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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)196号 判決 1992年3月17日

千葉市高洲三丁目五番二棟五〇五号

上告人

玉置信子

右訴訟代理人弁護士

森田政明

同弁理士

森正澄

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 深沢亘

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一五二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年六月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人森田政明、同森正澄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(平成三年(行ツ)第一九六号 上告人 玉置信子)

上告代理人森田政明、同森正澄の上告理由

目次

上告理由第一点

原判決は、本願考案の解釈にあたり、明らかに理由不備及び理由齟齬の違背があるので民事訴訟法第三九五条第六号により破棄されるべきである. ・・・一頁

第一、理由齟齬の違背の点について ・・・一頁

第二、理由不備の点について ・・・五頁

上告理由第二点

原判決は、経験則及び採証法則に違反し又審理不尽の法令違背の結果、後記第一ないし第三の点について引用例と本願考案との技術的解釈並びにその相違についての認定を誤り、当業者が引用例から本願考案を容易に推考できないにも拘らず、これを容易に推考できるものと実用新案法第三条第二項を誤って適用し、これが判決に影響を及ぼしたこと明らかであるから、民事訴訟法第三九四条により破棄されるべきである。 ・・・九頁

第一、引用例と本願考案の構成の相違についての技術解釈の誤り

・・・九頁

第二 吸取紙と吸湿性不織布との技術的相違についての誤り

・・一二頁

第三、本願考案の作用効果の認定の誤り ・・二二頁

上告理由第一点

原判決は、本願考案の解釈にあたり、明らかに理由不備及び理由齟齬の違背があるので民事訴訟法第三九五条第六号により破棄されるべきである。

第一、理由齟齬の違背の点について

一、原判決は、理由中二項において、本願考案の目的を上告人が主張するとおり、「従来の除湿器に代えて、どこにでも収容できる除湿媒体を提供するため、除湿媒体である除湿布として除湿作用を行う吸湿性ある不織布を採択したものであり、具体的には、吸湿性不織布として、木綿、ビニロンなどによるものを用いたもので、これら不織布のうち湿式不織布が高効率の除湿作用を行うのに最適であるとされており、かかる不織布に、塩化カルシウムの吸湿機能の効率化をはかるため、その溶解液を浸漬した後水を蒸発させて乾燥して塩化カルシウムの再結晶を析出させ本願考案に係る除湿布が得られるものであることが認められる.」と認定する。

にも拘らず、原判決は、取消事由(1)について、本願考案も引用例(引用例は方法特許であるので原判決の如く引用考案というのは不適切であるので爾後引用例という)も上告人主張のように塩化カルシウムの吸湿能力自体をより一層効率よく発揮させることを目的としていることに差異はないものと認められる」として、本願考案は「塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかる」ということにその目的があるとすりかえたうえ、爾後すべての理論構成において右目的を前提にした誤りをしている。

上告人が取消事由(1)において、引用例の目的を凌駕すると主張したのは、本願考案においては、単に塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかるという目的を凌駕するというに留まらず、吸湿した水分を積極的に保持し容器として機能させる目的をもって、引用例における塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかる目的を凌駕し、引用例からは予測が困難であると主張したものである。

二、かように原判決は、本願考案の目的を「従来の除湿器に代えて、どこにでも収容できる除湿媒体を提供する」という点から、引用例と同じく「塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかるという目的」にすりかえて理由を構成し、その結果、取消事由(2)の技術的判断において最大の誤りをおかしている.

原判決は、取消事由(2)の判断において、「本願考案の吸湿性不織布が引用例における吸取紙から極めて容易に想到し得るものであるか否かについて検討する」として、専ら「塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかるという目的」のみに着眼し、吸湿性不織布と吸取紙との相違について「不織布は文字通り『織らざる布』と定義されており、後記のとおり、植物繊維、合成繊維等の繊維を原料とするものであるが、吸取紙とは、織ったり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料(不織繊維集合体)である点で共通していることは当事者間に争いのないところであるから、吸湿性の繊維を用いた不織布にあって、その繊維相互の結合態様により、吸取紙同様吸収した湿分を保持し得るかさ高い空間を設けた繊維集合体とすることは可能であり、除湿媒体として、塩化カルシウムを内部に保持する媒体である吸取紙に代えて吸湿性不織布の採択を着想することは極めて容易なことであると認めて差支えないものというべきである.」(二五丁)としているのである.

右説示は、塩化カルシウムを内部に分布し保持する媒体の相違として吸湿性不織布と吸取紙とを検討するものであるが、塩化カルシウムが吸湿した水分を保持する機能を単に「かさ高い空間を設けた繊維集合体」にあると決めつけている.

しかし、塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかることから、当然の如く、吸取紙が吸湿した水分を保持する機能をもち、その機能を果すのがかさ高い繊維空間にあることは引用例には一言半句の記載もないのである.

これら原判決の陥った判断の誤りは、「塩化カルシウムの吸湿能力自体の効率化をはかる目的」が「塩化カルシウムの吸湿した水分を保持する目的」そのものであるとの齟齬に立っているために外ならないのである.

第二、理由不備の点について

原判決は、本願考案の目的につき、前項の如く混同しているため、原判決も認定し上告人が本願考案の目的として挙げる、「引用例は本願考案の目的とする従来の除湿器に代えて、どこにでも収容できる除湿媒体を提供するために考案されたものであることを示唆するものではない」とする上告人の主張に対し、「引用例が本願考案の構成に関し、除湿布を形成する吸湿性不織布が塩化カルシウム微粒子を内部に保持することにより塩化カルシウムの吸湿能力を強化させることについて示唆があると認められる以上、吸湿能力が強化された塩化カルシウムを保持する不織布よりなる布の用途も引用例の示唆するところというべきである.」(二五丁裏)と結論づけている。

しかし、右結論は明らかに引用例として塩化カルシムの吸湿能力の強化方法として開示された技術的創作が、同時に吸湿水を保持し、従来の除湿器に代えてどこにでも収容できる除湿媒体の案出という点まで示唆しているというのであるが、なぜそうであるかについては何ら触れるところがない。

引用例は、「容水量が大きく、且つ毛細管作用の強い性質を有する物質」の例として吸取紙を挙げる。しかしここには、容水量が大きく、且つ毛細管作用の強い性質を有することは記載されているものの、保水性(包水性)や保液性が強い物質であることは何ら記載がないのである。勿論、吸取紙が容器に代替できることを示唆する記載もないのである。

この点は上告理由第二点において後述するとおり、原判決が、「不織布の繊維相互の空間も吸取紙の繊維相互の空間も同じ機能を果たしているものというべきであり、それを包水性といい、容水性というも用語の問題にとどまり、両者の間に本質的相違はないものと認めるのが相当である。」(三一丁裏)という誤った技術認識に依拠するあまり、本願考案の最大の争点である従来の容器の代替性如何という点についての理由を欠落させてしまっているのである。

吸取紙とは、第一〇号証の四に説明されるとおり「インキなどの吸収に用いる紙.ぼろ、化学パルプ、機械パルプなどを用いた無サイズ紙でかさ高の紙.多孔性で吸水性の大きいことが要求される.」ものである.一方、甲第一三号証の三の六三頁には、「パルプは繊維間隙に水を吸収し、圧力により水が絞り出され保水性は非常に少ない.・・・保液性は、紙おむつやナプキンに用いる場合、表面にWET性を与えない重要なファクターである.」と記載されている.このように吸取紙の原材料であるパルプは多孔性で吸水性は大きいが、保水性は非常に少ないことは明らかである.即ち、技術的には、容水量が大きいとか吸水性が大きいということと、保水性(包水性)や保液性が高いということとは全く異なる概念であり、容器の代替性如何については、容水性とか吸水性の問題ではなく、まさに保水性(包水性)や保液性が高いかどうかにかかわっていたのである.

然るに、原判決は技術的認識を誤った結果、この点につき何ら理由を付することなく、本願考案の容器の代替性についても引用例には示唆があるものと結論づけているのである.

上告理由第二点

原判決は、経験則及び採証法則に違反し又審理不尽の法令違背の結果、後記第一ないし第三の点について引用例と本願考案との技術的解釈並びにその相違についての認定を誤り、当業者が引用例から本願考案を容易に推考できないにも拘らず、これを容易に推考できるものと実用新案法第三条第二項を誤って適用し、これが判決に影響を及ぼしたこと明らかであるから、民事訴訟法第三九四条により破棄されるべきである.

第一、引用例と本願考案の構成の相違についての技術解釈の誤り

原判決は、引用例と本願考案の構成の対比に関し、塩化カルシウム液を引用例では容水量が大きくかつ毛細管作用が大きい吸取紙に浸漬させているのに対し、本願考案では布として吸湿性不織布を用いている点で相違するのみで、その余の構成について実質的に同一であることは当事者間に争いがないとする.

しかし、原告第三準備書面三項に主張したとおり、上告人は、本願考案と引用例とは、同じく塩化カルシウム液を内部に含浸させると言ってもその技術的意義や構成が異なることを明らかにした.即ち、引用例のものは、「容水量が大きくかつ毛細管作用が大きい物質」とあることから、塩化カルシウムの吸湿能力強化に寄与するのは、吸取紙のもつ毛細管作用であり、これが塩化カルシウム微粒子を内部まで浸透させ、表面積を広げるために外ならない。

これに対し、原判決は、「引用例において、吸取紙が塩化カルシウムの吸湿能力に寄与するのは、繊維がかさ高に結合され、したがって、繊維間に空間が存し、この空間に湿分を吸収した塩化カルシウムを保持することに由来するものであることが認められる。」と認定する。しかし、このことは、引用例の明細書のどこにも直接記載する部分がなく、原審において、上告人がつとに紙と不織布構造体の繊維空間の構造の違いを強調し、本願考案にいう吸湿性不織布の包水性の根拠を大きな繊維空間に求めたことに原判決が応えたものと思われる。

しかし、かえって吸取紙の保水性ないし包水性については前記甲第一三号証の三の六三頁に、「パルプは繊維間隙に水を吸収し、圧力により水が絞り出され保水性は非常に少ない。」とあるように、繊維空間の水分保持力は小さいことが明らかにされているのである。つまり、同じように繊維空間に吸収した水分でも吸取紙は、水分を保持する力がないのに比し、吸湿性不織布のそれは繊維空間に吸収した水分を保持することができるのである。この点吸収した湿分をいかに保持するかという点からの構成において両者が明らかに異なるのにこれを誤って、構成を同一と理解したため判決に影響を及ぼしたものである。

第二 吸取紙と吸湿性不織布との技術的相違についての誤り

一、原判決は、吸取紙と吸湿性不織布も「織ったり編んだりしないで作られシート状の繊維集合体材料である」という意味から共に「不織繊維集合体」とこれを命名する(二一丁表).

しかしこれは、単に幾つかの属性の相違する物質を共通する属性に着眼して区分けしたというにすぎず、異なる属性の性状について如何に異なるかまで検討するものでない.(例えば「人」と「カンガルー」とは共に二本足で立つ補乳類であることから、二足性補乳類などと分類することを想起されたい.このことから「人」と「カンガルー」とはよく似ているなどとは誰も考えない.)

原判決の右命名は、吸取紙と吸湿性不織布が同一のカテゴリーに属し、その意味で本願考案と引用例に相違がないかにみる危険な区分けであり、実質的な技術の相違を見失うものである.

同じく「織ったり編んだりしないで作られシート状の繊維集合体材料である」と言っても、吸取紙は、水の中で一旦植物繊維を懸濁して解体させ、薄く漉いて平に繊維を絡み合せ、その後に膠着させたもので、叩解、抄紙、乾燥という伝統的な製紙工程によって作られている.従って、吸取紙も当然に水の中で一旦解体した植物繊維同士をいかに密着させ、その結合を強化させるかという目的の中で製造されていることは明白である.これに対し、吸湿性不織布は、素材に吸湿性ある不織布を用いるものの、ウエブ状またはシート状の繊維集合体をベースにして、これを接着剤で結合したものや熱可塑性繊維を利用し、繊維間接着を強めたもの(乙第一号証)で繊維間構造は吸取紙とはまるで異なるものである。

然るに、原判決は、「引用例における吸取紙が植物繊維を原料とし抄紙法により製造されたものであることは当事者間に争いがないから、吸取紙は伝統的概念としての紙の範ちゅうに属するということができる。」(二六丁裏)としながら、不織布と紙の概念を克明に追求し、塩化カルシウムの吸湿能力強化という観点からは、吸取紙に代えて不織布を採択することは、その概念の類似性、親近性の故に極めて容易であったものと認めることができるとしている(二六丁裏~三〇丁表)。

二、しかし、原判決の右判断は、まず不織布と紙の意義を子細に検討し、その概念に類似性や親近性があるというにすぎず、そこから直ちに、本願考案の吸湿性ある不織布と引用例の吸取紙との転用の容易性まで思いを至らせてしまっているのである.

しかしここでも原判決は、「塩化カルシウムの吸湿能力強化という観点からは」両者の共通性を不織繊維集合体である点に求めることに誤りはないという.

しかし、本願考案は、甲第二号証(本願考案の登録出願書類)の記載から明確であるとおり、従来の除湿器が、一定体積を備えた容器の存在を前提とするため、少なくとも容器を収納し得る場所に置かれて使用されるものであり、かつ塩化カルシウムを収容する中容器に吸湿水を流下させるスリットを設けるため、塩化カルシウムが右スリットから落下することを防止する工夫が必要であったという欠点があったため、これらの欠点を解消し極めて薄型で収納場所に苦慮せず、かつ塩化カルシウム顆粒の落下防止ということも考慮しないですむ除湿器の案出を目的として、塩化カルシウム液を包水性能の優れた吸湿性不織布に含浸させて熱乾燥せしめたことにより、包水性能の優れた吸湿性不織布のもつ特性により、表面にはWET性を与えず、吸湿した水分だけを内部の繊維空間に包水させた結果、容器を用いず薄型でどこにでも収納でき、かつ塩化カルシウムの落下防止という効果を奏したものである.(甲第二号証二~三頁では、補正後により減縮された本願考案の吸湿性不織布は包水性能の優れたものが最適であることが判明しとあり、甲第一三号証の三の六三頁では、この包水性と同義の保液性は、表面にWET性を与えない重要なファクターであることが説明されている如く、従来の容器の代替としての重要なファクターもこの包水性のもつ表面にWET性を与えないことにある).

これに対し、引用例は、原判決も指摘するとおり、市販の塩化カルシウムが湿分を多量に吸収すると水溶液となって取扱いが不便となり、そのうえ塩化カルシウムの表面のみ多量に吸湿して内部への浸透が遅いという欠点があったため、これらの欠点を解消し塩化カルシウムの吸湿速度を早め、かつ吸湿量を増大することを目的として、塩化カルシウム液を、容水量が多く毛細管作用の強い性質を有する吸取紙に吸収させ、これを加熱乾燥することにより吸取紙に内部までまんべんなく塩化カルシウム微粒子を分布させた結果、塩化カルシウムの水溶液化を防止し、塩化カルシウムの吸湿速度、吸湿量を増大しその吸湿能力を強化する効果をもたらしたことにある.

以上のように、本願考案と引用例とでは、その解決せんとした技術課題も果した作用効果も全く異にするのである.従って、原判決説示のように、吸取紙と吸湿性不織布との転用の容易性について、「塩化カルシウムの吸湿能力強化という観点から」のみ両者の共通性を検討し、前記の如き結論に至ったのは本願考案の技術的課題の解釈を誤った結果に外ならず、審理不尽の法令違背の誹りを免れない.

三、原判決は、右に述べたとおり、本願考案の技術的課題や解決手段について誤り、紙と不織布との相違を単なる概念の類似性や親近性のみの追求に終始して、吸取紙と包水性能に優れた吸湿性不織布との相違を、繊維空間での包水機能という観点からの十分な検討をしなかったため、容水性、吸水性ということの技術的意義と包水性、保水性ということの技術的意義は、繊維相互の空間の果している機能からすれば用語の問題に留まるという基本的な誤りをおかすに至ってしまったのである。

そして原判決は、引用例においても、「塩化カルシウムの吸湿能力強化」に寄与しているのは、吸取紙の繊維がかさ高に結合され、繊維空間に湿分を吸収した塩化カルシウムを保持することに由来する(二四丁裏)と認定するが、この点について、引用例の明細書に触れるところがないばかりか、かさ高であり繊維空間が大きいことと、水分を包水ないし保水する能力が強いかどうかとは、前記の如く、全く技術的に次元の異なることである。

引用例は、原判決の指摘するとおり、「塩化カルシウムの吸湿能力強化法」に関する特許であり、その技術課題の解決手段は塩化カルシウムの表面積を広げることにあり、そのために塩化カルシウム水溶液を容水量が多く毛細管作用の大きい吸取紙に吸収させ、内部に塩化カルシウム微粒子を分散させて課題解決を果したにすぎず、吸収した水分を容器として保持する本願考案の如き創作性までは全く意図していないのである。にも拘らず、原判決は、かさ高である以上水分を保持できるものと考え、紙の繊維空間が大きくなるに従い水に対する強度が弱まる紙の基本的宿命(甲第一一、一四、一五号証)についてさえ、「紙の繊維は水素結合という物理化学的微視的結合によってのみ結合しているものではなく、紙の強度は繊維が機械的に絡み合って結合することによっても保たれているものであり、このことは、前掲甲第一一号証の一ないし四(七八頁)に紙の強さの原因として、繊維と繊維の絡み合いによる摩擦があげられていることからも窺うことができる。」(三〇丁裏~三一丁表)とするのである.

しかし原判決の挙げる紙の強度とは、水に対する強度をいうものではなく、紙自体の強さをいうものである.そして、紙の強さの要素のうち、最も重要な力が繊維と繊維を結び付けている力である水素結合であることは、甲第一一号証の四(七九頁)に明記され、紙の強さの原因となる繊維間では、繊維表面にあるセルロースが水素結合によって結ばれていると考えられ、繊維と繊維がどれだけ接触して水素結合で結びついているかの結合面積によって紙の強さが決められるのである.従って、繊維空間が大きいかさ高の紙はそれだけ繊維と繊維とが水素結合していない部分が多いことになり、それだけ水に対しての強度は弱いことになる(甲第一一号証の四、八二頁、甲第一二号証の二).原判決は、この点を全く考慮の外に置いている.

しかも原判決も認定する如く、吸取紙は伝統的な紙の概念の範ちゅうに入る紙で、その原料は、ぼろ、化学パルプ、機械パルプであって(甲第一〇号証の四)、原判決のいうような水にとけない紙ではなく、吸水性はよいが、むしろ保水性、包水性は前述のとおり非常に弱いことが技術的に明らかである(甲第一三号証の三、六三頁)。

この点からしても、原判決の吸取紙についての技術的理解には重大な点で誤りがあり、その結果、吸取紙には本願考案の如き従来の容器の代替という技術的創作は、保水、包水という機能からみた吸取紙の前記本質的な性格からいってまったく思い至らないところであったというべきであるのにその判断を誤り、吸取紙と包水性能に優れた吸湿性不織布とは転用容易であると認定したのである。

第三、本願考案の作用効果の認定の誤り

一、また取消事由(3)について、原判決は、「前掲甲第二ないし第四号証によれば、両考案の実施例における吸湿率は取消事由(3)の(一)において上告人が主張するとおりであると認められ、これによれば、本願考案が引用例に比しすぐれた効果を示したものと窺われないではない.」(三三丁)と認定しながら、両考案の実施例における実験条件が同一であるか否か判然としない以上、上告人主張のように単に得られた数値のみを対比してその効果の優劣を論ずることは相当ではない.」(三四丁)とする.

この点、引用例自体に原判決のいう実験条件が記載されていない点もあり、原判決のいう同一条件での実験データを示すことは不可能であるが、実験データとして挙げるものは、夫々の実験自体は同一条件で行われた結果であり、しかも塩化カルシウムの吸水量を重量比で割って吸水率を算出していることに相違はないのであるから、仮に引用例と本願考案との夫々の実験条件が異なっても、結果として出てくる吸水率は各被験物につき共通するものであり、従って、作用効果の点についても、引用例に比し格段の差異があったと認めることに難はない。

二、しかも原判決は、上告人が意図した作用効果の格段の差異が奈辺にあるかを追求しようともせず、これが引用例の吸取紙と包水性能に優れた吸湿性不織布との包水機能の観点からみた基本構造、性能との差異に基づくことに思い至らず、その結果、「本願考案がその吸湿性不織布の素材についてなんら限定を加えていない以上、他の素材を用いた場合においても常に右実施例同様引用例に勝る効果を奏するものであるとまで認めることは困難であるというほかない.」(三四丁)と断じているのである.

しかし、本願考案の吸湿性不織布は、前述したように、包水性能に優れたものが最適であると限定しており、かつ六〇〇%の包水性能のある吸湿性不織布を使用すれば、自重の六〇〇%までの吸湿効果を挙げ、従来の除湿器に十二分に代替できる実効性を説明しているのであるから、この点を見てなお「本願考案が引用例に比し顕著な効果を奏するものとは認めがたい.」とは到底言えないのである.

この点も明らかに経験則、採証法則に違背し、本願考案と引用例との技術的解釈を誤った結果であると言わざるを得ない.

以上

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