最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)140号 判決 1991年12月03日
上告人
北田美智子
右訴訟代理人弁護士
分銅一臣
被上告人
兵庫県地方労働委員会
右代表者会長
元原利文
右補助参加人
兵庫県
右代表者知事
貝原俊民
右当事者間の大阪高等裁判所平成二年(行コ)第二号不当労働行為救済命令取消請求事件について、同裁判所が平成三年三月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする
理由
上告代理人分銅一臣の上告理由について
所論の点に関する認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論中、原判決が憲法一四条に違反する旨の主張は、その実質において原判決の法令違背をいうものにすぎず、その余の論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するか、原判決を正解せずあるいは独自の見解に立ってこれを論難するものであり、いずれも採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)
(平成三年(行ツ)第一四〇号 上告人北田美智子)
上告人分銅一臣の上告理由
一、原審の判決には次に述べるがごとき理由に齟齬があり、取り消されるべきである。
1、控訴審の判決は、上告人が兵庫県衛生研究所に採用されるにあたり井上部長から長く勤めて欲しいと言われ、期限の定めなく採用されたものであると主張をしている点に対し、(証拠略)その他の書証、及び、上告人の原審、控訴審における本人尋問の結果は信用できないとしている。
しかし、右認定は取捨選択を過った事実誤認であることは明らかであり、こうした認定を前提とした控訴審の判断には理由に齟齬がある。
即ち、兵庫県衛生研究所には上告人以前から継続して試験管洗浄業務に従事する職員がいたことは明らかであり、研究員の業務にとって試験管洗浄業務は必要不可欠な業務であって、常時こうした職員が継続的に必要な状態であったことは明らかである。
又、兵庫県衛生研究所としても予算的措置さえ取られれば、試験管洗浄業務に従事する職員を長期的に採用をする予定であったと言うべきである上、井上部長が日々雇用職員取り扱い要領の存在自体を知っていたとは考えられず、控訴審判決のごとき日々雇用職員取り扱い要領の規定を前提として上告人を任期を一日とし、これが日々更新される日々雇用職員として採用されたものであるとした判断には理由に齟齬があると言うべきである。
2、控訴審判決は上告人の主張を「期限の定めのない一般職の職員として採用されたものであるとの主張」をしているとしているが、上告人の控訴審における主張は一九九〇年一一月二九日付準備書面一―(七)で主張をしているとおり、上告人は従前より主張をしてきている採用経過、及び、業務内容等からして「任用期限の定めのない非常勤職員」として採用されたものである旨主張をしているものである。
特に、上告人に対しては日々雇用職員として採用するとの通告がなされた事実もなく、(証拠略)からしても、「任用が所属長限りで行われているものではない」し、日々雇用職員を採用をした場合には(証拠略)から明らかな通り、「必ず個人毎の任用台帳を整備し、同一人が引き続き一般職員と同じ勤務形態により一年以上に亙って勤務する事がないように厳格なる取り扱いを行う事」とされていることにも全く反して採用をされていたことは明らかである。
こうした上告人が採用経過、採用後の業務内容からすれば上告人は日々雇用職員であると言うよりは、「任用期限の定めのない非常勤職員」として採用されたものであるとの主張をしてきていたのである。
しかるに、控訴審判決は上告人の主張を任用期限の定めのない一般職の職員であるとの主張にすり替え、上告人の主張を排斥しているのである。
この点は民事訴訟法第三九五条が判決に理由を付していない、乃至は、判決の理由に齟齬がある場合に該当をし、控訴審判決は取り消されるべきである。
3、控訴審判決は「地方公共団体における職員の期限付任用もそれを必要とする特段の事由が存し、かつ、それが職員の身分を保障し、職員として安心して自己の職務に専念させる趣旨に反しない場合においては期限を一日とする日々雇われる職員を任用することもできると解すべきである」と判示している。
しかし、右判示は上告人が日々雇用職員であることを前提とした判断であるが、上告人は日々雇用職員ではなく期限に定めのない非常勤職員であり、その前提自体、誤っている。
上告人の場合には確かに、特別な知識、技能、経験、習熟を必要としない代替的業務に従事してきたものであることは認めるが、試験管洗浄業務は決して控訴審判決が認定するごとく臨時的業務ではない。
このことは一審の判決が試験管洗浄業務その他の上告人の業務を恒常的業務であると判断していた方が正しいと言わなければならない。
4、控訴審判決は昭和四九年当時チフス菌に関する調査研究や上気道細菌叢、大気汚染等に関する調査研究をしていて臨時的業務が増えて多忙であったことから上告人が採用されたと判示しているのであるが、一審における(人証略)から明らかなとおり兵庫県衛生研究所の研究テーマは種々変更しながらも研究員が研究活動をすることによって、試験管洗浄業務は恒常的に発生していたのであり、その量についても研究員の研究活動には一定の制約が存する事からもそれほど大差があるわけでは決してなく、研究員には試験管洗浄業務はさせずに、研究に没頭するとの観点から上告人らが採用されていたのである。
こうした点から、上告人は恒常的業務に対して採用されていたものであり、最高裁判所の判決が期限付任用を必要とする特段の事由が存する場合に本件は該当をしない。
5、更に、上告人に対しては日々雇用職員であることが明示されていたわけではないことを既に主張してきているとおりであって、期限が特段定められていなかったのであるからこうした職員については「身分を保障し、職員として安心をして自己の職務に専念できた」とは到底言い得ず、この点からしても、最高裁判所判決が期限付任用職員を許容する場合に該当しない。
6、被上告人はこうした本来地方公務員法に許されていない違法な職員を採用していたことになるが、こうした場合には行政の都合により労働者に対して不安定な労働条件を押しつけている事になるのであるから、労働者保護の観点から少なくとも身分の保障をすべきであって、一方的雇用どめは許されるべきではない。
この点からしても控訴審判決は最高裁判所判決(最高裁判決昭和三八年四月二日民集一七巻三号)を誤って適用したものであって、取り消されるべきであるとともに、地方公務員法違反を容認をしていると言える。
二、憲法一四条違反
1、控訴審判決は上告人については特別の知識、技能、経験等を必要としない代替的業務を補助的に行う職員であるとしながら、上告人を地方公務員であると認定することによって、その任用について競争試験、又は選考による厳格な手続に従って、これをおこなうことを要するとして、私企業に採用される従業員とは異なると判示する。
2、しかし、地方公務員に対して競争試験、又は、選考による厳格な手続を必要としているのは「猟官」を排斥するものであると考えられるが、正規職員でない、非常勤職員の採用にこうした厳格な手続を要しないものであることは明らかである。
上告人が主張をするのはこうした厳格な選考要件を必要としない期限の定めのない非常勤職員として身分が保障されるべきであると主張するものであるから、右判示自体上告人の主張をすり替えた上で判断をしているものである。
3、又、公務員に対して、基本的人権の制約が認められるか否かについてはその担当する公務の内容等が如何なるものであるかどうか等、具体的に検討されるべきである。
ところで、上告人のごとき代替的業務に補助的に従事する職員に対しては「公共の福祉」による制約理由は存在せず、私企業に勤務する従業員と同様の扱いをすべきである。
にも拘らず、上告人の任用の内容について私企業の従業員と異なるとして不利益な取り扱いをしたことは憲法一四条の法の下の平等に反する取り扱いであって、この点から控訴審判決は取り消されるべきである。
4、控訴審は日々雇用職員については任用された日の終了により当然日々雇用職員である身分を失うのであるから、雇用止めの通告については不当労働行為の成立する余地はないと言うべきである旨判示しているが、雇用止めをする理由がその職員の労働者としての活動を嫌悪したために、なされたものであれば、任用権者の自由裁量の範囲を逸脱した違法なものであるから損害賠償請求、乃至、不当労働行為の成立の余地はあると言うべきであって、右判示は違法であり、取り消されるべきである。
以上