最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)1593号 判決 1997年3月25日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人井上二郎、同上原康夫、同中島光孝の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
1 上告会社は、「泉南カンツリークラブ」という名称の預託金会員制ゴルフクラブ(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営する会社である。同クラブの平成五年三月二六日に改正される前の会則には、(1) 本件ゴルフクラブに上告会社の推薦により選任される理事長、理事等によって構成される理事会を置き、理事会は、本件ゴルフクラブにおけるゴルフプレイに関する一切の管理運営に当たる、(2) 本件ゴルフクラブに入会を希望する者は、理事会の承認を得た上、上告会社の定める入会保証金を預託しなければならず、会員は、会費その他の料金の支払義務を負う、(3) 入会保証金は、これを全額上告会社に差し入れ、原則として三年間据え置き、退会の際にその時点における入会保証金の額を利息を付さず返還するものとし、会員は、右返還を受けた際にその会員としての資格を失うものとする旨の規定が存在していたが、右会則及びこれに基づいて定められた細則(以下、これらを併せて「本件会則等」という。)には、正会員が死亡した場合における右会員としての地位の帰すうに関する規定は存在しなかった。なお、右細則二六条には、「本クラブに入会希望者で会員券業者から買入れをした会員券は理事会で調査の上本理事会の承認を得た後、会員として登録されるものとする。」との規定が存在した。
2 小門清(以下「清」という。)は、昭和五四年五月ころ、上告会社に対して入会保証金二〇〇万円を預託して、本件ゴルフクラブの正会員となった。
3 清は、昭和五七年一二月五日死亡し、同人の相続人間において、同人の子である被上告人が右正会員としての地位を承継する旨の遺産分割協議が成立した。
4 なお、前記の会則改正前に、本件ゴルフクラブにおいては、正会員が死亡した場合に、その相続人が理事会の承認を得て正会員となった例が存在した。
二 本件は、清の相続人である被上告人が、上告会社に対し、被上告人が本件ゴルフクラブの理事会の承認を停止条件とする同クラブの正会員としての地位を有することの確認等を求めるものである。
上告会社は、一般にゴルフクラブは会員相互間の人的な信頼関係を基礎とする親睦的団体であり、会員契約は右のような団体に入会する契約の性質を有するところ、右は、預託金会員制ゴルフクラブにおいても異なるところはなく、その会員としての地位に含まれる権利義務のうちゴルフ場施設を利用し得る権利は、その性質上一身専属的なものであって、会則等に特別の定めのない限り、会員の死亡によって消滅し、相続の対象にはならないと主張して争っている。
三 原審の確定したところによれば、清が有していた本件ゴルフクラブの正会員としての地位は、上告会社との間で締結した預託金会員制ゴルフクラブである本件ゴルフクラブへの入会契約に基づく契約上のものであり、その具体的な権利義務の内容は、会則の規定によって定められるものである。ところで、前記細則二六条によれば、本件ゴルフクラブにおいては、正会員はその地位を理事会の承認を得て他人に譲渡し得る旨が定められていると解するのが相当であり、したがって、本件ゴルフクラブにおいては右の限りで会員の固定性は放棄されているのであって、他方、右のような正会員としての地位の譲渡について本件ゴルフクラブの理事会の承認を要するものとして、会員となろうとする者を事前に審査し、会員としてふさわしくない者の入会を認めないことにより、ゴルフクラブの品位を保つこととしているものと解される。
本件会則等においては、正会員が死亡した場合におけるその地位の帰すうに関しては定められていないが、右のような正会員としての地位の譲渡に関する規定に照らすと、本件ゴルフクラブの正会員が死亡しその相続人が右の地位の承継を希望する場合について、本件会則等の趣旨は、右の地位が譲渡されたときに準じ、右相続人に上告会社との関係で正会員としての地位が認められるか否かを本件ゴルフクラブの理事会の承認に係らしめ、右の地位が譲渡されたときに譲受人が踏むべき手続についての本件ゴルフクラブの会則等の定めに従って相続人が理事会に対して被相続人の正会員としての地位の承継についての承認を求め、理事会がこれを承認するならば、相続人が上告会社との関係で右の地位を確定的に取得するというところにあると解すべきである。けだし、正会員としての地位の変動という結果に着目すれば、それが譲渡によるものか会員の死亡に伴う相続によるものかで特に選ぶべきところはなく、前記のとおり本件ゴルフクラブにおいては会員としての地位の譲渡が認められていて、会員の固定性は既に放棄されているのであって、会員が死亡した場合に、相続人自身がこれを承継することを禁ずべき根拠は見いだし難い上、本件会則等は、右正会員としての地位が、単に金銭的な権利義務のみならずゴルフ場施設の利用権も一体的に含むものとして、いわゆるゴルフ会員権市場において売買や担保設定のために広く取引されることを想定しているのであって、右のような取引の対象とされた正会員としての地位につき、上告会社との関係において地位の保有者の変更手続が行われる前に右地位の名義人が死亡した場合には、当該取引の対象とされた権利義務の一部が消滅することを当然の前提としていたとは解し難く、また、会員が死亡し相続人が右市場等において右の地位を処分することを希望した場合についても、これが妨げられると解すべき理由は見当たらないほか、本件ゴルフクラブの親睦的団体としての性格の保持についても、正会員としての地位が譲渡された場合に準じ、会員の死亡によるその地位の承継について理事会の承認を要するとすることで、その趣旨を実現することは可能であると考えられるからである。
四 右と同旨の見解に立って、被上告人が本件ゴルフクラブの理事会の承認を停止条件とする同クラブの正会員としての地位を有することを確認するとした原審の判断は、これを是認することができる。所論引用の最高裁昭和五〇年(オ)第二七〇号同五三年六月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一二四号一二三頁は、本件とは事案を異にし、論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)
上告代理人井上二郎、同上原康夫、同中島光孝の上告理由
一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
1 本件ゴルフクラブは預託会員制ゴルフクラブであり、被上告人の被相続人亡清につき相続がなされた当時の上告人会社のゴルフクラブの会則(原判決のいう「旧会則」)には、会員が死亡した場合の会員権の相続性の有無につき何らの定めがなかった。このような場合、会員権に相続性があるのか、それとも会員権は一身専属的か、が本件の争点であるところ、原判決はこの点につき、
「預託会員制ゴルフクラブの会員権は、ゴルフ場を経営する会社との間の契約に基づいて発生する、ゴルフ場施設の優先的利用権や預託金の返還請求権等を内容とする契約上の地位であると解されるところ、このような契約上の地位が法律上当然に一身専属的な法律関係であり、相続の対象とならないと解すべき理由はなく、むしろ、当該ゴルフクラブにおいて会員権の相続を禁ずる旨の会則等の定めがない限り、相続による承継の対象となるものと解するのが相当である。」と判示している。
2 しかしながら右判示は、民法八九六条但書の解釈を誤ったものである。
(一) まず右判示が、預託会員制ゴルフクラブの会員権をもって「ゴルフ場施設の優先的利用権や預託金の返還請求権等を内容とする契約上の地位である」として、これを一体として扱い相続による承継の対象となるとしているが、会員権が「契約上の地位」とみられるかどうかの議論はさておき、問題はその内容をなす権利、義務の一身専属性の有無である。
(二) 預託会員制ゴルフクラブの会員たる地位ないし資格は、<1>据置期間後退会時に返還をうけられる預託金返還請求権、<2>ゴルフ場施設の優先利用権、<3>会員としての会費等納入義務の三つからなる債権的関係だと解するのが通説とされており、このことはおそらく異論のないところであろう。
そして、相続性を肯定しうるのは、右のうち<1>及び<3>の既発生の会費等納入債務のみであり、<2>のゴルフ場施設の優先利用権(これこそが会員権の中核をなすものである)はその性質上一身専属的であり相続性を有しないものである。このことは、次の裁判例に照らしても明らかである。
(1) 「一般にゴルフクラブは、その定款、会則等の規定から明らかなように、程度の差はあれ各会員の人的信頼を基礎とする親睦的団体であると認められるのであって、会員契約とはそのような団体に対する入会契約の性質を有するものと解することができるから、会員権すなわち右契約上の地位の性質も契約に特別の定めがない限り、原則として一身専属的なものと解される(いわゆる預託金制のゴルフクラブであっても、基本的な性格が変わるものではないと考えられる)。」からである。したがって「その性質を排除して会員権の相続性を肯定するためには、会員契約上の特別の約定がなければならないと解すべきである。」(東京地判平成元・一〇・三一 金融商事判例八六四号三七頁)。
(2) 最高裁判決昭五三・六・一六 判例時報八九七号六二頁。同最高裁判決は、ゴルフクラブの会則に死亡が会員資格喪失となる旨の定めがあった事案に関するものであるが、「会員たる地位は一身専属的なものであって相続の対象となり得ないものと解するのが相当である」としている。この最高裁判決の射程が、相続に関する会則規定を欠いている本件のような場合にまで及ぶかどうかは議論のあるところであるが、ゴルフクラブは親睦団体としてその性質上会員相互の人的信頼関係が基礎となっているところから、会員の個性が重視されるべきものであることを考えると、右最高裁判決は前掲東京地裁判決とその考えを同じくするものであって、その射程は本件の場合にも及ぶものと解される。
(三) なお付言すると、原判決のように会員権の相続性を一般的に肯定する見解の背景には、会員権の相続性を認めないと「財産権としての会員権」が死亡によって失われるのは不合理であるとの考慮があるものとみられるが、そのような考慮自体には合理性がないものというべきである。その理由は次のとおりである。
会員たる地位を構成する預託金返還請求権には相続性があるとみられることは前記のとおりであるところ、例えば乙が、二〇〇万円を預託して会員となっていた甲から(いわゆる会員権の相場が上がって)五〇〇万円で、すなわち甲に五〇〇万円を支払って、会員たる地位の譲渡を受け同譲渡につきクラブ理事会の承認を得て会員となっていた場合に、乙が死亡したときは、その相続人が相続する預託金返還請求権は当然のことながら二〇〇万円であって、五〇〇万円ではない。この場合乙は死亡によって三〇〇万円分財産を減らすことになり不合理だというのであろう。しかし、それは決して不合理とは考えられない。会員権の相場が上がって甲乙間でいかなる金額で譲渡がなされようとその譲渡金額自体にゴルフ会社は関知するところではなく、会社が預託を受けているのはあくまでも二〇〇万円であるから、返還されるべきは二〇〇万円であるのは当然であって何ら不合理ではない。乙にとっては、その死亡によって当該ゴルフ会員権の財産的価値が減少することになるが、そもそも乙は甲から二〇〇万円の預託金の会員権を自己の判断と責任で五〇〇万円で買ったのであるから、そのリスクは当然乙(そしてその相続人)が負担し甘受すべきものであって、そこには何ら不合理はない。
3 右のとおりであるから、被上告人が本件クラブの会員たる地位を有することがクラブ理事会の承認という停止条件付きとされているとはいえ、その前提として会員権の相続性を肯認した原判決の前期判断には、民法八九六条の解釈を誤った違法がある。
二 よって原判決の上告人敗訴部分(原判決主文第二項にかかる部分)は破棄されるべきものである。