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最高裁判所第三小法廷 平成6年(あ)611号 決定 1996年10月29日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人田中昭彦、同吉田一雄の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法三一条、三三条、三五条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人方において発見押収された覚せい剤及びこれに関する鑑定書並びに被告人が提出した尿に関する鑑定書を違法収集証拠として排除すべきであるとする所論にかんがみ、以下職権により判断する。

一  原判決の認定及び記録によれば、本件捜査の経過は、次のとおりである。

1  和歌山西警察署所属の警察官ら捜査員八名は、中村哲警部補の指揮の下に、被告人の別件覚せい剤所持を被疑事実とする捜索差押許可状により、平成元年一一月三〇日午前一一時二五分ころ被告人方の捜索を開始し、同日午前一一時三三分ころ寝室のテレビ台上に置かれていたポケットベルのケースとポケットベル本体との間に銀紙包み入り覚せい剤様の粉末一包みを発見した。

2  右銀紙包みを示された被告人が「そんなあほな」などと言ったところ、その場に居合わせた警察官が、被告人の襟首をつかんで後ろに引っ張った上、左脇腹を蹴り、倒れた被告人に対し、更に数名の警察官がその左脇腹、背中等を蹴った。

3  警察官らは、前記銀紙包み入り粉末について予試験を実施した結果、覚せい剤反応があったことから、同日午前一一時三六分ころ右銀紙包み入り覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)所持の現行犯人として被告人をその場で逮捕するとともに本件覚せい剤を差し押さえ、同日午後零時一〇分ころ被告人を和歌山西警察署に引致した。被告人は、同署において、本件覚せい剤所持の事実を否認したが、同日午後三時ころ警察官の説得に応じて尿を提出した。

4  同年一二月二日本件覚せい剤所持の事件は検察官に送致されたが、被告人は、検察官に対して覚せい剤所持の事実を認め、同日引き続いて行われた勾留質問においても同様に事実を認め、さらに、同月五日警察官に対し入手先を含めて事実関係を全面的に自供した。

なお、警察官は、取調べの過程で、覚せい剤に関する前科のある友人らの氏名が記載されている被告人の手帳(アドレス帳)を示したが、この手帳は、右捜索の際には押収されておらず、その後も任意提出等の法的手続が履践されていない。

5  被告人が、和歌山西警察署に勾留中、肋骨付近の痛みを訴えたことから、同月四日和歌山市内の病院において医師の診察を受けさせたところ、医師は、レントゲン検査の結果からは明瞭な骨折は認められないものの、被告人の愁訴から「肋骨骨折の疑い」との病名を付した上、患部を湿布する処置をして胸部のコルセットと湿布薬を渡し、その後、同月一一日被告人のために来院した警察官に再び湿布薬等を渡した。

6  被告人が提出した前記尿から覚せい剤成分が検出され、被告人は、同日本件覚せい剤所持と覚せい剤使用の事実により起訴された。

二  以上の事実に即して、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書並びに被告人が提出した尿に関する鑑定書の証拠能力について検討する。

警察官が捜索の過程において関係者に暴力を振るうことは許されないことであって、本件における右警察官らの行為は違法なものというほかはない。しかしながら、前記捜索の経緯に照らし本件覚せい剤の証拠能力について考えてみると、右警察官の違法行為は捜索の現場においてなされているが、その暴行の時点は証拠物発見の後であり、被告人の発言に触発されて行われたものであって、証拠物の発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められないから、右証拠物を警察官の違法行為の結果収集された証拠として、証拠能力を否定することはできない。

なお、前記手帳についても、警察官がこれを入手するについて所定の手続を経ていないことは事実であるが、この手帳の押収手続に違法があるからといって、その違法が、右手帳の入手に先立ち、これと全く無関係に発見押収された本件覚せい剤の証拠能力にまで影響を及ぼすものということはできない。

また、被告人の尿に関する鑑定書についても、原判決の認定及び記録によれば、被告人は、第一審公判において、警察官から前記暴行を受けた事実をしきりに訴えてはいるものの、尿については、覚せい剤を使用したのは事実であるから、その提出を拒む意思は当初からなかったとして、尿を任意に提出した旨供述していたというのであるから、前記暴行は尿を提出することについての被告人の意思決定に実質的な影響を及ぼさなかったものと認められるのであり、任意提出の手続に何らの違法もない。

三  そうすると、本件覚せい剤及びその鑑定書並びに被告人が提出した尿の鑑定書の証拠能力はいずれもこれを肯定することができるから、その証拠能力を否定した第一審判決を破棄し、本件を和歌山地方裁判所に差し戻した原判決は正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

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