由診療)であるインターロイキン2を用いた活性化自己リンパ球移入療法(以下「LAK療法」という。)とを併用する診療を受けていたところ,当該保険医療機関から,単独であれば保険診療となる療法と自由診療である療法とを併用する診療(いわゆる混合診療)においては,健康保険法が特に許容する場合を除き,自由診療部分のみならず,保険診療に相当する診療部分(以下「保険診療相当部分」ともいう。)についても保険給付を行うことはできない旨の厚生労働省の解釈に従い,両療法を併用する混合診療を継続することはできないと告げられ,これを断念せざるを得なくなったため,厚生労働省の上記解釈に基づく健康保険行政上の取扱いは健康保険法ないし憲法に違反すると主張して,被上告人に対し,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,上記の混合診療を受けた場合においても保険診療相当部分であるインターフェロン療法について健康保険法に基づく療養の給付を受けることができる地位を有することの確認を求めている事案である。なお,以下,現行の健康保険法を「法」又は「現行法」といい,平成18年法律第83号による健康保険法の改正を「平成18年改正」,同改正前の健康保険法を「旧法」,昭和59年法律第77号による健康保険法の改正を「昭和59年改正」,同改正後で昭和60年法律第34号による改正前の健康保険法を「昭和59年法」といい,保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年厚生省令第15号)を数次の改正の前後を通じて「療担規則」という。

第2上告代理人本田俊雄ほかの上告受理申立て理由第1について

1(1)  原審の適法に確定した本件の診療に関する事実関係の概要は,次のとおりである。

ア 上告人は,健康保険の被保険者であるところ,保険医療機関であるa病院(以下「本件病院」という。)において,腎臓がんの治療のため,平成13年9月から,単独であれば保険診療となるインターフェロン療法と自由診療であるLAK療法(先進医療としての位置付けは,後記エ参照)とを併用する混合診療を受けていた。なお,本件病院は,当時,旧法86条1項1号所定の特定承認保険医療機関(学校教育法に基づく大学の附属施設である病院その他の高度の医療を提供するものとして厚生労働省令で定める要件に該当する病院又は診療所であって厚生労働大臣の承認を受けたもの)の承認を受けていなかった。

イ 厚生労働省(平成13年1月5日以前は厚生省)は,健康保険法における保険給付の取扱いにつき,単独であれば保険診療となる療法と先進医療であり自由診療である療法とを併用する混合診療においては,昭和59年改正後(平成18年改正前)は旧法86条所定の特定療養費,平成18年改正後は法86条所定の保険外併用療養費の各支給要件を満たしている場合を除き,自由診療部分のみならず,保険診療相当部分についても保険給付を行うことはできない旨の解釈(以下,これを「混合診療保険給付外の原則」ともいう。)に基づいて,医療機関等に対するその旨の行政指導等を行ってきている。上記解釈によれば,上告人が,本件病院において,腎臓がんの治療のためインターフェロン療法に加えてLAK療法を受けると,LAK療法はもとより,インターフェロン療法についても療養の給付を受けることができなくなる。

ウ 上告人は,平成17年10月,本件病院から,上記解釈に従い,上記の両療法を併用する混合診療を継続することはできないと告げられ,本件病院においてLAK療法を受けることを断念した。しかし,上告人は,本件病院において従前どおりインターフェロン療法とLAK療法とを併用する診療を受けることを希望している。

エ なお,LAK療法は,従前,特定療養費の支給対象となる旧法86条1項1号所定の療養のうち高度先進医療に係る療養(被保険者が特定承認保険医療機関のうち自己の選定するものから高度の医療の提供として受ける療養)の範囲に含まれていたが,有効性が明らかでないとして,平成18年4月,高度先進医療に係る療養の範囲から除外され,現行の保険外併用療養費に係る制度への移行後も,その支給対象となる先進医療に係る療養(後記(2)ウの評価療養)の範囲に含まれていない。

(2)  原審の適法に確定した保険外併用療養費及び特定療養費に係る各制度の沿革に関する事実関係等は,次のとおりである。

ア 昭和59年改正前において,健康保険法の委任を受けた療担規則(昭和59年厚生省令第45号による改正前のもの)の規定により,保険医が特殊な療法又は新しい療法等を行うこと及び厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品を患者に施用し又は処方すること並びに保険医療機関が被保険者から療養の給付に係る一部負担金の額を超える金額の支払を受けることはいずれも禁じられていた(5条,18条,19条1項)。歯科医師である保険医については更に厚生大臣の定める歯科材料以外の歯科材料を歯冠修復及び欠損補てつにおいて使用してはならないとされていた(19条2項)ところ,厚生省は,保険局長通知によって,保険医療機関における歯科治療の過程において本来であれば使用が許されない金合金を用いた場合に差額徴収の取扱い(保険診療相当部分については保険診療として療養の給付が行われることとし,保険医療機関は保険者から療養の給付に関する費用の支払を受けることができ,本来であれば使用が許されない歯科材料の費用を患者の自己負担として患者から徴収することができる取扱い)をすることを認めるなどした。しかし,歯科材料費の差額徴収の取扱いについて,保険医療機関が歯科材料費差額だけでなく技術料差額をも含めて患者から徴収することが慣行化し,患者側ではその区別が必ずしも明らかでないため求められるままに差額の負担に応じざるを得ないという事情もあり,差額徴収による患者の自己負担額が高騰したほか,患者が差額の支払を事実上強要されるような事態が生じたため,昭和50年頃にはこのことが社会問題化するに至った。また,特別の病室の提供についても,入院料(室料)の差額徴収(差額ベッド代の徴収)の取扱いが運用上認められていたところ,これも大きな社会問題となり,厚生省により運用の改善に係る行政指導が行われるなどした。

他方で,高度先進医療に係る療養については,昭和59年改正前は,健康保険行政上,保険診療の対象外である高度先進医療に係る療養を一部でも加えた混合診療を受けた場合には,保険診療相当部分を含めて,被保険者が受けた療養全体を保険給付の対象外とする取扱いがされていた。

イ 以上の経緯を経て,昭和59年改正により特定療養費に係る制度が創設された。その制度は,被保険者が,保険医療機関等から選定療養(被保険者の選定に係る特別の病室の提供その他の厚生労働大臣が定める療養。旧法63条2項)を受け,又は特定承認保険医療機関から高度先進医療に係る療養その他の療養を受けた場合に,その療養に要した費用について特定療養費を支給する(旧法86条)というものであった(後記(3)イ参照)。

上記特定療養費に係る制度の創設の趣旨は,国民の生活水準の向上や価値観の多様化に伴う医療に対する国民のニーズの多様化,医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応して,必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整を図るものとされ,この制度により,入院料(室料)や歯科材料費等の差額徴収の取扱いが,法令上明確に位置付けられた。昭和59年改正に係る国会答弁(衆議院社会労働委員会)において,厚生省保険局長は,従前の保険診療においては,保険診療の範囲内の診療と健康保険で認められていない診療とを同時に行った場合には費用の全額が患者の自己負担となるが,今後高度先進医療が出てくる場合に,保険診療で見られる部分は保険診療で見て,保険診療に取り入れられていない部分だけは自己負担とすることとし,保険診療で見られる部分については特定療養費に係る制度を設けることとした旨の説明をした。さらに,同局長は,昭和60年2月25日付けで,都道府県知事宛てに通知を発し,特定療養費の支給対象となる高度先進医療は,質的・量的に高水準の医療基盤を有する医療機関において実施する場合にはその安全性及び有効性が確立されているが,その実施についてはいまだ一般に普及するには至っていないものであり,当該医療が一般に普及して保険に導入されるまでの間,特定療養費に係る制度の対象としたものであると説明した。

そして,昭和59年改正後も,健康保険行政上,高度先進医療に係る混合診療が行われた場合において,それが特定療養費の支給要件を満たすものでないときは,保険診療相当部分についても保険給付の対象外とする取扱いがされていたものであり,この取扱いの基礎とされてきた前記解釈(混合診療保険給付外の原則)は,健康保険法の委任を受けた療担規則において引き続き原則として特殊な療法又は新しい療法等が禁止され,厚生大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し又は処方することが禁止されていたこと等とあいまって,混合診療禁止の原則と称されてきた。

ウ 平成16年に至り,内閣府に設置された規制改革・民間開放推進会議は,「中間とりまとめ」として,上記のような混合診療禁止の原則を改め,混合診療を全面解禁し,混合診療における保険診療相当部分についても保険給付の対象とすべきである旨の意見を公表した。これに対し,厚生労働省は,国民皆保険の下,社会保障として必要十分な医療は保険診療として確保することが原則であり,他方,医療に対する国民のニーズの多様化や医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応するため,適正なルールの下に混合診療を可能とする特定療養費に係る制度が設けられており,このような仕組みによらずに無制限に混合診療を認めることは,医療の安全性及び有効性を確保することが困難になり,不当な患者負担の増大を来すなどのおそれがあるため,今後も特定療養費に係る制度を活用し,その範囲の拡大や承認の簡素化及び新技術の導入の迅速化によって対応すべきであるとの考え方を示した。

このような観点等から,特定療養費に係る制度は,平成18年改正により,支給の対象が将来的にも療養の給付の対象に組み入れられることを前提としない選定療養と将来療養の給付の対象に組み入れるかどうかの評価を行う評価療養(厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって,療養の給付の対象とすべきものであるか否かについて適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な療養として厚生労働大臣が定めるもの)として再構成され,評価療養の内容には従前の高度先進医療のほか必ずしも高度でない先進医療技術も加えられ,手続的にも特定承認保険医療機関の制度が廃止されて保険医療機関等による届出制とされて,現行の保険外併用療養費に係る制度に改められた。その制度は,被保険者が,保険医療機関等から,評価療養(法63条2項3号)又は選定療養(同項4号)を受けた場合に,その療養に要した費用について保険外併用療養費を支給する(法86条)というものである(後記(3)ア参照)。

(3)  保険外併用療養費及び特定療養費に係る各制度に関する関係法令等の定めは,次のとおりである。

ア 法は,健康保険の被保険者に保険給付を受ける権利があることを前提として(61条参照),現物給付たる療養の給付と金銭支給たる各種療養費等の支給を定めている(52条)。

法は,療養の給付として,「診察」(63条1項1号),「薬剤又は治療材料の支給」(同項2号),「処置,手術その他の治療」(同項3号)等を掲げており,その具体的な内容等についての詳細を厚生労働省令に委ねている。また,法は,保険医療機関から療養の給付を受ける者は,その給付を受ける際,療養の給付に要する費用の額に所定の割合を乗じて得た額を一部負担金として当該保険医療機関に支払わなければならない旨を規定する(74条1項)とともに,保険者は,上記療養の給付に要する費用の額から上記一部負担金に相当する額を控除した額を療養の給付に関する費用として当該保険医療機関に支払うものとする旨を規定しているところ(76条1項),上記療養の給付に要する費用の額の具体的な算定方法についてはこれを厚生労働大臣の定めに委ねている(同条2項)。

法70条1項及び72条1項の委任を受けた現行の療担規則は,保険医が,厚生労働大臣の定めるもの以外の特殊な療法又は新しい療法等を行うことを禁止する(18条)とともに,厚生労働大臣が定める場合を除いて,厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し又は処方することを禁止しており(19条1項),これらの規定の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた平成18年厚生労働省告示第107号が,特殊な療法又は新しい療法等を行うことができる場合として,法63条2項3号所定の評価療養を(第五),厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し又は処方することができる場合として,一部の先進医療に係る薬物を使用する場合等を(第七)それぞれ定めている。また,法76条2項の委任を受けた「診療報酬の算定方法」(平成20年厚生労働省告示第59号)は,療養の給付に要する費用の額の算定方法について,点数制度をもって具体的に定めており(なお,同項の委任を受けた厚生労働大臣の定めとしての告示は,昭和59年以前から現在に至るまで,新告示の制定と旧告示の廃止が繰り返されているが,上記算定方法を点数制度をもって具体的に定めている点では同様である。以下,一連の上記告示を併せて「診療報酬の算定方法」という。),さらに,上記療担規則は,保険医療機関が,療養の給付につき,被保険者から,前記の一部負担金の支払を受けるものとし,これを超える金額の支払を受けることを禁止する趣旨の規定を設けている(5条1項)。

また,法は,療養の給付に含まれない療養に係る保険給付として,特に,被保険者が評価療養(63条2項3号)又は選定療養(同項4号)を受けたときのその療養に要した費用につき保険外併用療養費(86条)を,特定長期入院被保険者以外の被保険者が受けた食事療養(63条2項1号)に要した費用につき入院時食事療養費(85条)を,特定長期入院被保険者が受けた生活療養(63条2項2号)に要した費用につき入院時生活療養費(85条の2)をそれぞれ支給する旨規定している。

このうち,保険外併用療養費の額は,当該療養につき療養の給付に要する費用の額に係る厚生労働大臣の定め(診療報酬の算定方法)を勘案して厚生労働大臣が定めるところにより算定した費用の額(その額が現に当該療養に要した費用の額を超えるときは,当該現に療養に要した費用の額。以下「保険外併用療養費算定費用額」という。)から,その額に療養の給付に係る一部負担金の割合と同じ割合を乗じて得た額(療養の給付に係る一部負担金について減免等の措置が採られるべきときは,当該措置が採られたものとした場合の額。以下「保険外併用療養費一部負担額」という。)を控除した額とされている(法86条2項1号)。また,同号の委任を受けた平成18年厚生労働省告示第496号は,同条1項に規定する療養(食事療養及び生活療養を除く。)についての費用の額の算定については,基本的に診療報酬の算定方法の例によると規定しており,保険外併用療養費については,実質的に療養の給付と同内容の保険給付が金銭で支給されることとされている。

他方で,法63条2項3号の委任を受けた平成18年厚生労働省告示第495号は,評価療養の内容について,「別に厚生労働大臣が定める先進医療(先進医療ごとに別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合する病院又は診療所において行われるものに限る。)」等と定めており,これを受けて,平成20年厚生労働省告示第129号(同告示制定前は,平成18年厚生労働省告示第574号等)が,所定の要件を満たすものとして届け出られた保険医療機関等において受けることのできる先進医療の内容を具体的に定めている。

そして,療担規則は,保険医療機関が,被保険者に係る療養の給付以外の保険給付につき,被保険者から,食事療養,生活療養,評価療養又は選定療養に関し,当該療養に要する費用の範囲内において入院時食事療養費,入院時生活療養費又は保険外併用療養費の額を超える金額の支払を受けることができるものとし,その範囲を超える金額の支払を受けることを禁止する趣旨の規定を設けている(5条)。また,評価療養又は選定療養に関してみると,保険医療機関が被保険者から保険外併用療養費算定費用額(法86条2項)を超える金額の支払を受けることができるのは,あらかじめ,患者に対しその内容及び費用に関して説明を行い,その同意を得た場合に限るものとされている(5条の4第1項)。

イ 旧法の特定療養費に係る制度も,療養の給付と各種療養費の支給との関係及び診療行為の安全性や費用に係る規制等の内容は,基本的に現行法と同様である(なお,健康保険法は,平成14年に大幅に条項を変更する改正が行われており,上記特定療養費に係る制度につき,以下では旧法の条項を掲げるが,制度の概要は昭和59年法以来同様である。)。

旧法は,療養の給付に含まれない療養に係る保険給付として,63条2項所定の選定療養を受けたとき(86条1項2号)のその療養に要した費用につき特定療養費を支給すると規定するとともに,特定承認保険医療機関から高度先進医療に係る療養その他の療養を受けたとき(同項1号)のその療養に要した費用につき特定療養費を支給すると規定していた(同項柱書き)。この旧法における特定療養費の額は,当該療養に食事療養が含まれないときは,当該療養につき療養の給付に要する費用の額に係る厚生労働大臣の定め(診療報酬の算定方法)を勘案して厚生労働大臣が定めるところにより算定した費用の額(その額が現に当該療養に要した費用の額を超えるときは,当該現に療養に要した費用の額)から,その額に療養の給付に係る一部負担金の割合と同じ割合を乗じて得た額を控除した額とされていた(同条2項1号)。また,旧法の下において,同号の委任を受けた平成18年厚生労働省告示第101号は,同条1項に規定する療養(食事療養を除く。)についての費用の額の算定については,基本的に診療報酬の算定方法の例によると規定しており(なお,同条2項1号の委任を受けた厚生労働大臣の定めとしての告示は,昭和59年改正以後平成18年改正に至るまで新告示の制定と旧告示の廃止が繰り返されているが,基本的に診療報酬の算定方法の例によるとしている点では同様である。),特定療養費について,実質的に療養の給付と同内容の保険給付が金銭で支給されることとされていた。

なお,上記の特定承認保険医療機関から受けた高度先進医療に係る療養その他の療養に係る特定療養費の支給は,現行法の評価療養としての先進医療に係る保険外併用療養費の支給(法63条2項3号,86条)とは異なり,旧法の明文において療養の給付に含まれない保険給付であるとは規定されていなかったが,病院又は診療所は同時に特定承認保険医療機関及び保険医療機関であることはできない(旧法86条7項)とされ,病院又は診療所が特定承認保険医療機関の承認を受けたときは,当該病院又は診療所においては療養の給付(入院時食事療養費に係る療養を含む。)は行わない(同条10項)などとされていたことから,保険医療機関等のうち自己の選定するものから受けた選定療養に係る特定療養費と同様に,療養の給付とは異なるものと位置付けられていた。

2(1)  前記1(2)の保険外併用療養費及び特定療養費に係る各制度の沿革及び同(3)の上記各制度に関する関係法令等の定めを前提として,まず,上記各制度の趣旨及び目的について検討する。

前記1(2)ア及びイの事実関係等によれば,昭和59年改正前において,入院料(室料)や歯科材料費に係る差額徴収の取扱いが明確に法定されていなかったため患者の高額かつ不明瞭な自己負担が社会問題化したことに伴い,医療に対する国民のニーズの多様化等に対応して,必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整を図るため,昭和59年改正によって選定療養に関する特定療養費に係る制度を創設する法改正がされたものということができる。これは,保険医療における安全性及び有効性の確保,患者と医療機関との間の情報の非対称性によって生ずる患者側の不当な負担の防止,所得等による医療アクセスの格差の防止,保険財源の限界による保険診療の範囲の縮小の防止等の要請を図りつつ,特別の病室の提供や高額の歯科材料の支給など,本質的な医療サービスの提供の周辺にある付随的な医療サービスについて,患者の取捨選択に委ねることが適当なものを選定療養として法定し,その健康保険上の地位を明確化することにより,その提供と費用の徴収につき適正な運用が図られるようにしたものと解される。

また,前記1(2)ア及びイの事実関係等によれば,昭和59年改正前は,健康保険行政上,保険診療の対象外である高度先進医療に係る療養を一部でも加えた混合診療を受けた場合には,保険診療相当部分を含めて,被保険者が受けた療養全体を保険給付の対象外とする取扱いがされていたところ,質的・量的に高水準の医療基盤を有する医療機関において実施される場合にはその安全性及び有効性が確立されている一方でその実施がいまだ一般には普及していない高度先進医療については,当該医療が一般に普及して療養の給付の対象に組み入れられるまでの間,金銭支給たる保険給付の対象とすることを認める趣旨で,混合診療保険給付外の原則を引き続き採ることを前提とした上で,昭和59年改正によって,特定承認保険医療機関から受けた高度先進医療に係る療養その他の療養に関する特定療養費に係る制度を創設する法改正がされたものということができる。これは,前記のような要請を図りつつ,医療に対する国民のニーズの多様化や医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応して,高度先進医療に係る療養の提供と費用の徴収につき健康保険制度の弾力的な適用が図られるようにしたものと解される。

そして,前記1(2)ウの事実関係等によれば,平成18年改正により導入された保険外併用療養費に係る制度も,金銭支給たる保険給付の対象となる診療が評価療養と選定療養として再構成されるとともに,従来の特定承認保険医療機関に係る制度が廃止され,所定の要件を満たすものとして届け出られた保険医療機関等において評価療養の一つとしての先進医療を実施することができると改正され,実施医療機関の選定手続が簡素化されている点などが異なるだけで,基本的には前記内容の特定療養費に係る制度を引き継ぐものであって,金銭支給の基本的な構造を共通にするものであるといえ,その趣旨及び目的は,特定療養費の場合と同様に,医療に対する国民のニーズの多様化や医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応するため,患者に対する事前の説明義務等を含む適正なルールの下に高度先進医療又は選定療養に係る混合診療を可能とする特定療養費に係る制度の構造を基本的に維持しつつ,その範囲の拡大や承認の簡素化及び新技術の導入の迅速化を図るものであると解される。

以上のような立法の経緯等に照らすと,旧法における特定療養費に係る制度及びこれを引き継いだ現行法における保険外併用療養費に係る制度のいずれも,国民皆保険の前提の下で,医療の公平性や財源等を含めた健康保険制度全体の運用の在り方を考慮して,混合診療保険給付外の原則を引き続き採ることを前提とした上で,被保険者が所定の要件を満たす評価療養(旧法では特定承認保険医療機関から受ける高度先進医療に係る療養その他の療養)又は選定療養を受けた場合に,これと併せて受けた保険診療相当部分をも含めた被保険者の療養全体を対象とし,基本的にそのうちの保険診療相当部分について実質的に療養の給付と同内容の保険給付が金銭で支給されることを想定して創設されたものと解される。

(2)  次に,法86条等の規定の解釈について検討するに,同条1項において,被保険者が「評価療養又は選定療養を受けたとき」に「その療養に要した費用」について保険外併用療養費を支給するものとされ,同条2項1号において,「当該療養」についての保険外併用療養費算定費用額を「第76条第2項の定め」すなわち療養の給付に要する費用の額に係る厚生労働大臣の定め(診療報酬の算定方法)を「勘案して厚生労働大臣が定めるところにより」算定すべきものとされており,前示の制度の趣旨及び目的に照らせば,法86条にいう「その療養」及び「当該療養」は,評価療養又は選定療養に相当する診療部分だけでなく,これと併せて被保険者に提供された保険診療相当部分をも含めた療養全体を指し,基本的にそのうちの保険診療相当部分について保険外併用療養費算定費用額,ひいては保険外併用療養費の額を算定することを想定して規定されているものと解するのが相当である。このことは,上記療養全体の中で評価療養又は選定療養の中に含まれない保険診療相当部分と評価療養又は選定療養の中に固有に含まれる基礎的な診療部分とを切り分けることが実際には困難であることや,旧法86条1項柱書きにいう「その療養」が同項1号との関係において被保険者が特定承認保険医療機関から受けた高度先進医療に係る療養その他の療養をいい,被保険者の受けた療養全体を指すものとして規定されていたこと(昭和59年法44条1項においても同様である。)からも首肯することができる(法86条2項では,「当該療養に食事療養が含まれるとき」又は「当該療養に生活療養が含まれるとき」と規定され,「当該療養」の中に評価療養の内容を成す先進医療とは別に「食事療養」又は「生活療養」が含まれ得ることが当然の前提とされている。他方,入院時食事療養費は,平成6年法律第56号による健康保険法の改正により創設されたものであり,入院時生活療養費は,平成18年改正により創設されたものであるが,いずれも「療養の給付と併せて受けた」食事療養又は生活療養に要した費用について支給されるものであって(法85条1項,85条の2第1項),療養の給付が行われることを前提に,これにいわば上乗せするものとして支給されるものであることが法文上明らかにされているから,このような規定の内容や文言等を異にする制度の存在は,上記の解釈を左右するものではない。)。法の規定の委任を受けた省令や告示等の定めにおいて,評価療養(旧法では上記高度先進医療に係る療養その他の療養)又は選定療養の要件に該当するものとして診療が行われた場合に支給される保険外併用療養費の金額の算定方法について,特定療養費の場合と同様に,療養の給付に要する費用を算定する場合に適用される診療報酬の算定方法の例によって算定された費用額(保険外併用療養費算定費用額)から,療養の給付に係る一部負担金の算定割合と同じ割合によって算出された被保険者の自己負担額(保険外併用療養費一部負担額)を控除した額とされているのは,前示の制度の趣旨及び目的を踏まえて保険外併用療養費の額を実質的に療養の給付と同内容のものとすることとして定められたものであり,法の委任の範囲内にあるものということができる。なお,法86条1項の「その療養」の意義につき,評価療養又は選定療養に係る診療部分を指すと解する余地も規定の文理の解釈としてあり得るところではあるが,以上に説示した立法の趣旨及び目的並びにその経緯や健康保険法の法体系全体の整合性,療養全体中の診療部分の切り分けの困難性等の観点からすれば,その文理のみに依拠してこのような解釈を採ることについては消極に解さざるを得ないというべきである(選定療養との関係における旧法86条1項柱書きの「その療養」の意義についても,同様である。)。

(3)  以上に鑑みると,評価療養の要件に該当しない先進医療に係る混合診療においては保険診療相当部分についても保険給付を行うことはできない旨の解釈(混合診療保険給付外の原則)が,法86条の規定の文理のみから直ちに導かれるものとはいい難いものの,同条において評価療養について保険外併用療養費に係る制度が定められたことについては,一つの疾病に対する療養のうち,保険給付の対象とならない自費の支出を要する診療部分(先進医療に相当する診療部分等)のあることを前提として(法86条4項において準用する法85条5項参照),基本的に保険給付の対象となる診療部分(保険診療相当部分)について金銭支給をすることを想定して設計されたものと解してこそ,被保険者が一部負担金以外には支払を要しない現物給付としての療養の給付に係る制度とは別に,これに含まれない金銭支給としての保険給付である保険外併用療養費に係る制度を設けたことが意味のあるものとなることに加え,前記の制度の趣旨及び目的や健康保険法の法体系全体の整合性等の観点からすれば,上記の解釈が導かれるものと解するのが相当である。すなわち,保険医が特殊な療法又は新しい療法等を行うこと及び所定の医薬品以外の薬物を患者に施用し又は処方すること並びに保険医療機関が被保険者から療養の給付に係る一部負担金の額を超える金額の支払を受けることが原則として禁止される中で,先進医療に係る混合診療については,保険医療における安全性及び有効性を脅かし,患者側に不当な負担を生じさせる医療行為が行われること自体を抑止する趣旨を徹底するとともに,医療の公平性や財源等を含めた健康保険制度全体の運用の在り方を考慮して,保険医療機関等の届出や提供される医療の内容などの評価療養の要件に該当するものとして行われた場合にのみ,上記の各禁止を例外的に解除し,基本的に被保険者の受ける療養全体のうちの保険診療相当部分について実質的に療養の給付と同内容の保険給付を金銭で支給することを想定して,法86条所定の保険外併用療養費に係る制度が創設されたものと解されるのであって,このような制度の趣旨及び目的や法体系全体の整合性等の観点からすれば,法は,先進医療に係る混合診療のうち先進医療が評価療養の要件に該当しないため保険外併用療養費の支給要件を満たさないものに関しては,被保険者の受けた療養全体のうちの保険診療相当部分についても保険給付を一切行わないものとする混合診療保険給付外の原則を採ることを前提として,保険外併用療養費の支給要件や算定方法等に関する法86条等の規定を定めたものというべきであり,規定の文言上その趣旨が必ずしも明瞭に示されているとはいい難い面はあるものの,同条等について上記の原則の趣旨に沿った解釈を導くことができるものということができる。

(4)  以上のとおりであるから,法86条等の規定の解釈として,単独であれば療養の給付に当たる診療(保険診療)となる療法と先進医療であり療養の給付に当たらない診療(自由診療)である療法とを併用する混合診療において,その先進医療が評価療養の要件に該当しないためにその混合診療が保険外併用療養費の支給要件を満たさない場合には,後者の診療部分(自由診療部分)のみならず,前者の診療部分(保険診療相当部分)についても保険給付を行うことはできないものと解するのが相当である。所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。

第3上告代理人本田俊雄ほかの上告理由のうち憲法14条1項,13条及び25条違反をいう部分について

論旨は,憲法14条1項,13条及び25条違反をいうが,前記第2に説示したところによれば,健康保険により提供する医療の内容については,提供する医療の質(安全性及び有効性等)の確保や財源面からの制約等の観点から,その範囲を合理的に制限することはやむを得ないものと解され,保険給付の可否について,自由診療を含まない保険診療の療法のみを用いる診療については療養の給付による保険給付を行うが,単独であれば保険診療となる療法に先進医療に係る自由診療の療法を加えて併用する混合診療については,法の定める特別の要件を満たす場合に限り療養の給付に代えて保険外併用療養費の支給による保険給付を行い,その要件を満たさない場合には保険給付を一切行わないものとしたことには一定の合理性が認められるものというべきであって,混合診療保険給付外の原則を内容とする法の解釈は,不合理な差別を来すものとも,患者の治療選択の自由を不当に侵害するものともいえず,また,社会保障制度の一環として立法された健康保険制度の保険給付の在り方として著しく合理性を欠くものということもできない。

したがって,混合診療保険給付外の原則を内容とする法の解釈が憲法14条1項,13条及び25条に違反するものであるということはできない。以上は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。

第4その余の上告理由について

上告人のその余の論旨は,違憲及び理由の不備をいうが,その実質は単なる法令違反をいうものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫,同岡部喜代子,同大谷剛彦の各補足意見,裁判官寺田逸郎の意見がある。

裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

私は,本件は一審と原審において法86条の解釈を異にし,当審の解釈が今後の医療保険制度の実務運用にも大きな影響を及ぼすものであることに鑑み,以下のとおり補足的意見を述べる。

1  法の規定は明解に定められるべきである。

多数意見にて指摘するとおり,厚生労働省は,従前から保険診療における混合診療保険給付外の原則を解釈として採用してきたが,昭和59年改正及び平成18年改正の際に,法にその旨の明文の規定を設ける機会が存したにも拘わらず,その趣旨の規定を設けようとせず,また,それらの法改正に係る国会審議の場においても,混合診療保険給付外の原則の適否が正面から論議されることはなかった。同原則の適否は,医療制度全体の中で健康保険に係る給付をどのように位置付けるかという高度な政策判断が求められる問題であり,開かれた場で多くの利害関係者の参加の下に掘り下げた議論がなされることが望ましい問題であるといえるが,上記のとおりこれまでの法改正の過程で正面から取り上げて議論されることがなく,また本件訴訟においても,その点につき双方から十分な主張がなされることはなかった(なお,この点に関する寺田裁判官の指摘は傾聴に値するものであり,「仕組み全体やその運用一般の合理性について相応の検討が求められていたのではないかと思われる」と指摘される点は同調できる。)。

多数意見にて指摘するとおり,現行法86条は,その立法趣旨や立法経緯,法のその他の規定及び療担規則等と相俟って,混合診療保険給付外の原則を定めたものと解するのが相当であるが,その解釈を導くに当たり相当の法的論理操作を要するのであり,また法の規定の文言上は他の解釈の余地を残すものとなっている。そのこともあって,本件では一審と原審とで法86条の解釈が相違し,結論を異にするに至った。

法の規定の明確性は,法による統治の基本を構成するものであり,その基本的な点において異なった解釈の余地のない明解な条項が定められることが望ましいといえる。

殊に,法の規制の対象者が広範囲に及ぶ場合には,明解な規定が定められることがより一層求められる。そして混合診療保険給付外の原則は,法の直接の規制対象たる保険医,保険医療機関のみならず,保険給付を受ける患者にとっても大きな利害関係が存する制度だけに,それらの利害関係者が容易にその内容を理解できるような規定が整備されることが望まれるといえよう。

2  混合診療保険給付外の原則の基準の明確化の必要性

本件では,腎臓癌という単一の疾病につき同一医療機関において保険の対象となる療養の給付に係る診療と保険給付外の診療が行われたケースであって,その構造は単純である。しかし,例えば,以下の①~③等の各場合に同原則が適用されるのか否かについて,法及び関連諸規定によっても明確でなく,また公表されている文献においても余り論議されておらず,そのことが本来は同原則が適用されない場合であるに拘わらず,その適用があることを慮る医療機関が,患者の求める保険給付外の診療を差し控えるという萎縮診療に繋がる可能性がある。また,公表されている文献によれば,診療の現場でも同原則の適用の有無を巡って若干のトラブルがあることが窺える。

それ故,萎縮診療や診療現場でのトラブルの防止の観点からは,現に診療に携わる医療機関の意見を十分に徴した上で,広く利害関係者が参画する審議会や研究会等の然るべき機関によって一定の準則が明示されることが望ましいといえよう。

なお,その基準の策定に当たっては,長らく治験薬としてその使用が認められながら,評価診療の対象にも加えられていない丸山ワクチンを末期癌患者が最後の頼りとして従来の医療機関以外の医療機関において投与を受けたような場合にも,それが同原則に該当するとして,従来なされてきた保険の対象となる療養の給付を,保険給付の対象外と解するような硬直的な基準とはならないよう十分な配慮がなされることが必要であると考える。

①  甲の疾病でA医療機関から保険給付に係る診療を受ける傍ら,同一期間内に同疾病についてB医療機関で保険給付外の診療を受ける場合,同原則は適用されるのか否か。

②  A医療機関で甲の疾病により保険給付に係る診療を受けている際に,甲の疾病とは関連しない乙の疾病に罹り,それにつき同医療機関で保険給付外診療を受けた場合,それは同原則の適用外と解してよいか。

上記の場合に同原則が適用されないと解したとき,両疾病に係る基礎的診療行為が共通する場合に,その部分は元々保険給付の適用対象であったのであるから,引き続き保険給付の適用対象となると考えてよいか。

また,当初乙の疾病により保険外診療を受けていて,その後甲の疾病により保険給付に係る診療を受ける場合,両疾病に係る基礎的治療行為が共通するときには,それまで保険外診療であった基礎的治療行為に係る部分を甲疾病の保険給付に係る診療として取り扱うことができるか。

③  A医療機関で甲の疾病により保険給付に係る診療を受けているときに,甲の疾病に関連して乙の疾病に罹り,乙の疾病に保険給付外診療を受けた場合には,それにより甲の疾病に係る診療も同原則の適用を受けることになるのか。

乙の疾病については,A医療機関ではなくB医療機関で保険給付外診療を受けた場合はどうか。

その他①~③以外にも同原則の適用の可否が問題となり得る事例は多数に上るが,それらの点についても,準則が明示されることが望ましいといえよう。

3  評価療養制度について

被上告人は,本訴において明確に主張していないが,厚生労働省が公表している資料によれば,平成18年の法改正後,評価療養の対象となる先進医療には毎年十数件が追加され,また2年に一度実施される診療報酬改正の際には,評価療養の対象とされていた先進医療の中から,平成20年度には24件が,平成22年度には12件がそれぞれ保険診療の療養の給付の対象とされるに至っており,同法改正に先立ち,平成16年12月15日付けの厚生労働大臣と内閣府特命担当大臣による「いわゆる『混合診療』」問題に係る基本的合意」の趣旨に則って,先進医療の評価療養への採用及び評価療養の対象から順次保険診療の療養の給付の対象にするという,平成18年改正法の趣旨が十分に活かされているといえ,一部で懸念されている混合診療保険給付外の原則が平成18年改正法以後も適用されることによる弊害は,現時点では窺えないといえよう。

なお,医療技術及び新薬の開発の進展は目覚ましく,殊に外国でその有効性及びその安全性が確認された医療技術や新薬の早期使用は,既存の適切な治療方法から見放された患者が切望するところでもあるので,それらの医療技術や新薬が迅速に評価療養の対象となるよう,より一層適切に運用されることが望まれるといえよう。

4  保険外併用療養費の負担について

保険外併用療養費については,一般に保険診療の療養の給付に相当する部分は療養費が給付され,その余の部分(保険診療の療養の給付外の療養に係る部分)は全額自己負担になると解され,実際にもそのように運用されているが,法の規定自体は,当然にかかる解釈を導く規定とはなっていない。

即ち,保険外併用療養費の額は,原則として,当該療養につき法76条2項(療養の給付に係る費用の額-診療報酬の算定方法)の定めを勘案して,厚生労働大臣が定めるべきところにより算定した費用の額から,その額に法74条1項各号に掲げる場合の区分に応じ,同項各号の定める割合を乗じて得た額(保険診療の療養の給付に係る自己負担額)を控除した額と定める(法86条2項1号)。

以上のように保険外併用療養費の額は,診療報酬の算定方法を勘案して厚生労働大臣が定めるものとされているのであって,その療養費の額を定める対象を診療報酬の算定方法に掲載されているものに限定しているものではない。実際には,法86条2項1号による厚生労働大臣の告示は,診療報酬の算定方法と同一に定められているが,特定の評価療養に係る療養費については,保険給付の対象外の療養費であっても,保険診療の療養の給付に係る自己負担相当部分を除き,告示において,類似する診療報酬の算定方法を勘案して,一定の範囲で保険外併用療養費を支給するものと定めることは法律上は可能である。ただし,そのような支給をするものと定めるか否かについては,厚生労働大臣の広範な裁量に委ねられているのであるから,厚生労働大臣がかかる裁量権を行使しないことをもって違法ということはできない。

裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。

上告人は,原審が審理において「不可分一体論」を問題としない旨宣言しながら,原判決において不可分一体論を採用していると非難するのでこの点について補足する。

上告人が腎臓がんに罹患し,当該腎臓がんの治療としてインターフェロン療法及びLAK療法を受けていたことは上告人自身が認めるところである。健康保険法に基づく保険給付は,保険事故である疾病,負傷,死亡又は出産に対してなされるものである(法1条,63条)。保険給付は当該疾病を治療するためになされるのである。本件における保険事故は上告人の腎臓がんであるから,本件における保険給付は当該腎臓がんに対する治療として行われるもの全てに対してなされるものということになる。インターフェロン療法もLAK療法に固有の基礎的診療部分も当該腎臓がんに対する治療である。したがって,同一疾病である上告人の腎臓がんに対する保険外の診療(自由診療)であるLAK療法がなされたときには,当該疾病に対する治療は基礎的部分か否かに関わりなく全て保険給付の対象から除かれることになり,インターフェロン療法も保険給付の対象ではなくなるのである。その根拠は,多数意見の述べるところをもって十分に尽くされているというべきである。ただ,健康保険法が何故にそのような構造を採用したかということを考えるならば,そこには,ある一個の疾病に対する治療は一体としてなされるのであるという不可分一体論が潜在していることは否定できない。しかし,本件においては,上記のとおり,不可分一体論について検討するまでもなくインターフェロン療法は保険診療外となることが認められるのであるから,上告人の上記非難は当たらないのである。不可分一体論は,ある治療が当該疾病に対するものであるか否かが問題となったときに検討されることとなろう。

上記のように,混合診療保険給付外の原則により,ある一個の疾病について保険外の診療(自由診療)を受けた場合には,その疾病に対する保険給付を受給できなくなるのであるから,受給できなくなる範囲は相当程度広いものといわざるを得ない。その意味で,混合診療保険給付外の原則は受給者に対して重大な影響を及ぼすものである旨の上告人の主張は理解できるところである。しかし,多数意見の述べるとおり,現在においては混合診療保険給付外の原則が厳格に貫かれているわけではなく,保険外併用療養費に係る制度の下で評価療養として認められれば,保険診療相当部分については上記療養費が支給されるのである。現状における混合診療保険給付外の原則は,既に緩和されているといわなければならない。このような状況の下においては,しかるべき医療技術が評価療養として認められるという実態と信頼が混合診療保険給付外の原則ないし保険外併用療養費に係る制度の合理性を担保する要である。先進医療が評価診療として認定されるために定められた手続にのっとって,しかるべき医療技術が評価療養として取り入れられること,そして,これらの手続においてその医療技術の有効性の検証が適正,迅速に行われることが,この制度にとって正に肝要であるといわなければならない。以上付言する。

裁判官大谷剛彦の補足意見は,次のとおりである。

1  本件は,健康保険の被保険者である患者が,腎臓がんという疾病に関し,それ自体は療養の給付として健康保険の適用される診療であるインターフェロン療法に加え,先進医療であって評価診療としては認められていない診療であるLAK療法を併用するいわゆる混合診療を希望したところ,この場合は併用診療全体として保険は適用されないとの解釈(混合診療保険給付外の原則)を踏まえて医療機関側から受診を拒まれたため,インターフェロン療法については健康保険法に基づく療養の給付を受けることの地位ないし権利があることの確認を求める訴訟である。

ところで,健康保険法は,被保険者である患者が受けることのできる保険の適用のある診療やその診療に当たって負担する費用については,保険給付の種類(法52条)とその内容の概略(法63条),また費用の一部負担金の割合などを規定するが,具体的な保険適用の対象となる診療の範囲,複数の診療を組み合わせた場合の取扱い,また具体的な費用額の算定や保険適用額を超える費用の支払の要否などは,多くを省令,規則,告示等の下位規範に委ねている。そしてこれら規範も保険給付を提供する側の保険医療機関を対象にしているため,被保険者として受けられる保険適用のある診療やその場合の費用負担については,法が正面から規定を置かず,診療を提供する側についての規範のいわば裏返しとして,診療を受ける患者側の権利,義務が導かれることになり,被保険者である患者の側からすると甚だ分かりにくい法構造となっている。

2  現行健康保険法において,保険給付として,保険が全面的に適用される「療養の給付」としての診療(患者には保険医療機関から現物としての診察,治療等が行われ,「療養の給付に要する費用」は保険者から保険医療機関に支払われる。)と,先進医療に関し,「療養の給付」に含まれない「評価療養」としての診療(患者は診療を受けたときは費用を保険医療機関に支払うが,「保険外併用療養費」(療養の給付の費用額を勘案して定められる費用)として保険の適用される分を保険者が患者に支給して補填する。なお,療養の給付と同様の費用支払方法も認められている。)について規定を置くが,法はそれ以外の先進医療をどのように取り扱うかについては,正面から規定を置いていない。安全性,有効性が確認されて保険適用される「療養の給付」に当たる診療と,それに向けての検証,評価段階にある「評価療養」に当たる診療(旧法下では安全性,有効性が認められるが普及性を充たさない「高度先進医療に係る療養」)以外の診療は,保険の適用がない「保険外診療」になると解釈されることは,多数意見において前記の法構造の故に多言を要することになったが,詳細に説明するとおりである。上告人側の主張や一審判決のように,国民皆保険の理念や条文上の局部的な文理を捉えて,「評価療養」以外の診療にも常に「療養の給付」に当たる部分は保険が適用されるとの解釈も成り立ち得ないわけではないが,素直な文理の解釈,「評価診療」制度の法における位置付け,下位規範も含めた法規範全体の体系的理解,立法の経緯と立法趣旨等を総合して解釈すると,上告人側の主張は採り得ないといわざるを得ないところである。

そして,このような立法とその解釈(いわゆる「混合診療保険給付外の原則」)の合理性という点では,かつて一部の療養に差額徴収を認める自由診療方式を認めたところ,患者側が高額な差額支払を求められて社会問題化された経緯を踏まえ,「国民の生活水準の向上や価値観の多様化に伴う医療に対する国民のニーズの多様化,医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応して,必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整を図る」という観点から,先進医療の有効性,安全性を検証,評価する段階の評価療養・保険外併用療養費の制度(旧法下での高度先進医療に係る療養・特定療養費制度)が設けられ,差額徴収を認める自由診療の範囲をこれに限って明確に画し,その場合の徴収方法や補填支給方法も療養の給付に要する費用とは別に定め,一方,これにも当たらない診療については,保険においてより必要な医療の確保を図る(保険原資の平等な分配ないし受益ともいえる)との観点から,むしろ保険の適用外に置いて診療を抑制(規制)することは,立法政策,立法裁量として(保険者,保険医療機関,被保険者それぞれにとって)相応の合理性を有すると考えられる。この点は,立法と以上のような解釈が,憲法に違反するものではないと解されるゆえんでもある。

3  ところで,被保険者に対する保険適用の当否は,法63条の規定からも疾病を単位に,疾病ごとに考えることになるが,一つの疾病でも症状に応じ様々な診療のバリエーションが考えられるのであり,例えば療養の給付に当たる診療と保険外診療との組合せ,評価診療と保険外診療の組合せなども往々にして生じよう。このような組合せによる診療の場合の取扱いを正面から律する規定は存在せず,法86条が「保険外併用療養費」の項目の下に評価診療の場合のみを規定しているところを見ても,保険適用のある診療に保険外診療が加わった場合にも前記の解釈を演繹して,併用された診療がやはり全体として保険適用の範囲外に置かれると解されることになろう(多数意見第2の2(4)。これが本来の混合診療の場面で,保険給付外の原則が適用されることになる。)。このような取扱いは,大量に生じる多様な事象に対処する上で,画一的な処理の要請から併用一般を念頭に置いた原則の適用としてやむを得ない面があるが,例えば,比重の大きい療養の給付に当たる診療に比重の小さい保険外診療を組み合わせた場合や,先進医療で安全性と有効性が確認されて保険適用ありとされた療養の給付に当たる診療に保険外の先進医療を組み合わせる場合に,全体が保険外併用診療として保険の適用外に置かれることになり,その合理性が問われ,患者側からすると過剰な規制と映ることも理解できるところである。

このような合理性が問われる場面の解決を,法の文理的解釈をもって行うとなると,保険給付制度の全体的な枠組みに影響が及び,今度は他方におけるこの原則の合理的な規制としての意味が損なわれ,保険外診療の増加とこれに伴うかつての自由診療の弊が生じかねず,また必要な医療の確保を図る健全な制度運営への支障を来しかねない。患者において保険外診療を併用するとの選択を控えれば保険適用のある診療を受けることができるのは当然であるが,なおその選択へのニーズが高く,不合理性がクローズアップされるのは,併用される保険外診療の有効性が謳われ,その受診を患者が希望しても,実際上療養の給付部分にも保険が適用されなくなることから受診を断念せざるを得なくなるとか,医療機関側も費用補填のない以上提供を拒むことになるような場合であろう。これは,やはり「医療に対する国民のニーズの多様化,医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応して,必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整」の問題であり,その問題意識からの議論を経て,高度先進医療に係る療養・特定療養費の制度が創設され,更に適用要件を緩和する評価療養・保険外併用療養費制度に発展してきており,この問題への穏当な解決へのレールが敷かれてきている。これらの制度の運用により漸次検証,評価段階の中間的な保険適用の療養の増加が見られ,また,その検証,評価を経て療養の給付に取り込まれる療養も蓄積されて成果が得られてきている。医療技術の進歩に伴う医療サービスの高度化は目覚ましく,ニーズの多様化も進みつつあり,混合診療保険給付外の原則の合理性が問われる場面を減少させる意味からも,更なる迅速で柔軟な制度運営が期待されるところである。

裁判官寺田逸郎の意見は,次のとおりである。

1  いわゆる混合診療については,法86条等の解釈上,「療養の給付」の対象に当たらない診療である自由診療部分のみならず,それ自体は「療養の給付」の対象に当たる保険診療相当部分についても保険給付を行うことができないこととする原則(混合診療保険給付外の原則)がとられていて,「療養の給付」の対象に当たらない診療が「評価療養」(旧法では「特定承認保険医療機関のうち自己の選定するものから受けた療養」)又は「選定療養」の要件を満たす場合に限って保険診療相当部分につき保険給付を行うものとする仕組みとなっているという理解において,私も多数意見と立場を同じくし,また,上告人の請求は認められるべきではなく,その旨の原審の判断結果を正当と認めて上告を棄却すべきであるという結論においても,多数意見に異論はない。ただ,法の解釈が上記のようなものであるとすると,憲法,なかんずく憲法14条1項に違反するとの上告人の主張に対し,多数意見の立場は,本件において上告人に対する措置の違憲を理由として上告人の請求及び上告を容れることができないとする限度では相当であるものの,一般的に,制度がどのような基準に従い,どのように運用されるのか,その運用において合理性のある仕組みとして機能し続ける保障があるのかについて疑問があり,原審の審理結果に依拠してその判断をそのまま是認することには躊躇を覚え,その点で多数意見に与することができないと考えるので,この点につき意見を付しておきたい。

2(1)  上記のような解釈の下で法の関係規定が憲法14条1項に違反しないことについて,原審も,多数意見も,(ア)保険により提供する医療について,保険財源の面からの制約や提供する医療の質(安全性,有効性等)の確保等の観点から,その範囲を制限することはやむを得ないこと,(イ)自由診療を含まない保険診療の療法のみを用いる診療と単独であれば保険診療となる療法に先進医療に係る自由診療の療法を併用する混合診療とで保険給付の受給の可否について区別を設けることにも,医療の質を確保する等の観点から合理性があるとの説明をしている。この判断は,健康保険法に関する昭和59年改正から平成18年改正へと至る経緯が,多数意見に示されたとおり,医療に対する国民のニーズの多様化,医学・医術の進歩に伴う医療サービスの高度化に対応して必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整を図ることを念頭に置いて,「特定承認保険医療機関から受ける高度の医療に係る療養その他の療養」というべき概念を一つの基準に据えた特定療養費制度がまず創設され,次いで,新技術の導入の迅速化等を図るとして高度先進医療についての扱いを承認すべき保険医療機関の特定から切り離し,「評価療養」として再構成した保険外併用療養費制度に移行することを柱として,漸次対応を進めてきたことに沿っているところであり,提示された問題が社会保険における受給権が与えられるべき要件についてであるという事の性格に重きを置いて考えたときは,一般的には相当性を欠く判断であるとはいい難いように思える。

(2)  しかし,上記の判断に直ちに与しないのは,そうすることに躊躇を感じさせる事情が本件にはあるからである。

ア 法の解釈が上記のとおりであるという前提をとる場合に,上記の制度の合理性を検討する上で問題となるのは,単なる保険給付が行われるための要件ではなく,第1に,単独であれば療養の給付の対象として保険給付が行われる療法について,他の特定の療法と併用する場合には療養の給付の対象であるはずの保険給付が否定されるという仕組み自体であり,次に,その仕組みの中での「併用すると本来の給付をも否定する対象」の決め方,いわば,給付を受ける権利の阻害要件として機能するものの在り方である。このうち仕組み自体の合理性については,議論のあるところであり,避けては通れないところであるが,ここでは,受け容れ難い有効性を欠く療法など一定の療法が行われることに対する対応策としてそれ自体不合理なものであるとはいい難いであろうという一応の結論を示すにとどめ,その次に来る「要件の決め方」に注目したい。

イ 現行法の下では,保険給付が認められるかどうかの観点からみると,療法一般は,(ア)全面的に保険給付が認められる対象となる療法,(イ)全面的に保険給付が認められる対象ではないが,全面的に保険給付が認められる対象となる療法と併用する場合に併用する療法についての保険給付に相当する給付が否定されることがない療法,(ウ)全面的に保険給付が認められる対象でなく,全面的に保険給付が認められる対象となる療法と併用すると併用する療法についての保険給付に相当する給付も否定される療法,の3つに分かたれることになる。これらを仮に,推奨療法((ア)),随意療法((イ))及び忌避療法((ウ))と称することとしよう。それぞれの対象範囲を決める場合に,推奨療法を随意療法等から分かつ基準については,財政上の都合,医療サービス供給体制の実情への配慮などもあり,決定権者に相当の裁量が認められるものであっても全く不合理ではない。これに対し,忌避療法は,権利を否定するものとして機能する範疇なので,より厳格な指針をもって範囲を決める仕組みとすべきものである。そうすると,本来であれば,まず忌避療法をその他からどう分かつかを基準を定めて決め,残る療法の中から諸事情を勘案して推奨療法を決めるとする決め方が適切であるということになろうが,法律のたどってきた経緯や技術的困難から,推奨療法と随意療法とを基準を定めて決め,残されたものが忌避療法であるとすることも不相当とはいえまい。しかし,そうであるとしても,推奨療法から分かたれた残りの療法の中で,どれを随意療法とし,どれを忌避療法とするかについては,できる限り決定権者の裁量を排し,この仕組みが目的とするところに沿った明確な基準,方法により決定ができる仕組みが求められるはずであるとはいえよう。

ウ この観点から旧法及び法の規定を見ると,上記イで論じた随意療法に相当する対象は,昭和59年改正においては,「学校教育法に基づく大学の附属施設である病院その他の高度の医療を提供するものとして厚生労働省令で定める要件に該当する病院又は診療所であって厚生労働大臣の承認を受けたもの(特定承認保険医療機関)のうち自己の選定するものから受けた療養」という具合に大臣の承認を受けた医療機関の提供する医療という抽象的な形式しか決められておらず(旧法86条1項1号),また,平成18年法においても,「評価療養」について「厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって,療養の給付の対象とすべきものであるか否かについて適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な療養として厚生労働大臣が定めるもの」との規定が置かれ(法63条2項3号),旧法ほど原理がわかりにくくはないものの,厚生労働大臣が決定に当たり社会保険医療協議会に諮問する対象からも外されていて(法82条1項ただし書),結局,どのような基準でどのような手続により決められるのかは旧法及び法の上では不明確で,厚生労働大臣の大幅な裁量に委ねられているといわざるを得ない。

エ 記録によると,「混合診療保険給付外の原則」の憲法14条1項との関係における合理性について被上告人が主張するところの核心は,「保険適用が認められていない薬物・医療技術には安全性と有効性に問題があるものが多いところ,国民が安全性と有効性の確認された医療以外の医療を受ける機会をできる限り避けるため,混合診療が行われるときは本来の保険診療部分にも保険給付を認めないということとするという抑止的な措置をとることが必要である。」ということ(以下「安全性・有効性確保論」という。)である。ところが,被上告人が第1審において混合診療保険給付外の原則を採用することの根拠として真っ先に挙げたのは「公的医療保険制度の下では個々人の医療を受ける機会がその経済的な負担能力に左右されないようにすることが望ましく,混合診療について本来の保険診療部分に保険給付を認めることは経済的負担能力がある者がより多くの医療を受ける機会を得ることになって相当でないから,これを否定せざるを得ない。」ということ(以下「公的医療平等論」という。)であり,安全性・有効性確保論はその後に続く柱の一つにすぎなかったのであって,安全性・有効性確保論に重点を置く主張がされたのは,ようやく原審で計7回行われた弁論準備手続の第5回においてである。公的医療平等論は,もともと昭和59年改正前から国の制度論を支えていた哲学とでもいうべき基本的な考え方とみられ,この考え方の下では,自由診療を保険制度と関連付けて公認することを極力避けようとする傾向がみてとれるだけに,この考え方がなお制度の根底に据えられているとするならば,評価医療の認定対象は極めて限定的となることも十分考えられる。

オ 混合診療保険給付外の原則については,旧法及び法の規定ぶりがわかりやすい構成をとっていないこともあって,本件訴訟においては,第1審以来,保険外併用療養費制度及びその前身に当たる特定療養費制度を定める法の解釈論議に多くが費やされ,原審においても,第1回口頭弁論が開かれた後,弁論終結となった第2回口頭弁論までの間に続けられた7回にわたる弁論準備手続の最終段階においてもなお解釈論に絞った主張が交わされていたことにみられるように,実質的には解釈論議に終始したといってもよく,この原則がどのような目的を達成するための手段としてどのように合理的であるのかについての立ち入った議論が深められるには至らなかったように見受けられる。しかし,本件訴訟において上告人が問うているのは,等しくインターフェロン療法を受ける場合であっても,受けるのがインターフェロン療法だけであれば療養の給付の対象として保険給付が行われるのに対し,LAK療法と併用しているばかりにインターフェロン療法についての療養の給付も否定され,保険給付が全く受けられないことは不当ではないかというのであるから,まさにこの上記の原則の下で定められている仕組みの「手段としての目的との間の合理的な関連性」に係るものであったのであり,仕組み全体やその運用一般の合理性について相応の検討が求められていたのではないかと思われる。

「国民に特別の手当を支給するが,手当の趣旨にそぐわない収入がある者には支給しない。手当の趣旨にそぐわないかどうかは支給する側で適宜判断する。」と言われれば,首をかしげざるを得ないであろう。保険外併用療養費制度及びその前身に当たる特定療養費制度のここで問題にしている部分では,まさしくこれと本質的に似た構造がとられているように思われ,現実に制度がどのような目的のためにどのように運用されるかは旧法及び法の規定では明らかにされず,それだけでは運用をリードする基準がいかなるものであるかが明らかでないということについての疑問を解消することができない。

以上の次第で,この点に関する多数意見の説明を首肯するには至らないのである。

3  ただ,本件について上告人が併用するべきものとして主張するLAK療法に絞ってみると,多数意見に示されたとおり,特定療養費制度の下で一旦高度先進医療に係る療養として認められていたことがあるが,平成18年1月に,厚生労働省に設けられた高度先進医療専門家会議により有効性が明らかでないと判断され,同年4月に,これを受けて,厚生労働大臣が告示中に高度先進医療として認める対象から除く措置を執り,平成18年改正後も引き続き高度の医療技術を用いた療養としての評価医療の範囲に含まれていないというのであって,記録中には,この措置をとった判断を額面どおりに受けとることにつき疑いを抱かせる事情及びこの判断を変更すべき事情が何ら窺われない以上,この措置及び上記の仕組みの本件への適用としての上告人の例に係る運用を合理性を欠いた憲法に反するものと認めることはできない。法の関係規定が上告人の行為を規制する性格のものではないことをも考慮すると,本件においては,上記の関係にある上告人が保険給付を受ける権利を有するとはいえないとの結論をとることが相当であり,本件上告を棄却すべきであるとする多数意見の結論には異議はない。

(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 寺田逸郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例