最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)35号 判決 1991年10月01日
上告人
三田商事株式会社
右代表者代表取締役
三田武雄
右訴訟代理人弁護士
大槻守
木村保男
的場悠紀
川村俊雄
松森彬
中井康之
福田健次
被上告人
財形不動産株式会社
右代表者代表取締役
香谷春治
右訴訟代理人支配人
山極佳見
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大槻守の上告理由について
民法三八八条の規定に基づき、競売の結果、建物の所有を目的とする法定地上権が成立した場合において、法定地上権の成立後に右建物の所有権を取得した者は、建物所有権を取得した後の地代支払義務を負担すべきものであるが、前主の未払地代の支払債務については、右債務の引受けをした場合でない限り、これを当然に負担するものではない。そして、同条ただし書による法定地上権成立時の地代の確定がなく、その後に右建物の所有権を取得した者に対する地代を算定するために、法定地上権が発生した当時の適正地代を認定する必要があるとしても、右の理が変わるものではない。
そして、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右事実関係の下においては、被上告人が本件建物の前主の未払地代債務を引き受けたものと認めることはできない。被上告人が前主の未払地代の支払債務を負担しないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)
上告代理人大槻守の上告理由
原判決には、以下に述べるとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈・適用の誤り、審理不尽、採証法則違反の各違法が存するので破棄されるべきである。
第一点 原判決は、上告人が法定地上権成立時からの地代の確定と、その時からの地代の支払いを求めたのに対して、地代の額は「被上告人が地上権の移転を受けた日以降について定めれば足りる」「法定地上権の移転を受けた新地上権者は、旧地上権者の未払地代の支払義務を承継しない」と判断して上告人の請求の一部を棄却した。
しかし、原判決の右判断は、以下に述べるとおり民法二六五条、二六六条及び三八八条の解釈適用を誤った違法なものである。
一、原判決によれば、本件地上権の成立及び移転の経過は次のとおりである。
(一) 昭和五九年四月二日、上告人が大阪地方裁判所の任意競売手続により別紙物件目録(一)(二)記載の土地(以下本件土地という)の所有権を取得し、その結果、同日本件土地上に存した同目録(三)記載の建物(以下本件建物という)を所有する訴外山口孝子(以下山口という)を権利者として本件土地について法定地上権(以下本件法定地上権という)が成立した。
(二) その後、被上告人が昭和六一年三月二〇日、同裁判所の強制競売手続により本件建物を取得し、同時に本件法定地上権を承継取得した。
(三) しかし、地代について協議が成立しないため、上告人は昭和六二年三月一七日、被上告人に対して、本件法定地上権が成立した昭和五九年四月二日からの地代の確定を求めて本訴を提起した。
二、従って、本件は、結局、法定地上権が成立しその地代が確定しないまま地上権者に変更があった場合に
(一) 旧地上権者との間で地上権が存続していた期間の地代を、旧地上権者と新地上権者のいずれとの間で決すべきか
(二) 更には、旧地上権者に未払地代が存する場合、右未払地代の支払義務を新地上権者が承継するか否か
という問題に尽きるものと考えられる。
三、しかし、これらの点については法は明確に規定していないので、結局民法二六五条、二六六条及び三八八条を検討し、右点についての適正妥当な解釈を見い出していかざるを得ない。
そして、かかる観点から検討すると以下述べるとおり原判決は右各法条の解釈・適用を誤ったものと断ぜざるを得ないのである。
(一) 原判決は地上権が地代支払義務を当然に含むものではないとし、「特に地代の約定をしないときは無償で設定したものと認められる」との大審院の大正六年九月一九日判決(民録二三輯一三五二頁)を引用している。しかし、一方で「実際には地代を支払うのが通常であって無償は例外であるから本件法定地上権が設定されたときに、上告人と山口との間に黙示的に地代支払の合意があったと当事者の意思解釈上推定するのが却って実情に合致するといえなくもない」等と判断して、本件法定地上権については「上告人と山口との間で地代支払いの合意があった」等と強引に推定して論を進めている。
しかし、右は民法三八八条の解釈を誤るものである。法定地上権は、通常の地上権と基本的に異なるものではないが、唯一有償であるという点で他の地上権とは異なっていると考えるべきだからである。即ち、法定地上権以外の地上権にあっては原判決が指摘するとおり無償の地上権も存在し得るのであるが、民法三八八条により法が強制的に設定する地上権にあっては有償なものしか存在し得ないのである。
なお、原判決は、「上告人と山口との間で地代の約定があったわけではないから被上告人が山口の未払地代の支払義務を引き継ぐことは法律上不可能である」とも判示しているが、右判断は前述のとおり民法三八八条の解釈を誤っているばかりでなく、原判決が強引に推定した「上告人と山口との間で地代支払いの合意が存在した」との前提とも矛盾している。かかる結果を生ぜしめない為にも、法定地上権にあっては、設定と同時に地代支払義務は発生しているが、その額が確定していないと解するのが民法三八八条の適正な解釈と考えられる。
(二) 要するに法定地上権は有償ではあるが設定時にその地代額が確定していない地上権ということになる。しかし、地代は、実際には直ちに決定されることは少なく、本件のように地代が確定する迄に地上権が第三者に移転してしまう場合もあり得る。そしてかかる場合、旧地上権者が地上権を有していた期間の地代の確定を旧地上権者と新地上権者のいずれに求めるべきかが本件の第一の問題である。
原判決は前述のとおりその場合旧地上権者が地上権を有していた期間の地代は旧地上権者にその確定を求めるべきものとしているが、その判断には次のような疑問がある。
(1) 原判決も認めるとおり、法定地上権設定時に決定される地代は創設的なものであり、その後の地代は、全て設定時の地代を基準として増減されることになる。
即ち民法三八八条が裁判所において定めるとした地代は、あくまで法定地上権設定時の地代の筈である(裁判が長期化する結果、実務上は地上権設定時の地代だけではなく、本件のようにその後の地代も決せられているが、本来は、設定時以後の地代の確定は増減請求権の問題と考えるべきである)。
(2) 従って、原判決の判断に従えば、所有権者は、旧地上権者との間で地代確定訴訟を提起し、その結果に基づき新地上権者に対して増額請求をなすことが可能となるし、むしろ、その手順こそ原則とすべきことになろう。
(3) 一方所有権者が提起する地代確定訴訟に対して、旧地上権者が真剣に応訴するとは考え難い。従って、所有権者は、有効に攻撃防禦をなさないであろう旧地上権者を相手方として地代確定訴訟を提起し、判決により高額な地代の決定を受け、その結果に基づき、新所有者に対してその地代を請求し、更にはその地代を基準として地代の増額を求めることも可能となってしまう。
(4) 上告人は、そのような形で地代が決定されるのは余りに不合理であると考え、新地上権者に対して法定地上権設定時からの地代の確定を求める訴訟を提起した。その結果、新所有者である被上告人も地代が自己に有利に決定されるよう存分に攻撃防禦権を行使することが出来たのである。ところが、仮に本件において上告人が旧地上権者である山口に地上権設定時の地代の確定を求めていたら事態はどうなっていたであろうか。上告人は、本件第一審判決後やむなく山口に対して地代確定を求める訴訟を提起したが〔原判決中で大阪地方裁判所平成二年(ワ)第二八六六号とされている事件。但し、同事件は事実上本件の結論待ちの状態となっている〕、山口は代理人も選任せず、支払能力がないとの答弁書(甲第四号証)を提出しただけである。従って、上告人が当初から旧地上権者である山口に対して地代確定訴訟を提起していたならば、請求の趣旨どおり判決がなされた可能性は高いし、少なくとも第一審判決の際の中井敬和鑑定人のとおり地代が確定したことは間違いない(ちなみに中井鑑定書では昭和五九年四月四日時点の地代を五九、一〇〇円としている。その後被上告人が再鑑定を求め、石川鑑定がなされたが、その結果が原判決には著しく影響しているのである)。仮に上告人がそのような方法で山口との間で地代を決定し、右地代の決定に何ら関与していない新地上権者にその地代を請求していったならば、それは法にかなった公平な方法であろうか。また、新所有者である被上告人は右結果に納得するであろうか。いずれに対しても否と答えざるを得ないであろう。
しかし、既に地代が決定している以上、新所有者としては民法三八八条にもとづき地代の確定を求めることは出来ず、せいぜい減額請求が可能となるに過ぎないことになってしまう。
(5) かかる結果は到底公正妥当なものとは考えられず、地代の確定につき最も利害を有する新地上権者との間で地代を確定することこそが法的正義にも合致することは明らかである。
なお、原判決は、上告人の「新旧の両地上権者を相手どって別訴を提起することになれば、確定される地代が区々になる虞れがある」との主張に対して「新・旧の両地上権者を相手どって一個の訴訟を提起することによりその煩雑さや地代が区々になることを回避することが可能である」と判示しているが、これは余りに乱暴な議論と言わざるを得ない。右両事件が必要的共同訴訟の関係にあるのであれば格別、そのような関係にない以上、両訴訟が同時に一個の訴訟として提起されることは何ら保障されていないのみならず、むしろ原判決の判断が判例として定着することになれば、前述したとおり有利に地代を決しようとする所有権者からは旧地上権者に対する確定請求のみが提起されることになるのは明らかだからである。
既に述べたとおり、かかる結論は余りに不合理であり、原判決が旧地上権者である山口との間で地上権が存続していた期間の地代の確定についての上告人の請求を棄却したのは、民法三八八条の解釈適用を誤ったものと考えざるを得ない。
四、原判決が、以上のような矛盾点を無視してまで、本件において、新地上権者である被上告人が地上権を取得した後の地代のみを決定した最大の理由は、新地上権者は旧地上権者の未払賃料債務を承継しないとする判断に固執したためと思われる。
原判決は、その理由として「地上権移転の前に既に発生していた地代の支払義務は地上権の移転に伴って当然には承継されないのが債権法上の原則である」と判示している。
しかし、一方は原判決は「既に発生していた地代支払義務が不履行のまま、地上権が移転し、新地上権者もまた自己の負担する地代支払義務の履行を怠り、新・旧地上権者の地代の滞納をあわせると法二六六条によって準用される法二七六条の規定する『引き続き二年以上』になったときの地上権消滅請求の場合」(大判大三・五・九民録一一〇―三七三)と、「新地上権者が既発生の未払地代のあることを考慮して、地上権の買受価格を決めた場合」にはその例外であるとして、合理的な理由があれば、前記債権法上の原則が適用されない場合があることを認めている。
そこで、原判決が認める以外に旧地上権者の未払地代を新地上権者が承継すべき合理的理由が存するか否かが次に検討されなければならない。
たとえば、
(一) 物権である地上権にあっては、賃借権と異なり、譲渡に際して土地所有権者の承諾が必要とされていない。従って、賃借権であれば譲渡を承諾する条件として滞納賃料の回収を図ることが可能であるが、地上権においてはそのような機会が保証されていないことになる。土地所有者は、未払賃料の回収に関して、土地賃貸人と比べ著しい不利益を被ることになるが、地上権の場合には未払地代を新地上権者が承継するものとすれば、賃借権との間の右矛盾点は払拭されることになる。
(二) また前項で述べた地代が定まらない場合の地代確定訴訟の当事者も当然新所有者となり、前項で述べた不合理を一掃することが可能である。
(三) 更に、二年間地代を支払わなかった場合の地上権消滅請求権についても合理的な解決が可能である。前掲大三・五・九の大審院判例は、例えば一年一一ヶ月の間地代を滞納し、その後地上権の移転があった場合、新地上権者が一ヶ月分の地代を滞納すれば所有権者は地上権の消滅を求めることが出来るとするものであるが、これは逆に、僅か一ヶ月分の地代だけを新地上権者が支払えば所有権者の地上権の消滅請求を排することが出来るということを意味している。
しかし、このような解決が真に公正妥当で合理的なものであろうか。
五、前記(一)(二)(三)記載の各事由はいづれも旧地上権者の未払賃料の支払義務を新地上権者が承継すると解することこそが、賃借権との対比上も、最も利害関係を有するものに攻撃防禦を尽くさすべしとの訴訟手続上の観点からも、更には旧地上権者、新地上権者、所有権者の三者間の利害調整の観点からも最も公正で合理的なものであることを明らかに示しているのである。
前述のとおり、原判決は合理的な理由があれば前記債権法上の原則が適用されない場合があるとして、二つの例外を挙げているのであるが、このように見てくると、地上権の未払地代については更に広範な例外を認める必要があるのではなかろうか。地上権にあっては地代についての権利義務は、地上権、土地所有権の取得者が当然これを承継するとされている(大判明三九・七・五民録一二・一〇七四)が、従来、未払地代の承継についてまで真剣に論議がなされてはいなかったように思われる。しかし、右判例の趣旨からも、また前述した矛盾点を払拭する観点からも少なくとも法定地上権の地代に関しては、原判決の言う債権法上の原則と例外を入れ換える程の大巾な例外を認める必要があるものと思われるのである。
なお、念の為付言するならば、新地上権者が未払賃料の支払義務を承継するからといって、旧地上権者の未払地代の支払義務が消滅するものではない。両者の義務が重畳的に存在すると解するのが正しいものと思われる。
六、従って、原判決が地代の額は「被上告人が地上権の移転を受けた日以降について定めれば足りる」「法定地上権の移転を受けた新地上権者は旧地上権者の未払地代の支払義務を承継しない」と判断したのは民法二六五条、二六六条及び三八八条の解釈適用を誤ったものと言わざるを得ず、破棄を免れない。
第二点 原判決は「未払地代債務が新地上権者に移転する場合として、新地上権者が既発生の未払地代のあることを考慮して地上権の買受価格をきめた場合」が存することを認めながら、「本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件がこのような例外的場合に該ることが認められる証拠は見当たらない」としている。
しかし、右は明らかに証拠の採否を誤り、もしくは審理を尽くさず、その結果誤ってなされた判断であるから破棄されるべきである。
その理由は次の二点にある。
一、甲第二号証は、被上告人が本件建物を入札した際の入札期日の公告であり、従って、被上告人も同公告を確認のうえ本件の入札をしているものであるが、同公告においては、法定地上権の存在と山口が地代を支払っていないことが明記されている。従って、被上告人が右事実を了解し、「既発生の未払地代があることを考慮して」本件建物を買い受け、本件地上権を取得したことは明らかである。かかる明白な証拠が存するのに拘らず、右点に関する「証拠が見当たらない」とする原判決に審理不尽及び証拠の採否の誤りが存することは否定できない。
二、本件訴訟記録上も被上告人が当初、未払地代の存在を確認しその支払をなす意思を有していたことは明らかである。
即ち、被上告人は、第一審において、終始、本件法定地上権成立時からの地代の額を自己に有利に定めようとして争っていたものであるが、それは地代が確定した場合、被上告人がその全額を支払わなければならないと考えていたからに外ならない。
即ち、被上告人は本件建物を競落する際未払地代が存することは勿論、競落したときには承継人としてその未払地代を支払わなければならないものと考えて、入札に臨んでいたものであり、従って入札金額も右事実を考慮して決定していたのである。
ところが、被上告人は本件訴訟が提起されてから約二年九ヶ月を経過した平成一年一二月五日、同日付準備書面をもって突然未払地代の支払義務者の問題を持ち出した。おそらく、右時点で被上告人は旧地上権者の未払地代を新地上権者は承継しないとの見解が存することを知り、急拠右準備書面を提出したものと思われるが、しかし、このことは、右時点までは、被上告人が山口の未払地代を承継する意思であったことを明瞭に示すものである。
ところが、原判決は、かかる重大な事実も看過し、「本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件がこのような例外的場合に該ることが認められる証拠は見当たらない」として上告人の請求を棄却しているのであり、この点でも原判決は審理不尽、採証法則違反の誤りを犯していると断ぜざるを得ない。
(別紙物件目録―原判決添付と同一―省略)