最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)74号 判決 1994年6月21日
上告人 奥村大吉郎
被上告人 博多税務署長
代理人 小沢満寿男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人古川卓次の上告理由について
上告人の昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税の申告に対し、同族会社からの不動産所得は所得税法一五七条一項に規定する同族会社の行為計算に当たるとして、被上告人がこれを否認して行った本件各更正処分に違法はないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 千種秀夫 園部逸夫 可部恒雄 大野正男 尾崎行信)
上告理由 <略>
【参考】第一審(福岡地裁 平成元年(行ウ)第二七号 平成四年五月一四日判決)
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が昭和六二年七月九日付けでした原告の昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分の所得税の各更正並びに被告が同日付けでした原告に対する右各年分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告の昭和五九年分ないし同六一年分の所得税の青色確定申告に対し、被告が、原告において総所得金額の一部として計上した同族会社からの不動産所得金額につき、その所得は所得税法一五七条に規定する「同族会社の行為計算」に当たるとして、これを否認し、被告において算定した不動産所得金額に基づき、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、原告がそれを争っている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、福岡市博多区東比恵三丁目一〇四番一外二一筆の土地並びに同土地上に所在する建物及び駐車場(以下「本件物件」という。)を所有している。
2 有限会社奥村ビル(以下「奥村ビル」という。)は、昭和五八年九月一日に原告及び原告の妻奥村富士子の出資により資本金二〇〇万円で設立された法人税法二条一〇号に規定する同族会社である。奥村ビルの代表取締役は原告、取締役は富士子であり、原告、富士子は奥村ビルから別表一のとおりの役員報酬を受け取っている。
原告と奥村ビルは、昭和五八年九月一日、原告が本件物件を奥村ビルに以下の条件で賃貸する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。
ア 賃料は月額二〇〇万円とする。
イ 原告は、奥村ビルが第三者に使用目的(倉庫、事務所、工場、住居及び駐車場)の範囲内で賃貸することを認める。
ウ 奥村ビルの責任で管理その他一切を行う。
3 本件賃貸借契約に基づき、原告は奥村ビルから係争各年分において、それぞれ年額二四〇〇万円の賃貸料(以下「本件賃貸料」という。)を受け取った。
4 奥村ビルは、本件賃貸借契約に基づいて本件物件を第三者に転貸することにより、別表二記載のとおりの転貸料収入(以下「本件転貸料」という。)を得ており、その結果、本件転貸料と本件賃貸料の差額及び右差額が本件転貸料に占める割合は別表三のとおりである。
5 本件に関する各年度分の税額確定手続等の経緯、申告、更正及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分」という。)にかかる金額等については、別表四ないし六のとおりである。なお、被告は本件更正処分において、所得税法一五七条を適用し、係争各年分の適正賃貸料を算定するに当たり、原告と同様に不動産貸付業を営み、その管理を第三者に委託している者を選定し、その管理料割合の平均値から、駐車場以外の本件物件につき、係争各年分いずれも六パーセント、駐車場につき、係争各年分いずれも九パーセントを奥村ビルの適正管理料として算定し、それに基づいて適正賃貸料(原告の不動産所得)を算出している。
6 総所得金額の計算根基について
係争各年分の総所得金額に関する原告の決算額及び被告の主張額の計算根基は、別表七のとおりである。同表のとおり、原被告間で争いがあるのは同表「イ収入金額」の項目及びそれに基づいて計算された項目(同表ハ、ホ)のみであり、他の項目の金額については当事者間に争いはない。
係争各年分の原告主張の収入金額は、本件賃貸借契約に基づき奥村ビルから原告に支払われた賃貸料二四〇〇万円のみである。
二 争点
原告が、奥村ビルから支払を受けている賃貸料収入についての所得税法一五七条適用の適法性、すなわち、同収入が、原告の係争各年分の「所得税を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかが、中心的争点であり、更に、当事者の主張する争点を分説すると次のとおりである。
1 争点1
所得税法一五七条を適用するに当たっては、原告が奥村ビルから受けている給与所得を減額するなどの操作をしてこれを斟酌をする必要があるか。
(被告の主張)
所得税法一五七条の適用を肯定するには、その条文上、納税居住者(原告)の不動産所得税の負担を不当に減少させる結果となることだけで十分である。給与所得は、その原資いかんを問わないものであり、不動産所得とはその性質を異にするものであるから、原告の給与所得が奥村ビルからの役員報酬であるとしても、同法条の適用に当たり、当該同族会社である奥村ビルからの給与所得を斟酌する必要はない。
(原告の主張)
本件各更正のとおりに奥村ビルが適正賃貸料を原告に支払うとするならば、奥村ビルには原告に対する役員報酬を支払うだけの収入を捻出できなくなるし、右役員報酬も実質は本件物件の管理事務に対する対価であり、不動産所得にほかならないから、同法条を適用する場合には、原告の給与所得を減額したり、無償とするなどしてこれを考慮すべきである。しかるに、適正賃貸料によってすれば得られるはずのない役員報酬をそのまま原告の給与所得として維持したまま、他方で前記法条を適用する処分は原告に対し不当な二重課税をするもので、税の公平な負担の趣旨に反する。
2 争点2
所得税法一五七条を適用するに当たって、原告が、仮にみなし法人課税及び一般青色申告を選択した場合の租税負担を想定し、それと比較、検討した上で「所得税を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかを判断する必要があるか。
(被告の主張)
課税に当たっては納税者の選択した企業形態等の法律関係及び計算によって課税するのが実定租税法の原則であるから、所得税法一五七条の適用を肯定するに当たっても、原告が選択したのと異なる法律関係又は計算によって算出された租税額と原告の選択・申告にかかる所得税額とを比較する必要はない。
確かに、同法条を適用した結果、個人事業者として課されるべき所得税額を上回ることがあり得る。しかし、他方、同族会社においては、納付すべき税額を不当に軽減するなどの濫用の危険もあることから同法条が適用されることにかんがみると、個人事業者の場合よりも不利も結果となることは、同法条が本来予定している効果であり、法自体が是認し、かつ、恣意的行為又は計算に対する警告的・予防的機能を果たしているものにほかならない。
(原告の主張)
所得税法一五七条は、税負担の公平を図ることを目的とするものである。他方、一定の不動産より産み出される所得は、その管理を個人で営もうが、不動産管理会社を設立し管理させようが、本来基本的に不変であり、それに対する租税額も一定であるはずである。したがって、同条の適用に当たっては、一定であるべき租税額が、管理会社の介入によって、個人として申告された場合のそれと対比して不当に減少されているか否かを検討すべきである。
本件においては、原告が奥村ビルを設立せずに個人として申告をした場合及び原告がみなし法人課税制度を選択した場合の租税額を想定し、それと比較・検討した上で「所得税を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかを判断すべきである。そうすれば、係争各年度の原告の申告額は、奥村ビルを介在させない場合に比べて過少であったとしてもそれはわずかであり、「不当に減少させる」程度のものではなく、同法条を適用すべき場合に当たらない。
3 争点3
本件における適正賃貸料の額(及び右適正賃貸料を前提とした場合に原告の所得税を「不当に減少させる結果」となっているといえるか。)
(被告の主張)
(一) 所得税法一五七条を適用する場合は、同族会社の行為又は計算に基づいて算出された税額を通常あるべき行為又は計算に引き直し、適正な税額を算定することになる。したがって、本件の不動産所得の金額は、本件賃貸料の額に基づいて算出されたものを適正賃貸料の額に基づいたものに引き直して算定することになる。そこで、適正賃貸料の額が問題となるが、本件の場合、奥村ビルは、原告から本件物件の管理業務を受託するとともに、賃借料を支払ってこれを賃借し、更にこれを第三者に転貸することによって転貸料を得ているのだから、その差額が奥村ビルの収益=管理料(相当額)となっている。すなわち、適正賃貸料の額は転貸料収入から奥村ビルが得るべき適正管理料(以下「適正管理料」という。)の額を差し引いたものであり、適正管理料の額が定まることによって、適正賃貸料の額は自ずから定まることになる。したがって、原告が奥村ビルから得る賃貸料が不当に低額がどうかは、その管理料(相当額)が不当に高額かどうかの問題となる。よって、本件における適正管理料を算定する必要がある。
(二) 本件で通常あるべき行為又は計算とは、原告が原告と同族関係にない不動産管理会社に同様の管理を管理委託方式により委託したとする場合をいい、適正管理料の額は、原告と同種の事業を営む者(以下「同業者」という。)が、その者と同族関係にない不動産管理会社に貸付不動産の管理を委託した場合に支払うべき管理料の金額の賃貸料収入金額に対する割合(以下「管理料割合」という。)に基づいて、本件物件にかかる通常であれば支払うべき管理料の額ということになる。
(1) 本件物件のうち駐車場以外の物件にかかる適正管理料割合
福岡国税局長は、原告の納税地を所轄する博多税務署長及びその近隣納税地を所轄する福岡税務署長、西福岡税務署長、香椎税務署長に対し、土地・家屋等の不動産貸付業を営み、かつ、確定申告書を提出している者で、本件係争各年分において一定の抽出基準を設定し(後記第三の三2(一)(1)A参照)、これに該当する者を抽出するように通達指示したところ、別表八「比準同業者甲」のとおり該当する者があり、比準同業者甲からその平均値を求めたところ、昭和五九年度五・一一パーセント、昭和六〇年度五・七六パーセント、昭和六一年度五・七九パーセントとなったので、適正管理料割合は係争各年分いずれも六パーセントとした。
(2) 本件物件のうち駐車場にかかる適正管理料割合
福岡国税局長は、原告の納税地を所轄する博多税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者で、貸駐車場を有して不動産貸付業を営んでいる者のうち本件係争各年分において、一定の抽出基準を設定し(後記第三の三2(一)(1)B参照)、これに該当する者を抽出するように通達指示したところ、別表九「比準同業者乙」のとおり該当する者があり、比準同業者乙からその平均値を求めたところ、昭和五九年度八・九四パーセント、昭和六〇年度七・八一パーセント、昭和六一年度八・三二パーセントとなったので、適正管理料割合は昭和五九年分九パーセント、昭和六〇年分八パーセント、昭和六一年分九パーセントとした。
(三) 以上に基づいて算定した原告の係争各年分の適正管理料の額及び適正賃貸料の額は別表一〇のとおりであり、したがって、総所得金額、課税総所得金額、納付すべき税額を計算すると別表一一のとおりである。
(四) 原告の申告にかかる本件賃貸料の額に基づいて算出された納付すべき税額と、右の適正賃貸料に基づき引き直して算定された納付すべき税額とを比較すると、その差額は、昭和五九年分三一一万七〇〇〇円、昭和六〇年分三〇一万四二〇〇円、昭和六一年分四二四万〇八〇〇円となり(別表四ないし六、一一参照)、両者に著しいかい離があることは明白である。
よって、本件賃貸料が低額であることにより、原告の所得税を不当に減少させる結果となっているから、被告が、原告の行為又は計算について、所得税法一五七条を適用したことは適法である。
(原告の主張)
(一) 本件では、原告が奥村ビルに本件物件の管理を委託して報酬として管理料を支払っているのではなく、本件物件を奥村ビルに賃貸し、奥村ビルが第三者にそれを転貸しているのであり、奥村ビルは本件物件の賃借人及び転貸人という立場から本件物件の管理を行っているものである。よって、奥村ビルが原告に支払っている月額二〇〇万円の賃借料そのものが具体的・個別的に相当かどうかを検討すべきであり、管理料相当額という見地から、管理料を基準に同業者を選定し、その受託管理料をもとに本件の適正賃貸料額を算定することはできない。
(二) 一般に不動産の管理を委託する場合、対象物件の規模、賃貸内容(賃借人数等)の差異により、それに見合う管理料が設定されるが、原告が奥村ビルに委託した管理業務内容は、通常の管理業務内容である入・退居者の仲介、賃貸料の徴収、畳替え等の経費の報告に加え、清掃、苦情処理、警備等も委託されており、更に、奥村ビルは、本件物件を一括して借り上げているため、空室が生じたときの収入の減少という危険も負っているのであるから、適正管理料を算定するに当たっては右の清掃、苦情処理、警備等の対価並びに空室が生じた場合の危険負担をも加算すべきである。
(三) 非同族会社に管理を委託する場合、受託した管理会社は、管理専門業者として数多の委託を受けているのが通常であるが、同族会社に管理を委託する場合は、その同族会社は、その同族関係者からしか委託を受けないのが通常であるので、現実に履行される管理内容はきめが細かくなるのが一般的である。したがって、被告のように非同族会社だけを同業者として抽出し、その管理料割合を算出すべきではなく、同族会社の特性を認めた上で、一般に同族会社に管理を委託した場合、その管理料割合をいくらにするのが相当であるのかを考慮すべきである。
第三争点に対する判断
一 争点1(所得税法一五七条適用に当たって、原告の給与所得をも斟酌する要否。)について
1 所得税法一五七条は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合にそれを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものである。したがって、あくまで租税負担の公平を図るのが目的であって、租税負担を回避しようとした者に通常以上の税を負担させるといったような制裁的な目的はない。
2 しかし、原告の役員報酬は、その原資いかんにかかわらず、奥村ビルに対する代表取締役としての役務の提供の対価として支給される給与所得であって、所得税法一五七条が適用される原告の不動産所得とは所得の発生根拠を異にする別個のものであるから、同条の適用に当たり、原告の取得した役員報酬(給与所得)を考慮する必要がないことは当然である。また、同条の適用により同族会社の行為計算が否認されるのは、課税の計算上のみのことであって、同法人として実在する行為又は計算の成否・当否に何らの影響を及ぼすものではなく、したがって、課税の計算上も否認された以外の行為又は計算に考慮を払う必要はない。このことは、原告が主張するように、同条の適用によって計算上奥村ビルの所得が原告らに対する役員報酬を支払うに足りなくなった場合でもかわりはない。
3 原告は、原告の右給与所得を考慮しないと本件処分によって二重課税ともいうべき不当に高額の課税負担を受けることになると批判する。しかし、同条適用によって生じる右のような結果は、同条が同族会社の組織・運営を利用した租税負担回避のための恣意的な行為又は計算を防止・是正する趣旨のものであり、これによって生じる警告的・予防的機能を考慮することなくとられた行為・計算に起因するものであることからしても不当な結果とは思われない。
4 また、現実に奥村ビルから原告に支払われた賃貸料と通常支払われるべき賃貸料との差額は、本来原告が受けるべきものであり、原告の所得となってしかるべきものであったところ、現在の関係者の所得状況は、右差額がいったん原告の所得となった後に原告がそれを主として奥村ビルに処分(可処分所得)した場合といわば同様の状況であって、その場合の課税関係と対比して考えるならば、より高額の税負担を強制されるとか、不当な二重課税であるとする批判は必ずしも当たらないように思われる。
なお、同条の文理解釈上、同条の適用に当たっては、所得税の課税主体(個人)を単位とした税負担の減少の結果を考えれば足りるから、奥村ビルの法人税額を考慮する必要はないものと解される。
二 争点2(所得税法一五七条を適用するに当たって、原告がみなし法人課税及び一般青色申告を選択した場合の租税負担を想定し、それと比較・検討することの要否。)について
現行の租税法の下においては、事業を営む納税者に対する課税は、原則として、税法の規定の下で事業者が選択した企業形態と所定の計算方法に応じた税法を適用してされるのである。本件でいえば、原告が不動産貸付業を営むのに、個人事業として営むか、自ら同族会社を設立してそれに管理を委託するか、非同族会社たる不動産管理会社に管理を委託するかは、私法上の制約がない限り、事業者たる原告の自由な選択に委ねられており、その選択したところに応じて、それぞれの税法が適用され、租税額が決定される。このように、選択された企業形態に応じて、各税法が適用され、租税額が決定されるのであって、その選択いかんによって、事業者が納付すべき租税額が異なってくることは法が当然に予定していることであると思われる。したがって、所得税法一五七条の「所得税の負担を不当に減少させている」との要件の判断に当たっては、原告が選択した企業形態に基づく法律関係又は計算関係による租税額を基準に判断するべきであり、原告が選択していない他の企業形態(個人事業)によった場合の法律関係又は計算関係で算出された租税額と対比・考慮のうえ、「所得税の負担を不当に減少させている」のかどうかを判断することは相当でないものと思われる。
同条の適用の結果、原告が選択しなかった個人企業によった場合、より租税額が上回ることになったとしても、それは、前項3に既述のとおり同条の警告的・予防的機能を考慮せずにされたものであり、かつ、租税額が企業選択に従って適用される税法により決定される法制度のもとでは、やむを得ないことである。
三 争点3(適正賃貸料の額)について
1 適正賃貸料についての判断基準
(一) 同族会社の行為又は計算が「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかは、専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が通常の経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきである。本件においては、本件賃貸料の額に基づいて算出された原告の所得税の金額を右基準に基づいて適正賃貸料の額に引き直し、通常の所得税の金額を算定することになるので、適正賃貸料の額が問題となる。
(二) しかし、本件物件の適正賃貸料の額を算定するとしても、不動産賃貸料というものは、不動産の種類・構造・立地条件・建築年数等によって大きく異なるものであるから、本件物件の適正賃貸料を直接算定することは極めて困難であり、仮にそれが可能であったとしてもその数値の合理性、正確性には疑問がある。
そこで、右の算定方法に代わるものとして、不動産管理会社の管理料割合の算定という方法が考えられる。これによれば、各不動産の個性が捨象され、管理料割合自体は合理的かつ正確に算定しやすくなる。原告と奥村ビルの契約書(<証拠略>)によると、奥村ビルは、原告から本件物件の管理業務を受託し、これを賃借して賃借料を支払うとともに第三者に転貸して転貸料収入を得ているというものであり、実質的にはその差額が原告から奥村ビルへの不動産管理の対価(管理料)となっているとみることができる。したがって、本件賃貸料が不当に低額であるのかどうかは、右管理委託料が適正額かどうかの問題に置き換えることができるから、このような観点から適正賃貸料を算定している被告の算定方法が不合理・不適切なものであるとはいえない。
ここで、一応、本件のように、原告が奥村ビルに対して、不動産管理を委託しているだけでなく、本件不動産を賃貸している場合(以下「又貸し方式」という。)にも右のような管理料割合を算定する方法で適正賃貸料を算出できるのかどうかが問題となるが、奥村ビルも同族会社とはいえ不動産管理を受託する営利企業であり、転貸料と賃借料との差額が管理料として奥村ビルの収益となっていることからすると、奥村ビルが適正な管理料収入を得ているのかどうかという観点から所得税法一五七条の適用の可否を判断することに何ら差し支えはないものと思われる。なお、本件において又貸し方式の特殊性を考慮する必要性については以下2(三)(2)で述べる。
そうすると、本件のような所有不動産の管理を同族会社である不動産管理会社に委託している者が支払った管理料について、それが所得税法一五七条に基づく行為又は計算の否認の対象となるか否かを判断し、かつ、否認すべきものとした場合における適正な管理料を計算するためには、同族関係にない不動産管理会社に原告と同規模程度の建物又は駐車場の管理を委託している同業者が、当該不動産管理会社に支払った管理料の金額の賃貸料収入の金額に対する割合と比準する方法によって、通常であれば支払われるであろう標準的な管理料の金額を算出でき、これと現実の支払管理料の金額とを比較検討することが、事案に応じた合理的な方法であると思われる。
よって、以下、右方法によって算出した適正管理料の金額と本件における実質的な管理料(転貸料から賃借料を差し引いた額)とを比較・検討する。
2 適正管理料について
(一) 証拠(略)を総合すると以下の事実が認められる。
(1) 同業者選定の経緯
被告は、原告の同業者の選定・抽出に当たり本件物件を駐車場以外の物件と駐車場に分けた上で、それぞれにつき同業者を選定し、係争各年分の管理料割合の平均を算出しているが、その経緯は以下のとおりである。
A 本件物件のうち駐車場以外の物件に係る適正管理料割合
福岡国税局長は、原告の納税地を所轄する博多税務署長及び福岡市(博多税務署長が所轄する地域を除く。)を所轄する福岡税務署長、西福岡税務署長、香椎税務署長に対し、所得税の確定申告をしている者で、本件係争各年分において、左記のアないしクのすべての条件を満たす者を抽出するように通達指示した。
ア 土地・家屋等複数の種類の貸付用不動産を有して不動産貸付業を営んでいる者のうち、その貸付用不動産の全部の管理をその者と同族関係にない不動産管理会社に委託している者(当該不動産が土地のみの者を除く。)。
イ 収支計算により所得税青色決算書(不動産所得用)又は収支内訳書(不動産所得用)を提出している者。
ウ 福岡市内に貸付用不動産の全部を所有している者。
エ 管理委託の業務内容が、主として賃貸契約の締結、更新、募集及び集金であるもの(ただし、清掃、エレベーター、電気等の保守等のメンテナンスのみを委託しているものは除く。)。
オ 不動産所得の収入金額が、本件物件(駐車場を除く)の転貸料収入の半分以上二倍以下(以下「倍半基準」という。)である者。すなわち、昭和五九年分については一五六〇万七五〇〇円以上六二四三万円以下、昭和六〇年分については一五八一万八七〇〇円以上六三二七万四八〇〇円以下、昭和六一年分については一六六八万三三〇〇円以上六六七三万三二〇〇円以下の者。
カ 昭和五九年一月から昭和六一年一二月までの三年間を通じて、前記アの事業を継続して営んでいる者。
なお、年の中途で開業、休業、廃業した者は除く。
キ 災害等により経営状態が異常であると認められない者。
ク 不服申立て又は訴訟継続中でない者。
その結果、別表八に示すとおり、該当する者が四名あり、その管理料割合の平均値を求めると昭和五九年度五・一一パーセント、昭和六〇年度五・七六パーセント、昭和六一年度五・一九パーセントとなったので、被告は、本件物件のうち駐車場以外の物件に係る適正管理料割合を係争各年分いずれも六パーセントとした。
B 本件物件のうち駐車場に係る適正管理料割合について
福岡国税局長は、原告の納税地を所轄する博多税務署長に対し、所得税の確定申告をしている者で、本件係争各年分において、左記のアないしクのすべての条件を満たす者を抽出するように通達指示した。
ア 貸駐車場(立体式のものは除く)を有して不動産貸付業を営んでいる者のうち、その貸駐車場の管理をその者と同族関係にない不動産管理会社に委託している者。
イ 収支計算により所得税青色決算書(不動産所得用)又は収支内訳書(不動産所得用)を提出している者。
ウ 博多税務署管内に貸駐車場を所有する者。
エ 管理委託の業務内容が、主として賃貸契約の締結、更新、募集及び集金であるもの(ただし、清掃、エレベーター、電気等の保守等のメンテナンスのみを委託しているものは除く。)。
オ 不動産所得の収入金額が、本件貸駐車場の転貸料収入の倍半基準を充たす者。すなわち、昭和五九年分については一六五万六〇〇〇円以上六六二万四〇〇〇円以下、昭和六〇年分については一六八万〇七〇〇円以上六七二万二八〇〇円以下、昭和六一年分については一四九万五二五〇円以上五九八万一〇〇〇円以下の者。
カ 昭和五九年一月から昭和六一年一二月までの三年間を通じて、前記アの事業を継続して営んでいる者。
なお、年の中途で開業、休業、廃業した者は除く。
キ 災害等により経営状態が異常であると認められない者。
ク 不服申立て又は訴訟継続中でない者。
その結果、別表九に示すとおり、該当する者が五名あり、その管理料割合の平均値を求めると昭和五九年度八・九四パーセント、昭和六〇年度七・八一パーセント、昭和六一年度八・三二パーセントとなったので、被告は、本件物件のうち駐車場に係る適正管理料割合を昭和五九年分九パーセント、昭和六〇年分八パーセント、昭和六一年分九パーセントとした。
(二) 適正管理料割合の合理性、正確性について
以上の経緯によって抽出された本件各同業者は、業種・業態・貸付不動産の所在地及び事業規模において原告と類似性を有し、前記各税務署長が機械的に前記各抽出基準に該当する者すべてを抽出することによって行われたものであり、その選定過程に恣意が介在したとの合理的な疑いを入れる余地もないから、本件において被告が算定した右各適正管理料割合は信頼性、正確性に欠けることはないものと認める。
(三) 原告の反論について
(1) まず、原告は、一般に非同族会社に不動産管理が委託される場合には、受託した管理会社は専門業者として数多の委託を受けているのが通常であるのに対比し、同族会社に管理が委託される場合には、右同族会社は同族関係者所有の不動産のみを受託・管理するのが通常で、その提供する役務の内容が前者に比べてきめが細かいものになり、管理料も高額になるのが通常であるから、本件においても、被告が抽出・選定したように非同族会社のみによって得られる同業者率を適用して適正管理料を求めるのではなく、一般に同族会社の特性を認めた上で、同族会社に管理を委託した場合にその管理料をいくらにするのが相当であるかを検討すべきである、と主張する。
確かに、奥村ビルは本件物件のみを管理することを業務としているのであるから、その比準すべき者としては、自己の不動産を専属的に管理する不動産管理会社にその管理を委託している者が適切であり、これらの者が抽出すべき同業者として最も望ましいといえるものの、そのような場合、右不動産管理会社が同族会社であることが通例である(不動産貸付業者とは非同族でありながら、専属的に管理を受託する不動産管理会社は経営上成立にくいことは容易に推測される。)。しかし、同族会社は経理に恣意が混入するなどにより、正常でないことが多く、それぞれの同族会社の特殊性が混入してきて同業者率が客観的なものにならないという不都合があること、右に述べたように、所得税法一五七条の適用に当たっては、租税負担の公平の観点及び通常人の経済行為として不合理・不自然な行為・計算でないかどうかの観点から考えるべきであり、そうだとしたら、経済的合理性のある行為・計算に比準すべきであることなどにかんがみるとき、非同族会社だけを同業者として抽出することが決して不合理であるとはいえない。
また、受託者が同族関係にある場合には、非同族関係である場合に比べて提供される役務のきめが細かくなり、緊急時の対応などの迅速性についても差異を生じ、それによって管理料に多少の差異が生じることは推測に難くないが、右の差異も管理料全体に占める割合の有意差として考慮するほどのものとは窺われず、これは同業者の管理料割合の平均値のうちに捨象される程度の個別事情にすぎないものと考えるのが相当である。
(2) また、原告は、奥村ビルは一般の不動産管理会社と異なり、原告から不動産を一括借り上げしているため空室補償等をする必要があるから、一括借り上げ方式で不動産管理をする場合には、管理料は転貸料収入の約三〇パーセント程度の高率になる旨主張している。
しかし、奥村ビルが実際に本件物件の空室の危険を予測しているのであれば、過去の空室実績に基づいてその危険を予測して社内留保するなど空室補償の額を具体的に見込んだ会計処理をすべきであるのに、そのような処理は一切なされておらず<証拠略>、また、実際に係争各年度を通じて本件物件の空室による収入減が生じず、空室補償をする事態が生じなかったことは原告も自認するところであるから、奥村ビルが一括借り上げをしていることをもって、その管理料割合についてあえて考慮する必要はないものと思われる。
また、被告が本件更正で算定した適正管理料では、奥村ビルの正常な経費をまかない適正な利益を確保することが困難であるとの原告の主張ももっともであるが、このことは、本件のように同族から一括借り上げした上で管理・運営するという企業形態が、元来採算性のない経済原理にもとる形態であることの証左にほかならず、右が所得税法一五九条の適用を排斥する主張とはなり難い。
(3) さらに、原告は、原告が奥村ビルに委託した管理業務内容には、通常の管理業務である入・退居者の仲介、賃貸料の徴収、畳替えなどの経費報告に加えて、清掃、苦情処理、警備等の業務も含まれているところ、被告の抽出した前記比準同業者が原告同様の管理業務を委託しているのかどうかは明らかでなく、結局、被告算出の管理料割合を本件において用いるのは適当でないと主張する。
確かに、駐車場及び駐車場以外の賃貸物件についての抽出基準各エ号は単に「管理委託の業務内容が、主として賃貸契約の締結、更新、募集及び集金であるもの」としており、その基準に原告主張の清掃・苦情処理・警備などは挙げておらず、被告が抽出・選定した同業者が、警備、清掃などを含めた不動産管理を委託していたのかどうかは不明である(証人堺、同濱地及び同倉地)。しかし、そもそも原告と奥村ビルの賃貸借契約書<証拠略>によれば、「乙(奥村ビル)の責任で管理その他一切を行うものとする。」とのみ記載されているだけで、その具体的内容は明らかではなく、原告が奥村ビルに対して原告主張の管理業務を委託していたのかどうかについては原告本人の供述以外にこれを裏付ける証拠がないし、仮に、奥村ビルが、清掃・苦情処理・警備等をしていたとしても、警備員を常置するなどの客観的に確認し得る経費を伴う管理行為をしていたわけでもなく、それらを管理料割合に反映させねばならない程度の特殊な業務であるとは思われない(管理業務内容によって管理料割合を類型化した不動産賃貸業者の作成にかかる「賃貸システムのご案内」(<証拠略>)によれば、委託業務に右の清掃等を含めた場合の管理料割合は収入家賃の七パーセントとなっているに過ぎず、被告算定の適正管理料割合と大差がない。)。
なるほど、<証拠略>によると、本件物件は、広い敷地に建築されている古い雑多な建物、倉庫及び駐車場等から構成されていることが認められ、その管理は通常よりも負担のかかるものであることを推測するに難くない。しかし、それによって若干の管理料の差異が生じることがあるとしても、被告は四ないし五件の同業者の平均値をもって本件各管理料割合を算出しているのであるから、通常ある程度の偏差はこれに吸収捨象されているものと解される。そうすると、右認定にかかる本件の具体的事情が右平均値の適用を明らかに不合理とすべき特殊事情として認められない限り、本件においては特に右の点を考慮する必要はないものと解されるところ、この点に関する立証が尽くされているとは思えない。
(四) 以上の諸事情、殊に、本件物件の管理行為について固有の経費を要するような事情があったとしても、これが管理料割合に反映する程度のものではないこと、他方、本件において比準すべき同業者として非同族会社を選択せざるを得ない事情にあること、その選択過程及び被告の適正管理料割合確定の経緯には合理性を疑わしめる事情もないことなどを考慮するとき、被告の採用した前記管理料割合を違法・不当なものとするには足りないものと思われる。
3 適正賃貸料の算定
被告算定の適正管理料割合から、原告が通常であれば受け取るであろう適正賃貸料の額を算定すると別表一〇の各係争年度合計欄のとおりになる。
4 当裁判所の判断する総所得金額及び納付すべき税額
(一) 総所得金額
以上より、原告の係争各年分の適正賃貸料の額に基づく総所得金額は、別表七の<1>、<4>、<7>の各欄記載の計算根基により、その各総所得金額欄記載のとおりの次の金額となる。
昭和五九年分 一五五六万一五二八円
昭和六〇年分 一四六八万二六四五円
昭和六一年分 一九四一万三五〇三円
(二) 納付すべき税額
原告の係争各年分の右総所得金額に基づく納付すべき税額は、別表一一のとおりの計算根基に基づき算出された同表「ヘ」欄記載のとおりの次の金額である。
昭和五九年分 三七九万二七〇〇円
昭和六〇年分 三三〇万一一〇〇円
昭和六一年分 五二五万六三〇〇円
5 原処分の適法性
以上によって、原告の申告にかかる本件賃貸料の額に基づいて算出された納付すべき税額と適正賃貸料の額に基づき引き直して算定された納付すべき税額とを比較し、その差額をみると次のとおりとなる。
(昭和五九年分)
本件賃貸料に基づく場合 六七万五七〇〇円
適正賃貸料に基づく場合 三七九万二七〇〇円
差引減少額 三一一万七〇〇〇円
(昭和六〇年分)
本件賃貸料に基づく場合 二八万六九〇〇円
適正賃貸料に基づく場合 三三〇万一一〇〇円
差引減少額 三〇一万四二〇〇円
(昭和六一年分)
本件賃貸料に基づく場合 一〇一万五五〇〇円
適正賃貸料に基づく場合 五二五万六三〇〇円
差引減少額 四二四万〇八〇〇円
右に明らかなとおり、原告が、奥村ビルから過少な賃貸料しか受け取らないことにより、その所得税の負担を不当に減少させる結果(その減少額の適正賃貸料により本来納付すべきであった税額に対する比率は、八〇ないし九一パーセントにも達している。)となっており、被告が、本件において、所得税法一五七条の規定を適用したことが違法であるとは到底解されない。
そして、被告の本件更正にかかる原告の係争各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、いずれも右適正賃貸料の額に基づく総所得金額及び納付すべき税額の範囲内であるから(別表四ないし六、一一参照)、本件更正は適法であり、これに基づく各過少申告加算税賦課決定も適法である。
(裁判官 川本隆 川神裕 阿部哲茂)
別表一ないし一一<略>
【参考】第二審(福岡高裁 平成四年(行コ)第一八号 平成五年二月一〇日判決)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴人は、「1原判決を取り消す。2被控訴人が昭和六二年七月九日付けでした控訴人の昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分の所得税の各更正並びに被控訴人が同日付けでした控訴人に対する右各年分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者間に争いのない事実と争点は、争点について当事者双方の主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載(ただし、原判決三枚目表五行目の「申告、」を「所得税について、控訴人のした確定申告、これに対して被控訴人のした」と、同七行目の「金額等」を「金額、国税不服審判所長がした審査裁決の経緯」と、同八枚目表五行目の「五・七九」を「五・一九」とそれぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
1 争点1について
控訴人の不動産所得は、単に不動産を所有するだけで生ずるものではない。第三者に賃貸することによって産みだされるもので、その果実を継続的に確実に得るためには、当然に当該不動産の維持、管理のための役務の提供を必要とする。
一方、控訴人が奥村ビルから支給される役員報酬は、会計処理上は、代表取締役としての役務の提供の対価とみなされたとしても、控訴人が現実に提供する役務の大部分は、奥村ビルの業務目的のための当該不動産の維持、管理のための役務であり、労働である。
したがって、形式的には、給与所得として会社から支給されるもので、不動産所得としての果実の所得とは異なったとしても、控訴人の場合においては実質的にその根源は同じであると言ってよい。奥村ビルのように、その構成や実態が控訴人個人と差異がなく、また提供する役務にも差異がない場合、給与所得と不動産所得とは「所得の発生根拠を異にする別個のもの」として一蹴すべきではなく、実態を重視すべきである。
所得税法一五七条が、「税の公平負担」を目的としたものならば、その公平さは、実態に即して判断しかるべきであるが、原判決はそれを看過したものである。
2 争点2について
現行租税法においては、「租税額」は選択した企業形態なり申告方法によって決定される法制度であったとしても、所得税法一五七条は、公平な所得税負担を念頭に、納税者の租税額を調整することを目的とした規定であり、選択(申告)方法により租税額を決定するものではない。したがって、同法一五七条の適用にあたっては、租税額をどのように調整すれば、納税者にとって最も公平になるか、という基準で行うべきである。
納税者にとっての公平な税負担の判断基準は、課税主体の実態を把握して始めて公平な課税が可能であり、租税法上の原則である「実質所得者課税」の原則にも合致するものである。
控訴人は、有限会社奥村ビルという企業形態を採用したが、奥村ビルの実態は、控訴人個人と大差なく、その計算関係も最終的には控訴人個人に帰属するものである。換言すれば、奥村ビルは、当時、本件転貸料が唯一の事情収益であり、その損益の清算も、最終的に代表者である控訴人本人の責任と計算においてなされていたものである。したがって、奥村ビルの不動産収入は、会社設立前の控訴人個人としての不動産所得とかわりはないのである。
右の点を考慮すれば、本件において、控訴人が選択しなかった「みなし法人課税」もしくは個人としての「青色申告」の場合と対比し、その租税額が不当に減少しているかを判断したとしても、「公平な税負担」の理念に反するものではなく、むしろより合致したものである。
3 争点3について
原判決は、<証拠略>をそのまま採用し、その結果得られた「適正管理料割合は信頼性、正確性に欠けることはない」ものと認めている。
しかし、原処分は、博多税務署長の昭和六二年七月九日に出された更正決定であるが、右の<証拠略>は、平成二年二月一九日付の福岡国税局長の通達に基づくものであって、原処分がなされた時点においては、右の通達に基づく調査はされていない。しかるに原判決は、後日なされた調査結果をもって「その選択過程及び被告(被控訴人)の適正管理料確定の経緯には合理性を疑わしめる事情もない」と断定しているが、極めて致命的なミスをおかしている。
被控訴人が提出した右<証拠略>は、その対象物件の内容、管理の実態等について、全く不明であり、本件物件及び奥村ビルの管理内容と対比するにも対比できないものである。原判決は、比準同業者の平均値を安易に採用しているが、本件物件の特殊性及び管理の実態という個別的条件の相違から、本件は、この推計を用いる事例ではない。しかも、本件推計値が極めて少数の同業者(しかもその内容が全くと言っていいほど不明確)をもってはじき出されており、凡そ「適正」に程遠いものである。
(被控訴人)
控訴人の右主張はいずれも争う。
三 <証拠略>
四 当裁判所の争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一〇枚目裏六行目の「当該会社」を「その株主ないし社員」と改める。
2 同一二枚目表一、二行目の「(可処分所得)」を削る。
3 同一三枚目表七行目の「場合、より租税額」を「場合より租税額」と、同九行目の「企業選択」を「選択された企業形態」とそれぞれ改める。
4 同一三枚目裏一二、一三行目の「困難であり、」から同一四枚目表初行末尾までを「困難である。」と改める。
5 同二一枚目裏三行目の「一五九条」を「一五七条」と改める。
6 控訴人は、争点1について、奥村ビルのように、その構成や実態が控訴人個人と差異がなく、また提供する役務にも差異がない場合、給与所得と不動産所得とは「所得の発生根拠を異にする別個のもの」として一蹴すべきではなく、実態を重視すべきである旨主張するが、控訴人が、不動産賃貸業を営むにあたり、実質的には個人の事業でありながら、法人を設立してその法人に不動産を賃貸する(実質的には不動産の維持、管理を委託する)法形式を採用し、その法形式に従って納税する方法を選択したのであるから、控訴人の個人の所得は不動産所得となり、法人からの役員報酬は給与所得となるのは当然あって、それぞれ「所得の発生根拠を異にする別個のもの」といわなければならない。
7 控訴人は、争点2について、所得税法一五七条を適用するにあたって、控訴人がみなし法人税及び一般青色申告を選択した場合の租税負担と比較・検討すべきであるとしてるる主張するが、右の点についての当裁判所の判断は、前記引用のとおりであって、控訴人の右主張は独自の見解と言うべく、当裁判所は採用しない。
8 控訴人は、争点3について、
(一) 原判決が、<証拠略>を採用した点を批難するが、右<証拠略>の記載内容中の調査年月日は控訴人主張のとおりであるが、調査対象は当該年度分であるから、調査時が後日であることをもって、直ちに、その内容の信頼性、正確性に欠けるとは言い難い。
(二) <証拠略>は、その対象物件の内容、管理の実態等について、全く不明であり、本件物件及び奥村ビルの管理内容と対比するにも対比できないものであるのに、原判決は、比準同業者の平均値を安易に採用しているが、本件物件の特殊性及び管理の実態という個別的条件の相違から、本件は、この推計を用いる事例ではないし、しかも、本件推計値が極めて少数の同業者をもってはじき出されており、凡そ「適正」に程遠いものである旨主張する。
しかし、営利を目的として不動産賃貸業を営む者が、当該事業の遂行上、賃貸不動産の維持、管理を不動産管理会社に委託する場合においては、その委託の対価である管理料は、通常の取引価格を中心として決定される筈のものであって、その意味で、原判決が採用した比準同業者の管理料割合の平均値による方法には、なんら不合理な点はない。なお、本件の特殊性及び管理の実態等の個別的事情が、右平均値の適用を明らかに不合理とすべき特殊事情として認めるに足りないことは、前記引用のとおりである。
比準同業者数が極めて少数であるとする点も、前記引用のとおり、その抽出のための選定基準が合理的であると認められるうえ、その選定過程に恣意が介在したとの合理的な疑いがなく、かつ、得られた適正管理料割合が信頼できる、正確なものと認められるので、各四ないし五名の比準同業者の数をもって、少な過ぎるとまで言うことはできない。
以上のとおり、控訴人の争点3に関する右各主張も採用できない。
五 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 緒賀恒雄 近藤敬夫 木下順太郎)