最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)1805号 判決 1992年9月22日
上告人
中山太陽堂興産株式会社
右代表者代表取締役
中山正子
右訴訟代理人弁護士
山本忠雄
秋友浩
被上告人
ダイリン株式会社
右代表者代表取締役
生井勝利
右訴訟代理人弁護士
立石邦男
郷原友和
土田正弘
右輔佐人弁理士
福村直樹
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人山本忠雄、同秋友浩の上告理由について
一原審の確定した事実関係は次のとおりである。
1 上告人は、昭和五八年一二月八日商標登録出願、同六一年四月二三日設定登録、指定商品を第四類「せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類」とする登録第一八五六八九九号の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。本件商標は、「大森林」の漢字を楷書体で横書きした文字から成る。
2 被上告人は、化粧品等の製造販売を業とするが、頭皮用育毛剤及びシャンプー(以下「被上告人商品」という。)に、第一審判決別紙標章目録記載の各標章(以下「被上告人標章」という。)を付して販売し、また、広告宣伝に被上告人標章を付している。被上告人標章は、「木林森」の漢字を行書体で縦書き又は横書きした文字から成る。
原審は、右事実関係の下において、被上告人標章は、外観、称呼及び観念のいずれについてみても本件商標に類似するものではなく、また、これらを総合して考察しても、被上告人標章は本件商標に類似するものではないと認定判断し、被上告人標章が本件商標に類似することを前提として被上告人商品の製造販売の差止め等を求める上告人の本訴請求を棄却した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。
二しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものであって(最高裁昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三九九頁参照)、綿密に観察する限りでは外観、観念、称呼において個別的には類似しない商標であっても、具体的な取引状況いかんによっては類似する場合があり、したがって、外観、観念、称呼についての総合的な類似性の有無も、具体的な取引状況によって異なってくる場合もあることに思いを致すべきである。
2 本件についてこれをみるのに、本件商標と被上告人標章とは、使用されている文字が「森」と「林」の二つにおいて一致しており、一致していない「大」と「木」の字は、筆運びによっては紛らわしくなるものであること、被上告人標章は意味を持たない造語にすぎないこと、そして、両者は、いずれも構成する文字からして増毛効果を連想させる樹木を想起させるものであることからすると、全体的に観察して対比してみて、両者は少なくとも外観、観念において紛らわしい関係にあることが明らかであり、取引の状況によっては、需要者が両者を見誤る可能性は否定できず、ひいては両者が類似する関係にあるものと認める余地もあるものといわなければならない。
3 原審は、観念による類否について説示するに当たり、本件商標及び被上告人標章が付されている頭皮用育毛剤等の需要者は育毛、増毛を強く望む男性であるところ、かかる需要者は当該商品に付された標章に深い関心を抱き、注意深く商品を選択するものと推認されるなどとしているのであるが、必ずしも右のような需要者ばかりであるとは断定できないことは経験則に照らして明らかであるし、上告人は、本件商標権について通常使用権を許諾し、通常使用権者は薬用頭皮用育毛料に本件商標を付してその関連会社に販売させていると主張しているのであるから、この主張事実から現れる可能性のある商品の取引の状況も勘案した上、本件商標と被上告人標章との類否判断がされなければならない。したがって、原審がした右の推認事実のみをもってしては、両者が類似しないとする理由として十分でないといわざるを得ない。原審は、右のほかに、本件商標が使用される指定商品の想定可能な取引の状況及び被上告人標章が使用された被上告人商品について現に行われている取引の状況を考慮しても、両者は観念において類似するものと認めることはできないとしたのみであり、被上告人商品が訪問販売によっているのかあるいは店頭販売によっているのか、後者であるとしてその展示態様はいかなるものであるのかなどの取引の状況についての具体的な認定のないままに、本件商標と被上告人標章との間の類否を認定判断したものであって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りないしは理由不備の違法があるというべきである。
三よって、右の点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、本件については、更に審理を尽くさせるため原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
上告代理人山本忠雄、同秋友浩の上告理由
一、序論
商標の類否並にその判断方法については、判例及び経験則的に次のとおり確定している。
(一)商標の類否については、
「商標の類似は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、両商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする」(最判昭和四三年二月二七日民集第二二巻二号三九九頁)。
(二)そして、商標類否の観察方法(判定方法)としては、
「普通の知識を有する商品の取引者又は需要者が商標に時と処とを異にして接した場合に間違えるかどうかという観点からの観察方法である「離隔的観察」や類否判断は対象を全体的に観察したうえでなされるべきであるとの「全体的観察」等の方法が採られている」(網野誠・商標〔新版〕三四三頁)
尚、全体観察を補う方法として要部観察を併用するのが商標の最もていねいな類否判断の方法であるといわれている。
二、原判決は、前記観点に立って検討した場合、次の各点において、商標の類否とその観察方法(判定方法)の適用を誤り、また取引の実情を無視した経験則違背及び審理不尽の違法がある。
第一点 外観類否とその観察方法の適用の誤り
(一) 原判決は、上告人商標と被上告人標章との外観類似について、第一審判決を引用すると共に、
「本件商標及び被控訴人標章は、抽象的な図形からなる商標ではなく、いずれも日頃馴れ親しんだ有意の文字によって構成されており…「大」と「木」、「森林」と「林森」の外観上の相違は明らかであって、離隔的、全体的に観察するも、両者は、外観において類似するものとは認められず、特に、後に述べるような本件商標及び被控訴人標章の付せられた頭髪化粧品の需要者層において、外観上両者を混同するものとは認めることはできない」と認定した。
(二) しかし乍ら、上告人商標と被上告人標章とは、次のとおり観察されるべきである。
(1) まず、両商標の第一番目に位置する字は「木」と「大」であるが、両者の相違は垂直線があるかどうかの微差にすぎない。
すなわち、「大」の字と中央部に短い垂直線を結合すると「木」の字になるものである。
「大」の字と外観上類似する字は、この外、「太」「犬」「天」の字があるが、これら四個の字の「木」「太」「犬」「天」の中、最も類似するものは「太」と「犬」であるが、この字の次に紛らわしい字は、「木」の字である。
さらに「木」と「大」の共通点はこの二字が左右対照の構成である点である。この点について、桑山弥三郎著「レタリングデザイン」の三二ページおよび三三ページ(<書証番号略>)はつぎのように指摘している。
『「木」は右はらい(右側の下を向く曲線)の曲線が少し急である。見た目には左右対照。』
『「大」の左右のはらい(曲線)は右側が少しカーブが小さいが左右対照のように描く。』
このように「木」の字と「大」の字を見る需要者は左右対照の構成という同一の印象を受けるものである。
(2) つぎに、両商標の二番目の文字以下の構成について比較すると、両者の相違は二番目の文字と三番目の文字とが単にいれ変わった点にあるから、時と所とを異にして両者を離隔的に観察すると外観上相紛らわしいということができる。
二つの文字または語が結合されている商標について、その順序が入れ変わった場合、次の判決例の示す通り判定されるべきであり、本件両商標が互に類似すると判断されるべきである。
<昭和40年(行ケ)一一五号>
『「キスミー」「キミス」とは「キ」が冒頭部分に位置し「ス」と「ミ」が入れかわったにすぎない構成をとっているうえ、三字というきわめて短い字数を横書したものにすぎず、みる者に最も強い印象を与える左側冒頭文字を同じくし、書体も酷似し、二字、三字が入れかわったにすぎないものであるから、これを離隔的に観察するときは、取引者、需要者間に商品の出所について誤認混同を生ぜしめるおそれがあり、外観上酷似するとするのが相当である。
(昭和四六年三月三〇日言渡判決)』
<昭和三九年(行ケ)六六号>
『「SINGLE」と「SINGER」とを、その外観から観察すると、両者は「S」から始まる六文字中、始めの四文字及び末尾部分の「E」の一文字計五文字を共通にしていることは、その構成から明白である。このように、全体として、六文字にしかすぎない英文字のうち、五文字を共通にし、しかも、その初めの部分の四文字を共通する二群の文字を、それぞれ別個に商標として、使用するときは、その指定商品である「ミシン」に通称される裁縫機械の需要者、取引者、は時として彼此を混同し、両者を同一視するおそれが十分ある。けだし、これらの需要者、取引者は、この種商標の識別に当り、必ずしも、仔細にその綴りの一字一字の末までその異同を吟味することなく、時に軽率とも言うべき全体的直観に頼るのが、むしろ普通であることは、経験則の教えるところだからである。
(昭和四一年三月二九日言渡判決)』
(3) さらに両商標はつぎのように、同一の特徴を有している。
すなわち、「木森林」の中「木」の文字は「一本の木」であり、「林」の文字は「二本の木」、そして「森」の文字は「三本の木」より構成されている。
これに対し、登録商標の中の「森」の字は「三本の木」、「林」の字は「二本の木」より構成されたものであり、両者は「六本の木」と「五本の木」の違いにすぎず、全体として観ると多数の木の集合体であるとの印象を与えるものである。
(三) したがって、時と所とを異にして、離隔的、全体的に後記第四点で述べる取引の実情にもとづいて観察するときは、前述の昭和三九年(行ケ)六六号の判例も判示する通り、『需要者は商標の識別に当たり必ずしも仔細にその綴りの一字一字の末まで、その異同を吟味することなく、時に軽率ともいうべき全体的直観に頼るのがむしろ普通である』から、両商標は外観上、互に類似するというべきである。
しかるに、原判決は、両商標を対比的且つ熟慮的に観察して、上告人の主張を排斥したものである。
以上のとおり、原判決は外観類似について、「序論」で述べた商標類否とその観察方法について、後記第四点で述べる取引の実情を無視して、その適用を誤った違法がある。
第二点 称呼類否とその観察方法の適用の誤り
(一) 原判決は、上告人商標と被上告人標章との称呼類似について、
「称呼についてみるに、本件商標及び被告標章は、右のとおりの漢字三文字から成るものであるところ、「大森林」は、それ自体熟語であって、「だいしんりん」と一気に読まれるか、仮にそうでないとしても、「森林」という熟語に「大」の文字を冠したものとして、せいぜい「だい」「しんりん」と切って読まれるにとどまるものと認められるのに対し、「木林森」は、それ自体熟語ではなく、また、その中に熟語を含むものでもないから、各文字の有する音又は訓により、一気に読まれるか、切って読まれるかは別として、「もくりんしん」又は「きはやしもり」と読まれるものと認められる。したがって、両者、称呼においても類似しないものといわざるをえない。」・・・・・「仮に本件商標において「大」が本質的部分でないとすると、「森林」の上にわざわざ「大」の文字を冠した意味が失われてしまうのであるから、「大」は本質的部分ではないとすることはできず、また、被告標章は、「木」、「林」「森」のそれぞれ独立した文字を三つ並べたものであり、三者の違いは、「木」一つ、「木」二つ、「木」三つという点にあるだけであって、どれが本質的部分であり、どれが本質的部分ではないといえるような構成ではないから、その中から「木」のみを取り出して、これを本質的部分ではないとすることにはその根拠を見出すことができず、したがって、原告の右主張は、その前提を欠き、採用することができない。また、仮に原告主張の前提が成り立つとしても、時と場所を異にして両者を離隔的に聴取するとき、「森林」及び「林森」の部分において称呼上類似しているとも認められず」
との第一審判決をすべて引用して両商標の称呼類似を否定した。
(二) しかし乍ら、原判決の右判断には、全体的観察を補うべき要部観察に於て、余りにも両商標を機械的に対比しすぎたきらいがある。
又、両商標は、「大」と「木」、「森林」と「林森」との前後の差異があるにしても、「大」と「森林」あるいは、「木」と「林森」の二節からなっているに過ぎず、後記第四点で述べる取引の実情においては、両商標は、各れかが前節であって、何れかが後節であるか判然と区別して認識されるものではなく、しばしば混同して認識せられ使用される虞れは十分である。
従って、両商標は、称呼において互に紛らわしく混同を生ぜしめるという商取引における経験則上相当するといえる。
以上のとおり、原判決は、称呼類似について、「序論」で述べた商標類否とその観察方法について、後記第四点で述べる取引の実情を無視して、その適用を誤った違法がある。
第三点 観念類否とその観察方法の適用の誤り
(一) 原判決は、上告人商標と被上告人標章との観念類似について、
「本件商標は、「森林」という樹木が密生する場所を意味する熟語の語頭にこれを形容する「大」の文字を冠したものであるから、大きな森林、すなわち、多数の樹木が密生した広大な場所という観念を生じるのに対し、被告標章は、「木」「林」「森」という「木」で構成される文字を「木」の数の少ないものから多いものへと順に組み合わせた語であるから、特定の具体的な観念は生じず、樹木に関した漠然とした観念しか生じないものと認められ、したがって、両者は、観念においても類似しないものといわなければならない。」
との第一審判決を引用したうえで、更に、原判決において
「本件商標及び被控訴人標章が付せられている頭皮用育毛剤、シャンプー等の頭髪化粧品の需要者は育毛、増毛を強く望む男性であるが、かかる需要者は当該商品に付せられた標章に深い関心を抱き、注意深く商品を選択するものと推認されるものであるから、当審証人来嶋敏郎の証言により認められる本件商標及び被控訴人標章が付された商品についての取引の実情を考慮しても、本件商標及び被控訴人標章について観念による混同は生じないものというべきである。」
と認定した。
(二) しかし乍ら、上告人商標と被上告人標章とは、次のとおり観念において類似していることは明白である。
(1) 「大森林」「木林森」の両商標は、何れも頭髪化粧品の識別標識であるが、この商品の大部分の需要者である男性は憧憬として、毛髪が鬱蒼として、森林の如く勢よく生え揃った状態を希求するものである。
このように、頭髪が次第に増毛して、最終的に大きな森林の状態を呈するとのイメージ効果を出すため、大森林と称したりあるいは、木々の本数が次第に増加して、林の状態となり、さらに増加して森林になること、換言すれば、需要者に対し、次第に頭髪が増毛していくであろうと暗示をあたえるために「木林森」と称したりするものである。すなわち、大森林も木林森も最終的に頭髪が増毛してそのような状況を醸し出すことから同一のイメージを生じ、したがって、観念上、紛らわしいというべきである。
(2) 上告人の本件商標の背景に「森林」の木々を配し、木、林、森という木々の集合体、すなわち「森林」を観念させるよう企図していることからも単に樹木に関した漠然とした観念に過ぎないものではないこと明白である。
先例をみても、「梅酸湯」を旧第四〇類氷および清涼飲料類を指定商品として出願した事案において、既に存在した登録商標「酸梅精」との類非判断において、いずれも「一種梅の酸味を利用した成分を直感せしめるものとする感がある」旨判示して「両商標は観念上において取引上彼此混淆の虞がある」と判断した審決例がある(昭和三四年抗告審判第二一六四号審決)。この先例と本件事案を比較しても、本事案とは、いずれの商標も樹木の集合体である森林を直感せしめるものとする感が正に存在する。
(3) 被上告人の標章は、「木、林、森」という木で構成される文字を「木」の数の少ないものから多いものへと組合わせ」たことで、来嶋証人の証言する如く「…だんだんと毛が生えて森のようになる」という観念を共有しているものであること明白である。
上告人の本件商標の観念は、来嶋証人の証言する如く、常識人として「だんだんと毛が生えて森のようになる」ことと、「森のもつ自然な静謐さ」を観念することは明白であるので、外観のみならず観念も被上告人標章と類似している。
一方、被上告人標章は、被上告人会社が、宣伝・広告物として使用している<書証番号略>においても明らかの通り、「一本の木は林になり、やがて成長して森となる」観念を表現していることもまた明白である。これらは、商品たる「育毛剤」の性質自体と関係させて観念した場合、消費者において自然に湧き出る観念である。
(4) 本件観念類似の判定方法の適用については、次の判例の示す通りの方法で判断すべきである。
<昭和六年(オ)第二五六三号>
『仍テ本件登録商標第一五一〇一四号ト上告人引用ノ登録商標第四三八五二号トヲ比較対照スルニ 本件登録商標ハ「花桜」ノ文字ヲ 又 前記引用登録商標ハ「山桜」ノ文字ヲ 縦書シテ成レル文字商標ニシテ 「花」ト「山」トノ差異アリ雖 孰モ桜ノ樹木ヨリモ寧ロ桜花ノ咲匂ヘルニ想到セシムルモノニシテ 其ノ観念ニ於テ類似セサルモノト云フヲ得サルノミナラス 「花」ト云ヒ「山」ト云ヒ 孰モ五〇音中「ア」の横列中ニ存スル二個ノ子音ヲ以テ発音セラルルモノナレハ 「花桜」及「山桜」ノ間ニハ 其ノ発音ニ於テモ相似タルモノアリト言ハサルヘカラス 然レハ 時ト所トヲ異ニシ 此等商標ヲ付シアル商品ニ対スルトキハ彼此混同誤認ノ虞アルヤ勿論ニシテ 原審カ前記両商標ハ外観称呼及観念ニ於テ類似セサルモノニシテ類似商標ト為スコトヲ得スト判断シタルハ違法ナリト云ワサルヲ得ス
(昭和七年六月一一日判決言渡)』
<昭和三三年(行ナ)第一五号>
『指定商品が共通する「御飯の友」なる文字を要部とする商標と、「食の友」の文字を楷書体で縦書きしてなる商標について、「御飯」とは元来「めし」すなわち炊いた米を称する語であるが、その変化せる用法において、食事一般をていねいにいう場合にも用いられ、一方「食」も食事を意味する語であることは、(広辞苑)の記載によっても明らかである。してみれば、「御飯の友」も「食の友」も、ひとしく、一般的に食事の伴侶たるべきもの、すなわち主食とともに食用に供せられるのを意味するものというべきであり、両者は観念を共通にするといわなければならない。
(昭和三三年一二月九日判決言渡)』
として、「御飯の友」なる文字を要部とする商標は「食の友」の文字からなる商標と観念に於て類似する旨判示している。
以上のとおり、原判決は「序論」で述べた商標類否とその観察方法について、後記第四点で述べる取引の実情を無視して、その適用を誤った違法がある。
第四点 原判決は、商標類否とその観察方法(判定方法)に関する商品取引の実情を無視し、経験則に違背した違法がある。
(一) 上告人及び被上告人の商品は、ともにスーパーマーケット等の店頭販売をも販売対象とするものであり、その需要者層は、原判決の認定したごとく「…需要者は育毛・増毛を強く望む男性…」(原判決・理由一2)だけではなく、一般的主婦層も対象とされ、衝動買の可能性も大きいものである。
しかも、右需要者は、通常の場合、商標を熟視・熟慮して取引するものではない。
更に、需要者層のうちでも、中高年令者の場合には、ほとんど例外なく遠視になるものであるから、上告人商標と被上告人標章とを観察するときは遠視用のめがねをかけなければ、両商標を誤認することが少なくない。しかるに養毛剤や育毛剤を購入するときは、そのたびごとにめがねをかけることは、ほとんどないから、本件商品の需要者こそ、両商標を見誤ることが多く、従って取引上混同を生ずるというべきである。
(二) 来嶋証人の証言によれば、本件商標はいずれも、「育毛剤」という商品に使用されている。この育毛剤の購買層は、日本全国で約五〇〇万人と考えられており、売上規模で、一五〇億円から二〇〇億円という巨額に達するものである。
この市場において販売されている各社の「育毛剤」は、商標・商品形状の識別化を行っており、資生堂は「不老林」、カネボウは「紫電改」、第一製薬は「カロヤン」、加美乃素は「強力加美乃素A」といったものであり、各社の製品は明確に識別されている。上告人の属するクラブグループの育毛剤「大森林」は、同証人によれば、「…だんだんと毛が生えて森のようになるというのが、一つのポイントで、二つ目は森のように美しい、いわゆるしっとりとしたイメージ」を持つものとして採用された商標であり、<書証番号略>に示される黒色系の容器、包装箱に金色で商標が記載されているのである。
しかるに、被上告人商品は、<書証番号略>に示される通り、商標も類似する「木林森」であり、容器・包装箱も、上告人製品のそれと酷似し、全体としてのイメージにおいて上告人製品と、購買者に出所並びに商品自体の誤認混同を生じさせる虞れのあるものであることは明白である。否、この著名企業である上告人グループの信用にフリーライドする意図すらうかがえるものである。
(三) 二つの商標の類否を考察するときは、「序論」で述べたとおり、時と所を異にして、二つの商標を離隔的・全体的に観察すべきところ、とくに本件の場合には、前記需要者が二つの商標を見る時点(一つは一年前に購入し、他は一年後に購入)と場所(一つは東京で購入し、他は大阪で購入)とが異なると、その間に商標に対する正確な記憶と印象が薄れるため、被上告人の「木林森」の標章をみた顧客は、上告人の「大森林」のシリーズ商標、姉妹商品であるかの如く認識し、「大森林」の商標権者が製造した商品であると出所を混同し、従って商標権侵害という現象が生ずるのである。
以上のとおり、原判決は、前叙の取引の実情を無視して判決をなしたものであり経験則に違背した違法がある。
三、結論
以上のとおり、原判決は、上告理由二、第一点乃至第四点で述べたとおり、
(1)商標の類否とその観察方法の適用を誤り、
(2)商品取引の実情を無視し、従って、経験則に違背し、
更に、
(3)本件事件に於いて、右の点について内容を十分に審理せずに判断をなしたことにつき、審理不尽をも免れないというべきであり、
従って、民事訴訟法第三九四条の規定、即ちその判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。