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最高裁判所第三小法廷 平成26年(受)2454号 判決 2016年3月15日

主文

原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村久也ほかの上告受理申立て理由について

1  本件は,更生会社である株式会社A(平成24年3月1日に商号をB株式会社に変更した。以下,この商号変更の前後を通じて「A」という。)の管財人である被上告人が,Aにおいて,上告人Y1(以下「上告人Y1」という。)により組成され上告人Y2(以下「上告人Y2」という。)の販売する仕組債(以下「本件仕組債」という。)を運用対象金融資産とする信託契約を含む一連の取引(以下「本件取引」という。)を行った際,上告人らに説明義務違反等があったと主張して,上告人らに対し,不法行為等に基づく損害賠償を求める事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)  Aは,消費者金融業,企業に対する投資等を目的とする株式会社であり,平成19年当時,その発行する株式を東京証券取引所市場第一部及びロンドン証券取引所に上場し,国際的な金融事業も行っていた。

(2)  Aは,平成14年6月,発行総額を300億円,利率を年4%,償還期限を平成34年6月とする無担保普通社債(以下「本件社債」という。)を発行した。

(3)  Aは,平成18年11月頃,上告人Y2に対し,会計上本件社債を早期に償還したものと取り扱うとともに将来支払うべき利息の負担の軽減を図るという取引についてその具体的な枠組みを提案するよう要請した。その取引の基本的な内容は,Aが信託銀行に本件社債の償還原資を信託し,受託者である信託銀行がその償還期限までの間,その償還原資を金融資産により運用し,受益者である本件社債の履行引受人に対しその運用利益等を配当する旨の信託契約及び上記履行引受人が本件社債の財務代理人に対し,Aの負担する本件社債の元利金支払債務等の履行として,上記運用利益等を支払う旨の履行引受契約をそれぞれ締結するというものである。なお,Aはそれまでにも発行した社債に関し上記のような取引を行ったことがあった。

(4)  上告人Y2は,平成18年12月18日,Aの担当者である取締役兼執行役員兼財務部長のCその他の職員らに対し,上記の枠組みとして,上告人Y1においてAの要請により組成する本件仕組債を運用対象金融資産とする信託契約を含む一連の取引を提案するとともに,本件仕組債に組み込まれているインデックスCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の仕組み等を説明した。

(5)ア  CDSとは,参照対象となる企業その他の組織(以下「参照組織」という。)につき,その倒産,不払等のリスクを回避したい者(保証の買手)がそのリスクを引き受ける者(保証の売手)に対し保証料を支払い,その参照組織につき倒産,不払等の事由が発生した場合に保証の売手が保証の買手に対し上記事由に応じた所定の金額を支払うことなどを内容とする金融商品のことである。そして,複数のCDSの市場価格を平均値により指数化したものを用いたものがインデックスCDSである。

イ  本件仕組債の具体的な仕組みは,以下のとおりである。

(ア) 本件仕組債の発行者として設立されたアイルランド法人(以下「本件発行会社」という。)は,本件仕組債の発行により300億円の支払を受け,本件仕組債の保有者に対し,平成34年6月の満期又は満期前において後記(オ)の金銭を償還し,それまでの間未償還元本につき年利4%の利息を支払う。

(イ) 本件発行会社は,上記(ア)の300億円により債券を購入し,その債券に本件発行会社に対する上告人Y1の債権を担保するための担保権を設定する(以下,この債券を「本件担保債券」という。)。

(ウ) 本件発行会社は,上告人Y1との間で,上告人Y1において本件発行会社に対し本件仕組債に関し支払われるべき元利金を支払い,本件発行会社において上告人Y1に対し本件担保債券の元利金を支払う旨のスワップ契約(以下「本件スワップ契約」という。)を締結する。本件スワップ契約には,①本件担保債券の売却見積額からインデックスCDS等の手仕舞に要する一切の費用を控除した残額を用いて計算し,仮想資本元帳に記録された残高が未償還元本総額の10%以下となった場合には,上告人Y1において本件スワップ契約を解除することができる,②本件仕組債において後記(オ)の期日前償還事由が発生した場合には,本件発行会社は上告人Y1に対し本件担保債券を引き渡し,上告人Y1は本件発行会社に対し清算金を支払うなどの内容が含まれている。

(エ) 本件発行会社は,上告人Y1との間で,①上告人Y1が本件発行会社に対しインデックスCDSに係る保証料を支払い,その参照組織につき倒産,不払等の事由が発生した場合に,本件発行会社が上告人Y1に対し上記の事由に応じた決済額を支払うこと及び②6箇月ごとに反対売買によってインデックスCDSの手仕舞をし,参照組織を更新したインデックスCDSを売買することを内容とする取引(以下「本件インデックスCDS取引」という。)をする。そして,本件インデックスCDS取引においては,上告人Y1が,計算代理人として,その損益を算定し,これを仮想資本元帳に記録する。

(オ) 本件仕組債の満期までの間に仮想資本元帳に記録された残高が本件社債の償還に必要な金額の総額以上となった場合は,本件発行会社は本件インデックスCDS取引を止め,満期に本件仕組債の保有者に対し未償還元本を全額償還する。

満期日までの間に前記(ウ)①の場合に該当し,上告人Y1が本件スワップ契約を解除したときは,本件発行会社は本件仕組債の保有者に対し清算金を期日前に償還する。

以上のいずれにも当たらない場合は,本件発行会社は満期に本件仕組債の保有者に対し仮想資本元帳に記録された残高を償還する。

(6)  上告人Y2は,平成19年1月,Cらに対し,本件仕組債の基本的な仕組み等に加え,本件取引には,①本件仕組債に組み込まれたインデックスCDSに係る参照組織の多数倒産,②同参照組織の信用力評価の低下による上記インデックスCDSの評価額の急激な下落及び③本件担保債券の発行者の倒産といった元本を毀損するリスクがあり,最悪の場合には元本300億円全部が毀損され,その他に期日前に償還されるリスクもある旨を説明した。

(7)  Aは,平成19年2月頃,公認会計士及び弁護士に対し,上告人Y2からそれまでに受領した資料を示し,本件取引を行うことについて意見を求めたが,本件仕組債の格付けが「AA」以上であればAにおいて本件取引により会計上本件社債を早期に償還されたものと取り扱うことができる旨の上記公認会計士の意見以外に特段の意見はなかった。

(8)  上告人Y2は,平成19年4月17日,Cらに対し,本件担保債券をD社の発行するユーロ円債(以下「D債券」という。)とすることを告知するとともに,本件仕組債の仮想資本元帳における具体的な記録内容,期日前償還となった場合の清算金額の計算方法等の契約条件が英文で書かれた書面(以下「本件英文書面」という。)を交付し,これらの事項を提示した。なお,上告人Y2は,その際に本件英文書面の訳文を交付しなかった。

(9)  上告人Y2は,平成19年4月19日,Cらに対し,本件仕組債に係る費用の正確な金額を提示した。

(10)  Cらは,平成19年4月23日,上告人Y2,本件取引に係る信託契約の受託者となる予定のE信託銀行及び受益者になる予定のF銀行(以下「F銀行」という。)の各担当者との間で,本件取引に係る会合を行った。

(11)  上告人Y2は,平成19年4月27日,Cらに対し,本件仕組債の評価額につきD債券の発行者の信用状況が影響すること及び上告人Y1が本件仕組債の計算代理人となることを提示した。

(12)  Aは,平成19年5月2日,E信託銀行との間で,Aが同月24日にE信託銀行に対し当初信託金306億円を信託し,E信託銀行が信託の終了する平成34年5月までの間,上記信託金のうち300億円を本件仕組債により運用し,F銀行に対しその運用利益等を配当する旨の信託契約を締結した。また,Aは,平成19年5月2日,F銀行との間で,F銀行が本件社債の財務代理人であるG信託銀行に対し,Aの負担する本件社債の元利金支払債務等の履行として,上記運用利益等を支払う旨の債務履行引受契約を締結した。

(13) 平成19年5月23日,本件発行会社は本件仕組債を発行し,上告人Y1はこれを購入して,上告人Y2に対し譲渡した。E信託銀行は,同月24日,上告人Y2から本件仕組債を譲り受けた。なお,格付機関による本件仕組債の格付けは,ムーディーズ(Moody’s)において「Aaa」であり,スタンダード・アンド・プアーズ(Standard & Poor’s)において「AAA」であった。

(14)  その後,急激な市況の悪化及びこれに伴う信用不安により本件仕組債に組み込まれたD債券及びインデックスCDSの各評価額の下落が生じ,上告人Y1が本件仕組債の計算代理人としてD債券及びインデックスCDSの各評価額を計算したところ,本件仕組債の仮想資本元帳に記録する残高が未償還元本総額の10%以下となった。そのため,上告人Y1は,平成20年2月29日,本件発行会社に対し,約定に基づき本件スワップ契約を解除する旨の意思表示をした。これを受けて,本件発行会社は,同年3月14日,E信託銀行に対し,本件仕組債の期日前償還金として3億0892万3454円を支払い,本件取引は解消された。

(15)  Aは,平成22年10月31日,更生手続開始の決定を受け,被上告人がその管財人に選任された。

3  原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した。

上告人Y2は,Cらに対し,①本件担保債券をD債券としたこと,②本件仕組債の仮想資本元帳における具体的な記録内容,期日前償還となった場合の清算金額の計算方法等,③本件仕組債の評価額につきD債券の発行者の信用状況が影響すること,④本件仕組債に係る費用の正確な額,⑤上告人Y1が本件仕組債の計算代理人に就任することといった事項の提示をした。しかし,Cらは,金融取引についての一応の基礎的知識があるにとどまり,これを前提にすると,上記提示の前は,Aにおいて,本件取引のリスク等について具体的かつ正確な検討をすることが著しく困難な状態であった。そして,上記提示は,Aが本件取引に係る信託契約の受託者や履行引受契約の履行引受者との間で折衝に入り,かつ,Aによる本件取引に関する事前調査の予定期間が経過した後に行われた。また,本件仕組債が上告人Y2において販売経験が十分とはいえない新商品であったにもかかわらず,上告人Y2は上記①,②の各事項の記載された本件英文書面の訳文をCらに交付しなかった。これらを総合すると,上告人Y2は,Aに対する説明義務を尽くしたということはできず,上告人らにおいて説明義務違反があったと認めるのが相当である。

したがって,上告人らは,Aの管財人である被上告人に対し,共同不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,本件仕組債の具体的な仕組み全体は必ずしも単純ではないが,上告人Y2は,Cらに対し,D債券を本件担保債券として本件インデックスCDS取引を行うという本件仕組債の基本的な仕組みに加え,本件取引には,参照組織の信用力低下等による本件インデックスCDS取引における損失の発生,発行者の信用力低下等によるD債券の評価額の下落といった元本を毀損するリスクがあり,最悪の場合には拠出した元本300億円全部が毀損され,その他に期日前に償還されるリスクがある旨の説明をしたというべきである。そして,Aは,消費者金融業,企業に対する投資等を目的とする会社で,その発行株式を東京証券取引所市場第一部やロンドン証券取引所に上場し,国際的に金融事業を行っており,本件取引について,公認会計士及び弁護士に対し上告人Y2から交付を受けた資料を示して意見を求めてもいた。そうすると,Aにおいて,上記説明を理解することが困難なものであったということはできない。

原審は,上告人Y2による前記3①から⑤までの各事項の提示時期等を問題とする。しかしながら,上記各事項が提示された時点において,Aが本件取引に係る信託契約の受託者や履行引受契約の履行引受者との間で折衝に入り,かつ,上記事前調査の予定期間が経過していたからといって,本件取引の実施を延期し又は取りやめることが不可能又は著しく困難であったという事情はうかがわれない。そして,本件仕組債が上告人Y2において販売経験が十分とはいえない新商品であり,Cらが金融取引についての詳しい知識を有しておらず,本件英文書面の訳文が交付されていないことは,国際的に金融事業を行い,本件取引について公認会計士らの意見も求めていたAにとって上記各事項を理解する支障になるとはいえない。

したがって,上告人Y2が本件取引を行った際に説明義務違反があったということはできない。

以上によれば,上告人Y1にも説明義務違反があったとする余地はなく,上告人らは共同不法行為を含め不法行為に基づく損害賠償責任を負わず,また,上告人Y2は債務不履行に基づく損害賠償責任も負わないというべきである。

5  これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。

6  そして,前記事実関係によれば,本件仕組債の格付けが「AA」以上であればAにおいて本件取引により会計上本件社債を早期に償還されたものと取り扱うことができるとの公認会計士の意見があり,本件仕組債の格付けが複数の格付機関において最高位であったことからすると,上告人Y1が本件仕組債の計算代理人となったことなどから直ちに,本件仕組債が金融資産として瑕疵,欠陥のあるもので本件取引におよそ適さないものであったということは困難である。したがって,上告人らに本件仕組債の組成上の注意義務違反があることを理由とする被上告人の損害賠償請求も理由がない。

また,前記事実関係によれば,上告人Y1に本件仕組債の計算代理人としての権限を逸脱してD債券及びインデックスCDSの各評価額を正しく計算しなかったという事情はうかがわれず,上告人Y1に本件仕組債の計算代理人としての注意義務違反があったことを理由とする被上告人の損害賠償請求も理由がない。

7  以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 木内道祥 裁判官 山崎敏充)

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