大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)212号 判決 1995年11月07日

上告人

田村悌子

右訴訟代理人弁護士

牧口準市

猪狩康代

村岡啓一

中山博之

坂原正治

澤田昌廣

笹森学

石黒敏洋

被上告人

右代表者法務大臣

宮澤弘

右指定代理人

吉田宏彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人牧口準市、同猪狩康代、同村岡啓一、同中山博之、同坂原正治、同澤田昌廣、同笹森学、同石黒敏洋の上告理由について

一  本件は、国民年金法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。以下、同じ)に基づく障害福祉年金及び老齢年金の受給資格を有する亡本村由松が、同法二〇条のいわゆる併給調整規定に基づいて老齢年金の支給停止措置を受けたため、右規定及び措置が違憲無効であるとし、国を被告として未支給の老齢年金の支払を求めて提起した訴訟である。ところが、亡本村は本件訴訟が第一審に係属中の昭和六三年四月に死亡したため、同人の子(養女)である上告人が、相続により又は同法一九条一項の規定により亡本村の老齢年金請求権を取得し、原告たる地位を当然に承継したと主張して訴訟手続の受継の申立てをし、さらに、原審で民訴法七三条による訴訟参加の申立てをした。

原審は、原告たる地位の当然承継を認めず、亡本村の死亡により本件訴訟は終了したと宣言した第一審判決を維持し、上告人による訴訟参加の申立ても却下した。

二  国民年金法一九条一項は、「年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる。」と定め、同条五項は、「未支給の年金を受けるべき者の順位は、第一項に規定する順序による。」と定めている。右の規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかである。

また、同条一項所定の遺族は、死亡した受給権者が有していた請求権を同項の規定に基づき承継的に取得するものと理解することができるが、以下に述べるとおり、自己が所定の遺族に当たるとしてその権利を行使するためには、社会保険庁長官に対する請求をし、同長官の支給の決定を受けることが必要であると解するのが相当である。同法一六条は、給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づき社会保険庁長官が裁定するものとしているが、これは、画一公平な処理により無用の紛争を防止し、給付の法的確実性を担保するため、その権利の発生要件の存否や金額等につき同長官が公権的に確認するのが相当であるとの見地から、基本権たる受給権について、同長官による裁定を受けて初めて年金の支給が可能となる旨を明らかにしたものである。同法一九条一項により遺族が取得するのは支分権たる請求権ではあるが、同法一六条の趣旨に照して考えると、右一九条一項にいう請求は裁定の請求に準じて社会保険庁長官に対してすべきものであり(現に国民年金法施行規則は、同法一九条の規定による未支給年金の支給の請求は所定の請求書を同長官に提出することによって行うべき旨を定めている)、これに対して同長官が応答することが予定されているものと解される。そして、社会保険庁長官の応答は、請求をした者が請求権を有する所定の遺族に当たるか否かを統一的見地から公権的に確認するものであり、不服申立ての対象を定めた同法一〇一条一項にいう「給付に関する処分」に当たるものと解するのが相当である。したがって、同法一九条一項所定の遺族は、社会保険庁長官による未支給年金の支給決定を受けるまでは、死亡した受給権者が有していた未支給年金に係る請求権を確定的に取得したということはできず、同長官に対する支給請求とこれに対する処分を経ないで訴訟上未支給年金を請求することはできないものといわなければならない。そうすると、上告人は、本件訴訟とは別に社会保険庁長官に対する支給請求をした上で、必要があればこれに対する処分を争うべきものであって、上告人において亡本村の本件訴訟上の地位を承継することを認めることはできない。

右に説示したところによれば、上告人による原告たる地位の当然承継を認めず、亡本村の死亡により本件訴訟は終了したとした原審の判断及び上告人の訴訟参加の申立てを却下した原審の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人牧口準市、同猪狩康代、同村岡啓一、同中山博之、同板原正治、同澤田昌廣、同笹森学、同石黒敏洋の上告理由

原判決は、訴訟の当然承継、参加承継に関する民事訴訟法第二〇八条一項、同法第七三条、同法第七一条、国民年金法第一九条一項について判決に影響を及ぼす明らかな法令解釈適用の誤りがあり、民事訴訟法第三九四条に基づき破棄を免れないものである。

第一 緒言

一 原告・控訴人の主張とこれに対する第一審判決・原判決の形式論理

1 本件訴訟は、国民年金法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。以下「法」という)第二〇条及びこれに基づいてなされた支給停止の措置は憲法第二五条、第一四条、第二九条、及び第三一条の各規定に違反するものであって無効であり、したがって、原告(亡本村由松)は、障害福祉年金の受給権の裁定を受けてその支給を受ける権利を有するとともに、老齢年金の受給権の裁定を受けて、昭和五四年四月以降の老齢年金の支給を受ける権利を有するものというべきであるから、被告(国)は、原告に対して、同年七月から昭和五七年五月までの間に原告に支給すべきであった未支給の老齢年金合計金一〇六万六九三三円を支払うべき義務があるとして提起された訴訟である。

ところが、原告は本件第一審訴訟の係属中の昭和六三年四月二七日に死亡した。

2 第一審判決は、この訴訟係属中の原告の死亡をとらえ、訴訟における当然承継の成否、すなわち、相続人田村悌子(以下「相続人田村」という)が訴訟における原告たる地位を当然に承継したものということができるかどうかを問題とし、法第一九条一項の規定に基づく未支給年金請求権は行政処分又は行政争訟を経ていない以上単なる抽象的、観念的な権利に過ぎず、それだけでは直ちにその請求権の行使としての給付訴訟を提起する適格を有しないこと(取消訴訟の排他的管轄性の法理)、また、未支給年金がたとえ具体的な権利であったとしても、それは法第二四条、第二〇条、第一九条に照らし帰属上の一身専属権であって相続の対象とはならないことを理由に、相続人田村の当然承継、参加・引受承継の可能性を否定し、訴訟は昭和六三年四月二七日の原告の死亡により終了したとしてその旨主文において宣言するにとどまった。

3 そして、原判決も、未支給年金請求権の抽象性については触れていないものの、あくまで該権利を帰属上の一身専属権であり相続により承継の余地のないものとするとともに、控訴人(相続人田村)が原審でなした民事訴訟法第七三条、第七一条に基づく参加も自己を当事者とする訴訟に対して参加を申し立てるものであり不適法であり、その申立の趣旨が第一審原告の提起にかかる訴訟に参加の申立をする趣旨であるとしても、それはすでに終了しているからやはり不適法であるとして、相続人田村の控訴を棄却し、参加申立をも却下した。

二 原判決の著しい不当性(違法性)

原判決が著しく不当かつ違法であることの理由は後に詳述するが、国民の司法離れが強く指摘されている今日、第一審判決の形式論理を更に形式論を駆使して追認した原判決の行為は、国民の目に裁判所による明らかな権利救済の回避と写り、国民の裁判に対する信頼を失わせ、国民の司法離れ、裁判離れに一層拍車をかけることになる。

以下、第一審判決及び原判決が用いた形式論のはらむ著しい不当性を一覧しておくことにする。

1 紛争の一回的解決・訴訟経済の要請の没却(訴訟要件制度・訴訟承継制度への誤解)

(一) 訴訟要件は原告が実質的審判を受けるために必要な要件であり、その多くは制度設営者としての裁判所(国家)の立場から要求されているものであるが、制度設営者としての裁判所の要求の多少・濃淡は、当該訴訟要件の種類によって異なっている。

しかし、制度設営者としての裁判所の右要求は恣意的なものであってはならず、紛争の法的解決、権利保護、私法秩序の維持という民事訴訟制度の目的に可及的に資するものでなければならない。

当事者適格は、訴訟物たる権利または法律関係の存否について何びとが当事者になったときに本案判決をするのが必要かつ有意義であるかの問題であるが、実際の取り扱いも調査の開始自体は職権調査であるもののその資料の収集は弁論主義によるとされており、例えば専属管轄、訴訟能力などのように裁判所が制度設営者として制度の基本を維持するためにその厳格な確保を目指すべきものではなく、むしろ紛争の解決をとおして当事者の権利を保護することに重点をおきつつ、他面で制度の効率的運営やコストとのバランスをはかりながらその存否を判断すれば足りるはずのものである。

とするなら、本件においては、原告亡本村において発生した権利侵害並びにそれをめぐり同人と被告国との間に生じた紛争は、控訴人がこれを現に争っており、他面控訴人以外の者がこの権利侵害を主張し被告国との間で紛争を惹起することがない(本件において原告の相続人は相続人田村のみであり、また、法第一九条一項に該当する者は相続人田村をおいて他に存在しない)という意味において、そのまま控訴人に引き継がれているのであるから、控訴人田村についても当事者適格を認める解釈が、制度の効率的運営(訴訟経済)やコストとのバランスを図りながらも紛争の法的解決、権利保護、私法秩序の維持という民事訴訟制度の目的を可及的に実現するうえで不可欠なことであった。

(二) 次に、訴訟承継の制度は、訴訟係属中の当事者の死亡や係争物の譲渡等を訴訟手続に反映させて、当事者を交替せしめ、かつ新当事者は旧当事者の訴訟状態上の地位をそのまま承継することとして訴訟の続行をはかったものである。これは爾後に紛争を残すのを避けるとともに、従来の訴訟をご破算にして相続人または係争物の譲受人などとの間で別訴を提起して審判することになれば、これまでの訴訟追行の結果を無視することになり、訴訟経済に反するだけでなく、当事者間の公平にも反し、訴訟状態上の既得的地位を侵害することから、これらを回避するため設けられた制度である。

本件においては原告亡本村の死亡後も控訴人田村が原告の主張をそのまま引き継いで争っており、したがって紛争は現に存在しているのであって、上述の意味からその紛争はまさに「相続」されている。

このような実態を無視し、従来の訴訟をご破算にして相続人田村に別訴の提起を要求することになれば、それまでの原告の訴訟追行の結果を無視することになり、訴訟経済に反するだけでなく、裁判当事者間の公平にも反し、原告そして相続人田村の訴訟状態上の既得的地位を侵害することは明らかなことである。

(三) 以上まとめるに、裁判ができる可能性があるかぎり本質的な争いに入ることが民事訴訟法の精神であり、このことは、「朝日訴訟」の最高裁判決の少数意見が「可能な限り門前払いを避け、事案の実体に入って判断を加えることが、国民のための裁判所」と述べているとおりである。

にもかかわらず、訴訟要件あるいは訴訟承継の概念を形式論を駆使して狭隘に解釈し事案の実体についての判断を回避することは、紛争解決制度に対する国民の信頼を著しく損なうものであり、裁判所が厳に戒めなければならない態度なのである。

2 当事者保護(具体的権利保護)の没却

現行の障害基礎年金(一級)は年間八七万七五〇〇円である。しかし、この額は到底これだけで生活を維持していける数字ではない。そこで、障害者は障害基礎年金の受給だけでは生活が成り立たないため生活保護を受けざるを得なくなる。このため生活保護を受けている家庭は健常者よりもかえって障害者の方が比率が高くなっているのが現状なのである。

したがって、本件のような併給禁止の是正を求める裁判において、裁判所が形式論に固執し実体についての審理を拒み続けることは、裁判という避けがたい時間の経過の中で(本件にしても、訴の提起から現在まですでに八年が経過している。)、結局は、国民の生活の維持保全のため本来国が出費すべきであったものを、身を削って受給権者の生活を支えていた近親者に押し付けていくことになる。

これは、裁判所が、国民の日々の生活を国家が具体的に支えるという福祉の精神の侵害に側面から協力し福祉の否定に拍車をかけることになるだけでなく、右のように近親者に対する権利侵害も結果的に招致してしまうことになる。

この事実を忘れてはいけない。

三 結論

社会保険庁の発表によれば、平成三年三月末現在、拠出制の老齢年金(旧法)や老齢基礎年金(新法)の受給権があるのに他に障害者年金などを受けているためその支給が停止されている原告と同じような境遇の者は、全国で一三万六九〇一人にのぼっている。

老齢年金併給禁止制度が著しく不当で法の下の平等に反することは、健常者であれば高齢化による経済力の低下を老齢年金で補うことができるところ、障害者の場合(障害者は障害福祉年金を受給することではじめて経済的に同齢の健常者と同じになると考えうる)には、併給禁止規定によって高齢化による経済力の低下を一切考慮の外におかれることになるという事実を考えれば明らかなことである。

まして、老齢年金のような拠出制年金の場合、主要な財源提供者である拠出者の意識としては将来の給付を期待して(つまり、一種の預金であると考えて)その時々の支払いをしているのは自明である。

にもかかわらず、老後、一片の併給禁止規定によってこの「期待」を打ち砕くことは、拠出者本人にとって財産的・精神的に苛酷なことであるばかりでなく、それ自体、ひいて拠出制年金制度に対する国民の信頼を失わせ、拠出制年金制度そのものの衰退を招きかねない。

裁判所が形式論にはしり、紛争を解決し権利保護を図るという訴訟制度の本来の目的を見失ったとき、国民の権利(憲法二五条、第一四条、第二九条、第三一条)の保護は有名無実となる。

このような裁判所の実態を目の当たりにしたとき、国民の足は権利救済に無力な裁判所から確実に遠ざかっていく。

第二 未支給の老齢年金請求権の相続を理由とする訴訟の当然承継について

一 第一審及び原判決の判示について

第一審判決は、国民年金法第二四条につき、「同法による給付の目的が国民が老齢、障害又は死亡より所得の喪失又は減少の危機に瀕する場合において共同連帯に基づきこれを防止し、国民生活の安定とその向上を図ることにあるところに鑑みて、年金給付が真に受給権者の利益のために用いられるべきものとし、また、年金給付は受給権者の生存中に支給してはじめてその意義を全うすることができるものであることに照らして、基本権たる年金受給権についてはもとより、支分権たる年金請求権についても、原則として、これを譲り渡し、担保に供し又は差し押えることができないものとして、いわゆる権利の移転性を否定し、これを受給権者の帰属上の一身専属権としているのであって、このことの結果として、これらの権利は、民法第八九六条但し書の規定により、相続財産の範囲には属しないことになる」とし、さらに、右については、既に支給期間を経過していながら支給期月が未到来であるために未支給である年金あるいは既に支給期月が到来しているにもかかわらず、なんらかの事由によって未支給のままとなっている未支給年金の請求権についても、等しく妥当するところであって、「受給権者が未支給年金を残して死亡した場合においては、受給権者の死亡によって未支給年金の請求権も当然に消滅し、それが相続の対象となる余地はない」とし、さらに第一審は、本件未支給年金が受給権者の死亡により当然消滅し、相続の対象とならないとする結論については、「生活保護法による保護受給権に関する最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決の判旨(民集二一巻五号一〇四三頁)がそのまま当てはまるところである」とする。そして、原判決も右第一審判決を肯認し、上告人が本件訴訟を当然承継する余地はないと判断した。

しかしながら、原審右判示は民事訴訟法第二〇八条一項の訴訟承継に関する規定の解釈適用を誤った違法があり、破棄を免れない。

二 未支給の老齢年金請求権の相続性について

1 私法上の一身専属権に関する相続性の法理

(一) 私法上の請求権の場合にあっては、民法第八九六条は相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものとするが、同条但書においては、被相続人の一身に専属したものは相続されないものとされる。

(二) 例えば、扶養請求権の如き場合にあっては、扶養権利者が一定の親族関係にある扶養義務者に対して有する基本権たる扶養請求権(民法第八七七条)は、当事者双方の親族法上の地位に基づいて生ずるが、これから派生する日々の生活扶助に関する請求権は権利者が現実に自ら行使すべきものであり、権利者によって行使されずに経過すれば消滅する性格のものである。

従って、当事者間の協議や審判によって扶養の程度や方法が具体的に定められている場合でも、扶養権利者が死亡すれば、それ以後扶養の必要性は消滅するから扶養権利者の有していた基本的な扶養請求権が相続されないこととなる。

(三) しかしながら、基本権たる扶養請求権は一身専属権的であっても、具体的に扶養義務の内容が確定し履行期の到来した延滞扶養料債権については、一身専属性が失われ、一般の金銭債権と変わりなく相続されることは判例学説上異論がない(東京控判昭和一二年四月一二日、新聞四一三七・一四、中川善之助相続法(新版)一四九頁)。

そして、同様に一身専属権と解されている離婚に伴う財産分与請求権や慰籍料請求権についても、少なくとも請求の意思表示をした後は一身専属性が失われ通常の金銭債権となって相続の対象となる。

2 公法上の一身専属権に関する相続性の法理

(一) ところが、公法上の請求権の場合においては、それが公法上の権利であるということだけの理由で、この種金銭債権の譲渡性なかんずく相続性を否定する考えもあった(例えば大審院判決昭和一二年五月八日民集一六巻九号五六〇頁)。

(二) しかしながら、公法上の金銭債権の譲渡性の有無は、公益上又は社会政策上、その権利を特定人に留保しておく必要が認められるかどうかということによって決定されるべきである(田中二郎「債権の差押禁止とその理由・公法と私法」八七頁以下、大審院判決昭和10.1.14民集一四巻一号一頁、同院判決昭和10.9.27民集一四巻一八号一六五五頁)。

従って、本件の如き未支給年金請求権の相続性の有無も公益上又は社会政策上、右の権利を当該受給権者個人に留保しておく必要があるかどうかという観点から考慮されなければならない。

(三) ところで、公法上の請求権のうち、社会保障立法に基づいて社会保障給付を受ける権利は、本来生活の保障、安定を必要とする被保険者、要保護者としての地位に基づいて生ずるものであり、社会保障の効果が達成されるためには、その給付が確実に権利者に帰属するよう配慮されなければならないから、右権利については、譲渡や差押を禁止することについて公益上及び社会政策上合理的理由があり、国民年金法第二四条の他、社会保障各法にもこの旨の規定は多い(厚生年金法第四一条、健康保険法第六八条、労働者災害補償保険法第一二条の五、国家公務員等共済組合法第四九条、他方公務員等共済組合法第五一条、児童手当法第一五条、児童扶養手当法第二四条等)。

かような意味において、社会保障による右給付請求権は帰属上の一身専属権といえる。

(四) しかしながら、右3の結論から直ちに社会保険による給付請求権につきその相続可能性を否定することは論理の飛躍がある。すなわち、純然たる第三者の手に渡ることを前提とする譲渡・差押と本人の地位の承継人と目すべき相続人の利益に帰することを目的とする相続とでは、これを区別して論ずべきであって、譲渡・差押禁止の明文があるからといって、直ちに当該権利の相続性まで否定することは早計に失するのである。

なぜならば、法がこれらの公権について譲渡・差押等を禁止する趣旨は、受給権者本人がこれらの受給権を現実に享受することができるように受給権者の地位を特に保護するものであって、逆に受給権者に交付すべき金銭の用途を限定し、その財産価値を制限しようとするものとは解し難いからである。

(五) かような右4の解釈が国民年金法に関しても正当であることは、

(1) 恩給法が恩給を受ける権利について譲渡・差押禁止につき明文をおきながら(第一一条)、死亡前の未受領給与の支給につき「恩給権者死亡シタルトキハ其ノ生存中ノ恩給ニシテ給与ヲ受ケサリシモノハ之ヲ当該公務員ノ遺族ニ給シ遺族ナキトキハ死亡者ノ相続人ニ給ス」(第一〇条一項)と明文を以って規定していることからも裏付けられるし、

(2) 生活保護法に基づく保護受給権の認められていなかった恤救規則(明治七年太政官達一六二号)のもとにおいてすら、救助費未交付中に窮民が死亡した場合について、明治三七年六月内務省庶務掛課長通牒(庶務甲第一八九一八九号)によって、未交付救助費は原則として相続人に交付すべきものとされ、

(3) 健康保険の被保険者が輸血代金を健康保険法第四四条にいう療養費として請求しないまま死亡した場合に、その配偶者がその権利を相続して請求した事件について相続性は自明の前提として審理が為されている社会保険審査会裁決例(一九六〇〇五・三一)や、労災法について遺族補償費(労災保険法施行規則一六)以外の補償費を受ける権利は相続の目的となりうるし、また失業保険法第四七条二項の解釈について、「本条は譲り渡しを禁止しているのにすぎず、かつ受給資格者の失業保険金請求権が必ずしも受給資格者の一身専属権であるとの前提に立つものでもないから、受給資格者が死亡した場合においては、その者が失業の認定を受けた日の分にかかわる失業保険金請求権は受給資格者の相続人によって相続され、相続人によってその分の失業保険金が受給される」とする行政当局者の見解(労働省労災補償部編著「労働者災害補償保険法」一九九頁、労働省失業保険課編著「失業保険法」二二七頁)等によれば、健康保険、失業保険労災保険などでは、金銭給付としての保険給付を受ける権利についてその相続性を認める見解が一般的といえ、

(4) 西ドイツにおいて、盲人扶助申請者に対する保護決定に先立って、当該申請者が死亡していたことが決定後に判明したため、保護請求権の一身専属性を理由に当該決定を取消した処分に対して、申請者と世帯を同じくしていたその妻から、当該保護費の支給を求めた訴訟において、当該保護費請求権が盲人の死亡によって消滅したのかそれともその先順位相続人である妻に移転したのかが争われた事案において、判例は、死亡に先立って発生し、申請によって主張され弁済期の到来した請求権について、連邦社会扶助法の請求権の譲渡性を排除する規定(第四条)は必ずしも相続性を排除する趣旨には解釈されないとし、むしろ本件の如き場合、相続性を承認することが社会扶助の本質と一致するとしたこと(ブラウンシュヴァイク行政裁判所一九六三・八・八判決Zeitschrift furdas Fursorgewesen 1963 p 362)からも裏付けられる

(六) 結局、本件老齢年金請求権に関するその相続性の有無については、右2で述べた如く公益上又は社会政策上妥当かどうかという観点から解釈されるべきである。

3 未支給の老齢年金請求権の相続性について

そこで、基本権たる老齢年金請求権の相続性について考えるに、被保険者として将来事故が生じたときに何らかの給付を受けうる権利やそれ自体については、これを相続して給付を受けることは、社会保障の権利の性質上困難が予想されるとしても、本件の如く既に受給権の裁定を受けた具体的な老齢年金請求権については、次の理由から相続性が肯定されるべきである。

すなわち、

(一) 右年金給付が本来の権利者のみでなく、その家族の生活にも直接間接に寄与するものであり、権利者が受けるべき給付がたまたま権利者死亡のため給付されないとすれば、その家族の利益と期待は裏切られることになるし、

(二) 被保険者が年金等の給付を受けたら返済するつもりで生活費を第三者から借金していたような時に、当てにしていた給付を受ける前に死亡したような場合、債務は相続人に移転するのに相続人には未支給の保険給付を受ける権利がないことは、極めて不都合になるのであり、結局、被保険者について、その死亡前に生じた保険事由によって被保険者に一定額の金銭給付を受けうる筈であるのにその権利の満足を得ないで死亡した場合に、右の者が有した金銭給付請求権は一般の金銭債権として当然に相続の対象になると解するべきである。

(三) 被保険者は、すでに具体的に発生している老齢年金につき国から支給をまだ受けていない場合において、その間の被保険者の生活の維持を同人の家族等第三者からの経済的援助及び負担に依存していることが当然予想されるのである。

ところが、被保険者の死亡という偶然的事実の発生によって、国が既に支払義務を負っていた年金債務の支払いを免れるとするならば、国は被保険者の家族らに経済的負担をさせながら、自らは老齢年金の支払義務を免れ、結局その支給相当額を不当利得することになる。かような結論は、正義に反するものと言わざるを得ない。

(四) また、仮りに第一審判決及び原判決の如き結論が肯認されるとするならば、老齢年金の支給を受けている者は、そもそも高年齢者であるから、仮りに、国が老齢年金の支給要件があるにもかかわらず、これを拒絶して具体的紛争になった場合、高年齢者である受給権者は時間の経過とともに死亡してゆくことになって、紛争が長びけば長びくほど、結局国は老齢年金の支払義務を免れるという不合理な結果を招来するものであって、かような解釈は妥当でない。

4 老齢年金請求権の財産権的性質に基づく相続性について

さらに、老齢年金請求権は、社会保障制度の中で社会保険に属し、従って公的扶助とは全く異なるものであり、拠出性の原則に基づき保険原理を活用して計算された金銭給付を受けるという経済的利益を有する財産権であることからしても、その相続性が肯定されるべきである。

すなわち、

(一) 国民年金法は日本国内に住所を有する二〇才以上、六〇才未満の者は、全てこれを被保険者として、その保険加入を強制加入とする旨定める一方(第七条)、被保険者に対しては保険料の支払を義務化している(第八八条)。すなわち、老齢年金は、長期間に亘る経済的出捐を義務化、強制化することにより、「その経済的出捐に対する対価として将来の経済的期待権(事故の発生による年金受給権者の取得)を与える」という法的構造をとる。

(二) 国民年金法は一定の要件を満たした者に対し、法定の事故発生により一律的、画一的な受給権の発生を定め、年金受給権の内容を簡明にしている(老齢年金につき第二六条)。すなわち、受給権の存否、内容に関し、行政官庁による資力等の調査、裁量行為を排除し、迅速且つ確実な年金給付を確保する。

(三) 国民年金法が支給につき所得制限を排除していることは、拠出制年金が公的扶助としての性格よりもむしろ被保険者に対し、将来の事故の発生に備え、予め自己の所得の一部を積立てさせ、事故という客観的事実の発生のみを要件として、所得の多少に拘らず確定的に受給権を確保させるいう方法により、拠出制年金制度により強い自助的性格をもたせる。

(四) 給付すべき年金の額は原則として保険料の拠出期間、拠出額にかからしめている。すなわち、給付それ自体に受給権者の過去の拠出に対する反対給付としての性格を持たせている。

(五) 我国の年金財源は拠出金積立方式を採用し、その財源の確保をあくまでも被保険者からの拠出金の積立てによることを基本にすえる。そのため修正方式を採用し、積立金額と給付金額との間にアンバランスが生じた場合には、保険料の引き上げが予定され、現にこれを実施する。すなわち、受給権の内容を拠出金の積立て総額(保険料とその納付期間)にかからしめると同時に、受給権が確保さるべき財源を拠出者自らの出捐によらしめ、もって、自助性、対価性を高める。

(六) 国民年金法は拠出金につき、保険料という名称を使用しているが、このことは被保険者に対し、将来予測しうる一定の事故に対する確定的な対価的給付を期待させることによって拠出制年金を私的保険類似のものとして認識させる。

(七) 拠出制老齢年金については、その給付金に対して国税滞納処分が可能とされ、且つ、租税その他の公課を徴収することとされる(第二四条但書、第二五条)。このことは、拠出制老齢年金が不測の事故に対応する障害年金、遺族年金とは異なり、予測可能な自己の老齢化に対する貯蓄的退職年金、賃金積立金的性格を有する。

そして、老齢年金受給権者のかような財産権としての性格に着目するならば、これは相続の対象となるべき財産権というべきなのである。

三 老齢年金請求権と生活保護法に基づく保護受給権との性質の違いについて

1 第一審判決及び原判決の誤りについて

原審は、未支給の老齢年金請求権が相続される余地のないことについては、生活保護法による保護受給権者の場合と同一であるとする。

確かに老齢年金請求権及び生活保護法による保護受給権は、いずれもすべての国民に健康で文化的な生活を保障することを目的とする社会保障制度の一環をなす法的権利として、密接な関連性を有している。

しかしながら、そもそも老齢年金請求権は社会保障を構成する社会保険と公的扶助という二つの支柱のうちの社会保険に基づく制度であり、他方、生活保護法による保護受給権は、公的扶助に基づく制度であって、この社会保険と公的扶助の両者は沿革的にも独立した別個の制度で、その対象、目的、内容は異なっているのである。

従って、老齢年金請求権と生活保護に基づく保護受給権とは、右の違いに基づき、その結果としての権利の性質にも著しい違いがあるのであって、その相続性について、第一審判決及び原判決がこれらを単純に同一視し、同一であるとしたことは誤りなのである。

2 社会保障法の見地から考察した老齢年金請求権の権利性について

(一) 保険制度と公的扶助の制度の沿革上の相違

公的扶助制度は沿革的には、中世以来の救貧法に連なり、最低限度の生活に必要な資産や所得の不足に対する補給を必要に応じて行なうもので拠出(保険料)を要件とせず租税収入によってまかなわれる。

他方、社会保険制度は、沿革的には、同業者の自助的な相互扶助組織にまでさかのぼるものの、社会政策目的から、主として労働者を対象に一九世紀末のドイツで成立し、その後国民全体に対象を拡大しながら各国に普及したものであるが、被保険者の拠出する保険料を主たる財源として一定の保険事故に対して定型的給付が為される。

すなわち、両制度は被保障者側の拠出の有無の点及び事故に際しての資産調査なしで定型的、画一的給付が為されるかどうかの点で、根本的に異なる。

(二) 社会保険制度と私保険制度の関連性

社会保険は、被保障者の生活保障を保険的方法を用いて実行するものであり、その技術的基礎を個別保険(私保険)に置いており、収支の均衡、合理的採算を重視している。

すなわち、典型的に個別保険においては、資本主義の経済原則をそのままの形で保障しようとする市民法の原理が妥当し、平等な経済主体としての個人の自由な意思に基づいて保険契約関係が作られるが、保険料は保険金及び危険度に比例しており(給付反対給付均等の原則)、この等価性は大数法則適用の結果、保険団体内全体として保険金の総額が保険料の総額と釣り合っていて(収支相当の原則)一種の等価交換を保障する有償の双務契約とされる。

これに対して、社会保険においては、社会政策目的から個別保険との相違点が発生している。

すなわち、保険料は保険金と危険に必ずしも比例せず、また、財源も被保険者が拠出した保険料の積立額であるのみならず受益者以外も負担し、かような意味で給付反対給付均等の原則、収支相当原則は、社会保障の目的により修正される。

しかしながら、社会保険においても、拠出と保険金の収支の均衡及び合理的採算を重視しているのであり、給付と反対給付に個別保険のような完全な等価性はないということは、社会保険の保険的性格を損うものではなく、かつまた、直ちに給付と反対給付との対価的関連を全面的に否定することを意味するものではない。

(参照 西原道雄「社会保険における拠出」、契約法大系Ⅴ有斐閣昭和三八年)

我国における戦後の社会保険制度の考え方についても、戦後の社会保障制度に決定的影響を与え、その原点と評価されている日本の社会保障制度審議会の一九五〇年「社会保障制度に関する勧告」においては、社会保険の制度を全体として国民の相互扶助(個別の危険を全体で賄う)、自助的機能(財源は受益者の負担とする)を基本原理とする旨強調し、その保険原理性及び給付の対価性を重視している。

(三) 社会保険に基づく金銭給付の法的性格

社会保険においては、私法上の契約に基づく個別保険とは異なり、法律の規定によって作られた公法上の関係となっているのが普通であるが、社会保険の公法的性格を基礎づける要素としては、①保険者が国、他方公共団体または健康保険組合、共済組合等の公法人であること、②加入が原則として強制されていること、③保険料等の拠出について租税のような行政上の強制徴収制度がとられていること、④給付主体と受給者との間に具体的な法律関係の形成に当たって行政庁の処分(認定、裁定等)が大きな役割を果たしていることなどである。

しかしながら、他方、社会保険における金銭給付請求権の法的性格を考える際に忘れてならないことは、右請求権は債権債務関係を有していることから債権法の適用を受け、従って、通常の債権と共通性を有しており、また、すでに受けた経済的給付が個人にとって所有権の対象となり、さらに、右権利については、法人や代理や時効に関する民法の規定がそのまま、もしくは若干の修正を受けて適用されることである(西原道雄「私法学からみた社会保障法」法律時報五九巻一号一一頁以下)。

これは、すなわち、社会保険給付において、自由平等を重視する伝統的な市民的財産法の財産権や契約に関する諸原理は、生存権を軸として展開してきた社会保障法の中で大きな修正を受けながらも、なお一定の程度で適用を受けているということである。

かような点を考慮すると、社会保険給付である老齢年金請求権につき、その相続性を考察する場合には、単に当該権利が社会保障という公法的関係に基づく権利であることを理由に一刀両断的に結論を導くのではなく、あるいは生活保護受給権についての法律構成を当然にそのまま老齢年金請求権の法律構成に持ち込んで直ちに同様の結論を導くのではなく、当該老齢年金請求権の実質、すなわち給付の要件、保険料等拠出の有無、給付金額と拠出保険料との関連性等を具体的に考察するなかで、その権利性及び相続性の有無を判断するべきなのである。

3 結論

ところが、第一審判決及び原判決は、右の点に関しても第二項で詳述した如く、拠出性老齢年金の性格と生活保護受給権の性格との違いを捨象し、その法的性格を看過して、本件に関して「最高裁昭和四二年五月二四日大法定判決の判旨がそのまま当てはまる」と判示したものであり、誤りなのである。

第三 国民年金法第一九条一項に基づく訴訟承継

一 国民年金法第一九条一項に基づく訴訟承継の可否についての審理経過

仮に、原告本村由松の老齢年金支払請求権が受給権者の帰属上の一身専属権であって相続の余地がなく、原告の相続人田村悌子において、本件訴訟の原告たる地位を当然に承継したものと言うことはできないとしても、相続人田村は、国民年金法第一九条一項に定める「年金給付の受給権者が死亡した場合においてその者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた」「その者の子(養女)」であるから、同条項に基づき、「自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる」地位にある。そこで、相続人田村が右一九条一項に基づく未支給年金の請求権を取得したことを理由に、相続人田村に本件訴訟の承継が認められないかが問題となる。

右の論点に関する上告人の主張並びに第一審判決及び原判決の判断は次のとおりである。

1 上告人(原告本村由松の相続人としての地位における上告人)の原主張

相続人田村は、訴訟承継の本質を「当事者適格ないし訴訟追行権あるいは紛争の主体たる地位の移転」に求め、相続人田村の有する国民年金法第一九条一項の未支給年金請求権の実質的内容が、死亡した受給権者原告本村の生存中に有していた未支給年金の請求権と同一のものであり、また、給付制限事由の存否等も専ら死亡した受給権者について判断すべきものであるから、紛争の一回的解決という訴訟経済上の利益の観点及び第一審の審理を通じて形成された訴訟法律状態の下で、相続人田村が、現に争いの当事者たる地位を承継していると認められることを理由として、本件訴訟は原告本村から相続人田村に当然に承継されたものと考えるべき旨主張した。(訴訟承継の本質に関する訴訟法律状態説に基づく当然承継の主張・第一審における上告人の昭和六三年七月二〇日付準備書面第二参照)

2 第一審判決の判断

第一審判決は、右相続人田村の国民年金法第一九条一項を根拠とする当然承継の主張に対し、先ず、訴訟承継の本質を「訴訟物たる実体上の権利または法律関係自体の移転」に求め、『訴訟の当事者の死亡によって右にいわゆる訴訟の当然承継が生じるのは、相続人が当事者の死亡によりその財産に属した一切の権利義務を相続により包括的に承継したことの結果として当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係自体を承継し、これに伴って現に争いの当事者たる地位を承継しているものと認められるか、または、右のような承継関係が認められないときであっても、特に法令の規定によって特定の者が訴訟追行権を与えられているような場合に限られる』と判示した。(第一審判決・理由三・1参照)

これは訴訟承継の本質につき、伝統的な訴訟法律関係を採用したものであり、相続人田村の主張した、訴訟承継を当事者適格の移転という訴訟法的観点から成否を判断すべしという考え方(訴訟法律状態説)を否定したものと言うことができる。

そして、第一審判決は右の訴訟承継論に依拠して、相続人田村が国民年金法第一九条一項の未支給年金請求権を取得しても、その法律関係は「相続による遺産の包括的承継とは全く別個の法律関係を構成するものであり、」「およそ訴訟の当然承継の生じる余地はない」と判示し、相続人田村の国民年金法第一九条一項に基づく当然承継の主張を排斥した。(第一審判決・理由三・3参照)

しかし、第一審判決は、相続人田村の主張した国民年金法第一九条一項の未支給年金請求権の内容及び給付制限事由の存否が原告本村が生存中に有していた未支給年金の請求権と同一のものであることを認め、「これを実質的にみれば、遺族は、死亡した受給権者が有していた未支給年金請求権を、伝来的、承継的に取得したものとして観念することができないわけではない。」と述べた上、相続人田村の地位は、「死因贈与における受贈者の地位または特定遺贈における受遺者の地位に類比したものである」から、実質的にみて、「未支給年金請求権の特定承継があったものと擬することができる」とし、民事訴訟法七三条の参加承継又は同法七四条の引受承継の可能性を示唆した。(前同)

第一審判決は、伝統的な訴訟承継理論(訴訟法律関係説)に依拠しながらも、本件における国民年金法第一九条一項の未支給年金支払請求権が内容的に消滅した筈の原告本村の老齢年金請求権と同一であるが故に、同法第一九条一項に基づく法律上の効果として訴訟物(原告本村の生存中の未支給年金請求権)が移転したものと擬制することによって特定承継の可能性を示したものと言える。

しかし、第一審判決は、右特定承継の可否については民事訴訟法第七三条、同七四条との関連でのみ把握し、取消訴訟の排他的管轄性の法理を根拠に相続人田村の未支給年金支払請求権が未だ行政庁の判断を経ていない以上、抽象的観念的な権利にすぎないとして、結局、特定承継の申立の余地はないと結論づけた。(前同)

3 上告人(相続人田村及び参加人田村)の控訴審における主張

上告人は、第一審以来の訴訟法律状態説に基づく当然承継の主張に加えて、第一審判決の採用する訴訟法律関係説に依拠しても、同判決が指摘した特定承継の類型による原告本村から上告人への訴訟承継があったと考えるべきことを主張した。

即ち、国民年金法第一九条一項によって未支給年金の支払請求権を取得した者は、訴訟承継に関する訴訟法律状態説と訴訟法律関係説の立場の違いによって結論を異にするのではなく、訴訟法律状態説によれば、当事者適格の移転という訴訟法的観点から、国民年金法第一九条一項によって当然承継があったと説明されるのに対し、訴訟法律関係説によれば、包括的地位の移転に伴う訴訟物たる法律関係の直接承継は認められないが、国民年金法第一九条一項の効果としての訴訟物の移転があったものと考え特定承継があったと説明されるにすぎないことを主張したものである。そして、第一審判決が、右特定承継の主張には民事訴訟法第七三条、同七四条の申立手続きの履践をなすべきことを当然の前提としていたので、右の考え方(承継人の申立をまって特定承継の可否を判断するという手法)に対応して、次の点を控訴理由とした。

即ち、仮に訴訟法律関係説という第一審と共通の土俵に立ってもなお、

(一) 第一審裁判所が、上告人の「受継申立」及び昭和六三年七月二〇日付準備書面第二の主張により、訴訟法律関係説に基づく参加承継の申立と解し得たにも拘らず、取消訴訟の排他的管轄性の法理なるものを用いて、参加申立の可否につき判断をしなかったのは審理不尽であること。

(二) 第一審裁判所が、前記準備書面第二で主張した国民年金法第一九条一項を根拠とする訴訟承継の主張を、民訴法第七三条に基づく参加承継の申立として取扱わなかったのは、釈明義務の違反であること。

を主張した。

4 原判決の判断

原判決は、上告人(相続人田村)の原主張である訴訟法律状態説に基づく当然承継の主張に対しては、第一審判決をそのまま引用し、これを排斥した。(原判決理由・一参照)

そして、第一審判決が指摘した国民年金法第一九条一項に基づく特定承継の可能性に関する判示部分を全て削除するとともに、取消訴訟の排他的管轄性の法理を用いて特定承継の申立の余地を否定した判示部分も削除した。

右の原判決の判示から推測すれば、原判決は、訴訟物たる権利義務の移転の有無のみに依拠して訴訟承継の成否を考えるとする伝統的な訴訟法律関係説を採用し、第一審判決の示唆した国民年金法第一九条一項に基づく特定承継の可能性をも否定したものと言うことができる。

また、前記参加承継の申立をめぐる控訴理由については、

(一) 上告人が第一審において民訴法第七一条の手続により同七三条の参加申立をしたことは認められず、受継申立により参加申立があったとみなすことはできないから、第一審裁判所が参加の可否につき判断をしなかったとしても審理不尽ではない。

(二) 本件訴訟は、原告本村の死亡により終了したもので、参加の余地はなかったのであるから、第一審裁判所が上告人に対し参加について釈明しなかったとしても釈明義務に違反しない。

との形式論だけで排斥した。(原判決理由二・参照)

二 訴訟承継の可否をめぐる論点整理

以上の審理経過から、国民年金法第一九条一項に基づく訴訟承継の可否をめぐる論点を抽出すると、次のように整理することができる。

1 国民年金法第一九条一項を根拠に当然承継が認められるか。

(一) 訴訟承継の制度をどのように理解するか。

(二) 承継の成否を何によって決定するべきか。

2 国民年金法第一九条一項を根拠に特定承継が認められるか。

(一) 国民年金法第一九条一項の未支給年金支払請求権と原受給権たる年金支払請求権とはどういう関係に立つのか。

(二) 右の両者を同一と解した場合、訴訟法律関係説の立場に立って、本件につき特定承継を認めることが可能か否か。

(三) 訴訟法律関係説の立場から特定承継が可能だとした場合、どのような手続が必要とされるのか。

(四) 本件訴訟において、右手続の履践はあったと言えるのか否か。

右の各論点につき上告人の主張を明らかにし、上告人の訴訟承継を認めなかった原判決の判断が誤りである所以を明らかにする。

三 国民年金法第一九条一項に基づく当然承継の可否

1 訴訟承継制度の意義

訴訟承継の制度は、訴訟係属中に訴訟物である権利関係について訴訟を追行する当事者適格が、従前の当事者から第三者に移転したことに基づいて、その第三者が当事者の訴訟上の地位を承継することを認める訴訟法上の制度である。

訴訟承継の成否を何によって決定すべきかについては、後記のとおり、訴訟物たる権利又は法律関係それ自体の移転に求めるか、それとも、当事者適格の移転に求めるかにつき理論的な対立があるが、訴訟承継制度の存在理由が、訴訟の同一性を擬制し、新訴提起を求めるのではなく、承継人をして在来の当事者に代わって訴訟を追行させようとする点にあることについて争いはない。(後掲の最高裁大法定昭和四二年五月二四日判決の多数意見及び少数意見を対比せよ。)

訴訟承継には、訴訟外における承継原因の発生に伴って、法律上当然に当事者の交替が生ずる当然承継と、承継人の訴訟参加の申立もしくは相手方当事者の訴訟引受の申立という意思表示に基づき、初めて訴訟承継が生ずる参加承継及び引受承継がある。また、当然承継の類型の中には、相続による包括的承継の結果として訴訟物の移転を招来する場合(包括承継)と、それ以外の特定の法律上の効果として当該訴訟物の移転があったと考えられる場合(特定承継)とが考えられる。

2 訴訟承継の成否の基準

(一) 訴訟法律関係説と訴訟法律状態説

訴訟承継の成否を何によって決定するかについては、その判断の基準をめぐって、訴訟法律関係説と訴訟法律状態説の二つがある。右の二つの立場を最高裁大法定昭和四二年五月二四日判決(いわゆる朝日訴訟判決)の多数意見及び少数意見がそれぞれ代表しているので次に引用する。

【訴訟法律関係説】

『訴訟承継の制度は、訴訟係属中に当事者の死亡、資格の喪失、訴訟物の譲渡等があっても、訴訟物に関する争いが客観的には落着していないのに訴訟は終了したものとして新訴の提起を要請することが訴訟経済に反するところから、右の事由が生じてもなお訴訟は同一性を維持するものと擬制し、承継人をして在来の当事者に代って訴訟を追行せしめんとする制度であって、この訴訟の承継が認められるのは、訴訟の対象たる権利又は法律関係の承継がある場合か、訴訟の対象たる権利又は法律関係の承継人でなくても特に法令により訴訟追行権を与えられている場合でなければならない。』

(多数意見中、奥野健一裁判官の補足意見)

【訴訟法律状態説】

『訴訟の承継という制度を認める狙いは本来、訴訟係属中に当事者の死亡、資格の喪失、訴訟物たる権利又は法律関係の譲渡等によって当事者が訴訟追行権を失った場合には、当該訴訟はその成立要件を欠くものとして却下を免れないものであるが、訴訟物に関する争いそのものが客観的に落着していない場合において、その承継人より又は承継人に対しあらためて訴を提起させることは訴訟経済上妥当でないために、訴訟の実質的同一性を肯認し、その承継人をして在来の当事者に代って訴訟を追行させようとするものである。従って、本件におけるように、当該権利又は法律関係が在来の訴訟の訴訟物となっていない場合でも、相続人において将来その相続にかかる権利又は法律関係を訴求するために訴訟を継続していく利益が残存していると認められるときは、相続人をしてすでに形成された訴訟法律状態を承継させるべきものと解するのが相当である。』

(少数意見中、田中二郎裁判官の意見)

(二) 学説

学説上、かつては訴訟手続きの主体間に生成する法律関係を私法上の法律関係の展開と把握し、訴訟追行権を訴訟物を構成する権利又は法律上の利益であると理解した結果、訴訟の承継とは訴訟物自体の承継に他ならないとする考え方、即ち、訴訟法律関係説が支配的であった。しかし、右の考え方によると第三者の訴訟担当の場合を訴訟承継に包摂できない結果となることから、第三者の訴訟担当をも含めて理論構成をする必要が説かれ、訴訟物自体の承継という考え方を離れて、当事者適格の移転という観点から訴訟承継を把握する理論が提唱された。(兼子一「訴訟承継論」民事法研究一巻所収)即ち、訴訟物たる権利又は法律関係の帰属者以外の第三者であっても、実体法又は訴訟法の規定に基づき当該訴訟物に関する訴訟追行権が認められているもの(法定訴訟担当に該る破産管財人、債権質の権利者、代位訴訟における債権者、人事訴訟における当事者適格を有する検察官、後見人など)について地位移転があった場合、訴訟物の移転が地位の移転に伴わなくとも訴訟承継を認めるべきことになるが、右の法定訴訟担当の場合を単なる例外的現象として取扱うのではなく、寧ろ、右の場合をも包摂して訴訟承継の全体を統一的に把握するべきであり、訴訟承継の成否を決定するのは訴訟物自体の承継ではなく訴訟法律状態の承継と考えるべきであるというのである。

この考え方、訴訟法律状態説が今日の通説であり、同説の論理的帰結が、争いそのものが主体を変えて存続する限り、新たな争いの主体を当事者として訴訟を続行することを認めるというものであるから、当事者の保護及び訴訟経済という一般的普遍的目的とも合致し、理論上のみならず法政策的な観点からも支持されているのである。

(三) 最高裁判例の傾向

最高裁判例は、前記朝日訴訟判決(多数意見)の他、第一審判決が引用する最高裁第三小法廷昭和五一年七月二七日判決(養親が提起した年長養子の禁止に違反する縁組取消請求訴訟と養親の死亡による訴訟承継の成否が争点)や最高裁第二小法廷昭和五三年六月一六日判決(死亡を資格喪失事由とする会則を有するゴルフクラブの会員の相続人による会員権確認請求訴訟の訴訟承継の成否が争点)において、伝統的な訴訟法律関係説に依拠し訴訟物自体の移転によって訴訟承継の成否を決定しているといえるが、本件のように、行政庁の裁定を受けた老齢年金請求権に基づき特定金額の給付を求める訴訟(公法上の当事者訴訟)において、当該受給権者が死亡したことによりその相続人が訴訟承継をなし得るか否かにつき判断をした最高裁判例は存在しない。

(もっとも、最高裁第三小法廷昭和四九年一二月一〇日判決が、免職された公務員の提起した免職処分の取消を求める訴訟につき原告が死亡した事案において、『給料請求権等を回復しうる関係は、……右訴訟の実質的目的をなすものであって、その訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益とみるべき……であるから、右利益が相続によって承継されるものであるときは、これに伴い原告適格も相続人に承継されると解する』と判示して、原告適格の移転を実質的利益の考慮に立って判断しているので、最高裁の判例全てが、必ずしも訴訟承継につき伝統的な訴訟法律関係説に依拠しているとはいえない。)

(四) 先例としての宮訴訟控訴審判決

本件と同様、行政庁の裁定を受けた老齢福祉年金(無拠出制・この点で拠出制の老齢年金の支給を求める本件訴訟と異なる)の支給を公法上の当事者訴訟の形態で請求した原告が控訴審にて死亡した事案で、その相続人である妻が国民年金法第一九条に基づき訴訟承継をなし得るかにつき判断した判例として、いわゆる宮訴訟控訴審判決(東京高裁昭和五六年四月二二日判決・判例時報九九九号二四頁以下)がある。

右判決は、次のように判示して国民年金法第一九条による訴訟承継を肯定した。

『本件は……老齢福祉年金受給権に基づく請求権を訴訟物とするものである。ところで、右年金受給権は、法二四条により譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができないとされており、一身専属権と解すべきであるから、民法八九六条但し書により相続の対象とはなり得ないものであり、したがって、亡宮公の相続人らは、本件の訴訟物である右年金受給権にかかる亡宮公の法律上の地位を承継するに由ないものといわざるを得ないから、同人の相続人であることの故をもって、本件訴訟の控訴人たる地位を承継した者ということができないことは明らかである。しかし、法一九条は、年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であってその者と生計を同じくしていたものは、右順序による順位に従って、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができると定めているから、もし、亡宮公の主張する老齢福祉年金請求権がその主張どおり存在するとすれば、右請求権は、同人の死亡により、同人と生計を同じくしていたことに争いがなく、かつ、法定の第一位順位者に当る同人の妻宮壽美子が法一九条に基づいて取得すべきものである。そうとすれば、亡宮公がその主張する老齢福祉年金の支払いを求めて提起した本件訴訟における同人の当事者としての資格は宮壽美子に移転したものと解するのが相当であり、本件訴訟の控訴人たる地位は、同人において承継したものとすべきである。』

右判決は、裁定を経た老齢福祉年金受給権については、一身専属性を理由に相続の対象とならないことを判示し、相続を理由とする法律上の地位の当然承継を否定したが、国民年金法第一九条によって、同条の定める法定の第一順位者である亡原告の妻が取得する未支給年金請求権は、亡原告の主張する老齢福祉年金請求権と同じものであるから、本件訴訟における亡原告の当事者としての資格が亡原告の妻に移転したものと理解し、当事者適格の移転の観点から訴訟承継を肯定したものということができる。

右判決の訴訟制度に関する理解がどのようなものであるかは、判文上からは必ずしも明確ではないが、訴訟当事者としての「地位」または「資格」の移転があったか否かを訴訟承継の成否のメルクマールとしたことは明らかであるから、少なくとも伝統的な訴訟法律関係説に依拠して訴訟物自体の承継を判断のメルクマールとしたのではないことだけは確かである。

そこで右判決の訴訟承継の性格を考えてみるに、理論的には二つの説明が可能である。

一つは、亡原告の老齢福祉年金請求権と国民年金法第一九条に基づく未支給年金請求権との実質的同一性を肯定し、訴訟係属中における当事者適格の移転の観点から、既に形成された訴訟法律状態を承継させるべく訴訟承継を認めたと理解するもので、この場合、特別の申立を必要としないことから、当然承継と解される。(訴訟法律状態説による当然承継)

二つには、亡原告の老齢福祉年金請求権と国民年金法第一九条に基づく未支給年金請求権とは、形式上発生根拠を異にするので別個の訴訟物として取り扱うが、国民年金法第一九条は、同条項の該当者に対し、自己の名において未支給年金の請求をなし得る旨を定めているので、同条項を「特に法令により訴訟追行権を与えられている場合」と考えて、法定訴訟担当に準ずるものとして訴訟承継を認めたと理解するものである。この場合も、国民年金法第一九条の法的効果として訴訟承継が認められ、同条項の主張の他に特別の申立を必要としないからやはり当然承継と解される。(訴訟法律関係による当然承継)

そうすると、国民年金法第一九条に基づいて同条項に定める法定の第一順位者が亡原告の提起した訴訟の承継を求める場合、訴訟法律関係説及び訴訟法律状態説のいずれの立場に依拠するにしても、その説明の仕方が異なるだけで、亡原告の同条項に基づく法定順位者が訴訟を当然承継するという結論には変わりがないことになる。

3 結論

本件訴訟と前記宮訴訟とを比較すれば、亡原告の請求した年金受給権が拠出性の老齢年金(本件)と非拠出性の老齢福祉年金(宮訴訟)という差違があるだけで、本件上告人田村悌子において訴訟承継の根拠としている国民年金法第一九条一項は宮訴訟において訴訟承継の根拠とした国民年金法第一九条と同一のものであるから、本件訴訟における上告人の訴訟承継の可否を決定する上で、宮訴訟控訴審判決はそのまま先例となるものである。

然るに、原判決(及び第一審)は、伝統的な訴訟法律関係説に依拠して、単に訴訟物の承継があったか否かの点のみを訴訟承継の成否の判断基準とし、「法第一九条一項の規定は……受給権者の死亡を法律要件のひとつとして受給権者と生計を同じくする一定の範囲の遺族に対して未支給年金の請求権を付与しているに過ぎないものであって、右一定の範囲の遺族は右請求権を右規定により直接自己固有の権利として取得するものであり、その法律関係は、相続による遺産の包括的承継とは全く別個の法律関係を構成するものであり、これを遺産の包括的承継と同様にみなすことはできない。」(原判決理由一参照)と判示し、上告人の国民年金法第一九条一項に基づく本件訴訟の当然承継を否定した点において、前記東京高裁昭和五六年四月二二日判決に違背し、かつ、訴訟承継に関する法令の解釈適用を誤ったものであるから、民事訴訟法第三九四条に基づき破棄を免れない。

四 国民年金法第一九条一項に基づく特定承継の可否

1 国民年金法第一九条一項の未支給年金支払請求権と原受給権たる年金支払請求権とはどういう関係に立つのか。

原告本村由松が提起した本件訴訟の訴訟物は、公法上の債権としての支分権たる老齢年金請求権(裁定を受けた老齢年金受給権の支分権たる年金請求権の行使につき、国民年金法二〇条の規定により支給停止の措置がとられているため未支給になっている老齢年金の支払請求権)である。(原判決が引用する第一審判決理由三・2・参照)

一方、国民年金法第一九条は、年金給付の受給権者が死亡した場合において、未支給年金があるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡当時その者と生計を同じくしていた者は、右の順位により、自己の名でその未支給年金の支給を請求することができ(第一項)、又、拠出制の年金給付の受給権者が受給権の裁定を受けないで死亡した場合においても、右に掲げる者は、右に掲げる順位により、自己の名で年金の受給権の裁定の請求をすることができる(第三項)としている。

右規定の趣旨は、年金支給が数か月に一度であるため、年金の支給を受ける権利がありながら、その支払いを受ける前に受給権者が死亡した場合に、受給権者と生計を同じくする一定範囲の遺族に対して、生前、死亡した受給権者が受けることのできた年金相当額を「未支給年金」として請求する権利を認めたものである。従って、法一九条の未支給年金請求権を、原判決のように右一定範囲の遺族が同条項に基づき「直接自己固有の権利として取得するもの」で「その法律関係は、相続による遺産の包括的承継とは全く別個の法律関係を構成するもの」(原判決理由一参照)であると解したとしても、その権利の実質は生前、死亡した受給権者が受け取ることのできた年金請求権と何ら変わるものではない。

原判決及び第一審判決もこの点は認めており、次のように判示している。

『確かに、法第一九条一項によって受給権者と生計を同じくしていた一定の範囲の遺族が取得する未支給年金の請求権は、遺族がその名において自らが受給権者として請求することができるものであるとはいえ、その内容は死亡した受給権者が生存中に有していた未支給年金の請求権と同一内容のものであり、また、給付制限事由の存否等も専ら死亡した受給権者について判断すべきものであって、これを実質的にみれば、遺族は、死亡した受給権者が有していた未支給年金請求権を伝来的、承継的に取得したものとして観念することができないわけではない。』(原判決が引用する第一審判決・理由・三・3参照)

これを本件訴訟にあてはめると、原告本村の提起した本件訴訟の訴訟物は、裁定を受けた支分権たる老齢年金請求権であり、上告人田村が請求している権利は国民年金法第一九条一項に基づく未支給年金請求権であるが、両者は全く同一内容のものであることが判明する。

2 特定承継の可否

原判決の考え方によれば、生前、死亡した受給権者が行使し得たであろう未支給年金請求権を法一九条に定める一定範囲の遺族が、相続法理によるのではなく、法一九条一項の法律上の効果として取得したと考えることができる。

そうすると、第一審判決が指摘したとおり、国民年金法第一九条一項に基づいて特定された遺族(本件の場合、上告人以外に該当者はいない)の法的地位は、死因贈与における受贈者の地位又は特定遺贈における受遺者の地位と構造的には同一のものと考えられる。

そこで、原告が訴訟の目的物である特定の権利を遺贈した後死亡し、訴訟手続きが中断した時、誰が民事訴訟法第二〇八条一項に定める受継すべき者に該るかを考えてみるに、判例上、訴訟物たる権利が特定遺贈の目的となっている場合は、遺贈の効力が物権的に生ずるので、受遺者が相続人や遺言執行者の仲介をまたずに、直接に権利を行使し得るものとして訴訟を承継するとされている。(大審院昭和一三年二月二三日判決・民集一七巻二五九頁)また、死因贈与は遺贈に関する規定に従う(民法五五四条)から、死因贈与の内容が物権的効力を生ぜしめる場合には、遺贈と同様、受贈者が受継することになると解されている。(兼子一・条解民事訴訟法・七三二頁)

右の論理を国民年金法第一九条一項に基づく未支給年金の請求権を取得した遺族にあてはめて考えるならば、同遺族(特定人)は死亡した受給権者が有していた未支給年金請求権を同条項に基づいて取得し、あたかも「未支給年金請求権を伝来的・承継的に取得したもの」と観念できるから、前記受遺者と同様、未支給年金請求権を直接行使し得るものとして訴訟の承継人に該ると解されるのである。

そうすると、原判決のように訴訟の当然承継を否定したとしても、未支給年金の請求権を取得した遺族は、その根拠法規たる国民年金法第一九条一項の法的効果として死亡した受給権者の権利を伝来的・承継的に取得する結果、民事訴訟法第二〇八条一項に定める「その他法令により訴訟を続行すべきもの」として訴訟を承継し得ることになる。(第一審判決も、最終的には取消訴訟の排他的管轄性の法理を誤って適用した結果、本件訴訟における上告人の訴訟承継を否定したが、論理的には、国民年金法第一九条一項の規定に基づいて特定承継が認められることを承認していたものである。)

3 訴訟手続の受継

民事訴訟法第二〇八条一項は、訴訟の承継を訴訟手続の中断及び受継という手続的な側面から規定している。同条項は当事者自らが訴訟追行をしている場合の定めであって、訴訟代理人があれば中断を生じないので、第一審において上告人が相続人としての地位で訴訟手続受継の申立をした点は、第一審判決が指摘するとおり、訴訟主体に関する職権調査事項につき裁判所の職権発動を促す趣旨のものとして理解するのは正当である。しかし、右の受継申立は上告人において、単に相続法理に基づく原告の地位の当然承継を主張したにとどまるものではない。原告の昭和六三年七月二〇日付準備書面が上告人に訴訟承継を認めるべき理由として、相続による当然承継と並んで国民年金法第一九条一項に基づく訴訟承継を明確に主張しているのであるから、後者の訴訟承継の性格としては、既に述べてきたところから明らかなように、(一)国民年金法第一九条一項に基づく当然承継及び(二)同条項に基づく特定承継の双方を含んでいるのである。別な言葉で言えば、国民年金法第一九条一項を根拠として訴訟承継を認める限り、その説明を訴訟法律関係説に依拠した法定訴訟担当「特に法令により訴訟追行権を与えられている場合」に該ると考えて「当然承継」というか、特定遺贈の受遺者と同様の地位にあるとみて「特定承継」というかは表現上の差違にすぎないのである。

それ故、第一審裁判所が、第一審判決において判示したように、「当然承継」の定義を『相続人が当事者の死亡によりその財産に属した一切の権利義務を相続により包括的に承継したことの結果として当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係自体を承継し、これに伴って現に争いの当事者たる地位を承継しているものと認められるか、または、右のような承継関係が認められないときであっても、特に法令の規定によって特定の者が訴訟追行権を与えられているような場合に限られる』と限局して考えるのであれば、原告が前記準備書面においてなした「国民年金法第一九条一項に基づく訴訟の当然承継」という主張(訴訟法律状態説に立った理解)は、表現として第一審裁判所の定義と齟齬をきたすことになるから、第一審裁判所としては、当時、原告の右主張が第一審裁判所の定義した「当然承継」の類型のうち「法令の規定によって特定の者が訴訟追行権を与えられている場合」に該ると主張しているのか、それとも、右「当然承継」の定義からはずれた第一審裁判所が考える「特定承継」(受遺者との対比による類型)に該ると主張しているのかを釈明権を行使して明らかにする義務があったのであり、その上で、訴訟承継を本件訴訟の手続に反映させるために、どのような手続を履践するべきかを上告人に対し明確にする必要があったのである。

上告人としては、国民年金法第一九条一項に基づく承継の法的性格を遺贈者との対比類型による「特定承継」に該るとしても、同条項に基づく受継の申立のみで足り、それ以上にすすんで参加承継又は引受承継に必要とされる独立当事者参加の方式(民訴法七三条、七一条)あるいは訴訟引受けの方法(同七四条)による申立は不要であると考えるが、仮に第一審判決が示唆しているように、国民年金法第一九条一項に基づく特定承継を主張するためには、「民事訴訟法第七三条の定める参加承継又は同法七四条の定める引受承継の申立て」(第一審判決理由三・3括弧書参照)が必要であったとするならば、第一審裁判所はその方式を明示して、上告人をして特定承継のあったことを審理手続に顕在化する必要があったのである。この点は、訴訟当事者の確定が裁判所の職権調査事項である以上、当然の要請である。

4 本件訴訟における手続的履践

本件訴訟において、上告人は第一審裁判所に対し訴訟手続受継の申立てをなし、その訴訟承継の根拠として相続法理による当然承継と並んで国民年金法第一九条一項に基づく承継を主張した。これは、前記宮訴訟控訴審判決における手続と全く同一である。

これに対し、第一審裁判所は後者につき特別の釈明をすることもなく、また参加承継手続の履践を促すこともなく結審し、判決において、初めて国民年金法第一九条一項による訴訟承継が「特定承継」として参加承継の申立て手続によってなし得る可能性を判示したのである。

以上の審理経過によれば、上告人において参加承継の申立手続を履践していないからといって、原判決が国民年金法第一九条一項に基づく「特定承継」の申立はそもそもなかったというのは著しく不当であり、また、受継の申立及び昭和六三年七月二〇日付準備書面第二の主張によって、上告人の主張する訴訟承継の意義が国民年金法第一九条一項に基づく「特定承継」の申立の趣旨をも含むことは、職権調査義務を負っている裁判所にとっては、極めて明瞭なことであったにも拘らず、原判決が、『右受継申立書の提出をもって民事訴訟法七三条の参加申立をしたもの、あるいは右申立てに参加の申立が含まれているものとみなすことはできない。』と認定することも著しく不当である。

5 結論

(一) 国民年金法第一九条一項に基づき未支給年金を取得した上告人は、同条項の法的効果として原告本村由松の有していた未支給年金請求権を取得したものであり、右の法律関係は同条項に基づく未支給年金請求権の特定承継があったと考えることができるので、上告人が本件訴訟を承継して当事者となることは明らかである。

然るに、原判決は、同条項に基づく当然承継を否定するだけに終始し、第一審判決が示した同条項に基づく特定承継の成否を検討することなく、上告人の本件訴訟の特定承継を否定した点において、民訴法第二〇八条一項及びその他訴訟承継に関する法令の解釈適用を誤ったものであるから、同法第三九四条に基づき破棄を免れない。(原判決は、第一審判決の取消訴訟の排他的管轄性の法理を採用しなかったのであるから、上告人の主張する特定承継の成否について更に判断すべきであったのである。)

(二) また、上告人は第一審において、国民年金法第一九条一項に基づく訴訟承継の申立を「受継申立書」及び昭和六三年七月二〇日付準備書面第二において主張しているのであるから、第一審裁判所は釈明権を行使して右申立の趣旨が特定承継(参加承継)であることを明らかにした上で、参加の可否について判断を示すべきであったのに、これをしなかったのであるから第一審裁判所に釈明義務違反及び判断の遺漏があったことは明らかである。

然るに、原判決は釈明義務違反の点については、本件訴訟が原告本村の死亡で終了し、上告人の参加はあり得ないとの理由で(原判決は原告死亡により国民年金法第一九条一項が働き、その結果、未支給年金請求権が遺族に特定承継されることを看過している)判断の遺漏については、そもそも参加申立がなかったとの理由で(原判決は、法一九条一項の訴訟承継の申立が特定承継の申立の趣旨を含んでいることを看過している)いずれも否定した。これらはいずれも第一審の訴訟手続の法令違背を容認するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、民事訴訟法第三九四条に基づき破棄されるべきである。

第四 控訴審における参加申立

一 原判決の判示

上告人は、国民年金法第一九条一項に基づく特定承継を主張するにあたって、第一審判決が示唆した参加承継の申立を必要とするとの考え方にそって、控訴審において、念のため民事訴訟法第七三条に基づく参加承継の申立をした。

これに対し、原判決は、基本訴訟を上告人の相続人としての地位における控訴(相続による当然承継)と理解する関係では「自己を一方当事者とする訴訟に参加を申し立てるものである」との形式論で不適法とし、また、上告人の特定承継の主張との関係では、「亡本村の提起にかかる訴訟に対して参加申立てする趣旨である」と理解しながらも、基本訴訟たる原告本村の提起した訴訟が同人の死亡により終了したものである以上「本件参加の申立ては右終了後になされたものであ」るとの理由で不適法とし、参加の申立を却下した。(原判決理由・三参照)

二 参加承継に関する判断の誤り

しかし、国民年金法第一九条一項は、本来の年金受給権者の死亡によって、同条項に定める一定の遺族が、死亡した受給権者の未支給年金請求権を同条項の法的効果として取得することを規定しているのであるから、遺族の未支給年金請求権が死亡した受給権者の未支給年金請求権と全く独立して存在するものではない。

訴訟の終了という事態は、当事者が死亡して訴訟物たる権利関係の性質上他にこれを承継するものが誰もいなく、実体法上、争いの利益が絶対的に消滅する場合を指すが、国民年金法第一九条一項の関係は、それを当然承継というか特定承継というかは別として、同条項に定める遺族に対して訴訟の承継を認めるものであるから、原告本村の提起した訴訟は終了していない。

そして、原告本村の提起した訴訟(基本訴訟)は、第一審裁判所によって訴訟終了宣言を受けたが、訴訟終了宣言を事実審における一種の終了判決とし、その判断の誤りを理由として原告本村の相続人田村によって適法に控訴されており、上告人は、右の基本訴訟を前提として、今度は国民年金法第一九条一項に基づく特定承継をしたことを理由に、第一審判決の指示する申立方法に従い参加の申立をなしたものであるから、基本訴訟の訴訟終了宣言が取消される限り、右参加申立による参加訴訟は有効に存続することになる。従って、原審裁判所としては上告人の参加申立を不適法として却下するのではなく、国民年金法第一九条一項に基づく上告人の参加の可否を判断すべき義務があったものである。(尚、原判決は基本訴訟との関係で、上告人は「自己を一方当事者とする訴訟に参加を申立てるもの」で不適法であるというが、相続という包括的承継の結果、一身専属権の相続は否定されても、そのことの故に訴訟上の地位の承継は否定されるとは限らないから、上告人の地位として基本訴訟の訴訟上の地位を当然に承継した当事者としての地位と、参加訴訟の参加人としての地位は内容的に矛盾することなく併存し、第一審判決の言うように特定承継のために参加申立の手続が必要だとすれば、その目的のために基本訴訟の当事者と参加訴訟の当事者の混同を認めるべきではないから、原判決の右論理は形式論にすぎ正当ではない。上告人の地位の二重性につき平成二年一二月六日付準備書面を参照されたい。)

三 結論

よって、原判決が上告人の参加申立を不適法として却下したことは、参加承継手続に関する法令の解釈適用を誤ったものであるから、民事訴訟法第三九四条に基づき破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例